ようこそ狂愛主義者のいる教室へ   作:トルコアイス弐号機

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微エロ注意です。
そして長い。


14話 愛してやるから、お前も愛せよ

 私が『それ』に気づいたのは、堀北会長に過去問を貰った日の翌々日。

 勉強会に使う予定の問題を印刷しようと思い、プリンター目当てにコンビニに向かっている時のことだ。

 

「――?」

 

 特に何を考えるでもなくコンビニへの道を歩いていると、ふと気づいた。背後に露骨な視線と気配を感じる。今の時間帯はまだまだ行き交う生徒も多いので、なんとなく見てるだけという可能性は十分にあり得るけど、やっぱり気になる。急に後ろを振り返るわけにはいかないので、私は携帯のカメラを内カメラで起動して後ろを確認してみることにした。

 結構距離が離れているけど、水色のショートヘアをした細身の女子生徒が1人、これだけだとまだ断定できない。後ろを気にしながらもコンビニまで来た私は、プリンターではなく雑誌コーナーに向かう。ここはすぐ前がガラス張りになっているので、外の様子が簡単に伺えるのだ。

 適当な料理本を手に取って立ち読みしている風を装いながら、外の様子を盗み見る。件の女子生徒は、なにやら携帯を耳にあてながらその辺をうろついていた。口元は動いている、が、適当に動かしているだけだ。一度も唇がくっついていない。私の様子を誰かに報告しているのではなく、携帯で誰かに電話しているふりをしてるんだろうな。私に直接視線を飛ばすようなことはしなかったけれど、コンビニの出入り口をチラチラ見ている。視界の端にはギリギリ私が写っているはず。

 

「下手くそが」

 

 バレバレの尾行なんて鬱陶しいだけだ。どうせやるならバレないようにやってほしい。

 試しに視線を送ってみると、素早く、けれど慌てた様子はなく私から顔を背ける。これで確定した。

 手に持つ料理本で携帯を隠しながら、私は堂々と女子生徒を撮影する。こっちを見ていないなら気づかれることはない。

 それにしても、尾行されることは想定していたとはいえこんなに早いとは。

 どうしても、1か月ずっとマスクをつけた私は簡単に黒華梨愛だと特定されてしまう。じゃあマスクを外せという話だけど、そうしたら今度はいきなり正体不明の超絶美少女がCクラスに出現したとニュースになってしまうし、そもそも勉強会どころじゃなくなる。

 結局マークを振り切ることは難しい。ここであの女子生徒に「つけてるよね?」なんて問い詰めても、どんなリアクションが返ってくるかわからない以上、下手に刺激するのではなく、むしろこの状況を利用する方が得策。先ほど撮った写真を載せ、素性を問う内容のメールを櫛田さんに送り、プリンターに向かって予定通り問題集を必要部数コピーする。

 

 「――♪」

 

 コピーが終わったので、鼻歌まじりに寮に帰る。一度も私を見るようなことはなかったけれど、しばらく歩いていると電話のふりを打ち切って私についてきていた。

 寮のエントランスまで来た私は、そのままエレベーターに乗り込み12階のボタンを押す。

 私の部屋の階が特定されるけど、どうせ寮の管理人に聞けば部屋など一発でわかるのだ。連絡したいことがあるとでも何とでもいえば管理人も断る理由がない。結局のところ、私は尾行されていようといまいと、普段通りに過ごせばよいのだ。

 

 

 それから私は5日かけて尾行してきた生徒の正体の把握に努めた。基本櫛田さんにメールを送って確認すればどこの誰かはわかるけど、やりすぎると櫛田さんに怪しまれるので、時には私から尾行してクラスを特定することもあった。

 私を尾行してきた生徒はAクラスとDクラス。Dクラスの人員は毎日変わるけど、大体4、5人でループしている。Aクラスで私を尾行してきている人間は3人だけだった。橋本という金髪の男子生徒、神室という女子生徒、そしてもう1人は名前はわからないけど、小柄で影の薄そうな女子生徒。最後のこの子だけ断トツで尾行が上手かった。まぁすぐ気づいたが。

 それと尾行の力の入れようも違う。Aクラスは夕方くらいまでしか尾行してこないけど、Dクラスは午前1時くらいまで寮のエントランスに男子生徒が張り込んでいる。結果が出るかもわからないのに、大した根性だと思う。

 どちらにせよ、私がやりたいことは決まった。高校でやるつもりはなかったけれど、今後戦っていくためには必要なことだ。

 そのためにいくつかやらなければいけないことができた私は、さっそくあの人の力を借りることにした。相談したいことがあるということで――。

 

午後10時に敷地内の公園で待ち合わせしたいこと

その際なんでもいいので適当なプリント数枚を持ってきてほしいこと

そして私に尾行がついていること

 

 この3つをまとめてメールで送る。了承する返信は意外とすぐに来た。

 伊達メガネをかけ、髪をポニーテールで纏め、簡単に変装っぽいことをした私は、午後10時と言わず、8時に着くように寮を出た。ちゃんと尾行されていることを確認し、公園内のベンチでひたすら待ち人の到着を待つ。

 空がだいぶ暗くなった頃、ようやくその人は現れた。午後10時ジャストだ。

 

「女子が1人で夜中にうろつくものじゃないぞ」

 

「すみません、ちょっと悩み事があって」

 

 私たち3人以外に誰もいない暗闇に、その声はよく通ったことだろう。

 現れた待ち人――堀北会長はそのまま周りにギリギリ聞こえるような声のボリュームで話し始めた。私がやりたいことを理解しているように思える。

 

「黒華、これが頼まれていたものだ、確認しろ」

 

 何も書いていない白紙のプリントを手渡してくる。なんでこんな要求をしたのか説明する必要があると思ったけれど、全然そんなことはなかった。一応盗み聞きしているだろう尾行にも聞こえるような音量で堀北会長に声をかける。

 

「ありがとうございます、このお礼はまた」

 

「ああ、ではな」

 

 短い会話を終え、堀北会長は立ち去る。一緒にいるところを他の人に見られないため、私はさらにたっぷり30分そこに残り、そしてようやく腰を上げた。尾行してきた生徒は最後まで付き合ってくれたようだ。それだけ確認した後寮に帰り、堀北会長にメールを送る。

 

『敷地内で監視カメラの死角となる場所、赤点の基準を1点下げるのに必要なポイント、テストの点数を1点買うのに必要なポイントを教えてください』

 

 これまた返事はすぐに来た。

 

『校舎裏、特別棟廊下、寮裏手のゴミ捨て場/20万ポイント/10万ポイント』

 

 決行する場所も決まった。準備も終わっている。あとは早ければ早いほどいい。 

 

 

 決行はテスト1週間前の金曜日になった。

 勉強会を終えた私は寮に帰り、ごみ捨てを装って寮裏手のゴミ捨て場に向かった。ごみを捨てるなり、徹底的にあたりを探る。

 堀北会長が言っていた通り、監視カメラこそなかったけれど、どこかに堀北会長自身が隠しカメラを仕掛けている可能性はある。

 いやまぁ0.1%もないと思っているけど、やることがやることなので念のためだ。特に怪しいものは見つからなかったので、そのまま寮に戻る。

 この行為もAクラスとCクラスの監視から見られたはず。というか見ててくれないと困る。

 勉強会の準備をして時間を潰し、早めにご飯を食べ、お風呂には入らず深夜を待つ。

 

 そして、深夜の11時になった。私は制服から、全身真っ黒の動きやすい服装に着替え、眼鏡と髪型を変えて変装アピールし、バッグを持って寮の部屋を出る。

 エレベーターを降りたけど、エントランスには誰もいなかった。まさか今日に限っていないのかと一瞬焦ったけど、寮を出た瞬間に背中に視線が突き刺さった。数は1つ。

携帯を取り出して、内カメラでさりげなくその姿を確認してみると、それはいつの日か見かけたDクラスの男子生徒で、櫛田さんに聞いた名前はたしか野村雄二。

1人で、細身の男子と、理想的な条件が整っている。

 やや早足でそのまま寮の裏手に回り、角を曲がったところでバッグを地面に置いて待ち伏せる。これでついてこないなんてことあるはずない。野村君は10秒もすればやってきた。

 

「うぉ! な、なんだよおま――」

 

 即座に野村君の胸倉を掴み、背中から思い切り壁に叩きつける。

 

「ッグゥ――! 痛ってぇ!」

 

 急な出来事にまるで反応できず、思い切り背中を打ち付けた痛みに崩れ落ちる。そのまま体勢を整えることを許さずゴミ捨て場奥まで引きずり、半ば投げ捨てるように突き飛ばして壁際に追い込む。

 

「な、なにすんだよ!」

 

 まさかつけていた女にいきなり暴力を振るわれるとは思っていなかっただろうな。

 野村君が痛みで立ち上がることができないことを確認した私は――マスクを外して素顔を見せた。

 私の顔を直視して硬直する野村君に詰め寄り、左手で前髪を掴んで顔を無理やり上げ、キスできそうな距離まで顔を近づける。

 私がやりたかったこと。

 

 ――それはDクラスの適当な男子生徒を私の傀儡にすることだ。

 

「あ、ああ……っ!」

 

「Dクラスの野村君だよね? 『はい』なら1度頷いて?」

 

 私の言葉にコクコクと何度もうなずく。

 言われたことが全然できてない。

 今度は空いている右手で首を思い切り締め上げる。苦しそうだけれど、そう簡単に折れない。

 目は絶対に『合わさず』にもう一度訪ねる。

 

「Dクラスの野村君だよね? 『はい』なら、1度、頷いて?」

 

 今度は言われた通り、1度だけ頷く。言うことをちゃんと聞いてくれたことを確認し、両手を離して野村君を解放する。

 

「ゲホッゲホッ」

 

 とっても苦しそう。

 崩れ落ちた野村君に四つん這いになって這いより、今度は優しく抱きしめてあげる。オトコの子の匂いと、腕の中で体がガチガチに固まっていく感触を感じながら、耳元まで口を持っていき、蕩けるように甘く囁く。

 

「ごめんね野村君。酷いことして。痛かったよね。私だってこんなことしたくなかったの」

 

 何か言おうとする野村君だけど、もう向こうからなにか話すことはない。

 耳たぶを甘噛みして黙らせる。

 快感に息を呑む音が聞こえた。体から力が抜けた瞬間を狙い、耳の穴に舌を入れる。

 

「――ッ!」

 

 言葉にならない悲鳴をあげ、ジタバタ暴れる。我慢できずに倒れそうになる野村君をそのまま押し倒し、ジュルジュルと卑猥な水音を立てて耳を吸い上げる。脚を絡め、胸が柔らかく潰れるほどに身体を密着させたこの体勢は、傍から見れば仲睦まじい恋人がエッチしてるようにしか見えないだろうな。まぁ似たようなことをしてあげてるわけだケド。

 すぐに抵抗をやめて動かなくなったところで口を離す。唾液に塗れ、びちゃびちゃになった耳がすごくエッチだ。頬が上気するのを感じる。久々にちょっと興奮してきたかもしれないけど、今は私まで発情してる場合じゃない。

 目から光が抜け落ち、放心状態になった野村君を見つめ、素の微笑みを向ける。素顔を晒した私とこんな至近距離で過ごせば、普通の人間は大体こうなるのだ。

 

「野村君、意識はあるよね?」

 

 こくん

 

「よかったァ。私ね、野村君にお願いがあるの。聞いてもらっていい?」

 

 こくん

 

 大丈夫そう。久しぶりにやったけど、うまくできてよかった。

 もしこれで失敗したら私は明日から痴女だと騒ぎ立てられるからね。それはさすがに嫌だ。

 ここで初めて野村君から身体を離し、バッグを取りに戻り、用意しておいた『細工した過去問』を取り出す。

 仰向けに倒れる野村君に馬乗りになってのしかかり、耳元で囁く。

 

「君にはね、これをクラスのみんなに配ってあげてほしいの」

 

 野村君は変わらず力なく頷く。

 

「アハァ。素直な人、好きだよ。野村君、Dクラスには多分私を尾行するよう指示した人がいるよね?」

 

「は……はい」

 

 拳を握り、思い切り腹に打ち込む。私は一度も返事をしろなんて言ってない。

 

「野村君さァ、『はい』なら1度頷く、もう忘れたの?」

 

 何も言わず、頷くこともしない。そういえば『いいえ』の場合にどうするか言ってなかったな。

 

「『いいえ』なら首を2回縦に振ろうか。わかった?」

 

 こくんこくん

 

「いいコいいコ。それでね? もう1回聞くけどォ。Dクラスには私を尾行するよう指示した人がいるよね?」

 

 こくん。

 

「誰? 名前、性別、見た目。これは声に出していいよ」

 

「……名前は、りゅうえん、かける。性別は男で、中肉中背の体格で、紫がかった長い髪をセンターパートにしている……。顔も、整っている」

 

「ふぅん? イケメン君なんだ。どんな人?」

 

「…………」

 

「アハッ! エラいね! これは声に出していいって言ってないもんね。うんうん。いいよ、声に出して教えて?」

 

「入学して、すぐにクラスを、暴力で支配した……。粗暴な男だが、狡猾で、頭は、まわる」

 

 つまりインテリヤクザならぬ、インテリヤンキーか。ただ過去問を配布するだけじゃ怪しまれるかな?

 

「君ってクラスの立場どんな感じ? けっこう上? 上じゃないならだれが上か教えて? はい、答えていいよ」

 

「お、れは、りゅうえん、さんの、手下、みたいなもんです。他の奴も、大体同じ」

 

「ふぅん。じゃありゅうえん君の独裁状態なんだ。まるで王様だね。あ、それとさ」

 

 1つ矯正しておこう。

 

「これからは私と2人きりの時は、『りゅうえんさん』じゃなくて、『りゅうえん』って呼ぼうか。これからの君のご主人様は私なわけだし」

 

「そ、それは――」

 

 首を絞めようか迷ったけど、跡が残ればそのりゅうえん君とやらにバレる可能性が高い。

 やっぱ腹か。跡が残ろうが服で隠れて見えないからね。

 いや、やっぱダメかも。体育があれば着替える際に指摘される可能性もある。

 じゃあさっき殴ったのもダメだったじゃん。

 ごめんね野村君。

 

「言うことを聞けなくてワルいコだね。でもいいよ、今のは許してあげる。それで、なんて呼ぶんだっけ?」

 

「りゅ、りゅうえん」

 

「うんうん! そう、それでいいの。それでね、話を戻すんだけど、この過去問。ううん、来週のテストの問題ってことにしようか。これをりゅうえん君に渡してほしいの。手に入れた方法を聞かれたらァ、私が目を離したカバンから、クリアファイルごと盗みだしたってことにして?」

 

 こくん

 

「怖い? うまくできるか心配?」

 

 こくんこくん

 

 ほっといても大丈夫そうか。

 

「いいコだね。もしうまくできたらご褒美あげるからサ」

 

 光のない目を見つめ、誘惑する。

 

「もしうまくできたら――私のこと、好きにしていいよ?」

 

 わずかに光が宿る。妖しげな欲望に染まった暗い光が。

 

「キスしたい? それとももう1回耳を舐めてほしい? さっきからずっと胸ばっかり見てるね、触りたい?」

 

 手を取って胸まで持っていき、やわやわと軽く揉ませる。

 

「もっと他のことがいい? 手とか口でいっぱいキモチよくしてほしい? 男の子と女の子の両方でたぁっぷり練習したから、私めちゃくちゃ上手いよ」

 

 扇情的な微笑みを向け、手を離す。

 

「それとも――やっぱり犯したい?」

 

 もちろん身体を捧げたりなんてしない。私だって幼気な1人の乙女だ。大切な大切な初めては、私に『全部』くれる人に捧げると決めている。

 だってそうじゃないと私の『全部』があげられない。私の『全部』を受け取ってくれない。

 処女なんてそこら辺にいる女ですら大事にするんだ。私が簡単にあげるわけがない。

 傀儡の完成まであと一歩。そろそろ仕上げといこう。

 この世には、自分の都合の良い人生を送るために役に立ついろんな力がある。

 『権力』、『知力』、『暴力』は言うに及ばず、『嘘』に『信頼』、『真実』なんかも時には武器になる。

 私にも、私にしか使えない力がある。

 それがただの私の顔なことには笑っちゃうけど、案外バカにならない力を持っている。しかし激しく使いにくい。

 私の魔貌はちょっと神様もやりすぎなレベルで、人を魅了したり、陶然とさせる前に男女問わず苦痛や畏怖を与えてしまうという欠点がある。人にとって、自分の認知できる限界を超えた存在は直視することすら困難なのだ。

 だから、さっきやったように、痛みや快楽で魔貌以外に意識を逸らせてやらないといけない。そうじゃないとまともな会話すら不可能になるからだ。

 あとはこうやって優しくしたり、誘惑してやればひとまず魅了は完了する。

 こうなればおねだりすればなんでも買ってくれるし、私から何か言わなくても、勝手に気を使って身の回りの世話まで甲斐甲斐しくやってくれるようになる。

 

 ――でもそれだけだ。

 

 私が人を殺せといっても殺してくれないし、自殺しろと言っても自殺してくれない。何でもかんでも言いなりの操り人形にはならない。

 もちろん、私だって最初からそんな野蛮な人を求めているわけじゃない。

 けど今後他クラスを出し抜いていくには、友情や忠義をあっさり裏切り、なによりも私を最上として行動する駒がいる。

 私に全てを捧げてもいいと心の底から、脳みその端から端まで本気でそう思っている人間が必要だ。

 私が殴れと言ったらたとえ親友でも容赦なく顔面を殴り飛ばし、犯せと命じたら密かに思いを寄せていた相手でもレイプする。そんな駒を各クラスに配置すれば、負けはほぼなくなる。

 一度魅了した人間を本物の操り人形にするためには、私の色に染め上げる必要がある。洗脳レベルで私を愛させないといけない。

 

 ――今からそれをやる。

 

 もう1度身体を密着させて顔を近づける。

 妖しげに目を光らせる野村君はもはや私に愛されることしか望んでいない。

 

 なら愛してやる。

 顔が触れそうな距離で目と目を強制的に合わせる。

 

 私のもう1つの『力』をお前にもやるよ。

 自分の『全部』を差し出す代わりに――、

 

 ――相手の『全部』を要求する。

 

 私の『狂愛』を、お前にも植え付けてやる。

 

「あっ、あ、アアアAhaAAaa!!」

 

 命の危機を感じた人間の、最後の抵抗。火事場の馬鹿力をどうにかするのは私にも難しい。大声を上げる口には拳を突っ込んで無理やり蓋をし、暴れる四肢はどうにもならないので、頭だけは上げさせないように全力で押さえつける。性別の関係上、体格差だけはどうしようもない。

 

 それでも目は外さない。

 

「私に愛してほしいんだろうが?」

 

 呪詛のように呟く。

 

「他人と関わるのは私が言った時だけでいい」

 

 絶対に目は外さない。

 

「私だけと話せ、私だけを信じろ。私だけだ」

 

 ――外してやるものか。

 

「走るのも駆けるのも歩くのも泳ぐのも跳ぶのも歌うのも踊るのも食べるのも飲むのも戯れるのも遊ぶのもはしゃぐのも祝うのも甘えるのも争うのも競うのも脅かすのも驚かせるのも妬くのも褒めるのも笑るのも敬うのも尊ぶのも泣くのも悩むのも悔しがるのも腐るのも恨むのも嘆くのも苦しむのも狂うのも怒るのも憎むのも誘うのも焦がれるのも仕えるのも憂うのも惜しむのも慰めるのも慈しむのも助けるのも救うのも求めるのも見つめあうのも触れ合うのも手をつなぐのも抱きしめあうのも絡むのもキスも犯すも蕩けるも溶けるも一つになるも全部全部全部全部全部全部全部――」

 

 私の『全部』をくれてやるんだから、そいつも私に『全部』捧げるべきだ。

 

「愛してやるから、お前も愛せよ!!!」

 

 

「ふぅ」

 

 ようやく静かになった。

 野村君は耐えられずに意識を失った。寝てる間に携帯を指紋認証で解除し、連絡先を互いに登録しておく。名前は適当に打ち込んでおく。携帯を確認された時に誰かバレないようにしなきゃいけない。

 次に服を捲り、殴った腹を確認する。打撲痕はついていないけど、後になって浮かび上がる可能性があるな。 まぁ洗脳が終わってるなら、自分で転んだ拍子に腹を打ったとでも答えるでしょう。

 確認したいことはもうないので、ぺちぺち頬を叩いて野村君を起こす。これでまだ傀儡にならないようなら最後の手段を取らないといけない。その場合傀儡どころか廃人確定なので、私としてはとりたくない手段だ。

 

「ぁ――」

 

 起きた。ボーッとした表情で周りを見回し、今度は私を見てくる。

 その瞳には、光が宿っていた。暗い光ではない。むしろ、爛々と眩い光。

 私と同じ『狂愛』を宿す、輝かしくも妖しい光。

 

「私の言ったこと覚えてる?」

 

 こくん

 

 よし、大丈夫そうだ。

 私は細工した過去問を入れたクリアファイルを渡した。

 

「じゃ、お願いね? ミスしたら――」

 

 脅すような私の言葉にも、一切表情を変えない。

 まぁ、いいか別に。これ以上何を言おうと一緒だ。

 野村君は頷くと、ヨロヨロと立ち上がって歩き出す。覚束ない足取りだけどまぁどうでもいい。

 さて、あとは野暮用を終わらせちゃおう。野村君が立ち去ってからも、マスクをつけた私はその場を動かずに待ち続ける。

 10分程度経っても何も起こらないので、まさか来ないのかと思ったけど、立ち上がろうとした拍子にその音は鳴った。

 

 カツンッ――。

 

 コンクリに硬い何かを打ち付ける音。聞いたことがない音だ。

 訝しんでいると、姿を見せたのは2人。1人は知ってる。もう1人は知らない。

 

「こんばんは」

 

 鈴の音のように澄んだ声。優雅な微笑みを浮かべた少女は、カツカツと杖とつきながら、私に近寄ってくる。

 

「こんばんは、あなたは知らないけど、そっちは神室さんだよね?」

 

「――っ、なんで」

 

「やはり尾行は気づかれていたようですね」

 

 想定内だとでも言うように、その少女は言葉を続ける。

 

「はじめまして黒華さん。私は坂柳有栖と申します」

 

「はじめまして、黒華梨愛です。それで、『4人がかりで』何の用かなァ?」

 

 指摘すると、坂柳さんの表情は変わらなかったけど、神室さんの表情は大きく変わった。わかりやすい女だ。

 

「ふふふ、そこまでわかっていらっしゃるとは。どうやらあなたたちもバレているようですよ、橋本くん、鬼頭くん」

 

 その呼びかけに応じて陰から出てきたのは、金髪の男子生徒と、高校生離れした強面の男子生徒だ。ほんとに同い年か?

 

「なぁに? 私これからリンチでもされるの?」

 

「とんでもありません、私はあなたと取引しに来たのですよ」

 

「ふぅん? 取引かァ。いい商談になるといいケド」

 

 正直私の持つカードは多くない。相手はAクラスなので、所有するプライベートポイントは当然負けているし、使えるのはせいぜい過去問と『情報』だけ。こういうのまったく得意じゃないけど、まぁ頑張ろう。最悪搾り取られそうなら全部投げ出して逃げてやればいい。

 

「過去問をお譲りしていただきたいのです。それも0ポイントで」

 

「随分吹っ掛けるね」

 

「むしろ安い買い物ですよ。なぜならあなたが代わりに得るのは退学しない権利ですから」

 

「坂柳さんおもしろーい」

 

「こちらの携帯で、先ほどのあなたと男子生徒のやり取りを録音させていただきました。この意味がお分かりですよね?」

 

 そう言って携帯を見せてくる。奪い取ることは容易いけれど、そもそもそんな必要性がない。録画されていたならともかく、ただの録音なら私と野村君がただ叫んでいるだけだ。

 どういう風に使うつもりなのかは知らないけれど、学校に提出されようが、学校中に言いまわられようが、私が深夜に大声を出す変質者という烙印が押されるだけ。

 それもストレスがたまっていたから叫んで発散していたとでも言えばいい。テスト週間の今なら誰もが納得するだろう。野村君の方も口裏を合わせればいいだけだ。

 そもそも私のやってることがわかるほど近距離に近づいてきたら、私は必ず気づく。視線というのは誤魔化せるものじゃあない。

 

「その録音が私の退学と何の関係があるの?」

 

「先ほどの男子生徒の悲鳴やうめき声が録音されています。あなたが彼を暴行したことは私たち全員が証人です。訴えればどうなるか、想像できませんか?」

 

 確かに私は野村君を殴ったし首も絞めたけど、そもそもその録音だけで暴力を振るった証拠になるわけがない。野村君に暴行の跡があった、私と密会していた、坂柳さんたちの証言があった。これだけ揃っても、野村君自身が私に暴力を振るわれたとは絶対に言わない以上、私が罪に問われることもない。

 そもそも坂柳さんは私が暴力だけを振るっていたと勘違いしている。こうやってわざわざ3人も護衛をつけてきたのがその証拠だ。出てきた野村君の様子からそう目星をつけて私を脅しに来たんだろうけど、間違った情報を持っていると知らせた時点で今マウントを取っているのは私だ。

 

「ただのストレス発散だよ」

 

「酷い人ですね、暴力がストレス発散ですか」

 

「大声で叫んでただけだよ。テスト勉強でストレスが溜まってさァ。サンドバッグを買おうか悩んだくらいなんだよね」

 

「随分野蛮なご趣味をお持ちなようで」

 

「交渉は終わりでいいかな。さっきから暴力がどうとか言ってるけど、全然見当違いだからね? その男子生徒に確認してみなよ」

 

 開き直る私の目を坂柳さんが観察するように見つめてくる。

 これで本当に私が暴力を振るっていたと訴えかけるならそれでもかまわない。野村君自身が私の無実を証明してくれる。

 

「……どうやらハッタリではないようですね。失礼いたしました」

 

「ご理解いただけたようで何よりだよ。それで、あなたは過去問の対価として何をくれるのかな?」

 

「いえ、同じ学年のあなたから過去問をお譲りしていただくより、他学年の方からいただいた方が安く済みますから、もう帰ります」

 

 それは坂柳さんの嘘だった。

 決裂と断言した坂柳さんたちは踵を返して帰っていく。しかしここまでやったんだから、私としてはこのままお帰りいただくわけにはいかない。

 

「坂柳さぁん。私の言う条件を呑むなら、過去問を0ポイントで譲ってもいいよ?」

 

「ほう?」

 

 カツンと杖をついた坂柳は、興味深そうな顔で振り返る。

 

「0ポイントで『本物の』過去問をお譲りいただけると。面白そうなお話ですね、いったいどんな条件でしょうか」

 

 わずかに残した言質に目敏く気づく。

 

「まず第一に、『本物の』過去問を譲った場合、あなたたちAクラスには学年順位で2位になってもらう」

 

「それはつまり、あなた方に1位を譲れと?」

 

 私の要求に、ここまで黙っていた3人のうちの1人、神室さんが口を開いた。

 

「何言ってんの? 私たちに何の得もないじゃない」

 

「そうですね、それでしたらプライベートポイントを支払ったほうがマシです」

 

「そうかなぁ? あなたたち『Aクラスには』得はないかもしれないけど、『坂柳さんには』あるんじゃないかなぁ」

 

「なにをおっしゃって――」

 

「葛城康平」

 

 私の出した男子生徒の名前に、坂柳さんが押し黙る。その生徒の名前を知っていることに疑問を持っているのではない、『なぜその名前を出せたのか』に疑問を持っている。

 

「なんでもAクラスはリーダー争いしてるんだって? それも今は坂柳さんが不利って聞いたけど」

 

 なぜ私がその情報を持っているのかはすぐにわかるはずだ。

 

「なるほど、生徒会長ですか。その情報には箝口令を敷いていたはずですが、一体どこから漏れたのか……。あなたの仰る通り、私たちは現在派閥争い中です。しかし、それと過去問に一体何の関係が?」

 

「葛城君のせいでAクラスが2位になったってことになれば、クラスのみんなはどっちにつくかなァ?」

 

 この私の言葉を聞いただけで、坂柳さんは私が何を提案しようとしているか理解したらしい。

 や、やばい。私だったら絶対無理だ。もしかしたら関わったらダメな相手だったかもしれない。

 

「葛城君には『偽の過去問』を提供すると、なるほど。ですがAクラスに不利益を与えてでも勝ちたいわけではないのですよ。クラスのリーダーの座はいつでも奪い取れます」

 

「Cクラスに負けるのがそんなに怖い? 意外と腰抜けなんだね」

 

「何とでもどうぞ。私の勝手な都合でクラスの皆さんにご迷惑をおかけするわけにはいきませんから」

 

 あくまでも『派閥の勝利<クラスの勝利』なのだと突きつけてくる。そう言われてしまえばこちらとしては何もできない。正論なのは相手だけど、こっちとしても譲歩してやるわけにはいかない。

 

「こんな深夜に3人も連れ出しておいて何言ってんだか」

 

「ここにいるお三方は進んで私に協力してくださっているのですよ。そうですよね? 真澄さん」

 

 絶対うそでしょ。神室さんの苦々しげな顔見てみなよ。

 

「……そうかもね」

 

「そういうわけですから、1位をお譲りするという条件を呑むわけにはまいりませんね」

 

 絶対に譲らないといけしゃあしゃあと主張する。

 

「そっか、だったら交渉は難航だね」

 

「いいえ難航ではありません、決裂です。過去問は上級生の方にお譲りしていただきます」

 

 傍から見ればその選択肢が最良のように思えるけど、私からすれば、坂柳さんのその言葉はすぐにハッタリだとわかる。プレッシャーを与えて有利に立ちたいだけ。

 

「ちなみにそれいくらで言われてるの?」

 

「あなたに教える必要がありますか?」

 

「当ててあげるよ。15万ポイントでしょ?」

 

 私がポイント額を言い当てられた理由に、坂柳さんはすぐに思い至った。

 

「なるほど、橋本君たちから、上級生が頑なに過去問の売値を減額しようとしないと報告を受けていましたが、あなたの仕業でしたか」

 

「『1年Dクラスが今とても困ってる。大金を巻き上げるチャンスらしい』。私が上級生に頼んで広めてもらった噂だね。もし過去問の存在に気づく人がいたら、少しでも安く手に入れようとDクラスを名乗るもんねぇ?」

 

 私の想定通りに、坂柳さんたちはDクラスを装って上級生に接触し、結果的に大金を要求された。

 私は別にAクラスが過去問を入手しようとしていると知っていたわけじゃない。

 ただ万が一ほかのクラスが過去問の存在に気づいた場合、Cクラスでは勝ち目がなくなるのだ。そのために手を打つことにした。

 まず大前提として他クラスに過去問を入手させるわけにはいかない。過去問の存在に気づくような人は大体Dクラスを装ったほうが安く手に入ると算段をつけるだろうと考えた私は、上級生をつかって噂を流すことにした。

 とはいえ監視がついていたため、露骨に接触するわけにはいかない。堀北さんが勉強会を開いてくれたあの日の食堂で、私は推定Dクラスの上級生に偶然を装って私の連絡先とメッセージを添えた紙を拾わせた。

 

『お願いを聞いてもらえたらポイントをお支払いします』

 

 その日のうちに連絡してきた2年生だという上級生に、前金の1万ポイント、そして成功報酬の2万ポイントをちらつかせ、『Dクラスから金を巻き上げられるチャンスらしい』という曖昧な噂の流布を『2、3年生に限り』頼んだ。他人任せの作戦は正直どれくらい効果が出るか不安だったけど、彼は思いのほかうまくやってくれた。坂柳さんたちはその噂を知る上級生たちに接触し、予想外にも大金の支払いを要求されたわけだ。たとえ噂の存在に気づき、ほかのクラスを名乗ろうと、それなりのポイントが要求されることになる。これでひとまず過去問の入手に二の足を踏ませることに成功した。

 次に私は、あえて堀北会長と接触する姿を尾行するAクラスとDクラスに見せることで、私が過去問を持っていることを認識させた。この日を境に私への監視はさらに強まることになるけれど、これも計算の範疇。

 そして今日意味深気にゴミ捨て場を探る姿を見せつけ、私が何かするつもりなのだということも知らせた。監視カメラのないここであんな姿を見せればAとDは必ず様子を見に来る。

 結果的にDクラスの野村君は私の跡をつけて返り討ちにあって傀儡になり、弱みを握ったと勘違いした坂柳さんたちが今こうやって接触してきた。

 

「あなたの言う通り、少なくないポイントを支払うよう要求されていますが、クラスの勝利のためなら仕方のないことです」

 

「それも嘘だね。あなたたちAクラスは今『テストの平均点』で勝負をしてるでしょ?」

 

 やはり情報は武器になる。生徒会に誘われたのは僥倖だった。堀北会長にはいくつか借りを返さないといけないけど、私に手伝えることなら喜んで協力しよう。

 

「勝負をしていることは否定しませんが、それがなにか? 先ほども言いましたが――」

 

「あなたの派閥にどんな生徒がいるかまでは知らないけど、いくら学力の高い生徒を集めたところで勝利は確実じゃない。あなたがこうやって過去問を探し回っているのは、葛城君に絶対に勝ちたいから。それほど求心力の高いあなたが、こんな序盤で大量のプライベートポイントを吐き出してもいいと考えてるとは思えないんだよね、違う?」

 

 相当吹っ掛けられていなければ、こうやって私と交渉したりしない。クラスの勝利にこだわるのなら、私の話など聞かずにさっさと帰ればいい。それをしないのは、やはり坂柳さんのなかで『クラスの勝利<坂柳陣営の勝利』の図式があるからだ。

 

「こうやって交渉が難航していること自体が答えになっていませんか?」

 

「なってないね。あなたは私に正論をぶつけることで譲歩を引っ張り出したいだけだ。内心では派閥として勝てるならクラスとしては負けてもいいと思ってるんだよ」

 

「人の考えを勝手に決めつけ、あまつさえ交渉材料にしようとするとは、まるで教育がなっていませんね」

 

「アハァ。それは否定できないなァ。でも今回の中間テストで私たちCクラスが1位になる。無料で過去問を手に入れたいなら、この条件は必ず吞んでもらう。もし本当にクラスの勝利を優先するって言うなら、今度こそ交渉は決裂だ」

 

 もし坂柳さんがクラスの勝利を優先するなら、元より交渉は不可能だ。

 私の最後通牒に坂柳さんは黙って間を空ける。

 私が焦るのを待ってるな、その手には乗らない。

 たっぷり3分間ほど睨み合いが続き、神室さんが焦れったそうに身をよじったところで、ようやく坂柳さんは口を開いた。

 

「思ったより頑固な方ですね。いいでしょう、その条件を飲みます。ただし確約は出来ません。私達は当然全員満点を取らせていただきますし、葛城君たちには偽の過去問をお渡ししますが、それでも彼は高得点を取ってくるでしょう。ほかの生徒も決して低い点数を取るわけではありません。これはお分かりですね」

 

「いいや分からない。あなた達には必ず2位以下になってもらう。もし1位を取ったなら、あなた達には賠償金を要求する」

 

「随分と強欲ですね。その条件には合意しかねます。あなた達がわざと点数を下げるようなことがあれば必ず賠償金を支払わなければいけなくなりますから」

 

「私たちの点数が不自然に低ければ賠償金を払う必要はないよ。それに、私から手を抜いてくれって頼めないんだよね。うちのクラスってそっちと違って纏まりないからさ」

 

 仮にこの話をクラスメイト達に打ち明けたところで、乗ってくれないだろうし、そもそも理解できない人が大半のはず。

 

「いいでしょう。賠償金の額ですが、最高でも20万ポイントしかお支払いしません」

 

「無理、最低でも50万払ってもらう。坂柳さんの陣営があなた達4人しかいないって言うなら知らない」

 

「正気ですか? たとえ葛城君陣営を妨害しようともAクラスが勝利する可能性は十分にあることは先ほど説明したはずです。こちらには他にも過去問を入手する方法があることをお忘れなく」

 

「はあ……。わかった。でも最高20万は論外だよ。最低でも40万。それに葛城君たちに負けるのが嫌だっていうなら、自分の手駒を葛城君陣営に滑り込ませて意図的に点を落としたり、勉強してる隣で騒いだり、偶然を装って飲み物をぶっかけるなりして邪魔してやればいい」

 

「それはもうやってます。最低35万」

 

 やってますじゃないんですけど。同じクラスでしょ仲良くしなよ。

 

「はいはい、おーけーおーけー。いいよ、その条件で合意する」

 

 タダ同然で得られた過去問でそれだけ分捕れれば十分だ。

 

「ようやくですか。随分手こずらせてくれましたね」

 

「まだ終わってないよ、あと1つ条件がある」

 

「はぁ? これ以上何を要求する気?」

 

 さらなる要求を重ねる私の露骨に苛立ちを見せる神室さん。

 

「万が一私たちのクラスで赤点を取った生徒が出た場合、その生徒を救済する為にあなた達にも協力してもらう。救済に必要になるポイントを出してもらう」

 

 頭ではほぼ間違いないと思っていても、今回の過去問作戦にはまだ懸念点がある。

 意外な提案に坂柳さんが目を丸くする。演技かどうかは知らないけど、私が過去問を完全には信用していないことは伝わっただろうな。

 

「それは――どういうことでしょうか。余程の愚か者でなければ、過去問を使えば赤点は回避可能では? わざと赤点をとってもあなた方にも得はありませんし、無意味な条件だと思うのですが」

 

「この過去問だけど、今年は役に立たない可能性がある」

 

「なにか根拠がおありなようですね」

 

「この問題なんだけど、私たちが聞いてるテスト範囲と出題範囲が違うんだよね。もしこのままテスト範囲の変更が知らされないのなら、今年だけ例年とは違う問題が出る可能性がある」

 

 今日でちょうどテスト1週間前だ。いくらなんでもテスト範囲の変更が知らされるのが遅すぎる。

 それを聞いた坂柳さんの表情が無になった。

 

「え? 何言ってるの? テスト範囲はーー」

 

「なるほど、そういう意味でしたか。ですがもしあなたの言う通りなら、過去問が有力な手段であるというこの交渉の前提が全て崩れますね」

 

「そこはお互い同じリスクを、ううん。赤点との距離が近いだけ、私たちが高いリスクを負ってるんだから、目を瞑ってもらいたいな。過去問を使うこと自体はあなたが自分で辿り着いたんでしょ?」

 

「しかたありませんね。では特別にお情けをかけてさしあげましょう。その最後の条件ですが、Cクラスが最低でも100万ポイントを先に救済に充てるようにしてください。それでも足りなければ、私たちの方で50万ポイントまで用意しておきましょう。万が一それでも救済が不可能でしたら諦めてください」

 

 Cクラスで100万ポイント集めるのはかなりキツイけど、こればかりは坂柳さんの提案をそのまま吞むしかない。

 

「よし、なら交渉成立でいいのかな」

 

「いえ、こちらからも2つ条件を付け加えさせていただきます」

 

 人差し指を立て、意地悪そうに微笑む。

 

「まず、過去問が役に立たなかった場合、2つ目の条件は無効としてください。その場合私たちAクラスの勝利がほぼ確定しますので、当然の配慮です」

 

 黙っていたけど気づかれた。さすがに目敏い。

 

「わかった、いいよ。それでもう1つは?」

 

「いくら0ポイントで過去問が手に入るとはいえ、あなたの提示する条件は私にとって大幅に不利で不平等なものです」

 

 私としては肯定も否定もできないので黙るしかない。坂柳さんもそれをわかっているので、私の言葉を待たずに話を続ける。

 

「それでも私がこの条件を呑むのはひとえに温情故です。あなたにはこの不平等の埋め合わせをしていただきます」

 

 さっきからずっと、しかたないだの、お情けをかけるだの、あくまでも自分たちが譲歩してやってると主張するのはそれが理由か。

 

「埋め合わせねぇ。何をすればいいのかな?」

 

「あなたには、私がクラスを掌握するお手伝いをしていただきます。具体的には、今後クラス間で直接競い合う試験が行われる場合、あなたには葛城君陣営を攻撃してもらいます。もちろん私たちもサポートしますよ」

 

 それは――YesともNoとも言い難い条件だ。1つだけ確認しないといけないこともある。

 

「それ、要はAクラスが負けても構わないってことなの?」

 

「構いませんよ。むしろ積極的にAクラスを叩き潰してください」

 

 見惚れるほどの笑みを浮かべながら平然と言ってのける。自分のクラスを叩き潰せって、そうまでしてリーダーの座が欲しいのか。恐ろしい女の子だ。神室さんもドン引きしている。

 坂柳さんはこの条件は絶対に譲らないつもりなのか、絶句する私に小さな紙を手渡してくる。鬼頭君を除く3人の連絡先だ。

 

「この条件を認めてくださるのなら、交渉成立としましょう」

 

「――OK、交渉成立。契約書は私が作って明日中にあなたへ送る。ただ最後の条件は契約書に盛り込もうにも、定義があいまいでいくらでも誤魔化しのきく内容になるから口約束になる。それでいい?」

 

「構いませんよ」

 

 了承した後、両手を差し出してくる。

 

「ご存じですか? 左手での握手には敵対の意味が込められているのですよ」

 

「知っててこんなことするんだ?」

 

 坂柳さんの両手での握手に応じると、新しいおもちゃでも見つけたかのような輝かしい瞳を向けてくる。

 

「遊び相手として、せいぜい私を飽きさせないでくださいね。黒華さん」

 

 どうやら相当厄介な女に目をつけられてしまったらしい。

 

 

 こうして坂柳さんと契約を結んだ結果、私たちCクラスは今回の中間テストで1位となった。

 あの女、テスト範囲の変更を知っていたくせに私には教えなかったのだ。全く油断ならないな。

 Aクラスは満点を取ったのは坂柳さん陣営の生徒だけで、他は70から80点付近をマークしていた。敵対する葛城君にどうやって偽の過去問を仕込んだのか気になったけど、なんでも葛城君陣営に滑り込ませたスパイを通じて横流ししたらしい。

 なにをどうやったらクラス内でそんなにギスギスできるのか逆に不思議だ。私は自分がAクラスじゃないことに疑問を持ってたけど、今はAクラスじゃなくてよかったと思ってる、ホントに。

 ちなみに事実を知った葛城君たちは大激怒だったらしい。同じクラスメイトを騙すなど卑怯だの、裏切り者だの、主に葛城君の子分がさんざん騒いだそうだけど、坂柳さんは全く気にした風でもない。

 人間様が負け犬の遠吠えを気にしても仕方がないのである。

 掲示板には仲良く並んで来てたのは、葛城君の提案でクラス内で派閥争いをしていることを察せられないようにするための対策らしい。どうせ隠しきれることでもないのにね。

 Dクラスは過去問の存在には気づいたのに、私に偽物を掴まされたせいで学年最下位となった。野村君は上手くやったらしい 。

 龍園君はクラスのみんなの前で、会ったこともない私が如何に無能か吹聴して徹底的にバカにしてきたとのこと。私たちに追い抜かれたDクラスは私に敵対心を持ってるだろうからね、まぁわからなくもない。結局今回無能だったのは龍園君の方で、見事なまでに私にハメられたわけだが。過去問を偶然盗めたなど信じる方がどうかしている。自分の能力を過信して、相手の能力を戦略に盛り込まないとこうなるのだ。まぁ今回は龍園君が勝つことなど尾行に気づかれた時点で不可能だったわけなので、私としても龍園君を軽視する理由にはならない。

 今回の中間テストで野村君には1科目だけ赤点を取るように指示を出した。龍園君がどうするかはわからなかったけれど、救済するならプライベートポイントを吐き出させることができる上に、Dクラスに傀儡を抱えたままにできるのでそれでよし。退学させるなら、クラスから退学者を出した際のペナルティの有無を確認できるのでそれでもよし。どちらに転んでもWin-Winの作戦。どうせ傀儡は機会があれば簡単に作れるんだし、ティッシュみたいにガンガン使い捨てていこう。捨て身の命令を何の抵抗もなく聞いてくれる人間が他クラスにいるだけでこれほど大幅な有利が取れるんだ、Cクラスにもスパイが発生しないように注意しないといけない。

 結果的には龍園君は救済を選んだ。お優しい暴君様だと思う。

 Bクラスは知らない。今回の中間テストでは全くと言っていいほど絡んでない。逆に言えば私の話を聞いても何もしなかった日和見なクラスともいえる。まぁ現時点で油断できる相手ではない。

 どうもDクラスとひと悶着あったみたいなので、そこは注目だ。なぜ1個上の私たちCクラスではなくBクラスに手を出したのかがポイントになるな。近いうちに何か仕掛けてくるかもしれない。

 

 この結果には私も満足している。堀北会長に結構借りを作ってしまったけれど、どうせ基本的には協力する予定だったし問題はない。

 気がかりなのは坂柳さんの派閥争いの手助けをしなきゃいけないことだ。クラスメイトのみんなを巻き込むわけにはいかないし、そもそも坂柳さんに協力することに気づかれたら満足に攻撃もできないので、また暗躍しなければいけないことが確定した。Aクラスにも傀儡を作ったほうがいいかもしれない。

 兎にも角にも、このままでは私が過労死するので、クラスをまとめて引っ張っていってくれる人材の育成が急務となった。今のところCクラスのリーダーっぽい立場にいるのは私と平田君だ。となると私がいないときには平田君にCクラスを統率してもらうという話になってくるけど、どうにも不安が残る。クラスメイトを守ることも当然必要だけど、臆病風に吹かれて消極的なままでは、いずれ詰む。

 この学校でクラスのみんなを守るためには、ただ勝つことだ。勝ち続けなければいけない。今のCクラスには貪欲に勝利を求めるリーダーが必要だ。

 それが堀北さん。私から何を言うまでもなく、彼女の方からAクラスへの下克上の手助けを要求してきた。

 勉強会を開いたり、打ち上げに参加したりと、入学当初と比べてわずかに変化がある堀北さんだけど、今の彼女じゃ勝ち続けるなんて到底不可能だ。勉強と運動はある程度できるけどそれだけ。クラスのリーダーとしてそれ以外のすべてが不足しているのに、本人がそれを頑なに認めないのが煩わしい。

 やっぱり早いうちに一度決定的な敗北を経験させる必要があるかもしれない。自分を見直させるためにはそれが一番だ。

 

「まぁ現時点でできることはないか」

 

 これ以上は考え込んでもしかたがない。お風呂も沸いたし、今日はさっさと寝よう。

 ベッドから跳び起きて脱衣所で着替えてお風呂に跳びこむ。

 疲れた体に、熱いお風呂はやっぱり気持ちがいいな。

 リラックスしながらまた思考に耽る。

 

 Aクラスに上がるための道標はまだ見えない。現時点では不足しているものが多すぎる。私1人だけ頑張っても意味が無い。

 でも私は必ず皆をAクラスに上げる。

 

 だってさ、考えてみてよ。

 私のおかげでみんながAクラスに上がれたと知ったら、みんな私のことどう思う?

 絶対に感謝する。私がいてくれてよかったって喜ぶ。私の存在を受け入れてくれる。

 きっと私に依存する。私がいなきゃ困るって。みんなにとって私はなくてはならない存在になる。

 その時になって私は初めて要求するんだ。『全部』頂戴って。

 だってそうでしょ?

 私は皆のために『全部』使ってAクラスを目指すんだもん。みんなも私に恩返ししなきゃいけない。

 そしてそれは私に『全部』捧げることでしか満たされない。その時になって拒絶するなんて絶対に許さない。

 

「アハッ」

 

 想像する。

 Aクラスで卒業して、みんなが私を愛してくれる未来を

 昔みたいに、みんなが私を愛してくれる未来

 私もみんなを愛する未来

 それはきっととても甘いものになる

 その時になって私は初めて満たされるんだ

 みんなが愛してくれないと私は満たされない、鎮まらない

 だからもし、皆が私を拒絶するって言うのなら――。

 

 皆に私の『狂愛』を植え付ける。私と同じ世界を味わわせてやる

 愛してやったのに、愛してくれない人間なんていらない

 あの時と同じように、全てを壊してやる

 この学校がどうなろうと知ったことじゃない

 全てを終わらせてまたやり直す

 必ず

 ――必ずだ

 

 

氏名:黒華梨愛

クラス:1-D

 

学力:  A

知性:  A

判断力: B

身体能力:A

協調性: C−

 

非常に努力家であり、多種多様な知識と技術を有する生徒。

入学試験においては全科目満点であり、面接試験でも好成績を残した。

しかしながら、本人の気さくな性格の割には友人と呼べるような存在がいない点から、協調性については評価保留とする。

本来であればBクラス、もしくはAクラス相当の生徒であるが、卒業校からの報告を憂慮し、Dクラスへの配属とする。

なお、理事長の判断により学生証や本データベースに使う予定の写真は撮影しておりません。独特な目が特徴ですので、他生徒との判別は容易かと思われます。

 

補遺:当該生徒の卒業校で起きた、前代未聞の暴力事件の首謀者である疑いがあります。明確な証拠はありませんが、担任各位、十分に注意するようにしてください。




御清覧ありがとうございます。
 
 はい、というわけで原作一章終わりです。あとは生徒会入りとかの短い後日談を書いたら二章に入ります。
 それと、一章は毎日更新していましたが、二章は週一更新になるかと思われます。理由は2つですね。
 
 1つはUAやお気に入りの伸びとかがどう変わるのかを確認したいから。

 もう1つなんですが、半分愚痴&原作のネタバレのようになるのでそういうのが嫌いな方はスルー推奨です。



 というのも、プロット自体は六章あたりまでは詳細に決まっているんですが、二章だけ白紙に近かったんですよね。
 原作通り暴行事件が起こったとして、オリ主が監視カメラを設置する手法をとっても、『それ別に綾小路がやったらいいだけやん。オリ主要らなくね?』という。
 じゃあほかの方法で暴行事件を解決させよう! となると今度は筆者の頭では面白い方法が思いつかない。
 もういっそ暴行事件を別のものにすり替えてやろうとすら思いましたが、その場合原作へのリスペクトが足りない気もするし、須藤と佐倉の成長イベも挟めない……。
 
 そういう三重苦があり、展開をどうするか悩んでいたので、現状ストックがないという理由で、週一投稿になるかと思われます。というかなります。



 今回の後書きはこれで終わりです。
 評価や感想、大変励みになっております。これからもどうぞよろしくお願いします
 では、アデュー! 

 

よう実の詳細な時系列や特別試験のルール、設定などをまとめた資料を書くかどうか(詳細は1章幕間の後書き参照)

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