ようこそ狂愛主義者のいる教室へ   作:トルコアイス弐号機

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2話

目的地に着くと、乗客の多くを占めていた学生たちがぞろぞろとバスを降りていく。

 私たちには料金を払う必要がないので、特になにもせず運転手さんにお礼を告げてから、私もバスを降りる。

 地に足つけた私を出迎えたのは、天然石を連結加工したつくりの門と、『入学式』と書かれた立て看板。私がこれから通うことになる高校への入り口だ。

 

高度育成高等学校

 

 日本政府が主導で作り上げたという、これからの日本社会を支えていく若者を育成するための高校。私が生まれる10年以上前に設立されたこの学校は、事実として様々な分野で輝く人材を多数輩出していて、この学校の卒業生だという有名人はかなり多い。

 けれど不審な点もある。この学校の中で何が行われているかは完全に秘匿されているのだ。これまで各種マスコミが何度もこの学校の卒業生を取材するけど、誰も口を割らないという。

 合格した私たちにも、これからどんな教育が施されるかはまるで知らされていない。しかしそんな学校にも関わらず毎年この学校を志す中学生はとても多い。その理由は単純明快。この学校のみが持つ魅力のせいだ。進学率、就職率がほぼ100%というのはこの学校の謳い文句であり、他にはない唯一の特徴だった。さらに言えば授業費、入学費の一切が免除されていて、設備もあらゆる私立高校を遥かにしのぐとのこと。

 そんな高度育成高等学校の入学者数は毎年160人。たったこれだけの子供たちに日本という国家そのものから大きな期待がかけられているわけだ。

 その重圧は理解すれば相当の重みとなって押しかかってくるものだけれど……。

 とにもかくにも、毎年多くの学生がこの『勝利』への切符をめぐり、高校としては最大級の倍率を誇るこの学校に挑む。

 今私の周りにいる新入生はみな、その競争を勝ち抜いてきた『勝者』というわけだ。

 こうやって色々考えると、高揚感や期待で胸が高鳴る。

 

「ん~やはり私は今日も美しい」

 

 胸の高鳴りに水を差したのはつい先ほど聞き及んだ声。

 大きな門や周りの生徒には目もくれず、高円寺君は手鏡を見ながら自分の髪をいじっている。2本の触角を交互にねじねじしているが、私にはいったい何が変わっているのかさっぱりわからない。

 

無視しよう。

 

 初日から絡みすぎては私も変人認定されるだけ、あのバスには私と同じクラスの生徒がいる可能性だって十分あり得るのだ。

 

 

 案内に従って教室に向かいながら、これから過ごすことになる高校をいろいろ見回してみたけれど、やっぱりどこをとっても中学校とは違った。石畳の道は広々としていて、空いた空間には緑が植えられている。なによりも驚いたのが、門を潜り抜けたとたんに高さ十数階分はあるだろう建物がいくつも目に入ったことだ。中学校の校舎はせいぜい4階程度。しかも私の地元はど田舎そのもので、こんなに高い建物を目にする機会はほとんどなかった。思わず見上げていると首が痛くなりそうだ。

 清掃も行き届いていて、殊更ワクワクしながら教室へ向かっていると、後ろから声をかけられた。

 

「あのっ、ちょっといいかな?」

 

 立ち止まって振り返った私が見たのは細カチューシャをつけた茶髪の女の子。ちょっと幼い印象を受ける顔立ちで、クリッとした大きな目が可愛らしい。そしてなかなかの戦闘能力を備えた胸部装甲が視線を惹きつける。話しかけられた場所が場所なので、同じバスに乗っていたのかもしれない。首を少し傾げ、上目遣いでこちらを伺うその仕草はいかにも『手慣れて』いて、こりゃ男子が放っておかなさそうだ。

 

「どうしたの?」

 

「お礼を言いに来たの!さっきおばあさんに席を譲ってくれたよね!」

 

 ありがとう!とお礼を笑顔で告げてくる彼女に、私はすぐに反応することができなかった。

 なんでこの女の子がお礼を言いに来たのかわからなかったのと、こんな風に笑顔でお礼を言われるのが久しぶりだったからだ。

 たしかに私は立ちっぱなしが辛そうなおばあさんが心配になったし、車内の雰囲気も悪くなりそうだから、それを察して席を譲ることに決めた。

 いやまぁあのおばあさんを見かけたら、どちらにせよ私は席を譲っていただろうけれど……。

 見物人その1に過ぎなかったこの子がお礼を言ってくるのは筋違いに思えた。別に悪い気はしないけど、見当違いな感謝の気持ちにちょっと怯む。

席を譲っただけなのになぜこんなに注目されるんだろう、東京ではありえないことなのかな?

どう答えるべきかわからず、そうやって困惑していると、それを察したらしい女子生徒が私に一歩近づいてきた。

 

「私もおばあさんを座らせてあげたくて困ってたの。男の子は席を譲る気配がなかったし……。だからっ、そのお礼!」

 

 そう言われてもあまり納得いかなかってけれど、まだ訝しんでいるとただの失礼で無愛想な人間になってしまうので、とりあえず笑顔を作ることにした。

 

「ふふっどういたしまして」

 

「うん!ねぇ、よかったら教室まで一緒に歩かない?私、Dクラスの櫛田桔梗って言います」

 

そう自己紹介して隣に並ぶ。初対面の相手に対して随分と距離が近かったけれど、不思議と気にならなかった。

 むしろ気にならないことが少し気になるくらい。

 

「黒華梨愛です。私もDクラスだから、よろしくね」

 

「え、同じクラスなんてすごい偶然だね!よろしくねっ黒華さん」

 

こちらの顔を覗き込んで、見たこともない眩しい笑顔を向けてくる。

すごい偶然というけどクラスはAからDまでの4つしかないので、同じクラスになるかどうかは単純に25%。特段確率が低いわけじゃない。いちいち大げさに喜んでみせる櫛田さんに少し苦笑する。

 それは櫛田さんがちょっとおかしかったのと、脳裏に引っかかるなにかがあったからだ。

 

 

 教室の扉は自動ドアとかそんなことはなく、中学校と同じ、ガラガラと音を立てて開く同じタイプだった。いくらなんでも期待しすぎだったかもしれない。

 櫛田さんと一緒に教室に踏み込むと、新たな来訪者に多くの視線が集まる。

 

「見ろよあの子……!」

 

教室内にはすでに多くの生徒がいて、その一部はもう友達を作ったのか、話に花を咲かせていた。こちらを見て呟いたのはそんな風に雑談していた様子の男子生徒だ。私の隣に立つ櫛田さんを見て色めき立つ。

 

「私の席はあそこみたい。黒華さんはどこかな?」

 

「えーっと、あそこだ。ちょっと遠いね」

 

 黒板には生徒の座席を示す大きな紙がマグネットで張り付けられていた。私の席は窓側から2番目、後ろから2番目という絶妙に惜しい位置。できれば窓際1番後ろの席がよかった。

 その席にはすでに男子生徒が座っていて、その隣、つまり私の席の後ろにも女子生徒がいた。黒板で名前を確認してみると、男子生徒の方は綾小路、女子生徒の方は堀北というらしい。苗字しか載っていないので名前まではわからない。

 

「うーん残念っ、でも同じクラスならまたすぐ仲良くできるよね!またねっ、黒華さん」

 

「うん、また後で」

 

 櫛田さんは自分の席に向かうなり周りの生徒に声をかけた。

 教室につくまで、取り留めもない雑談を櫛田さんとしていたけど、あの子は本当におしゃべりが『上手い』

その恵まれた容姿も相まって、すぐにこのクラスのアイドル的存在になりそうな予感。

 

「おはようっ!」

 

 私も自分の席に着くなり、明るい声で後ろの堀北さんに挨拶してみる。挨拶はコミュニケーションの基本、ここで黙って席に座るのと、一声挨拶するのとではその人の印象が大きく変わる。

 けど、笑顔で返事を待つ私に対して堀北さんは一切リアクションを示さない。呼んでいた小説のページをぺらりと捲る様子から、もしかしたら他の人に話しかけたと勘違いしたのかもしれない。

 人間ってけっこう声の方向というか、意識に敏感な生き物だから気づくと思ったんだけどなぁ。

 

「おはよう!」

 

「聞こえているわ、何度も話しかけないで」

 

「ええ!?」

 

 どんなにコミュニケーション能力の低い人でも、自分に声をかけていると知れば目を向けるなり、逆に意識を背けるなりで、なんらかのリアクションを返してくるけど、まさか自分が挨拶されていると知ったうえで無視を決め込むとは。

 思わず大声を出してしまった私をじろりと一瞥すると、すぐに読んでいた小説に目を落としてしまった。ここまで拒絶されると傷つく前に困惑する。

 

「おいおい、さすがにその対応は冷たすぎるだろ」

 

 思わず立ち尽くす私にフォローを入れたのは隣に座る男子生徒、綾小路君だ。茶髪に、けっこう整った顔立ちを、覇気のない目がちょっと台無しにしていた。

 

「彼女と話す必要性がないもの」

 

「もう一度言うが、前の人の名前も知らないのは不便だろ。あっ、オレは綾小路清隆だ、よろしくな。こっちの堅物は堀北鈴音だ」

 

「勝手に私の名前を教えないでもらえるかしら?出会ったばかりの人のプライバシーすら守れないの?」

 

「あはは……私は黒華梨愛っていうの。よろしくね、堀北さん、綾小路君」

 

 綾小路君はなぜか堀北さんの名前まで知っていた。もしかしたら同じ中学校の同級生とかだったのかもしれない。それにしても、話す必要性がない、か……。

 

「黒華って今朝老婆に席を譲ってたよな?」

 

席に座った私に、綾小路君が唐突に話を振ってくる。

またその話か。

 

「うんそうだよ。てことは同じバスだったんだね、気づかなかったよ」

 

「黒華は目立ってたからな。なんで席を譲ることにしたんだ?」

 

褒められた、お礼を言われたと思ったら今度は質問か。

 

「なんでって特に深い理由はないけど? ただおばあさんが立つのも辛そうだったから、譲ったってだけ。もうこの話実は3回目なんだけど、そんなに不思議だった?」

 

「まぁそうだな。オレは事なかれ主義だから、黒華みたいに目立つことをする理由がわからなかったんだ」

 

 事なかれ主義。初めて聞く言葉だけれど、どんな人のことを言うのかはわかった。そういう人って物静かな人って通り一遍の表現しかできなかったけれど、わかりやすくていいな。

 

「何もせずに平々凡々な生活を送りたいってこと?」

 

「その通りだ。黒華は理解してくれるようでよかった」

 

「まぁそういう人は一定数いるよね」

 

「だよな。いやぁ黒華はどこかの誰かとは大違いだな」

 

どこかの誰かが堀北さんのことを指してるのは一発で分かったけれど、当の本人は気にした様子もなく読書にふける。

 これは必要性のない会話ということらしい。

そうこうしていると、また教室の扉が音を立てて開かれた。私と綾小路君は新たな来訪者を確かめようとして、そして目を丸くする。

 

「中々設備の整った教室じゃないか。噂に違わぬつくりにはなっているようだねえ」

 

 いや同じクラスかい!

 らしくもないツッコミが心の中で炸裂する。やってきたのは高円寺君だ。自分の席にどっかりと腰を下ろすと、両足を机の上に乗せ、カバンから爪とぎを取り出し、鼻歌を歌いながら気ままに爪の手入れを始めた。周囲の喧騒や注目などどこ吹く風、周りのことなどまさに空気かなにかのように行動している。

 突如教室に現れた変人に、クラスのみんながドン引きしている。

 私も当然その一員だ。

 

「またすごいのが入ってきたな」

 

「もしかしたらクラスごとにバスが違うのかもね」

 

というかそうじゃなければ運命のいたずらすぎる。

 

「今日は厄日ね。短時間でこんなに不運が重なるなんて」

 

 いきなり口を開いたのは堀北さんだ。読んでいた小説にはいつの間にか栞が挟まれ閉じられていた。これは独り言なのか話しかけてきたのか、非常に判断しかねるなぁ。

 

「不運って?」

 

「よりによって再会したくないと思った人とばかり同じクラスなことよ」

 

 そう言ってなぜか、私と綾小路君を見る。

 一体なぜ私がその再会したくない人というやつに含まれているのか、堀北さんを問いただしたくなったけど、そんな間もなく始業を告げるチャイムが鳴った。そしてほぼ同時にスーツを着た1人の女性が教室へと入ってくる。少し長い髪をポニーテールでまとめた、真面目そうな顔立ちの人だけど、着こなしたスーツはなぜかセクシーな胸元がチラ見えしていた。

 どう見ても聖職者として健全とは言い難い姿だけれど、あれはわざとなの?それとも気づいてないの?

 彼女はそんな私の怪しむ視線を気にした風もなく、ツカツカと教壇に上がると、着席するよう呼びかけた。

 

「えー新入生諸君。私はDクラスを担当することになった茶柱佐枝だ。普段は日本史を担当している。この学校には学年ごとのクラス替えは存在しないから、卒業までの3年間、私が担任としてお前たち全員と学ぶことになると思う。よろしく。今から1時間後に入学式が体育館で行われるが、その前にこの学校の特殊なルールについて書かれた資料を配らせてもらう。既に合格通知と一緒に配布してあるがな」

 

 前の席から資料が回ってくる。先生の言う通り、家に合格通知が届いたときに学生手帳と一緒に封筒に入れられていた学習要覧だ。私はこの資料はまだ斜め読みしただけなので詳細はちゃんと覚えていないけれど、校則や学年歴などが書かれていたはず。ほかにもこの学校独自のルールが定められていて、何より驚いたのはこの学校に通う生徒全員に敷地内にある寮生活を義務付けるとともに、在学中はごく一部の例外を除いて肉親を含む外部との連絡の一切が禁じられている点だ。当然、敷地内から勝手に出ることも禁止されていて、破ればなんと即退学という厳しさ。本来であれば相当不便だけれど、この学校の敷地内にはその不便さを補ってあまりある多種多様な施設が数多く存在するらしい。カラオケやシアタールーム、カフェ、ブティック、ほかにもいろいろ。その広大さは相当なもので、学生手帳の最後のページに載っていた地図を見て度肝を抜かれたのを覚えている。学校の中に街があるというより、街の中に専用の学校が建てられていると言った方がしっくりとくる。

 そしてそんな各種施設に使う金銭の代わりとなる重要要素が『Sシステム』だ。

 

「今から配る学生証カード。それを使い、敷地内にあるすべての施設を利用したり、売店などで商品を購入することが出来るようになっている。クレジットカードのようなものだな。ただし、ポイントを消費することになるので注意が必要だ。学校内においてこのポイントで買えないものはない。学校の敷地内にあるものなら、何でも購入可能だ」

 

 こちらは先生が1人1人に配っていく。アルファベットと数字の入り混じった学生証番号や、生徒の顔写真などが載ったシンプルなものだけれど、つくりはしっかりとしていてどこか高級感があった。

 これからはこのカードが私たちの財布となるわけだ。なくさないようにせねば。

 

「施設では機械にこの学生証を通すか、提示することで使用可能だ。使い方はシンプルだから迷うことはないだろう。それからポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。お前たち全員、平等に10万ポイントが既に支給されているはずだ。なお、1ポイントにつき1円の価値がある。これ以上の説明は不要だろう」

 

 え、マジ……?10万円ポンとくれるの?

 衝撃的な言葉にクラスメイトたちで教室がざわつく。先生は今、私たち全員にいきなり10万円を与えたと言うのだ。

 急いで携帯を取り出し、専用のアプリを開いて確認してみると、『黒華梨愛』という文字の下に、

『100000PP』という数字。なぜPが2つ連なっているのかはわからないけれど、先生の言葉通り、私たちには本当に10万円が支給されたらしい。

 中学校時代の私のお小遣いは月々500円だったため、実に200か月分のお小遣いがもらえたということになる。気の遠くなるような数字に眩暈がした。

 

「ポイントの支給額が多いことに驚いたか?この学校は実力で生徒を測る。入学を果たしたお前たちには、それだけの価値と可能性がある。そのことに対する評価みたいなものだ。遠慮することなく使え。ただし、このポイントは卒業後は全て学校側が回収することになっている。現金化したりなんてことはできないから、ポイントを貯めても得はないぞ。振り込まれた後、ポイントをどう使おうがお前たちの自由だ。好きに使ってくれ。仮にポイントを使う必要がないと思った者は誰かに譲渡しても構わない。だが、無理やりカツアゲするような真似だけはするなよ?学校はいじめ問題にだけは敏感だからな」

 

 それだけ言って茶柱先生は教室を見回す。私を含め、多くのクラスメイト達は支給された金額の多さにまだ驚きを隠せないようだった。まぁそりゃそうだ。こんなことになるなんて思いもよらなかった。ハッキリ言って現実的な話じゃない。まさに夢のようだ。

 

「質問は無いようだな。では良い学生ライフを送ってくれたまえ。以上だ」

 

え?質問タイムなんてあったっけ?

言うだけ言って茶柱先生は退出してしまう。

いくつか疑問はあったけれど、まぁ後で職員室にでも行って聞けばいいか。

 

「思っていたほど堅苦しいところではないみたいね」

 

 また独り言のようだったけれど、振り返った私の方をちゃんと見てたので、話しかけたつもりらしい。正直分かりづらい。

 というかこれも必要性のある会話なのか。ていうか会話する必要性ってなに? 必要性がなかったら堀北さんは会話しないってこと? じゃあ堀北さんが今からしようとしている会話は必要性があるってこと? そもそも必要性のある会話ってなに? 会話というのは必要性がなければしないものなの?

アレ? 会話ってなに? 必要性って?

ダメだ、このままだとゲシュタルト崩壊を起こしそうな気がする。

 

「確かにね。この後も授業とかないし、てっきり初日からガチガチかと」

 

 今日は入学式が終わったら授業もなくそのまま解散の予定だ。まぁあらかじめ送っておいた私物の荷ほどきとか、これからの学校生活に向けた準備とか、いろいろやらなければいけないことがあるからその辺に対する学校側の配慮なのかもしれない。

 

「少し疑いたくなるわね。優遇されすぎよ」

 

 堀北さんの言う通り、ただの高校一年生に10万円支給するなど、いくら政府主導の高校とはいえ太っ腹というのを超えている。これが仮に全校生徒480人全員に支給されるなら、毎月4800万円がただ生徒が浪費するために消えることになる。年間だと6億に迫る。こうして冷静に考えてみるとありえないな。

 美味い話には裏があるというけれど、これが罠なのかサービスなのかはまだわからなかった。

 他のクラスメイト達は、疑う素振りなど見せず、出来たばかりの友達と何にポイントを使うかで盛り上がっている。彼らも彼らで、この学校にはもっとガチガチのガリ勉君が多いと私は思っていたけれど、全くそんなことはなく、フランクで気さくそうな生徒が多いように見える。

 

「………………」

 

 斜め前からものすごい視線を感じる。視線の主は綾小路君で、そっちの会話にいれてほしいという圧力をひしひしと感じる。

 

「綾小路は――」

 

「皆、少し話を聞いて貰ってもいいかな?」

 

私から綾小路君への慈悲を遮ったのは、爽やかな男の声だった。好青年といった雰囲気の男の子で、一言でいうとイケメンだ。いい子ちゃんなのか、手を挙げながら言葉を続ける。

 

「僕らは今日から同じクラスで過ごすことになる。だから今から自発的に自己紹介を行って、一日も早く皆が友達になれたらと思うんだ。入学式まで時間もあるし、どうかな?」

 

 相当ハードルが高いことを言い放った男子生徒に私は素直に感心した。

 クラスの人と仲良くなりたい、友達が欲しい。これまでと打って変わって環境が変わる日本の高校一年生のほとんどがまず心配するのが、友達ができるかどうか。私もネットで調べまくったからよくわかる。だから大抵の生徒はまず自分の席近くの生徒に声をかけ、まずその人と友達になる。この場合声を掛けられるほうも友達を欲しがっている場合がほとんどなので、これはたいてい成功する。そう、私と堀北さんと綾小路君のように。

そしたらまたその周りの生徒、また周りの生徒と――そんなサイクルを経て友達の輪は広がっていく。だから、こんな風に入学初日に声を挙げ、一気に友達を作ろうとするのは多くの人が思い付きこそすれ、実行するのは難しい。とても大きな勇気が必要になるうえ、知り合いのいない環境というのは人を委縮させるからだ。皆の視線を一身に浴びるその男の子は、その勇気を持った逸材のようだ、単にコミュニケーション能力が高いだけではない。みんなと仲良くなりたい、なってほしいという思いやりがなければそう呼びかけるのは難しい。

 

「賛成ー!私たち、まだみんなの名前とか、全然わからないし」

 

 1人の女の子が賛同したことで、俺も私もとクラス内で自己紹介をする流れができあがる。ハードルの高い一番手は例の男の子が引き受けるようだ。

 

「それじゃあ僕から自己紹介するね。僕の名前は平田洋介。中学では普通に洋介って呼ばれることが多かったから、気軽に下の名前で呼んで欲しい。趣味はスポーツ全般だけど、特にサッカーが好きで、この学校でも、サッカーをするつもりなんだ。よろしく」

 

 スラスラと文句のつけようがない自己紹介を平田君が終え、大きな拍手がクラス内で沸き起こる。

 さわやか系のイケメンフェイスに加え中学からサッカーをやっていると来た。多くの女子生徒が彼に好意的な視線を向けてるし、こりゃ入学初日からクラス内の女子で争奪戦が始まるだろうな。

 櫛田さんがDクラスのアイドルなら、平田君はスターといったところ。

 平田君の自己紹介が終わり、端の人から順に自己紹介を進めていくことになった。あまり気の強い人じゃないのか、途中で自己紹介が詰まってしまった井の頭という女子生徒や、山内君という男子生徒はジョークなのか虚言なのか判断しかねる自己紹介をしていた。

ほどなくしてこの学校で私が初めて話した櫛田さんの番が回ってくる。

 

「私は櫛田桔梗と言います、中学からの友達は1人もこの学校には進学してないので1人ぼっちです。だから早く顔と名前を憶えて、友達になりたいって思ってます」

 

櫛田さんはさらに付け加えた。

 

「私の最初の目標として、ここにいる全員と仲良くなりたいです。みんなの自己紹介が終わったら、ぜひ私と連絡先を交換してください」

 

全員と仲良く……ね。

最初の目標にしてはなかなか大きな目標を掲げながら櫛田さんは自己紹介を締めくくる。

櫛田さんの後、ややハードルが上がった自己紹介が突如中断されたのは、背の高い、髪を赤く染めた男の子の番だった。

 

「俺らはガキかよ。自己紹介なんて必要ねえよ。やりたい奴だけでやれ」

 

 殺気を振りまきながら赤髪の男の子が平田君をにらみつける。

 まぁ自己紹介に高いプレッシャーを感じる人も少なからずいるものだし、悪気なんてなかっただろうとはいえ、自己紹介を強制するような空気を作り上げた平田君には、何の非もないかと言われれば、別にそんなことはないけれど……。

 とはいえあんまりと言えばあんまりな対応を続ける赤髪の男の子にクラスの雰囲気が若干悪くなる。

居た堪れなくなったのかわからないけれど、結局赤髪の男子生徒は教室を出て行ってしまった。この後入学式だけど、それまでどこで過ごすつもりなのか。彼が出ていったのは一部の生徒にとってちょうどいい機会になったようで、馴れ合いを嫌うのか、何人かが続いて教室を出て行ってしまう。堀北さんもその1人だ。

 少し自己紹介がしづらくなったけれど、平田君はすぐに空気を持ち直し、自己紹介を再開する。どうしても彼女が欲しいらしい池君とか、いろいろな生徒が自己紹介を続けているうちに、あの男の出番がやってきた。

 いったいどんな自己紹介をするつもりなのか……。

平田君から自己紹介をお願いされた彼は貴公子のように微笑むと、なんと足を机の上で交差させるという衝撃的なポーズのまま自己紹介を始めた。櫛田さんはクラスのみんなと仲良くなりたいのなら、当然彼とも仲良くなる必要があるわけだけど、いったいあの変人とどう接するつもりなのか、ぜひ教えていただきたい。

 

「私の名前は高円寺六助。高円寺コンツェルンの一人息子にして、いずれはこの日本社会を背負って立つ人間となる男だ。以後お見知りおきを、小さなレディーたち」

 

クラスではなく、あくまでも女の子にだけ自己紹介をする。教室の生徒はみな私を含めて、なんだこいつは……といった怪訝な視線を高円寺君に向けていた。しかしそんな反応はどこ吹く風、言葉を続ける。

 

「それから私が不愉快と感じる行為を行った者には、容赦なく制裁を加えていくことになるだろう。その点には十分配慮したまえ」

 

「えぇっと、高円寺くん。不愉快と感じる行為、って?」

 

親睦を深めるはずの自己紹介の場におよそふさわしくない物騒な言葉が流れたことを不安に感じたのか、平田君が聞き返す。

 

「言葉通りの意味だよ。しかし1つ例を出すならば、私は醜いものが嫌いだ。そのようなものを目にしたら、果たしてどうなってしまうやら」

 

高円寺君なりのモテ仕草なのか、ファサッと長い前髪をかきあげる。もちろんそんな仕草にキュンとする女の子など1人もおらず、クラスに突如出現した変人にみな警戒するだけ。バスの中で席を譲って正解だったな……。

高円寺君の独特すぎる自己紹介にクラスの雰囲気がおかしなことになるも、平田君によるスムーズな進行が行われる中で霧散する。

そうこうしているうちに、ついに私の番がやってきた。そういえば、何を話すか全く考えてなかったな。

 

「黒華梨愛です。趣味は料理で、せっかくの寮生活なのでクラスのみんなと仲良くなったら、一緒に料理を作ってみたり、食べたりしたいなって思ってます。よろしくっ」

 

我ながら即興にしてはいい自己紹介ができたんじゃないだろうか。料理できる女子というのはそれだけで価値があり、クラスの一部男子が私を見て女の子の手料理が食べれるとはしゃいでいた。

いやまだ食べれると決まったわけじゃないんだけど……。

 

「黒華さん、料理ってどういったものを作るのかな?」

 

デキる男はやはり違う。平田君は自己紹介一つ一つとって話を膨らませようとしてくれる。

 

「本当にいろいろかな、和食、中華、イタリアンにフランス料理。あとお菓子とか作ったりするよ、ケーキとか」

 

「え、じゃあバレンタインもチョコ作ってきてくれるってこと!?」

 

どこからかそんな叫び声が聞こえる。

 

「ふふっ、そうだなぁ本命のチョコはこだわりたいかなぁ」

 

「「うおおおおおお!」」

 

 雄たけびをあげるのは山内君と池君の2人

人目も憚らず叫んでいるのを見るに、実に頭が悪そうだ。あの2人に本命チョコを渡すことはなさそうだなぁ。

平田君が私にお礼を言って締めると、またすぐに次の人に自己紹介の出番が回る。

そうして話を聞いていると、自己紹介も遂にラスト、綾小路君の番まで回ってきた。

 

「えーっと、次の人――そこの君、お願いできるかな?」

 

「え?」

 

平田君のご指名に素っ頓狂な声を出す綾小路君。どう自己紹介するべきかずっと考えていたのか、ガタッ!と大きな音をたて、不意を打たれたように立ち上がる。

 

「えー……えっと、綾小路 清隆です。その、えー……得意な事は特にありませんが、皆と仲良くなれるよう頑張りますので、えー、よろしくお願いします」

 

 そう言って自己紹介を終え、綾小路君は席に座る。たぶん何にも考えれてなかったんだろうな……。

 彼の出番は最後の最後、どう自己紹介するのか考える時間はたっぷりあったのに、口から飛び出てきた言葉はどれもこれも行き当たりばったりのものだった。

彼の失敗を察した皆の間で微妙な空気が流れる。

しかしそこはデキる男平田君だ。

 

「よろしくね綾小路君。仲良くなりたいのは僕らも同じだ。一緒に頑張ろう」

 

パチパチと拍手しながら綾小路君の健闘を称える。明らかに失敗した綾小路君の自己紹介に彼の爽やかな笑顔を付け加えたことで、クラス内からもパラパラと拍手が起きる。

やはりデキる男は違う。

よう実の詳細な時系列や特別試験のルール、設定などをまとめた資料を書くかどうか(詳細は1章幕間の後書き参照)

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