ようこそ狂愛主義者のいる教室へ   作:トルコアイス弐号機

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13話

 ──やばい。

 

 無事に中間テストを乗り切り、高まる勢いそのままにクラスのほぼ全員が参加する祝勝会が開かれることになった。会場は大きな焼き肉屋で、お手頃価格が売りの大衆焼き肉ではなく、ちょっとお値段の張る『イイ』焼き肉屋だ。5月に入って支給されたポイントは54000ポイントと、4月に比べ半分近くになってしまったが、それでも1か月過ごすには十分すぎる額が支給された。テスト期間で今月はクラスメイト達もほとんど遊びに行けていないらしく、せっかくのこの機会に豪華な食事を楽しもうという魂胆だった。

 青春を体験するのが目的の1つのオレとしても、このみんなで打ち上げというイベントは見逃せないもので、真っ白で無機質なあの場所では決して経験できるものではないだろうと、柄にもなく心が躍っていた。

 しかし、そんなオレに今、入学以来未曾有の危機が迫っている。それは──

 

「服が、ない」

 

 今日の授業が終わり、そのまままっすぐ寮に帰ったオレは、適当にネットやテレビを見ながら悠々自適に過ごしていたのだが、そんなオレを驚愕させる事実が知らされた。

 

『今回の祝勝会は6時45分に店前集合、参加者は全員私服で来るように! ポイントはその場で徴収します』

 

 祝勝会用に新たに作られたグループチャットに送られたその一文は、オレを大いに動揺させた。入学してからもうすぐ2か月だが、平日はもちろん、土日に至ってもオレは友達と外で遊ぶようなことはせず、基本外をぶらぶらしているか、もしくは部屋で適当に過ごしているかで、外出用のオシャレな服など1つも持っていなかったのだ。一抹の望みをかけクローゼットを開いてみたが、せいぜい簡素な部屋着が数着と、学校に来ていくための制服がしまってあるだけ。

 やるべきことは明白だ。今すぐにでも祝勝会用の服を買いに行かなければならない。だがこの世に生まれ出でてからというもの、ホワイトルームの真っ白の衣服ばかり着て過ごしてきたオレには、一般的な高校生がどういう服装をするものなのかが全く分からなかった。

 参考資料が必要だ。ホワイトルームで鍛え上げられたオレの頭脳は一瞬で4つの選択肢を提示した。

 1つはインターネットの力を使うこと。

 すぐに携帯を取り出し、『高校生 服装 男子』と検索にかけたオレが見たのは、平田並のイケメンがかっこつけたポーズをとった写真ばかり。

 おい、企業はいったい何を考えているんだ? これじゃあ自分の顔に自信のない人が参考にしづらいだろ! 

 どいつもこいつも服装じゃなくて『俺を見ろ』とばかりに爽やかにはにかんでいるし、こんなイケメンだから似合いそうな服装、何の参考にもならない。俺が同じ服を着たら──、

 

『え、綾小路くん全然似合ってないんだけどウケるー(笑)』

 

 とバカにされる展開になるに決まっている。却下だ却下。

 次にオレが選んだのは男子の力を借りること。

 オレは池、山内、須藤の3人に『祝勝会までの間、適当に買い物にでも行かないか?』と送る。この一文を送るのにもオレはなかなかのハードルの高さを感じた。しかし勉強会を通じ、4月の頃よりさらに仲良くなったあいつらとなら、俺から遊びに誘いに行くというリア充的行動もとれると思ったのだ。しかし、ここでまた誤算があった。連絡を送った後、固唾を呑んで返信を待ち受けていたオレだったが、待てど暮らせど返事が来ない。痺れを切らしたオレは3人に電話をかけてみたが、何度コールが鳴っても出ることはなかった。

 一体どうゆうことだ? まさか3人そろって寝てるのか? 

 こうなったら部屋まで押しかけてでもあいつらを誘い出そうと立ち上がったが、ここでまた気づく。オレはあいつらの部屋番号を知らないのだ。というか誰がどの部屋にいるのかオレは自分以外に把握していないことに今気づいた。なんでこんな時に虚しさを感じなければならんのだ。とにかく、池たちに頼るという選択肢はこの時点で消え去った。次だ次! 

 3つ目、女子の力を頼る。

 

「……いや無理だろ」

 

 俺が連絡先を知っている女子は櫛田、堀北、黒華の3人だ。

 櫛田の場合、まずただでさえ人気者のあいつを今から誘ったところで予定が空いているとは到底思えない。というか放課後にクラスメイト達から遊びに誘われているのをさっき見たばかりだ。それに仮に一緒に買い物に行けたとして、櫛田と2人っきりでいるところを他の奴らに見られたらどんな噂が立つのか想像もできない。弁明のために『何着ればいいかわからないから相談に乗ってもらった』というのもあまりにも情けない話で少々癪だ。

 次に堀北だが、そもそも一緒に遊びに行ってくれると思えないし、あいつにこんな情けない相談をするのは気が引ける。これ以上弱みを見せたら一体何を要求されるやら。ないな。

 そして黒華、あいつも櫛田と同じくそもそも予定が埋まっている可能性がある。そして仮に相談に乗ってくれるとして、あいつがオレのことを徹底的に揶揄うのは目に見えている。他人に吹聴するような真似はしないと思いたいが、面白半分で話す可能性は十分あるし、間違いなくこの先1年はネタにされるだろう。

 

『あははっ、なにそれ綾小路君かわいい~』

 

 きっとこう言うだろうな。うん、やっぱりダメだ。

 

 念のため考えてみたが女子を誘うという選択肢はやはりないな。一番ない。

 となれば最後の選択肢、1人で買いに行って店員にオススメを聞く。これしかない。

 思い立ったらすぐ行動だ。早速ケヤキモールに行くとしよう。

 

 ◇

 

 オレが向かったのは、池たちが『コスパがいい』と評価していた『UNIQL〇』というファッションブランドだ。店舗面積がかなり広く、オレ以外にも多くの生徒が商品を眺めている。店員の数も多いし、これは期待できそうだ。

 

「すみません」

 

 手近な男性店員に声をかけると、愛想のいい笑顔を向けて振り返る。

 

「いらっしゃいませ、いかがなさいましたか?」

 

「あの、服を上下一式そろえたいんですが、なにかオススメってありますか?」

 

「これから夏になりますが、春物をお求めでしょうか、それとも夏物を?」

 

「あー春物で。今この時期に着れるのがいいです」

 

「そうですね、では──」

 

 要望を伝えると、店員は迷いのない足取りで商品を手に取っていく。

 よかった、これなら大丈夫そうだぞ。

 

「女子高生の皆さまはどちらかと言えばカジュアルな服装よりもきれいで落ち着いた服装を好まれる方が多いですし、お客様は上背もありますから、こちらの白シャツとカーディガンを合わせてみるのはいかがでしょう。パンツは黒のテーパードパンツかスキニージーンズがおすすめですね。どちらも脚が細く長く見えますし、ゆったりしたカーディガンと合わせればYラインも綺麗に出ますので、大人っぽさを演出できるかと思います」

 

 おお……! 何を言ってるかさっぱりわからないが、なんだか行けそうな気がしてきたぞ。

 オレは店員がおすすめしてきた服を受け取り、試着室に入って着替える。鏡で確認してみたが、特に変なところもないし、これで大丈夫そうだ。着心地も悪くないしな。

 

「ど、どうっすか?」

 

「ええ、すごくお似合いですよ。やはり適度に鍛えてらっしゃる方はスタイルがよく見えますね。男らしさと爽やかさがバランスよくまとまっています」

 

 まさかこの店員、審美眼の持ち主なのか? 

 店員のお墨付きをいただいたオレはそのまま会計に向かって選んでもらった衣服を丸々購入する。

 これからもあの店員、いや店員さんにコーディネートを頼もう。

 なんとか危機を乗り越えたオレは余裕の表情で寮に戻る。

 ちなみに池たちは完全に寝ていたらしく、今更になって返信が来ていた。

 

 ◇

 

 そして迎えた6時半、そろそろ寮を出ればちょうど集合時間に間に合う時間。

 

「よし、行くか」

 

 部屋を出てエレベータでエントランスに降りたオレだったが、ここで見覚えのある黒髪を見つけた。

 あれは堀北だ。まだオレには気づいていない様子。

 どうする? 声をかけるか? 

 堀北ならきっとオレのコーディネートを素直に評価してくれるだろう。こちらから『どうだ? キマッてるか?』などと聞くつもりはないが、おかしいところがあればアイツは素直に指摘してくるはずだ。オレのチタン合金メンタルがダメージを受ける可能性はあるが、それでもクラスのみんなに笑われるよりマシだ。

 よし──。

 

「おーい、堀北」

 

「……綾小路くん、嫌な偶然ね」

 

「そう言うなって……というか、打ち上げには参加しないんじゃなかったのか?」

 

 堀北は明らかに外出用の格好をしている。気になったので聞いてみると、堀北はその顔を苦々しげに歪めた。

 

「黒華さんに誘われたのよ」

 

「教室では断ってなかったか?」

 

「あの後掲示板を見に行ったのだけれど、そこで黒華さんにAクラスに上がるのを手伝ってもらうことにしたの。彼女、了承する代わりにこの打ち上げに参加しろと」

 

「それで渋々参加することになったってことか」

 

 黒華が堀北を改めて打ち上げに誘った理由。

 おそらく堀北に少しでもクラスメイト達との親交を深めさせたいという狙いがあるんだろう。堀北は頭はいいが、視野が狭く、なによりも他者を最初から邪魔者だと撥ねつける悪癖がある。

 堀北兄との邂逅、そして今回の勉強会を通じて入学当初よりマシにはなったが……。

 

「よく引き受けたな」

 

「……そうね。自分でもそう思うわ」

 

 黒華だって堀北が素直に応じるとは思っていなかっただろうが、アイツは生徒会長自身に生徒会にスカウトされたという事実があるからな。これが堀北にとってどれほど重い意味を持つのか理解した上で堀北を打ち上げに誘ったんだろう。

 

「…………」

 

 そしてここで会話が止まる。

 くそっ、動けオレの口! 動けってんだよこのポンコツが!

 

「服、似合ってるな」

 

 そうだ、オレが堀北に声をかけたのは服装におかしなところがないか確認するためだ。自然な流れでオレの服装の話をするには、こちらから堀北を褒めるのが手っ取り早い。

 とはいえオレが言ったのは素直な感想だ。黒のトップスにトレンチディティールの効いたミディスカートを合わせた、大人のお嬢様風という感じで、清楚な堀北によく似合っている。こうやって見るとまた一段と可愛いな。刺々しい態度さえ直せば相当モテるだろうに。

 

「そうかしら? そういうあなたも意外と服装には気をつかってるのね」

 

「そうか?」

 

 軽く流したが、オレは内心感激していた。堀北が『気をつかっている』と感じるということは、それ相応におしゃれなコーデになっていると考えていいだろう。

 ありがとう! 名前も知らぬ店員さん。

 

「でも、なんで白のシャツで来たの?」

 

「え、どういうことだ?」

 

「これから私たちは焼き肉に行くのよ? 油やたれが跳ねたとき、白のシャツじゃ汚れが目立つわよ」

 

「なんだと!?」

 

 しまった、おしゃれな服装に満足してそこまで考えが及ばなかった。

 くそっ、焼き肉屋に行ったことはないが、それくらいは想定できたはずなのに……。

 

「まぁ安い店ならともかく、そこそこいい店らしいし、きっとエプロンがあるわよ」

 

「ほ、ほんとうか?」

 

「多分ね。なかったら諦めなさい」

 

 祈るしかないということか。一々店員さんに『焼き肉用のコーデを教えてください』なんて頼むわけにはいかないし、ちょっとファッションについても自分なりに調べた方がいいかもしれないな。

 

「話は変わるけど、今回の中間テスト、Dクラスでは赤点者がでたらしいわ」

 

「本当に唐突だな……。それはオレも聞いた。野村ってやつだろ?」

 

 オレも具体的に誰が話していたのかはわかっていないが、教室にいた際にクラスの誰かがそんな話をしていたのを覚えている。赤点を取れば本当に退学になってしまうのだと、みんな恐れおののいていたな

 

「ええ、でもその野村君という生徒は赤点こそとったものの、退学にはなっていないそうなの」

 

「なに? 学校の話は方便だったってことか?」

 

 口ではそういったが、オレ自身はその可能性は限りなく低い、いや、間違いなくありえないと考えている。赤点を取ったら、この学校は本当に退学処分にするだろう。

 交友関係の狭い堀北がどこからその情報を拾ってきたかはわからないが、その野村という生徒が本当に退学処分になっていないのなら、何らかの手を打ったと考えられる。

 そう、例えば『テストの点数をプライベートポイントで購入する』というように。どれだけのポイントがかかるのか、そもそもそんなことが実際に可能なのかは試してみないとわからないが、今回の中間テストで用意された裏ワザは過去問だけではないということだ。

 

「その可能性は低いでしょうね。おそらくDクラスの誰かがなにかしたんでしょう」

 

 その『手』の内容には、今の堀北では思い至らない。

 

「まぁ今日は気にしなくてもいいんじゃないか? 結果を見れば、オレたちはDクラスに大差をつけて勝ったわけだしな」

 

「……それもそうね」

 

 それからは、特に会話らしい会話もせずに2人で並んで歩く。

 気まずい時間は10分ほどで終わり、店の前に着くとすでに多くのクラスメイト達がいた。

 オレたちに気づいた池が駆け寄ってくる。

 

「おーい綾小路って、お前、なんで堀北ちゃんと2人で来てんだよ!」

 

「たまたまエントランスで会っただけだ。もうみんな来てるのか?」

 

「おう! ほとんど来てるぜ。櫛田ちゃんがポイントを徴収中だから払って来いよ。1人8000ポイントな」

 

 そう言って櫛田を指さす。Cクラスのアイドルは今もクラスメイト達に囲まれてなにやら談笑しているようだった。入りづらい……。

 

「あっ。綾小路くんに堀北さん!」

 

 どうやって声をかけようか悩んでいると櫛田の方からオレたちに気づいた。手を振りながらこちらに駆け寄ってくる。櫛田……制服姿も可愛いが、私服姿もまた一段と可愛いな。

 見惚れながらポイントの振り込みを終わらせると、櫛田はすぐには戻らずにオレたちを交互に見やる。

 

「2人ともすっごくおしゃれだねっ。お似合いのカップルって感じ?」

 

 おいおい、そんな揶揄うようなこと言ったらまた堀北が怒るぞ……。

 え、オレはどうなのかって? いやまぁ、自分で選んだ服ではないし? 櫛田に褒められたところでなぁ? 

 

「ふ、ふふふ」

 

「こんな人とカップルなんて、冗談でもやめてほしいわね。それと綾小路くんはその気色の悪い笑い方をやめて」

 

 グハッ! 

 い、痛い……。言葉の刃に胸が痛い。

 

「あはは……私は綾小路くんかっこいいと思うけどなぁ? でも焼肉なのに白い服で来ちゃったんだね」

 

「堀北にも言われたけど、やっぱり失敗だったか?」

 

「たれとか油汚れをとるのが大変でさぁ。綾小路くんって焼き肉屋あんまり来たことない?」

 

「実は初めてだ」

 

 だからこそ楽しみでもある。オレとしては山内たち曰く『食べ物で遊べる』という噂の『すた〇な太郎』とやらに強い興味があったのだが、この際どこでもいい。

 

「わっ珍しいね。ここけっこういいお店だし、きっといい焼肉デビューになるよっ」

 

 それじゃあね、と手を振ってクラスメイト達のところに戻っていく。あっちに行ったりこっちに行ったりで忙しそうだな。

 

「私も焼き肉なんて久しぶりね」

 

「行ったこと自体はあるんだな」

 

「ええ。本当に小さな頃に家族で……」

 

 あまりいい思い出ではなかったのか、それともまた別の理由か、思い出した堀北は少し目を伏せる。

 

「あれっ、綾小路君と堀北さんじゃん。おっすー」

 

 この軽い挨拶は黒華だな。遠くから手を振ってる。

 

「綾小路かっくいーね」

 

 近づいてきた黒華は開口一番揶揄う口調で褒めてくる。そんな黒華の服装は白いワンピースにピンクのカーディガンと女の子らしい格好だ。

 ん? 白いワンピース……。

 

「黒華、白い服だとたれと油が目立つんじゃないか?」

 

 指摘してみると、黒華は少し眉をひそめた後──。

 

「しまった!」

 

 世間知らずはオレだけではなかったようである。

 

 ◇

 

「えーでは僭越ながら、わたくし、黒華梨愛が乾杯の音頭を取らせていただきます。今回の中間テスト、7人もの赤点候補者を抱えながらも、なんとか全員無事に乗り切れました。それだけでなく、学年順位1位という大勝。これからもクラス全員が、平穏な学校生活を送れるようにみんなで頑張っていきましょう。では皆さん、お飲み物の用意を」

 

 乾杯の音頭は、過去問を提供してクラスに貢献した人物ということで黒華がやることになった。5月初めはわざとやったとはいえ傲慢な物言いもあり、一部のクラスメイトとはギクシャクしていた時期もあったが、今ではそれも解消してしまっている。今回の件で、黒華はクラスのリーダーとしての地位を着実に固めてた。

 

「乾杯!」

 

「「「「「乾杯!!」」」」」

 

 そして一斉にグラスを呷るクラスメイト達。

 こ、これがリア充の儀式か……。

 

「はぁ……やはり来るべきではなかったわ」

 

 乾杯が終わるなり対面に座る堀北が早速愚痴る。

 オレと堀北は見事なまでに端っこの席でテーブルを挟んで座っている。まぁこうなることはあらかじめわかっていたわけだが。

 

「まぁまぁ。ここで私たちと焼肉食べてるだけでいいからサ」

 

 目を笑わせながら言ったのは堀北の隣に座る黒華だ。てっきり他のクラスメイトと同じテーブルに座るかと思ったが、堀北を誘った張本人なので、今はこうしてオレたちと一緒にいる。

 

「それに、堀北さんはもうちょい他の子と仲良くなったほうがいいと思うの。これはその第一歩です」

 

「必要ないわ。クラスメイトとの連絡役は黒華さんで十分だもの。適材適所よ」

 

「連絡役?」

 

「あっ、私堀北さんと一緒にAクラスを目指すことにしたの。綾小路君もそうなんでしょ?」

 

 おい、オレはそんなこと一言も言ってないぞ。

 抗議の意を込め堀北を睨むと、目をそらすどころか真っ向から睨み返してきた。

『何か文句でも?』とでも言いたげだ。

 仕方ない、ここはやはり黒華に助けてもらおう。

 

「黒華、それは誤解だ」

 

「ふぅん?」

 

「よく考えてくれ。オレが役に立つと思うか?」

 

「じゃあお試しで手伝ってもらって、厳しそうなら降りてもらうってことで」

 

 適当に言い放つと、マスクの下にストローを突っ込んでジンジャーエールを飲みだした。行儀は悪いが、顔を隠すためにしていることなので、オレも堀北も注意することはない。

 よし、こうなったら徹底的に無能アピールしてやろう。密かな決意を抱いたところで、テーブルに肉が届く。

 なんだかんだで、生肉を直で見るのはこれが初めてかもしれない。スーパーに行けばいくらでも見つかるだろうが、オレは基本食堂とコンビニしか使わないし、自炊もしないので縁がない。

 

「うわぁ私こんな分厚いタン初めて見た」

 

 黒華が嬉しそうに肉を網に乗せていく。

 

「自分の分は自分で焼くわけじゃないんだな」

 

「人によって違うね。自分の食べる肉は自分で育てたいって人もいるし」

 

「育てる……?」

 

「ほら、ステーキとか焼き加減にうるさい人とかいるじゃん。あとは生焼けが怖いとかね。だから自分で焼きたいって人もいるの」

 

「そういうもんか?」

 

「そういうもんなのっ。ハイどうぞ」

 

 焼けたタンを俺たちの小皿に乗せていく。牛タンは一頭からとれる量が少ない希少部位であり、そのために高価な上に特別栄養価が高いわけでもないため、オレ自身まだ食べたことがない。味はついているようなので、なにもつけずにそのまま口に運ぶ。

 

(美味いな)

 

 さっくりとした弾力ある肉を噛み切れば、うま味がジュワッと口の中に広がる。肉に特有の臭みもないし、分厚すぎて硬く感じることもない。なにより脂っぽさないため胃がもたれることもなく、いくらでも食べられそうだ。

 

「……美味しいわね」

 

 堀北もご満悦らしい。

 そうして3人で次々運ばれてくる肉を堪能していると、隣のテーブルから声がかかった。山内だ。

 

「おーい綾小路。そっち女の子2人であんまりいっぱい食えないんじゃないか? ということで俺たちがもらってやってもいい」

 

 トングをカチカチ鳴らしながら肉を寄こせと要求してくる。隣のテーブルには池、須藤、山内、そしてなぜか櫛田が一緒に座っている。よく櫛田をゲットできたな。

 

「いやいい。2人が食べきれなかった分はオレが全部食べるからな」

 

「おいおいそんなことしちゃ太るぜ?」

 

「大丈夫だ。その分運動すればいいからな」

 

 オレはホワイトルームで鍛えられた肉体を維持するために、普段から負荷を与えるようにしている。今日はそれを少し重めにやれば、過剰なカロリーも消費できるだろう。

 

「あれ? 綾小路くんって普段から運動とかしてたっけ?」

 

「そうでもないが、太るのは嫌だからな」

 

「あっ、そういえば水泳の授業の時も綾小路くんって筋肉すごかったもんね。細身の理想的な鍛えられ方っていうか」

 

 櫛田が思い返すように人差し指を顎に当てながら言う。こんな動作1つでいちいち可愛く見えるんだからズルい。

 

「確かにな、お前なんかやってたのか?」

 

「いや、中学は帰宅部だった。それに俺よりも須藤の方がすごかっただろ。タイムもかなり早かったしな」

 

「へへっ、まあな」

 

 須藤は誤魔化せたが、堀北は怪しむような目でオレを見つめてくる。なんだ、嘘は言ってないぞ嘘は。

 

「よかったね3人とも。赤点取ってたら焼肉なんて行けなかったからね」

 

「いやいや、確かに寛治と健はやばかったとしても、俺は余裕だったぜ黒華ちゃん」

 

「いやお前だってギリギリだろ」

 

「俺は本気出せば満点取れるから。マジで」

 

「これも堀北さんと梨愛ちゃんのおかげだよね。2人がいなかったら結構まずいことになってたかも」

 

 確かに、黒華が過去問を渡すだけでは3人とも一夜漬けで済まそうとして、赤点を取ってしまうという結果になってもおかしくなかった。堀北が3人に勉強会を開き、テスト前だけでも勉強するようにしたおかげでCクラスが学年1位を取ることに成功したわけだ。

 

「私は自分のためにやっただけよ。ここで退学者を出すと、せっかくCに上がったというのに逆戻りする羽目になるかもしれない」

 

「またまたぁ。今どきツンデレか?」

 

 揶揄う黒華だったが、思い切り睨まれてすごすごと退散する。

 

「まっ、最初は気に入らなかったけどよ。案外堀北は悪いヤツじゃねえよな」

 

「意外と勉強ちゃんと教えてくれたよな」

 

「正直思ってたより優しかったっていうか」

 

「あなたたちね……」

 

「あははははっ。堀北さん、今なんかすっごいダサ──あ、ごめんなさい! 横腹を突かないで!」

 

 堀北の容赦ない制裁に黒華が悲鳴を上げる。こうなることはわかってただろうに、あいつ人を揶揄わないと死ぬ病にでもかかってるのか? 

 

「うぅ……。まぁあれだよ3人とも。期末テストじゃ過去問は使えないだろうから、普段からちゃんと授業受けて勉強しなきゃダメだよ……」

 

「うへぇ。再来月にはまた地獄の日々が始まるのかぁ」

 

「勉強すれば解決だけれど?」

 

「それが嫌だからこうやって嘆いてるんですがそれは……」

 

 この様子だと、次の期末テストは3人とも赤点ギリギリで乗り切ることになるだろうな。

 

「まっ、だいじょぶだいじょぶ。Aクラスに上がるためにも、3人には今とは比べ物にならないほど賢くなってもらうから」

 

「え、梨愛ちゃんはAクラスを目指すの?」

 

「そっ。堀北さんと綾小路君と一緒に」

 

 ねっ、そう言って顔を向けてくる。オレまで巻き込まれていい迷惑だが、黒華ならすぐにオレを必要とすることはなくなるだろう。

 

「確かに、中間テストも俺らが1位だったもんな! 案外楽勝なんじゃね?」

 

「それはないわね。Aクラスの平均点は私たちとそれほど大きな差はなかった。反則に近い手を使ってこれなのよ」

 

「え、じゃあきつくね?」

 

「きつくないよ」

 

 黒華が胸を張って断言する。その神秘的な目を輝かせながら、確固たる決意を口にした。

 

「私がみんなをAクラスに上げる」

 

「すごい自信だな」

 

「こう見えて自信家ですから。みんな自分の能力を疑いすぎなんだよ。自分で自分を疑うような人間に最善を尽くすことなんてできない」

 

 平田や櫛田もそうだが、黒華は特にDクラスに配属されていたのかが不思議な生徒だ。学力、運動能力、機転・判断能力、協調性。どれをとっても黒華は一級品であり、Aクラスでないのが不思議でならない。各クラスに能力が突出した生徒を配置する決まりがあると言われても驚かないレベルだ。

 

「そう、なんだ……」

 

 何やら考え込むように少し俯いた櫛田だったが、その後すぐに顔を上げ、黒華を──いや、堀北を見つめる。

 

「あのっ、私も仲間に入れてもらえないかな?」

 

「え、いいよ」

 

「ちょっと待って。そう簡単に許可できるものではないわ」

 

 あっさり櫛田を受け入れる黒華に対し、堀北は顔を硬くして櫛田の参加を拒否する。

 

「え~なんで? 仲間は多い方がいいって絶対」

 

「それは……」

 

「ダメ、かな?」

 

「……いいわ。けど、後で少し話したいことがあるの。打ち上げが終わったら、顔を貸してもらうわよ」

 

「もちろんいいよっ。よろしくね、堀北さん」

 

 仲間入りが承諾され、満足そうに頷く。黒華、堀北、櫛田、オレ。

 これ、オレ必要か? いらないよな? 

 

「よっしゃ、しゃあねえから俺も手伝ってやるよ!」

 

「須藤君はもうちょい学力を身に着けてからね」

 

「うぐっ」

 

「はいはい、じゃあ俺も俺も!」

 

「俺も俺も!」

 

「池君と山内君は口が軽そうだから却下」

 

「「ぐはぁ!」」

 

 立候補する3バカトリオがあえなく撃沈する。まぁ確かに須藤はともかく、池と山内は思いがけず重要な情報を漏らしたりしそうだからな。

 

「な、なんで綾小路はいいんだ?」

 

「綾小路君は一応勉強できるし、何より目立たないからね」

 

「えっと、それって褒めてるの?」

 

「もちろん。目立たないっていうのは結構大事だよ。何か暗躍してても注目されないからね」

 

「おいおい、暗躍なんてハードルが高そうなことオレには無理だぞ」

 

「ふぅん?」

 

 なにか面白いものでも見たかのような視線を向けてくる。

 

「まっ、物は試しってことで綾小路君もいろいろやってみなよ。案外性に合ってるかもよ?」

 

 そう締めくくると、最後の肉を網に乗せた。

 まぁ、黒華がこのクラスにどんな影響を与えるのかは少し興味がある。近くで見守ることぐらいはしてもいいかもしれないな。

 

 ◇

 

「あ゙~疲れたぁ~」

 

 ヨロヨロと呻きながらもお風呂を沸かし、そのままベッドに飛び込む。

 あの後も祝勝会は続き、席替えをやったり、みんなでビンゴをやったりした。

 席替えの時は、櫛田さんの席にいっぱい人が来て、それを山内君たちが必死に追い払おうとしたり(失敗した)、平田君のところに女子が殺到して男子から大バッシングが飛んだりした。このクラスの生徒はこの2人にしか興味がないのかな? 

 それとビンゴでは、池君と篠原さんといった今回の祝勝会を企画してくれた人たちが自腹を切って景品を用意してくれていた。3位の景品はコンビニスイーツ詰め合わせ、2位は掃除機、1位は敷地内にある高級イタリアンのペア食事券だ。想像より遥かに豪華な景品に舌を巻いた。みんなで割り勘したらしいけど、それでも相当ポイントが飛んだだろうな。

 ちなみに結果だけど、3位は軽井沢さんがゲットしていた。ただスイーツの詰め合わせなどいろんな意味で女子泣かせなので、本人の表情は複雑そうだったな。まぁ平田君と一緒に部屋で食べたりするんだろう。

 2位は外村君だった。彼の部屋はおそらく相当汚いと思う(偏見)ので、ちょうどいい人に景品が行ったんじゃないかな。

 そして1位はなんと綾小路君がゲットしていた。でも彼には一緒に高級イタリアンに行く人などいないらしく、絶望の表情を浮かべてチケットをじっと見ていたな。今度私から誘ってみるか。タダでご飯を食べるチャンスだ。

 まぁなんだかんだでやっぱり楽しかった。中学校のクラスメイト達が部活の大会後とかにこういう打ち上げをしているのは知ってたけど、私は一回も参加したことがないからな。たまにはバカ騒ぎも悪くないもんだ。

 

「あっ」

 

 寝転がりながら携帯を触っていると、メールが届いた。送り主は『Aクラスの坂柳さん』で、内容は『Aクラスに過去問を譲ったことへの感謝』、あと今日の放課後のお話の続きをしましょうとのことだった。どうも坂柳さんは自分の幼女体型を随分気にしているらしい。

 

『今度、ぜひ一緒にお茶をしましょう。放課後残していったあなたの失言に関する重要なお話があります』

 

 めっちゃ怒ってるじゃん。

 

「『あれはジョークです。空気を和ませたくて』っと」

 

 適当に返事する。今回の中間テストの結果は坂柳さんと暗躍した結果だ。

 私は彼女と出会った日のことを思い出していく──。

よう実の詳細な時系列や特別試験のルール、設定などをまとめた資料を書くかどうか(詳細は1章幕間の後書き参照)

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