5月に入ってから1週間が経過した。
中間テストで赤点を取れば即退学ということで、クラスのみんなも一見して真面目に授業を受けているように見える。ただし池君や、山内君といった生徒は私から見ても明らかに集中しておらず、ただボケェーと授業を聞き流しているのが現状。
中間テスト対策として、先週から昼休みと放課後に私と平田君を中心とした勉強会を開いているけれど、彼ら2人は一度だけ顔を出したきりで、それからは顔を出していない。それも非常にくだらない理由で、なんでも平田君が女子にキャーキャー言われるのが気に食わないらしい。
本当に大丈夫かと確認すると、あの変態共いい笑顔で『一夜漬けでなんとかなるっしょ!』とぬかしやがった。一度痛い目を見るべきだけど、それすなわち退学なので、どうしても制裁を加えられない。目下対策を検討中である。
3バカトリオの残り1人である須藤君だけど、部活終わってからの時間と、朝練の時間を使って勉強を教えている。けれど放課後は私もやることが増えてきたので、そろそろ勉強会に参加させたいのが本音だ。いろいろ気まずいのはわかるけど、退学という重すぎるペナルティには替えられない。
逆に軽井沢や篠原さんといった女子の出席率は高い。ひとえに平田君がいるからだけど、それでも男子の変態共よりははるかにマシである。しかし彼女たちも彼女たちで、問題のわからないところを聞こうとしたとき、平田君ではなく私が来ると目の前で文句を垂れ流す。
『え~なんで平田君じゃないの~」とかほざきやがったときは、マジで顔面をぶん殴って鼻っ柱をへし折ってやろうかと思った。人に教えを乞う立場でいったい何様のつもりだと正座させて説教したくなる。まぁ参加しているだけマシなんだけど。
とにかくクラスの存続のために奔走しなければならない私は、非協力的なクラスメイト達に多大なストレスを感じている。こうやって頭の中で毒を吐き散らすのもストレス発散の1つだ。
こう言った事情もあるので、今週から勉強会を分けようという案が密かに出ている。平田君ファンや彼と仲のいい男子を平田君に、それ以外の女子と男子を私に管理させるというもので、発案者は松下さんだ。ちなみに松下さんにはこの間好きに使っていいよとのことでウサギのぬいぐるみをプレゼントされた。まぁここ1週間で急上昇した私のフラストレーションに耐えられず、今はもう跡形もなく消し飛んでしまったわけだが。ありがとう松下さん。
ひとまずこの案は昼休みに平田君に相談するつもりだ。どれだけ遅くとも池君と山内君は明日までには勉強会に参加してもらわないと本当に詰む。可能性は低いけど、過去問だって今年は役に立たない可能性もあるのだ。最悪過去問を餌に半ば脅迫という形で勉強会に参加させることも視野に入れているのが現状である。
以前軽く偵察してみたけど、他のクラスはもうみんな勉強に取り掛かっている。このことからもCクラスの団結力が欠けていることは明らかであり、これでは勝てる戦いも勝てなくなる。問題児が多すぎて目の前が真っ暗になるが、なんとかするしかない。
別に、問題がクラスの中だけならこんなに苛ついたりしない。けど最近になって他クラスが仕掛けてくるようになった。こっちの対策が非常にめんどくさい。どうせやるならバレないようにやってほしい。
とにかく、テスト結果でクラスポイントがもらえる可能性がある上、みんなの士気向上にも繋がるので、この中間テストはCクラスを勝たせるつもりだ。今日もそのためにクラスメイト達の目を盗んで暗躍しないといけない。どこから私の情報が漏れるかわからない以上、私以外の誰にも真意を悟らせてはいけない。
Sシステムの全貌を明かそうと奔走している時はよかったと思わず回顧してしまう。こうやって考えれば高円寺君はやはり有能だ。勉強会を手伝ってくれないのは不親切だと愚痴りたくなるけど、それでも一緒に行動していて不快感はなかった。今のCクラスのみんなを相手しているとストレスで禿げ上がりそうになる。
私はまだぴちぴちのJKだぞ! この前ケヤキモールに行ったとき、ストレス発散用のサンドバッグを見かけたけど、買うかどうか本気で迷った。
「たうわ!?」
脳内で罵詈雑言を吐いていると、斜め後ろから大きな声がした。振り返った私が見たのは堀北さんを睨む綾小路君、そして血の出た腕、最後にコンパスの針をハンカチでふきふきしている堀北さんだ。
まさか刺したの? 綾小路君を? コンパスの針で?
状況証拠しかなかったけど、隣人の血を流すことも厭わない少女がすぐ後ろにいることに、私の背筋は凍った。
「どうした綾小路、いきなり大声をあげて。反抗期か?」
「い、いえ。すいません茶柱先生。ちょっと目にゴミが入りまして……」
綾小路君の言葉に一瞬注目していたクラスメイトたちもすぐに視線を前に戻す。今のが私語扱いされるかどうかは微妙なところだけれど、ひとまず今の私たちのポイントには余裕があるからな。そこだけは本当に救いだ。
授業が終わると、綾小路君はすぐに堀北さんに詰め寄った。
「やって良いことと悪いことがあるだろ! コンパスはやばいぞコンパスは!」
「ひょっとして怒られているの? 私」
「腕に穴が開いたんだぞ穴が! ほら!」
そう主張して腕を見せつける。血は止まっているけれど、確かに小さな穴が開いている。
「何のこと? 私がいつ綾小路君にコンパスの針を刺したの?」
「いや手に持ってるだろ凶器を! 黒華も見たよな!」
「え? いやぁ私は……」
「そうなのかしら黒華さん? 正直に言ってもらえると助かるわ」
絶対に言うなという強い圧力を受けた私はゆるゆると首を横に振る。いやまぁたしかに堀北さんが刺したとは限らないし?
「黒華さんもこう言ってるし、綾小路君の気のせいよ」
「どう見ても黒華を脅してたよな今?」
「あなたが居眠りしそうだったからきっと罰が当たったのよ」
「居眠りも許さないとかどんな神様だよそれは」
綾小路君渾身のツッコミは、ものの見事にスルーされた。哀れなり綾小路君。
◇
「黒華さん、ちょっといいかしら」
昼休み、平田君と女子に囲まれながら勉強会の方針について話し合っていた私に声をかけたのは、まさかの堀北さんだ。傍には綾小路君がいかにもめんどくさそうな表情を浮かべている。
「なぁに?」
「山内君と池君が勉強会に参加していないでしょう? 私が受け持つわ」
え、噓。
私を干上がらせていた案件に思わぬ救いの手が差し伸べられ、思わず感激で震えた。
「助かるよ。堀北さんは成績もいいし、教師役を買って出てくれるなら願ったり叶ったりだ」
平田君の言う通りである。ただ堀北さんがあの2人の相手をすることには一抹の不安がよぎるところ。そのあたりの調整が必要になるだろう。
「堀北さんはどういうメンツでやるつもり?」
「池君、山内君、綾小路君、そして私よ」
綾小路君がバランサーとしての役割をこなせるかどうかは正直微妙だ。綾小路君もそれをわかっているのか、助けを求めるような視線を送ってくる。
「あ、よかったら私はそっちに参加していいかな? 池君とも山内君とも友達だしきっと協力できると思うの」
そう提案してきたのは櫛田さんだ。
櫛田さんが参加する場合、確かに池君と山内君の管理は任せられそうだけど──。
どういうわけか、この2人はあまり仲がよろしくないらしく、櫛田さんと一計案じた後の堀北さんのご機嫌斜め具合は相当なものだった。チラリと盗み見た堀北さんは無表情そのままで、櫛田さんを歓迎していないのは私にもわかる。当然その感情をぶつけられる櫛田さんにわからないわけがない。
「ダメ、かな?」
相変わらず上手い、いやこの場合は小賢しいというべきか。みんなの前でこう聞かれたら、堀北さんとしても櫛田さんの参加を認めざるを得なくなる。個人的に気に入らないからなどと言えば余計な反感を買うし、正当性ある反論もこの状況では用意できない。
「これ以上人員が必要かしら? そっちと違って少人数だし、心配いらないわ」
「う~ん。ちょっと言いにくいんだけど、堀北さんってその、2人とあんまり仲良くないじゃない? 私もいた方が円滑に進むと思うんだけどなぁ」
堀北さんの狭すぎる交友関係がここで仇になる。
「……わかったわ。あなたの参加を認める」
堀北さんとしてもこう言うしかない。私や平田君にしてみても、良くも悪くも言いたいことを言う堀北さんには櫛田さんみたいな緩衝材をくっつけておきたいところ。堀北さんと櫛田さんの間にあるギスギスした関係を除けば、ある意味理想的な陣容と言えるのがなんとも皮肉なことだ。
「こっちの勉強会で使ってる資料とかいる?」
「ええ、いただくわ」
勉強会用のクリアファイルをそのまま渡す。中身は各教科の問題集と解答解説、あと私と平田君で考えた出題予測だ。私の方は過去問でカンニングしてあるため、テスト範囲が変更されない場所はそのまんま被っているものになる。
「堀北さんが山内君たちの勉強を見てくれるなら、勉強会のグループを分ける必要もないかな?」
「ん~どうだろう。人数多いと席取るのも大変だし、1人1人にかけられる時間も減るし、どのみち分けた方がよくない?」
前々から大人数での勉強会は効率が悪いと考えていた。一度決まったものにすぐ文句をつけると余計な混乱を招くので黙っていたけれど、ちょうどいい機会なのでここで押し通したい。
それにあまり大勢の生徒と一緒にいると『混ざってわかりにくくなる』
「それってどう分けるの?」
平田君と同じ勉強会に参加できるか否かしか興味のない女子生徒が聞いてくる。まぁそこはちょっと悩みどころだなぁ、女子の方は平田君の方に行けないってだけで不満が出そう。平田君もそれがわかってるからこそグループを分けることに及び腰なんだろうな。
「普通にくじでしょ」
適当なあみだくじを使ってグループを分ける。私の方でやばそうな生徒は篠原さんと軽井沢さんか。面倒な女子2人がセットだけど、こうやってメンツを見てみるとやっぱり分けた方が正解だったとつくづく思わされる。これなら私にかかる負担も多少減るでしょう。勉強会以外にもやらなきゃいけないことがここ数日の間に出てきたので、そちらの方に余力を回したいのだ。
「私のほうのグループは特別練の教室借りてやろうか。早速先生に申請してくるから、グループ決まったら教えてね」
ここ最近は勉強する生徒で図書館も自習室も満杯だ。教室でやるならグループを分ける意味もないし、特別練を借りれれば静かな環境で集中して勉強に取り組める。なにより鬱陶しい他クラスの目がなくていい。
後の話し合いは残りのメンツに任せ、茶柱先生を探しに職員室に向かった。
◇
堀北が勉強会を開くことが決定したその日の放課後、オレたちは早速図書館の席を確保し、櫛田が山内たちを連れてくるのを待った。
平穏な学校生活を送りたい俺としては、女子も交えてみんなと一緒に勉強会だなんていう、リア充も泣いて飛び出すようなイベントに参加する気力は全くなかった。
しかし茶柱先生に呼び出された翌日の5月2日の昼休み、堀北から『昨日の件について話がある』という名目で昼飯に連れ出され、そしてあの手この手で協力を強制された。
今隣ですました顔でいるこの女はあろうことか俺の昼飯を勝手に頼み、『奢ったから手伝え』などという暴論を振りかざしたのだ。開いた口が塞がらないとはあのことかとつくづく思う。
抵抗しようとすればコンパスを取り出して脅され続け、結局なし崩し的にこうやって勉強会に参加することになっているというわけだ。
「あ、お待たせ~」
手を振りながらやってくる櫛田に続いて、山内と池がやってくる。露骨に鼻の下を伸ばしてるのが櫛田目的でやってきたと丸わかりだ。
「いやぁ櫛田ちゃんが一緒に勉強教えてくれるって聞いてさぁ。堀北ちゃんもよろしくな!」
挨拶もそこそこに、堀北が早速問題を配っていく。
「あ、そういや須藤も部活が終わり次第来るんだってさ」
「須藤君が? 黒華さんに勉強教えてもらってなかったっけ?」
「なんか、黒華ちゃんが忙しくなるから須藤の勉強を見れなくなるんだと」
この時期にさらに忙しくなるっていったい何の用事だ?
「1人くらいなら構わないわ──まずあなたたちに言っておくことがある。今回の中間テストでは全員50点以上を狙ってもらう」
「え、でも赤点は33点だろ?」
「そのあたりも説明していくわ」
問題を配り終えた堀北がこの勉強会の方針について説明していく。
「50点以上を狙ってもらうのは単純に全員に安全圏に入ってもらうためよ。もしこれがギリギリ40点に達するか否かの学力なら、運が悪ければ赤点を取って退学になる可能性も十分にある。たとえ下振れても40点はとれるようにしておきたいの。他でもないあなたたちのためよ」
「ほ、堀北ちゃん俺らのために──」
「今私が配ったのは、黒華さんたちが作ってくれた確認用のテストよ。5教科すべての問題がその冊子に載っていて、得意不得意や勉強の足りない範囲がわかるようになっている。これは確認用だから、質問はなし。1時間半使って、全部解けなくてもいいから全力で取り組んで」
それじゃあ始め。
言うだけ言った堀北がタイマーをスタートすると同時に冊子を開く。
なるほど、確かにこれはいい問題だな。全40問のこの確認テストは5教科がバランスよく載せられたもので、今現在の生徒の学力を測るのにうってつけだろう。肝心の池と山内の様子を確認してみると、最初の問題から首をかしげている。国語の要約問題だ。長文を読んで、ふさわしい内容を記した選択肢を選ぶ問題。どこから引っ張り出してきたのか知らないが、黒華の実力がこれ一冊で透けて見えるようだった。ただの高校生に作れるものではない。
オレはテストの難易度から大体60点くらいが平均と見定め、適当に問題を解いていった。
◇
ピピピピッ!
堀北の携帯が鳴って確認テストの終わりが告げられる。櫛田と堀北はとっくに解き終わっていたようだったが、池と山内は逆に全く解けていないのか、アラームが鳴ってもペンを必死に動かしていた。櫛田の手前、情けない点数を取りたくないんだろう。
「2人ともそこまでよ。ペンを置いて」
「あと1問! これだけだから!」
それだけ必死になるなら普段から勉強しろよとは口が裂けても言えなかった。
「それ、最初の式から間違ってるから、意味ないぞ」
「ええ!? マジかよ」
確認テストの結果だが撃沈した池の点数は32点、山内は28点だった。堀北は98点で、櫛田は92点と好成績。俺は62点と、目論見通りの点数を取った形になる。2点プラスしたのは、キリのいい点数を取ってしまうと、入試と小テストで50点を取ったことに関連付けさせられそうだったからだ。
「あの最後の問題は何なの? 問題文の意味すら理解できなかったのだけれど」
採点が終わるなり堀北が愚痴ったのは確認テストにあった、明らかに範囲を逸脱した問題だ。俺も見てみて驚いたが、なんとフーリエ変換の問題が出ていた。俺は通常の学校のカリキュラムは知らないので、どの段階で勉強するのかは知らないが、明らかに高校1年生が解ける問題ではないだろう。これの面白いところは黒華はちゃんとフーリエ変換を理解しているらしく、あの問題だけ解説が手書きだった。ちょっとしたお遊びみたいなものかもしれないな。
「まぁいいわ、とにかく池君と山内君は危機感を持ちなさい。あの確認テストはほとんどの高校生が60点はとれるように調整されているテストだそうよ。30点で中学生以下、20点で小学生以下という基準になっているわ」
「じゃあ俺らは中学生くらいってことか?」
「中学生以下よ。あなたたちには数学からやってもらうわ。8問中1問しか解けてないなんて……。とにかくわからないところがあったらすぐに私か櫛田さんに聞くように。ただ同じ解き方ができる問題は自分で考えてもらうからそのつもりで」
そう言って新たなプリントを2人に渡す。隅から隅まで数学の問題でびっちり埋められたプリントだ。そのグロテスクさに、うへえと池が不満を漏らす。
「綾小路はどうするんだ?」
「え、いや俺は」
「綾小路君はどれも同じくらいだし、2人と同じものをやりましょうか。解説も一遍に出来て楽だし」
ただ堀北が楽なだけという理由で数学の問題を押し付けられる。これ全部解くのに相当な時間がかかるぞ。
「問題数が多いから、解く問題は1個飛ばしにしてもらって大丈夫よ」
堀北も流石に多いと思ったのか、解く問題を半分に指定してくる。
と、このタイミングで新たな来客がやってくる。部活が終わったのか、タオルを首からかけた須藤だ。
おっすと軽い挨拶をして席に座る。
「須藤君、あなたは黒華さんの確認テストは受けたのかしら?」
「ああ、あれか? 受けたぜ。最初は12点だったが今は36点ぐらいならとれるようになった」
「はぁ!? 須藤が俺より上ってマジかよ」
へへッと恥ずかし気に鼻をこする須藤はどうやら黒華の個人指導の成果が出てきているらしい。堀北に言われるまでもなく筆記用具をカバンから取り出し、早速問題に取り掛かる。
「うわぁいきなりわかんねえ」
「やっべ俺も。櫛田ちゃ~ん」
開始早々ギブアップする池と、気色の悪い猫なで声を出す山内。2人が詰まった問題は連立方程式の問題だ。
『りんご4個となし3個で1340円、りんご3個となし2個で960円である。りんごとなしそれぞれ1個の値段を求めよ』
基礎中の基礎の問題だが、2人は最初の式すら書き出せないでいる。そんな2人の様子が気になったのか、須藤が白紙のノートを覗き込む。
「お前ら大丈夫かよ。俺でもわかるぞそれは」
「ええ、ちょっと待て須藤にわかるなら俺にもわかる気がしてきた」
そう言って机にかじりつくが、いつまでたってもペンが動くことはなかった。見かねた須藤は鼻で笑うと──
「しゃあねえな俺が教えてやるよ」
「いやいいって俺は櫛田ちゃんに教えてもらうから!」
「いや、須藤君に教えてもらいなさい。人に解説するのも立派な勉強方法の1つよ」
堀北の言う通り、人に教えるためにはその分野を正しく理解している必要がある。日本史での問題の出し合いなどがいい例だ。自分が答えを知っている問題しか出せないが、出せる問題の範囲は十分勉強できていることになる。
「まぁ任せとけって池。まずだな、問題文に書いてあることをそのまま式にすんだよ。りんご4個となし3つで1340円だから、『4x+3y=1340』の式が1つ。もう1つがりんご3個となし2つで960円だから、『3x+2y=960』
の式が1つ。ここまではわかるよな?」
「え、いやXとかYってどっから出てきたんだよ」
「あ? いちいちりんごとかなしとか書いてたらめんどくせえだろ。だから適当にアルファベットにすんだよ。深い理由はねえぞ」
「お、おう」
「後はこの2つの式を縦に並べてだな──」
オレ、堀北、櫛田の3人は須藤がすらすらと連立方程式を書き込んでいくのを目を丸くして見ていた。式を変形して『8x+6y=2680』と『9x+6y=2880』の2つに整理し、そのままひっ算を使ってXを求めそのまま片方の式に代入してYも導く。この問題の答えは『りんご200円、なし180円』。
文句のつけようがない綺麗な回答を出す須藤に俺は内心驚愕する。これが小テストのときに18点なんて点数を取った生徒と同一人物とは到底思えない。堀北もいっそ感心を通り越して呆れている様子だった。
「え、最後はなんであれで答えが出たんだ?」
「あーそういうのは考えんなだとさ。こうやったら答えが出るって覚えときゃいいんだよ」
須藤の言う通り、数学は基本的に公式を徹底すれば大抵の問題は解けるようになっている。そこに『なぜ』という疑問をつけると泥沼に引きずり込まれるので、そこは無視して一般常識として頭に入れた方が健全だったりする。
「呆れたわ……そこまで解けるならなぜ小テストであんな情けない結果になったのかしら」
「うぐっ、あれはまだ勉強を教えてもらったばかりで全然だったんだよ。今は数学なら因数分解までできるぜ」
「それは当然よ。中学生で習う範囲なんだから」
「うっせえなちょっとくらい得意になってもいいだろ別によ」
拗ねる須藤だが険悪な雰囲気は全くない。堀北も言葉自体は厳しかったが、声音は穏やかなものだった。あの須藤がここまでできるようになったことには素直に感心しているようだ。それに感心したのは堀北だけじゃない。
「俺ら須藤以下ってマジ?」
「いや逆に考えろ、須藤にできるなら俺らにもできる!」
須藤の成長は池と山内にも火をつけたらしく、見違えるように集中して問題に取り掛かる。
「あれ、なんかうまくいきそうな感じ?」
予想外の展開に櫛田が嬉しそうに笑う。堀北と3バカの組み合わせなど不安しか残らないが、想像以上に勉強会は円滑に回りそうだった。
オレはこの場にいない顔を隠し続ける女子生徒の姿を思い浮かべる。
先週も、あえて篠原の反感を買うことで須藤に謝罪させるよう誘導した黒華だが、須藤をここに送ったのもこの展開を予想してのものなのだろうか。
◇
「お、終わった~」
図書館が閉まる午後7時前になり、勉強会が終了となる。へなへなと机に突っ伏す池と山内は魂が抜けるような溜息を吐いた。
「お疲れ様」
短くはあったが、堀北から労いの言葉が飛ぶ。入学当初の堀北なら考えられないことだが、円滑に回った勉強会を見てなにか思うところがあったのかもしれないな。
「今回の勉強会だけれど、あなたたちの惨状を見てますます必要性を感じたわ、明日から昼休みも勉強会を開く。それと須藤君はともかく、池君と山内君は普段から勉強する習慣もついていないことだから、今日も寮に帰ったら勉強会でやった範囲をすぐに復習すること。明日の学校でも、ちゃんと授業を聞いてノートをとって。何を書けばいいのかわからないなら教えるわ」
「うっへえ。ずっと勉強じゃねえか」
「当たり前だろ。赤点で退学だぞ」
「須藤に正論言われるのは納得できねえ……」
池が悔しそうに地団太を踏む。
「マジで須藤変わったよなぁ。やっぱり黒華ちゃんと付き合ってんの?」
図書館を出ると、山内が急に須藤に尋ねた。とはいえこれはCクラスの人間なら全員気になっていたことなので、堀北を除いて全員が須藤を振り返る。
「あ? そんなんじゃねえよ」
「でもさ、ただの友達っていう感じでもないよね。友達以上恋人未満みたいな?」
「ち、ちがうって。顔もわかんねえんだぞアイツ!」
確かに黒華はこの一か月マスクを着けて顔を隠し続けてる。中にはそんな黒華の素顔を暴こうとした愚か者がいたそうだが、黒華は視線に異常なまでに敏感で、食事中でも絶対に隙を晒していなかった。
専らクラスでは顔に大きな傷があるとか、鼻とか口がコンプレックスなんじゃないかとか、そういう噂が一時期流れた。とはいえあまり触れて良さそうな内容ではないのでその噂もすぐに鎮火したわけだが。
「どうする? 黒華さんがとっても可愛い女の子だったら」
「いや、だからなんもしねえって」
「なんか須藤頑なじゃね? 実は好きなんじゃ──あ、すいません待って!」
山内の逃走もむなしくヘッドロックを決められる。3バカと一緒にいるとこの光景も見慣れてきたな。
「まったく、くだらないわね」
堀北がため息をついて呆れる。
「あはは、でもなんかさ、青春って感じじゃない?」
「青春? これがか?」
怪訝な声が出たが、櫛田は自信満々に頷いた。
「こうやってみんなで勉強した後でさ、並んで寮に帰ってると、テスト前の学生って感じしない?」
なるほど、言われてみれば確かに。
勉強で疲れた身体を引きずり、どうでもいい話をしながら家に帰る。俺が思い描いていたような、みんなで買い物に行ったり、恋愛したりといった青春とはまた違うが、これもまた1つの青春か。
「悪くないな」
その呟きは、ほぼ無意識に出た。
◇
その日の夕方、勉強会を解散した私はそのまま寮へは帰らず、校内の食堂に向かった。
食券機から少し距離を取り、列を作る生徒たちが料理を注文していく姿を眺める。目当ての人物はすぐに現れた。夕食なのにもかかわらず、食べ盛りの男子には味も量も物足りないだろう山菜定食を注文する生徒。
1年のクラスはどこもポイントには余裕があるし、見た目からしてもおそらく上級生だ。
件の生徒が席に座るのを確認した後、私も適当にチキン南蛮定食を注文し、料理を受け取り次第、その生徒からやや離れた席に向かう。
「あっ」
後ろを通りがかるところで声を出す。
「これ、落としましたよ」
両手がふさがっている私が顎でしゃくったのは、床に落ちてる四つ折りされた紙だ。気づいた男子生徒が拾い上げるのを確認する。
「いや、これは俺のじゃないな」
「え、でもあなたのポケットから落ちましたよ。もしかしたら大事なメモとかかもしれないですし、持っておいた方がいいんじゃないですか? それじゃ」
これでいい。
返事を待たずにさよならする。紙を開いた男子生徒が一瞬怪訝そうな目を向けてきたけど、無視だ無視。
そんなことよりも私は初めて食べる食堂のメニューに興味がある。
一口頬張ってみたけど、たっぷりと甘辛いタルタルソースのかかった鶏肉は、プリプリしててうまみたっぷりだった。こ~れは美味い。どうしても自炊がしんどい日なんかはこれから食堂を使おう。
仕込みも済んだ。傍から見ても、ただの女子高生の日常にしか見えなかったはずだ。
満足した私はそのまま寮に帰り着く。
あとはなるようにしかならない。
よう実の詳細な時系列や特別試験のルール、設定などをまとめた資料を書くかどうか(詳細は1章幕間の後書き参照)
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書け
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是非書いてくれ
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投稿が遅れてもいいので書いてほしい
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どちらでもいい
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投稿が遅れるなら書かなくていい
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別に書かなくてもいい
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書くな
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閲覧用