盗作・魔法少女マジカルかりん   作:ノッシーゾ

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第十三話 七海やちよ

 

 深夜の午前二時。

 七海やちよは静かにベッドから抜け出した。

 

 神経を研ぎ澄まして、暗闇の周囲を窺う。

 

 小学生組の三人はぐっすりだ。

 フェリシアもうるさいくらいのいびきを響かせている。

 さなは寝息も控えめなので判断し難いが、よく見ると布団が規則的に上下している。

 最近は不眠症気味だったいろはも、さすがに今日は起きる気配がない。

 では最後の鶴乃は……と視線を向けたところで、目が合った。

 目をこすりながら上半身を起こして、やちよを見ていた。

 

「……やちよぉ? トィレぇ?」

 

 いかにも眠そうな声。

 よかった、と胸をなで下ろす。

 経験上、これなら起きたときには忘れている。

 いや、後ろめたいことはないのだが、ともかく少し安心した。

 

「……ええ、そうよ。鶴乃も?」

「うぅん~……わたしはいいやぁ……」

「そう、じゃあおやすみ」

「おやすみなさぁい……」

 

 今度こそ、鶴乃も寝たようだった。

 それを確認すると、やちよは音を立てないように病室をあとにする。

 

 そうしてやちよが向かったのは、もちろんトイレではなかった。

 アリナの病室だ。

 

 

 

「……なにかしら?」

 

 アリナの病室の前の廊下まで来たやちよは、ふと足を止めた。

 病室の灯りが点いていた。

 とっくに消灯時間を過ぎているというのに。

 

 しかし、これだけならアリナが勝手に夜更かしをしていて、勝手に灯りをつけているだけと考えられる。

 それくらいはアリナならやるだろうし、話に来た方としては願ったり叶ったりの状況だ。

 

 けれど、話し声がするのだ。

 明らかにアリナの声ではない、何やら興奮している様子の少女の声が。

 

「……と、当然です!! マジかりの…………なら、何だってしますっ!!」

 

 一瞬、病室を間違えたかと思った。

 けれど、どう考え直してみても、そこはアリナの病室に違いなかった。

 

 戸惑い、立ち止まっていると、念話が届いた。

 アリナからだ。

 

『この魔力反応、七海やちよだヨネ? 先客がいるから少しウェイトしてもらっていいワケ?』

『構わないけど、先客? こんな時間に?』

『このノイジーガールにも似たようなこと言ったケド、こんな時間に押しかけてくるアナタが言えることじゃないヨネ?』

 

 たしかにそうだと苦笑いする。

 とはいえ、やちよも計算がないわけではなかった。

 アリナは昼過ぎまで寝ていたのだから、まだ眠っていないだろう。

 場合によっては、いろは達に聞かせたくない方向に話が転がる可能性もあった。

 だからこの時間を選んだのだが、たしかに非常識だ。

 

『その通りね。謝るわ』

『別にどうせ眠れないからいいんですケド。それより、ちょっと隠れててヨネ』

『隠れる? どうして?』

『このノイジーガール、たぶんアナタの顔を見たら面倒くさいことになるカラ』

『? まあ、わかったわ』

 

 言われた通り、少し離れたところに身を隠して十分ほど待った。

 病室の中から一際大きな声がした。

 

「ほ、本当ですかっ!? いいんですか!?」

 

 アリナの声は聞こえない。

 が、声の主にとって嬉しい返答をしたらしかった。

 

「ありがとうございます!! 帰ったら神棚に祀りますっ!!」

 

 タタッと軽快な足音がして、病室から少女が出てきた。

 いろはと同級生くらい。

 魔力反応でも分かったが、魔法少女ではない。

 

「アリナ先生! 今日はこんな時間に押しかけたにも関わらず、暖かい対応をしてくださり、本当にありがとうございましたっ!!」

 

 直角に礼をして、くるりと向き直る。

 そして文字通り踊りながら去って行く。

 

 元気な娘だったわね……。

 少女が見えなくなったのを確認して、病室に入った。

 

 

 

「アリナ、久しぶりね」

「そうだっけ? なんかそんな感じしないんですケド」

「アナタに覚えがあるのは、マジカルかりんの『七美やちよ』でしょう? 話をしたのは連載を始める前で、それっきりよ」

「Ah、言われてみれば」

 

 アリナはそう言うと、ケタケタと笑った。

 

「……」

 

 やちよはアリナを観察しながら思う。

 

 なるほど、いろはから聞いていた通り、機嫌がいい。

 この時間に押しかけられて怒るどころか、こうして笑っている。

 さっき入れ違った少女の様子を見ても、ノイジーガールなどと呼びつつも機嫌よく対応したのだろう。

 

 顔色もよくなっていた。

 里見医師の話では病院食もペロリとたいらげたそうだ。

 あとは体力さえ戻れば完全復活に見える。

 

 しかし「アリナの場合、それが逆に不穏」だという、いろはの意見も頷かないわけにはいかなかった。

 

「ねえ、アリナ」

「なに?」

 

 一瞬、迷った。

 アリナの今の考えを単刀直入に聞いてしまおうか。

 けれど、思い直した。

 ねむの話を思い出したのだ。

 

『アリナの場合は本人すら言語化できない芸術作品を作ろうとしていることも有る得る』

 

 芸術作品?

 もしそれを作ろうとしてるとして、それってどうしても言葉にできないものなの? 

 やちよの問いに、ねむはこう答えた。

 

『言葉にできないからアリナは絵を描くんだよ』

 

 そういうアリナに単刀直入に聞いても仕方がないだろう。

 少なくとも、やちよが理解できる答えは望めない。

 なので、少し遠回りをすることにした。

 

「さっきの娘は誰なの? 魔法少女ではなかったみたいだけど」

 

 雑談をして、そこから手がかりを探す。

 純粋に、さっきの娘が気になっていたところでもある。

 今のアリナの機嫌なら話を拒まないだろうし、それがいいだろう。

 

 やちよの考えた通り、アリナは話に乗ってきた。

 

「マジかりのファンなんだって。『さっき目を覚ましたらSNSでマジかりが打ち切りになるかもって話になってたので、思わず押しかけてしまいました』とか何とか言ってたケド」

 

 それは心当たりがあった。

 午前0時、SNSでアリナが体調不良で入院したという話を拡散したのだ。

 

 入院直前の写真を載せた投稿は、すぐに一般人にも拡散された。

 それが高じて「マジかり打ち切りか?」というネットニュースにもなったのだ。

 ユニオンの目論見通りだったと言える。

 

 とはいえ、やちよがアリナの病室に来た目的とは関係がない。

 話を進めるため、続きを促した。

 

「何の話をしたの?」

「アリナからは何も。ただ単に、あのノイジーガールが言いたいことをベラベラ捲し立てて行っただけ」

「でも打ち切りと聞いたら、こんな時間でも来てしまうほどのファンなんでしょう? それって、あなたは嬉しかったりはしないの?」

「こんな時間に押しかけられて嬉しいも何もないヨネ。けど、まあ聞けて良かったって話は一つだけあったカナ」

 

 やちよは見逃さなかった。

 アリナの顔色に、微かな変化があった。

 その色は懐かしさのような、悲しさのような、微妙な色。

 しかし、どこか強い共感を覚える色だった。

 

「聞けて良かった話?」

「別に大した話じゃないケド。……ノイジーガール、自殺しようとしてたんだって。漫画家になりたいけど、その才能がないからって。けど、偶然そのときマジかりを読んで、自殺しなかったんだって」

 

 その話は誰かを連想させた。

 特に「漫画家になりたい」という部分。

 

 やちよは確信した。

 やはり、まだかりんには何かをしてあげられる。

 

「……」

 

 やちよは迷っていた。

 そもそもかりんの魔女化以来、やちよは最もアリナに協力的な魔法少女だったと言っていい。

 例えばマジかりの執筆に入る前、アリナは他の魔法少女に取材をした。

 その際、アリナを嫌がる仲間たちに

 

「せめて話くらいは聞かせてあげて」

 

 と、熱心に説得して回ったのは何を隠そう、やちよだった。

 フェリシアのときなど、高級焼き肉という切り札を使ってまで話をさせた。

 アリナが魔法少女の容姿をそのまま使いたいと言えば、他の魔法少女が嫌がる中で、やちよは許可した。

 他の魔法少女に

 

「キャラクターのモデルだって分からない程度なら……」

 

 と、納得させたのも、やちよだ。

 自身がモデルだとバレて、本業のモデルが一時休業状態になったときも文句らしい文句は言わなかった。

 

 連載が始まってからも陰ながら協力していた。

 モデル活動の傍らで宣伝もしていたし、ファンのフリをしてグリーフシードを送りつけたことさえある。

 

 アリナの様子がおかしくなってきても、その背中を押す立場だった。

 いろはが動くのが遅れたのも、一つには自分が「ギリギリまでは様子を見るべき」と言っていたせいだと、やちよは思っている。

 さすがにアリナの様子を聞いてからは考えを変えたが、そこまでは協力的だったのは間違いない。

 

 では、どうして友達でも何でもなく、好きか嫌いかでいえば嫌いですらあったアリナにこれほど入れ込んだのか。

 その理由は一つ。

 御園かりんになら、まだ何かをしてあげられると思ったからだ。

 

 雪野かなえ。

 安名メル。

 

 この二人には、もう何もしてあげられない。

 しかし御園かりんには、まだ“何か”をしてあげられる。

 そしてアリナは明らかに“何か”をやろうとしていた。

 その姿勢に強く共感した。

 だから可能な限り、アリナを助けようとした。

 

 そして、その想いは今も変わらなかった。

 手伝えるなら、こっちからお願いして手伝わせて欲しいくらいだった。

 だからこうして話に来た。

 

「……アリナ」

「なに?」

「……えっと」

 

 しかし迷わざるを得ない。

 何しろ、アリナなのだ。

 

 これが漫画を描いているだけならよかった。

 やちよも積極的に協力する気になれた。

 かりんを主人公にした心情を思うと、どんなことでも手伝ってあげたくなってしまうのだ。

 

 漫画が好きだったかりんのために、かりんを主人公にした漫画を描く。

 しかも、かりんの傍らに、かりんが大好きだった『怪盗少女マジカルきりん』まで配する。

 こんなに素晴らしい送り出し方があるだろうか。

 マジかりを読む度に、このあまりにも行き届いた心遣いに泣きそうになる。

 実際に泣いたのも一度や二度ではない。

 

 けれど、執筆に命をかけてしまうとなると、止めざるを得ない。

 かりんなら望まないからだ。

 

 それに今の状況もマズい。

 

『それは甘いよ、傭兵さん。一度蓄えられたエネルギーは絶対に何らかの形で使われるんだよ』

 

 昨日の灯花の言葉だが、もっともだと思う。

 アリナの表情は入院直後の半死人の顔ではなくなっている。

 全快とはいかなくとも血色も戻っている。

 いろはすら「正直、怖いです」と漏らした狂気は消え、穏やかさすら感じる。

 

 これはつまり、エネルギーが余っているということだ。

 しかもアリナは「三日くらいは大人しくしてようと思っ」ているらしい。

 この三日という時間はエネルギーを蓄える時間になりはしないか。

 

 何より、やちよにはわかってしまうのだ。

 その目が一心に、かりんを見つめているのが。

 このエネルギーをかりんに向けたとき、一体なにが起きる? 

 

 アリナのことだ。

 やちよもないとは思っているし、極端すぎる例ではあるが

 

『地球上の全生命をかりんの墓前に手向ける』

 

 などと言い始めても、決して意外ではないのだ。

 もう少し現実的な線では

 

『誰かにキュウベぇを引き合わせ、かりんの生き返りを願わせる』

 

 これもありえる。

 決してあってはならないが、可能性は高い。

 魔法少女が大切な存在を失ったとき、誰もが一度は考えてしまうものだからだ。

 やちよ自身、そんな考えは一度も浮かんだことがないと言えば嘘になる。

 

 さらに、だ。

 仮にアリナの真意が、かりんを生き返らせることにあるとする。

 もし、それを隠したアリナから

 

『御園かりんのためだから手伝って欲しい』

 

 などと言われたら、たぶん自分は手伝ってしまうのだ。

 さすがに質問くらいはするだろう。

 何の目的で、何をすればいいのか。

 誰かを傷つけることになりはしないか。

 けれど、その答えがどれだけ適当だったとしても、はっきりとアリナの真意がわからない限りは、たぶん手伝ってしまう。

 

 そういう自覚が、やちよにはある。

 それくらい今は中立性を欠いている。

 だから、これ以上の踏み込んだ話をするのは怖かった。

 

「……」

 

 とはいえ、これ以上、適当な話をするのも間が持たない。

 

 やちよはアリナの顔を観察した。

 やはり顔色はいい。

 機嫌も良さそうだ。

 こちらが何か言うたびに表情が動き、笑みを浮かべるのも珍しくない。

 

 しかし、わからない。

 アリナのことは、本当によくわからない。

 

 機嫌がいい。

 これは間違いないのだろう。

 でなければ、こんなに笑みを浮かべたりしない。

 そこまではわかる。

 

 けれど、どうして機嫌がいいのか。

 

 変なことを仕出かす気がなくなったからか。

 そう見えなくもない。

 何かが吹っ切れて、かりんが嫌がりそうなことはしないと決めたから、こうも笑っていられるのだろう、と。

 

 逆に、変なことを仕出かす決意が決まったから、というのも考えられる。

 いつだったか見た白黒写真に写った、戦場に向かう兵士の笑みが、こんな感じだった気もする。

 

 わからない。

 また悩んでしまう。

 

 こんなに悩むくらいなら、触らぬ神に祟りなしで、そのままにしておけばいい気もする。

 けれど厄介なことに、そんな気も起きない。

 なにしろ本音は手伝いたくて仕方がないのだ。

 どちらに転ぶにせよ、どちらかに転べなければ、ここから動けそうにない。

 

「……ふぅ」

 

 やちよは決意した。

 

「アリナ」

 

 と呼びかけた。

 

「だからなに?」

 

 さすがに少し面倒くさそうに聞き返してきた。

 

 

「結局、あなたは何をするつもりなの?」

 

 

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