ようこそ狂愛主義者のいる教室へ   作:トルコアイス弐号機

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2章 暴行事件編
15話


 6月末。

 春はとっくに過ぎ去り、緑が眩しい季節がやってきた。敷地内の所々に植えられたイチョウやケヤキには幾匹もの蝉が羽を休め、耳が痛いほどに鳴き喚いている。

 

 夏は好きだ。

 

 澄んだ青空や濃い緑は見ていてスッキリとした開放感を感じるし、海や祭りと、何かとイベントが多いのもグッドだ。さすがにじっとりとした不快感を伴う暑さまでは好きになれないけれど、だからこそ風鈴やそうめんなんかに清涼感を感じるのだ。何よりもきゅうりとトマトが美味しい。

 

 まぁ、理由として一番大きいのは単純に冬が大嫌いなだけだけど。いい思い出が1つもない。

 

 こんな感じで、高度育成高等学校にも夏が到来した。

 中間テストが終わって約1か月、高校初の夏休みまでもあと1か月といった時期。さすがにクラスのみんなも学校生活に慣れてきて、今日も放課後は友達とのご飯やショッピングで盛り上がっている。

 当然、クラスの中心人物としての立ち位置を築きつつある私も友達と青春を謳歌する――わけにはいかなかった。

 残念ながら、今日も私の放課後は生徒会業務に始まり、生徒会業務に終わる。

 夏休み前の生徒総会が近づいてきているため、今この時期はバカみたいに忙しい。各部活動の成績や部員数に応じた部費の交渉(これは主に会長の仕事)、生徒会や学校に対する要望のまとめ、また私は書記であるため、生徒総会での配布書類や議案書の作成に追われたりと、多忙な日々を送っている。これは私に限らず、堀北会長を含め生徒会役員全員がそうである。

 そしてこれら生徒会の業務をこなしながら、私は今後のクラス間抗争を有利に戦っていくための情報収集に努めているのだ。買収、恫喝、泣き落とし。

 まぁ恫喝は冗談として、主に買収と女の涙で情報を得ている。主な対象は娯楽エリアの従業員だ。面白いことに、この学校の従業員たちはよほど重要な情報でなければ口止めはされていない。彼らもポイントを使って日々の生活を送っているので、買収は容易だ。

 もちろん私のポイントは枯渇する。誰か助けて。

 日々減っていくポイントを眺めながら、この学校の生徒会の圧倒的な権力は、こういう地道な努力を重ねて生まれるのだと、私は自分を無理やり納得させることにした。そうでなければやってられなさそうだった。

 幸いにも月末の今日は役員会議だけなので、私の身体と脳みそ、そして財布が悲鳴を上げることもない。夏休み中に生徒会室の改修工事を行うことや、寮の水道の点検が決定されたので、そのことを全校生徒に通知することなんかが告げられた。

 

「これで今日の役員会議は終わりです、ありがとうございました」

 

 議長の桐山先輩が終わりの挨拶をして会議は終了、正直私に関係のない話ばかりだったので、ほとんど聞いてるだけだった。せいぜい夏休みの間、生徒会に用事のできた生徒の相手をすることを申し出たぐらい。普段の生徒会活動の方がよっぽどハードである。

 

「黒華ちゃん、今日もスーパー寄っていく?」

 

 鞄に荷物をまとめながら話しかけてきたのは、1年Bクラスの一之瀬帆波さん。私が生徒会に入ってしばらくして彼女は南雲副会長の推薦を受けて生徒会に入ってきた同期だ。堀北会長には彼女と仲良くなるように特命が下されているので、この1か月一之瀬さんとは何かと関わりを持つようにしている。生徒会業務が終わった後に一緒にスーパーに寄るのもその一環だ。

 一之瀬さんを一言で表すと、善意の塊という表現がふさわしいと思う。

 どちらかと言えば堀北会長側の私に一之瀬さんはなにがしかの苦手意識を持つかなと最初は思っていたけれど、そんなことは全然なく、そのフレンドリーさは櫛田さん並、いや彼女以上だった。むしろ私の方が苦手意識を持ってしまったぐらいだ。こういう無償の善意を尽くす人間を見ると、昔の私を思い出して嫌な気分になる。

 とはいえ一之瀬さんのお誘いを断る理由もないので、素直に了承しようとした私だけれど、口を開いた瞬間に携帯が鳴った。私は生徒会役員以外の連絡先の通知音は切っているため、この中の誰かが私にメッセージを送ってきたということになる。

 うむ、すこぶる嫌な予感がする。

 

『話がある。ここに残れ』

 

 送り主は堀北会長。口に出さずに残るよう命令してきたということは、南雲副会長に聞かれたくない話があるのだ。誰にも違和感を感じさせずにここに残る方法を考えないといけない。

 

「ごめんね、実は生徒会の仕事で橘先輩に相談したいことがあって、約束を取り付けてたの」

 

 橘先輩も書記なので、実際に相談に乗ってもらったことは多い。これなら生徒会室に自然と残れる。ちなみに相談の約束などは一切取り付けていないので、問題は橘先輩が私のアドリブに乗ってくれるかどうかだけど、そこは堀北会長の右腕だ。頭の回転は速い。

 

「そうですね。会長、少しの間生徒会室を使っても?」

 

「かまわん」

 

 私たちのやり取りに南雲副会長はほんの少しだけ目を向けたけど、それだけ。大した用事ではないと判断し、挨拶だけして生徒会室を出ていく。あの人もあの人でここ最近は忙しいので、堀北会長にばかりかまってられないのだ。

 

「だったらしょうがないね。またね、黒華ちゃん」

 

「うん、バイバイ」

 

 手を振りながら一之瀬さんが生徒会室を出ていき、私たち3人だけが生徒会室に残る。堀北会長は扉を締め切ると鍵までかけ、私に向き直った。

 

「どうやらお前たちの学年で面白い案件が起きたようだ。見てみろ」

 

 そう言って資料を渡してくる。

 

「…………」

 

 その資料にはDクラスの男子生徒3名が、Cクラスの須藤君に暴行を加えられたため、Cクラスに対して訴訟を起こす旨が書かれていた。事件現場は特別棟、バスケの練習後に須藤君から話があると言われ、無理やり特別棟に連れていかれた小宮と近藤という生徒2人と、何かあった時のために呼んでおいた石崎という生徒の3人が口論になり、一方的に暴力を加えられたとのこと。資料には3人のけがの情報や病院からの診療結果などが添付されている。結構コテンパンにやられてるっぽい。

 

「面白くもなんともありませんね……」

 

 思わず深いため息が出る。

 これが『全て』事実なら、私たちがCクラスは大ダメージを受けることになるからだ。

 何が一番面白くないかって、こういう学生同士のいざこざを処理するのは学校ではなく生徒会、つまり私たちなのだ。身内が暴行事件を引き起こした私の立場は複雑で、『暴行事件を引き起こすような人間の仲間が生徒会役員なんて認められない』と、私を引きずり下ろす口実になる可能性すらある。

 

「もし裁判が起こるようなら、私ってどうなるんですか?」

 

 少なくとも裁判に生徒会として出廷することはないだろう。もしかしたら弁護人として立ち会うことすらできないかもしれない。生徒会役員の私が関わるのは、あらゆる意味で不公平だ。現に今誰よりも早く事件が起きたという情報を掴んでいるわけで。

 

「お前はどうしたい?」

 

「どうしたいって、出来ることなら今回の事件そのものをもみ消すように画策したいです」

 

「うっわ」

 

「それも1つの手ではある」

 

 生徒の代表たる生徒会役員の台詞としてはあまりにも反社会的すぎるので、即座に否定されると思ったけれど、ドン引きする橘先輩と対称的に、堀北会長は私の発言を一部認める。正直意外でもある。

 クラスのみんなからポイントをかき集めれば、今回の暴行事件をもみ消すこと自体は可能ではある。しかしそんなことをすれば須藤君はクラスのみんなから大目玉を食らうだろうし、何よりも『ポイントで暴行事件をもみ消せる』というこの情報はむやみに広めたくない。

 学校側は、生徒のあらゆる行動に対し無数のルールを定めている。しかしこれらの情報は質問すれば知れるものではなく、暴力のもみ消しにしたって、本来それが可能なプライベートポイントを所持していなければ教師から教えてもらえることはない。私にとってもこの情報は完全に偶然の産物なのだ。

 

「今回の件で多額のプライベートポイントを払うつもりはないので、まぁ難しいでしょうね」

 

「ならば、十中八九裁判になる」

 

 少しでも須藤君への処罰が軽減されるよう、負け戦に挑むしかない。

 

「今回の審議は俺と橘で行う。俺とお前の関係性を考えれば、お前が弁護人として裁判に参加することは許されないだろう」

 

「そりゃそうでしょうね」

 

 日本の法律に当てはめるなら、今回のようなケースでは『除斥』が適応されるはず。

 これは一定の要件を理由に手続きの公正さを失わせる可能性がある人間を、その裁判手続きの執行業務から排除することだ。具体的に言えば、裁判官やその家族が被告人や原告人である場合、その裁判官は該当する裁判を担当することができなくなる。

 これはそのまま私に当てはまる。須藤君の身内である私調停役として引っ張り出すのはもちろん到底不可能だし、私の知り合いである堀北会長が裁判を取り仕切るのも本来グレーだ。

 裁判というものは実際に不公正でなければよいというものではなく、建前だけでも公正らしく見せることが大事なのである。

 

「お前のクラスメイトに任せるしかないな。幸いにも今年のD……Cクラスにはユニークな生徒が多いだろう?」

 

「綾小路君のことですか? でも彼は……」

 

 綾小路君。堀北会長が注目するもう1人の生徒で私の友達。

 彼の入試の答案は私も堀北会長に見せてもらった。5科目全て50点、さらに小テストまで50点。追加で言えば、堀北会長はなんでも綾小路君と接触する機会があったらしく、そこでの綾小路君は一般的な高校生とは思えない優れた動きを見せたという。

 私がこのことを知っているのは綾小路君には内緒にしてある。問い詰めたところでウザがられるのが目に見えているからね。

 

「正直、綾小路君が表立ってなにかするとは思えませんけどね。間違いなく何もできない一般男子生徒を装うはずです」

 

「それでもかまわん。それと2人とも、この話は明日まで伏せていろ。南雲が知れば必ず首を突っ込んでくるだろうからな」

 

 そうなれば、私のクラスに堀北会長の妹がいることも露見する。それが堀北会長の弱点になるかどうかは私には判断が難しいけれど、知られていいことなど1つもないのは確かだ。

 

「話はこれで終わりだ。もしこの須藤という男が全面的に罪を認めたなら、今の話は全て忘れろ」

 

 そんなことになるわけないと、堀北会長の表情が物語っていた。

 

 

 2人と別れて寮に帰ってきた私は、すぐに須藤君に連絡を取った。部活の時間の終わりまで多少時間が残っているため、電話もチャットもまだ返ってこない。須藤君の通知をオンにして別の野暮用を済ませる。

 須藤君を待つ間に、私は堀北さん、綾小路君、櫛田さんの3人を部屋に呼ぶことにした。

 堀北さんと綾小路君からはすぐに向かう旨のチャットが届いたけれど、櫛田さんは友達と遊んでいる最中で参加できないとのこと。まぁ別に話だけならいつでもできるので問題はない。

 3人に連絡してから10分くらいで部屋のチャイムが鳴った。扉を開けて訪問者を確認すると、綾小路君と堀北さんの2人。仲良く一緒にやってきたらしい。

 

「いらっしゃい。上がって上がって」

 

 部屋に上げてクッションの上に座らせてから麦茶を出す。夏はこれが一番美味いと相場が決まっている。

 2人がほぼ同時にコップに口を傾けると、まず堀北さんが口を開いた。

 

「こうやって私たちを呼んだってことは、クラスポイントを増やす方法が分かったということかしら」

 

 クラスポイントを増やす。それは単にもらえるプライベートポイントが増えることを意味するわけじゃない。この学校はクラスをAからDまで分けていて、クラスポイントが多いクラスから順に割り振られる。つまり、Aクラスは最も優秀な生徒が集まる優秀なクラスということだ。

 そして、この学校の最大の魅力である、就職率・進学率がほぼ100%という謳い文句は、Aクラスにしか適応されない。

 そんな衝撃的な事実が暴露されたのが2か月前。私たちはAクラスに上がるために協力し合うことになったのだ。

 

「うん、いくつかね」

 

 私たちが初めに考えたのはどうすればクラスポイントを増やせるのか。Aクラスとの差は大体400ポイントほど。どこかしらで一気にクラスポイントを増やす機会がなければ、逆転など不可能に近い。やっぱり普段の生活で目減りしていくペースは私たちCクラスの方がどうしても上だしね。

 この状況を変えるために、生徒会役員である私は、この1か月の間、情報収集に注力した。明日はもう7月初めということで、そろそろ得た情報を共有しておくのだ。

 

「クラスポイントを増やす何よりの目玉は、特別試験っていう、普通の学力テストとはまた違う試験みたい。ものによるけど、がっつりポイントが変動するみたい。成績が悪いとポイントが減る場合もあるんだって」

 

 残念ながらその『特別試験』とやらは存在することしか情報を得られなかった。具体的にどんな試験が過去に行われたかについては、相当固いロックがかかっている。上級生に聞いても門前払いを食らったので、多分『特別試験の詳細を下級生に話したら即退学』くらいの厳しい処罰が定められているんだと思う。

 けどわずかとはいえ追加の情報も入手した。

 

「私たちが初めに受ける特別試験は、夏休みの間に実施されるらしいよ」

 

「夏休みに?」

 

 私の言葉に、堀北さんは眉をひそめた。

 

「先生は夏休みはバカンスだって言ってたよな? 嘘だってことか?」

 

「先生が自主的に噓をつくとは思わないけど、学校側からそう指示されるなら、あり得ない話じゃないと思う」

 

 私たちの信用をドブに捨てた茶柱先生の罪は重い。

 

「そんなことが許されるなら、もはや何を信じればいいのかわからなくなるわね」

 

 先生はその夏のバカンスについて『自由』と言っていた。私たちがどう過ごそうとも自由だと。

 夏休みまであと1か月だけど、いまだにそのバカンスの詳細については明らかにされていない。青い海に囲まれてとか言ってたので、無人島に連れていかれて強制サバイバルとかあるかもしれない。

 ……冗談のつもりだったけど本当にサバイバルかもしれない。なんか企業の研修とかで新人に無人島生活させるやつとか聞いたことある。

 

「ほかに情報は得られなかったの? 生徒会役員なら、もっと強力な権力を有していると思ったのだけれど」

 

「私まだ生徒会に入って1か月だよ……」

 

 私が曖昧な情報を持ってきたことがご不満らしい。

 生徒会が尋常じゃない権力を有しているのは事実だけれど、どちらかと言えばそれは堀北会長の実力に因るものが大きい。私としてももっと詳細を知りたかったけれど、これだけ集めるだけでもかなり大変だったのだ。むしろたった1か月でこれだけの情報をかき集めてきたことを褒めてくれてもいいんじゃないかなぁ。

 

「それに、クラスポイントを増やすのは特別試験だけじゃないよ」

 

 ボランティア活動といった慈善活動や、部活動の大会なんかで活躍することでもクラスポイントとプライベートポイントの両方を得られる。4月にあった水泳の授業で、成績上位者にポイントが与えられたのは単なるご褒美なんかじゃない、私たちに与えられたヒントだったということ。Cクラスで目立った活躍できそうな人は限られているけれど、いないわけじゃない。

 堀北さんもすぐに思い当たる。

 

「須藤君がバスケットボールで然るべき戦績を残せば、私たちにとってもメリットになるということね」

 

「須藤君もポイント貰えると知ったらもっとやる気出すだろうしね」

 

 そう簡単にポイントが得られるわけじゃないけれど、頭の悪い須藤君にも活躍する機会はきちんと用意されている。部活動だけじゃなく、例えば体育祭でも須藤君はCクラスの主力として活躍してくれるはず。そのためにも今回発生した暴行事件は何とかして須藤君の無実を勝ち取らないといけない。

 

「慈善活動って具体的にどういうことを言うんだ? この学校は外部との連絡が禁止されているし、ボランティア活動ってのも難しいんじゃないか」

 

 綾小路君の言う通り、この学校において私たち生徒は外に出ることはもちろん、家族と連絡を取り合ったり、インターネットの掲示板に何か書き込むことすら許されていないため、よくある地域の人と何か協力してボランティア活動とかをするのは難しい。

 いくら広いと言っても、学校関係者ばかりのこの場所では慈善活動をするのも結構大変だ。

 

「まぁ普段からできるのはベルマーク集めるとか」

 

「また懐かしい名前が出てきたわね」

 

「……なんだそれ?」

 

「え、ベルマーク知らないの!?」

 

 小学校の時集めてたじゃん!

 その後熱弁しても綾小路君は首を傾げるばかりだ。この世間知らずめ!

 

「で、そのベルマークとやらを集めたらクラスポイントももらえるのか?」

 

「いや全然?」

 

「この話に何の意味があったの?」

 

 一応ベルマークをそれなりに集めたらプライベートポイントはもらえたりする。けどクラスポイントを増やそうと思ったらせめてクラスの半数は人手を出して、週一で行われる献血に協力するとか、敷地内の清掃に協力するとかしないといけない。問題はその人手の部分だ。正直Cクラスにはそういう慈善活動に進んで協力してくれそうな人がごく少数しかいない。クラスの活動として認められる可能性はかなり低いので、私たちがクラスポイントを増やす手段として慈善活動は非現実的でもある。

 

「確かに、クラスの誰もボランティア活動なんてやりたがらないだろうな」

 

「やはりその夏の特別試験がブレイクスルーポイントになりそうね。今できるのはさらなる情報を集めるのと、何ができても動じないようにクラスのみんなに勧告しておくこと」

 

 それ、内容的にどっちも私の仕事になっちゃうじゃん。

 

「あと2年半以上あるんだし、今すぐAクラスに上がる必要はないと思うけどなぁ」

 

 今のCクラスの方針は3つに割れている。

 Aクラスに勝つのは無理そうだから、そこそこのポイントを貰って平穏な学校生活を送りたい保守派と、積極的にAクラスを目指そうとする急進派。そしてどっちでもいいと、クラスの流れに身を任せる中立派。堀北さんは言うまでもなく急進派だ。仲間割れを引き起こしているわけじゃないけれど、奇しくもAクラスのような状況になっているのだ。

 こういった事情もあるので、私としては特別試験の内容如何では、勝利よりもクラスの内政に力を入れる方が得策だと思っている。こうやって私たちだけでいろいろ画策するのにも限度がある。クラス毎に争うんだから、私たちだけじゃなくて、クラス全員の意識を統一しなければいけない。

 個人の力でどうにかなるような甘い試験が用意されていると考えるべきではないのだ。 

 

「Aに上がればクラスの士気も上がる。クラスポイントを得るのが最優先事項よ」

 

 まぁ前半は否定しない。けどただでさえクラスの上がった私たちはすでに目立っているし、そこからさらに勝ちすぎてはいよいよ的をかけられる。重要なのはバランスだ。どれだけ立派な塔を建てようとも、地盤が脆くてはちょっとした衝撃で崩れてしまう。ただでさえCクラスは基礎能力が足りていない人が多いのだ。勝ちたいならまず弱みを潰すべき。

 

「綾小路君はどう思う?」

 

「オレはそういうのわからないし、2人に任せる」

 

 予想通りすぎる返答が来たところで、私の携帯が鳴った。須藤君だ。シャワーを浴びたら私の部屋にやってくるとのこと。この2人と一緒に須藤君から事情聴取するのはあまりに残酷な話だな。

 

「ま、そんなわけでもう夏休みだし報告しておこうと思って。2人には悪いんだけどこの後来客があって……」

 

「わかった。もう行くわ」

 

 言葉を濁して帰らせることにした。2人を見送ってテーブルの上を片付ける。

 須藤君は連絡が来てから15分くらいでやってきた。その表情は決して明るいものではなく、いきなり女子の部屋に呼ばれて浮かれている男子の雰囲気ではない。私がなんで呼び出したのか、なんとなく察しているのがわかった。

 

「お疲れ様。お茶でいい?」

 

「ああ」

 

 例によって麦茶を出し、須藤君が一気に飲み干すのを見届けた私は早速話を聞くことにした。

 

「Dクラスの生徒を殴ったんだってね」

 

「……なんで知ってんだよ」

 

「それは今重要じゃないでしょ。ねえ須藤君、何があったのか聞かせてくれない?」

 

 しばらく考え込むように俯いていた須藤君だけれど、やがてゆっくりと経緯を話し始めた。私はノートに須藤君の言い分を書き連ねていく。書記をやっていたおかげでここ最近の私は早筆だ。

 

「俺が夏の大会でレギュラーに選ばれるかもって話はしたよな?」

 

「うん、この前朝練の時に言ってたよね」

 

 須藤君が授業中に寝てしまわないように、朝から身体を動かしてスッキリさせるという名目で始まった朝練はまだ続いている。この間まだレギュラーが確定したわけじゃないけど、選ばれる可能性を顧問の先生から示唆されたのはその時に聞いていたことだ。

 

「1年の中でレギュラー候補に選ばれたのは俺だけでよ。んでそっからちょっと経った後、同じバスケ部の小宮と近藤に呼び出されたんだ。話があるってな。どうせろくでもねえいちゃもんつけてくるだけだろうし無視しようとも思ったんだが、あいつらとは前々から言い争いになってたから、ケリをつけるいい機会だと思ったんだ。そん時は喧嘩なんてするつもりなかったんだが、特別棟に行ったらあいつらの友達だっていう石崎っつー奴がいてよ。俺がレギュラーに選ばれたのが我慢できなかったとか何とか言って、バスケ部を辞めろと脅してきたんだ」

 

 Dクラスの言い分と全く違う話だ。須藤君が嘘を言っているようには見えないし、ほぼほぼ向こうが言っていることの方が嘘だろう。

 

「それで挑発に乗って殴ったの?」

 

「いや、あんまり馬鹿馬鹿しいから無視してきた。レギュラー候補ってことで気分もよかったし、俺から殴り掛かったらやべえことになるってことぐらいはわかってたしな」

 

「じゃあ……どうして?」

 

 そこまでわかっているならこんな事件起こったりしない。

 当然の疑問をぶつける私に、須藤君が目に見えて落ち込む。

 

「……言いたく、ねえ」

 

「…………」

 

 歯を強く食いしばって俯く須藤君。

 碌でもないことを言われた、あるいはされそうになったらしい。無理に聞き出そうとしても答えてはくれないと判断し、須藤君が話したがらない部分は迂回することにする。

 

「じゃあ、これだけは確認しておきたいんだけれど、どっちから殴ったの? 須藤君? それとも向こうから?」

 

「……俺からだ」

 

 あ、終わった。

 向こうがどんな挑発をしてきたのかはわからないけれど、須藤君から先に暴力を振るった以上、罪の重さは確実にこちらの方が重くなる。嘘の供述をするわけにもいかない。

 

「――?」

 

 何かはわからないけど、強烈な違和感を覚えた。

 須藤君とDクラスの言い分が食い違っている以上、この時点で生徒会が審議を開くことが確定した。場合によるけれど、須藤君の話を聞く限りDクラスの3人にも過失が認められる可能性は十分にある。

 小宮と近藤とかいうバスケ部の生徒も大会にはしばらく出られなくなるはずだし、レギュラー候補の須藤君を挑発した結果彼のレギュラーが剝がされるとなれば、貴重な戦力を無駄にしたということで、バスケ部内部で顰蹙を買いかねない話だ。

 そこまでして須藤君のレギュラー入りが認められなかったってこと? 自分たちが泥を被ることになっても?

 

「なぁ、俺ってこれからどうなるんだ?」

 

 不安げな須藤君の言葉が私の思考を中断させる。

 生徒間で喧嘩が起きた場合、受ける罰は当然その規模によるけれど、大抵の場合は停学処分に落ち着く。私はこれまで学校で起きた暴行事件がどのように処理されたのかについてはまだ知らないので、具体的な期限は私にもわからない。

 

「近日中に学校から呼び出されて事情聴取されると思う。今回の場合は双方の言い分が食い違っているから、生徒会による裁判が行われる」

 

「は? 生徒会が?」

 

「そっ。こういう喧嘩の仲裁なんかは学校じゃなくて生徒会が行う。そこで審議を通して、改めて須藤君には処分が言い渡されるだろうね。ちなみに今回の担当は生徒会長と書記の橘先輩の2人」

 

「まさか、退学になったりすんのか……?」

 

「そこまで重い処罰が下りることはないだろうけど、まぁ十中八九停学処分になるだろうね」

 

 場合によっては夏休みの特別試験に参加できないかもしれない。

 

(そうなったらマジで最悪かも)

 

 須藤君の運動能力は一級品だ。試験の内容如何では彼がCクラスの主戦力になる可能性だって十分にある。無人島サバイバルとなれば体力が多い生徒が単純に有利だ。須藤君を欠いた状態でスタートする私たちは開幕から不利を強いられる。

 

「ふ、ははは……。そうなったらレギュラー候補って話は白紙で、大会にも出られなくなるってことか……」

 

 掠れた笑い声を出す。

 バスケ一筋の須藤君がバスケをできなくなるとすれば、最悪精神を病んで自主退学の道を選びかねない。そうなったら本当に終わりだ。それだけは阻止しないといけない。

 

「クズはどこまでいってもクズってことかよ……!」

 

 握り拳を振り上げ、そのままプルプルと力なく落とす。私の部屋の物にあたるつもりだったけど、思いとどまったって感じかな。不安と怒りに苛まれ、増大していくストレスのはけ口もこの場にはない。

 

「どういう意味?」

 

 私は須藤君の痛みを和らげるため、ここはあえて心を抉る選択肢を取る。

 

「……俺がこの学校に来た理由は話したことなかったよな?」

 

「そういえばそうだね」

 

「もともと俺はバスケが強え私立高校に行くつもりだったんだ。スポーツ推薦でな。けど……」

 

 両手で顔を覆い隠す。もしかしたら泣きそうになっているのかもしれない。

 慰めるのは簡単だ。けどまだその時じゃない。膿みを出し切ってからだ。

 

「暴行事件を起こして、推薦が取りやめになったんだ」

 

「それが、ここに来た理由なんだね」

 

「はっ、結局なんも変わってねえけどな」

 

 顔から手を離した須藤君の顔は、目が赤く充血していた。

 確かに、話を聞いている限り須藤君は何も変わっていないのかもしれない。そもそも人はそんなにすぐ変わる生き物じゃない。たかが15年、されど15年、私たちが自分の人格を形成した時間はそう短いものでもない。

 

「須藤君が暴行事件を起こしたとなれば、私たちのクラスポイントも差っ引かれることになる」

 

「また俺のせいでクラスのヤツらに迷惑かけるんだな」

 

「そうだね。2回目だし、みんな許してくれないかも」

 

 大顰蹙を買うのは間違いない。味方になってくれそうなのは平田君と櫛田さんぐらい、仲のいい池君と山内君も流石に愛想を尽かすかもしれない。

 

「私も簡単に許します、とは言えないかな」

 

 須藤君のせいで余計な仕事が増えてしまった。時期も悪い。正直乗り気がしない部分があるのも事実。

 

「でも見捨てたりはしないよ」

 

 須藤君の隣に座り、優しく頭をなでる。この前須藤君の手を握った時は少しだけ戸惑いを見せた須藤君だったけれど、今は驚きこそあれ私の手を素直に受け入れてる。私に『慣れてきた』証拠だ。須藤君にはそろそろ顔を見せてもいいかもしれない。

 

「って、なにやってんだよ! お前は俺の母親か!」

 

「え、嫌だった? でも辛くて苦しい時って、人に触れられてる実感っていうか、誰かが味方になってくれないとでしょ? だからほら」

 

 正座して膝をポンポン叩く。

 

「や、やめろ。優しくすんな……」

 

「なに? 泣いてるの? よしよし。大丈夫、大丈夫だから」

 

 ゆっくりと須藤君の身体を倒し、膝枕する。これなら私からは須藤君の顔も見えない。涙を流しても見えない。チクチクとこそばゆい感触をスカート越しに感じながら、須藤君が落ち着くまで黙って頭をなでる。

 男に付け入るにはやっぱりこれが一番だ。弱っている心の傷をさらに抉ってから、私はあなたの味方だと慰める。膝枕なんてすれば自分に好意があるのかと思われるかもしれないけれど、これも慰めのためだという言い分が立つ。

 結局男という生き物は女性の母性を求めるものなのだ。どれだけ気丈に振舞っている人間でも、心のどこかでは慰めてほしい、癒してほしいという欲求を抱えている。須藤君という人間はそれが特に顕著だ。普段は刺々しい態度を取っていても、それはただ自分の脆い一面を隠したいからやっているだけ、こうやって甘やかせばすぐにオチる。

 そうやってしばらく過ごしていると、須藤君が頭を上げた。もう十分らしい。無防備な自分の姿を晒したのが恥ずかしかったのか、心なしか顔が赤い。

 

「なぁに? 照れてるの?」

 

「うっせーよ! お前こそなんでそんな平然としてるんだよ」

 

「なぁに? 照れててほしかったの?」

 

「あーもういいもういい!」

 

 切り替えるためか、両手で頬をパチンと叩く。

 

「俺は、これからどうすりゃいいんだ」 

 

「それは、自分で考えなよ」

 

 そこまでサービスするつもりはない。それにさすがに須藤君にも自分がやらなきゃいけないことぐらいはわかっているはず。そして自分に何ができるのかも。焦って暴走する危険性も今はないはず。

 

「さて、もう帰ってもらおうかな。お仕事が残ってるし」

 

 この案件をどうやって乗り越えるか考えないといけない。背中を押して半ば追い出す形で須藤君に帰ってもらう。

 

「悪かった、黒華。また迷惑かける」

 

「もうこれっきりにしてよね。それじゃ」

 

 エレベーターまで須藤君を見送る。

 残念ながら今回の事件は須藤君が先に暴力を振るった以上、およそ真っ当な手段で切り抜けることはできない。具体的な解決策は思いついてないけど、限りなく黒に近いグレーな手法でもって片づけることになるはず。相手がDクラスなのは不幸中の幸いだ。私の傀儡がいるため、やりようはある。

 

「もうすぐ、かな」

 

 この件を私が主体となって解決すれば、私はCクラスの救世主となるだろう。今年中にはマスクを外して生活できるようになるかもしれない。

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