じゅじゅあくたあじゅ   作:しゃんぷ〜

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「花子さん、甘やかしすぎよ」

「そうですか?」

 

 トミカは1台500円としても、それを10で5000円でしょう?それに合わせてレイにもお人形さんを3人。値段は同じくらい。計1万円?

 大雑把に計算してみても、こんなに買ってもらうのはおかしな話だと思う。ルイとレイは喜んで、手でつかんで遊び始めちゃったし、私は頭が痛くなる。

 

「景さんは深く考えすぎなんですよ。1万円なんて働いてればすぐに貯まります」

「花子さんが働いてるところ、見たことないけど」

「ここにいないとき働いてるんです。当たり前でしょう?」

 

 まさか泉から湧くわけないですし、と花子さんは笑うけれど、花子さんならそんな魔法を使えるんじゃないかってひそかに思っていたりする。大人は平日は働くものだということくらい、奇特な家庭に育った私でも知っていることだ。思い出すのも憤懣やるかたないあの父という生き物は、小説家という在宅業務に従事していた。そんな父でさえ、お母さんの葬式に顔を出さない程度には家を空けていたわけで。

 花子さんはいったいどんなところから稼ぎを得ているのだろうか。新聞配達のアルバイトに手を出す前に、色々と稼ぎの方法を調べたけれど「株」という家でできる取引でさえパソコンの画面に張り付きっぱなしということだったから、こんなに遊んでくれるのは大人としての常道から外れている人なんだと思う。もしかすると、親からの仕送りということもある?

 

「花子さん」

「なんです?」

「もし花子さんのお母さんからもらってるお金を私たちに使ってるなら、それはダメ」

「……」

「新聞配達のアルバイトとかしてね、稼ぐことの大変さはちゃんとわかってるつもりなのよ。内職だって単価1.5円だし、1万円っていったら7000個くらい組み立てなきゃいけないの。花子さん」

 

 ちゃんと生きて。更生には付き合うから。そんな気持ちを瞳に込めて花子さんを見つめると、メガネ越しに花子さんの目が困ったように歪められた。

 

「心配してくれるのはありがたいですけど、その、私ちゃんと、働いてますからね?」

「ほんとうかしら?」

「ええ。証明する手立てが今、手の中にないことが悔やまれますね」

「うーん」

 

 だまされてる気がしてならない。なおも睨むと、さすがに堪ったものではなさそうな顔をつくった。

 

「言ったじゃないですか。あなたたちのお母さんから頼まれてるんだって。私は必要性を感じませんでしたけど、高校までは一般的に出ておいたほうがいいらしいですし、それまではしっかり支援しますよ。それに仕事が忙しくなればあまりここにも来れないと思います。来れるうちに来ておくのは間違ってないはずです」

 

 ルイとレイが、車両と人形の異種格闘技戦をしているのを見つつ、花子さんに言われるがまま朝刊配達をやめてすこぶる身体がすっきりしたことを思い出す。ほんとうに、この人には感謝しているのだ。その割に本人があまり素性を明かしたがらず、「お母さんの知り合いだ」という言葉のみをよすがにしたような儚い関係。

 もしそうならお母さんの死に目になんで現れなかったのかとか、そんな友人のこと聞いたこともないとか、いくらでも疑ってかかるだけの理由はあるのに、なぜそんな頼りないことばを私は信じ込めてしまったのか。自分でも不思議だった。

 ただ、その眼の奥の吸い込まれそうなところに私が惹かれてしまったからとしか言えなかった。映画のスターたちの放つ輝きとはまるで正反対。そして母の死後、食い入るように映画を見続けていた頃の鏡に映った私の目に似ているように思った。だから、根拠もなく、本当のことを言ってくれているはずだなんて信じ込めてしまった。

 どちらかというとルイとレイのほうが花子さんを警戒していたくらい。そのルイとレイも今となってはこの通り。正直これだけ良くしてくれている人が、お母さんの知り合いじゃなかったらおかしいってくらい。だから葬式に来てくれなかったのだってなにか理由があるんだと思う。父親とは違う。

 窓から漏れる風がカーテンをさわさわと揺らして心地よい。

 

「えっとじゃあ、よろしくお願いします。でも、私が働き始めたら絶対に返すわ」

「そういうの、いいですから。お母さんにもよくしてもらったので、その恩返しを」

「そういえば!」

「は、はい!」

 

 花子さんの肩が大きくピクリと動いた。

 

「花子さんとお母さんの思い出とか、いい加減教えてほしいんだけど!」

「……っ。あ、ぁ。そうですね、何度も言ったとおり恥ずかしい思い出ばかりで言いたくないんです。恥ずかしいことの度にフォローしていただいたり、相談に乗っていただいたりしたので、思い出を語ろうとすると必然的にその”恥ずかしい思い出”に触れなければならなくて……」

「ええ。花子さんのケチ」

 

 ドギマギと顔を真っ赤に慌てふためかせた花子さんを見ていると、いったいどれくらいの恥ずかしいことをしたというんだろうと疑問は膨らむばかりだった。私以上に花子さんは物事に動じないように思うのでなおのこと気になってしまう。

 

「心の準備ができたら、話そうと思うのでそれまで待ってくれませんか?」

「ええ、もちろん?」

 

 はぐらかそうとする度に、対照的に、花子さんの目は真摯な色に染まった。

 

「ではもう、時間なので出ますね」

 

 バタバタと花子さんは立ち上がって玄関の扉まで歩いて行ってしまった。ドアノブを傾けたかと思うと、そこから扉を押し出すでもなく固まってしまって、どうしたんだろうと私が見守っていると

 

「明日また空いた時間に来ます。ご飯でも一緒につくりましょうか」

 

 振り向くわけでもなく背中越しにそういった花子さんは、言い逃げするみたいに私の返事を待たずに出て行ってしまった。

 

「忙しい人ね」

 

 何で稼ぎを得ているのか皆目見当はつかないけど。

 ぼうっと少し錆びの入った扉の隅っこに、わずかな名残を感じていると後ろからドタドタとルイとレイがやってきていて

 

「あれ?花子さんはもう行っちゃったの?」

「一緒に遊んでもらおうと思ったのに!」

 

なんて頬を膨らませている。

 

「花子さんはああみえて忙しい人なのよ」

 

大きく頷いてみせる。

 

「また明日ねって言ってたから」

「じゃあそのときに遊んでもらう!」

 

ルイがトミカを持って部屋に戻っていく。レイは

 

「花子さんって、ほんとに働いてるのかな?」

 

って言いながら、心配そうに人形を見つめている。

 

「本人曰く、ちゃんと働いてるから心配しないでって。疑われるのが悔しいって」

「そっかあ」

 

 そういって首をひねりながらゆっくりと部屋に戻っていく。心配しつつもああやって人形の腕を動かしたりしてるのを見ると、買ってもらえてちゃんとうれしいんだろうなとわかる。

 

 この半年くらい、色々なことを花子さんからしてもらった。花子さんは、「お母さんからいくらか景さんたちのお金を受け取っている」とは言っていたけど、さしものお母さんもトミカとか人形のお代を考えて花子さんに渡してはいないと思う。会話の流れからしても花子さんの財布から出してくれてることは明白。

 例えば、もう一年くらいで私だって高校生になってしまうし、ルイもレイも大きくなればかかるお金は多くなる。お母さんは花子さんにいくら渡したんだろう。死んでも使ってやるもんかっていうアイツ名義の通帳を使わなくて済むのはいいけれど、それは花子さんに負担をかけてまで貫徹すべき信念なんだろうか。

 

「やっぱり再開するべきかしら、バイト」

 

 以前こっそり再開しようとしたら偶然バレてしまって怒られたことを思い出した。怒り方がわからないみたいな怒り方で、こんなに怖くない怒り方があるんだと感心した記憶がある。いっそ花子さんに相談する?でもそれでダメって言われたらおしまい。黙って働いちゃう?

 

「どうしよう……」

 

 そういえば、中学生でも子役ならしっかり働けるんじゃなかったかしら?

 

「映画を見るのは好きだし、違う自分になるのは得意だし、向いてるんじゃ?」

 

 よし、役者になろう。どうやったらなれるのかはわからないけど、オーディションに出ればいいわよね。オーディションってどんなものなのかわからないけど。




○以下、読まなくていいです○

~自分用のメモを含めた後書きと申し開き~

読み飛ばしてましたが、原作だとルイとレイが「このオーディションに合格すれば100万円だっ!!」って役者の世界に導いてましたね。

夜凪家と花子さんの出会いが半年ほどと上述してあります。母が亡くなってから時間の経たない間に夜凪家と花子さんを出会わせたいという私の気持ちを考えますと、原作内での花子の年齢は30歳、景は高校2年生、ここに仮定として花子の夜凪父との交際時の年齢を22歳頃とすれば、8年の空白が空きます。その頃の景の年齢は10歳くらい。問題は夜凪母の亡くなったときの景の年齢ですが、ここにも仮定を挿入して中1くらいとします。すると、花子さんが夜凪母の葬式時に不倫していたという事実と矛盾します。実際花子が景を煽る目的でそう言った事実はあれど、葬式のときに不倫をしていたという確証は得られません。ここに煽る目的なだけで、真実を混ぜ合わせた嘘だったということにします。一応、このような仮定によって花子さんが芸大在学中に芥川賞をとり作家デビューをしつつ、夜凪家に出入りするという一連の流れは現実性を帯びてくるように思います。
(ということは上の場面での花子は26歳くらい?)
(そもそも原作の子供だけ3人暮らしという家庭事情に対して、小学生からそんな生活をしていたなんて考えたくないのでせめて中学生の頃に亡くなったことにして私の精神衛生を救いたい。また母が亡くなる頃の景が襟付き白ブラウスをよく着ていることから中学帰り説を推しています)
(ふたごの、母の亡くなった頃の記憶が明瞭なので、花子が高校卒業してすぐには大学に入学してなさそうな描写があった記憶と合わせると、やっぱり25歳くらいで不倫をしていて、葬式時も一緒にいたという可能性は高いですが、今回はこの可能性を大胆にも無視してしまいます。都合が悪いので)
矛盾などございましたら、ご指摘ください。
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