ようこそ狂愛主義者のいる教室へ   作:トルコアイス弐号機

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5話

 入学3日目。

 昨日女子でグループチャットができたように、男子でも同じものができたらしく、Dクラスにも友達同士でつるむ生徒が増えてきた。朝の空いた時間を1人で過ごす生徒も、友達の輪を広げたい生徒によってだんだんと開拓されていく。例外があるとすれば──。

 

「綾小路君って誰かとしゃべったりしないの?」

 

「ふっ」

 

 私は綾小路君に聞いたつもりだったけど、彼の返事を待たずして横から(綾小路君の方に身体を向けてるから、堀北さんは必然的に私の左側に位置するようになる)失笑が聞こえた。堀北さんは読んでいた小説を閉じると、面白いものを見る目を綾小路君に向けた。

 

「彼、いまだに友達ができていないのよ」

 

「そ、それはお気の毒様で……」

 

「待て、俺は昨日池たちと友達になったんだ。それに友達がいないのは堀北の方だぞ」

 

「私はいいのよ。欲しいと思っていないから」

 

「それはそれですごいね……」

 

 ただ綾小路君を揶揄いたかっただけなのか、堀北さんはさっさと会話を切り上げて小説に意識を戻す。まぁ1人が好きっていう人はたまにいるからね。女子にはかなり珍しいけど、堀北さんのは筋金入りに見えた。

 

「綾小路君は友達とかいっぱい欲しい感じ?」

 

「いや、それなりにいればいいと思ってる。櫛田じゃないしな」

 

 みんなと友達になると宣言していたのはまだ一昨日前のことだ。

 

「あれはちょっと特別だよ。他クラスの子とも仲良くなるつもりらしいし」

 

 入学初日にして随分遠大な目標を掲げるものだと感心したものだ。

 

「せっかくだしさ、私と友達になろうよ綾小路君」

 

「え、いいのか?」

 

 なぜか遠慮がちに聞いてくる。昨日はともかく、一昨日は櫛田さんたちの次に喋ったのが綾小路君──あ、高円寺君だったかも。まぁそれはそれとして、自己紹介も済ませたし仲良くしてもいいと私は思うのだ。

 

「そりゃいいでしょ。友達って一々許可とって作るもんじゃないと思うよ」

 

「そういうもんなのか。その辺はイマイチよくわからないんだ」

 

「最初は基本誰でも友達からスタートして、そのまま滅茶苦茶気が合う人なら親友、普通にいて楽しいとかそういうレベルなら友達。あんまり合わなかったり、自然と疎遠になっていくようなら知人とか知り合い。そんな風に移り変わっていくものだと私は思うな」

 

「じゃあ難しく考える必要はなさそうだな」

 

「そゆこと! 連絡先交換しよっか」

 

「え?」

 

「え?」

 

 綾小路君の顔はあまり見てないけど、過去一の仰天を顔に張り付けている。もしかして思いもよらないことを口から滑らせただろうか。

 

「いいのか?」

 

「え、ダメだった?」

 

「いや、俺はもちろん大歓迎だが、黒華はいいのか?」

 

「私から提案したんですけど? あ、もしかして」

 

 綾小路君が何を考えているか分かったので意地悪したい気持ちが沸きだす。

 

「女子とメアド交換したくらいで噂になると思ってる?」

 

「人の心を読むな」

 

「そういうのが気になる事なかれ主義の綾小路君とは、また今度にした方がいいかもね」

 

「いいや交換しよう、今すぐに」

 

 言うや否や学生手帳に連絡先を書きこみ、ちぎって渡してくる。心なしか嬉しそうだったな。

 

「はいこれ私の連絡先ね」

 

 そう言って渡す連絡先を綾小路君は恭しく両手で受け取った。名刺でもあるまいし。

 女子の連絡先がもらえたことが大層うれしかったらしく、綾小路君は急にニヤニヤと笑みを浮かべだした。イケメンが台無しだ。正直ちょっと気持ち悪い。

 

「ニヤニヤと気持ち悪いわよ綾小路君」

 

 オブラートに包むこともせずぴしゃりとやっつける堀北さんはなかなか容赦がない。綾小路君が猛反発したところで、始業を告げるチャイムが鳴った。

 と、同時に茶柱先生が教室に入ってくる。昨日も同じタイミングだったし、時間に厳しい人なのかもしれない。ていうか教師としてはそれが当たり前か。

 

「さて、SHRを始める。今日は──」

 

 どうやら今日の授業もほとんどが授業内容のオリエンテーションで終わるらしく、使う教科書を忘れた人は寮に取りに帰るよう通達されたりした。連絡事項を簡潔に告げた茶柱先生が出ていったタイミングで私は教壇に向かう。

 

「ごめんみんな! ちょっといい?」

 

 教壇に立って大声を出す私に、何事かとクラス中の視線が集まる。

 

「どうしたのかな黒華さん」

 

 特にお願いしたわけじゃないけど、私が話しやすいように、そしてクラスのみんなが話を聞きやすいように平田君が簡単なフォローを入れてくれる。このあたりはさすがはデキる男といったところだ。

 

「実は、今後の学校生活を送るうえで重大な話があるの。だからみんなには今日の昼休みは教室に残ってほしいなって思って。友達ができた人も増えたみたいだし、ご飯を食べながらでもいいんだけど、どうかな?」

 

「重大な話って?」

 

「もう授業が始まっちゃうから全部は説明できないけど──」

 

 あえて一度溜める。

 

「来月私たちがもらえるポイントが大きく減らされる可能性があるの。メインはその話」

 

 言い放った私の言葉に教室が騒然とする。これからいかに散財するかを考えていたみんなには寝耳に水だろう。

 

「え、それってマジなの?」

 

「マジだよ。ちゃんとみんなが納得できるように詳しい説明もするから、極力参加してほしい」

 

 内容が内容なのと、まだ入学して3日目なので、昼休みに重要な用事がある生徒の方は稀だ。一応挙手を求めると、ほぼ全員の手が上がるのが確認できた。手を挙げなかったのは高円寺君だけど、彼は事態を把握してるので不参加で全く問題ない。平田君が高円寺君が参加しないことが気がかりそうな様子だったけれど、今回の説明に高円寺君の名前は出さないのが彼との約束なので、高円寺君には後から説明する旨を伝えてひとまず話を終える。

 席に戻ると、さっそく綾小路君が声をかけてきた。

 

「いつの間に情報収集したんだ?」

 

「昨日の自由時間を返上して自分の足でね。まぁいい散歩にはなったよ」

 

 いい散歩ってなんだ、と後から自分でツッコミたくなったけど、綾小路君は特に気にした風でもなかった。

 

 ◇

 

 3限目が終わり、チャイムが鳴った。これから約1時間の昼休みが始まるわけで、その間に私の話をする必要がある。2回目も3回目もみんなを拘束すれば気に入らないと反発される可能性もあるからだ。授業合間の休み時間にお弁当とかのご飯は買いに行ってもらったので、昼休み始まってすぐに全員に話ができる。この場にいないのはどこかに旅立った高円寺君だけだ。まぁどうせ上級生とデートだろうな。昨日何人にも声をかけていたから、そのうちの1人でしょ多分。

 クラスのみんなは友達と席を合わせたり合わせなかったりまちまちだけど、朝と席の場所が変わった教室の中を私1人だけが歩くのはなかなか目立つ。皆の視線を浴びながら教壇に立った私は時間が惜しいとばかりに早速口を開いた。

 

「じゃ、早速だけど話を始めます。朝も言ったけど、私は支給されるポイントが増減する可能性が高いことに気づいた。今から話すのは、その根拠と、私なりに考えてきた、ポイントが減らされないようどうすればいいかっていうことの2つ」

 

「けどさー先生が言ってたくない? 。毎月10万ポイントもらえるって」

 

 口をはさんだのは金髪ギャルの軽井沢さん。しかし彼女だけではなく多くのクラスメイト達が同意するように頷いている。いきなり話が妨害されたように見えるけど、これはどのみち説明しなきゃいけないことなので、口を挟まれたのはむしろ好都合だった。

 

「先生が言ってたのは、『毎月初めにポイントが支給されること』、『入学したご褒美として10万ポイントを支給したこと』の2つだよ。この2つは繋がっているように見えて、まったく別の話なの。ちなみにこれは昨日別の先生にも確認済み。私がAクラスの担任の真嶋先生っていう男の先生に、『毎月10万ポイントもらえるんですか』って聞いたら、『ノーコメントだ』って返してきたからね。それで来月も10万ポイントもらえるとは思えないでしょ?」

 

「うわぁ、マジ? 詐欺じゃん詐欺」

 

「あはは、私他にもいろいろ質問したんだけど全然答えてくれなかったんだよね。でもさ、やっぱり常識的に考えてみてもあり得ないんだよね、私たちに毎月10万ポイントも配るなんて、さ。だってその場合、1年で6億近くのお金が流れ出ていくからね。日本ってそんなにお金持ちじゃないよ」

 

 誰かの愚痴に賛同しながら、悲しむべき現実を突きつけて話を補強する。ひとまず『考えすぎ』などという楽観的な考え方は消し去れたようなので、話を次に進める。

 手に持っていたファイルから紙束を取り出し、みんなに配っていく。途中櫛田さんと平田君が手伝ってくれた。ありがてぇ。

 

「何これ?」

 

「それは、昨日私が作った『無料品コーナー』がある店と、何が売られていたかのリストだよ。全部を網羅しているわけじゃないけどね」

 

 ただスーパーやアパレルショップ、コンビニに百均と、無料品コーナーが『ありそうな』場所を狙って回ったため、それなりに要所は抑えられていると思う。

 

「この学校の敷地内の一部店舗には、ポイントを使わなくても数量限定で使える商品が売られているの。商品はもちろん店によって違うけど、『どんなものが無料なのか』には傾向がある。学食では山菜定食、スーパーでは一部の食材。服屋さんでは下着とか、簡素な衣服とか。他にもタオル、ティッシュにハンカチ、筆記用具。コンタクトレンズに眼鏡なんかも売られてる。一見してバラバラだけど、ここには共通点があるの」

 

 答えを出す前に一度区切ると、ハッとしたように顔を上げた生徒が目に付いた。視線を送り、『答えて』と目で頷く。

 

「そうか……俺たちが学校生活を送るうえで最低限必要なモノは全部無料で手に入るようになってるのか」

 

 その共通点をわかりやすくまとめてくれたのは幸村君という眼鏡をかけた生徒だ。時間があまりないので私の話を素早く理解して要約してくれるのは助かる。

 眼鏡という本来お金のかかるものも無料で売られているのは、それがないと視力のない生徒のポイントがなくなったときに困るからだ。

 

「幸村君の言う通りだよ。極めつけは、寮の水道代や電気代が一切かからないこと。要は極端な話、この学校は一切ポイントを使わなくても生活していけるの。これが、私たちがもらえるポイントが減ると考えた最大の理由。たとえポイントが枯渇しても、餓死者とかを出さないように設計されている」

 

 食堂で無料で食べられる山菜定食は、食べてないので味は知らないけれど、栄養面はちゃんと必要な分が取れるように配慮されていた。ビタミンやタンパク質のどちらか一方に偏ったりしないようにできているのは、山菜定食を365日食べ続けても身体に問題が出ないようにするためだ。

 餓死者という強烈なワードを出したことで、動揺する生徒たちで教室が騒がしくなる。危機感を与えるために使った言葉だけど、話を遮られても困るので落ち着くよう呼びかけ、話を続ける。

 

「ここまでは皆理解してくれたと思う。1つ聞きたいんだけど、みんなもポイントが減らされるのは当然嫌だよね?」

 

「そんなの当たり前じゃん!」

 

 だよね。

 聞くまでもないことだけどこれは必要な工程だ。どんなに当たり前のことだろうと言質を取るのは結構大事なことだ。この後する話は反対されるというか、嫌がられるのが目に見えている。

 

「だから次の話に移ろうと思う。ポイントが減らされるとわかった私は、次にポイントはどういった形で減らされるのかを考えてきたの。ちょっとだけ待ってね」

 

「あの、よかったら手伝おうか黒華さん」

 

 背伸びしながら黒板にチョークで書き込む私に、平田君が協力を申し出てくる。さすがはデキる男といったところだけど、何を説明するかの説明が必要になって2度手間になるのと、女子の目線に鋭いものが混ざったのを感じ取ったので、今回はお断りさせていただく。

 

「ありがとう平田君! でも大丈夫。平田君は私の話に分かりにくいところとかがないかとか、クラスのみんなにかみ砕いて説明できるようにしておいてほしい」

 

 別の仕事を任せれば無理にお節介をやくこともない。ほどなくして黒板に書き終えたので、改めてクラスのみんなに向き直る。

 

「考えられるのは3つ。1つは『月ごとに支給されるポイントが決まってる説』。これは4月は10万、5月は例えば5万、6月は3万っていう風に、もうとっくに私たちのもらえるポイントが確定している説だね」

 

 これは全然あり得る話だ。生徒たちに支給されるポイントが決まっている方が、学校が立てる予算と現実で必要な金額の乖離が少なくなる。疑問があるとすればなぜそのことを私たちに伝えないのか、だ。浪費癖を無理やり矯正するとかが思いつくけど、それならそもそも10万ポイント払う必要はない。よって私はこの説は『あり得るけど、可能性は限りなく低い』と思っている。

 

「そうなったら最悪だなー。俺もう結構ポイント使っちゃったし。もらえるポイントがわからないんじゃ予定も立てられないじゃん」

 

 ぼやく山内君の言う通り、この説では生徒に毎月支給するポイント額が周知されないため、一部の雑な生徒は0ポイント生活を送る必要が出てくるかもしれない。

 

「予想に過ぎないけど、私はこの説が採用されてる可能性は低いと思ってる。それで、2つ目が『個人の成績に応じてポイントが増減する説』。これはもうそのまんま、テストの点数とか、内申点でもらえるポイントが変わるんじゃないかっていう説だね」

 

「いやいや、そんなの不公平だろ!」

 

「いや成績がいいやつと悪いやつが一緒くたにされる方が不公平だろ」

 

 山内君の文句を誰かが一蹴する。まぁ至極その通りだ。

 

「私も同意見かな。頑張る人間は報われるべきでしょ。さて、最後の3つ目なんだけど、『クラス全体の成績に応じてポイントが増減する説』。私はこの説が一番有力だと思ってる」

 

「ちょっと待ってくれ。さすがにそれはないんじゃないか?」

 

 立ち上がったのは幸村君だ。こういう時立つか座りっぱなしかでどういう中学校生活を送ったのかがわかるよね。

 

「3番目の説だと、頭のいい生徒が頭の悪い生徒に足を引っ張られるだろ。学校もそんな不条理な真似はしないんじゃないか?」

 

「は? なにその言い方ー」

 

 一部生徒で反発するような声が上がったけれど、幸村君の言うことは一理ある。私も情報収集が中途半端だったら同じ結論を出していたはずだ。

 

「幸村君の言うことはわかるよ。私も2番目の説が最有力だと途中まで思ってた。けど、私が3番目の説を推すのには理由があるの」

 

 黙った幸村君は続きを話してくれと促す。

 

「この学校はクラスに関することで1つ奇妙な点があるの」

 

「奇妙な点?」

 

「うん。クラス替えがないことだよ」

 

 クラスのみんながハッとした表情を浮かべる。みんな不思議に思っていても、大したことはないと深く考えずに聞き流したところだ。

 

「私たちは小中学校の9年間、1年ごとにクラスを入れ替えてきたよね? そしてそれは他の高校でも同じことが昨日ネットで調べてみてわかったの。この学校くらいだよ、3年間クラス替えがないのは。その理由はポイント額の査定がクラス毎だからじゃないかな? それならクラス替えがない理由にも納得がいくと思う」

 

「なるほど、確かにそれならありそうだが……さすがに根拠として弱くないか?」

 

「これだけじゃないよ。私はこの学校が生徒をどう評価するかもわかったの」

 

「生徒をどう評価するかって……単純に成績で決めるんだろ?」

 

 まぁそう考えるよね。それが『常識』だ。

 

「成績ってなに?」

 

「もちろんテストの点数や内申点だ。各教科の先生たちも昨日今日で話してただろ」

 

 確かに授業のオリエンテーションで成績評価については先生から教えられた。しかしそれらは『各教科の成績評価』であり、『生徒の成績評価』ではない。

 

「それも大事だけど、それだけじゃないんだよ。茶柱先生が一昨日なんて言ってたか覚えてる? 『この学校は実力で生徒を測る』 この場合の実力って学力だけ言ってるんじゃないんだよ」

 

「信じられない話だが、根拠はあるのか?」

 

「明確な証拠は出せないけど、これは先輩方から聞いた話だし、信じていいと思うよ。録音もしてるから、聞きたいなら聞かせてあげる」

 

 聞きたいという人が大勢いたので、携帯の音量を最大に上げて適当な録音ファイルを1つ流す。私が上級生から生徒の評価方法について聞き出している音声が教室に流れる。これだけやればさすがに全員納得する。

 

「うっわ、ほんとじゃん」

 

 軽井沢さんの呟きが全員の総意を体現していた。 

 

「とりあえず、私が考えたのはこの3つ。正直これ以外には知恵を振り絞っても出てこなかった。だからひとまず、2番目と3番目の説が採用されていると想定して、みんなに提案したいことがあるの。1番目はもはや気にするだけ無駄だしね」

 

「確かに―。節約するしかできることないもんね」

 

 結局それだ。1番目の説が採用されていることはほぼあり得ないだろう。

 

「んで提案なんだけど、とりあえず今月はテストはないだろうから、みんなで真面目に授業を受けてみない? 授業中の私語とか携帯は謹んで、居眠りとか遅刻もしないようにするの」

 

 即反発したのは須藤君だ。

 

「ちょっと待てよ。なんでお前にそんなこと強制されなきゃいけねぇんだ」

 

 最初の授業から爆睡をかますような生徒なので、真面目に授業を受けるのが難しい生徒だとは想定していたけれど、まさかポイントの増減が関わっている可能性があるのに反論してくるとは思わなかった。ここで先ほど取った言質を使うことは簡単だけれど、須藤君の中での優先順位は『ポイント<授業を真面目に受けないこと』なので、ポイントを脅し文句に使うのは無意味だ。喉まで出かかった言葉を飲み込み、攻め方を変えることにする。

 

「じゃあ須藤君はどうするの?」

 

 こうやって聞けば黙るしかない。堂々と居眠りする、遅刻するなどと宣言はできないからだ。

 ただこれは結果的に失敗だった。

 

「俺が何しようが俺の勝手だろうが?」

 

 開き直った須藤君は不機嫌なのがこちらからでも丸わかりで、今何を言っても噛みついてきそうな雰囲気だった。私がわざと答えにくい質問を投げかけたことに気づいたのかもしれない。

 

「須藤が言うことに賛成するわけじゃないけどさー。別に先生も注意してこないしいいんじゃね?」

 

 今の言葉でこの教室のどれだけの人間が授業を真面目に受けたくないのかが明らかになった。半数を優に超える生徒が同意したように頷いたのだ。

 たしかにー、などと騒ぎ出すクラスメイト達の姿に、もはやDクラスに成績不振者が宛がわれていることが明白になり、頭が痛くなる。とにかく今はこの流れを止めないといけない。

 

「先生が注意してこないのには理由があるよ。これを聞いてほしい」

 

 私が流したのは昨日生徒指導室で真嶋先生と星乃宮先生に質問しに行った時の録音だ。私が少し怖い人だという印象がつくかもしれないけど、このまま楽観主義を貫かれる方が問題だ。私が質問の際、『制裁』という言葉を使ったのは先の餓死者発言と同様、クラスメイト達に聞かせる際に危機感を持ってもらうためだ。

 

「聞いてもらったからわかると思うけど、私は先生をハメて、怠ける生徒には『制裁』が下ると言質をとった。これを聞いてもまだ授業を怠けて聞こうって思う?」

 

 半ば脅しに近いけど、これもいずれ感謝される時が来る。

 

「ちなみに私たちの素行は監視カメラでちゃんと見られてるよ。みんな、あっちを見てほしい」

 

 私が指さしたのは天井の隅にある監視カメラだ。多くの生徒がまだその存在に気づいてなかったらしく、驚きの声をあげる。私も気づいたのは今日の朝だからね。高円寺君にその存在を教えられなかったらスルーしていたはずだ。

 

「あそこだけじゃないよ。そこにそこにそこ。四隅全部に監視カメラが設置されてる。それに教室だけじゃないよ? 廊下もそうだし、敷地内いたるところに監視カメラが設置されてる。もう防犯用というより、生徒を監視するために置かれているみたいにね。多分、あの監視カメラで私たちの素行を記録して、成績に反映させているんじゃないかな」

 

「な、なあ。じゃあ先生たちは俺らを騙そうとしてたってことだよな!?」

 

 あ、まずいかも。怖がらせすぎたかもしれない。

 茶柱先生が私たちに重要な説明をしていないことに気づいた生徒がパニックになる。騒ぎになったらそれはそれで困るので、みんなを安心させる口実を探す。

 

「落ち着いて。確かに先生は制裁なんて強い言葉を使ったけど、それはポイントが減らされるくらいで済むよ。まぁ、あんまり酷いと0ポイントになる可能性もあるけど。茶柱先生が何も言わなかったのは、学校に口止めされてるからじゃないかな。学校としても、私たちに甘い餌をぶら下げて、どう反応するかを見たいっていう意図があるんだと思う。いくら何でも悪意でもってこういうことやってるわけじゃないと思うよ」

 

 みんなが説明を飲み込むのを待ってから口を開く。

 

「逆に言えば、真面目に授業を受けてればポイントはそんなに減らされないと思う。だから、皆で協力して授業態度をよくしたいの。今日の授業はみんな真面目だったとは言えないからね」

 

 私の言葉に一部の生徒がバツの悪そうな顔をする。入学3日目から弛緩してきたのか、今日の一部生徒の授業態度はとても褒められたものじゃなかった。まぁ、これから改善してくれれば誰も責めないでしょ。

 

「もちろん私の話はあくまでも推測だから、来月は10万ポイントどころか20万ポイントもらえる可能性も……まぁさすがにそれはないと思うけど、杞憂だった可能性もありえる。けど、今月だけでも我慢できないかな? 2番目の説が正解なら、自業自得で終わるけど、もし3番目ならクラスのみんなに迷惑をかけちゃうことになると思うの」

 

 もしそうなれば、一部の生徒が疎まれる羽目になってしまう。

 その一部の生徒になる可能性が極めて高い須藤君は私の視線に気づくと、不機嫌そうに立ち上がった。

 

「お前の話はわかったけどよ、やっぱ今更真面目に授業受けるなんて無理だぜ。それにポイントが減るっつっても10万もあるんだから大丈夫だろ」

 

「そんなの、何の保証もないよ」

 

「知るか、いいから俺を巻き込むな」

 

 あれだけ言っても説得できないのか……。

 彼のあまりに頑なな姿勢に、私は『退学』のカードを切るかどうか一瞬迷い、そしてすぐに切り捨てる。仮に話すとして、みんなの前で話しても今度こそパニックになって私では収拾がつかなくなる。そして須藤君単独にコンタクトするにしても、彼がどう反応するかわからない以上、このことは胸の内にしまっておくべきだ。まだ入学して3日、これから楽しくやっていこうという人たちを必要以上に怖がらせるのはさすがに気が引けるし、恨まれるだろう。

 結局須藤君はみんなの冷ややかな視線に居心地が悪くなったのか、教室を出て行ってしまった。もし彼がこのまま居眠りを続けるなら、ポイントがどんどん減らされていくことも考えられる。もし『居眠り1分あたりにポイントが10減る』などと決まっていれば、1日でポイントが数千円分減らされる可能性だってあるのだ。

 2番目の説が採用されているなら彼だけが損して終わるけど、もしそうじゃないのなら……。

 

「ありがとうね黒華さん」

 

 説明の後、松下さんがお弁当箱を食べ終わった私にお礼を言いに来た。確か、一昨日から軽井沢さんたちとつるんでいる女子生徒だ。長い茶髪がきれいだなぁと印象に残ってた。

 

「どういたしまして、どしたの?」

 

「黒華さんが何も言ってくれなかったらポイント浪費してそうだったから、そのお礼。今度何か奢らせてよ」

 

「やったぁ。行きたいカフェがあったからそこに連れてってもらうことにする」

 

 そしてついでということで連絡先も交換する。お礼を言いに来てすぐに終わりかなと思ったけど、松下さんはまだ何か話した気だった。

 

「黒華さんって実はすごい人?」

 

「アハァ。バレた?」

 

「そりゃバレるでしょ。先輩との会話も大概だったけどさ。先生とのやりとり聞いてちょっとビビったし」

 

「まぁあれは素直に話さない先生の方が悪い」

 

 それはそう、と松下さんが笑う。なんで私に実力を確認するようなことを聞いてきたのかはわからなかったけど、それ以上深堀することもなく、ただの雑談に入る。

 適当に取り留めもない会話をしていると、新たな来客が向かってきてるのがわかった。コバンザメみたいに女子を引き連れているのは平田君だ。

 

「黒華さん、ちょっといいかな?」

 

「むしろ平田君こそいいの?」

 

 コバンザメが私を見る目はなかなか訝しげだ。

 

「はは、もちろんだよ──黒華さんにはお礼を言いたかったんだ」

 

「ふぅん? どうして?」

 

 感謝されるのは嫌いじゃない。調子に乗った私は唇を尖らせ偉そうに聞く。

 

「もしこのままポイントが減ることに気づかなかったら、大変なことになっていたかもしれないからね」

 

「平田君、ポイントピンチなの? 実は金のかかる男子だったり?」

 

「いや、そんなことはないと思うよ。ただクラスの人には危ない人もいたと思うから」

 

 あくまでも自分が助かったからではなく、クラスメイトが助かったからお礼を言いに来たと言う平田君。その言い方に奇妙な感覚を覚えたけど、それを表に出すようなポカはやらずに平田君をおちょくる。

 

「感謝してる?」

 

「もちろんだよ」

 

「じゃあお礼はデート1回ね」

 

「ちょっとあんた抜け駆けする気!?」

 

 ずるい! と口々に叫ぶ。近くで大声を出されて後ろの堀北さんが不機嫌になるのが気配でわかったので、慌てて冗談だと訂正する。平田君も思わず苦笑いだ。

 

「ちょっと揶揄っただけでしょ~」

 

 平田君たちが退散した後、ちょっと愚痴るぐらいは許されるだろう。話を聞いていた松下さんは珍獣でも見るかのように私を見てきた。

 

「怖いもの知らずだね黒華さん。私だったら絶対にあんなこと言えないや」

 

「それは松下さんがあの辺の子と仲がいいからでしょ? 私は『まだ』そんな関係じゃないし、それに平田君には興味ないし」

 

「うわっ、それ他の女子の前で言わないほうがいいよ。言質とられるから」

 

「え、嘘偽らざる本音だよ? 平田君がデキる男なのは間違いないけど、さすがにみんな見てくれにこだわりすぎだよ。それにあんなに群がられてる男の子と付き合うのってなんかミーハーに見られそうでヤダ」

 

 小声で言うと松下さんが吹きだした。

 

「あははっ、黒華さんて結構明け透けなんだね」

 

 それは褒めてるのか貶してるのか非常に判断が難しかったけれど、松下さんの表情からは面白がっているということしかわからなかった。というか100%面白がって言っているのかもしれない。

 

「あ、もう昼休み終わるね。またね、黒華さん」

 

 そう言って自分の席に戻っていく。『またね』ということは、少なくとも松下さんには気に入られたらしい。

 ひとまず、目下の課題はほとんど解決した。残るは須藤君をどうするかだけど──。

 

「なんにも思い浮かばん」

 

 こればかりは天の助けが必要な気がする。どう接しようと今の須藤君には何も通じない気がするのだから、困ったもんだ。

 少なくとも昼休み後の授業態度が改善されただけで良しとしよう。クラスの急変に少し目を丸くした先生を見ながらそう思った。

よう実の詳細な時系列や特別試験のルール、設定などをまとめた資料を書くかどうか(詳細は1章幕間の後書き参照)

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