とある吹奏楽部員の日常   作:黒マメファナ

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とある日の練習風景その2

 ラスボスの居城──音楽準備室はそこまで広い場所じゃない。そもそも準備室はほぼどこの学校もモノで埋め尽くされる傾向にあることも理由にあるだろう。

 そして、うちの学校において音楽準備室は吹奏楽部の根城のようなものだ。

 

「失礼します」

 

 入る前にはノックと失礼しますと一言添える必要があるという謎のルールはあるが、主にパートリーダーのミーティングや顧問の執務室として使われることもある。

 

「遅い」

「五分待たせるって伝言したはずだけどな」

「それが遅い、と言ってる」

 

 鬼部長と下級生から恐れられてるのかどうなのか微妙なラインの名前で呼ばれる鬼頭七海はそう言って上座にあたる場所に立っていた。俺と七海の他には副部長の月島あずさ、トランペットパートリーダーの浅井(あざい)珠里(じゅり)、トロンボーンパートリーダーの今野(こんの)仁花(きみか)の合計四人だった。

 

「キミたち三人、呼び出された理由はわかるか?」

「まぁ多少は」

「心当たりがない」

「んー……ん〜?」

 

 ダメだコイツら。俺ですらこうかなくらいのアタリはつけてんのに。ちなみにキリっとフェイスで心当たりのなさを告白してるバカが珠里で真剣に考えてなにも浮かんでないバカが仁花だ。

 珠里は音楽一家に生まれた長女で、キレイ系のフェイスで何気に学業も優等生なためいつでも褒められて育ってきたお嬢様気質だ。故にコイツは世界が自分を中心にあると思ってる節があるし、実際楽器を吹かせるとめちゃくちゃ上手い。中学時代ソロ最強と呼ばれた無敵の女王様、それが浅井珠里のパーソナルデータだ。

 

「私は完璧にこなしている」

「浅井だけが完璧では意味がない」

「……?」

 

 こういうやつだ。けど珠里の王様気質は何故かトランペット内では受け入れられてる。二年の湯浅なんて弟子ってよりほぼ家来みたいなもんだしな。

 そしてもう一人おっとりほんわかなトロンボーンの仁花だ。彼女も全体主義とは程遠く、そして半分体育会系のうちの風潮にもあんまり合ってるとは思えない。

 

「今野はまた一年二年としゃべっていたでしょう。ああいうのはやめてほしい」

「でも〜、あの子たちが休憩したいって言っていたし」

「あのね」

 

 鬼部長が苦戦するのがこの二人だ。それに比べれば俺なんてやり過ごそうとしてくれるだけまだマシなんじゃないだろうか。何が厄介って二人ともパートリーダーとして、そして単体としての技術力は高いところだ。天才故の周囲に溶け込めない的なやつなんだ。俺もそうですと言えたら幸せだろうな。

 

「あ、そうそう、祥平くん。またお菓子用意するから待ってるねって美弥ちゃんに言っておいてね」

「……あのな仁花、俺一応パートリーダーだから美弥にサボってこいとは言えねーんだわ」

「あら、そう?」

「そう」

 

 ユーフォニアムはトロンボーンとパートが近いため、仁花たちと一緒に練習することもある。それでサボり魔の美弥が味をしめたのか非常に懐いている。

 

「白鳥」

「……そうなるよなぁ」

 

 まぁこの二人が暖簾に腕押しとなるとこうなる。あずさも後でフォローする体勢なので俺は諦めて説教を受けることにしよう。俺たち三人は三年がする見回りもロクにしようとしない問題児のトップスリーだ。それが揃いも揃って全員パートリーダーやってんのも頭の悪い話だが。

 

「先程の清水の件もそうだ。それにユーフォニアムやコントラバスを放置しすぎじゃないか?」

「コントラバスは……まぁ確かに、悪かった」

 

 コントラバスは弦楽器の重低音で、現在石山と田口という二年が二人在籍している。ぶっちゃけ畑違いのためわからないことが多すぎて放置してることの方が多い印象だ。

 ユーフォは、まぁ確かにユーフォは奏に任せて放置してるとは言えるし、コントラバスもそうだしな。だけど音も何もかも違う三パートを全部一人で見るのは不可能だ。第一、初心者の指導もしてる最中だってのに。

 

「何も祥平だけが責任じゃないと思う」

「……おい珠里、やめろって」

「浅井、何が言いたいの?」

「去年までは里崎部長と祥平の二人で持ち回っていたのを、同じチューバの初心者が入った状態で同じように見ろというのは不可能……違う?」

「なら私に見ろ、と? 私も一年二人抱えているのだけれど」

「──あずさ、私と仁花も時折様子を見る。それで見回りをしていない私たちに役割ができる、いいでしょう?」

「んー、だってさ。どうするナナちゃん?」

 

 険悪ムードである。ここが、今の吹奏楽部のダメなところでもあるんだよな。三年の分裂、というか鬼頭七海の暴走とそれに対する他の三年生の冷ややかさだ。俺もどちらかといえばその輪を乱す側だから何を呑気に言ってんだって感じなんだけど、三年生は基本的に三つの派閥に分かれる。

 ──まずは現政権派による全体主義。より上下関係を明確にし、統率を取るべきとする体育会系。

 ──そして俺や珠里が思う自由主義。個々の力を伸ばしてこそのチームで演奏する価値があるとする側。

 後は無党派というか、どっちでもいいみたいな感じの三つだ。

 

「……勝手にして」

 

 七海はそう言って、外へと出ていった。あいつは、常に焦っている。前々から率先して学年リーダーをやってはいたが、その時から俺たちの制御はできていなかった。それでもなんとかこの学校の方針に収まっていたのは先輩がいたからだろうな。

 

「あずさ、また巻き込んで悪いな」

「そう思うなら、ちょっとはナナちゃんに優しくしてあげてほしいかな?」

「今の部長は、どっちにしろ怒る」

「そうよね〜」

「まったく、コンバスはわたしが様子見てるからいいし、そもそも祥平じゃロクにアドバイスもできないでしょ?」

「……マジでそうなんだよな」

 

 弦楽器のことはよくわからん、というかそもそも他楽器のことなんてほとんど知りもしないからな。それこそあずさみたいに他で弦楽器やってた経験がなけりゃ、聴こえた印象をそのまま言うことくらいのアドバイスしかできない。

 

「あずさだけに任せっぱなのは悪いから、俺も気にかけるよ」

「嘘つき、一年かわいさにつきっきりになってるって聞いた」

「確かに、茜ちゃんかわいいわよね〜」

「いや、そうじゃねーだろ」

 

 思わずツッコミを入れてしまう。茜につきっきりになってるのは事実だけど、まさかそれで珠里から軽蔑の目で見られる日が来るだなんて思ってもなかったよ。

 

「ま、女たらしだし?」

「副部長、自覚がありません!」

「昔はわたしのこと好きだったのに、簡単に先輩に乗り換えるし」

「副部長、事実が一つもありません!」

「最低」

「浮気したの〜?」

「信じるなよそこで」

 

 昔ってなんだよ、お前は俺と中学一緒だったくらいだろうが。

 なんだかんだで近所で吹奏楽部がそこそこ強いのはここだから中学一緒の部員は数人いる。特殊なのは茜くらいだろうか。

 ウチの後輩ちゃんは中学は一緒だけど部活が違うからな。

 

「あ、おかえりなさい先輩」

「祥平先輩遅いですよ〜?」

「ありがとな奏」

「はい」

「あたしも教えました〜!」

「え、あ、はい……色々と」

「白鳥先輩の話とサボり方を」

「……美弥?」

「え、あはは……てへっ♡」

 

 てへっで済んだら警察いらねーんだよボケカスが。そもそも俺の話ってなんだ、何を話したんだよ。去年の俺の話でお前が面白がって後輩に話すようなことなんて特になさそうな気がするんだが。

 

「ああ、いえ……えっと、普通に去年の先輩がどういう人だったのかみたいな話を」

「そうそう、茜ちゃんが聞きたがってたから」

「美弥はあることないこと話しがちだぞ」

「それは、わかってます」

 

 わかってるのか、何気に美弥がショック受けてたけど妥当な評価だと思うぞお前は。

 既に茜にもこの扱いなのはさておき、普段は真面目な彼女が雑談したがるっていうのは珍しいな。そりゃ休憩中は多少の雑談くらいはしてきたつもりだけど。

 

「休憩中の話ですよ。唇の動きは一朝一夕じゃないですからね」

「休み休みやってないと口内炎できちゃいますよ!」

「まぁ……確かにな」

 

 どうやらマウスピースでの音の確認からやってくれてたみたいだ。初心者は特に唇やりがちだし、練習のしすぎでもすぐ口内炎できるんだよな。なんならひどくなって口唇ヘルペスまでなって部活自体を禁止される人まで出てくる始末だし。

 

「二人とも合奏まで間に合うか……なんて聞くまでもなかったな」

「はい、こっちは」

「だいたい吹けるようになりましたよ〜」

「ならよし、茜はとりあえず基礎練をマスターしようか」

「はい!」

 

 元気のいい返事に、なにやら二人のおかげで気合も充填されているみたいだった。こういう時、同性の先輩や同級生の方がありがたいことの方が多いんだろうな。これからもちょくちょく、美弥とか奏には頼ってしまう時も来るだろう。

 

「んじゃ、とりあえずもう一回、マッピでやってみて」

「はい!」

「タンギングから」

 

 そんなこんなであっという間に陽は西へと傾いていく。そして暗くなりきったくらいの七時が最終下校時刻となる。そのため六時半からは一年は自分のパートが使った部屋を掃除をしなければならない。

 

「じゃ、譜面台片付けといて」

「先輩また……!」

「バレないバレない、ほら行って来い」

「は、はい!」

 

 ──とまぁウチは一年が一人しかいないからこうやって俺が掃除を手伝っている。今のところはバレてないがバレると顧問はうるさい。今日は帰ってるうえに鬼部長殿は恐らく低音パートは見に来ることなく練習を続けるだろうから、バレる心配もない。

 

「後は机拭いたら終わりな、俺自分の楽器片付けてくるから」

 

 バタバタと慌ただしくなる廊下、片付けをしてそれから最後にまた合奏の席について帰りのミーティングをする。これが意味ないうえに長いからしょうもないんだよな。はよ帰らせろと思う。今日はまぁ再三言うけど顧問のクソハゲがいないから七海が代行なのでまだましである。

 

「一年も慣れてきただろうから、気を緩めるならどんどん罰走にする、いい?」

「は、はい!」

「声が小さい」

「はいっ!」

 

 なんか言い出した。罰走意味ないって、本当に練習してた方が億倍ためになる。しかも罰走したくないって気持ちで身を引き締めてもなんにもならんって。

 

「それと、来週の初合奏では初心者経験者関係なく一年も全員参加させるから」

「……は?」

「なんだ」

「あ、いえ、なんでもないです」

 

 なーに言ってんだコイツ。初心者は初合奏は見てるだけって顧問も言ってただろうがよ。それに入れる子は入れるけど基礎練すらままならない初心者が曲なんて吹けるわけがないでしょう。

 そんな反論しそうになったのを堪えると、七海は明らかに俺の方を向いて言い放ってきた。

 

「つきっきりで他のことする余裕がないくらいなんだから、完成度高いのを期待している」

「……あ?」

 

 はっきりと喧嘩売ってこられて、思わずムカってしちゃいました。こうしてまたも部内の雰囲気を悪くしてしまうのに、反省がないな俺も。

 ──こうして、五月から中盤の合奏に向けての部活は最悪の形でスタートすることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

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