TS長尾狐っ娘異世界物語   作:きし川

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魔女の隠れ家にて

 長尾狐っ娘が戸を開けると、ひどく損傷、腐敗した家の内装が見て取れた。

 壁も天井も穴が空き、吹き込んだ雨風にさらされ続けた結果の有様だった。とても、人が住んでいるとは思えない。

 

 長尾狐っ娘が一歩、室内に踏み込めば、床が大きく軋み、長尾狐っ娘にこれ以上の侵入を躊躇させようとする。それでも歩みを辞めず、床を踏み抜かないよう注意しながら、長尾狐っ娘は家の中を見渡す。

 

 机や椅子といった一般的な家具類に棚には食器、カップ等が置いてある。まるで突然人だけが居なくなって長く放置されたようだと長尾狐っ娘は思った。

 

 ふと、長尾狐っ娘が机の上を見ると木で作られた円盤状の物が置いてあった。手に取り、裏返すとそれは鏡だった。

 ずっと、裏返しであったためか、鏡面はまるで新品のようであり、長尾狐っ娘の顔を写し出していた。

 肩まで伸びた金髪に金色の眼、狐のような耳を頭から生やした少女。初めて見る今の顔を長尾狐っ娘はまじまじと見ていた。

 

 すると、突然、鏡面が淡く光りだした。慌てて近づけていた顔を遠ざける長尾狐っ娘。しかし、次の瞬間、鏡面から出てきた白い手にケープコートを掴まれ、声を出す間もなく長尾狐っ娘は鏡の中へと引きずり込まれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 長尾狐っ娘が目を覚ますと、見覚えのない部屋のベッドの上で尻尾を抱くように寝ていた。

 キレイに清掃された木の床に汚れのない白い壁。先程まで廃屋同然の魔女の家にいた長尾狐っ娘にはより清潔に感じられた。

 ここはどこだ。と、長尾狐っ娘は疑問に思ったが、寝ているベットはつい昨日まで岩肌の上に獣の皮を敷いただけの場所で寝ていた長尾狐っ娘にとって、とても心地よいものであったため、まぶたを閉じて、もう一度眠ろうとしていた。

 

「……ふふっ」

 

 が、ベッドの脇に立って自分を見下ろして、微笑を浮かべている存在に気づき、すぐに飛び起きた。

 

「おはようございます。可愛らしい寝顔でしたよ?」

 

 ロングスカートのメイド服を着た銀髪の耳の長い女性──メイドエルフに柔らかな笑みを添えてそう言われ、顔が赤くなるのを長尾狐っ娘は感じた。

 一体、自分はこの初めてあった女性にどんな顔を晒したのか。と、気になったが、そのことは頭から放り出し、長尾狐っ娘はメイドエルフにここはどこだ。と、問うた。

 

「え? すみません。今、なんと仰りましたか? 聞いたことがない言葉だったので。……あ、私の言葉は分かりますか?」

 

 やはり、通じないか……と、落胆しながら、言葉が分かることを頷いて答えた。

 

「……こちらの言葉は分かるのに、知らない言葉を使う? あっ! もしや、迷い人ではありませんか!?」

 

 興奮気味に聞いてくるメイドエルフに少々困惑しながら長尾狐っ娘は頷いた。

 

「まぁ! そうなのですね! 私、初めて迷い人様に出会えました! あ、握手していいですか!?」

 

 握手を求められ、手を出そうとすると、その前に素早く自分の手を取ったメイドエルフに長尾狐っ娘は苦笑いを浮かべた。すると、メイドエルフが呟いた。

 

「へへ……ちっちゃいお手々、すべすべで柔らかくて……ふへへ」

 

 握手している長尾狐っ娘の手を指で撫でたり、揉んだりしながら破顔するメイドエルフ。別の方の手で長尾狐っ娘の手の甲を撫で、手首、腕と、順番に触れていく。

 

「わぁ、二の腕、柔らか〜」

 

 握手をしていたはずだったが気づけば、二の腕を触られている。

 

「あー……もう我慢できません!」

 

 次の瞬間、メイドエルフは長尾狐っ娘に抱きつき、ベットに押し倒した。長尾狐っ娘はそのことに驚き、離れるよう言おうとしたがメイドエルフのその豊かな胸に顔を押し付けられ、くぐもった声にしかならなかった。

 

「やっぱり、子供の体はあったかいですね〜。はぁ、この久方ぶりの感触……ねぇ、迷い人様?」

 

 メイドエルフは長尾狐っ娘の耳に顔を近づけた。メイドエルフの温かい吐息が耳に当たり長尾狐っ娘の耳が反射的に動く。そして、メイドエルフは強請るように言った。

 

「私、もうこの身の昂ぶりを抑えられません。抱かせてもらってもいいですか?」

 

 その言葉を聞いた長尾狐っ娘は目を見開いた。この状況で『抱く』という言葉の意味を分からない程、長尾狐っ娘は若くはない。

 このままでは、まずい。と、メイドエルフの下から抜け出そうと藻掻くがメイドエルフは長尾狐っ娘をしっかりと抱きしめ離さない。

 いつの間にか、長尾狐っ娘の足の間にメイドエルフが足を入れ、膝を長尾狐っ娘の股に押し付けている。その感触に長尾狐っ娘は眉をひそめた。

 

「大丈夫ですよ。怖くないですからね」

 

 片腕で長尾狐っ娘を抱きしめながら、股の方へと手が伸びる。すると「コホン、何をやっとるのかえ?」と老婆の声がメイドエルフの後ろから聞こえた。

 

 音もなく開かれたドア。黒いローブを着た老婆──魔女が鋭い目つきでメイドエルフを見ていた。

 魔女の声を聞いたメイドエルフは体を硬直させ、青ざめた顔で魔女の方を振り向いた。

 

「あ……いや、その……これは、同意の上で、すよ?」

「嘘をおっしゃい。貴方がその娘を押し倒したところを私は見ていたよ」

 

 歯切りの悪い言い訳を言ったメイドエルフを魔女は一蹴した。

 今すぐ離れなさい。と、有無を言わせない態度で放たれた言葉にメイドエルフはしぶしぶ長尾狐っ娘から離れ、ベットから降りて壁際に立った。

 メイドエルフから解放された長尾狐っ娘は乱れたワンピースを整え、魔女を見た。

 

 黒いローブに、つばの広い特徴的な帽子。腰は曲がり、奇妙にねじれた木の杖をついている。

 あなたが、魔女なのか。と、長尾狐っ娘は通じないと分かっていながら言った。すると、魔女は「そうだよ。私が魔女さ」と答えた。

 言葉が通じたことに長尾狐っ娘は驚いた。その様子に魔女は悪戯が成功したときのような笑みを浮かべた。

 

「私はこの大陸で唯一の魔女だ。この程度、朝飯前さね」

 

 そして、一拍おいて今度は魔女が問うた。

 

「それで。お前さんは何者なんだい? あの廃屋に来たということは私に用があったんだろう?」

 

 長尾狐っ娘は頷き、ここに来るまでの経緯を掻い摘んで話した。

 

「なるほど。あのゴブリンにねぇ……」

 

 そう呟いた後、顎をなで魔女は思案し「お前さんが迷い人だというのは、本当なんだろうね?」まっすぐ長尾狐っ娘の顔を見ながら言った。

 それに対し。どうすれば信じてもらえるのかと、長尾狐っ娘は返した。

 

「なら、迷い人の印を見せておくれ。お前さんが迷い人なら、有るはずだ」

 

 迷い人の印……。初めて聞く言葉に長尾狐っ娘は首を僅かに傾げた。

 少し思案した後、長尾狐っ娘はコレのことか? と、ベッドから降り、ワンピースをたくし上げて、腹を見せながら言った。

 

 臍のやや下辺り、長尾狐っ娘の白い下腹部に入れ墨のようなものがあった。

 太陽と三日月、それに挟まれる王冠。

 

「ほう……」

 

 魔女は目を細めてその印を観た。

 幾度か、迷い人の体に刻まれた印を見たことがあった。魔女にはそれが確かに迷い人の印だということがわかった。だが、長尾狐っ娘のそれは初めて目のあたりにするものだった。

 

「まあ!」

 

 一方、メイドエルフは印には目もくれず曝け出された長尾狐っ娘の下半身を舐め回すように見つめ、興奮した。そして、ブツブツとやれ足がキレイだの、お腹撫でたいだの、谷舐めたいだのと欲望を吐き出した結果。魔女が魔法で作った水の玉を顔面にぶつけられ黙らされた。

 

「……もう、良いよ」

 

 魔女がそう言うと長尾狐っ娘はワンピースを下ろした。

 

「疑って悪かったね。お前さんは間違いなく迷い人だよ」

 

 だが、といって魔女は言葉を切り「それは私も見たことのない印だ。お前さんに課せられた目的を知るには、少し調べなくてはならない」と言った。

 

 課せられた目的とは、なんだ。と長尾狐っ娘は問うた。

 

「迷い人とは、神々がこの世にもたらした使徒。迷い人がその身に課せられた目的や使命を成した時、世界が変わると。とある書物には書かれている」

 

 本当かどうかは知らないがね。と魔女は最後に付け足した。

 

 神々。

 課せられた目的。

 

 長尾狐っ娘は頭の中で聞かされた言葉を並べてみるが、分からなかった。

 

「じゃあ、私はお前さんの印について調べるとするよ。時間がかかるだろうからしばらくこの部屋を使うといい。何か入用ならそこのメイドに言えばいいからね」

「はい。何でもお申し付けください」

 

 水を滴らせながら、頭を下げ、微笑んだメイドエルフ。しかし、長尾狐っ娘は出来れば、違う人にしてほしいと魔女に頼んだ。

 

「あいにくとこの子がここに居る唯一のメイドなんだ。なに、お前さんに悪さをしないよう手は打つから、安心するといい」

 

 大丈夫なのか? と長尾狐っ娘は笑みを絶やさないメイドエルフを胡乱(うろん)な目で見た。

 魔女に視線を戻し、長尾狐っ娘はこの人には、言葉が通じないぞ。と言った。

 魔女はニヤリと笑って、魔法である物を手元に呼び出した。

 

「ああ。だから、これをお前さんに渡しておこう」

 

 魔女が長尾狐っ娘に差し出したのは革でできた帯だった。帯の端には留め金具が付いており、帯の裏側には長尾狐っ娘には読めない文字が刻まれていた。

 

「それは私が作った魔道具でね。迷い人の言葉をこちらの言葉に変換できるのさ」

 

 ありがたい。と長尾狐っ娘は思った。会話が出来ないというのは不便で仕方がなかったからだ。

 さっそく付けようとすると、横からメイドエルフに掠め取られた。

 

「私が着けましょう。大丈夫です、こういうの得意ですから」

 

 メイドエルフはそう言うと長尾狐っ娘の後ろに回り込み、魔道具を長尾狐っ娘の首に巻いた。

 キツくなく、緩くもなく。絶妙な具合で巻かれた首輪を長尾狐っ娘は感心したように撫でた。ただ、なぜ巻くのが得意なのか気になったが聞かないようにした。

 

『これで、言葉が通じるのか?』と長尾狐っ娘が呟くとメイドエルフはあっ! と声をあげた。

 

「分かります! 私にも迷い人様の言葉が分かります!」

 

 男の人みたいな喋り方なんですねー! と、嬉しそうに方を掴んで揺らしてくるメイドエルフに長尾狐っ娘は面倒そうな表情を浮かべた。

 その様子に魔女は少し微笑むと踵を返して「それじゃ、ゆっくりしていきな」といって部屋を出た。

 

「さてー、何からしましょうかー? 迷い人様ー?」

 

 期待を込めた笑みを浮かべ、長尾狐っ娘を見るメイドエルフ。

 

『今は用がない。だから、部屋から出てほしい』

 

 淡々と突き放すように長尾狐っ娘は言った。

 

「そんなこと言わずにー。なんでもしますよー!」

 

 メイドエルフは構うことなく指をワキワキと怪しく動かしながら、詰め寄る。だが、長尾狐っ娘は長い金毛尻尾で床を叩いて、メイドエルフを見上げて睨んだ。

 

「は、はーい……失礼します……」

 

 流石にまずいと思い、メイドエルフはおずおずと部屋を出た。長尾狐っ娘はそれを確認したあと、またベッドに横になった。

 

 これで、自分がここに居る理由が分かるといいが……。と長尾狐っ娘は思った。そして、天井を眺めているとだんだんと眠気が差してきて、長尾狐っ娘はいつものように、尻尾を足の間に通して、抱きしめ、尻尾の毛に顔を埋めた。

 長尾狐っ娘がこの大陸で迎えた初めての夜。長尾狐っ娘はなかなか眠ることができなかった。だが、こうして尻尾を抱きしめることで安心できることに気づいて以来、彼女はずっとこのようにして眠っていた。

 やがて、小さな寝息をたてて、長尾狐っ娘は眠りについた。

 

 


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