ようこそ狂愛主義者のいる教室へ   作:トルコアイス弐号機

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12話

 授業が終わり、水曜日の放課後を迎える。

 中間テスト当日まであと1日を残すところとなり、勉強会の方もラストスパートをかけにいく、

 クラスのみんなの中ではそういう予定だっただろうけれど、勉強会は今日で終わりだ。茶柱先生が出ていくのを待ってから、クラスメイト達が出ていく前に声をあげる。

 

「みんな、明後日の中間テストに向けて、ちょっと話したいことがあるの!」

 

 こういう時に私がSシステムの秘密にいち早く気づいたことが生きてくる。私がこうやってみんなに呼びかけると、高円寺君以外はみんな静かに話を聞いてくれるようになる。まぁ高円寺君は普段は割と静かだけど。喋る相手がいないだけともいう。

 とにかく、動き回る生徒がいないことを確認し、クリアファイルを持って教壇に上がる。やることは終わったので、ここからは単純に私の人気取りだ、せいぜい演出しよう。

 

「えーみなさん朗報です。今回の中間テストを100%乗り越える方法を見つけました」

 

「な!? それはほんとかい黒華さん!」

 

 退学者が出ることを、ある意味赤点候補者以上に怖れている平田君がすぐに食いつく。私はきちんと外にも聞こえるような大きな声を出して自信満々にアピールする。

 

「ほんとだよ。みんなにはこのプリントを配るね」

 

 前の席の人にプリントを人数分配って後ろに回してもらう。配ったのは当然、過去問と解答用紙だ。

 

「これってテストの問題だよね? 黒華さんが作ったの?」

 

「違うよ。それは学校が作ったの。明後日の問題はそれと全く同じ問題が出るよ」

 

「ええ!?」

 

 私の言葉の意味を理解した生徒たちが、興奮と驚きで騒ぎ出していく。ついていけてないのは3バカトリオみたいに鈍い生徒だけだ。

 

「え、なになにみんなどうしたんだよ!」

 

「つまるところだね、配ったその問題と解答を丸暗記すれば、明後日のテストは全科目満点取れるってことだよ」

 

「え、ええええ!? 嘘だろ!? まじかよ最高じゃん!」

 

 主に赤点候補者達がが感激の叫びをあげる。先日テスト範囲の変更が告げられた時は気が気じゃなかったと思うけど、みんなどっと安堵したように笑顔を見せる。

 

「ちょっと待って。黒華さん、どうやってこんなものを入手したの? 真っ当な方法で手に入るとは思えないわ」

 

「たしかにそうだ。説明してくれ黒華。これは本当に使って大丈夫なのか? 不正と判断されれば取り返しがつかなくなるぞ」

 

 喜んでばかりの生徒が大半の中、堀北さんと幸村君はちゃんと懸念するべき点に気づく。こういった生徒は今のCクラスでは貴重だ。平田君も安心感のせいで疑問を持つことはなかった。

 

「大丈夫。不正と判断されることはないよ。それは過去問なんだよ。私たちの先輩が、同じ時期に受けたテスト問題」

 

「それだったら、同じ問題が出るなんて考えられないんじゃないかしら」

 

「普通だったらそうだね。でもそれはただの過去問じゃないんだよ。黒板に向かって真ん中から右に座ってる人には去年の過去問を、左側の人には一昨年の問題を配ってるんだけど、実はその2つは全く同じ問題が出るんだよ」

 

 すぐにみんなが立ち上がってお互いに過去問を見せあう。そしてその2つが全く同じことに気づく。ここまで説明すればみんな理解しただろう。

 

「ほんとに大丈夫なのか? 正直俺は心配だ」

 

「うーん。出所言ったら安心する?」

 

 どうせ私が生徒会に入ることはすぐに明らかになるので、名前を出してもいいと許可はもらっている。

 こんな演出に使うつもりはなかったけど。

 

「そうね。それは教えてもらいたいわ」

 

「おーけー。その過去問はね」

 

 堀北さんを見据え、一度言葉を区切る。

 

「生徒会長にもらった」

 

 言った瞬間、堀北さんが固まる。あんまりよろしい仲ではないと思っていたけれど、瞳を揺らして動揺しているところを見るに、もっと確執に近い何かがあの2人の間にあるらしい。

 

「せ、せいとかいちょう!?」

 

「そ、ほら。1日にさ、私って話し合いに参加しなかったでしょ? あの時は生徒会の人に過去問を貰いに行ってたんだよ。まさか生徒会長にお世話になるとは思わなかったけど」

 

「す、すげー。生徒会長って眼鏡かけたあの人だよな? やっぱ黒華ちゃんすげえな」

 

 池君が感心するように言う。部活動説明会の時に堀北会長を見かけたのかな? 

 

「どうかな幸村君、これでも不安?」

 

「いや、さすがに生徒会長が渡したものなら大丈夫なんだろう。手間かけさせたな」

 

「お安い御用です」

 

 少し抵抗を見せていた幸村君が認めたことで、教室中に弛緩した空気が広がる。

 

「いやぁこれなら無理に勉強やらなくてよかったなぁ」

 

 と、一気に弛緩した空気の中をそんな声が飛んだ。これを聞き逃すわけにはいかない。

 

「はいそこ! 山内君。油断は禁物です。期末テストも同じような裏技があるとは限らないし、今日の勉強会も全員真面目に参加してもらうからそのつもりで」

 

「えぇ~!? いいじゃん今日くらいさぁ」

 

「その気の緩みで退学になったら笑えないでしょ。私がテスト2日前にこの過去問を配ったのは、一部の生徒が一夜漬けで覚えようとして寝落ちとかしそうだったからです。特に池君と山内君、須藤君の3人は今日帰ったら早速この過去問の暗記に取り掛かること。明日でいいやとか言って、もし赤点取っても私は救済しません」

 

「は、はい!」

 

 一応救済はできるけど、これで赤点を取るようなら明日の私は本気で切り捨てるだろうな。

 

「これは他クラスの奴らには内緒にしようぜ! 全員で満点取って驚かせてやるんだ!」

 

 茶柱先生から大々的に動きすぎることのデメリットが伝えられたのは記憶に新しい。クラス対抗戦である以上、Cクラスは誰も口を滑らせたりしないだろう。

 自分の席に戻ると、復帰した堀北さんが声をかけてきた。

 

「黒華さん、生徒会長にもらったって言っていたけれど……」

 

「うん、堀北さんのお兄さんだね」

 

 小声で言うと、また身体を強張らせる。大丈夫かこれ。

 

「私生徒会に入ることになったの。中学生の時も生徒会だったし、ちょうどいいかなーって」

 

 堀北さんが気にしているのはこの部分だと思ったけれど違ったようだ。私の目を見て、何かを話そうと口を開いては閉じるを繰り返す。

 

「これが残念なのかはわからないけど、会長は堀北さんについては特に何も言わなかった」

 

「っ……そう」

 

「私から聞いたら、好きに接しろだって。だから私はそうするつもり。堀北さんも、変な色眼鏡はかけないでもらえると嬉しいな」

 

「……………………わかったわ」

 

 飲み込むには長い時間がかかったけれど、堀北さんはきちんと頷いた。堀北会長だけれど、私が堀北さんの(ややこしいな)名前を出した時、強烈な反応が来たものの、それは嫌悪とか、憎悪とかそういう負の感情とはまた違うものだった。もちろん善に溢れたものでもなかったけれど、あれは葛藤に近い気がする。

 

「すごいな黒華、大金星だ。オレにはこんな方法とても思いつかない」

 

 綾小路君がいけしゃあしゃあと言ってみせる。

 

「ありがと綾小路君。過去問あるんだから、全科目100点取ってね?」

 

「任せろ。これで点数を落としたらなんて言われるかわからないからな」

 

 よし、これでこの事なかれ主義者は手を抜くことなく満点を取ってくれるだろう。もし1点でも落としたら高級焼肉を奢らせてやる。

 

「黒華さーん。いこー」

 

 軽井沢さんたちが声をかけてくる。そうだ、勉強会があるんだった。

 

「今行くー」

 

 自分で緩むなとか言っておいて、やることが終わった瞬間に気を抜いてしまった。まぁこの3週間いろいろ大変だったし、仕方ないよね? 

 

 ◇

 

 いよいよ迎えたテスト当日、みんな緊迫した様子で席に座ってその時を待っていた。チャイムがなり、同時に茶柱先生が教室に入ってくる。その顔には1日に見せたのと同じ、怪しげな笑みを貼り付けていた。

 

「欠席者はなし、全員いるみたいだな」

 

 出欠確認を終えた先生がぐるりと教室を見回した。

 

「元落ちこぼれのお前たちにとって最初の関門がやってきたわけだが、なにか質問は?」

 

「僕たちはこの数週間、懸命に勉強してきました。このクラスに赤点を取って退学する生徒はいませんよ」

 

「随分な自信だな平田」

 

 平田君だけじゃない、須藤君や山内君といった退学が危ぶまれていた生徒たちも皆自信を覗かせていた。先生はそんなクラスの様子に満足したのか、プリントを揃えると、前から順に配りだす。

 1限目は地歴公民が一緒くたになった社会科のテスト。そもそも暗記問題が基本なので、対策は容易な部類に入る。ましてや問題の分かっている社会科のテストなど苦戦する方がおかしいレベルだ。

 

「もし、今回の中間テストと7月に実施される期末テストの両方で赤点を免れたら、お前ら全員夏休みにバカンスに連れてってやる」

 

 バカンスとは、日本ではリゾート地で過ごす休暇のような使われ方をする。しかし本場フランスで使われるバカンスの本来の意味はただの長期休暇のことである。

 

「バカンスっすか?」

 

「そうだ。喜べ、青い海に囲まれた島で夢のような時間を送らせてやろう」

 

 本当かなぁ。悪夢のような時間じゃなければいいけど。

 テスト範囲の変更を知らせなかったこともあり、私はもはや茶柱先生を、というより、この学校のことを信じられなくなっていた。

 これ社会に出たとき大丈夫か。上司の命令1つ1つ疑ってかかるような人にはなりたくないんだけど。

 

「「「「うおおおおおおお!」」」」

 

 え、何怖い。考え事をしていたらクラスの男子が急に叫び始めた。どういうこと? なにかあったの? 

 

「どうした黒華、浮かない顔をして」

 

 多分考えが顔に出てたんだろうな。何が面白いのか知らないけれどニヤニヤ笑いながら私を名指ししてくる。いい機会だしみんなの前で直接聞いてやろう。

 

「夢のような時間って言いますけど。悪夢じゃないですよね?」

 

「何言ってんだ黒華ちゃん、バカンスだぜバカンス!」

 

 いや知らんがな。

 

「なんだ? この約2か月でずいぶん疑心暗鬼になったもんだな。安心しろ黒華、そのバカンスではお前たちに完全な『自由』が約束される」

 

「自由?」

 

「そうだ。そこでは全てが『自由』だ。お前たちはバーベキューでもなんでもして好きなものを食べれるし、浜辺でビーチバレーをして遊んでもいい。水上バイクなんてのもあるから、それを試してみるのもいいだろう。キャンプファイヤーを皆で囲んで団欒なんてのも乙だろうな。そしてそれらすべて、一切のプライベートポイントを使わずにできるとしたらどうだ?」

 

 なんだその怪しいセールスみたいな……。

 でも先生は嘘をつかないだろうし、言ってることは本当なんだろうな。

 

「ポイントを使わず!? マジっすか?」

 

「ああそうだ。楽しみにしておけ」

 

 ここまでだと区切り、テスト開始を告げる合図がなされる。

 もしここで過去問と違う問題が出題されていれば、それだけ赤点候補者が赤点の危機に見舞われる。

 そしてその肝心のテストの内容は──。

 

「ふぅ……」

 

 思わず息をついた。全くと言っていいほど同じ問題が並んでいる。周囲の生徒達も今度こそ安堵したようで、カリカリと解答を書く音に混じってため息が聞こえてきた。

 過去問作戦は最悪の場合今年だけ違うという可能性も最後まで残っていたので、これでもう一安心といったところだ。

 その後の国語と理科もまったく過去問と同じ問題が出題されていた。国語の記述は多少落とす生徒が出るかもしれないけれど、赤点の生徒が出ることはないだろうな。

 そのまま全員余裕綽々といった感じで昼休みを迎えた。

 堀北さんの勉強会メンバーが堀北さんのところに集まってきたので、自然私もそこに混ざる。

 

「余裕だな余裕! このまま全部満点だぜ」

 

「俺150点くらいとっちゃうかもなぁ」

 

 余裕そうな2人だけれど、こうやって笑いながらも過去問はしっかり手にしている。あの様子だと間違っても赤点を取ることはないだろう。

 

「俺、昨日の夜寝落ちしちまってさ。一昨日過去問やってなかったらまじで英語やばかったかもしんねえ」

 

 頭を掻きながらぼやくのは須藤君だ。今も英語の過去問を見つめている。喋りながら覚えられるほど英語は単純じゃないけど、まぁ今更それを言ったところで白けるだけだろう。

 それに須藤君の顔を見るに赤点ラインはとうに超えてそうだ。50点以上取れれば確実に赤点は回避できるだろうから、そこさえなんとかできるなら全然問題ない。

 

「テスト2日前に伝えておいて正解だったわね」

 

「ほんとに。我ながら妙案だったね」

 

 もしこれがテスト前日だったらまた違う結果になる可能性もある。これだけやって赤点が出ましたなんて洒落にならないからな。念には念を入れておくのだ。

 

 ◇

 

 そして土日を挟んだ月曜日の朝、ついにテストの結果発表日がやってくる。

 たとえ自信はあっても、それでも一抹の不安は拭い去れない。そんな生徒たちで教室には張り詰めた空気が漂っていた。そこに茶柱先生がチャイムと同時に入室し、緊迫もいよいよピークに達する。

 

「先生、テストの結果発表は今日だとうかがっていますが、いつ発表されるんでしょうか?」

 

「どうした平田。自信があるんじゃなかったのか?」

 

「……いつからなんでしょうか」

 

「心配するな、今からだ。あまり時間をかけても手続きが間に合わなくなるからな。では発表する」

 

『手続き』なんて今この場では不穏でしかない単語をわざわざ強調する。当然そんな言い方をされれば赤点候補者たちは敏感に反応する。池君や山内君は最後は神頼みなのか、両手を合わせてブツブツ呟いていた。

 いよいよ、茶柱先生が大きな白い紙を黒板にマグネットで貼り付ける。

 

「謝罪しよう。お前たちを侮っていた。見ろ」

 

 バチンと黒板を叩いてアピールする。先生が張り付けた点数表には、『100』という数字がいくつも並んでいた。

 

「全科目で満点を取った生徒が続出している。とてもCクラスの成績とは思えん。よくやった」

 

 それは、茶柱先生から始めて送られた純粋な賛辞。しかし今そんなものはどうでもいい。私の目は国語から順に全員の点数に流れていく。そして見つけた。

 

『英語 須藤健 68点』

 

 一番危ぶまれた須藤君の英語で50点を優に超えている。つまりこれは──。

 

「お前たちが一番心配している赤点だが──このクラスにはいない。おめでとう」

 

 先生の言葉を飲み込む生徒達。

 そして──。

 

「よっしゃああああああ!」

「やったぁ!」

「よかった……よかった」

「はあぁぁ……勘弁してくれ……」

 

 歓声、安堵、いろんな感情が綯い交ぜになった声が教室に響き渡る。

 突如として私たちの前に立ちはだかった試練を、なんとか乗り切った瞬間だった。

 

「見たか先生! 俺らもやればこんなもんなんですよ!」

 

「そうだな。素直に感心している」

 

「もっとこう、すごいぞ! とか、手放しで褒めてくれてもいいじゃないですかぁ」

 

「勘弁してくれ。キャラじゃない」

 

 キャラなんて気にする人なのかアンタは……。

 

「それとさらに朗報だ。今回の中間テストのクラス毎の成績だが、見事、お前たちが1位だ」

 

「うおおおおおお!」

「最強だ俺ら!」

 

 さらなる知らせにクラスのテンションが最高潮になる。

 

「続きだが、2位がAクラス、3位がBクラス。そして4位がDクラスだ。クラスの順位は平均点でつけられている。なお、1年フロアの掲示板に各クラスの詳しい点数表が掲載される。他クラスにどんな生徒がいるのか、気になる奴は見てみるといい」

 

 そう言われたら見に行くしかなくなるな。特に私はBクラスの生徒は全く知らないため、優秀な人間がいるなら要チェックだ。

 

「浮かれているところ悪いが、喜んでばかりいられないぞ? 再来月に行う期末テストでも満点ばかり取れるとは限らないからな」

 

「ちょ、佐枝ちゃん先生、今いいところなんだから余計なこと言わなくていいんすよ!」

 

「悪い悪い──さて、これでSHRは終了だ。言っておくが今日もこの後は授業だからな。調子に乗ってポイントをすり減らさないように」

 

「そんなことしませんて!」

 

 茶柱先生はそれだけ言うと、教室を出ていく。出る際に一瞬私の方を見たのは気のせいじゃないだろうな。言いたいことはなんとなくわかる。

 

「なあみんな、今日放課後祝勝会やろうぜ! 5月にもらったポイント全然使ってないしさ、どっかの店貸し切ってパーってやろう!」

 

「いいねそれ賛成! あたし早速店予約するわ!」

 

 妙なところで連携を見せる池君と篠原さん。

 そんな様子に堀北さんは呆れているようだった。

 

「まったく、呑気ね」

 

「3週間の間気が気じゃなかったからな。解放されればこうなる」

 

「たまにはバカ騒ぎもいいもんでしょ。2人も参加するよね?」

 

「まぁそうだな。皆で打ち上げなんて初めてだ」

 

「私は嫌よ。まっすぐ帰るわ」

 

「え~どうせなら参加しようよ~」

 

 そのあとも不貞腐れてみたりしたけれど、堀北さんにはまるで響かなかった。

 

 ◇

 

 その日の放課後、クラスの打ち上げ会場は娯楽エリアにある焼き肉屋に決まった。40人丸ごと入る大部屋と、打ち上げ用のコースがある店で、祝勝会にはうってつけの店というわけだ。

 この打ち上げだけど、Cクラスのほぼ全員が参加する予定だ。『ほぼ』というのはこのクラスにはまだ佐倉さんとか長谷部さんみたいな、まだ友人と呼べるような人がいない生徒や、大人数で集まるのが苦手な生徒がいるからだ。そういった人たちは今回欠席するというのは、櫛田さんからこっそり教えてもらった話だ。まぁこういうのが苦手な人はとことん苦手なので仕方がない。

 ちなみにこのことは堀北さんには伝えていない。言えば間違いなく不参加を表明するからだ。

 そんな彼女は今、私と校舎1階の掲示板前に来ている。茶柱先生が言っていた、各クラスの詳細な点数を把握するためだ。

 

「さすがはAクラスね。約2割の生徒が満点をとっている」

 

 堀北さんの言う通り、Aクラスの成績はすさまじい。90点未満の生徒も、大体は80~70点付近をマークしている。1人だけ60点くらいをフラフラしている生徒がいるけれど、やっぱり学力においては隙がない。過去問作戦がなければまず間違いなく負けていたことだろうな。

 

「逆にBクラスは思ってたほどじゃないね」

 

 Bクラスはクラスポイントを870も残した猛者集団である、というのは最初の印象だ。櫛田さんに聞いた話だけれど、一之瀬さんという女子生徒を中心としているクラスで、仲良しこよしやっているらしい。

 話に聞いただけだけど、今の印象としては『Cクラスの上位互換』といった感じだ。点数を見ても生徒1人1人のアベレージが高く、高いレベルの成績を納めている。堀北さんから見ればBクラスも相当な強敵に映るかもしれないけど、AクラスとDクラスの両方に接触した私としてはそれほど脅威には見えていない。まぁまだまだこれからだろうな、Bクラスと関わるのは。

 そしてDクラス。堀北さんは驚いただろうな。

 

「Dクラスは……赤点を取った人が出たのね……」

 

 Dクラスの成績表。そこには一本の赤い線が引かれてある。

 

『数学 野村雄二 32点』

 

 野村君が退学になったのかどうかはまだ知らないけれど、Dクラスは阿鼻叫喚だっただろうな。

 

「哀れね。政府主導のこの学校に見捨てられるということは、日本という国そのものから見捨てられるも同然なのに墓標すら残らないなんて……」

 

 野村雄二という生徒がいたという証も、救済がなされなければ、この無機質な点数表がはがされる時と同時に消え去ることだろう。

 

「行きましょうか。もう見るべきものは──」

 

 堀北さんの言葉を遮ったのは、カツンという高い音。カツン、カツンと一定のリズムとともにこちらに近づいてくる。姿を見せたのは、杖をついた小柄な少女。銀髪の、儚げな美貌の顔立ちに対し、どこか力強さを宿した目をしている。

 来客は彼女だけではなかった。背の高い筋肉質の男。剃っているのか、それとも病気かはわからないけれどスキンヘッドをしていた。2人はこちらに気づくと、杖をつく少女のペースに合わせてゆっくりと近づいてきて、こちらに目を合わせてきた。

 

「『はじめまして』、Aクラスの坂柳と申します。こちらは同じくAクラスの──」

 

「葛城だ」

 

 坂柳に葛城。どちらも今回のテストで高得点を記録した生徒だ。坂柳さんに至っては全科目満点だった。堀北さんもさっき見たばかりの2人の名前は憶えているはずなので、この2人が猛者ぞろいのAクラスのトップであることはすぐに理解しただろう。

 

「私は──」

 

「ああ、ご挨拶は結構です。Cクラスの堀北鈴音さんと、黒華梨愛さんですね? お2人のことは存じておりますから」

 

 クスクス笑いながら堀北さんの言葉を遮る。

 こーれはウザい。

 相手のことを知ってようと知るまいと、自己紹介を途中で打ち切るなど、『お前などどうでもいい』と言われているようにしか思えないからね。ましてそれをAクラスの生徒が言ってくるんだから、上に上がることに並々ならぬ思いがある堀北さんからすればなおさら不愉快だろう。

 

「すまないな。非礼は詫びよう」

 

 葛城君がかわりに謝罪する始末だ。坂柳さんはおとなし気な見た目に対し、随分と挑発的だ。

 

「ふふふ、なかなか面白い結果だと思いませんか葛城君。今回の中間テスト、順当にAクラスが勝つかと思いきや、実際に1位をとったのはCクラス」

 

「まっとうな方法で乗り越えたわけじゃないだろう。地力では確実に俺たちAクラスが勝っている」

 

 こっちが反則技を打ったのが葛城君にはバレてるのか、それともただのカマかけか。

 

「見苦しい言い訳ね。結果を正面から受け止めたらどう?」

 

「君たちは当初最も下のDクラスに配属されていたんだ。たった1か月でこれほどの結果を残せるとは思えない。ましてやクラスの半数以上が全科目満点というのは、テストの難易度を考えても現実的ではない」

 

「なら私たちのクラスメイトに聞いてみたらどう? 大半の生徒は楽勝だったと答えるはずよ」

 

 それはたぶんそうだろうな。池君とか山内君がべらべら自慢しそうだ。そして余計なことまで追加でしゃべって不要な情報を与えるところまでは見える。

 

「ずいぶん思いあがっているようだが、いまだにAクラスとCクラスの差は歴然だ。たった一度の勝利で立場が並ぶとは思わないでもらいたいな。ましてや君たちがCクラスに上がったのも、そこにいる黒華1人の功績だ」

 

「黒華さんは関係ないわ。どちらにせよすぐに追いつく、必ずね」

 

 初めて会う者同士がする会話ではないでしょこれは。

 睨み合う2人を中心に居心地の悪い空気を孕むこの場所に、また新たな参加者が訪れた。

 

「うわぁ、もしかしてお邪魔だった?」

 

 現れたのはストロベリーブロンドの髪を伸ばした女の子。可愛いとキレイの中間みたいな顔立ちで、なによりもその凶悪すぎる胸部装甲が目を引いた。絶対モテるでしょ。

 

「随分と殺伐としているところを見るに、高慢な態度はまだ治っていないようだな葛城」

 

 そしてもう1人。どこかで見覚えのある生徒だったけれど、すぐに思い出した。4月に流行った『イケメンだと思う男子ランキング』で常にトップ10にいたBクラスの神崎隆二君だ。写真で見るよりまたさらに男前だな。

 

「神崎君に一之瀬さんですか。今日は随分と賑やかですね」

 

 坂柳さんが楽しそうに笑う。確かに、まるで示し合わせていたんじゃないかと思うほど同じタイミングで各クラスの生徒が集まってくるな。残りはDクラスだけど──。

 

「くく、壮観だな。雑魚共が勢ぞろいじゃねえか」

 

 タイミングよく現れたと思えば、開口一番喧嘩を売ってきたのは中肉中背の男子生徒。紫がかった黒髪を首筋まで伸ばしたセンターパートの男だ。

 

「これはこれは龍園君ではありませんか。雑魚と言えば、Dクラスは唯一赤点者を出したようですね。いったいどれだけの阿鼻叫喚だったのか、ぜひ教えていただけませんか?」

 

 坂柳さんきっついな。龍園君が攻撃的なのをいいことに痛いところをガシガシ突いていく。

 

「ハッ、あの程度もできねえ雑魚なんざどのみちいずれ脱落だろうが。どうでもいいな」

 

「おや? 私はDクラスに退学者は出なかったと聞いていますが……。どうでもいい雑魚を救済するとは、龍園君はお優しい王様なんですね」

 

 揶揄うと表現するにはいささか過激な気がするけど、揶揄う坂柳さんに龍園君が露骨に舌打ちする。まぁ今回のテストでDクラスは失態しかしてないからな。仕方がない。

 

「何の用だ、龍園」

 

 警戒するように立ちはだかったのは神崎君だ。その表情から龍園君のことをあからさまに敵視していることがわかる。何かあったのかもしれない。

 

「あ? 点数表を確認しに来ただけだろうが。Dクラスにはそんなことも許されねえのか?」

 

「お前たちが俺たちBクラスに仕掛けたことを考えれば、警戒するのは当然だ」

 

「知るか。仮に俺のクラスの奴らがお前らと何かあったとして、俺に何の関係があるんだ?」

 

「君はそういうけど、もう私たちの誰も君のこと信じてないからね」

 

「雑魚の信用なんざ鳥の糞ほどの価値もねえな」

 

 Bクラスの2人を鼻でせせら笑った後、今度は私たちに顔を向けてくる。まさか全方位に喧嘩を売るつもりか。

 

「てめえが噂のマスク女か。そっちの気の強そうな女はお前の子分か?」

 

「子分じゃないよ、友達」

 

「友達でもないわ」

 

 いやそこは否定せずに合わせてよ。堀北さん、頭はいいけど舌戦はまだまだダメそうだな。こういうのは余計な情報1つ渡すだけでどんどん不利になるんだから、相方の言うことをむやみに否定したりしたらダメだよ。連携とれてないってバレちゃうじゃん。

 

「まぁその女はどうでもいい。俺はちょうどお前を探してたんだ。ちょっと面貸せよ」

 

 どうでもいい女扱いされた堀北さんの顔が攣る。プライド高い堀北さんからしたらウザいことこの上ないだろうな。龍園君と坂柳さんは堀北さんと致命的なまでに相性悪そう。

 

「さっき点数表確認しに来たって言わなかったっけ?」

 

「それはもう終わったからな。次はお前だ」

 

 いやいや点数表に見向きもしてなかったじゃん。

 

「ごめんなさい、タイプじゃないの」

 

「ならここで話すか? こっちとしちゃお前の悪行を学校中にバラしてもかまわないんだぜ」

 

「おや、気になるお話が出てきましたね。黒華さんの悪行、ですか」

 

 目を輝かせて乗り気な坂柳さん。Bクラスの2人も興味を持ったらしく、私に視線を向けてくる。

 

「いいじゃんここで話しなよ。どんな作り話を聞かせてくれるんだろうねー」

 

『悪行』などととんでもないし、龍園君が私がこのテスト期間中にやってたことの全てを知る術はない。憶測交じりになるだろうし、そもそも龍園君としても話したくない内容のオンパレードだろう。ここで話してもいいなど、ただのハッタリだ。ここで動揺するのが一番の悪手だ。

 

「くく、悪知恵と度胸はあるみたいだな」

 

「坂柳さんと違っておっきいから」

 

「は?」

 

 坂柳さんからすごい怒気があがるけど気にしない気にしない。これ以上ここにいても余計な情報を流すだけなのでもう帰ろう。AクラスとDクラスはともかく、Bクラスが邪魔すぎる。話をするだけこちらが損する。

 

「もう帰ろっか堀北さん」

 

「そうね、ここにいても時間の無駄よ」

 

「お待ちください。話はまだ終わっていませんよ。先ほどの──」

 

「じゃあねー」

 

 引き留める声を無視して教室に帰る。坂柳さんには姿が見えなくなるまですごい睨みつけられた。あれで敵対関係になったりしなきゃいいけど。

 

「黒華さん、私、決めたわ」

 

「はい?」

 

 歩いていると、いきなり立ち止まった堀北さんにそんなことを言われた。

 

「決めたってなにを」

 

「私は必ずAクラスに上がる。そのためにあなたの力を借りることにしたの」

 

 その言い方だとまるで私が協力することが確定してるみたいな言い方だな。なんていうか借りようと思えばいつでも借りれるみたいな。そりゃ『CクラスをAクラスに上げたい』私とも目的は一致してるから、言われればいつでも貸しますが。

 

「別にかまわないけど、急にどうしたの?」

 

「さっき他クラスの生徒と話している時、みんなあなたに一目置いているようだったわ。悔しいけど、葛城君以外は私に見向きもしなかった。それに何より、あなたには兄さんに認められるほどの実力がある。今回の中間テストにしたって、すぐに退学を防ぐ方法を見つけておきながら、クラス全体の学力向上にも貢献した。あなたを、認めざるを得ないと思ったのよ。Aクラスに上がるためには、あなたの力が必要だと」

 

 堀北さんは周りの注目なんて気にしない人だと思ってたんだけどな。いざ他クラスの人たちを見て思うところがあったのかもしれない。

 それにしても、私の力が必要、か……。

 

「堀北さんは、私を必要としてくれるってこと?」

 

「そうね、どうかしら。というより、拒否権はないけどね」

 

 そう言うと意地悪そうに笑った。

 

「私が勉強会を開いたおかげで、サンドバッグを買わなくて済んだのでしょう?」

 

「な、なぜそれを!?」

 

 まさかサンドバッグの前で悩んでいるのを見られていたのか? いやでもあの時は周囲に知り合いがいないかちゃんと確認したはず。

 

「さぁ? なぜかしらね。それで、協力してくれるの? しないの?」

 

「もちろん協力する。でも条件が1つある」

 

「聞くだけ聞きましょう」

 

 堀北さんが本気でAを目指すなら、これはその第一歩になる。

 

「私と一緒に打ち上げに参加すること。それが条件」

 

「……は?」

 

 何を言ってるんだコイツは。

 そんな視線を送ってくる。

 

「ちなみにこれはAクラスに上がるために必要なことです」

 

「関連性があるとは到底思えないのだけれど」

 

「私に見えてて、堀北さんに見えてないものがあるんだよ」

 

 超曖昧な言い方だったけれど、こういう時に私が堀北会長にスカウトされたという実績が生きる。堀北さんは私を通して、生徒会長の影を見ているのだ。

 

「……わかったわ」

 

「ありがと、堀北さん。これからよろしくね」

 

 右手を差し出すと、渋々といった感じで応じてくれる。

 初めて握った堀北さんの手は、女の子らしく華奢で、ちょっと温かかった。

 

よう実の詳細な時系列や特別試験のルール、設定などをまとめた資料を書くかどうか(詳細は1章幕間の後書き参照)

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