入学してから3週間。
4月もいよいよ終わりが近づき、また一段と暖かくなってきた。
今は2限目の数学の時間。クラスのみんなは今も比較的真面目に授業を受けている。池君や山内君は当初は隙あらば私語をしようとしていたけど、今は静かに授業を受けている。その内容が頭の中に入っているかどうかは知らないけど。
けれど、彼らの変化は些細なものだ。この1週間、クラス内で誰が1番大きく変化したか、そう問われれば皆同じ人物の名を挙げるだろう。
そう、須藤君だ。彼はこれまで授業を受けようともせず居眠りし続け、それどころか昼休みに初めて登校するなんてこともあるという体たらくだった。けど彼は朝練のために早起きした甲斐もあり。ここ1週間きちんと朝に登校し、うとうとしながらも居眠りすることなく授業に参加している。ただ内容は全く理解できていないらしく、さらに板書の取り方もわからないときたので、彼は『居眠りしていないだけ』というのが実情だ。でもまぁ前よりはマシだと思うの。そのあまりの変わりように、クラスのみんなは困惑を通り越し、感動すら枯れ、いっそ怪しんでいた。同時に、須藤君に関するあらぬ噂が流れるようになる。
頭を打っておかしくなった、家族を人質に取られた、宇宙人に連れ去られて中身が入れ替えられた、神の天啓が下りた、黒華と付き合い始めたから等々、大喜利かと思うほどふざけた内容がクラス内でまことしやかに囁かれた。馬鹿げた話だけど、そのレベルの変わりようだったということだ。
何はともあれ、5月まであと一週間、私の立てた『クラスの成績に応じてポイントが増減する』説が正しい場合、支給されるポイントは確かに減っているだろうけれど、それでも減少分はけっこう抑えられたはず。
朝早く起きて運動する甲斐もあるというものだ。
◇
3限目の日本史、始業のチャイムが鳴ってみんなが席に座ったタイミングで茶柱先生が入ってくる。ちなみに茶柱先生は、当初みんなが授業を真面目に受けていることに衝撃を受けた様子を見せたことがある。今でこそ無表情で教室に入ってくるけど、あの時の彼女の顔は見ものだった。一体何があったのかと心配されたくらいだったからね。
ちなみにそんな茶柱先生は一部生徒に佐枝ちゃん先生と呼ばれ親しまれている。なんでそんな風に呼ばれるようになったかは不明だけど、本人は特にやめるように言ったりはしていない。
「さてお前たち、急な話だが今日は小テストを受けてもらう」
本当に急な話だな。一体何が私語になるかもわからないので、皆困惑したように顔を見合わせるだけだ。そんなみんなの様子は気にも留めず、先生はテスト用紙を前から配っていく。
「なお、今回のテストはあくまでも今後の参考用だ。成績表には反映されることはない。ノーリスクだから安心しろ。ただし、カンニングだけは当然厳禁だ。そんなバカなことをした生徒には相応のペナルティがあるからな」
成績『には』とは、まるでそれ以外には反映されますよと言わんばかりだ。それにカンニングが発覚した際の『相応のペナルティ』というのも気になる。普通0点処理されるとかそんなものじゃないのかな?
そんな私の疑問は置き去りに、始めの合図が出されたのでテスト用紙をめくって問題を確認する。全部で20問らしく、また日本史の小テストかと思ったけど数学や理科といった科目の問題も出されてる。
日本史の時間なのになんで?
「えぇ……?」
いろいろと気になることはあったけれど、ひとまず上から問題を解いている最中、思わず私の口から声が漏れた。この小テストの問題はそのほとんどが信じられないくらい簡単なもので、入学試験で解いたものより数段レベルの落ちたものだった。多分ほとんどの人が問題なく解ける問題ばかりだ。けれど最後から3番目の問題で難易度が急上昇した。
いや、3問目だけじゃない、あとの2問もかなり難しい。というか最後の問題は絶対に現役の高校1年生には解けないでしょ。そもそも2、3年で勉強する範囲だ。
入学試験でも似たような問題があったのを思い出す。各教科に数問、『絶対に解かせない』という問題作成者の固い意志を感じさせる問題があったのだ。まぁ入学試験でああいった問題を出すのは理解できる。いわゆる解けることを想定していない、受験生に『無視させる』問題だ。特に大学入試ではそういった問題が急増する。単純な学力だけでなく、効率的な『解き方』がわかっているのかどうか、受験生に確認するためだ。けど成績にすら反映されないこの小テストでこんな問題を出す意味がさっぱりわからない。
困惑の極みに達した私は、一通り問題を解いた後、現時点では分かるはずもないこの小テストの意味を考え続けた。
◇
そして迎えた5月1日、朝早くに起きた私は朝食を準備している間、携帯を起動して振り込まれたポイントを確認した。そのポイントは──。
「54000ポイントか……」
実に46000ポイントが減らされたことになる。私の授業態度は優等生そのものだったので、3番目の仮説が正しかった可能性が極めて高い。まぁそのあたりも今日答え合わせがされるだろうな。
朝食のハンバーガーはお弁当箱には入らないので、バスケットに入れて持っていくことにする。私の料理は須藤君に大好評で、これからもポイントを払うから作ってほしいとのこと。料理の腕を褒められるのは悪い気がしないな。
ジャージに着替えて寮のロビーに向かうと、すでに須藤君が待っていた。ちょっと忙しない様子を見るに、彼もポイントが減っていることに気がついたんだろうな。
「おはよ、須藤君」
「おう。なぁポイント見たか?」
挨拶を交わすと早速聞いてくる。まぁ特に須藤君が支給されるポイントの額を気にする気持ちはわかる。
「見たよ。54000ポイントになってた。須藤君は?」
「俺もだ……クソッ」」
こんな朝早くから苛ついているのは、自分のせいでポイントが減らされたんじゃないかと思っているからだろうな。ていうかまぁ十中八九そうだとは思うけど、今須藤君を責めたところで仕方がない。ここ1週間は授業態度も改善していたしね。
「まぁ気にしすぎるのもよくないよ」
とりあえずフォローを入れておく。
そもそも入学当初のみんなの授業風景を見るに、冗談抜きに私が注意しなければもっとポイントが減らされていた可能性もある。そこのところを履き違えてもらっても困るのだ。
入学1か月目の記念すべきポイント支給日だというのに、見上げて映るは曇り空。あまり気乗りしない1日になりそうだ。
◇
朝練を終えた須藤君と一緒に教室につくと、何やら異様な空気を感じた。その正体が何なのか気づく前に、私に声をかけてくる生徒がいた。平田君だ。
「黒華さん、ポイントを確認した?」
「したよ。やっぱりみんな54000ポイントみたいだね」
朝練が終わってから携帯を確認してみると、クラスのグループチャットがポイントが減っていた件で賑わっていた。当然クラスはその話題で持ちきりで、思ったより多くのポイントが残ったことに安堵するような声もあれば、誰かを責めるような声もあったりとマチマチだ。そしてその責められる誰かというのは1人しかいなかった。
「チッ」
いたたまれず乱暴に席に座る。教室に入った瞬間冷たい目線を感じたのは気のせいなんかじゃなかった。あれは私ではなく須藤君に向けられたものだったんだ。
「すまない須藤君。あらかじめみんなには言っておいたんだけど……」
「あ? なんだそりゃ、同情か?」
悪いのは須藤君だけど、平田君の言動も余計だった。毛嫌いしている平田君が自分のために動いたと知っても、上から目線で何様のつもりだと苛立ちが募るだけだ。助けるという行為はどういった動機があれど、助ける側の人間が上にいるからこそ成り立つのである。
そういう機微がわからない人だとは思ってなかったけど、実際にポイントが減ったことを知ったクラスメイトが、須藤君を責めると感づき、突発的に行動してしまったのかもしれない。この1か月で平田君が極端に争いを嫌う人だということはなんとなくわかっている。
「どうせ愚痴ろうが意味ないし、全員座って先生を待ったら?」
偉そうにこんなこと言われてもウザいだけだろうけど、あえてそう言う。
今須藤君にヘイトが向きすぎると、また自暴自棄になりかねない。そうなればようやく授業に参加してくれるようになったのに、また以前の須藤君に逆戻りする可能性がある。
もちろん須藤君が自ら謝罪するのが一番だ。けど今の彼にそんなこと言っても素直に頭を下げるわけがない。それなら私に少しでもその不満を押し付けてもらった方がいい。
「なによその言い方! 黒華さんはムカつかないの? 須藤君のせいでポイントが減ったんだけど!」
早速噛みついてきたのは篠原さんだ。ポイントが減額されたことがよほど気に食わないらしい。
「最近の須藤君は一応居眠りも遅刻もしてないし、これから気を付けてくれればいいでしょ。それに5万もポイント貰えるなら十分じゃない?」
「そういう問題じゃないって! 私たちが真面目にやってたのがバカみたいじゃない」
「真面目にやるのが常識だし、そもそも私が言わなきゃ絶対真面目に受けなかったでしょ」
売り言葉に買い言葉。
暗に『私のおかげでしょ』とでも言いたげな今の私の言葉は、まさに諸刃の剣だ。使い方を誤れば一気に険悪になる。決めつける私に篠原さんの顔が赤く染まっていく。図星をつかれた後ろめたさからじゃない、怒りでだ。
けどこれでいい。今少し嫌われるくらいなんの問題もない。後から取り返せばいいのだ。
私が自分の代わりにヘイトを浴びていると須藤君が気づくことで、彼は初めてそのプライドを捨てて頭を下げれるんだ。自分に代わり泥をかぶる私を見て、須藤君はようやく決心したように立ち上がった。
「ああクソ! 俺が悪かったって!」
これでいいだろ! そう言ってまたどっかりと席に座る。傍から見ればまったく反省しているように見えないけれど、みんな須藤君が自分から頭を下げるとは思いもよらず、口をポカンと開けて硬直する。
「黒華さんも、篠原さんもみんないったん落ち着こう」
この機を逃さずに平田君が場を治めようとする。この辺はさすがデキる男である。私も恩恵にあやかろう。
「うん……。ごめんなさい篠原さん。傲慢すぎた」
「…………」
篠原さんは私の謝罪には返事をせず、苛立った様子で席に座った。平田君のもの言いたげな視線が気になったけど、直後に始業を告げるチャイムが鳴り響く。
ほぼ同時に細長い筒を携えた茶柱先生が教室に入ってきた。その表情は普段のそれよりなお厳しく、これから大事な話がされるのだと嫌でも察する。
「せんせー、ひょっとして生理でもとまりましたー?」
冗談の部類としては最悪すぎるチョイスだったけれど、池君なりに険悪な空気を和ませようとしてくれたのかもしれない。しかし茶柱先生はまったく気にする素振りを見せずクラスを一望するだけ。いよいよいつもと様子の違う担任の先生に、教室内の空気が張り詰め始めた。
「これより朝のHRを始める。が、その前に何か質問はあるか? 気になることがあるなら今聞いておいた方がいいぞ?」
まるで生徒から質問が出ることを確信しているような物言いに、私が手を挙げる。
「先生、今朝確認したところ、支給されるポイントが減っていました。その理由を教えていただけますでしょうか?」
「ふっ、そうだな。今からその説明をするが、ひとまず全員自分の席に戻れ」
そう言ってまだ着席してない生徒に促す。全員が自分の席に戻ったことを確認した茶柱先生はゆっくり手をたたき始めた。
「正直、感心したぞ。今回お前たちに支給されるポイントが減っていたのは、クラスの成績がポイントに反映されるからだ。お前たちの場合、遅刻に欠席が22回、授業中の居眠りに私語、携帯を触った回数が48回。お前たちの授業態度や、日々の素行が評価された結果、今回お前たちに支給されるポイントが決まった。つまり黒華、お前の予想は見事的中していたということだ」
クラスメイト達の複雑そうな視線が集まって顔が熱い。
上機嫌そうに褒めてくる先生だけど、タイミングが最悪だ。
「あ、あぶねー」
そう胸をなでおろすのは池君だ。ポイントが減るとわかっていなければ、授業などお構いなしに私語しまくっただろうからね。覚えのある生徒はみな同じような反応で、つくづくギリギリの状況だったのだと思う。
「すみません先生、ポイントの増減の詳細を教えてください」
手を挙げたのは平田君だ。今後の参考にするつもりだろうな。
「それは答えられない。人事考課、つまり詳細な査定内容は教えられないことになっている。社会に出てもそれは同じ。お前がこの学校を卒業して、企業に入ったとする。しかしその時の詳しい査定内容を教えるか否かは、その企業が決めることだ。わかるな?」
「それは……。いえ、わかりました。そういうことですか」
最後はボソッと呟くと私の方を見てきた。多分質問に答えてくれない先生の話を思い出したんだと思う。皆は録音しか聞いていないけど、改めてその姿を目の当たりにしたということだ。
「質問はもういいな? 本題に入るぞ」
持っていた筒から厚手の白い紙を取り出し、黒板にマグネットで張り付ける。張り付けられたポスターには、AからDまでの各クラスの名前と、その横に数字が書いてあった。Dクラスの横には『540』の文字。
クラスのみんなもこれが何の数字なのかすぐに理解する。
「これがなんなのか理解できたか? この学校のSシステムだが、お前たちにはその全てを説明したわけではない。お前たちが自由に使えるポイントを『プライベートポイント』、そしてそのポイントの支給額を決めるポイントを『クラスポイント』という。今のDクラスのポイントは540。これに100をかけた数字がお前たちに支給されるプライベートポイントとなる」
そんなシステムが採用されてたのか……。
こんなの、ただの高校生に気づけるはずもない。上級生からも漏れなかったので、多分新入生に対してはトップシークレットなんだろう。
「先生、あの、AクラスとBクラスだけポイントがかけ離れているように見えるんですが、なにか理由があるんでしょうか?」
手を挙げたのはまたもや平田君だ。彼の言う通り、Dクラスの540ポイント、Cクラスが520ポイントと僅差なのに対し、Bクラスは870ポイント、Aクラスに至っては980という圧倒的な数字だ。20ポイントしかクラスポイントが減っていないことになる。
「よく気づいたな平田、例年はこのような結果にはならないから説明が難しいが……。お前たちはなぜ自分がDクラスに入れられたと思う?」
「え、クラス分けとか適当じゃないんすかー?」
茶柱先生の言い方はまるで各クラスには明確な基準があり、それに従ってクラス分けがされているような言い方だった。つまり──。
「この学校では、優秀な生徒から順にクラス分けされるようになっている。最も優秀な生徒はAクラスへ、最もダメな人間はDクラスへ、とな。ま、大手集団塾なんかでも実際に実施されている制度だ。お前らの中にはこう言われたことがある奴もいるんじゃないか? 『友達は選べ』と。不出来な人間の周りにいる人間もまた不出来な人間になっていくからな。それを防ぐための予防処置みたいなもんだ。つまりDクラスは本来最悪の不良品が集まるクラスというわけなんだが……。お前たちはその評価を覆したことになる。まったくこんな結果になるとは誰も予想していなかったぞ。職員室はお前たちの話題で持ちきりだったからな」
これで本当に褒めてるつもりなのか、問いただしたくなる言葉だったし、少なくとも聞いてて気持ちのいいものではなかった。先生が言うには、学校は当初私たちを不良品などと判断したということだ。人間に使う言葉じゃない。当然怒る生徒も出てくる。
「ふ、不良品!?」
「落ち着け幸村。入学当初、学校はお前たちをそう判断していたわけだが、今のお前たちの評価は『平均よりやや劣る生徒』だ」
「な、そんなこと言われても嬉しくもなんともありません! いったいどうゆうことですか!?」
「このクラスポイントだが、これはプライベートポイントの支給額にだけ紐づけられているわけじゃない。クラスポイントが他のクラスを超えることがあれば、クラスのランクも入れ替わる。見てみろ、お前たちのクラスポイントが540なのに対し、Cクラスは520ポイント。僅差だが、お前たちの方が上ということになる。つまり、今日からお前たちはCクラス。昨日までCクラスだった連中は逆にDクラスに落ちることになる。不良品は彼らだったということだ」
先生の話を聞く限り、この学校はクラスごとに争うシステムを採用しているということ。その時点でいくつも疑問が出てくるけど、一番気になるのはクラスのランクが上がることにいったい何の意味があるのかだ。
「先生、クラスのランクが上がってなんの意味があるんでしょうか?」
「いい質問だ。国の管理下にあるこの学校は高い進学率と就職率を誇っている。それは事実だし、このクラスの多くもその謳い文句を当てにしてこの学校を志願したんだろう。が、お前たちのような生徒をそのまま社会に送り出してやれるほど、この世の中は甘くない。この学校に将来の望みを叶えてもらいたいのなら、お前たちにはAクラスを目指してもらう。Aクラス以外の生徒には、この学校は何一つ保証することはないだろう」
「なっ!? ちょっと待ってください、そんな話聞いてませんよ!」
茶柱先生が明かした衝撃の事実に、クラスメイト達が口々に騒ぎ出す。聞いてない、滅茶苦茶だ。そんな阿鼻叫喚と化した生徒たちの叫びを涼しい顔で受け流す。
「毎年、Dクラスは最初のひと月でポイントを枯渇させてきた。お前たちは黒華を筆頭にその事態をうまく避けたようだが、この学校ではクラスごとに成績を争ってもらうことになる。さすがにお前たちもその事実には気づかなかったようだな。例年に比べクラスポイントが上がったのはお前たちだけじゃない」
「あっ……」
唐突に声を漏らしたのは櫛田さんだ。張り詰めた空気の中、彼女の声はよく通った。
「ごめんなさい……。私、他のクラスの友達に黒華さんが言ってたことを話しちゃったの……」
そう言って頭を下げて謝罪する。
「いやいや! 櫛田ちゃんは悪くないだろ!」
これは完全に櫛田さんを庇う生徒の言う通りだ。ポイントが減ることを知らない友達がいるとして、いったいどうしてそのことを黙っていられようか。
それにクラス間で争うのを見落としたのは私の落ち度だ。ポイントをどうするかばかりを見ていて視野狭窄になっていた。今考えれば、クラスごとに能力が違うのは争い合った結果とすぐわかるのに、いったいなんでこんなことにも気づかなかったのか。
「櫛田の言う通り、黒華の話がクラスの垣根を越えて広まった。その結果、全てのクラスの素行が改善され、クラスポイントの減少が抑えらえたというわけだ。もしあの話をお前たちの中で留めておけば、もう少し差は縮まっていただろう」
「ちょっと! そんな言い方はないだろ先生!」
項垂れる櫛田さんも、反発する男子生徒も無視し、茶柱先生は言葉を続ける。
「さて、お前たちにはもう1つ伝えておくべきことがある。こっちの話は、決して褒められたものではないがな」
さっきの話のいったいどこに私たちを褒めた要素があるのか甚だ疑問だ。
茶柱先生が張り付けたもう1枚の紙には、クラスメイト全員の名前と、その横に数字。これが何なのかはすぐにわかった。
「まったくこのクラスには馬鹿ばかりだな。これは先日行った小テストの結果だ。お前ら小中学校で一体何を勉強してきたんだ?」
これは……たしかに想像以上にひどいな。
一部の上位を除いて、クラスメイトの大半が65点程度しか取れていない。須藤君に至っては18点、いったいどの問題が解けたのか逆に気になるレベルだ。その次が池君の24点。クラス内平均は70点ほどかな。
「よかったな、これが本番だったら、7人は入学早々退学になっていたところだ」
「た、退学!? どういうことですか!?」
「そういえば説明していなかったな。この学校では中間テストに期末テスト、その両方で、1科目でも赤点をとったら即退学処分にすることになっている。『今回の小テストなら』、33点未満の生徒は全員退学処分の対象というわけだ」
赤点をとったらしい、一部の生徒が大声を挙げる。張り出された紙には、31点の菊池君という生徒の上で赤線が引かれた。彼以下の生徒はみな赤点ということ。
それよりも33点って……。一応私は皆の点数を頭に叩き込んでいく。念のためだ。
「ふっざけんなよ佐枝ちゃん先生! 退学とか冗談じゃねぇよ!」
「私に言われても困る。学校のルールで決められていることだし、そもそも勉強すれば解決だ、そうだろ?」
「ティーチャーの言う通り、このクラスには愚か者が多いようだねぇ」
いつのまにやら取り出したらしい爪とぎで手入れをしながら、高円寺君が偉そうに言う。いつも通り足は机の上に乗せたまま。大した胆力だと思う。
「なんだと高円寺! どうせお前だって赤点組だろ!」
「フッ、どこに目がついているのかな池ボーイ、よく見たまえ」
そう言って黒板を指さす。
「あ、あれ、ねえぞ? 高円寺の名前が──え、あ、は? 嘘だろ……」
高円寺君の名前は貼り付けられたポスターの上の方、同率2位に名前を連ねていた。あんななりして勉強もできるらしい。高円寺君万能説が私の中で確固たるものとして固まっていく。
「まじかよ……、絶対バカだと思ってたのに」
その気持ちはわからないでもない。バカであってほしいよね。
「まぁ安心しろ。当校設立以来、最初のひと月で上に上がったDクラスはお前たちが初めて、これは誇るべき偉業だぞ。中間テストまではのこり3週間、どれだけ馬鹿が多かろうと、お前たち全員が赤点を取らずにテストを乗り越える方法はあると確信している。せいぜい頑張って退学の危機を乗り越えてくれ。これでHRの時間は終わり。できることなら実力者にふさわしい振る舞いをもって挑むことを期待している」
先生は締めくくると、質問を受け付けることもなく教室を出て行ってしまった。妙な言い方をする茶柱先生だけど、安心などできるはずもない。
自分で言うのもなんだけど、私がいなかったらこうはならなかったはずだ。それくらいクラスのみんなも理解している。つまり茶柱先生の褒め言葉は全て皮肉だ。性格の悪さが滲み出ている。
◇
「なぁどうすんだよこれから!」
重い空気を大声で切り裂いたのは池君だ、赤点候補者の彼は黙ったまま時を過ごすというのが耐えられなかったらしい。
「赤点取って退学なんて絶対いやだって!」
「だよな! 理不尽だ!」
山内君という同調する仲間を得たからか、声のボリュームはだんだん大きくなっていく。正直ちょっとうるさい。2人の隣に座る生徒が思い切り耳をふさいでるのが目に入った。
「焦る気持ちはわかるけど、2人とも一旦落ち着こう」
平田君はあくまでも穏当に呼びかけたけど、それがむしろ2人の琴線に触れるらしい。
「へっ、いいよな平田は。退学なんて絶対しないだろうし」
「なっ!?」
「ちょっと! そんな言い方ないでしょ! あんたたちがバカなだけじゃない!」
煽る2人と平田君を庇う女子で舌戦が始まる。平田君は当事者なうえ、口を挟めば男性陣に噛みつかれるのが目に見えているため、どうすることもできない。
そしてこの口論を激化する燃料がさらに投下される。
「赤点で退学はどうでもいい。なんで俺がDクラスなんだよ……!」
聞かせるつもりはなかっただろうけれど、自制心を失った言葉は声の調整が不適切で、赤点候補者全員にしっかりと聞こえる音量で教室に響いた。
「なんだよどうでもいいって!」
「うるさいな……! こっちはそもそも不良品だなんて言われたことに納得いってねえんだよ!」
「んだよそれっ。自分はこいつらなんかと違いますーってか?」
「お前……!」
山内君の挑発する物言いに幸村君が激昂する。顔を赤くして、つかみかからんばかりの勢いだ。
「みんな落ち着いてよ。先生が私たちに厳しいこと言ったのは、私たちに発破をかけるためなんじゃないかな?」
危うい雰囲気を察して動いたのは櫛田さんだった。幸村君と山内君の間に立つと、身振り手振りで詰め寄る幸村君を制止させる。
「それにほら、悪いことばかりじゃないよ。私たちはCクラスに上がれたわけだし、これからもみんなで頑張ろうよ」
「それは、そうだが……」
歯切れ悪い様子はまだ納得がいってないと如実に物語っていたけれど、ひとまず暴力に発展するような雰囲気は霧散する。
「ねえ黒華さん、これからどうしたらいいと思う?」
もうちょっとみんなの様子を見ていたかったけれど、櫛田さんがここでなぜか私に話を振ってくる。さっき険悪ムードにしたのを忘れてしまったのかな。
「どうするもなにも──」
やらなきゃいけないことなんて一択だと思うけど。
これは飲み込んだ。
先生の話と、クラスのみんなの様子を見て、私の中ではある考えが芽生え始めていた。
「ひとまず、みんなが今後どうしたいかを放課後に考えてみるとか」
まぁまずこれか、どちらにせよ今後Dクラス、いやCクラスがどうしたいかのすり合わせをした方がいい。皆がどう思っているかは私も気になる。
「そうだね、僕も賛成だよ。みんなはどうだろう?」
平田君が賛成を表明すると、女子連中が続くように同意していく。男子はそれが若干気に入らない様子だったけれど、櫛田さんが参加を表明すると俺も俺もと手が上がる。
このクラスには単細胞しかいないのかと内心呆れた。
◇
「黒華さん、あなた本当に納得しているの?」
授業が終わった直後、久しぶりに堀北さんが話しかけてきた。表情を見るにあまり機嫌はよくなさそうだけど、それは以前のいざこざとは無関係だろう。彼女の言葉には目的語が欠けていたけれど、何のことを言っているのかはわかった。
「私がDクラスに配属されてて納得できてるのかって意味?」
「そうよ。あなたは比較的優秀みたいだし、先生の話をあっさり受け入れていたのが不思議でならないのだけど」
「確かに、黒華は全然動揺しているように見えなかったな」
綾小路君も横から口を出してきた。
別にあっさり受け入れたわけじゃないけれど、2人の目にはそう見えていたらしい。
「全然そんなことないけどな。私もなんで~って感じだったし。能力順なら絶対Aクラスだと思ったんだけど」
私が学校側でも黒華梨愛という生徒はAにぶち込む。自画自賛だけど、私ほど完璧な高校生もなかなかいないと思っている。私は自尊心がそれほど高いわけじゃないけれど、人一倍自信家なのは小学生の時からだ。
「……あまり気にしているようには見えないわね。少なくとも私は、納得することなんてできない」
「え?」
「どういう意味だ?」
綾小路君の疑問には答えずに堀北さんは黙り込む。納得できないも何も、納得するしかない状況だけれど。段々と堀北さんがDクラスに入れられた理由に確信を持ちながらも、私は堀北さんに真意を問いただすようなことはしなかった。放っておいた方がいいと思ったのだ。
私がそう判断したところで、平田君がこちらに歩いてきた。
「綾小路君、堀北さん。ちょっといいかな。放課後、クラスポイントを得るための話し合いをしたいと思ってるんだけど、君たちにもぜひ参加してほしいんだ」
HR後の休み時間に言っていたことだ。
「なんでオレたちなんだ?」
「さっき参加者を募集したとき、2人は特に反応がなかったから、一応声をかけに来たんだ。どうかな?」
2人は私の後ろにいるから見えてなかったけれど、前に立っていた平田君からは2人が参加しなさそうな様子が見えていたのかもしれない。平田君の懸念はたぶん当たってるし、やっぱりクラスメイト達のことをよく見てる。
「申し訳ないけれど、私は断らせてもらうわ。話し合いは得意じゃないの」
「無理に発言しなくてもいいんだ。その場にいてもらうだけでもダメかな?」
「私は意味のないことに付き合うつもりはないから」
意味がないなんて断定はできないと思うけど、堀北さんはすっぱりと言い切った。
「……わかった、無理に誘ってごめんね。綾小路君はどうかな?」
逡巡する様子を見せた綾小路君だけど、ゆるゆると首を横に振る。
「あー……俺もパスで、悪いな」
大多数が参加する話し合いに堀北さんだけ不参加となると、クラスメイトからの顰蹙を買うことになる。事なかれ主義者らしくない判断を綾小路君がしたのは、その点を考慮したのかもしれない。まぁそんな気づかいで話し合いに不参加になるほうが事なかれ主義としてイレギュラーな対応だと私は思うけど。なんだかんだで堀北さんのことは大事に思っているのかもしれない。
「うん、僕こそ急にごめんね。でも、2人とも気が変わったらいつでも言ってほしい」
そう言って他の生徒に声をかけに行こうとする。あ、これ私が無条件に参加すると思われてるやつだ。
「あ、ごめん平田君。実は私も参加できないの」
後ろから声をかけると意外そうに振り返った。まぁ言い出しっぺの私が不参加とは思わないだろうな。
「黒華さんも? どうしてか聞いていいかな」
2人にはそこまで踏み込まなかったけれど、私には聞いてくる。まぁこれはしょうがない。
「ちょっと放課後用事があってさ。でも終わり次第参加するよ」
「そうか、なら仕方がないね……。黒華さん、現時点で意見があったりしないかな?」
私には若干粘りを見せる平田君。まぁ現状私がクラスメイトに頼られるのはしょうがないか。
それに頼られるのは嫌いじゃない。
「うーん、今後のための話し合いってことだけど、たぶん目先の話だけした方がいいと思う。退学者を出すのは論外だしね。あと、もし勉強会とか開くなら、私は好きに使ってもらっていいからね」
退学者を出したクラスに、どんなペナルティが課されるかわかったものじゃない以上、これは絶対だ。
「そう言ってもらえると本当に助かるよ。ありがとう黒華さん」
お礼を言い残して平田君は自分の席に戻っていく。欲しかった返事は一切もらえなかっただろうに、負の感情を全く感じさせない振る舞いはさすがと言ったところだ。
デキる男はやはり違う。
「平田も偉いよな。あんな風にすぐに行動に移すんだから」
私が感じたこととは違ったけれど、綾小路君も平田君を称賛する。
「それは見方によるわね。安易に話し合って解決する問題なら苦労しないわ。頭の悪い生徒が集まって話し合ったところで、建設的な案が出るとは思えない」
堀北さんはそう言うけれど、もしそれが本音なら、私が参加するかどうか聞いてから不参加を表明してもおかしくなかったと思うんだけれど。
私だって建設的な案が出せるかどうかは知らないが、堀北さん自身が私のことを優秀だと言っていたのだ。発言と行動が矛盾している。彼女が放課後話し合いに参加せずに何をするつもりなのか、なんとなく察しながらもそれを口にすることはなかった。
どうせ絶対怒るからだ。
◇
「黒華さん、よかったら2人でご飯行かない?」
昼休み、私を誘ってきたのは松下さんだ。松下さんは普段、篠原さんとか佐藤さんとかと一緒にご飯を食べているので、こうやって昼休みに私を誘ってくるのは初めてのことだった。
タイミングがタイミングだし、ただの気まぐれなんかじゃなくて、私と2人で話したいことがあるから声をかけてきたんだろうな。
「いいよっ。食堂でいい?」
OKとのことだったので、2人で教室を出て食堂に向かう。周りに人が多い状況でご飯を食べるのは躊躇われるけど、幸い端っこの方の席を確保できた。
食事中話せない私に配慮してくれた松下さんと黙食し、食べ終わるなり早速と言わんばかりに口を開いた。
「わざとだよね?」
その短い言葉だけで、私に何の話をしに来たのか一発でわかった。
主語も目的語も欠けているのは、周囲の人に何の話をしているか悟らせないため。私がその6音だけで意図を理解できると判断していることも鑑みると、松下さんは相当優秀な人なのかもしれない。
途端に思い出したのは松下さんの小テストの結果だ。たしか平均よりちょい上くらいだったはず。絶対に手を抜いたでしょ。
「ああいうのは気に入らない?」
「ん~複雑って感じ? 篠原さんだってイライラしすぎだと思うけど、全面的に悪いのは須藤君。でも須藤君は絶対に自分から謝ったりしなかっただろうし……」
綺麗な髪をくるくると指に巻き付ける松下さんは、自分でもどうするのが正解だったのかは理解していない、いや、判断できていないって感じか。
そもそもあの喧嘩じみた騒動に正解は1つだけだった。須藤君が自ら謝罪しない以上、須藤君が傷つくか、彼に不満のある生徒が鬱憤を溜め込むかの二者択一。私は前者の方がクラスにとって不利益になると判断しただけ。
「あれはどうにもならなかったんだよ。運が悪かったと諦めるしかない」
「身も蓋もないって感じだね」
「でも対処療法はある。今日誘ってくれたのはその話をするためでしょ?」
「あはは……。参ったな」
思惑を言い当てられて苦笑いする。
「黒華さんが言う通り、篠原さんの機嫌は私がとっとくよ。他のみんなはそこまで怒ってないからね。5万もポイント貰えるなら全然オッケーって感じらしいし。私もそう」
そう言って自信ありげな笑みを浮かべる。篠原さんと仲のいい松下さんが説得してくれるなら、これ以上手を煩わされることはない。松下さんの協力は願ってもないことだった。
「ありがとう、お願いします」
快く了承してもらったことで、2人で教室に戻る。平田君や櫛田さんが何かしたのか知らないけど、どうやら赤点候補者以外のほとんどの生徒は、先生の言っていたことを飲み込んだらしい。登校直後や、SHR直後の混乱した空気はすでに霧散していた。これなら放課後の話し合いも形になるだろう。
「後は運ゲーだなぁ……」
こればっかりは仕方がない。部活動説明会に参加していれば何とかなったけど、あの日は学校の視察をしなくちゃいけなかったんだ。
とりあえず今後のシミュレーションだけしておこう。授業中の先生の話は全て聞き流し、この中間テストをどのように乗り越えるか考え続けた。
御清覧ありがとうございます。
はい、というわけで悩みましたがいきなり下剋上を起こすことにしました。
初めて後書きを使いますが、本作は結構独自設定(妄想多く含む)が出てくるので、これからはそういったところの補足説明に充てようかと思います。
そんなんどうでええワって方はスルーしてもらってOKです。
今回は原作とのクラスポイントの乖離についてです。
Aクラス:原作940CP→980CP(+40CP)
Bクラス:原作650CP→870CP(+220CP)
Cクラス:原作490CP→520CP(+30CP)
Dクラス;原作0CP →540CP(+540CP)
という感じでどのクラスもCPが滅茶苦茶上がってます。特にBクラスは顕著です。
一応裏設定はこんな感じにしてます。
Aクラス:黒華の話聞いても弥彦あたりが寝坊とかで減点させてそう。どうせ原作も半分くらいは弥彦が原因の減点でしょう。
Bクラス:黒華の話聞いた一ノ瀬がいち早くクラスを統制。特に櫛田が他クラスに友達を作るとすれば最初はBクラスだと思うのでガッツリ上げました。黒華の話が出たのは入学3日目なので、実際はもっと上がるかもしれません。Aクラスと100ポイントくらいしか差がないので、無人島でAに上がる可能性すらあります。
Cクラス:たぶん暴力でクラスポイントを大きく減らしたと思うのであまり恩恵を受けさせてません。龍園は従えた相手には真面目に授業を受けさせてますが、これは原作でもたぶんそう。あと櫛田の話が伝わるのが最後になるかと思いますのでそれもあんまりCPが増えてない理由です。Cクラスは不良品認定される説明を受けてますので、黒華へのヘイトがやばいです。
Dクラス:Sシステムの秘密を暴いても足を引っ張りそうなのは池、山内、須藤、軽井沢、篠原、佐藤あたりですが、どうも原作2巻冒頭の描写を見る限りポイントが減ることに気づいた場合、須藤以外は真面目に授業を受けそうなので、私語はかなり少なくなっています。
問題は須藤の遅刻と居眠りですが、今回は入学2週間時点で主人公が解決済みなのでポイントの減少は最小限で済んでる感じです。
それと本作は具体的な遅刻や私語の回数を設定していますが
遅刻欠席1回につき-10CP
私語や居眠りなど1回につき-5CP
で計算してます。
まぁ原作見る感じどのクラスも一桁目が綺麗に0なので、実際には多分どんな減点行為も最初の1か月は10点単位で設定されていると思います。もしくはそもそもそんなに細かく設定されていないかですね。ぜひ設定資料集とか出してほしい。
正直540CPはいくらなんでもやりすぎかなと思いましたが、よくよく考えれば3日目でクラス全員にSシステムの秘密を暴露してるのに、半分しか残せないほうがおかしいと思いましたので突き抜けることにしました。
今回の後書きはこれで終わりです。
評価や感想、大変励みになっております。これからもどうぞよろしくお願いします!
では、アデュー!
よう実の詳細な時系列や特別試験のルール、設定などをまとめた資料を書くかどうか(詳細は1章幕間の後書き参照)
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書け
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是非書いてくれ
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投稿が遅れてもいいので書いてほしい
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どちらでもいい
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投稿が遅れるなら書かなくていい
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別に書かなくてもいい
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書くな
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