マジかりが出版されてから、最初の反響は魔法少女からのものだった。
アリナの知り合いではない。
マギウスの翼の関係者でもなかった。
まったく無関係の魔法少女だった。
最初が魔法少女なのも当然の話だ。
マジかりを読めば、誰だって自分たちが題材なのだと気付く。
気付けば興味を引かれるだろうし、調べればアリナの写真はすぐに出てくる。
隠してもいないから、写真には結構な確率でソウルジェムが映り込んでいる。
アリナも魔法少女だと気付くのも時間の問題だ。
そして魔法少女は、報われない。
大衆の命を守っているのに感謝されることもない。
遊ぶ時間もなくなるし、命がけだ。
心も体も不調をきたしやすい。
そんな魔法少女たちの前に差し出されたのが、マジかりだ。
そこには彼女たちの現実と、理想があった。
カッコよくて、かわいい魔法少女たちが、自分たちがいた。
なら、当然の話だ。
その琴線に触れるのも。
信者と化してグリーフシードを貢ぐようになるのも。
一声かけられれば集まってくるようになるのも。
みな当然のことだった。
「アリナ先生、玉木いろはが会いたいと言ってますが……」
アリナの病室に集まった、魔法少女の一人が言った。
やっと来たか、とアリナは思った。
そのために情報を流し、電車を止めさせ、魔法少女を集めたのだ。
「呼んで」
言ってやると、少女が病室の外に消える。
マジかりの続きを描くと言えば、あのしつこい魔法少女は有言を実行しようとするだろう。
たとえ今日は止めたとしても、いつか別の日にはやる。
ならば、どうしても環いろはを納得させなければならない。
ガラガラッ、と音がした。
少女が一人、入ってくる。
桃色の髪。
強い意志を感じさせる瞳。
その瞳に向かって、アリナはいきなり問いを投げつけた。
「ねえ、環いろは。フールガールは生きてると思う? それとも死んでると思う?」
御園かりんは生きているのか、死んでいるのか。
そう問われて、いろはは一瞬、面食らった。
彼女は、逆にアリナを問い詰めるくらいの気で来たのだ。
情報を流したのは。
電車を止めたのは。
魔法少女を集めたのは。
アリナの仕業なのか。
マジカルかりんの続きを描くつもりなのか。
それなのに逆に問われた。
それも、あまりにも予想外すぎる問い。
狼狽えた様子を見せないだけでも上出来と言える。
けれど、彼女は環いろはだ。
すぐに気を取り直して、逆に質問した。
「……なんで、そんな質問を?」
身構えたいろはに対して、アリナの返答はいくらか軽い調子だった。
「三日前に聞いてきたヨネ? なんで描いているのかって。だから答えてあげようと思って」
なるほど。
いろはは頷いた。
その問いがどうして答えになるのかはわからない。
けれど、この場で三日前という言葉を出した。
なら、それは逃げも隠れもしない、という意思表示と取っていい。
それは理解できたし、それが理解できれば、答える理由としては十分だ。
いろはは言った。
「かりんちゃんは、死んでます。かりんちゃんの魔女が生きているのかはわかりませんが、間違いなく、御園かりんちゃんは死んでいます」
はっきり、逃げることなく。
そう言い切った。
アリナはその答えに満足そうに頷いた。
「まあ、そうだヨネ。その存在の意識とか心みたいなものが消えることが死だとしたら、フールガールは死んでるって言えるヨネ」
いろはも頷く。
だからこれ以上、アリナさんが苦しまなくてもいいんです。
別れに耐えられないほど大切に思っていたかりんちゃんの死と、これ以上、向き合う必要なんて、どこにもないんです。
なのに、アリナは次の言葉を「けど」と逆接でつないだ。
「けど、その存在が何もしなくなることを死っていうなら、フールガールはまだ生きてるとも言えるヨネ」
すぐには反論できなかった。
いろはの脳裏に、秋野かえでの姿が浮かんでいた。
かりんの魔女化の直後から、彼女はずっとかりんの魔女を探している。
早くかりんを楽にさせてあげるために。
これはたしかに、かりんがそうさせている、と言えなくもない。
他の例であれば、やちよもそうだろう。
やちよは隣で見ていて、不可解なほどマジかりの応援に熱心だった。
いつか聞いてみたところによると、理由は
『御園さんにしてあげられるのは、もうこれくらいしかないもの』
これだって、かりんがそうさせている、と言える。
そういう理屈なら、たしかに生きていると言えなくもない。
でも。
「そんなの言葉遊びじゃないですか」
「それを言うなら、かりんちゃんはアリナさんが苦しむのを望んでると思うんですか?」
「生きていたら、絶対にそんなこと嫌だと言うはずです」
「かりんちゃんが生きてるって言うなら、なおさら続きを描くのはやめるべきです」
アリナはため息をついた。
「勘違いしないで欲しいんだケド、これは生きてたらって仮定の話じゃないし、生きてて欲しい訳でもないんだヨネ。むしろ生きてることが問題だって言いたいワケ」
「生きてることが問題……?」
生きているなら、それは素晴らしい。
死んでしまったのなら、それは悲しい。
それから先は考えたこともない。
だから、いろはは沈黙することで先を促した。
「ときに環いろは、あなたは親しい人間が死んだことがある?」
少し考えてみたが、ないように思えた。
たしかに魔法少女の死は見た。
観鳥令。
牧野郁美。
そして今回のかりん。
この中で一番親しかったのは、かりんだ。
そして今の話は、まさにかりんの死を扱っている。
それなのにわざわざ聞いてきているのだから、アリナはもっと親しい人のことを言っているのだろう。
例えば、みかづき荘の仲間、とか。
たしかに、そういう仲間を失った経験はない。
ないが
「ないですけど、想像はできます」
ほんの数年前まで難病を抱えていた妹たち。
魔法少女になる前は、彼女たちを失う未来を想像して震えていたものだ。
「じゃあ、わかるヨネ? 死っていうのは、死ぬ当人より、残される周りの方に大きな意味があるワケ」
それもわかる気がした。
妹たちも自分の死に対しては、あっさりと覚悟を決めていた印象がある。
いつも狼狽えていたのは、残される自分の方だった。
「想像してみて。もしシスターたちが本当に死んでたら、アナタはどうなった?」
そんなことは考えたくもなかった。
いまも話をしているだけなのに寒気がしている。
妹たちの部屋に戻って、安否を確かめたい衝動が湧いてくるのは抑えようもなかった。
いや生きているのだから、そんなことは意味もない。
それはわかっているが、いつもこうだ。
もしもの未来を考えてしまったときは、とにかく妹の元気な顔が見たくなる。
元気な顔を見て、安心したくなる。
今でさえこうなのだから、もしもの未来ではどうなったか。
「……自殺でもしていたかもしれません」
アリナはうなずく。
「でも、それはまだ最悪ってわけじゃないんだヨネ。死は救いでもあるカラ」
すかさずいろはは否定した。
「そんなわけっ……!」
その言葉を受け入れるわけにはいかなかった。
死が救いなら、他の命を落とした魔法少女たちも救われていたのか。
そんなわけはない。
アリナはすぐに言葉をかぶせてくる。
「救いだヨネ。少なくとも、救いになる面がある。そうじゃなかったら、どうしてアナタは自殺してたかもなんて言ったワケ?」
「それは……」
「たぶん、アナタはシスターたちが死んだ世界で生きていくより、そのまま死んだ方がいいと思ったから、そう答えたんだヨネ?」
反論できない。
たしかにそう思って、そう言った。
「実際、死ねば何も感じなくなるワケ。これってシスターの死んだ世界で生きていく苦痛から救われたってことだヨネ?」
その言葉にも反論できなかった。
本当に妹たちが死んでしまっていたら自分はどうしていたか。
自殺していたかはわからない。
けれど、自殺したくなったのは間違いない。
そして、そのときの自分にとって、やはり死は救いに見えただろう。
アリナの言う通り、死は実際に苦しみから救ってくれただろう。
「話を戻すけど、死ねるなら最悪ってわけじゃないワケ。最悪なのは、下手に希望を捨てられないときなんだヨネ」
「じゃあ、どういうときに希望を捨てられないかって、あなたにとったら妹が生きてるのか死んでるのかわからない状況になったときだヨネ?」
「たとえば、急に消えちゃった、とか」
そのときの気持ちは、すぐに思い浮かべることができた。
実際に経験済みだからだ。
突然、消えてしまった妹。
しかも周囲の誰もが妹のことを忘れてしまっていた。
死んでしまったのか、まだ生きているのか、どちらの手がかりもなかった。
あのときは幸いなことに、すぐ協力してくれる仲間ができた。
調べていくうちに妹の手がかりも見つかってきた。
だから何とか耐えられた。
けれど、あのとき。
頼れる仲間ができなかったら?
本当に何の手がかりも見つからなかったら?
……その先は考えたくもない。
いろはは自覚していた。
周囲が自分を指して言う
『いろはは強い』
という言葉の根拠が、半分以上、いろは自身の
『大切なものを失うことに耐えられない』
という弱さと、それを極度に恐れる臆病さに根ざしていることを。
「……」
もうここまでくれば、アリナの言いたいことはわかってきた。
かりんは死ねていないのだ。
死んでいるのに、死ねていない。
本人にとってではなく、かりんの周囲の人間にとって、死ねていない。
死ねていないことで、周囲を苦しめてしまっている。
かえで、やちよ、十七夜、他の友達。
おそらく数日前に会いに行ったという、かりんの祖母も。
そしてそんなことを、かりんが望むはずがない。
だから。
「だからアリナが、もう一度殺してあげないといけないワケ」
かりんの大好きだった、漫画という媒体で。
かりんを主人公にして、かりんの人生をなぞって。
それを完結させるという方法で。
「ふぅ──っ……」
いろはは深く息を吐いて、座っていた椅子の背もたれに体を預けた。
止められない。
これはたぶん、止めていいものでもない。
アリナは苦しむのだろう。
だって、マジかりの中で、かりんはあんなに可愛く描かれている。
もし可愛いと思っていなければ、あんなに可愛くはならないだろう。
その可愛くて、可愛くて仕方がないかりんを殺すのだ。
自分なら妹たちを殺すようなものだ。
地獄の苦しみだろう。
普通なら魔女になる。
きっと記憶を消してあげた方が、苦しみは減るのだろう。
それでも、これは止めてはいけなかった。
「……」
でも、けれど、とも思う。
いろはは顔を上げて、もう一度アリナを視線を合わせた。
せめて、少しだけでも苦しみや危険を減らす方法はあるはずだ。
「……今までのようなペースじゃなく、休み休み描くっていうのはどうですか?」
そうすればソウルジェムの濁りは遅くなるはずだ。
魔女になる危険も減らせる。
アリナの答えは、ノ-。
「どうしてですか?」
「この作品は10月31日に終わらせないといけないカラ」
10月31日。
かりんが大好きだった、ハロウィンの日。
二度目の命日として、おそらくこれ以上の日はない。
そして今は9月も中旬。
あと一ヶ月と少し。
完結まで残り一巻分としても、すでに普通の漫画家ならタイムアップという日程だ。
休み休みでは間に合わない。
「ふぅ──っ……」
もう一度深く息を吐き出して、いろはは言った。
わかりました。
「もう記憶を消すなんて言いません。全部中止だって、みんなにも伝えておきます」
そうと決まれば、いろいろと連絡しなければならない。
いろはは席を立とうとした。
「ウェイト」
その背をアリナが呼び止める。
「なんですか?」
「アリナはアナタに感謝してるワケ。だから、安心材料をあげる」
いろはは首を傾げた。
安心材料になるものなど、思いつかない。
「アトリエの作品庫の奥に、フールガールの魔女を閉じ込めた結界があるワケ」
いろはの目が見開かれる。
ずっと探していたかりんの魔女が、そんな場所に。
「それをアナタに預けるカラ」
預ける。
その言葉の意味を反芻する。
どういう経緯で持っているのか聞こうとは思わなかった。
どうして持っているのかは明白だったから。
自分の手で終わらせてあげるためだ。
それを自分に預けるという。
安心材料として。
つまり
『自分がちゃんとこの魔女を殺すから、心配はするな』
ということだろう。
しかし、魔女を預かるなんていうのは初めてだ。
確認しなければならないことがある。
「暴れ出したりは、しないんですか?」
「魔女って、餌をやらないと冬眠みたいな状態になるんだヨネ。この魔女も同じ。結界に容れておけば問題ないワケ」
思い出すのはホテルフェントホープに行ったときだ。
あのときも、それらしい状態の魔女を見た。
あの魔女たちに危険は感じなかったし、魔女たちが苦しんでいる風にも見えなかった。
冬眠という言葉には、そういう意味も含まれているのだろう。
なら、断る理由はない。
「わかりました。預かっておきます」