盗作・魔法少女マジカルかりん   作:ノッシーゾ

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第二十五話 盗作・魔法少女マジカルかりん(上)

 10月31日。

 

 

 

 マジかり担当編集、佐藤は幸福だった。

 少なくとも当人は

 

「いま世界で一番幸せな人間は誰か」

 

 と問われれば

 

「自分だ」

 

 と即答できるほどに幸せだった。

 なぜなら……

 

「マジかりが終わったーーーーーっ!!!」

 

 これでアリナ・グレイとの関係も終わる。

 解雇の恐怖とも、死の恐怖ともサヨナラだ。

 

「おはよう! いい朝だね!」

「えっ……あっ、はい、そうですね……」

 

 挨拶しただけで、後輩が足早に去って行くのも気にならない。

 そんなことはハロウィンを上書きして生まれた新たなる祝日

 

『Last Alina Gray Day』

 

 のめでたさと比べたら、大した問題ではない。

 

「ああ、世界は美しい……っ!!」

 

 空の青さも。

 雲の白さも。

 都会のビル群も。

 机の上のコーヒーの染みも。

 喫煙所に落ちているタバコの吸い殻にさえ趣がある。

 

 そして何より。

 

 佐藤は自分のデスクに置かれた漫画を手に取った。

 

「……」

 

 自分が担当し、今日完結を迎えた作品。

 恐怖に震えながらも自分が携わってきた作品。

 会社中から『佐藤さん発狂説』を唱えられながらも作り上げてきた作品。

 作者の意向である10月31日に合わせるためだけに、弊社史上で初めて誌の発売日をズラした作品。

 

『盗作・魔法少女マジカルかりん』

 

 作者の人格はともかくとして。

 この作品は、たしかに美しい。

 

 

 

 マジかりは手に入らない。

 出版前から囁かれていた噂を、美術評論家の彼は舐めていた。

 

 なにしろ、出版社も十分に対策を立てているように見えたからだ。

 

 まず部数を大量に増刷していた。

 聞くところによると、普段の5倍も。

 あるテレビ番組では、当日の書店にはこのくらいの在庫を置きます、という形の映像が放映された。

 それはもう頼もしいばかりの『マジかりタワー』が建造されていた。

 

 発売が平日というのもあった。

 彼の仕事は自由が利く。

 普通の社会人が仕事をしている時間に買いに行くのも簡単だ。

 マジかりのために10月31日を休業日にする会社が続出しているという不穏なニュースも耳にしていたが、大した問題はないだろう。

 

 しかも週刊誌と単行本が同時発売される。

 週刊誌を買った人は単行本を買えず、単行本を買った人は週刊誌を買えないようにする、という発表もあった。

 

 これだけやっているのだから、まあ手に入るだろう。

 手に入らなければ、最悪の場合は電子書籍でもいい。

 

 そう考えていた彼が家を出たのは10時30分。

 自宅から歩いて5分の距離にある、大型書店に足を運ぼうとした。

 甘かった。

 

 家の前に行列が出来ていたから嫌な予感はしていたのだ。

 しかし、さすがにそんなわけはなかろうと書店まで足を運んでみると、行列は書店の中に入っている。

 

 絶望的な気分になりつつ、並んでいた婦人に話を聞いてみた。

 驚いたことに、彼女は深夜から並んでいるのだという。

 彼女の話では、先頭の客などは昨日の閉店直後から並んでいたそうだ。

 

 一応、他の書店も見て回った。

 どこも似たようなものだった。

 人口の少ない町ならどうだと足を伸ばしてみても変わらない。

 この国は大丈夫なのかと心配になるほど、どこもかしこも行列だ。

 行列がないのは、マジかりが売り切れた店だけだった。

 

 仕方がない。

 本当は紙の方がいいのだが、それは後にしておこう。

 今日のところは電子書籍で読もう。

 そう思い直して、電子書籍のアプリを起動した。

 

 しかし、それでもダメだったのだ。

 繋がらなかった。

 何回も試しても繋がらなかった。

 SNSで調べてみたところ、深夜0時からずっとサーバーが落ちたままなのだという。

 

「……」

 

 前代未聞、空前絶後であろう。

 アリナ・グレイが世界一の漫画家になった証として、これ以上はない。

 

 この日の彼は結局、マジかりを読むことができなかった。

 

 

 

 美術部顧問の彼がマジかり最終話を読んだのは、世間より一週間ほど早かった。

 

 その日、放課後に部室である美術室に行ってみると、アリナがいた。

 珍しく原稿を書かずに、頬杖をついて、ぼーっとしていた。

 

「グレイ、原稿はいいのか?」

 

 そう聞いた彼に向き直って、アリナは紙の束を突き出してきた。

 一番上の紙に

 

『盗作・魔法少女マジカルかりん最終話原稿』

 

 と書かれている。

 

「……終わったのか?」

 

 アリナは淡々と答える。

 

「終わった」

 

 それは彼にとってもなかなか感慨深い言葉だ。

 なにしろ一年以上、マジかりには振り回されてきたのだ。

 それが終わった。

 

 いくらアリナに慣れている彼といえど、無感動ではいられなかった。

 

「読んでいいのか?」

 

 すこし勢い込んで聞いた彼に、やはりアリナは淡々と答える。

 

「コピーだから。あげる」

 

 妙に元気がないな。

 まあ、創作は完成したときには虚しくなるらしい。

 そのせいかと思いながら読み始めた。

 

 やはり面白い。

 相変わらず、御園かりんが生きているように動いている。

 きりんに勝ったあと、あの幼い口調でお説教をはじめるところなど、声が聞こえるようだった。

 

『もう! アリナ先輩! ちゃんとお掃除しなきゃダメなの!』

 

 いつだったか言っていた台詞と、この幼い正論を並べたてる説教のシーンは綺麗に重なるように見えた。

 

「……御園だな」

 

 ふと声が漏れる。

 その声に、珍しくアリナが反応した。

 

「そう?」

 

 珍しいというより、はじめてだったかもしれない。

 この「そう?」は明らかに、反応を求めていた。

 すこし狼狽えてから、彼は言葉を絞り出す。

 

「あ、ああ。まさしく御園だよ。あいつも大概、世間離れしてるところがあったが、案外本当に魔法少女だったのかもな、なんて思うくらいな。あと最後のページの……、なんと言うか、寂寥感みたいなのもよかったぞ」

 

 アリナが答える。

 

「……そう」

 

 この「そう」は、いつもの「そう」だ。

 とりあえず話は聞いてやったが、こちらから何か言ってやるつもりはない、という意味の「そう」。

 

 しかし、いつもの意味の「そう」のはずなのに、何かが違うような気がした。

 何というか、何かが足りない。

 

 あえて言うなら、覇気だろうか。

 いや、覇気で言えばマジかり執筆前の腑抜けぶりは酷かった。

 あのとき以上ということはない。

 

 ないはずなのに、何かがあの時以上に足りない。

 気付くと、聞いていた。

 

「グレイ、お前は大丈夫なのか?」

 

 何を指して聞いているのか、聞いた本人もよくわかっていなかった。

 案の定、アリナにも伝わらなかったようで

 

「大丈夫って、なにが」

 

 と聞き返してきた。

 また狼狽えなければならなかった。

 

「ああ……いや、体調とか、な」

「ノープログレム」

 

 そこでチャイムが鳴った。

 下校時間のチャイムだ。

 アリナはスクールバックを掴むと立ちあがって言った。

 

「バイバイ」

 

 その言葉は『盗作・魔法少女マジカルかりん』の最後のページ。

 最後のかりんと同じ台詞。

 

 もう二度と会えない。

 そんな予感をさせる言葉。

 

 それから一週間。

 アリナは学校に来ていない。

 

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