盗作・魔法少女マジカルかりん   作:ノッシーゾ

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第三話 美術評論家

『おそらく君は見る人が死ぬまで考えてしまうような美しく難解な作品を作ることが出来るだろう』

『しかし外へのテーマを持たない君の作品は、人を狂わせるかもしれない劇薬だ』

『15歳を過ぎて尚自覚がないなら君の輝きはそこで尽きるだろう』

『世界を変える気がなければ作るのをやめろ』

 

 彼はマジかりを読んでいると感じる、妙な引っかかる“何か”について考えていた。

 仕事のためである。

 一斉を風靡するマジかりについて、原作者アリナ・グレイの作品を昔から知っている人物としてエッセイを書いてくれないかと依頼されたのだ。

 

 内容は、マジかりのテーマについて。

 つまりアリナ・グレイがマジかりを通じて何を訴えようとしているのかを書けという依頼だ。

 

 仕事の打診があったとき、彼は二つ返事で了承した。

 まだマジかりは読んでいなかったが、アリナ・グレイが描いた漫画には興味があった。

 彼女のテーマの一貫性から考えても難しい仕事ではないだろう、という打算もあった。

 

 だが、それは甘い見立てだったと、すぐに思い知ることになった。

 マジかりに込められたテーマは、彼が見てきたアリナ・グレイのテーマとは全く違うものに見えたからだ。

 仕事は開始早々、暗礁に乗り上げた。

 机に向かい、無為にマジかりをペラペラめくるだけの日が一週間続いた。

 

 そんなときだ。

 マジかりに目を通す度、自分の中で強くなっていく“何か”に気づいたのは。

 これが足がかりになった。

 この“何か”が解れば、仕事が進むに違いない。

 そんな確信の下、自分の中の“何か”を掘り下げていると、どうやら“何か”は2年ほど前、神浜現代芸術賞を受賞したアリナ・グレイに渡した手紙と深い関係がありそうな気がしてきた。

 だから先ほどから手紙の内容を思い出そうとしている。

 

『おそらく君は見る人が死ぬまで考えてしまうような美しく難解な作品を作ることが出来るだろう』

『しかし外へのテーマを持たない君の作品は、人を狂わせるかもしれない劇薬だ』

『15歳を過ぎて尚自覚がないなら君の輝きはそこで尽きるだろう』

 

「……世界を変える気がなければ作るのをやめろ」

 

 だが、いくら手紙の内容を思い出しても“何か”は思い出せなかった。

 アリナ・グレイの作品を見直しても思い出せなかった。

 マジかりを読んでいると、激しい既視感のような“何か”が強くなっていくのだが“何か”は“何か”以上の物にはなってくれなかった。

 

「……」

 

 それでも“何か”を思い出そうとしていると、賑やかな音楽が聞こえだした。

 テレビからだ。

 

 ああ、そうだ。

 そこで彼は我に返ってテレビに視線を向けた。

 これを見ようと思って、テレビを点けていたのだ。

 “何か”からは一端、離れることになるが、仕事の役に立つはずだった。

 ほどなくして賑やかな音楽が終わり、芸能界で長く活躍しているお笑い芸人の姿が映った。

 

 番組のタイトルは『マンガタリ』

 読んで字のごとく“漫画”を“語る”番組で、今日は『盗作・魔法少女マジカルかりん』が取り上げられる。

 

 

 

 マンガタリの番組構成は単純だ。

 取り上げる漫画に詳しい人物が集められ、それぞれ魅力だと思う点をプレゼンし、他のメンバーと語り合う、というもの。

 

 メンバーは基本的に3人で、今回もそうだった。

 まずは番組唯一のレギュラーで、司会も担当し、大の漫画ファンを公言するお笑い芸人。

 テレビの素人であるゲストを上手く乗せ、フォローも上手いと定評のある人物だ。

 

 次にゲスト参加のマジかり担当編集、佐藤。

 彼はマジかり制作サイドの代表者だ。

 この番組では原作者自ら出演することも珍しくないのだが、編集者が出てくるということはアリナ・グレイが出演を断ったのだろう。

 

 そして最後が、色々な点でマジかりと縁の深い、怪盗少女マジカルきりんの作者。

 漫画のプロとしての視点を期待されている。

 

 なかなか痒いところに手が届く、いいキャスティングだと彼は思った。

 これなら“何か”を思い出す切っ掛けにもなるかもしれない。

 

「それではさっそく司会の私から発表させていただきます!」

「マジかりの魅力は……ここだ!」

 

 番組の口火を切ったのは、いつも通り司会のお笑い芸人だ。

 彼は手にしたボードを勢いよく前に突き出した。

 

「かりんちゃんが可愛いっ!!」

「いや、テレビの前の、まだマジかりを読んでない皆さん!」

「感想浅すぎ! と思ったでしょ?」

「でも皆さん皆さん、騙されたと思って一回読んでみてくださいよ」

「本当に可愛いんです!」

「このアリナさんが描く絵が可愛いっていうのもあるんですけど、何より人間性が可愛い!娘にしたいくらい可愛い!」

 

 司会の熱弁を受けて、先ほどまで読んでいたマジかりに視線を落とす。

 なるほど、たしかに可愛いと思った。

 少し幼げなキャラクターデザインが可愛いし、色々なコマで描かれている一挙手一投足の全てに愛らしさがある。

 司会の言うとおり、人間性も可愛い。

 未熟で愚かしいところが可愛く、成長しようとする健気な姿が可愛い。

 アリナ・グレイが描いていると思うと、違和感を覚えるほど。

 

 こういう前面に押し出された少女的な可愛さはアリナ・グレイの作品にはなかった。

 そもそも彼女が探求する「生と死」というテーマに、こういう可愛さは似つかわしくない。

 本人が一番わかっているはずだ。

 それでも、なお出してきた。

 ならば何らかの意図があるはずだ。

 では、その意図とは何なのか。

 

「……」

 

 いくら考えても答えは出そうになかった。

 少女的な可愛さと、これまでアリナ・グレイが表現してきた物。

 この二つの間に、全く関係を見いだせない。

 今もいくつか頭の中にある推理より、先日脳裏をよぎった荒唐無稽な空想が真実に近そうとすら思える。

 

 つまりアリナ・グレイは死亡していて、今マジかりを描いているのは偽物だ、というような。

 ただ、やはり「かりん」を見ていると“何か”は確実に強くなってくる。

 もう少しヒントがないものか。

 彼はテレビに視線を戻す。

 

「はい、次は私の番ですね」

「担当編集が選ぶ、マジかりの魅力は……ここだ!」

「背景!」

 

 なるほどと、また思う。

 特に、かりんが倒さねばならない敵「魔女」が住む「魔女空間」の描写は圧倒的だ。

 そして、この点こそ偽物説への反証になっている。

 

 魔女空間に漂う不気味さ。

 あれは「死」だ。

 今までアリナ・グレイが探求してきた物であり、アリナ・グレイが数多の鑑賞者を陶酔させ、また嫌悪させてきた物だ。

 

 断言できる。

 あの空間はアリナ・グレイにしか描けない。

 

 そこで、ふと思う。

 これもやはり「生」と「死」の作品なのではないか。

 可愛らしくエネルギーに満ちた「生」のかりんと、恐ろしい「死」の魔女との戦い。

 この両者の戦いを描くことで「生と死」を表現しようとしているのではないか。

 

 だが、この考えでは疑問が残る。

 マジかりにおいて、魔女は別に重要なファクターではなさそうなのだ。

 たしかに設定上、魔法少女であるかりんはグリーフシードを手に入れるために魔女と戦う必要がある。

 のだが、魔女との戦いは、ほとんど描かれないのだ。

 最初の数話で戦いを描いた後、魔女戦は大抵カットされ、結果だけが描写されるようになる。

 明らかにアリナ・グレイは魔女との戦いに重点を置いていない。

 

「魔法少女 対 魔女」=「生 対 死」

 

 こんな単純な話ではなさそうだ。

 

 まだヒントが要る。

 テレビに視線を移すと、ちょうどマジきりの作者の番が来ていた。

 

「怪盗少女マジカルきりんの作者が思う、マジかりの魅力は……これだ!」

「ストーリー展開!」

 

 ほう、と彼は耳を澄ました。

 今まで他者が語るマジかりのストーリー論は聞いたことがなかった。

 

「マジかりのストーリー展開は王道に見えて、すごく特殊なんです」

「ある問題が起きて、主人公のかりんが問題に関わって解決するという流れは王道そのものですよ?」

「でもマジかりの場合、かりんちゃんは彼女の周囲で起きてる最大の問題には気づいてないんです」

「例えば第一部」

「ここを注意深く読み返すと、他の魔法少女たちは本当に凄い問題に巻き込まれてるんですよ」

 

 最大の問題?

 他の魔法少女が巻き込まれている凄い問題?

 言われた通り、注意して読み返す。

 あっ、と思う。

 

「気づきましたか?」

「『魔法少女の救済』に『マギウスの翼』」

「この辺の、第一部のラストになって、ようやくかりんが関わるキーワードが、1巻の段階で他の魔法少女たちの話題に上ってるんです」

「構想の初めから、マギウスっていう存在があった証拠です」

 

 そうだった。

 言われてみれば、確かにおかしい。

 

 物語が最も面白くなるのは、やはり悪と戦う場面だ。

 主人公は悪と戦わなければならないのだ。

 せっかくマギウスという悪の組織まで用意したのなら、なおさら戦うべきだ。

 

 なのに、かりんはマギウスの存在など露知らず、日常生活を送っている。

 美術部で先輩きりんに絵を教わったり、東の魔法少女のリーダーにしてメイドカフェのバイトである泉十七夜にメイド道を指南したりしている。

 

 その間にマギウスと戦っていたのはサブキャラクターでしかない玉木いろはであり、七美やちよなのだ。

 そういう視点では、かりんなどは脇役のポジションと言っても良い。

 第一部のラスト、つまり他の魔法少女たちがマギウスと激闘を繰り広げる段階に至っても、かりんはマギウスのマの字も知らない。

 決戦の終局に至って、巻き込まれる形で戦いに参加するが、彼女がマギウス問題の全容を知るのは戦いが終わってから、玉木いろはに教えられる形で、だ。

 

 物語の主人公には、よほど玉木いろはの方が相応しいと言える。

 そうした方が面白い作品にもなったはずだ。

 そのことにアリナ・グレイが気づかなかったのだろうか。

 

 そんなはずはない。

 アリナ・グレイにとって、かりんが主人公であることは物語を面白くするよりも大切だったのだ。

 漫画にとって面白さよりも大切な物。

 つまりテーマだ。

 

 頭の中で散乱していたピースが嵌まりはじめる。

 この作品のテーマは、かりんというキャラクターその物なのだろう。

 例えるなら肖像画に近い。

 肖像画が描かれるとき、その目的は常に一つ。

 特定個人を表現することだ。

 マジかりの場合、かりんである。

 

 だからこそマギウスとの戦いよりも、かりんの日常を描写する。

 物語を面白くするためには玉木いろはを主人公にするべきでも、かりんを描くことが目的だからかりんを主人公にする。

 

 アリナグレイのこれまでのテーマ「生と死」との関係もそうだ。

 この作品において「生と死」は、かりんを表現するために使われている。

 明るくて可愛い魔法少女かりん=生、他者を呪う不気味な魔女=死。

 この二つの対比という方法で、かりんを魅力的に見せるために。

 

 こうなれば、かりんが可愛いく描かれているのは当たり前だ。

 アリナ・グレイにとって、かりんは可愛いのだろう。

 これまで自分が探求してきた「生と死」というテーマを、彼女の踏み台にしても惜しくないほどに。

可愛いから可愛いく描く。

 それだけのことなのだ。

 

 

 

 彼が気が付くと、マンガタリは終わっていた。

 だけでなく、彼の仕事もあと少しという所まで来ていた。

 

 永遠の時間を費やしても終わらないように見えた仕事が、もう片付こうとしている。

 残りの仕事は、あと原稿用紙一枚分を書き上げるのと、推敲して、仕事を依頼してきた雑誌に送付するだけ。

 手応えからいって、推敲は誤字脱字の訂正くらいだろうから、もう一時間あれば終わる仕事だ。

 

 それを認識すると、気が緩んだ。

 ちょっと一息入れようという気分になって、仕事机を離れ、何か飲もうと冷蔵庫に手をかけた。

 瞬間

 

「ん?」

 

 あのマジかりを読んでいる時と同じ“何か”を強烈に感じた。

 “何か”の元を探すと、妻が買ったらしいイチゴ牛乳が置いてあった。

 それを見た瞬間、いつか見たアリナ・グレイのインタビュー記事が思い出された。

 

『これが何かって?』

『見ての通り、イチゴミルクなんですケド』

『好きなのって?』

『好きじゃ悪いワケ?』

『別にスクールの後輩が飲んでたから、アリナも飲んでみただけだヨネ』

 

 電撃に打たれたような衝撃、とはこういうことを言うのだろう。

 

 そうだ。

 このインタビューに出てきた“後輩”を自分は知っていたはずではないか。

 

 あの手紙。

 神浜現代芸術賞を受賞した、アリナ・グレイに宛てた手紙を預けたのは、その“後輩”だったではないか。

 その後輩の名前は、うろ覚えではあるが、まさしく御園かりんではなかったか。

 だとすれば「盗作・魔法少女マジカルかりん」の主人公と同じ名前ではないか。

 

 たら……と一筋、首筋を冷たい物が伝っていった。

 

 この想像が本当だとすると、どうだ。

「盗作・魔法少女マジカルかりん」は、ここまで書いた自分の考察など、及びもしない大変な作品なのではないか。

 さらには、この仕事を断らなければいけないような問題も出てくる。

 いや、仕事がどうだとか言っている場合ではない。

 一人の人間として向かい合わなければならない問題が出てくる。

 

 彼は以前、連絡先を交換した、栄総合学園漫画研究部の顧問に連絡した。

 

 呼び出し音が8回、繰り返された。

 その後、やっと顧問は出て、何かを警戒するような慎重な口調で言った。

 

「……今日はどういったご用件でしょう?」

 

 彼は単刀直入に聞いた。

 

「漫画研究部に、まだ御園かりんさんは在籍していますか?」

 

 顧問は黙り込んだ。

 たっぷり三呼吸分、何も言わない時間を挟んで、やっと言った。

 

「席だけは、まだありますよ」

 

 すかさず聞く。

 

「席だけ、とは?」

 

 今度の沈黙は、さっきより短かった。

 

「……行方不明になったんです。去年の春」

 

 

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