盗作・魔法少女マジカルかりん   作:ノッシーゾ

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第十五話 祖母

 

 フッと消えた。

 ある日、突然、何の脈絡もなく、煙のように消えてしまった。

 それが孫娘が行方不明になったと聞かされたときの、彼女の心境だった。

 

「おばあちゃん!」

 

 日課にしている散歩の途中。

 不意に聞こえた声に、彼女はハッと顔を上げた。

 

「おばあちゃん! 早くして!」

 

 見知らぬ子供が、自分の祖母を急かしている場面が目に映った。

 

「……はぁ」

 

 ため息をついて、近くのベンチに腰を下ろす。

 

「……はぁ」

 

 ため息を、もう一つ。

 最近は何をしていても、すぐに疲れてしまう。

 

「もうお迎えも近いのかねぇ……」

 

 もしそうなったら孫娘に会えるのだろうか。

 だとしたら悪くないかもしれない。

 そんなことを考えていたら、すぐ横で声がした。

 

「いきなり辛気くさいんですケド」

 

 視線を向けると、見知った少女がいた。

 前に会ったときは、それこそ死相が出ていた顔色が今日はだいぶよくなっている。

 

「ああ、アリナちゃんかい、久しぶりだねぇ」

 

 笑いかけても笑みは返ってこない。

 いつも通りの無愛想で

 

「……んっ」

 

 と、一冊の漫画を押しつけてくる。

 

「そういえばマジきりの発売日だったかい」

 

 受け取ると、少女もベンチに腰を下ろす。

 足を組んで、背もたれにもたれかかる。

 

「お行儀が悪いわよ?」

 

 一応の注意をすると、少女は一時、姿勢を正す。

 しかし三十秒もすると、もとの姿勢になる。

 

 その予想通りの流れに孫を見るときのように微笑んで、少女が買ってきてくれた漫画に目を落とした。

 

 

 

 はじめてアリナと会ったのは、かりんが失踪してから半年ほど過ぎたころだった。

 ある日の夕方、インターホンが鳴った。

 それで出てみたらアリナが立っていたのだ。

 

「アナタがフールガールのグランマ?」

 

 "アリナ先輩”だと、すぐにわかった。

 顔を見たのは初めてでも、話は何度も孫から聞かされていた。

 

 気難しいこと。

 綺麗な顔をしていること。

 すぐ怒ること。

 マジきりが好きなこと。

 片付けを孫娘に押しつけること。

 孫娘をフールガールと呼んでいること。

 孫娘のイチゴミルクを勝手に飲んでしまうこと。

 そして作品に対して、誰よりも真摯に向き合っていること。

 

 何より、孫娘がとても尊敬していたこと。

 

 しかし、この傍若無人と聞いていた少女は、聞いていた話とは違った様子を見せた。

 ひどく丁寧な口調で、かりんの部屋を見せて欲しい、という意味のことを言った。

 

 一瞬だけ抵抗があった。

 かりんの部屋は失踪当日から、ずっとそのままにしてある。

 かりんが帰ってきたときのためだ。

 その場所を荒らされたくない。

 

 けれど、結局は思い直した。

 あまり意固地に当時のままにしているのも、逆にかりんが死んでしまったことを認めているように思えたからだ。

 

「……わかったわ。上がってちょうだい」

 

 アリナは言った。

 

「ありがとうございます」

 

 深々と頭を下げていたのが、印象に残っている。

 

 

 

 その日のアリナは、とくに何かをしたわけではなかった。

 机に置いてあった描きかけの漫画を手に取ったくらいで、あとは部屋を見回してぼーっとしていた。

 自然の流れで、部屋に通した方が口を動かすことになった。

 

「あの子は昔から漫画が好きでねぇ……」

 

 そんな話からはじまって、かりんの思い出話を色々とした。

 その中に、怪盗少女マジカルきりんの話も含まれていた。

 アリナが口を開いたのは、マジきりの話が一区切りついたときだ。

 

「そういえば、アナタもマジきり好きなんだっけ?」

 

 ええ、と頷いた。

 

「あの子が熱心に話してくれるものだから、わたしもいつの間にかハマっちゃって」

 

 アリナは机の近くに置かれた本棚から、一冊の漫画を手に取った。

 マジカルきりんの第1巻だ。

 

「アリナも好き。1巻の締めなんて特別ハートフルだヨネ」

 

 その話は自分も好きだった。

 

「ええ、わたしも好きねぇ。きりんちゃんの友達も、喧嘩した子も、みんな笑ってて『ああ、よかった』って思っちゃうのよねぇ……」

「yes. 最後のページで、きりんだけ『なんでみんな喜んでるんだろう?』みたいな顔してるのもグッド」

「そうそう! そのコマのきりんちゃんが、とっても可愛くてねぇ」

 

 読み終わったのか、アリナが1巻を本棚に戻す。

 そしてまた別の本を探すように空中で手を彷徨わせて、あるところで止まった。

 

「どうしたんだい?」

 

 問いに対する答えとして、問いが返ってきた。

 

「マジきりの最新刊ってある?」

 

 ハッとさせられる質問だった。

 かりんの失踪以来、努めて思い出さないようにしていたからだろう。

 最新刊が出ているかどうかすら気にしてこなかった。

 

 そして気付いてしまうと、考えずにはいられなかった。

 家にあるマジきりは、かりんが買ってきた物が一番新しい。

 それが発売されたのは秋だった。

 今は春になろうとしている。

 つまり、かりんは半年も行方不明のままなのだ。

 

 死んでいる。

 

 誰もがそう考えるほど長い時間だ。

 

「……」

 

 言葉に詰まった。

 喉の奥が熱くなってきた。

 しばらくすると、頬が濡れてきた。

 

 アリナがハッとした表情をしていたが、それに気付いても目から流れるものは止まってくれなかった。

 

「ご、ごめんなさいねっ……、急に、あの子のこと、思い出しちゃって……」

 

 かなり長い間、そうしていたように思う。

 いつの間にか、外が暗くなっていた。

 一時間とは言わなくても、三十分くらいは泣いていたのかも知れない。

 

 その間、アリナはずっと泣き止むのを待っていたようだった。

 喉の痛みが引いてきたタイミングで、こう言ってきた。

 

「今のアナタをフールガールが見たら、たぶんsadな気分になるヨネ」

 

 英語に疎いため、最後の意味が分からなくて首を傾げていると、アリナは言った。

 

「……また来るカラ」

 

 宣言した通り、アリナは何日かごとに家にやってくるようになった。

 

 大抵は放課後に。

 たまに休日に。

 稀には学校を抜け出して。

 

 やはり、何をするわけでもない。

 他愛もない話を一時間ほどすると帰っていく。

 ただ、マジきりが発売された日には必ず来て、お互いに感想を言い合う。

 それだけ。

 

 けれど、それだけの時間がいつしか待ち遠しくなっていた。

 相変わらず、ふとした瞬間にかりんを思い出して気分が沈み込んでしまうが、生きる希望もないという状態にはならなくなっていた。

 

 そんなある日、いつものようにアリナがやってきた。

 しかし、その時はいつもと違い、何かを決意したような雰囲気があった。

 

「どうかしたのかい?」

 

 聞くと、アリナは一瞬だけ驚いたような顔をして、それから何かに納得したように頷くと、五十枚くらいの紙の束を差し出してきた。

 

 今度は自分が驚く番だった。

 その紙の中に、かりんがいた。

 間違えようのない最愛の孫娘が、ちゃんと生きていて、あの歳に比べていくらか子供っぽい顔で笑っていた。

 

 

 

 マジきりを読み終えて顔を上げる。

 時間を確認すると、一時間が過ぎていた。

 

 ずいぶんと待たせてしまった。

 

 そう思ってアリナに視線を向けると、彼女は手持ち無沙汰に頬杖をついて、公園で遊ぶ家族を眺めているところだった。

 小学校の低学年くらいの女の子が、自分の祖母の手を引っぱっている。

 それで思わず、言ってしまった。

 

「もうかりんは帰ってこないのかねぇ……」

 

 アリナの視線が戻ってくる。

 その表情は、呆れているわけでも、詰問しているわけでもなく、ただ純粋な"確認”といった表情だった。

 

「アナタは帰ってくると思ってるワケ?」

 

 その問いには微笑みで返す。

 もちろん頭ではわかっているつもりだった。

 

 かりんが失踪してから、あまりにも時間が経ち過ぎている。

 失踪以来、どういう目撃情報もない。

 世界的な人気漫画、『盗作・魔法少女マジカルかりん』の主人公と、同姓同名で顔も見ればわかるほどそっくりだというのにだ。

 これで帰ってくる可能性は、限りなく無いに等しい。

 わかってはいた。

 

 しかし、けれど……と考えてしまうのだ。

 なにしろ、死んでいるという証拠も何一つ見つかっていないのだ。

 

 もしかしたら、ある日、ひょっこりと帰ってくるんじゃないか。

 もしかしたら、今日、散歩から帰ったら

 

『あっ、おばあちゃん! お帰りなさいなの!』

 

 そんな声が出迎えてくれるんじゃないか。

 そういう期待を捨てられずにいるのは確かだった。

 

「……」

「……」

 

 どちらも話をしなくなって数分。

 アリナがスッと立ちあがった。

 

「もう行っちゃうのかい?」

「何となくわかったし、ノイジーな奴らを待たせてるカラ」

 

 アリナが視線をやった方向を見てみると、二十歳くらいの二人組の姿が見えた。

 目が合うと、礼儀正しくペコリと頭を下げてくる。

 

 一人はモデルのようなスラリとした子。

 もう一人は刑事ドラマの婦警さんかと思うほどキリッとした雰囲気の子。

 二人とも初対面だが、見覚えがあった。

 

「"やちよさん"と"なぎたん"だねぇ」

 

 盗作・魔法少女マジカルかりんの登場人物だ。

 その二人にはモデルがいて、共にかりんの友達だったことはアリナから聞いていた。

 

 そこでふと思い出した。

 昨日、娘から聞いた話だ。

 

「ねえ、アリナちゃん」

「なに?」

「かりんの漫画は、まだ描いてくれるんだよねぇ……?」

 

 アリナの体調不良で、打ち切りになるかもしれない、という話だ。

 いまは体調が良さそうだが、前に会ったときは漫画を描いている場合じゃないと思ったものだ。

 大人として、止めた方がよかったのだろう。

 

 しかし、あのときも描くのをやめた方がいいとは言えなかった。

 やめられてしまったら、かりんと会う方法がなくなってしまう。

 止めたほうがいいと思いつつ、結局は何も言わなかった。

 

 いまもそうだ。

 アリナには続きを描いて欲しい。

 

「……」

 

 アリナは言った。

 

「まあ、もう少し考えてみるカラ」

 

 

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