TS長尾狐っ娘異世界物語   作:きし川

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草原にて

 ヤーバ大陸のとある草原にて、長尾狐っ娘は目を覚ました。そして、眠たげな眼をこすり、周りを見渡し硬直した。長尾狐っ娘にはなぜ自分がここにいるのか分からなかったからだ。

 

 数秒、時間が流れ長尾狐っ娘はこのまま、固まっていても仕方がないと、思い立ち上がる。すると、どういうことか自分の視点が記憶にあるものよりも低いことに長尾狐っ娘は疑問に思ったが、視線を自分の体に下ろした時にその原因が分かった。

 

 長尾狐っ娘の身体は以前の記憶にあるものよりも遥かに小さくなっていたのだ。これには、冷静な性格を自称している長尾狐っ娘も同様を隠せず、自分の体に触れ確かめた。

 

 頭に触れると頭から何かが生えている。長尾狐っ娘はそれを何度か触れた末にそれが動物の耳のようだという考えに至った。なぜ、そんなものが自分の頭に生えているのか長尾狐っ娘には分からなかったがひとまず置いておくことにした。

 

 次に首から下へと触れていく。以前は程々に筋肉が付いていた体と四肢は子供のように華奢なものになっていた。ここまでは見て分かっていたので長尾狐っ娘は簡単に受け入れた。しかし、股の間に触れた時、長尾狐っ娘は再び固まった。

 

 失くなっているのだ。以前の体にあったものが見る影もなく消失していた。気を取り直し、長尾狐っ娘は着ている汚れた布のワンピースを捲って目で確認した。

 やはり無かった。下着を履いていなかったのではっきりと見て取れた。かつてそこにあったものは失く、あるのは一筋の谷だった。

 長尾狐っ娘は天を仰いだ。空は薄い雲に覆われ、時より太陽の光が見え隠れする。雲が風で流されていくのを暫く眺めると冷たい北風が長尾狐っ娘を撫でた。股が寒く、長尾狐っ娘は体を震わせた。

 

 失くなったものは仕方がない、彼は良き友だった……と、黙祷を捧げ、なくしたものへの未練を断った長尾狐っ娘。視線を地面に戻すと視界の端に金色の長いものが見えた。

 なんだ? と不思議に思い、金色の長いものを辿っていくと自分の後ろに続いている。それは長尾狐っ娘の腰から生えている身長と同じ長さの尻尾であった。

 長尾狐っ娘はすぐにその場から飛び退いた。その金色の長いものが得体のしれない生き物に思え、恐ろしかったのだ。しかし、金色の長いものがなかなか離れず長尾狐っ娘はしばしその場を跳ね回った。それが自分から生えているものと気づいた時、長尾狐っ娘はひどく赤面した。

 

 気を取り直し、座り込んだ長尾狐っ娘は自分の尻尾を手に取り尻尾を確認し始める。

 尻尾に生えた金色の毛はふんわりとしており、手で押さえ、離すとふわりと膨らむ、かつて犬と猫を飼っていた長尾狐っ娘はその感触に思わず顔が緩んだ。

 毛の下にある尻尾の本体は思いの外硬く、頑丈だと長尾狐っ娘は思った。

 

 そのまま尻尾を撫でていると犬の遠吠えが聞こえた。長尾狐っ娘が周りを見渡すと遠くの方に大型な犬が三匹、よだれを垂らしながら長尾狐っ娘を見ていた。

 

 一匹が吠えた。すると、三匹の犬が長尾狐っ娘に向かって草原を駆けた。それを見た長尾狐っ娘は本能的に逃げなければならないと思い、立ち上がって走り出す。しかし、ここは見えるものは草しかない草原。この場において最速であろう犬たちと子供の長尾狐っ娘では追いつかれるのは確実だ。そのことを長尾狐っ娘自身も分かっていたが今は走るしかなかった。

 

 しかし、長尾狐っ娘は運がなかった。突如、なにかに足を捕まれ転んだのだ。痛みに表情を歪ませ、足を見ると草が自分の足首に巻き付いていた。長尾狐っ娘は慌てて巻き付いている草を取り去ろうとしたがまるで意志を持っているかのように草は長尾狐っ娘の足首を締め付け離さない。

 

 足止めをされている間に犬たちが長尾狐っ娘に追いついた。噛みつこうとする犬たちに長尾狐っ娘は咄嗟に尻尾を振るった。たまたま一匹の犬に尻尾が当たり、犬は弾き飛ばされた。しかし、もう二匹が一斉に飛びかかった。

 長尾狐っ娘は頭を両腕で庇い縮こまって、犬の牙に備えた。しかし、犬の牙が長尾狐っ娘の肉に届くことはなかった。

 

 どこからか飛んできた骨ナイフが犬たちの首元に刺さり、一撃で死に至らしめた。突然のことに長尾狐っ娘が動揺していると何かが草を踏みしめ近づいてくる音を大きな耳で聞いた。

 

「悲鳴が聞こえたが、よもや子供とはな……」

 

 長尾狐っ娘に近づいてきたのはボロ布の衣服を纏った子供のような背丈の老ゴブリンだった。

 草を踏みしめ、近づいてくる老ゴブリンに長尾狐っ娘は警戒心を露にした。なぜなら、老ゴブリンの手には先程犬の命を奪ったものと同じ骨ナイフが握られていたからだ。

 いよいよ老ゴブリンとの距離が目と鼻の先となったとき、とうとう長尾狐っ娘は恐怖心に負けて後ろへ下がろうとした。しかし、草で縛られていて動くことができなかった。

 

「お前さん、草縛りに遭っとったのか。待っとれ、切ってやる」

 

 草縛りとは、草原に草に紛れて生えている肉食植物だ。近くを歩く動物の足に絡みつき、接触している部位から栄養を吸収する。

 老ゴブリンは長尾狐っ娘の縛られた足の側にしゃがむとナイフで草縛りの葉を切った。切られた途端、葉は力なくハラリと足から剥がれた。

 長尾狐っ娘はすぐに足を引っ込めて、足首を見た。少し跡がついていたが問題はなさそうだった。

 長尾狐っ娘はありがとうございます。と老ゴブリンに礼を言った。

 

「? お前さん、異国の者か……? 何を言っとるのか、分からんぞ」

 

 老ゴブリンの言葉に長尾狐っ娘は驚いた。長尾狐っ娘には老ゴブリンの言葉を理解できている。しかし、老ゴブリンには長尾狐っ娘の言葉が分からない。これはどういうことだと、長尾狐っ娘は首を傾げた。

 

「……お前さん。儂の言うことがわかるか?」

 

 老ゴブリンの問いに長尾狐っ娘は頷く。すると、老ゴブリンは納得がいったように頷いた。

 

「お前さん。どうやら《迷い人》のようだな。ならば、お前さんの言葉が分からぬのもわかる」

 

 迷い人。

 聞き慣れぬ言葉に長尾狐っ娘は思案した。言葉をそのまま受け取るならば、迷い込んだ者のことを指す言葉だろうか。ならば、自分はどこからここへ迷い込んだのだろう?

 

「ついて来い。迷人には恩がある」

 

 老ゴブリンは立ち上がり、何処かへと歩いていく。長尾狐っ娘は慌てて立ち上がって後を追った。


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