じゅじゅあくたあじゅ 作:しゃんぷ〜
この前のワークショップでも訪ねた劇団天球。この前の入口まで歩いていって、扉を引っ張ってもビクともしない。何度引っ張って同じ。
「や、やっぱり!」
ガーン!と効果音でも聞こえそうなくらいショックだ。あと5、6分でなんとか先生に連絡をとらなきゃいけないっていうのに、まだ誰も来ていないなんて!
そもそも劇団員でもない、スケジュールを知りっこない身分で不満を言ってる事実は目を逸らすこととする。あわわわ、と足をバタバタ地面に何度も落としてみたとして、鈍く響く足音は、砂が砂時計の中で時間として蓄えられているようで、焦燥感ばかりが渦巻いている。
もはや私は不審者だった。扉をバンバン開こうとして、失敗しては地団駄を踏み鳴らす。10円が落ちてないか地面を睨みながら駅に戻るのもありかもしれないけれど、よく考えてみれば、先生の電話に公衆電話からだって表示されるんじゃないかしら。そう思うといよいよなすすべなくて、通りかかる人の携帯電話をつけ狙おうかしらと、今度は歩行者をターゲットにして睨みを効かせた。
そんなとき、禿頭の目の据わったようなおじいちゃんが、不審者を見るような目で私を眺めていたことに気づいた。電話を貸してもらおうと思ってひょこひょこと近づくと、案の定
「不審者か?」
「違うわ!電話を貸してもらいたいだけよ!」
心外だと思う。私が不審者なのは比喩までで終わりなのに。実際の私を見ていったいどうして不審者だと思うだろう。よっぽど目の前のおじいちゃんの方がヒゲが生えてて怪しいと思う。自分の身体を見下ろすと中学の制服とスクールバッグ。つまるところ身分証よ。
「電話を貸してもらいたい人間が、こんなところのドアを何度も開けようとはしないと思うんだがな。で、どうなんだよ。本当のところは。ん?見たところ、中学生。そしてこんな真っ昼間だ。一つの仮説を立てるならば、不良生徒がこそ泥に入ろうとしたってえところか?」
「昼間に泥棒に入るわけないでしょう?!」
「中坊の中でも、そういう発想ができるやつもいればできないやつもいる。なるほど、お前は確かに泥棒じゃないんだろうな」
「わかってくれた?!」
「んで、電話を借りたいんだったか?」
「そうよ!」
「なぜ?」
「あと3分以内!早く!」
「やれやれ」
首を大きく、芝居がかった風に振る。けれど私は切羽詰まってるんだ。
「早く!」
「あいにく、ケータイは持ち歩かない主義なんだがな」
「え、嘘?!携帯なのに?もう、終わったわ。破滅だわ」
「だからこん中入ってかけてけ」
親指で指された方向を見ると、私がさっきまで悪戦苦闘していた扉だった。
「開いてなかったわよ?」
「物分かりの悪いやつだな。いいか?開かない扉は鍵を使えばいいんだ」
ポケットから引きずり出されたのは銀色の金属たちがジャラリと音を立てる。
救世主はここにいたのね!
「ていうわけでね?先生、無事に家に着いたから、うん、だいじょうぶよ」
「なんだ立派な不良学生じゃねえか」
「ちょっと!黙ってて聞こえちゃうでしょ!え?ううん、なんでもないです、まずいことなんて何も……ふふふふ。はーい、それじゃあ。はい。今日はありがとうございました」
ツーツーと音がしたのを確認して受話器を下ろした。
「電話をしてる人の周りでは静かにしなきゃダメでしょ!」
「貸してやったのは誰だと思ってる?」
「あなた」
「感謝のできる大人になれよ?たまにいるんだ、できないやつが。大人になってもだ」
「一般論を絡めた説教には屈しないわ!電話を貸してくれてありがとうございます!」
「おう」
「それで。おじいさんって、何者なの?ここの鍵を持ってるし。もしかしてえらい人?」
「こちとら聞きたいことは山々なんだが、そうだな。ここで演出を担当しているだけのじじいだ」
「へえ、すごいのね」
頭に引っかかるものがあるようなないような。全然思い出せない。大切なことを忘れている、ような。ま、思い出せない以上は思い出せない程度のことよね。
「それでお前さんは、どうしてうちの扉をあんな躍起になって開けようとしてたんだ?」
「電話を借りようと思って」
「……」
「……。ん?変なこといったかしら」
「まあいい、俺が悪かった。なんでうちの電話に目をつけたんだ?」
「この前ワークショップに来て……」
青田さんがいれば、もしかすると電話を借りれるかもしれないと考えた。結局いないどころか開いてもいなかったのだけど。
学校を出て何分以内に先生に電話をかけなきゃ行けないっていう制限の中で、もはや時間の残されていない私はこの扉が奇跡的に開いてくれちゃう可能性に賭けて、ガタガタ音を立てて扉を開けようと頑張った。
冷静になってみるとすごいことしてたわね。干上がっちゃいそうな気分だ。
以上を、弁明になるかはわからないけど、目の前のおじいさんに伝えようとしたところ、口を開く前におじいさんがその豪胆無比な見た目にそぐわず、くつくつとしゃがれた笑い声を微かに上げた。
「?!」
なんで笑ったの?!
例えばだけど、国語の授業で今この人が笑った理由を答えよって問題が出たら私にはとても答えられないわね。
「お前さん、名前は?」
「怪しい人に、名前は教えてはいけないのよ」
「今までの流れを思い出してみろ。どっちが不審者かわかるか?」
「う、うう」
痛いところを突いてくる。というか、私が自分でつけた傷よね。反省。正直に名前を伝えることにする。
「夜凪、景、です」
「よし、夜凪。暇ならうちの練習見てけ。他が来るまでにはちと時間があるだろうが。老人の世間話に付き合うとでも思ってな」
「まぁ、危なくないなら」
「さて、何から聞こうか」
どこの中学に通っているか。家族構成。今日学校をさぼってる理由(何度も、さぼったわけじゃないわ!と言ったが聞き入れてもらえなかった)などなど言葉巧みに情報を抜き取られた。
顔がちょっと怖いおじいちゃんという印象だったのに、ふらっとどこかに消えたかと思ったら、缶ジュースを買ってきてこれでよかったか?と聞いてくれて、あれ、この人もしかしてすごくいい人なんじゃないの?という気持ちが私の中でむくむくと起き上がっていた。
くぴくぴとオレンジジュースで喉を湿らせていると、おじいさんに問われた。
「そもそも、どうして早退帰りにここまで来たんだ?通ってる中学、ここだと校区外れだろう」
そう。そもそも天球まで来なければ電話の問題なんて起こり得なかった。それでも私がここまで来てしまったのは
「いま、少し悩んでることがあって。でもここまで来れば、なんでかしら。解決するんじゃないかって思ったの」
おじいさんは、私の喋り終えるのを待って、瞑目した。岩のように固まってしまったようで、私には声をかけていいのかすら判断できなかった。それで、数分が経った。
すーすーと音が聞こえると思って、居心地の悪さに俯いていた顔を上げてみると、おじいさんはなんと寝息を立てていた。嘘でしょうこの人、寝てるわ!
「お、おじいさーん」
小声で呼びかけてみても反応はない。どうしましょうか。そんなとき、ドアが開いて、
「おっ巌さん、今日は早いじゃないっすか。って、あれ?」
青田さんと目があった。
「ん?!どうしてここにいんの?」
「いちおう、電話を借りにきたの」
「なんじゃそりゃ!」
「ていうか、巌さん?」
巌さんて、たしかすごい人よね。有名な演出家で、ってあれ。演出?この人も、そういえば?!
「え、この人が巌さん?」
「山野上、巌さんの顔も知らずにワークショップ来てかのか?!」
「おい、夜凪景っていうのは偽名だったのか?」
「だから、私の名前は夜凪景って前にも言ったでしょう、青田さん!!って、おじいさん起きてたの?!」