スマホのアラームが鳴り響き、俺はそれを止めてまだ少し重たい頭を持ち上げて窓を開ける。朝日を浴びて伸びをすると段々と頭が軽くなったような感覚がして、俺はベッドを降りた。
──謹慎から三日、既に新しいルーティンが定着しつつあった。
「おっす」
「おはようございます、先輩」
「おっす! 寝癖とかついてない?」
「お前はかーちゃんか」
「ちゃんと朝ごはんは食べましたか先輩?」
「お前まで」
迎えに来ていたあずさの家の車に乗り込み学校まで。途中の学校の最寄り駅で奏と合流する。合わせて十分くらい、俺はダラっとスマホを見ながら移動する。なんて贅沢なんだ。なんならこれ部活復帰しても毎日がいいな、なんてことを考える。
「それは私と結婚でもしなきゃ無理だね!」
「そりゃ残念、楽でいいんだけどな」
「結婚……お婿さんですね?」
「白鳥先輩がお婿さん……ふっ」
「奏さん? お前今鼻で笑っただろ」
後輩二人にまでいじられるけど、万が一にもねーよその未来は。雑談をしているとすぐに学校に到着する。軽音部の部室で基礎練をし、授業に出る。そして、高校生男子にはありがたくもちょっと遅いお昼休みの時間がやってくるといつものように裕太とメシを食い始める。
「七海ちゃん、まだ怒ってるよ」
「そりゃ怒るだろ、あわや顔面にスティックぶち当てられるところだったんだから」
「あれ、私後ろからだったから、裕太マジでああいうのダメだから!」
「はは、ごめんな希」
かわいらしく怒る希とそれを撫でてなだめる裕太、なんかいちゃついてるのムカつくんだが。というかお前ら付き合ってるの? ずっと訊ねたかったんだけど、お前らマジで付き合ってないの?
「ないよ」
「ないない」
「マジかよお前ら、嘘吐いてたら七海に密告してやるからな」
「その前に突っぱねられて終わりでしょ祥平じゃ」
「……確かに」
部内恋愛禁止だからなこの野郎。そう言うと希と裕太が顔を見合わせて同時にお前が言うなとでも言いたげな表情で俺を睨みつけてきた。なに、なんなのお前ら。仲良しじゃんお前ら。
「あずさちゃんとの関係、いい加減白状しなさい!」
「え、中学が一緒で部活が一緒だから無駄に仲いいだけだって」
「嘘つけ、鬼頭さんに言いつけるからな」
「嘘じゃねーって」
断じて嘘じゃない。あずさとは中高一緒で、部活も一緒の友達だ。んで感謝してる存在でもある。なにせ俺が嵐城入れたのも、一応学年で真ん中維持できてるのも、アイツのおかげだからな。定期テスト対策してくれるの、吹奏楽に脳を支配された俺にはスゲーありがたいんだよなぁ。
「そういえば祥平、一年の時からずっとテスト期間、月島さんと一緒にいるよな」
「ふ〜ん?」
「なんもねーよ、受験の時の流れだから」
「でも私知ってるよ? あずさちゃん告られるとカレシいるって断ってるんだから」
「……そうなの?」
それは知らなかった。というか告白するヤツいるんだ。あずさって中身アレじゃん、ぶっ飛んでるじゃん。突飛だし、変人だし、しかも箱入りお嬢様だったからマジで世間知らずな部分まであるし。
「そりゃーいるでしょ、月島さんかわいいし」
「うんうん、男女認めるところだよねここ」
「確かに? だけど顔がいいんだったら七海でもいいだろ」
「……それは」
あれ、俺最初見た時にクール女子じゃんすっげー美人じゃんヤバって思ってたんだからな。でも中身知ったら冷めるじゃん? ってかむしろ引くじゃん。そんな感じで考えると、あずさの中身知ったら付き合おうとか思わんでしょ。あれは友達が一番いい距離だって。それ以上踏み込むのは無理。
「じゃあ、後輩ちゃん三人の誰か、とか!」
「そんな目で見てたら俺、とんでもない目に遭ってるって」
「でも清水さん、祥平と距離近いよね」
「あれな、ああやってからかうのが楽しいんだろ」
小悪魔系後輩だからな、そういうことして俺で退屈しのぎをしてるだけだろ。最近じゃ奏に妨害されてるせいと現状謹慎だからあしらう必要なくてほっとしてる。奏と茜はそんなつもりで接してたら失礼すぎるだろ。特に初心者の茜は純粋に吹奏楽への憧れと上達したいって気持ちで俺を頼ってくれてるんだからな。
「割と祥平くんってつまんないよね」
「悪かったな、俺から言わせればお前ら二人の言い訳もじゅーぶんつまんねーけどな」
「オレと希はずっと一緒の幼馴染だから、きょうだいみたいなもんだよ」
「そっ、それにこんな暇さえあれば打楽器触ってるバカと付き合うのなんて、ありえないから」
客観的と主観的じゃ、関係の見え方って違うもんなんだなとちょっと感じた一瞬だった。
俺から見ると本当に希と裕太はカップルにしか見えない。でもその距離は二人が友達、幼馴染として一番居心地がいい距離なだけ。それが人より近いってだけなんだろう。そしてそれは、俺とあずさにも当てはまることだ。
「それを私に相談してくるその心を知りたいですね、先輩」
「いや、奏そういうの相談され慣れてそうだなーって」
「私、女子中出身なんですよ?」
「でも、恋愛とか……ないのか」
「ないですね」
放課後、あずさが顧問になにやら用事を頼まれ、茜が日直でいない間、俺は駐車場の前で奏にこのことをぶつけた。結果は呆れ気味だったけど。
あずさのヤツ、恋愛とかはダメすぎるしそもそも本人に向かって「お前と俺って距離近く見えるらしいよ」とは言いづらいだろ。
そうすると茜か奏だろ。後輩に相談するのもカッコ悪い感じがすごいけど、それで最初に会ったのが奏だったってだけだ。あと奏は後輩とか同級生に頼られてますってオーラ出てるし。
「それ、部長だったって情報に引っ張られてます」
「なるほどな」
「はぁ……付き合ってなかったんですか?」
「奏からもそう見えてた?」
「恋愛禁止のルールあるから隠れて付き合ってる系かと」
「なんも隠してないんだよなぁ」
ため息吐きつつ相談には乗ってくれるらしい。ただしその敬語に尊敬の心は一切感じない。そもそも割と尊敬はしてない節がある。茜も奏もちゃんと敬語だし先輩として扱ってはいるが、その内面的には尊敬の度合いが違うということが言葉の端々から汲み取れてしまう。まぁいいんだけどさ。
「あずさ先輩には是非、白鳥先輩のようなチューニングの甘い人より、ちゃんと調和が取れる相手とお付き合いしてほしいですね、プライベートでも」
「そっちのお付き合いでもねーから、つか酷い言いようだな」
「茜ちゃんも……まぁこの際茜ちゃんはいいですけど」
茜はいいのか、よくわからんけど。
チューニングが甘い、というのは言い得て妙なのかもしれない。めんどくさがりで、ズボラな俺にピッタリで音楽的なものに絡められた奏なりの頭のいい毒を吐かれ、妙に関心してしまった。
「先輩は、周囲と調和を取ろうと考えなさすぎです。自分のピッチでいいと思ってる」
「なに、もしかしてストレス溜まってた?」
「そうじゃなくて、先輩の演奏はとっても相手のことを気遣えるのに、チューバから口を離すとそのいいところぜーんぶ吹き飛んでますからね」
「……ええ」
酷い言われようだ。それこそチューバを構えて、音を出す時は調和を考えて
「いえ、三年生は部長に始まり、ほぼみなさんその気があるので大丈夫です」
「……ほぼ」
「パートリーダーだと槙野先輩、仁花先輩、あずさ先輩くらいじゃないですか?」
「だからこうなってるのかぁ」
その原因の一助である俺が他人事のように呟いたのを奏は呆れ顔で見ていたが、茜がやってくるのを見てすぐに笑顔に変わった。こええよ奏、俺はお前が怖くてしょうがねぇんだけど。
──でも、人間関係の調和か、確かに俺らはそれを怠ってる連中ばっかりだな。なんとなくそう思ってしまった。