盗作・魔法少女マジカルかりん   作:ノッシーゾ

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第十二話 ファン

 

 いろはとアリナの会話から、二時間ほど経った後のことである。

 

 場所は同じ里見メディカルセンター。

 待合室に一人の少女がいた。

 

 歳は環いろはと同じくらいだろう。

 だが、魔法少女ではない。

 彼女たちが必ず持っている宝石を、この少女は持っていなかった。

 

 しかし普通の少女かと言えば、これは少し疑問が残る。

 とくに、この場の大人たちの目に映る彼女の姿は、明らかに普通ではなかった。

 

 そわそわと辺りを見回したかと思うと、ピンと背筋を伸ばして石のように固まる。

 背負っていたパンパンのスクールバッグを何かから守るように抱え込んだかと思うと、暑くもないだろうにタラタラと汗を流す。

 何かを思い立ったかのように勢いよく立ち上がり、入院病棟の方に歩きだした……かと思うと、十秒もしないうちに戻ってきて、元の位置に座る。

 このときの彼女は、まるでフルマラソンを全力疾走してきたかのように息が上がり、頬が紅潮している。

 

 そしてしばらくすると、また辺りを気にしはじめる。

 急に入院病棟に歩き出し、すぐに心配になるほど息の上がった状態で戻ってくる。

 

 こんな少女を「普通」とは言えないだろう。

 しかも、彼女は一時間ほども同じことを繰り返しているのだ。

 深夜に活動する魔法少女たちと比べても不審だし、心配にもなる。

 十分ほど前には見かねた看護師が声をかけた。

 

「どなたかお見舞いですか?」

 

 そのときなど、彼女は飛び上がった。

 

「ひっ!! あっ、えっ、あっ、いっ、いっ、いえ! おっ! お、お構いなくっ!」

 

 もちろん普段から、これほど挙動不審なワケではない。

 彼女がこんな状態になっているのには理由がある。

 

 話は二時間ほど前。

 いろはとアリナの話が終わった直後に遡る。

 

 

 

 里見メディカルセンターに設置された自動販売機の前。

 後ろからやってきて、自販機を物色しはじめた桃色の髪の少女を見た瞬間、彼女は石のように固まった。

 腰をかがめ、取り出し口に手を突っ込んだまま、電源を抜かれたロボットのように動かなくなった。

 

 彼女は桃色の髪の少女を知っていたからだ。

 盗作・魔法少女マジカルかりんの登場人物『玉木いろは』として。

 

 それも彼女の場合、ただのファンではなかった。

 マジかりのイベントがあれば必ず参加し、二次創作漫画を描くことを生き甲斐とし、生命活動にマジかりの摂取を必要とする、生粋のマジかりストであった。

 その彼女の前に、玉木いろはは現れてしまったのである。

 

 もしかしたら別人なのか、とは思わなかった。

 たしかに漫画の中の玉木いろはとは違った。

 髪型が違ったし、来ている制服も違った。

 顔の輪郭も肖像権への配慮がうかがえる。

 

 しかし一日に二回は通しでマジかりを読む、生粋のマジかりストの目は誤魔化せない。

 立ち居振る舞い。

 全体としての雰囲気。

 何より、気弱そうなのに、どこかに芯の強さを感じさせる眼差し。

 彼女の頭は瞬時に沸騰した。

 

 玉木いろはだ! 

 本物だ! 

 やばい、生きて動いてる! 

 モデルがいるって噂は本当だったんだ! 

 サインお願いしていいかな!? 

 いや、迷惑かな!? 

 でも、お話ししたい! 

 コスプレして欲しい! 

 写真撮らせて欲しい! 

 ストラーダ・フトゥーロって言って欲しい! 

 できれば録音したい! 

 っていうか、何でここにいるんだろう? 

 まさかマジかりの設定通り、妹が入院してるとか!? 

 気になる! 

 けど、そんなこと聞くわけに行かないし……。

 けど、気になる! 

 後をつけちゃう? 

 それはさすがに……。

 でも……。

 あああああああああああああああああああああああああああああっ!!! 

 

『玉木いろは』に会えた感動が、溢れ出した欲望が、その頭をショートさせた。

 しばらく彼女は固まっていた。

 ハッと正気に戻ったとき、玉木いろはは何かを買い終えて、行ってしまうところだった。

 

 彼女は一瞬だけ躊躇した。

 初対面、というか向こうが認識しているかどうかさえ覚束ない。

 そんな相手の後をつけるなんて非常識だろう。

 警察を呼ばれてもおかしくない。

 追いかけたところで、自分が何をするつもりなのかさえ明確ではない。

 

 しかし、このままではリアル玉木いろはと一生のお別れをすることになる。

 彼女にとって、マジかりは命の恩人ならぬ恩作である。

 その登場人物とすれ違った。

 ならば、彼女は何かをしないといけなかった。

 何かしないのは罪だと思った。

 ここでの「何か」とは、つまりストーキング以外の何でもなく、それこそ社会的には罪なのだが、彼女の魂は逆の判決を下した。

 

 そしてストーキングした先で、彼女は臨死体験をすることになった。

 その先に作者アリナ・グレイがいたからである。

 

「アリナさん、これでいいんですか?」

「そう、それ。センキュー」

 

 今度は欲望が溢れる暇もなかった。

『玉木いろは』が『アリナ・グレイ』に『イチゴミルク』を手渡した瞬間、彼女という存在は吹き飛んだ。

 

 これは大事件である。

 マジかりの誕生とビッグバンに次ぐ、宇宙史上第三位の奇跡である。

 目の前で『イチゴミルク』を『アリナ・グレイ』が『玉木いろは』から受け取ったのである。

 

『アリナ・グレイ』は言うまでもなく、神だ。

 これは絶対普遍の真実である。

 

『玉木いろは』は大好きなキャラクターだ。

 マジかりで何番目に好きかと聞かれたら、かりんに次いで二位ということになってしまうが、それでも愛している。

 自作の二次創作漫画で、自分をモデルにしたキャラクターと結婚させるくらい愛している。

 それが原因で漫画研究部を追放されそうになったが、それでも後悔していないくらい愛している。

 

 そして『イチゴミルク』

 これはかりんが度々口にする、彼女の好物だ。

 そのとろけるような甘味と、ほんのりとした酸味。

 そのピンクに色づいた乳白色の色合い。

 まさしく御園かりんのイメージ通りではないか。

 そう、イチゴミルクとは『御園かりん』なのである。

 

 つまり、彼女の眼前に広がった光景は、天上におわす偉大なる創造主と、彼女が作った二人の天使との神聖なる交合に他ならない。

 その光景が放つ光は太陽光に数倍し、そのエネルギーは使い方次第では全人類に永遠の幸福を約束する。

 

 もちろん、それを盗み見るような不届き者は眼を焼かれ、表皮を焼かれ、内臓を焼かれ、跡には何も残らない。

 ゆえに彼女は死んだ。

 当然の帰結である。

 

「じゃあ、アリナさん。もう行きますね」

 

 しばらく後、玉木いろはがそう言って立ちあがったとき、やっと彼女は蘇生した。

 なぜ自分が生きているのか疑問だったが、すぐに神の慈悲によって蘇生を許されたのだと思い至る。

 

 そこからの行動は機敏だった。

 いろはが数歩も動かないうちに、彼女はサッと曲がり角に身を隠した。

 神聖な場面を覗き見たうえに天使の謁見を賜ろうなどという不敬を、彼女は自分に許さなかった。

 

 よくやった。

 よく暴走しなかった。

 よく玉木いろはに話しかけるのを我慢した。

 彼女は自分の理性を褒めた。

 

 もしもこのとき、アリナが何も言わずにいろはを見送っていたら、子羊は粛々と家に帰っていたことだろう。

 この日に見た奇跡を繰り返し反芻しながら過ごす、一般的と言える幸福を享受することが出来ただろう。

 

 しかし、そうはならなかった。

 創造主が知恵の果実よりも甘美な言葉で子羊を誘惑したのである。

 

「じゃあ、ねむと灯花にもよろしく伝えておいてヨネ」

 

 彼女の体が、ぴくっと跳ねる。

 

 ねむと灯花と仰いましたか!? 

 それは柊木ねむと里美灯花のことなのですか!? 

 これから玉木いろはがマギウスの二人と話すというのですか!? 

 

 柊木ねむ。

 里美灯花。

 第一部の裏ボス、マギウスの二人。

 マジかりストの間では『おガキ様』の愛称で親しまれる、玉木いろはの妹分。

 

 神よ! 

 その二人が! 

 これから! 

 玉木いろはと! 

 話をすると! 

 そう仰るのですか!? 

 

 見たい。

 何としても見たい。

 せめて話している声だけでも聞きたい。

 

 欲望が再びふつふつと湧き上がる。

 気付くと、彼女の体はストーキングを再開していた。

 後をつけて、廊下を歩き、階段を上り、玉木いろはが一つの病室の前で足を止めたので、それに倣った。

 

 彼女は疑問に思った。

 その病室だけ、他の病室とは明らかに違うところがあった。

 他の病室は入室している人の名前が表示されているのに、この病室には何の表示もされていないのだ。

 

 間違えたのだろうか。

 すこし心配になっていると、玉木いろはは病室に入っていった。

 どういうことだろうと思いつつ、後を追って中を覗いた。

 

 そして召された。

 病室の中には、次元の壁に分かたれているはずの極楽浄土が広がっていた。

 

 七美やちよがいた。

 由井鶴乃がいた。

 観月フェリシアがいた。

 双葉さながいた。

 里美灯花がいた。

 柊木ねむがいた。

 玉木ういがいた。

 

 目の前の光景以外の全てがどうでもよくなった。

 ストーキングは犯罪であるとか。

 病室に名前の表示がないとか。

 今の自分の気持ち悪さであるとか。

 どうでもよくなってしまった。

 

 彼女はスライド式の扉の隙間にへばりつき、血走った眼球から中の光景を摂取した。

 しかも途切れ途切れにではあるが、話し声も聞こえてきた。

 

「ねむちゃん、……さんは何をすると思う?」

「さすがに、そこまでは…………ない。いや、アリナの場合は本人すら…………も有り得る」

「……じゃあ、何も起きないんじゃねぇの? どうせ…………はここにあんだろ?」

「それは甘いよ、……さん。一度蓄えられたエネルギーは…………絶対に……で使われるんだよ」

「じゃあ、何を……でしょうか?」

「それは私も……けどにゃー。……けど、アリナは何かをするよ、絶対に」

「困ったわね……何かをする……じゃ、対策も……」

 

 少女には話の意味は分からなかった。

 だがマジかりのキャラクター達が目の前で話をしている。

 その宇宙史上第四位の奇跡を前に、打ち震えるしかなかった。

 

 それから一時間ほど後に玉木いろは達が話を終えるまで、彼女の魂は極楽浄土をさまよった。

 

 

 

 話を今に戻そう。

 なぜ彼女は、待合室で奇行を繰り返しているのか。

 

 一言で言えば、葛藤しているのである。

 もう少し詳しく言うと、彼女は思ってしまったのだ。

 ここまで奇跡が続いたのだから、もう一回、奇跡があってもいいんじゃないか、と。

 アリナ・グレイと話ができるんじゃないか、と。

 

 事実、できるのだ。

 アリナ・グレイは間違いなく、あの病室にいる。

 距離にして百メートルもない。

 時間にして三分もかからない。

 障害らしい障害も見当たらない。

 ただ病室まで歩いて行き、そこで入り口のドアを開けさえすれば、アリナ・グレイと話ができる。

 できてしまう。

 

 もう一度、彼女は立ちあがった。

 その足は吸い込まれるように、アリナのいた病室の方に動いた。

 

 しかし三十秒もすると様子がおかしくなる。

 よく見ると、手足が震えている。

 息が上がり、まるで何かによって後ろに引っ張られているように、足取りが重くなる。

 見開かれた眼は麻薬中毒者のそれに近い。

 

 それでも彼女は足を前に動かす。

 一歩、二歩、三歩と。

 

 彼女には、どうしても伝えたいことがあるのだ。

 アリナ・グレイに。

 できれば、対面した状態で。

 自分の口から。

 

 だから彼女は、また一歩足を踏み出した。

 続いて、もう一歩と踏み出そうとするが、そこから先は動かない。

 

 そこから一歩を踏み出す勇気が、どうしても出なかった。

 何と言っても、彼女にとってアリナ・グレイは神なのである。

 そんな人にアポも取らずに会おうとしている。

 あまつさえ、アリナ・グレイはまったく興味もないであろう、自分の感謝の気持ちを伝えるという、あまりにも畏れ多い目的のために。

 

 もし、快く話を聞いてくれたら。

 そう考えると、汗が滝のように吹き出してくる。

 肌をなでる空気が炎のように熱く感じる。

 

 もし、迷惑だと言われたら。

 そう考えると、ギュッと引き絞られるように腹が痛む。

 体の臓器という臓器が氷のように冷たくなる。

 

 いや、そんなことよりも、何よりも。

 いま私はアリナ・グレイに物理的に近づいていっている。

 そう思っただけで目眩がしてくる。

 どっちが空で、どっちが地面かも曖昧になってくる。

 

 また一歩踏み出す。

 

 心臓がバクバクと脈打つ。

 頭脳は情報と感情の濁流でパニックだ。

 手足の振動が激しすぎて、立っているのが難しくなってきた。

 

 そんなとき、背後から声がした。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

 この声を聞き間違えるわけがない。

 つい一時間くらい前まで、全神経を集中させて聞き惚れていた声だ。

 性能の低いロボットのような動作で、後ろを振り返る。

 

「あ、やっぱりそうだ。二時間くらい前にも自動販売機の前でお会いしましたよね?」

 

 玉木いろはだった。

 かの大天使が、マジかりそのままの優しい笑みを浮かべて立っていた。

 その眼が自分に向けられていた。

 

 すでに半死半生だった彼女だ。

 もう天に召される他なかった。

 

「えっ!? あっ、だ、大丈夫ですかっ!? だっ、誰か! 誰か来てください!」

 

 

 

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