みかづき荘には現在、三人の少女がいる。
由比鶴乃。
二葉さな。
深月フェリシア。
この三人だ。
他の住人は、つい先ほどアリナの家に出発してしまった。
「それにしたって、やちよは許せねぇよな!」
憤慨しているのはフェリシアだ。
ふんす、ふんす、と鼻息を荒くしながら、そのやちよが大量に買ってきたデカゴンボールチョコを貪り食っている。
「そうですよ! 私たちに何も言わないで!」
こちらも珍しく憤慨している二葉さな。
彼女もデカゴンボールチョコを次々と口に放り込んでいた。
「あははっ……」
それを苦笑いしながら眺めているのが鶴乃だ。
数日前の様子を思い出しながら、彼女もデカゴンボールチョコを手に取った。
『そういえば十七夜さんは記憶を読んでいたんですよね? そのときに魔女をアリナさんが持ってるって気付かなかったんですか?』
今回の打ち合わせのため、みかづき荘に集まったときだ。
話が一区切りついたところで、いろはが言った。
たしかに考えてみたらおかしな話だ。
心を読んでいた十七夜が、それを知らないはずがない。
もしかして知っていて黙っていたんじゃないか。
とはいえ、一応は過ぎた問題ではある。
いろはとしても詰問するような意図はなかっただろう。
けれど、気になる問題ではあった。
十七夜は悪びれる様子もなく言った。
「梓だ。奴が暗示の能力を使って、アリナの記憶を封じていた」
「……っ!」
……そのとき、やちよの肩がピクッと跳ねたので、嫌な予感はあった。
いろはが重ねて問う。
問う前にやちよの方をチラッと見たのに、鶴乃は気付いた。
「……なんでそんなことを?」
それから十七夜の事情聴取は粛々と進んだ。
いろはが質問し、十七夜は淀みなく答え、やちよの顔色が悪くなっていく。
十七夜への事情聴取の最後は、こんな会話だった。
「……みふゆさんとアリナさんの他に、それを知っている人はいますか?」
「いる。だが、答えることはできん。口止めされているからな」
その場の全ての魔法少女の視線が、七海やちよに注がれた。
その結果の一つが、机の上にあるデカゴンボールチョコの山だ。
山の上には
『反省しています。皆様に相談もせず、独断で行動したことをお許しください』
と書かれた紙が乗せてある。
ちなみに『結果の一つ』というのは他にもあるからだ。
他の結果には
『限定版、子猫のごろごろブックカバー』
『万々歳フルコース』
『みかづき荘、湯の国市旅行ツアー』
『七海やちよが家事を代わってくれるチケット一週間分 ×5』
などがある。
「ほんとよぉ! オレたちには『みんなの方針に従え』とか偉そうに言ってたくせによぉー!」
「まったくですよ! わたしたちのこと、やちよさんは信頼してないんですかねっ」
しかし、そんなやちよの反省も、まだ届くには時間かがかかるらしい。
二人はパクパクパクパクとデカゴンボールチョコを平らげていく。
「……」
鶴乃は『ごめんなさい……』と、縮こまりながら繰り返していた、みかづき荘の家主に想いを馳せる。
鶴乃も気持ちはわかるのだ。
たとえ仲間に黙ってでも、アリナに協力したやちよの気持ちが。
当然、相談して欲しかったという想いはある。
けれど、それでも二人やいろはと比べたら鶴乃はやちよ側だった。
「フェリシア、さな」
鶴乃の呼びかけに二人が反応する。
「なんだよ」
「なんですか」
鶴乃は言った。
「二人とも死んじゃったりしたらダメだからね?」
少し間を置いて、
「当たり前だろ!」
「ええ、大丈夫です」
という答えが返ってきた。
「離して、ねむ!」
「だめだ、今回ばかりは譲れない」
「もう、二人ともやめてよ!」
昼ごろ、ちょっとした用で自宅に帰ってきた里見医師を出迎えたのは、そんな甲高いやりとりだった。
子供部屋に行ってみると、案の定、見慣れた光景が広がっていた。
愛娘と、その親友が激しく言い争っていて、その二人をもう一人の親友が窘めている。
「ねむもわかるでしょ! アリナはこれが終わったら死んじゃう気なんだよ!?」
「そうだとしても、これはアリナの作品だ。作品を壊していいのは、芸術家だけだ」
「なにそれ! 意味分かんない! じゃあ、ねむはアリナが死んじゃってもいいの!?」
「結果としてそうなるなら、それも仕方がない」
里見医師は、こういうときに最も頼りになる少女に声をかける。
「今度は何があったんだい?」
少女は答える。
「マジカルかりんを読んでから灯花ちゃんが『アリナは死ぬつもりだから止めなきゃ』って……ねむちゃんは『作品を作る邪魔をしちゃいけない』って……」
ああ、なるほど。
里見医師はうなずく。
ねむは友人の行動の美しさを優先しようとし、灯花は合理的に友人がこの世から失われるのを防ごうとする。
つまりは見慣れた喧嘩だ。
しかし、そういう問題だとすると、一つだけ見慣れない点があった。
「うい君は行かなくてもいいのかい?」
人命がかかっているとき、真っ先に飛んで行きそうなのは愛娘ではなく、この少女だ。
ただ仲裁に徹しているのは違和感がある。
「大丈夫です。お姉ちゃんが付いてるので」
里見医師は、もう一度うなずいた。
そうだろう。
あの娘がついてるのだから、心配はいらない。
里見医師は愛娘が友人のために、ここまで必死になっていることに感動を覚えながら、二人の仲裁に参加することにした。
『それで今日、神浜の魔法少女たちはどうするつもりなのかしらぁ?』
智珠らんかは電話から聞こえてきた声に、ため息をついた。
マギアユニオンとプロミストブラッドの連絡役になってから、かなりの時間が経った。
自分のおかげとは思わないが、次第に両グループの関係も軟化して、交流も増えた。
それは構わない。
むしろ喜ばしいと思っている。
けれど、仕事以外の頼まれごとが増えたのは、何とかして欲しかった。
「それ、ちゃんと樹里に報告したんだけど?」
『そうなのぉ……? 樹里からは『ハロウィンの日に魔女をぶっ飛ばすんだってよ』としか聞いてないのだけどぉ……』
もう一度、ため息をつく。
仕事が増えた原因はプロミストブラッドの副リーダーとも言うべき存在にもある。
「……いい? 三回目はないからね?」
そう前置きして、らんかは説明をはじめた。
「魔女を倒しに行くのは5人。アリナ・グレイ、環いろは、七海やちよ、和泉十七夜、あとレナのグループの秋野かえで」
この5人と御園かりんとの関係性は、概ねマジかりに書いてあった。
マジかりはプロミストブラッドのメンバーも、ほぼ全員読んでいる。
なぜこの5人なのかとか、詳しい説明はいらないだろう。
『……記憶を消すときより、人数を絞るのねぇ』
「そこはアリナ・グレイの希望なんだって」
『アリナ・グレイの?』
「そう。アイツがなに考えてんのかなんて知らないけど……まあ、いいんじゃない? 御園かりんだって魔女になった姿を大人数に見られたくないでしょ」
『……そうねぇ』
「で、他の魔法少女は栄総合の奴らも含めて静観。環いろはを信じて、あとで顛末だけ聞かせてもらうことになってる」
部外者の結奈からしたら、同じ栄総合の生徒が一人も今回のメンバ──―いわば介錯係──になっていないのは違和感があったかもしれない。
しかし、それはアリナが同校で避けられていることと、アリナと一緒にいることが多かった御園かりんも必然的に周囲との交流が薄くなっていたのが理由らしいが……。
そこまでは報告しなくてもいいだろう。
『他に問題はなさそうかしらぁ?』
「ないない。強いて挙げるなら、マジかり読んで、ユニオンの話を聞きたいっていう他の街の魔法少女が増えてて、対応が忙しそうな感じ……って、もしかして、これも聞いてない?」
『聞いてないわねぇ……』
「平和になってからホント役に立たねぇな、竜ケ崎の竜」
電話から『フフッ……困ったものねぇ』と、孫のやんちゃを見守るおばあちゃんのような声が聞こえてくる。
お前が甘やかすせいだぞ、と声を大にして言ってやりたかった。
しかし、この外面はしっかりしている長女が、身内に対してはダダ甘なのは知りすぎるほど知っている。
言っても仕方がない。
らんかは話を進めることにした。
「とりあえず神浜の魔法少女の動きっていうと、こんな感じだけど、他に聞きたいことある?」
携帯から「んー、そうねぇ……」という声。
それと一緒にペラ、と何かをめくるような音が聞こえてきた。
漫画だろうか。
『こんな漫画を描いてて、アリナ・グレイは大丈夫なのかしらぁ……』
意外な言葉、というほどではない。
マジかりはプロミストブラッドでも大人気だ。
『作者のアリナ・グレイはマギウスだから嫌いだ』
『けど、マジかりは面白いし、マジかりに罪はない』
これはプロミストブラッドの総意と言ってもいい。
だから結奈が読んでいても意外ではない。
最近の神浜との関係や、もともとの性格から考えても、アリナ・グレイを慮るようなことを言うのも、おかしくはない。
ただ、すこし突飛さはあった。
「……まぁ、死にそうな顔してるし、たまに幻覚も見えてるっぽいけど、前ほどじゃないし、大丈夫っしょ」
らんかの言葉に、結奈はすぐに反応した。
「自殺なんてことはしないかしらぁ……?」
自殺。
かつて、生き残るために仲間たちと殺し合いまでした彼女にとっては、縁遠い言葉だった。
けれど、アリナ・グレイにとってはどうか。
聞くところによれば、以前、本当にしようとしたことがあるらしい。
そのアリナにとってみたら、決してありえない選択肢ではないんじゃないか。
しかし、そうだとしても……
「……そのときは、そのときでしょ。どうなったとしても、部外者のあたしらが口出すことじゃないよ」
この問題について、プロミストブラッドは部外者に過ぎない。
マジかりを単純に面白い漫画として読めているのが何よりの証拠だ。
あとのことは環いろはたちが何とかするだろう。
記憶消去のときのように「手伝ってくれ」と言われたならともかく、下手に手を出しても問題をこじらせるだけだ。
『……』
結奈がしばらく無言になる。
しかし、やがて
『……そうねぇ』
という言葉と一緒に、パタンと漫画を閉じる音がした。
そうだ。
あとのことは、もう当事者たちの問題なのだ。
以前の自分たちも、神浜の魔法少女たちになんと言われようと、それを受け入れることができなかった。
らんかは頭を切り替えて、言った。
「ねえ、結奈」
『なにかしらぁ?』
「いま読んでたのって、最終巻?」
『ええ、そうよぉ? 父の友人が出版社の社長と知り合いらしくてねぇ。譲ってくれたのよぉ』
らんかは言った。
「わかった。じゃあ今日、結奈の家に行くから」