TS長尾狐っ娘異世界物語   作:きし川

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老ゴブリンの住処にて

 老ゴブリンに連れられ、長尾狐っ娘は草原から少し離れた小さな洞窟へと辿り着いた。老ゴブリンは洞窟の入口に暖簾のように垂らした獣の皮を手でどかしながら、中に入るよう長尾狐っ娘に促した。

 長尾狐っ娘は恐る恐る中に入った。洞窟の中は入口の狭さに比べると思いの外広かった。

 壁を見ると何かで削ったような跡が見えた。老ゴブリンが自分で拡げたのだろうか。

 

「好きな場所に座りな。儂に分かることをお前さんに教えてやる」

 

 老ゴブリンは地面に敷いた毛皮の上に胡座をかいてそう言った。長尾狐っ娘もその場に胡座をかこうとしたが、下着を履いていないことをも思い出し、羞恥心から近くにあった木箱に座り、見られないよう足閉じてワンピースを手で抑えた。

 

「さて、まずは……そうだな、迷い人について教えようか」

 

 老ゴブリンは語り始めた。迷い人とは何なのかを。

 

 曰く、前触れもなく突然現れる者。

 曰く、知らぬ言語を使う者。

 

 そして、なんならかの目的を持っている。と老ゴブリンは最後に言った。

 

 話を聞き終えた長尾狐っ娘は疑問に思う。迷い人は目的を持っている。しかし、自分に目的はない。何をすればよいのだろうかと思案した。しかし、いくら考えたところで答えを出すことができずにいた。すると、老ゴブリンが口を開いた。

 

「お前さん、路頭に迷っとるのか」

 

 心を読んだのかと思うほど老ゴブリンの言葉は的確であった。長尾狐っ娘は頷いて答える。

 

「参考になるか分からんが……」

 

 老ゴブリンは目を閉じて、昔の記憶を引き出しながら長尾狐っ娘に話し始めた。

 

 老ゴブリンがかつて傭兵だった頃、油断から瀕死の重症を負い森の中で倒れていた。死を待つばかりであった若き日の老ゴブリンはたまたま通りかかった旅人に癒やしの魔術を以って、助けられた。それが恩人である迷い人との出会いであり、老ゴブリンが初めて迷い人と接触した瞬間でもあった。

 若き日の老ゴブリンはその迷い人としばらく行動していたが、どうやら迷い人は魔女に会うために魔女の住まう森に行こうとしていることを迷い人と一緒にいたエルフの娘が教えてくれたのだという。

 この大陸において魔女と呼ばれるのは一人のみである。その人物はあまり良い噂を聞かない者だ。そんな人物になぜ出会うのかと、若き日の老ゴブリンは問うた。

 すると、言葉が通じぬ迷い人の代わりにエルフの娘が答えた。彼の目的を果たすために必要だから。と

 目的とは何だ? と若き日の老ゴブリンは聞き返したがそれ以上のことを迷い人は答えなかった。

 それから迷い人達と別れ、幾ばくか時が流れる間にも老ゴブリンは度々迷い人に出会うようになった。そして、どの迷い人も皆、魔女の元へと行こうとし、その理由を語ることをしない。

 

「もし、お前さんがいいなら、魔女の所に向かってみるといい」

 

 話を終えた老ゴブリンは長尾狐っ娘にそう提案した。長尾狐っ娘はそこへ行けば何か分かるかもしれない。と思い、老ゴブリンの提案に頷いた。

 

「そうか、行くのか。……ところで、お前さん武器は持ってるのか?」

 

 老ゴブリンにそう問われ、長尾狐っ娘は首を横に振った。すると、老ゴブリンは長尾狐っ娘が座っている木箱を指差した。

 

「その中に儂が使っていた武器がある。使いたければ使えばいい」

 

 長尾狐っ娘は木箱から立ち上がり、木箱を開けた。中には短剣、片手鎌、爪付きの籠手など様々な武器が入っていた。その中で長尾狐っ娘の目を引いたのはジャマダハルと呼ばれる武器だった。

 ジャマダハルは通常の短剣と違い、柄の向きが刀身とは垂直に、鍔とは平行になっている短剣である。その特徴的な形状なため、拳を突き出すようにすることで普通の短剣よりも刺突の際に力が入れやすく、鎧などを貫通しやすい。

 長尾狐っ娘はジャマダハルを手に取ると柄を握り、軽く振るった。

 

「ほう……それを選んだか」

 

 長尾狐っ娘がジャマダハルを選んだのを見て、老ゴブリンは表情を緩ませた。なぜ、そんなに嬉しそうなのかと長尾狐っ娘は老ゴブリンを見て首を傾げた。

 

「なんでもない……気にするな。それより、その武器はちとコツがいる。よければ教えるが……どうする?」

 

 それは喜ばしいことだと長尾狐っ娘は思った。かつてただの人間だった頃はこのような武器を持つ機会など全くなかった長尾狐っ娘ではどんな武器であろうと十全に扱えないのは考えるまでもない。ならば、使い方を熟知している老ゴブリンに教えてもらうのが断然良い。

 長尾狐っ娘は頷いて、承諾した。

 

「そうか。……ちと厳し目にいくが、ヘタれるなよ」

 

 そう言って腰を上げた老ゴブリンを見て、長尾狐っ娘は嫌な予感がした。その予感は正しく、長尾狐っ娘は承諾したことを少し後悔することになる。

 

 一週間、老ゴブリンにジャマダハルの使い方を叩き込まれただけでなく、この大陸を生きていくための最低限の知識を与えられたのだ。

 傷だらけで涙目になりながらもなんとか老ゴブリンの教えについていった。

 

「魔女のいる森はここから西にまっすぐ行ったところにある森の奥深くだ。森の中は視界が悪い、毒蛇もおるから慎重に進めよ」

 

 長尾狐っ娘がこの大陸に現れてから八日目の朝、洞窟の穴の前で老ゴブリンが長尾狐っ娘に警告している。長尾狐っ娘はその警告を確りと聞き入れ、頷いた。

 

「装備は大丈夫か? 忘れ物はないか?」

 

 老ゴブリンの問いに長尾狐っ娘は腰のポーチを軽く叩いて、大丈夫だと頷いた。ポーチの中には飲むと傷を癒やす不思議な水と体に入った毒を解毒する不思議な水が入った水筒がそれぞれ一本ずつ入っており、中身は昨晩眠る前と今朝起きた時に確認しているため問題ない。

 両腰のジャマダハルも老ゴブリンと一緒に点検をして、木箱から出した時よりも状態が良いものになっている。

 

「そうか。……達者でな、困ったことがあるならまたここへ来るといい。できる限り力になろう」

 

 見ず知らずの自分にここまで気遣ってくれる老ゴブリンに長尾狐っ娘は深く感謝し、頭を下げた。

 そして、老ゴブリンに背を向けて、羽織った青いケープコートを翻しながら歩み始める。だんだんと遠ざかっていく小さな背中を老ゴブリンは見えなくなるまで見送った。

 

「どうか、あの小さき迷い人に太陽と月の加護があらんことを……」

 

 長尾狐っ娘の無事を願い、そう呟くと老ゴブリンは洞窟へと戻っていった。

 

 

 これが長尾狐っ娘の壮大な旅路の幕開けであった。

 


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