ようこそ狂愛主義者のいる教室へ   作:トルコアイス弐号機

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17話

 翌朝、SHRの時間になると、茶柱先生による今回の暴行事件の通達がなされた。

 

「今日はお前たちに連絡がある。先日学校内でトラブルが起きた。そこに座っている須藤とDクラスの生徒達との間で喧嘩が起きたようだ」

 

 普通なら突然の報告に教室は騒然とするだろうけれど、須藤君が暴行事件を起こしたことはすでに全員が知っていること。茶柱先生の淡々とした報告を黙って聞き入れる。

 

「もっと騒がしくなると思っていたが、随分落ち着いているな。黒華が前もって伝えていたのか?」

 

「いえ、須藤君が自分からクラスのみんなに謝罪したんです」

 

 私の返答に、茶柱先生が目を見開いた。須藤君が自分から暴力を振るったことを報告するとは夢にも思わなかったのかもしれない。

 

「そうか。須藤とDクラスの証言は食い違っているため事実は不明だが、自分の非に自分で気づけたというなら何よりだ。だが、本件は反省しているからそれで済む話ではないのはわかるな?」

 

「ああ、わかってる」

 

「現在、学校側の判断は保留となっている。どちらの話が真実なのかで、処遇も対処も変わってくるからな。須藤の話では目撃者がいる可能性があるそうなので、学校側として目撃者を捜索中だ。このクラスにいるなら挙手してもらえるか」

 

 クラスの誰も手を挙げない。

 正直このクラスに目撃者がいたとしても判決に大きな影響が出るかどうかは不明だ。身内から目撃者が出たとして、その証言を学校側が簡単に信じるとは思えない。なにかしらの証拠を要求されるはず。

 目撃者として理想的なのは上級生、次にAかBクラスの生徒だ。

 

「どうやらこのクラスにはいないようだな。今頃他のクラスでも同様の説明がされているはずだ。被害を抑えたければ、お前たちなりに今回の件に取り組んでみることだ」

 

 曖昧なアドバイスを残して教室を出ていく。目撃者探しなんて警察みたいなこと生まれて初めてなので、なにがしかの具体的な助言が欲しかったところだ。

 まぁこういうところも生徒の実力が出ると云々かんぬん言って誤魔化されるのが目に見えているけれど。

 

「みんな、ちょっといいかな。昨日の昼休みに、1週間後の審議をどう乗り切るかを考えてみたんだ」

 

 教壇に立った平田君が昨日の昼休みに話した内容をまとめてクラスのみんなに伝える。部活に参加している人は上級生にあたってみること、そうでない人は他クラスの生徒に話を聞いてみること。学校の性質上他クラスに友達を持っている生徒は多くないけれど、決していないわけじゃない。もしかしたら自分が目撃者であることを秘匿しているような生徒も見つかるかもしれない。

 そういうわけで、クラスの人員は主に目撃者探しに充てられることになった。私は他クラスに友達と言える生徒は、Bクラスの一之瀬さんと彼女と特に仲のいい生徒ぐらいしかいないし、Aクラスの生徒は坂柳派はともかく、葛城派は私のことを強く警戒している。そのため私は目撃者探しでは力になれない。

 

「この事件が教室で起こった喧嘩ならよかったんだけどな」

 

 後ろで綾小路君がそんなことを呟いた。

 

「そうね、教室には監視カメラがついている。今回の事件に対して判断を保留にしているということは、事件の起きた特別棟には監視カメラはついていないってことよね」

 

 この学校には死角なんてないんじゃないかと思うほどに大量の監視カメラが設置されている。特別棟はその数少ない死角の1つだ。

 防犯が目的なのか、生徒を監視するのが目的なのかは知らないけれど、あえてわかりやすい死角を作っているのは、学校側からの『悪事を働くならここでやれ』という意図を感じずにはいられない。国主導のこの学校が時には汚い手を使うことを推奨していると思うと、なんというか大人の世界がどれだけ殺伐としているのか思い起こされて嫌になる。この学校のカリキュラムを終えた私はちゃんと真っ当な人間として社会に飛びだてるのか正直疑問だ。

 

「本当に監視カメラがついていないか念のため確認に行かないか? そうでなくとも何か手がかりが残ってるかもしれない」

 

 珍しく綾小路君から現場検証の提案がなされる。この自称事なかれ主義者は絶対に私たちに任せるだけ任せてフェードアウトしていくと思っていた。

 

「そうね。どちらにせよ現場検証は必要でしょうし」

 

 私としても断る理由はないため、今日の放課後は3人で特別棟へ調査に行くことが決まった。

 

 ◇

 

「あっつ!」

 

 放課後の特別棟は息苦しさを感じるほどの熱気が充満していた。基本的にこの学校は建物の中なら冷房が効いているため日中でも快適に過ごせるんだけれど、この特別棟は頻繁には利用しない設備が揃っているせいか、放課後は冷房が切られていた。おかげで特別棟は蒸し風呂状態である。

 

「やはりここに監視カメラはないみたいね……」

 

 暑さには強いのか、涼しげな様子の堀北さんの言う通り、事件現場には監視カメラは設置されていなかった。一応天井付近にコンセントは取り付けられていたけれど、それだけ。まぁ監視カメラがあったならこの事件が学校中を巻き込むようなものになるはずもない。

 

「監視カメラがあればそれで終わりだったのにな」

 

 綾小路君が残念そうにつぶやく。

 何度も何度も制服の袖で額や首をぬぐう綾小路君はすでに汗だくで、長居すれば熱中症になりかねない様子だ。

 

「せめて、せめて換気しよう」

 

 外の空気を取り込めばこの暑さも少しはマシになるかもしれない。私は救いを求めるようにフラフラと窓際に近づき、一気に窓を開け放った。

 

「アバババババババババババ」

 

 即座に窓を閉め切る。

 窓を開いた瞬間、凄まじい熱気を伴った風が流れ込んできた。顔面に熱風を浴びた私の体温は急上昇し、少しでも体温を下げようと猛烈な勢いで汗が噴き出す。ダメだ、これ以上ここにいたら確実にぶっ倒れる。

 

「ねえ、もう帰らない? ここには何にもないよ」

 

「オレももう限界だ……」

 

「そうね、もう行きましょうか」

 

 茹だるような暑さにリタイア宣言し、3人で特別棟を出ようと階段を下りる、が、そこで見覚えのある生徒がやってきた。

 

「あっ」

 

「あれ、佐倉さん、だよね」

 

 後ろで2つにまとめた髪と眼鏡は、佐倉愛理さんだ。同じCクラスの女子生徒。デジカメを持って気まずそうに私たちを見てくる。

 

「あ、そのこれは、写真を撮るのが趣味で、それで……」

 

「はぁ……?」

 

 思わず気の抜けた声が出た。

 別に私たちは何も聞いていないけれど、佐倉さんは焦った様子でまくし立ててくる。

 

「趣味って、どんな写真を撮るんだ?」

 

「えっと、廊下とか、窓から見える景色とか。あ、あの、もう行きますね」

 

 それだけ言って私たちから逃げるように背を向ける。私たちももう出るつもりだったけれど、お邪魔だったのかな? 3人で顔を見合わせていると、堀北さんが今しがたまで佐倉さんが立っていた場所を見やった。

 

「2人には言っておこうと思うのだけれど──」

 

 そう切り出し、

 

「佐倉さん、おそらく今回の事件の目撃者よ」

 

 結構重要な事実をここで伝えてくる。

 

「え、そうなの?」

 

「ええ、今朝先生が目撃者がいないか確認した時、佐倉さんだけは目を伏せていた。何か知っている人間でなければ、そんな反応はしないんじゃないかしら」

 

「はぁーなるほど。でもなんで今になって?」

 

「どうも佐倉さんは人付き合いが苦手のようだし、皆の前で彼女が目撃者だと暴露してしまえば、どんな反応をするかわからないでしょう? もしかしたら逃げ出してしまう可能性もあった」

 

 たしかに。

 現に佐倉さんはさっき私たちを見てそそくさとどこかへ行ってしまったわけだし。佐倉さんが目撃者だと判明すれば、きっとクラス総出で彼女に詰め寄っていたはず。

 

「とはいえ放っておくわけにはいかないし、誰かが話聞きに行かないとだね」

 

「黒華がやればいいんじゃないか? 適任だろ」

 

「いやぁーそれがどうも私、佐倉さんに避けられてるんだよねー」

 

 一応私はクラスメイトほぼ全員と友達と言えるような立場にいる。ただその唯一の例外が佐倉さんだ。多分入学してから会話した回数は片手の指の数もないと思う。一度私から話しかけた時は、すごい勢いで逃げられてしまった。もちろん私から何かした覚えはない。ただ漠然とした苦手意識を持たれている。

 それにどうも佐倉さんが私を見る目は……。

 なんというか、言語化するのが難しいけれど、どうも佐倉さんは私を『怖がっている』感じがする。確証はないけれど。

 

「あなた、佐倉さんに何かしたの?」

 

「失敬な! なんにもしてないよ! でもまぁ私が佐倉さんに話を聞きに行くのはやめといたほうがいいと思う。たしか桔梗ちゃんが佐倉さんと連絡先を交換してる貴重な人間の1人だから、桔梗ちゃんに頼むのがいいと思う」

 

「じゃあ、あなたから言っておいて」

 

「まぁそれはいいけど。ねえ、堀北さんってまだ桔梗ちゃんと喧嘩してるの?」

 

『目指せ! Aクラス同盟』を結んでいるのに、堀北さんと櫛田さんは未だに折り合いがよくない。私から見れば完全に堀北さんが原因に見えるけれど、櫛田さんも黙ってそれを受け入れている。それとなく探りを入れてみても、2人とも有耶無耶にして返してくるため、仲裁しようにもできないのが現状だ。

 

「何度も言っているけれど、あなたには関係ない話よ」

 

「はいはい。そうですねそうですね」

 

 今回も突っぱねられ、3人並んで特別棟の外に出る。

 まぁ佐倉さんについてはしばらく放っておくつもりなので問題はない。今佐倉さんを問い詰めようとも、あの様子では簡単には口を開かないだろう。

 だからこその放置だ。

 佐倉さんがどんな人間なのかはほとんど話したことがないから正確にはわからないけれど、今の彼女の心境はおそらく『自分が目撃者として名乗り出ればクラスを助けられるかもしれない。でも怖くてそんなことできない。臆病な自分が恥ずかしい、みんなに申し訳ない』と、まぁこんな感じかな。そしてその罪悪感は審議の日が近づけば近づくほど大きくなる。いっそ『無理して名乗り出ないでいいからね』と優しさと情けをチラつかせたほうがいいかもしれない。そうなれば心への負担はより増大するはず。

 

「あれ? 黒華ちゃん?」

 

 どこへともなく歩いていた私たちに声をかけてきたのは一之瀬さんだ。

 こんな時に特別棟に何の用だろう。

 

「おはよう一之瀬さん。こんな時に特別棟に用なんて珍しいね」

 

「にゃはは、実は用事があってきたわけじゃないんだよね。今朝CクラスとDクラスで喧嘩騒動があったって聞いて、ちょっと思うところがあったから現場に来てみたって感じ」

 

 つまり単純な好奇心でここにやってきて、私たちとたまたまばったり出会ったということ。

 Bクラスは中間テスト時に他クラスに全くと言っていいほど干渉していなかったけれど、今回の事件には首を突っ込むつもりなのか。

 

「黒華ちゃんがここに来たのも、現場検証のためでしょ?」

 

「そ──」

 

「仮にそうだとして、あなたに関係あるのかしら」

 

 肯定しようとした私の言葉を、敵愾心剝き出しの堀北さんが遮る。

 

「んー実は関係あるかないかで言われたら、あるんだよね。さっきBクラスに櫛田さんたちが来たんだけれど、なんでもCクラスが暴行事件を起こしたのはDクラスのせいだって言うじゃない? もしこの事件の裏に悪質な策略があったのなら、白黒はっきりつけるべきだと思って、私たちも捜査に協力することにしたの」

 

 ここに来たのもその一環で、私たちが特別棟にいることも櫛田さんに聞いたことだと言う。櫛田さんに確認すればすぐにバレる嘘をつくとも思えないので、一之瀬さんが言っていることは多分本当のことだ。

 それぐらい堀北さんにもわかっていると思うけれど、チラリと伺った彼女の横顔は苦々しげだった。多分勝手にBクラスの生徒との協力を取り付けたことに腹を立ててるんだろうな。

 

「なにか裏があるようにしか思えないわね」

 

 まぁそれは完全には否定しない。Bクラスからすれば私たちは背後を脅かす敵、むしろDクラスに叩き潰された方が得と言えば得になる。もし櫛田さんたちと協力を取り付ける際、見返りにポイントを寄こせなどと契約されていれば、Cクラスは余計な出費を迫られることになる。けどまぁこの心配は多分無用だ。櫛田さんがそんな契約を勝手に交わすとは思えない。必ず私たちに話を持ってくる。

 

「にゃはは、そう思うのも無理ないよね。うーんそうだなぁ、実はDクラスには私たちもお世話になったんだよね。悪い意味で」

 

 苦笑いしながら、BクラスとDクラスの間で起こった小競り合いについて説明してくる。どうもDクラスはいろいろと際どい手段を好む傾向にあるらしい。

 

「もし今回の事件もDクラスの仕業だとしたら、今のうちにしっかりと釘を刺しておかないとまずいでしょ? ここでCクラスが負けちゃったら、また同じような嫌がらせをBクラスにもやってくるかもしれない」

 

 一之瀬さんの言う通り、ここで須藤君が停学になってしまえば、また誰かをターゲットにDクラスは嫌がらせを仕掛けてくるはず。悪ガキにはそろそろお灸を据えなければいけない。

 

「わかったわ。あなたたちにも協力してもらうことにする」

 

「じゃ、決まりだね。えーっと」

 

「堀北よ」

 

「堀北さん、ね。そっちの男の子は?」

 

「綾小路だ」

 

「堀北さんに綾小路くん、だね。よろしくね」

 

 簡素な自己紹介を交わし、Bクラスと協力してこの事件の解決に臨むことが決まる。

 ちなみに一之瀬さんとの連絡役はまた私がやることになった。なんというか、ここ最近堀北さんのいいように使われている気がしないでもない。

 

 ◇

 

 翌日の放課後、授業が終わるなり席を立ち、早々に荷物をまとめ始めている佐倉さんの席へ向かう。私が近づいていることに気づいた佐倉さんは露骨に顔を強張らせた。

 

「えっと、佐倉さん」

 

「な、なんですか」

 

 目を泳がせ、手だけは忙しなく動かす佐倉さんを

 見て、私は彼女こそが目撃者だと確信する。正直Cクラスから出てきた目撃者なんてどれほど役に立つのかわからないけれど……まぁいないよりはマシなのは間違いない。

 

「無理しなくていいからね、佐倉さん」

 

「何のことですか、も、もう私行きますね。失礼します!」

 

 机の上に置いてあったデジカメを握りしめ、席を立って教室を出ていこうとする。取り付く島もないとはこのことだ。今の私と佐倉さんではもはや会話が成立しない。

 

「あっ!」

 

 用は済んだので、佐倉さんから目線を切った瞬間、小さな悲鳴と同時に何か硬いものが床に落ちる音がした。戻した視線に映ったのは、床に落ちたデジカメを拾い上げる佐倉さんと、適当な謝罪をする本堂君。勢いあまって本堂君とぶつかった結果、カメラを落としてしまったのかもしれない。

 

「そんな……映らない……」

 

 カチカチと何度も電源ボタンを押したり、電池を入れ替えたりした後、沈痛な面持ちで項垂れる。どうも落下の衝撃でデジカメが壊れてしまったみたい。よほど大事なものだったのか、呆然とした様子でペタリと座り込んでしまっている。さすがに申し訳ない気持ちになったので、一言謝罪しようと佐倉さんに歩み寄る。

 

「ごめんね佐倉さん。私が急に声をかけちゃったせいで……」

 

「い、いえ。大丈夫です……」

 

 私に話しかけられるや否や立ち上がり、急ぎ足で教室を出ていく。

 嫌われているとかそういう次元じゃないな。佐倉さんはほぼ初対面の私に強い警戒心を抱いている。

 

「…………」

 

 とある疑念が湧き出てくる。今はどうしようもないけれど、近いうちに必ず確認しておかないといけない。

 あまり嬉しくはない収穫を得つつ、席に戻ると堀北さんがなにやら話したげな様子で私を見ていた。

 

「どうしてあなたが話しかけたの? 佐倉さんには避けられていたんじゃなかったのかしら」

 

 佐倉さんを逃がした私にご不満なご様子で話しかけてくる。

 ほならね、あなたがやってみろって話ですよ。どんな会話術の天才でもあの佐倉さんの心をいきなり開くなんてこと不可能なわけですよ。それこそ櫛田さんでもね。

 

 ◇

 

 その日の夜、櫛田さんに電話をかける。決行の日は審議前の土日なのでまだ少しだけ日が開いているけれど、まぁ早ければ早いほどいい。

 

『もしもし? どうしたの梨愛ちゃん』

 

「んー今回の事件を解決するために、桔梗ちゃんにお願いがあってさ」

 

『なにかなっ。私にできることなら喜んで協力するよ』

 

 ここで拒否されたらむしろ困惑する。

 

「先に確認しておきたいんだけれど、桔梗ちゃんって事件起こしたDクラスの3人と仲良かったりする?」

 

『石崎くんたちのことだよね? ちょっと話するぐらいかな』

 

 つまり疎遠になってもそんなに困らない距離感、まさにベストな関係性だ。あとは私が今から話す内容を櫛田さんが受け入れてくれるかどうか。

 

「おっけー。ちょっと言いにくいんだけれど、桔梗ちゃんにやってほしいことを説明するね」

 

 作戦の概要だけを大まかに話す。細部を話すのは了承を得てからでいい。私の話を聞き終わると、櫛田さんはすぐには返事を寄こさず、ただ少しだけ息を漏らすような音が携帯から聞こえた。

 

『う、うまくいくかな』

 

「実は、私Dクラスに『お友達』がいてさ。協力してくれることになってるから大丈夫。一応当日なにが起こるか、いろんなパターンも考えてるしね。それに残念だけれど、私には須藤君を無実にする方法はこれぐらいしか思いつかなかったの」

 

 須藤君を救う唯一の方法だと、突きつけてしまえば、友達想いの櫛田さんはまず間違いなく私の作戦を受け入れる。まったく、打算ばかりで嫌になるけれど、しばらくの間は仕方がない。

 

『……どうかな、正直自信ないよ……』

 

 櫛田さんでも流石に渋るか。

 

「そう、だよね。こんなことしたらせっかくできた友達に嫌われちゃうかもしれないし……。じゃあ、こういうのはどうかな」

 

 悪魔の提案を櫛田さんに伝える。

 

『それは……けど、そんなことしたら梨愛ちゃんが……!』

 

「私はいいの。桔梗ちゃんにスパイみたいなことをさせちゃうわけだし、他クラスの生徒に嫌われるくらいどうってことないよ。これでもダメ、かな?」

 

『……梨愛ちゃんがそこまで覚悟してるってこと、だよね。だったら、私もやってみる」

 

 長考の末、櫛田さんは力強い返事を寄こした。

 これは僥倖だ。櫛田さんは他クラス目線での私の立場を気にしているようだけれど、邪道を好んで使うDクラス──というより龍園君には、前回の中間試験で偽の過去問を横流しした件も含め、私もそういった手段に精通していることをアピールしないといけない。櫛田さんの協力がなければ野村君がスパイであることがバレる羽目になるけれど、これならDクラスに爆弾を残した状態で夏休みの特別試験に挑める。

 なによりも大きいのはそう、『ナメられないこと』だ。これなら龍園君も私の話を呑んでくれるはず。

 いい加減暗躍も疲れた。私が得意なのはむしろカタログスペックが露骨に出てくる正攻法なのだ。

 

「ありがとう櫛田さん、じゃあまた明日ね」

 

「うん、またね梨愛ちゃん」

 

 櫛田さんの協力を取り付けたので、あとは最低限の仕込みを残すのみとなった。

 残念なのは今回の事件を解決したのが私であるとは明らかにされないことだ。もうある程度リーダーの座は確立されているとはいえ、まだまだクラスのみんなにはわからないことも多い。できれば夏休みの特別試験までに私の言うことには基本的に従うようにしておきたかったけれど、こればっかりは仕方ないな。


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