「自分の立場が分かってないワケ?」
肩を掴むいろはに、アリナは呆れたように言った。
「アリナの気分次第で、アナタは次の瞬間に死んでもおかしくないんだケド?」
アリナの手には桃色のソウルジェムが握られている。
ソウルジェム、文字通りの魔法少女の魂。
アリナが少し魔力を加えたら、簡単に割れてしまうだろう。
しかし、いろはも考えなしに引き留めたわけではない。
「大丈夫です、アリナさんは絶対にそんなことできないので」
アリナの顔がピクッと動いた。
やっぱりそうだと思いながら、いろはは続けた。
「私を殺したら、ねむちゃんも灯花ちゃんも絶対にソウルジェムを返さなくなりますよね?」
たしかにアリナならソウルジェムを砕くのを躊躇しないだろう。
けれどアリナの目的は、いろはを殺すことではない。
あくまでもマジかりを描くことだ。
そしてマジかりの続きを描くには、自身のソウルジェムは必須だ。
持っていなければ、病院を出られないからだ。
漫画を描く道具を手に入れることが出来ない。
ねむと灯花と交渉する必要がある。
実力行使という選択肢はない。
ねむと灯花は魔法少女としても天才だ。
戦闘経験こそ少ないものの、その魔力は大きい。
現状の最悪のコンディションのアリナでは一対一でも勝ちはおぼつかない。
おまけに神浜最強の七海やちよも来ているという。
勝てる見込みは小さい。
万に一つは可能性がある、というのは楽観的だろう。
だからソウルジェムを取り返すには、いろはという人質が必要なのだ。
もし殺してしまえば、どうなるか。
死人に人質は務まらず、アリナはソウルジェムを取り返せない。
マジかりの続きも描けない。
だからアリナは、いろはのソウルジェムを壊せない。
「チッ……」
アリナの口から舌打ちの音が漏れる。
苛ただしげに口元がゆがんでいる。
けれど、足は止まっている。
いろははもう一度言った。
「アリナさん、少しだけでいいので話を……」
しかし、その言葉は中断した。
「じゃあ、ねむと灯花をこの場に呼べばいいだけだヨネ?」
再びキューブがいろはを襲う。
今度こそ動けなくなるように、情け容赦のない速度で右足と左腕を打ち抜いた。
だが今回はいろはの変身も間に合った。
すぐさま回復魔法を発動。
少し後ずさっただけで怪我自体はたちまち回復。
再びアリナと向かい合った。
アリナは怪訝そうな顔をしていた。
そんなアリナに、いろはは言う。
「念話、できないですよね?」
アリナが睨み付けてくる。
「これもアナタたちの仕業?」
「ういの回収の能力です。病院内の念話や魔法を使ったときに発生する魔力波は、ういが全て回収しています」
「念話をしても、魔法を使っても、灯花たちは気付かないってワケ?」
「はい」
いろはは事前に決めていたのだ。
この場は、アリナとの一騎打ちにする、と。
さすがにいきなり攻撃されたのは予想外ではあったが、交渉が失敗して、アリナが実力行使に出るのは十分に予想できた。
その時に、ねむや灯花や、みかづき荘のメンバーが近くにいたら、必ずいろはを守ろうとするのも予想できた。
そうなってしまったら、そこからはもう戦闘だ。
それは避けないといけなかった。
いろはは自分の経験から嫌というほど知っている。
一度、戦闘をした。
相手が自分の仲間を傷つけた。
この事実が、どれだけ根深い敵対意識を植え付けるか。
それを回避する方法については、いろはでは考えつかなかった。
けれど、彼女には自分でも誇らしく思っている長所がある。
魔法少女間の人脈の広さと、繋がりの強さだ。
いろははすぐに荒事に慣れた、頭のいい魔法少女の顔を思い浮かべることができた。
紅晴結奈である。
電話で相談すると、彼女は即座に妙案を出してくれた。
『要するに、現場を見られなければいいのよぉ』
『現場を見られなければ……?』
『その目で仲間を傷つけられるのを見てしまうのと、後から話しだけを聞くのとじゃ印象が全く違うでしょぉ?』
『それは……たしかに』
『加えて、傷つけられた仲間が相手を許していて、大した怪我もないならどうかしらぁ?』
『……そんなに目の敵にはしないかも、です』
『環さんは信頼されてるし、回復魔法で怪我も隠せるから、効果的だと思うわよぁ……』
あとの問題は、どうやって一騎打ちの状態を作るか、だ。
しかし、そこは妹のういと里見医師が、ねむと灯花・みかづき荘のメンバーにも秘密にするという条件こみで協力してくれた。
ういは誰よりも早く、いろはの考えを察してくれた。
捨て身とも言える作戦に出ようとする姉を慮りつつも『絶対に死んだりしない』ことを条件に、魔力ジャミングを請け合ってくれた。
けれど、一騎打ちに持ち込むには、それだけでは不十分だった。
話し声などで異変に気付いてしまうかもしれないからだ。
そこで協力してくれたのが里見医師だ。
彼はアリナの病室を院内の隅の方に移してくれた。
灯花たちのいる部屋からソウルジェムの許容範囲内で、病院スタッフも特別な用がない限りは近づかないという絶好の位置に。
「アリナさん、話をしていただけませんか?」
もう一度、いろはは問いかけた。
アリナは考えている。
どうやってソウルジェムを取り返すか。
この期に及んでも、彼女の頭には話をするという選択肢は存在しなかった。
ただ、どうやら難しそうだというのは飲み込めてきた。
いろはの言葉に、嘘はないのだろう。
ねむと灯花がソウルジェムを持っていること。
二人にみかづき荘のメンバーが付いていること。
環ういの魔力ジャミングのこと。
ソウルジェムの扱いには注意が要る。
間違って一般人が持ち出したりしないように、魔法少女に管理を任せるだろう。
そして、いろはは
「灯花とねむが持っている」
と言った。
いろはの性格から考えて、たとえ嘘をつくにしても妹同然の二人を危険にさらす嘘はつかないはずだ。
そして妹同然の二人に危険があるなら、信頼でき、実力もあるチームを護衛に付けるだろう。
その点、みかづき荘のメンバーは百点満点だし、頼みやすくもあるはずだ。
他のチームに頼む理由も見当たらない。
環ういの魔力ジャミングにしてもそうだ。
そんなことができるとは初耳ではある。
けれど、彼女の回収の能力は知っている。
できそうではあった。
別の魔法少女の能力と考えられなくもないが、ねむと灯花と同じ理由で、ハッタリとは考えにくい。
おそらく真実だ。
そして、それらが真実である以上、アリナがソウルジェムを取り返すのは難しかった。
もともとの戦闘力から考えて、力ずくでは取り返せない。
いろはを人質にするのも無理そうだ。
ねむ・灯花と交渉できるような材料は、他に何も持っていない。
最後の手段として、一般人を人質に取ることも考えた。
だが、この体調である。
吐き気はいつも通りとしても、先ほどから頭が割れるほど痛んでいる。
船の上にでもいるように視界が揺れていて、体に力が入らない。
これでは目の前にいる平均的魔法少女にすら勝てないだろうし、この平均的魔法少女は一般人に手を出すのを許さないだろう。
「……うっ」
吐き気が一層強くなった。
視界の揺れが大きくなって、気付くと膝を着いていた。
もう考えがまとまらなくなってきている。
そんな状態で考えついたのは……。
「環、いろは」
床に這いつくばりながら、いろはを睨む。
「……なんですか?」
いろはは心配そうにしながらも、さすがに奇襲攻撃を警戒しているらしい。
少し姿勢を低くした戦闘態勢を崩していない。
「アナタのソウルジェム、壊さないまでもヒビくらいは入れてやってもいいケド?」
いろはは即答した。
「構いません。ヒビなら治せますから」
「死ぬほど痛いらしいケド?」
これも即答だった。
「がんばります」
「ハッ……」
思わず、乾いた笑いが漏れた。
そうだろう。
この程度の脅しに屈するなら、もっと早くソウルジェムが返ってきているはずだ。
どうやらソウルジェムは取り返せないらしい。
結論が出ると、ドッと体が重くなった。
うずくまっている体勢すら辛くなってきて、そのまま床の上に寝転がった。
ソウルジェムを取り返す気力も体力も、もう残っていなかった。
環いろは編、もう一話続きます。