じゅじゅあくたあじゅ   作:しゃんぷ〜

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今日の給食はカレーだった。自分がつくるカレーにだって自信は持ってるんだけど、ときおり人がつくったものを食べるとすっごくおいしく感じられるのは卑怯じゃないかしら。人といっても給食センターの人たちの分担作業といえばそうなんだけどね。なんて、給食に嫉妬してみたところで仕方ない。

スプーンでカレーをすくって、はむっと口の中に入れると、やさしい味がする。

 

「おいしそうな顔して食べるわねえ」

 

「おいしいもの」

 

「ふふ」

 

頬杖つきながらのメガネの奥のまなじりには、こぶしに持ち上げられたことで生まれた皺が引かれていて、いっそう先生の柔和な印象を強くする。

 

 

 

少し遡って、12時30分のこと。机の上には給食のプレートが置かれていた。先生が起こしてくれたので、ぼんやりと、確かに給食の時間になったら起こすねって言われてたわね、なんて事実との整合性を確認しつつ、よだれを垂らした口元にのさばっている、異物が貼り付いたような動きの悪さに少しだけ気分を悪くした。

 

「原田さんがね、給食持ってきてくれたわよ。それで、はい。体温計」

 

目を擦りながら、ふぁい、ってあくびみたいな返事みたいな感じで返してしまったことを少し恥ずかしくなって

 

「は、はい」

 

と、もう一度言い直す。なんでかしら。こう、先生を前にして少し恥ずかしいような気持ちが起こってしまう。わきに体温計を挟みながら、

 

「ココア、ありがとうございました」

 

「ん。よく眠れた?」

 

「それはもう」

 

俯きながら、鳴り響く体温計を心待ちにしていると、先生が自分の耳たぶをきゅっと指で挟んで一瞬だけ目を閉じた。

 

「眠れなかったのは何かあったから?単に眠れなかった?」

 

目をゆっくりと開きながら、私に照準を合わせた瞳孔。目の奥にあるものは、私が初めて包丁を持とうとしたとき隣に立つお母さんから感じたものとよく似ている感じがした。

 

「……」

 

なんて答えたものかしら。

 

「カウンセリングって言って、守秘義務があるの。悩みがあっても誰にも言わないわ。もちろん。先生にだってね?悩みがないならそれでいい」

 

この人にならなんでも話せるような気がした。それこそ花子さんにも言えないことでも言えるような気がした。おかしな話だけど。口を開こうとしたとき体温計の計測を知らせる音が鳴った。少し開いた口元が吐きどころを失ってこわごわと閉まった。37.1だった。

 

「だいぶ下がったわね。下がったからといって、今日の授業は休むこと。いい?」

 

大きく頷いた。

 

「それで。えーっと、いい?調子が外れちゃったけど。話せるかしら」

 

もう一度大きく頷いた。

 

「お世話になってる人とケンカしちゃって」

 

「仲直りはできたの?昨日の今日だと思うけど」

 

「仲直り……はよくわからないの。映画を見て気持ちを切り替えようと思って。よし、だいじょうぶだって思ったのにそしたら朝ね、何事もなかったみたいに話しかけられちゃって。だいじょうぶだって思えたのに、またよくわからなくなっちゃって」

 

「ーーきっと。その人も悩んでるのかもしれないわね」

 

「そうなのかしら」

 

「人間である以上悩みからは解放されないのよ、なんて。わけ知り顔で言ってみても、私だって理解しきれていないと思うけど。夜凪さんはその人のこと、好きなの?」

 

「一番大変なときに、助けてくれたの。とっても、大切な人……」

 

雪のような人だと思った。理屈も根拠もなく、パッと、そんな比喩が浮かぶような人。

 

「夜凪さんが好きな人なら、それはきっといい人なんだろうね」

 

瞑目してみれば、花子さんの姿がまぶたの裏に描かれているようで。ルイとレイと手を繋いだり、公園で遊んだり。そんな情景を浮かべようとすれば自然と花子さんの姿も浮かんでくるようになっていた。もちろんそこにはお母さんもいる。生前、お母さんと花子さんは友達だったらしいけれど、いったいどんなふうに話したんだろう。ふたつの像が重なっているはずなのに、違う層に存在しているようでぶれてしまう。どんなふうに話して、どんなふうに笑ったんだろう。なにも天球に言ったから私は聞いたわけじゃなくて。それはただのきっかけで。

 

呼吸をすると、すーっと香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。視覚を閉じればその他が際立つ。目を開けると、給食のカレーライスから立つ湯気はほのかになっていた。

 

「あっ!いけないわ。冷めちゃう!」

 

「そうだった。ごめんなさい」

 

そうしてカレーライスを食べて、それだけ食欲旺盛なら明日には完全回復でしょうねって笑う先生が食器を配膳室まで運んで行ってくれる背中を、ベッドの中でありがたいなと思いながら見送った。

 

「天球に行かなくちゃ」

 

そう思った。なんでかわからないけれど、単純にそうするべきだと思った。もやがかった心がすーっと晴れ渡っていくのを感じた。今度は完全に払拭されたような、きれいな青空だった。夕方の、赤々とした背景ではなくて、保健室の窓から見える風景は青空の下に広がっている。

 

保健室のドアが開く。先生が帰ってきた。

 

「先生、私帰るわ」

 

「突然どうしたの?もうちょっと安静にしていきなさい」

 

「でも結局一人で歩いて帰ることになるわ。いつ帰っても同じでしょう?」

 

「長く休んだ後かそうでないかの違いはあるかもね」

 

「でも私は今、歩いて帰らなくてはいけないのよ」

 

「それはなんでなの?」

 

「私が今だと言ったからよ」

 

「はぁ」

 

頭を抱える先生。

 

「夜凪さん、家まで歩いて何分くらいかかる?」

 

「ええっと、そうね。20分くらい?」

 

「じゃあ、いーい?30分経つまでにここに電話をかけること。わかった?」

 

そう言って、棚からメモ帳を出して11文字の数字を書くと、ビリッと破き私に押し付けた。

 

「それまでにかかって来なかったら、私はあなたを探しに行くわ。どこかで倒れているものだとして動くからね?」

 

「ええ」

 

「車道には気をつけること!信号無視の車には気をつけること!それから……何がある?あっ、そうじゃない。足は?ほんの少し腫れてるくらいだけど、どうなの?ちゃんと歩けるわよね?」

 

「先生はお母さんなのかしら?だいじょうぶよ、ほら」

 

少し歩いてみても、痛みはまるでなかった。ピースサインを向けてみれば、先生は微笑んだ。

 

「ふふ。じゃあ、早退するってことは私の方から言っておくから、気をつけて帰りなさいよ?」

 

「はい!」

 

扉から出る前によくお礼を言いつつ、給食を運んでくれた原田さんにも感謝を抱いて、スクールバッグを肩からかけて校舎を出た。もうお昼の休憩は終わってるみたいで、下駄箱近くにある教室、確か1年D組からひび割れたような低音の教鞭が、微かに耳に届いた。

 

外に出てみれば、体育のクラスはないみたいだった。

 

学校の敷地から完全に出た私は、朝、ルイとレイそれから花子さんと別れた十字の分岐路の馬橋公園に続く方向に選んだ。高円寺に行くならこっちなので。家とは逆方向なのはご愛嬌。

 

ふふふ、なんだか冒険してるみたいね。みんなが学校にいる間に散歩にしてるなんて不良になっちゃったみたい。

 

浮き足立つ心に伴うように、足は痛みを覚えなかった。身体は朝とは大違いで、すっきりしてる。こんな時間帯だから、まるで車通りはなかった。知っている道の知らない姿を見たみたい。

 

「ここから高円寺までは15分くらいかしら?」

 

馬橋公園を、公園の時計を眺めつつ通り抜けて、この前ワークショップに行くときに通った道に合流。あとは同じルートを辿るだけだ。ときおり通りすがる人が私にちらちらと目を送りつつ、制限時間までに天球についたとして、私はどうやって電話を先生にかけるつもりだったのかしら?なんて計画の穴に気づいてしまった。この前の青田さんがきっといるでしょう、なんて勝手に信じ込んでいたけれど、平日のこんな時間に青田さんは劇場にいるの?途端に不安になってくる。

 

「まあ、いいわ。駅の北口に行けば公衆電話があったはずよね」

 

大手を振って劇場に進軍した。ちなみにこの計画に数多くの穴が潜んでいたことに気づくのは駅についてからだったりする。

 

「私、財布持ってないじゃない?!」

 

驚愕。学校に財布を持ち込むのは禁止だったなんて。

 

なお、公衆電話からかけられたとしても、先生の電話に表示されてしまうのでどちらにせよバレちゃうっていうさらなる真実に気づくのはさらに後の、劇場についてからのことだった。

 

「私って、ちょっと抜けてるのかしら?しっかり者のお姉ちゃんで通ってるはずなのに」

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