7月1日。
Cクラスの朝は毎日とても騒がしい。理由は単純、我らがCクラスはなかなか騒がしいメンツで構成されているからだ。毎朝今日の放課後はどこに行く、何を買うと盛り上がっている。
しかし、それを鑑みても今日は特に騒がしい。
なぜならポイントが支給されるはずの1日にも関わらず、『ポイントが支給されていない』から。
私たちに毎月支給されるプライベートポイントの総額は、基本的に『クラスポイント×100』となる。先月発表された私たちのクラスポイントは522CP。中間テストの結果によるクラスポイントの変動はまだ伝えられていないけれど、1位を取った私たちCクラスのクラスポイントが大幅に減少させられるという事態にはさすがにならないし、クラスのみんなの授業態度も特に悪いものじゃなかった。
私たちにポイントが支払われていない原因、それは須藤君が起こした暴行事件の処理が完了していないからだ。このことはまだ誰にも伝えていない。
「おはよう諸君。今日はいつにもまして騒がしいな」
いつも通り、チャイムの音と共に茶柱先生が教室に入ってくる。
「佐枝ちゃん先生! なんで俺たちにポイントが振り込まれてないんですか!? 朝チェックしたら昨日と1ポイントも変わってなかったんだけど!」
私たちに500程度のポイントを失うようなことをした覚えはない。焦る池君の言葉を聞いて、茶柱先生は教室の様子がおかしかったことに納得したようだった。
「なるほど、それで落ち着かなかったわけか。心配するな池。お前たちが頑張ったことは、学校側も当然理解している。まずは席に座れ」
そう言ってクラスメイト達を座らせると、大きな紙を黒板にマグネットで張り付ける。先月も見た、各クラスのクラスポイントを発表する紙だ。
「これが、今月のクラスポイントだ」
私たちCクラスのクラスポイントは655cl。クラスポイントが減るどころか、130ポイントも増加している。他のクラスも軒並み100ポイント近くクラスポイントを増やしているので、間違いなく中間テストの結果を受けてのクラスポイントの増加だ。本来であれば65500ポイント振り込まれていなければおかしい。
「あの先生、クラスポイントが0じゃないのに、どうしてポイントが振り込まれてないんでしょうか」
当然の疑問をぶつけたのは、我らがCクラスが誇るイケメン男子、平田君だ。皆の不安を払しょくするために誰よりも素早く行動する。
「うむ。それなんだが、今回少しトラブルがあってな。1年生のポイント支給が遅れている。悪いが、もう少し待ってくれ」
「えーマジっすかぁ? 学校側の不備なんだから、お詫びとかしてくれないんですかぁ? 追加でポイント振り込んだり」
詫びポイントを寄こせと山内君が騒ぐ。いやソシャゲじゃないんだしあり得ないでしょ。
「私に言われても困る。トラブルが解消次第ポイントは65000近く振り込まれるはずだ。ポイントが減っていなければな」
さすがに今の露骨すぎる言い方にはクラスの全員を違和感を覚えたらしい。みんな困惑した表情を浮かべるけれど、先生は気にした様子もなく教室を出て行ってしまう。
「今のってどういう意味なんだろ?」
私の席までやってきた櫛田さんが首を傾げながら聞いてくる。間違いなく須藤君の起こした暴行事件のことを言っているんだろうけれど、それを私から言うわけにはいかない。それは須藤君が自ら成長するチャンスを失う機会損失だ。
「さぁ……?」
横目で須藤君を見てみると、まだ勇気が出ないのか、言い出そうか迷っている様子だった。
「ポイント振り込まれなかったらきつい感じ? 桔梗ちゃんはポイントピンチなの?」
さりげなく櫛田さんの所有ポイントを探る。別に友達なんだから直球に聞けばいいんだろうけれど、なぜかそれは憚られた。
「ううん。10万くらいは残ってるから、全然大丈夫かな。梨愛ちゃんは?」
「わ、私は……」
震える手で携帯の画面を櫛田さんに見せる。
残金、残り1111ポイント!
「やったぁゾロ目だぁ」
「よ、よかったらポイント貸す?」
「だ、大丈夫です」
ホントは全然大丈夫じゃない助けて櫛田さん!
まぁ最悪Dクラスの野村君からポイント全額振り込んでもらえばいい。もしもの時に備えて必ず5万ポイントはキープするように口頭で指示を出している。
とはいえたまに連絡を取るレベルの私が野村君から大金を振り込まれていると学校には知られたくない。あり得ないと思いたいけれど、私は他の生徒より厳重に監視されている可能性がある。
一応警戒して物騒な内容のメールを何通か野村君に送ってみたけど、今のところ学校が動いた様子はないところを見るに、そこまで強く監視されているかは今のところわからない。
しかしもし私に傀儡を作る能力がわかると判明すれば、『また』警察のお世話になってしまうかもしれない。あの時は20日ギリギリまで勾留されただけで済んだけど、今度は豚箱にぶち込まれるかもしれないな。
「ほ、ほんとに大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。この学校はちゃんと0ポイントで生きていけるようになってるし、ポイントもすぐに振り込まれるでしょ。それに少しくらい0ポイント生活も経験しておいた方がいいかなって」
すぐにポイントが振り込まれることはないだろうけれど、後者については本音だ。プライベートポイントは下手すればクラスポイントより遥かに重要なので、少しでも節約するために0ポイントで生活することも視野に入れている。
けれど櫛田さんはここまで言っても納得いかなさそうな様子だった。
「じゃあ万が一の時には、桔梗ちゃんの力を借りるね」
こう言ってしまえば無理強いもできない。
自分でもなぜここまで櫛田さんの助力を断るのかわからなかったけれど、女の勘というのは侮れないものだ。
「おい、健。どうしたんだ?」
素っ頓狂な池君の声に視線を向けると、須藤君が教壇に上っているのが見えた。珍しすぎる光景に教室の注目が集まる。そして――。
「すまねえ!」
そう言って深く頭を下げる。何の脈絡もなくいきなり謝罪されて、何事かと教室がざわめく。今から須藤君がする話を外野に聞かせることはない。私は廊下側の窓に目張りをし、扉も完全に締め切りカギをかける。
「えっと、須藤くん?」
「ポイントが振り込まれてねえのは、俺のせいなんだ」
そういって昨日私にしたのと同じ話をする。けれど肝心の、なぜ自分から暴力を振るったのかについてはあやふやなまま誤魔化した。当然気づく生徒も出てくる。
「ちょっと待て須藤。なぜ一旦は無視しようと考えたのに、結果的にお前から暴力を振るう結果になったんだ。まさか嘘をついてるんじゃないだろうな」
幸村君の指摘を皮切りに、クラスのみんなの訝しむような視線が須藤君に突き刺さる。ここまで来て黙っているわけにはいかない。どのみち先生には正直に話す必要がある部分だ。
「それは、それは……」
歯を食いしばり、拳を強く握りこんだ須藤君の視線が一瞬私を捉える。
昨日からなんとなく察してはいたけど、私の予想通りのことをDクラスは言ったらしい。
「あいつら、俺がバスケ部を辞めねえなら、黒華をボコボコにして、顔写真を拡散するって言いやがったんだ……!」
教室がシンと静まり返る。
私が顔を見せたがっていないことぐらい、Cクラスの全員が知っていることだ。その理由は顔に大きな傷があるからとか、鼻とか口のパーツが悪いとか、いろんな噂が一時期流れたけれど、それでも無理やり私の顔を見ようとするような無粋な輩はクラスにはいなかった。
それをDクラスの生徒は徹底的に侮辱するつもりだったと、須藤君の言ってることはそういうことだ。
私を守るための手段を、須藤君は暴力意外に知らなかった。暴力の恐怖でもって黙らせる方法しか知らなかったんだ。
「最低じゃん……!」
低い声で呟いたのは軽井沢さん。正直彼女は須藤君を真っ先に責め立てると思っていたけれど、それどころか須藤君の怒りと悔しさに寄り添うように、わなわなと肩を震わせていた。
軽井沢さんだけじゃない、クラスのみんなが口々にDクラスへの怒りを露にする。
「そういうこと、だったんだね」
体が冷たい。
冷房が効いているからじゃない。私の胸の内が急速に凍えているからそう感じるんだ。
相手はどんな気分だったんだろう?
嫉妬したのか、それとも何か目的があって須藤君を呼びだしたのか知らないけれど、煽れるだけ煽って、無視されるとわかれば身近な異性に暴行すると脅迫する。須藤君に殴られて、してやったりと内心ニマニマしていたのかな? それとも痛みで少しでも後悔してる?
まぁ、相手の心情なんて関係ないか。
このまま相手の思うがままになんてさせない。
「須藤くん」
短い言葉と共に立ち上がったのは堀北さんだ。クラス一冷たい氷の女と言っても、今の須藤君にはさしもの情けをかけるのか、そんなクラスメイト達の視線が集まる。
「あなたの何が原因でこんな事件が起きたのか、それはわかっているわね?」
そんな視線をぶった切るような、強い口調で須藤君を叱責する。
「ああ……。俺がいっつもすぐに逆ギレする、凶暴なヤツだったからだ」
「いや、でも悪いのはやっぱり相手の方なんじゃないかな?」
困惑したように呟いたのは櫛田さんだったけれど、その発言は大きな間違いだ。須藤君もそれがわかっているからこそこうやって私たちに頭を下げたのだ。
「どちらのクラスが先に仕掛けたか。それとこれとは話が別よ。須藤くんがそもそも普段から品行方正とは言わずとも、誰彼かまわず噛みつくような生徒じゃなかったら、今回のような事件は起きなかった。たとえ今回の事件で処罰を免れようと、須藤くんの意識が変わらなければ、また同じような事件が起きる」
一切の反論を許さないド正論。須藤君も目を伏せるしかなくなる。
例えばクラスにボコボコに殴られた生徒がいたとして、容疑者に上がったのが櫛田さんと須藤君の2人とした場合、どちらが強く疑われるかなど考えるまでもない。
「でもまぁ……あなたの気持ちは汲むつもりよ」
そう言って私の方を見てくる。さしもの堀北さんも、須藤君の無念には慮るものがある。
あの堀北さんが譲歩する姿勢を見せたことで、クラスの雰囲気も須藤君を守ろうという風潮に変わっていく。そんな絶好の機会を、平田君が見逃すわけがない。すかさず立ち上がり、教室を見回す。
「僕は、須藤くんを助けたい。彼は大事なクラスメイトで、僕たちの仲間だ」
強く拳を握りしめ、力強い言葉で協力を表明する。もはや善意と決意しか宿っていないその言葉に、多くのクラスメイト達が感化されたようだった。
「私もサンセー。悪いのは絶対にDクラスでしょ」
軽井沢さんもまた参戦する。Cクラスの女子をまとめ上げる彼女が須藤くんを助けると宣言するなら、クラスの約半数が味方となる。
残るは男子だけれど、こちらについては全く心配していない。なぜなら――。
「私も、須藤くんを信じるよ! お友達だもんっ」
櫛田さんが名乗りを上げないわけがないからだ。Cクラスのアイドルに、須藤君を見捨てる選択肢など存在するはずもない。そしてそしてCクラスのアイドルである彼女にこそ、男子たちはついていくのだ。
「まったくしょうがないなぁ須藤は。まっ、友達として助けてやるよ」
「……悪いな、寛治」
池君も賛同し、須藤君を助ける方向でクラスがまとまる。あとは具体的な方針を固めていくことだ。
◇
昼休み、私、軽井沢さん、櫛田さん、平田君、そして須藤君の5人で教室にいた。この暴行事件に対してどう振舞っていくかを話し合うためだ。ちなみに堀北さんがいないのは群れるのが嫌だからとのこと。話し合いぐらい参加してほしいのが本音である。
「んで、これがDクラスの言い分ね」
昨日生徒会室から持ち出してきたこの事件に関する報告書を見せる。順々に読みまわしたけれど、みんな読み進めるにつれてどんどん渋い顔になっていった。Dクラスの供述は須藤君のものとまるで正反対、自分たちに非は一切なく、須藤君が一方的に暴力を振るってきたとしている。共通しているのは須藤君から暴力を振るったことぐらいだ。
みんなが報告書を読み終わったタイミングで、また口を開く。
「おそらくだけど、須藤君には今日中に学校側から事情聴取が入ることになる。Dクラスと言い分がまるで違っているから、生徒会を間に挟んで審議が行われるだろうね」
「ねえ、私たちも嘘ついちゃえば? 向こうが先に殴りかかってきたって」
「それはやめといたほうがいいと思う。事情聴取は須藤君1人だけに行われるだろうし、もしそこで嘘がバレれば停学処分じゃすまない。多分退学になる」
そうなれば審議など待たずしてゲームオーバー。須藤君だけじゃなく私たちも処罰の対象になるかもしれない。
「僕たちに出来るのは、審議までに少しでも須藤君に有利な情報を集めること、か」
「……ねえ、これおかしくない?」
「え、おかしいって?」
「いやさ、向こうって黒華さんを暴力で脅すようなヤツなんでしょ? そんなヤツが須藤君に一方的に殴られるって変じゃない? 反撃ぐらいしてくるでしょ」
確かに。軽井沢さんの疑問は的を射ているように思えた。須藤君は男子の中でもかなり体格がいい方だけれど、3対1でここまで一方的な喧嘩になるとは思えなかった。
「確かに、アイツらまったく反撃してこなかったな」
「え、じゃあ反撃してこない相手をここまで痛めつけたの?」
報告書にある写真や診断書を須藤君に見せる。
「……いや、俺はここまでやってねえな。そもそも俺は腹は殴ってねえ」
須藤君が指さしたのは石崎君の診断書。確かに腹に打撲痕が確認されているけれど、須藤君はあくまで顔面だけ狙ったとのこと。それはそれで相手を傷つけようとした意志が大きいと判断されそうだけれど、妙な話ではある。
「これ、考えたくはないけど須藤君はハメられたのかもね。バスケ部の話はあくまでも須藤君を呼びだすための建前。目的は須藤君を煽って暴力を振るわせること。それなら辻褄があう」
「でも、Dクラスはなんでこんなことするのかな?」
暴力などとはまるで無縁そうな櫛田さんが首を傾げる。
「僕たちCクラスのクラスポイントを減らすため、かな」
確かにそれはあるかもしれない。けれどDクラスのポイントも犠牲になる可能性があるし、確実性に欠ける。Dクラスのリーダーである龍園君は、中間テストが告知された途端に手下に私を尾行させるような狡猾な人間だ。そんな人間がクラスポイントのためにとる手段としてはしっくりこない。
「他にも目的があったかもね。そもそもこの学校が暴力をどこまで容認するのかを確認したかった、とか、どんなリアクションを起こすのかとか」
「うわぁ……悪質だわ」
「でも、ありそうな話だね。僕たちはまだ学校のシステムを完全には把握できていない。けれどこんな手段を取ってくるなんて……」
まぁ、もうちょっと真っ当な手段で集めろよとは確かに思う。DクラスはBクラスにもなにやらちょっかいをかけていたようなので、それも目的があってのことだったんだろうな。
「私たちがやるべきことって、やっぱり目撃者を探すことなのかな? 石崎くんたちが須藤くんに脅迫してたって証言があったら、きっと須藤くんも処罰されずに済むよね」
「僕も櫛田さんの意見に賛成だよ。けど……」
「けど?」
「その、気を悪くしないでほしいんだけれど、須藤くんが処罰されずに済むってことはないと思うんだ」
「え、なんで? 悪いのは向こうでしょ?」
「それは否定しない。けれど、脅迫されたからといって暴力を振るっていいなんて法律、日本にはないんだ」
平田君の言う通り、どんな事情があれ暴力が容認されるのは正当防衛と判断される範囲まで。
たとえ殺すぞと包丁を持って脅迫されても、自分から仕掛けては処罰の対象になる。もちろんその事情は考慮されるけれど、無実とはいかないのが現実。
「梨愛ちゃんもそう思う?」
「まぁ、須藤君の無実を勝ち取るのはかなり厳しいだろうね」
たとえ今回の事件がDクラスによって意図的に引き起こされたものだと判明しても、須藤君には必ず処罰が下る。無実を勝ち取りたいのなら、Dクラスに訴えそのものを取り下げてもらうしかない。
「そんな……」
まるで自分のことのように櫛田さんが落ち込む。
「落ち込んでばかりもいられない。目撃者探し、審議対策、やれることを時間いっぱい使ってやろう」
審議までそれほど長い猶予がとられるとはとても思えない。残念ながら時間は向こうに味方している。
◇
放課後、須藤君が茶柱先生に呼び出されたのを見届けた私は、校舎内にある情報資料室に来ていた。この部屋は文字通り『生徒に見られても問題がない』資料を保管する部屋で、一般の生徒が許可なく立ち入れる場所ではない。
もちろん生徒会役員たる私もそれは同じだけれど、『生徒総会に備えて必要な資料を参照するため』とでも言えば入室も簡単に許可される。嘘も言っていないので問題はない。ただちょっと間違った資料を目にすることになっただけ、それだけなの。
「使えるものはなさそう……」
これまでに生徒会が仲裁した案件の議事録なんかを床に広げ、役に立ちそうな情報を集めようとしたけれど、明確な証拠が出たり、もっと小規模な事件だったりと、今回の事件と類似するケースはあまり発生していないようだった。
処罰については、基本的には停学とかプライベートポイントの没収がメインだ。
クラスポイントが差っ引かれることも考えると、当事者に与えられる罰則としては大抵の場合その程度で済むらしい。役に立つかどうかはわからないけれど、これまでの暴行事件に関する資料の写真を撮っていく。
(さてどうしようかな)
一通り目を通した後、私は考え込む。
一応今回の暴行事件をどう解決するかについては1つだけ方法を思いついた。
けれどこの方法はかなりリスキーでもある。私が直接助力できない以上欲しい結果を得られるかどうかは完全に賭けになるし、狙いがバレたらどんな逆噴射が起きるのかわからない。
予備のプランが欲しいところだけれど、他にいい方法は浮かんでは消えていくのが現状。
「しょうがないからこの方法で何とかしよう」
幸いにもCクラスには櫛田さんという頭のいい天使がいる。状況さえ整えば、成功率は格段に引き上げられるはずだ。