入学2日目。
いよいよ学校生活が本格的にスタートした。今日はまだ授業初日なので、ほとんどの授業はシラバスの配布とか、使う教科書や問題集の紹介とか成績評価の方法とかの説明──つまりオリエンテーションで終わった。一部の科目はその後少しだけ授業が進んだけれど、中学の内容を少し振り返っただけで、高校受験を頑張った生徒にとってはお遊びみたいなものだった。先生たちのフレンドリーさも相まって、国主導の高校としては正直拍子抜けする授業だったけれど、自己紹介した先生の中にはかつて大学教授をやっていたりした人がいたのは驚いた。論文や教科書の著者名で聞き覚えのある先生が何人かいたからね。このあたりはさすがといったところ。
いろいろ驚くことがあった授業だけれど、私が驚いたのは先生や授業そのものに対してではなく、生徒に対してであった。
昨日、自己紹介を蹴った赤髪の男子生徒(櫛田さんから須藤君と教えてもらった。いつ知ったの?)、なんと1限目の初っ端から爆睡をかますという威風堂々っぷりだった。いざその様子を見つけた先生は何も言わなかったからよかったものの、授業料が税金で賄われているはずのこの学校では、教科書で頭を思い切りシバかれて説教されても文句は言えない。私が税金を払う頃には是非シバき倒すようにしていただきたい。
そんな須藤君に釣られるように、他のクラスメイト達もだんだんまともに授業を受けなくなっていった。昼休み前の3限目には、真面目に授業を聞いているのは私や堀北さんを含めてごく少数の生徒だけ。入学前はがり勉君ばっかりと予想していたけれど、結果はまるで逆。フランクを通り越したアホが圧倒的に多いことに少し困惑した。こんな生徒ばかり入れていったい何がしたいのか、学校の真意を測りかねる。
まぁ高校は義務教育じゃないから生徒の自主性に委ねているのかもしれないな、というのは私の一瞬考えた楽観的な考え方で、高い金をかけてるこの学校が生徒にあんな態度を許すわけがない。近々キツイ制裁が待ち受けてるはずだ。
結局授業態度は改められることなく昼休みを迎えた。クラスメイト達の多くはいつの間に作ったのか、仲良くなった友達と一緒に食堂やコンビニに昼食に向かう。かくいう私も昨日は櫛田さん、井の頭さん、そしてみーちゃんの3人と買い物に行き、今日もご飯を食べようとお誘いを受けていた。
まぁ今回は断ることにしたわけだけど。別に彼女たちのことが急に嫌いになったとかじゃなく、ただ単にやりたいことができただけ、昼休みに入ってすぐじゃないといない可能性があるので、断らざるを得なかったのだ。 みーちゃんの悲しそうな顔にさすがの私も涙を呑んだ。
さて、茶番はここまでにしてさっそく行こう。向かう先は職員室。ポイントのことを先生に質問しに行くのだ。
◇
丁寧に3回ノックすると、すぐにどうぞ、と入室の許可が出る。扉を開いて見た景色は中学校の職員室とそう変わりない。せいぜい教師の数が増えているぐらいかな。目論見通り、ほとんどの人が昼食を取っているように見えた。
「1年Dクラスの黒華です! 担任の茶柱先生はいらっしゃいますでしょうか?」
私の言葉を聞いていた若い女性の先生が職員室をキョロキョロ見回したかと思えば、ちょっと渋い顔をして腕でバッテン印を作る。茶柱先生はいないらしい。
どうしたものか少し考えていると、その先生がこちらに手招きしてきた。
「ごめんね~サエちゃん今職員会議中で、戻ってくるのは30分は後になると思う」
そう教えてくれるのはウェーブのかかったセミロングをした若い女性の先生。
昼休みに入ってすぐ職員会議って、お昼ご飯の時間すらもらえないのはさすがにちょっと職員に厳しくないかなそれは。国主導の高校の職場環境が実はブラックでしたなんて嫌なんだけど。
「黒華さんだったわよね? サエちゃんには何の用事なの~?」
私の困惑を緊張と勘違いしたのか、下から目線でフレンドリーに聞いてくる。初対面にしては距離感が近いな、櫛田さんが教師になったらこんな感じになるのかもしれない。
「ちょっと質問したいことがありまして」
「ふぅん? 私でよかったら聞くけど、どうする?」
願ってもない提案だったけれど、まぁ別に茶柱先生じゃなくてもいいか。質問に答えてくれるなら正味誰でもいい。
「ではお言葉に甘えて──ポイントって来月も10万もらえるんですか?」
言った途端、周囲の空気が若干凍った。原因はどうやら私らしく、横目で見てみると、周りの先生が一瞬顔を上げて私のことを見てきたのがわかった。そのうちの1人、堅物そうな印象の男性と目が合い、そしてすぐに逸らされる。視線を戻して女性の先生を見てみると、なにやら考え込んでいる様子。あちゃーそう来たか、そう小さく呟いた声が私の耳に届いた。
地雷を踏んだのとはまた違う、獅子の尾を踏んでしまったかのような気分。ウォルデ〇ートの名前を呼んでしまったハリー〇ッターはこんな気分だったのかもしれないな。
「う~ん、真嶋くんこれどうしたらいいと思う?」
私の質問には答えず、先ほど私と目が合った男性の方に助けを求める。
「口を出すのも出さないのもフェアではない気がするが……。とはいえ黒華を放置するわけにもいかないからな。答えるしかないだろう」
「うわ~やっぱりそうよねぇ。ねえ、真嶋くんも一緒にいてよ」
一体何の話をしているのかさっぱりだったけれど、口を挟んでも時間の無駄のように思えるので、黙って聞いておくことにした。
「そうだな──。黒華、俺は1年Aクラス担任の真嶋だ。こちらはBクラス担任の星之宮。君の質問に答えるが、場所はここでいいか?」
「え、変えた方がいいとかあるんですか? ご飯でも食べてもらいながら聞こうと思ってたんですが」
まるで私がこの質問をしたことは隠したほうがいいと示唆しているような言い方だった。
「それを判断するのは君だ。俺たちのことは気にしなくていい。どうする?」
あくまでも生徒の自主判断に委ねるとのこと。ならばここはおとなしく『善意』を受け取っておこう。
「では移動します。おすすめの場所とかあります?」
「こういう時は生徒指導室じゃない?」
星之宮先生の提案に真嶋が無言で頷くと、なにやら近くの先生に声をかける。どうやら決まりらしい。携帯をいじりながら、先導する2人に続いて職員室を出ると、すぐ近くにある生徒指導室に入る。私が入室するなり、真嶋先生は後ろ手にカギをかけてしまった。なんというか、すごい厳重だな、私は質問しに来ただけなのに。
「はいどうぞ、粗茶だけど」
そして星之宮先生は座った私に素早くお茶を出してくる。なにこれ、今から尋問でも始まるの?
ローテーブルを挟んだ向こうのソファに2人が座ると、真嶋先生が先に口を開いた。
「それで黒華、質問をもう一度聞かせてくれるか?」
「ええ、私たち生徒に支給されるポイントですが、来月も10万ポイントもらえるんでしょうか」
職員室で言ったのと同じような口上を述べる。さすがに先ほどのような反応はなかったけれど、やっぱり2人はあまりこの状況を歓迎していないように見えた。
「……どうしてそう思った?」
「それは、重要なことなんでしょうか?」
「生徒一人一人を適切に指導していくために、我々教師は生徒の思考プロセスについても記録するようにしている。俺から茶柱先生に後で報告しなければいけないからな」
いやそれじゃあ生徒の質問全てに対して、なんで質問してきたのか理由を聞いてるってこと?
あまり納得のいく説明じゃなかったけれど、変に渋っても長引くだけと判断し、素直に答えることにする。
「まず初めに疑問に思ったのは、私たち全員に毎月10万円も支給する予算がこの学校に充てられているのかという点です。全校生徒が480人だと仮定すると、年間約6億円が生徒に支給されるポイントで消えます。それに、ただの高校一年生に毎月10万円も支給するなんて現実的な話ではありません」
返事はすぐに来た。
「なるほど、君の疑問はもっともだ。しかし君たちに10万ポイントが支給されるのは、この学校に入学することができたことそのものに対する評価の現れであり、学校からの報酬でもある。いきなり10万ポイントという大金を配られて、不審がるのも無理はないが、学校から後で返済を要求するようなこともないと約束する。心配する必要性はない」
──? なんだその意味の分からない回答は。全く質問に対する答えになっていない。
「いやあの、私は心配しているとかそういう話ではなく、来月も10万ポイントもらえるか聞いてるんですが」
「茶柱先生は説明しなかったか? ポイントは毎月初めに振り込まれると」
「それは聞きました。ですが、『毎月初めに10万ポイント振り込まれる』とは一言も聞いていません。それに、真嶋先生が先ほどおっしゃったように、私たちに10万ポイントが支給されたのは入学できたことへの報酬と聞きました。であれば、来月はいったいなにに対して報酬が支払われるんでしょうか」
誤魔化し続ける真嶋先生に若干苛立ちながら、それを隠して追加の質問をしてみる。
「……君の質問には『答えられない』と回答しておこう」
「どちらの質問に対する回答ですか?」
「両方だ」
来月も10万ポイントもらえるかどうか、そして何を基準にポイントの支給額が決まるのかは答えられないとのこと。
「では、生徒の評価方法を教えてください」
「それについても答えられないな」
つまり単にテストの点数や内申点で決められるわけではないということだ。茶柱先生が『生徒を実力で図る』と言っていたけど、これについても明かすことはないってことか。
「どうしてです? 自分の成績を上げたいと考えている生徒のためにも応える義務があると思うんですが」
「君が社会に出て、例えば企業に入ったとき、人事がどう社員を評価するかは企業によるし、必ずしも教えられるとは限らない。自分が会社にどう貢献するかは自分で考えなければいけない」
「……生徒の質問にどうして答えられないのでしょうか?」
「黒華、君が将来大人になって社会に出たとき、聞けば必ず答えが返ってくるわけではないからだ。さらに言えば答えのない問題というのもこの世には存在する」
のらりくらりと私の追及を躱していく。言いたいことはわかるけど、子供の疑問や相談に何らかの答えを出し、導いていくのが教師の仕事のはずだ。
「それらは大人の社会での話であって、子供の社会では別なのでは?」
「つまり、この学校では大人の社会を当てはめて考える必要があるということだ」
高円寺君でも連れてくればよかったかな。いや、ここまで頑固に回答を拒否するとなると、どれだけ正論で叩き潰そうとも首を縦に振らないだろうな。無駄かもしれないけれど、少し切り口を変えることにした。
「はぁー……。わかりました、では今後の話ですが、さすがに授業についての質問ならお答えしていただけると思っていいんですよね?」
「それなら答えよう」
言質はとった。
「では授業中に居眠りしようと、私語しようと先生方が注意しない理由を教えてください」
私のため息と、『今後の話』という前置きに、今回の質問は終わりと勝手に勘違いしたんだろう。真嶋先生の反応が明らかに遅れる。私が何を質問しようとしているのか察したのだ。
「……中学校で義務教育は終わりだ。高校からは生徒がどのように授業を受けようとも、彼らの自主性に一任することになっている」
「他の高校ならわかりますが、この学校の授業費は税金で賄われていますよね? 国民の血税で運営されているこの学校の授業をサボるなんて、この国が許すんですか?」
「……それについてはノーコメントとしておこう」
その手口はもう許さない。私はポケットにしまった携帯を2人に見せる。画面を見れば録音状態なのはすぐに理解できるはずだ。いよいよ2人が息を呑んだのがわかった。
「授業に関する質問なら答えていただけるのでは?」
つい先ほど私に保証してくれたことだ。『なぜ授業中私語を注意しないのか』は、十分に『授業に関する』話題になる。拡大解釈できるように私が残した言質に真嶋先生は気づかなかった。ここで回答を拒否すると、真嶋先生は生徒に対して嘘をついたことになる。この学校が意地悪なことはもうわかったけれど、これだけは超えられないはずだ。教師が生徒に嘘をついたとなれば、生徒は一体何を信じたらいいのかわからなくなる。最後の寄る辺を失うことになる。それだけは学校も譲らないはず。
「お答えください。教師が生徒に噓をつくんですか?」
「お前の質問は授業に関することでは──」
「『授業内容に関すること』ではありませんが、『授業に関すること』なのは間違いないのでは? いい加減答えていただきたいものです」
これが最後だと突き付ける。ここでも回答を拒否するなら、私は真嶋先生が悪意を持って私に嘘をついたと申告するつもりだ。入学早々そんなことをする生徒は即問題児としてマークされるだろうけど、真嶋先生だって入学早々生徒にやり込められたなどという評価は受けたくないだろう。それに私には手荒だけど対処法もある。
長い沈黙の後、真嶋先生はようやくその重い口を開いた。
「………………お前の質問に答えるなら、国が許すことはないだろうな」
「ちょっ、真嶋くん!?」
「許さないとしたら、当然国はなんらかの制裁を加えますよね? どんな内容かと思われますか?」
「その質問は明らかに『授業とは関係ない』な。答えないぞ」
チッ、追い詰めたと思ったら逃げられた。長考してたのは追い詰められたからじゃなくて、どうやって切り抜けるか考えていたからか。私が知りたいことを予想して、質問内容を限定してきたんだ。昔ならこんなミスしなかった、やっぱりちょっと鈍ったな。これは後で反省しておくとして、それはそれで知りたいことは知れた。
『来月も10万ポイントもらえる確率は低いこと』
『ポイントの支給額には何らかの基準がある可能性が高いこと』
『授業態度を改めなければ何らかの罰が与えられる可能性が高いこと』
どれも『可能性』を持ち出しているのは、完全な言質はとれなかったからだ。仮にクラスのみんなにこの録音を聞かせるとして、どれだけバカが多かろうと、100人中90人は私と同じ結論を出すだろう。どうしようもないアホ10人は無理やり納得させるしかない。
あと調査するべきは『ポイントの支給額を決める基準は何か』だ。これがわかれば現時点での疑念は全て晴れる。これについても先生は答えてくれないだろうから、学校を散策してヒントを探すか、先輩に聞いてみるとかその辺から始めないといけないか。
こういう地道な調査は平田君や櫛田さんのような生徒の協力を得るのが1番楽だけど……まぁ、その場合分散して薄くなるので、やっぱり私1人でやらないといけないな。もうここでやれることもないし、解散にしてもらおう。出してくれたお茶を一気飲みする。
「質問は以上です。お時間いただきありがとうございました」
「ああ、気をつけて帰れ」
たかだか教室までの道のりを心配されながら生徒指導室を出る。この後はどうしようか──。
そう考えていると、ぐぅ~とお腹が鳴った。
とりあえずご飯を食べよう。
◇
「ねえ、おかしくなぁい?」
黒華が生徒指導室を出ていったと見るや否や、ソファに座る星之宮が不機嫌そうに愚痴る。主語がかけている言葉だったが、真嶋には彼女がいったい何のことを言っていているのか痛いほど理解できた。
「あれがDクラスとは、またとんでもない生徒が入ってきたな」
「絶対おかしいでしょ。まだ学校始まって2日目よ!? ポイントに気づく生徒はAクラスなら歴代で何人かいたらしいけど、今年はDクラスの生徒ってどれだけ……。しかも真嶋くんをハメて情報を引き出すことまでやってのけちゃったし。こっちは絶対に史上初でしょ」
詰る星之宮にバツが悪くなった真嶋はただでさえ仏頂面な表情をさらに硬くする。とはいえ言い返す言葉はまるで思いつかなかった。あれは完全に真嶋のミスだったからだ。
決して油断したわけでも、なめていたわけではない。たとえどのクラスに所属していようと、あの女子生徒は入学2日目という異例の速さでSシステムの謎に気づき始めた。真嶋はそんな生徒を甘く見るような人間ではない。ただ彼女の質問を乗り切ったと弛緩してしまった。諦めたのだと勝手に判断してしまったのだ。それがなければ黒華の打った一芝居にも引っかかることはなかっただろう。
「真嶋くん気づいてた? 最初は黒華さんのこと君って呼んでたのに、途中からお前呼びに変わってたの」
「俺に話をさせたのは星之宮だろ」
自分で言ってて子供の僻みのように思えたが、真嶋としても愚痴を言いたいのは一緒だった。
「あ、そういうこと言う? 私1人じゃサエちゃんに対しても、黒華ちゃんに対してもフェアじゃないじゃん? そりゃあ助けを求めたのは私だけどぉ、こんなことになるなんて思ってなかったっていうか?」
サエちゃんが聞いたら喜ぶだろうなぁ、とは、星之宮が真嶋と茶柱の両名に向けた強烈な皮肉だった。この2人はまだいがみあっているのかと思うと今更ながら呆れるが、あの2人の関係に突っ込んでも火傷するだけ。星之宮の愚痴は聞き流す。もう慣れたものだ。
「まぁ今回の話を報告するなら、生徒に出し抜かれた真嶋くんの査定も落ちちゃうもんね。これは借りってことで」
そんなフォローならないほうがマシだ。この女に貸しを作っても酒で返ってくるだけ。とはいえこの後のことを思うと、酒を飲まずにもやってられなさそうだった。黒華が学校に報告しようとしまいと、この件は茶柱に話す都合上必ず上に上がるのだ。入学早々なにかと忙しい時期に泥をかけられる真嶋の心中も慮るものがある。
◇
放課後、みーちゃんたちに部活動説明会に行かないかと誘われたけど、丁重にお断りさせていただくことにした。私としても参加したかったけど、それよりも先にポイントの件について調査しないといけない。
チャイムが鳴り次第荷物をまとめ、別れの挨拶もそこそこに教室を出る。早速上級生の教室に向かおうとした私だったけれど、ここで思わぬ足止めを食らうことになった。
「なにやら面白いことを企んでいるようだねえ黒華ガール」
教室を出た私に後ろから声をかけてきたのは高円寺君だ。相変わらずニヤニヤと不敵な笑みを浮かべている。
「企みだなんてそんな……」
「フッフッフ、誤魔化さなくてもいいとも。君が昼間からこそこそ動いているのは明白だからねえ」
別にこそこそなんてしてないけど、私がこの学校を探っているのはなぜかバレてるらしい。私は何も言っていないのに隣に並ぶ高円寺君にわざとらしいため息をつく。そんなんで引く相手じゃないのはバスの一件でわかっているけど、一応の牽制だ。
「ただの野次馬ならお断りなんだけど?」
「案ずることはない黒華ガール。この私が協力してあげようというんだ」
ホントかよ。
「高円寺君イヤホン持ってたよね? 貸して」
試しに言ってみたけど、特に渋ることもなく素直に手渡してくる。しっかりとした作りの有線イヤホン。さすが、お金持ちはイヤホンひとつとっても高級品を使うらしい。
妬みもそこそこに受け取ったイヤホンを自分の携帯につなぎ、昼休み録った録音ファイルを再生して高円寺君に渡す。私が何をするつもりか、少なくとも人通りの多い廊下で話すことでもない。
「ハハハ!」
聞き終えるな否や大笑いしたのは3年校舎を目前とした場所だ。周囲の上級生が一斉に私たちを振り返る。悪目立ちするからやめてほしい、本当に。
「私が何をしようとしてるか理解してくれた?」
「もちろんだとも『マスクガール』。疑心暗鬼な君にさっそく見せてあげよう、私のトーク力をね」
そう言うとその辺にいた女性の上級生に声をかけに行く。
え、なに? ナンパ?
突然の行動に呆然とする私を置き去りに、高円寺君はなにやら楽しげな様子で上級生と話している。最初は怪訝そうだったその女性生徒もすぐに笑顔になっていることからも、見せてあげるなんて言ってたトーク力は確かにあるのかもしれない。いやそんなもの証明されても仕方ないけど。
このまま置いていってもいいけど、後から何を言われるか分かったもんじゃないので、適当に携帯を触りながら高円寺君のナンパが終わるのを待つ。大体10分程度経ってから、高円寺君が目の前にやってきた。
「ナンパは終わった?」
「もちろんだとも。来週デートの約束を取り付けた」
そんな自慢されてもどう反応しろと?
堂々と仁王立ちする高円寺君は顔をしかめる私を無視し、今度は衝撃的な内容を告げた。
「それから明言は避けたが、この学校はかなりの数の退学者を出すつもりのようだねえ」
まるで今日食べた朝食の話でもするかのようにようにさらりと告げられ、思わず目を剥いた。
「な、ちょっとどういうこと!?」
「通常の学力テストとは一風変わった試験を生徒に課すようだ。そしてその試験に求められるのは学力だけでなく、人間を構成するあらゆる能力を多角的に必要とすると。成績不振の愚か者は容赦なくデリートされるそうだよ?」
ナンパするうえの会話のいったいどこからそんな情報を抜いたのか甚だ疑問だったけれど、それより先に確認しないといけないことがたくさん出てきた。
「そんな話まったく聞いてないよ……」
「おそらく来月に明かされるのだろうねえ。10万ポイントは生徒の目を曇らせるための甘い餌さ。特別なこの学校に入学できたという優越感に拍車をかける。君も愚かなクラスメイト達を見ただろう?」
授業中にもかかわらず好き勝手過ごし、休み時間にはポイントをいかに浪費するかを和気藹々と相談しあうクラスメイト達。微笑ましいといえば微笑ましいしいけれど、こうして新たな事実を知った後では、高円寺君の『愚か者』という評価は私にも撤回できそうにない。
「そういう意味で君の行動は一部理解できないねえ。このことをクラスメイト達に報告する気だろう?」
「当たり前でしょ。このままじゃ絶対に痛い目見るよ」
「思いあがった愚か者に、一度身の程をわきまえさせるのも優しさと思うがねえ。とはいえ協力すると約束した身だ。私の名前を出すことは許可しないが、君の視察には同行しよう」
高円寺君の意見は私も全く同感だったけど、もし私がポイントの秘密に気づいたうえで黙っていたことがクラスにバレたら、私の立場は一気に後退する。そんな選択肢を取るわけがない。
高円寺君が改めて協力を申し出たのは、私が高円寺君をあんまり信じていないのを客観的に感じ取ったからだろう。ここまで重要な情報をただのナンパで掘り出してきたのは、私の先生とのやり取りはいったい何だったのかと途方に暮れそうになったけれど、高円寺君が有能であることはもはや明らか。こうなりゃとことん付き合ってもらおうと、私は止めていた足を踏み出した。
◇
「うっし、これだけ情報集めれば十分だと思う」
日が落ちてもう久しく、街灯が照らす夜の公園で私たちはベンチに座っていた。隣で手鏡を見ながら整髪している高円寺君を横目に見つつ、生徒手帳をペラペラ捲って集めた情報をおさらいする。
「高円寺君が言った通り退学者は確かに出るみたいだね。3年と2年の教室はいくつか明らかに席が欠けてた」
高円寺君のナンパの後、上級生の教室に偵察に行ってみたけれど、不自然なまでに空いている空間がいくつか目に入った。気になったので上級生に聞いてみたけど、皆顔を引き攣らせたり、目に見えて落ち込んだりと、ただ事ではなかった様子から、あの空白は退学者の席があった場所なんだろうと目星をつけた。
「アルファベットがAに近づくほど席が多かったのは偶然かなぁ?」
これも教室を見てみて思ったことだ。明らかにAとDでは退学者数に差があった。理由は2つ考えられる。
1つはDクラスの方が試験の難易度が高いこと。もう1つはAクラスの方が優秀な人間が揃っていること。もしくはその両方ということも考えられる。塾みたいに成績によって授業ごと生徒を分けるのだ。まぁ十中八九Aクラスに優秀な人間が多いからだろうけど、その場合私が『優秀でない人間』にカウントされたのかが引っかかる。客観的に見ても私は超優秀だ。こうやってたった1日でクラスメイト達を説得する材料を集めて奔走したわけだし。だからこの辺は完全に明らかになったわけじゃない。
「まぁこれはいっか」
クラスのみんなに『君たちは実は成績不振者としてDクラスに入れられた可能性があるんだよ!』などと言っても反感を買うだけだ。確定した情報でもないし黙っていよう。
そう、今重要なのはポイントについての情報だ。
「高円寺君はどう思う? 話すべきだと思う?」
私が聞いたのは『生徒の成績評価』についてだ。これについては他の上級生を私と高円寺君のそれぞれで捕まえて、コールドリーディングも交えて情報収集した。昨日櫛田さんたちと遊びに行って本当に良かったと思ったのはある程度情報を揃えた後だ、リハビリが済んでなかったら到底不可能だった。
「君の好きにするといい黒華ガール。凡人たちに興味はないんでねえ」
「左様ですか」
「私としてはむしろ頑なに隠す君の素顔の方が気になるねえ。直観だが君はさぞや美しい女性だろう? この私自ら君の眼鏡を選んだのだから、少しくらいサービスしてもらいたいねえ」
「残念だけど素顔を晒すつもりは当分ありませーん。人のテリトリーにずけずけと入らないでくださる? 眼鏡も選んでくれたのはそっちだけど無料だったじゃん」
そう言って眼鏡ケースをパカパカ開け閉めする。この眼鏡はケヤキモールを視察中に購入したものだ。Ji〇Sの一角に『1か月1つまで無料』とあったのでせっかくだからとおしゃれ用に眼鏡を選んでもらったのだ。ちなみに私は目はいいので度は入っていない。伊達メガネである。
「まっ、美人なのは否定しないし、楽しみにしてれば? 高円寺君が見たこともないほど絶世の美女かもよ。可愛すぎて発狂するくらいの」
「ハハハ! それでは期待しておこう」
どうせ見せてもらえるなんて思ってなかったのかあっさり引き下がる。高円寺君は間違いなく変人だけど、意外にも紳士的なところもあった。いやまぁつい今しがた紳士的でない一面が顔を覗かせてたけども。
「監視カメラも高円寺君がいなかったらたぶん気づかなかったし、感謝してるよ」
そう言って見つめるのは公園を照らす街灯だ。陰になってわかりにくいけど、目を凝らせばそこにはPTZ型の監視カメラが設置されていることがわかる。この公園に限らず、敷地内のいたるところに監視カメラが設置されているのは高円寺君が指摘したものだ。無料品コーナーを血眼で探していた私は上を警戒していなかったので盲点だった。まぁ背の高い高円寺君はまだ気づきやすかったっていうのもあると思うけど。
一通り確認を終えたので生徒手帳をぱたんと閉じる。時間ももう8時を回ってる、歩き疲れたし、作業も残ってるからそろそろ帰りたい。
立ち上がると、高円寺君も手鏡をしまってついてくる。解散だと雰囲気で察したんだろう。
「今日は付き合ってくれてありがとね。お礼は応相談ってことで」
「気にする必要はナッシングさガール。私はこれで失礼するよ」
そう言ってエレベーター内で別れる。男子の部屋は女子より下にあるらしい。
「意外といい人だったな」
これは私の素直な感想だ。おばあさんに席を譲らなかったときは正直ムッとしたけど、私の視察には至って真面目に付き合ってくれた。会話も意外と普通に楽しかったし、案外仲良くしてれば退屈しないかもしれない。ちゃっかり連絡先も交換したしね。
「さて、やるか」
自炊する時間はないので、晩御飯は適当にスーパーで買ったお惣菜だ。お米だけは散策途中に寮に寄って炊いていたので温かいのを確保してある。何が悲しくて入学2日目から冷や飯を食わなきゃいかんのだ。
2時間くらいで作業や入浴などの諸々が終わったので、ベッドに入って携帯に目を通すと、櫛田さんたちからメールが届いていた。放課後にあった部活動説明会で、生徒会長が一言も発さずに1年全員を黙らせたことのお話と、Dクラス女子のグループチャットへのお誘いだ。
適当に返信して電源を落とし、頭から布団を被る。
暗いところならすぐに眠れる性分の私の意識は、すぐに泥沼に沈んだ。
よう実の詳細な時系列や特別試験のルール、設定などをまとめた資料を書くかどうか(詳細は1章幕間の後書き参照)
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書け
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是非書いてくれ
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投稿が遅れてもいいので書いてほしい
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どちらでもいい
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投稿が遅れるなら書かなくていい
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別に書かなくてもいい
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書くな
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閲覧用