盗作・魔法少女マジカルかりん   作:ノッシーゾ

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第十八話 アリナ・グレイ(3)

 

『迷ってるみたいねぇ……』

 

 環いろはがそう言われたのは、電話で紅晴結奈と明日の打ち合わせをしている途中。

 話が今のアリナの状態におよんだ直後のことだった。

 

 いろはは一瞬、言葉を詰まらせた。

 話の内容をメモしていた手も止まり、体が硬直した。

 

 その気配を察してなのか、結奈は続けた。

 

「命を危険にさらすくらいなら、記憶を消してしまった方がいい……環さんの判断は間違ってないと思うわよぉ?」

 

 その言葉に、いろはは優しさと気遣いを感じた。

 紅晴さんになら、と思った。

 

 さらに少しの間、沈黙を続けたあと、いろはは言った。

 

「……今さらこんなこと言っちゃいけないって、理解はしてるつもりなんですけど……」

 

 そこで、また言葉に詰まる。

 自分が何を言いたいのか、整理する時間が必要だった。

 

 その間、結奈は黙って待っている。

 

「……私、そう、私わからないんです。アリナさんのことが」

「わからない?」

「はい、マジカルかりんを描いてたのだって、私はかりんちゃんのためだと思ってたんですけど、もしかしたら違うのかなって……」

「なるほどねぇ……」

 

 そう言ったあとに続けたのは、なんの関係もない話に聞こえた。

 

「うちには“竜ケ崎の竜”と言われた子がいてねぇ……」

「えっと……?」

「もう長い付き合いになるのだけど、あの子のこと、未だによくわからないのよねぇ……」

「……」

「喧嘩っ早い激情家なのかと思えば、意外に俯瞰で物事を見てたりするし。かと思ったらゲームに負けたくらいで暴れ出すし。なのに人望があったり……まぁ、結局のところ、わからないのよぉ」

 

 端々から棘が感じられる言葉だった。

 けれど、どこかに親しみと信頼がにじんでいた。

 

「……なら、どうして紅晴さんは大庭さんを信頼してるんですか?」

 

 紅晴結奈と大庭樹里。

 二人の性格は正反対と言っていい。

 しかも、わからないらしい。

 これで信頼関係を結べていることが、今のいろはには不思議だった。

 

 結奈は答える。

 

「まぁ、いろいろ理由はあるんでしょうけど、一番はぶつかったからでしょうねぇ……」

「何度も何度も、それこそ死力を尽くしてねぇ……」

「そうすると不思議と、こういうときに相手がどう出るかとか、何となくわかってくるものなのよぉ」

 

「……ぶつかる、ですか」

「私は環さんを信頼してるわよぉ? たぶん環さんも私を信頼してくれてるわよねぇ?」

 

 そうでなければ、こんな話はしていなかった。

 

「それも何度もぶつかったからだと思うのよぉ」

 

 そうなのだろうか。

 いや、そうなのだろう。

 たしかに、そうだった。

 でも、アリナと自分の間でも、同じように信頼関係を築けるのか? 

 

 話の最後に、結奈は言った。

 

「少なくとも、あと一回は機会があるんでしょう? じゃあ、後のことはぶつかってみて、それでダメなら予定通りでいいんじゃないかしらぁ?」

 

 

 

『迷ってるのね』

 

 時女静香から言われたのは、結奈との話が終わってすぐ静香からかかってきた

 

『ごめん、環さん……えすえぬえすの、メッセージの消し方を教えて欲しいの……』

 

 という話の途中だった。

 

 直前にもあった流れだ。

 今度はそれほど躊躇うことなく、話に入ることができた。

 

「えっと、うん……」

「アリナさんのこと、よね?」

「うん……」

「さっき紅晴さんと少し話したって言ってたわよね? 彼女とは何か話したの?」

「紅晴さんは『ぶつかってみること』って……」

「ああ、なるほど……彼女なら言いそうね。じゃあ、私から何か言うとすれば……」

 

 静香は、そこで言葉を止めた。

 それから、よほど真剣に考えたのだろう。

 

「ええと……」

 

 とか

 

「うーんと……」

 

 とか

 

「ああっと……」

 

 とか。

 意味のない言葉だけが十分ほど続いた。

 そして、いろはも可笑しくなりはじめたあたりで、申し訳なさそうに言った。

 

「……ごめんなさい。私はアリナさんのことも知らないし、なにも助言できそうにないわ……」

 

 悩んでいた本人のいろは以上に、どんよりした声。

 それが可笑しくて、ついに声を立てて笑ってしまった。

 

「フフっ……あっ、ご、ごめんっ! せっかく相談に乗ってくれたのにっ……!」

 

 慌てて謝る。

 真剣に相談に乗ってくれた相手に失礼だ。

 しかし、いろはの予想に反して、ホッとしたような声が返ってきた。

 

「いえ、いいのよ。むしろよかったわ、久しぶりに環さんの笑い声が聞けて。ずっと思い詰めた様子だったから」

 

 そうだっただろうか、と自問した。

 すぐにそうだったと答えが返ってきた。

 

 思い返せば、最近はこの問題ばかり考えていた。

 みかづき荘の仲間とさえ、あまり話をしていない。

 こんな大切なことに気付かせてくれた静香には、やはり感謝しなければならない。

 

「静香ちゃん、ありがとね」

 

 答える静香の声は、やはり優しかった。

 

「いいのよ。こっちこそ、あまり力になれなくて、ごめんなさい……でも、私は迷ってもいいと思うのよね」

 

 最後の呟くような言葉に、いろはは反応した。

 

「迷ってもいい?」

 

 ええ、という肯定の返事が返ってくる。

 

「でも、がんばって迷うことね。がんばって迷えば、正しいかはともかく納得できる道は見つけられるはずよ」

 

 

 

『いろりん、迷ってる?』

「私って、そんなにわかりやすいですか?」

 

 藍家ひめなとの間で、そんな会話が交わされたのも、静香との話の直後だ。

 

『やっほー☆ いろりん元気ー☆?』

 

 という言葉ではじまった世間話から、この話になった。

 

「えっ、そんなことないと思うけど、なんで?」

 

 もっともな問いに、いろはは答える。

 

「いえ、さっきから立て続けに紅晴さんと、静香ちゃんにも同じことを言われたので……」

 

 ああね、と、ひめなは言った。

 

「あの二人も色々あったみたいだからねー。そういうところ鋭いよね……で、どう? あの二人のことだから、なんかアドバイスくれたんだよね?」

 

 はい、と二人のアドバイスを伝えると、ひめなは

 

「おお、さすが☆ 二人ともいいこと言うねー☆」

 

 と、いつもの明るい調子で言った。

 人によると軽薄とも取れる調子。

 それが急に真剣な調子に変わる。

 

「でも、納得できない?」

 

 その言葉は鋭利でさえあった。

 いろはの感情を、かなり正確に切り取っていた。

 

「……はい、二人の意見はその通りだなって思うんです……けど、なんだか……」

 

 納得できない。

 

「うーん、そっかぁ……」

 

 ひめなの「んーっ……」という何かを考えている様子の声が聞こえた。

 それが終わると、ひめなは言った。

 

「じゃあ、話は変わるんだけどさ、これからどうする予定なんだっけ?」

 

 その話は、すでにひめなにも説明してある。

 だからこの質問は、本当に予定がわからなかったからではないだろう。

 

 質問することで、考えを整理させてくれようと言うのだろう。

 その気遣いが嬉しかった。

 

「明日、十七夜さんに心を読んでもらって、アリナさんがまだ漫画を描き続けるつもりなら、かりんちゃんの記憶を消します。やめるつもりなら何もしません」

「記憶を消すのって、そもそも何でなんだっけ?」

「このまま描いていたら、本当にアリナさんまで死んでしまうからです」

 

 かりんの記憶さえ消せば、漫画を描く理由も、ソウルジェムが濁る理由もなくなる、というのもあった。

 

 たとえマジかりの続きを描いたとしても、かりんが帰ってくるわけではない。

 死者のために、まだ生きているアリナが苦しまなければならない理由もないはずだ。

 だから、この考えは正しいはずだ。

 

 質問に答えながら、そう考えた。

 しかし、ひめなはちがう意見があるようだった。

 

「あーっ、そう! そこ!」

 

 という声が、いろはの考えを止めた。

 

「えっ?」

 

 という声が自然と出た。

 

「それ聞いたとき、いろりんらしくないなーって思ったんだよね」

 

 という言葉が追い打ちをかけてくる。

 

「そう、でしょうか?」

 

 聞かずにはいられなかった。

 さっきの「らしくない」という言葉には、言葉通りの意味の他に、批判的な意味も含まれている気がしたから。

 

「いや、正解だとは思うよ? けど、いろりんってキモチのことで色々あったときは『危険? うるせぇっ、みんな幸せにするんじゃぁっ!』って感じだったじゃん?」

 

 そんなことは言っていない。

 いないが、自分の身が危険になるとしても、みんなが幸せになれる道を探そうとは思っていた。

 

「でも今回は、そうなるかもーってだけで先回りして、記憶まで消しちゃうわけじゃん? なんか心境の変化でもあったのかなーって」

 

 どうだろうか。

 いろはは今日だけで何回目かわからない自問をした。

 

 言われてみれば、すこし保守的になっていた気もする。

 

 浄化システムによって、すこしとはいえ魔法少女に優しい世界になった。

 だから今まで以上に命は大切だ。

 そういう気持ちは大いにあった。

 

 けれど、以前ならべつの方法をとったかと言われると、それもちがう気がした。

 もっと前にアリナが同じ状況になっていても、やはり同じことを考えて、同じことをやろうとしただろう。

 

 そこまで考えて、いろはの思考は『けれど』と一時停止した。

 

 けれど、例えば。

 さなの大切な人が死んでしまったとして。

 その人のために絵本を描くと言い出したとして。

 思い詰めすぎて、アリナと同じ状況になったとしたら。

 

 どうだろう。

 同じように記憶を消すだろうか。

 そう考えると、それもまたちがう気がする。

 

「あっ」

「おっ、いろいん、どしたー?」

「そっか、やっぱり、わからないからなんだ……」

 

 最後のつぶやきが聞こえていたかはわからない。

 電話の向こうから、ふふっという笑い声のようなものが聞こえた。

 

「なんか、わかった?」

「はい。正しいかはわからないですけど、たぶん」

「そっか、じゃあよかった☆」

 

 んじゃねー☆

 と言って、電話が切れた。

 

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