とある吹奏楽部員の日常   作:黒マメファナ

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部長の信じられない決定を耳にしたとある日

 七海がややバグった日の朝練はつつがなく終わり、授業を受けて昼飯時のことだった。

 メシどうしようかなと考えていたところで、俺は大きな声で名前を呼ばれて振り返った。

 

「しょーへー!」

「あずさ、どうした?」

「ご飯一緒に食べよー」

 

 俺はいいぜと言って立ち上がる。どこへかと思ったらあずさは音楽室の鍵を見せてきた。マジかよお前、さては顧問騙してきたのか、最低だな。

 

「あれ祥平と、月島さん」

「裕太」

「槙野くんも一緒にどう?」

 

 音楽室に向かってるとパーカッションパートリーダーの三年、槙野裕太に出逢った。裕太は誘われたもののバンド仲間と食べるためパスされた。あいつの音楽バカも行き過ぎてるよ。なんで吹部入ってんのにバンドのドラマーも兼任してんだろうな、頭がおかしいとしか言いようがない。しかも兼部にいい顔しない顧問が何も言えないくらい上手いときたらな。

 

「ごめんごめん、おまたせ」

「こんにちは、月島先輩、白鳥先輩!」

「こいつらは?」

「呼んだの!」

 

 なんでって訊いたはずだったんだけど、お前は。

 そこにいたのはウチの一年コンビ、羽立奏と花澤茜、そしてクラリネットパートの一年平良(たいら)今井(いまい)の二人だった。この二人は確か初心者だったな。

 

「なんでこのメンツ?」

「それはね、茜ちゃんが始めたこの自主練の輪を広げよう! と思ってさ」

「自主練の輪?」

「そう!」

 

 音楽室に入り、弁当を広げつつあずさがそんなことを言った。どうやら彼女は俺と茜がしていることをクラパートに広めてそれを許す空間を作ろうとしてるらしい。一年も自主練ができる雰囲気、確かにそれは大事だな。

 

海美(うみ)ちゃんと涼子(りょうこ)ちゃんもさ、まだ腹式呼吸ばっちりじゃないんだよ」

「なるほど」

「放課後の練習もほぼ参加できてない状態で」

「なのに二週間後合奏があるって急に言われちゃって……」

 

 そりゃ確かに焦りはするし、あのクソ程に無駄な時間を使いたいと思うよな。俺は頷いた。三年二年としても、五月中旬以降は合奏に集中したくなる。そうすると余計に初心者は放り出されたまま基礎練をなんとなくでこなすことになって……まぁ最後にはみんなやめてく。今年は一ヶ月で既に相当な人数が辞めてるしな。

 

「それじゃあ勿体ないから、ね?」

「それには賛成だな」

「じゃあ、これからも早く来てね、祥平?」

「……う、マジかぁ」

 

 頭を抱えてしまった。二年の頃の楽ちんな時間に起きて六時半ギリギリに来てしれーっと座るあの素晴らしくもクソみたいなムーブはできなくなってしまうんだな。悲しい。でも一年の頃は三年も同じくらいの時間に来て吹きまくってたからな、それはそれで羨ましかった。というかあの人らのせいなんだよな、六時前に来て吹けばそりゃクレームも来るって。

 

「つか休日の練習もちょっと早めに集まってるよな一年って」

「そうですね、八時集合してます」

「なら俺らもその時間に集まって練習するか」

「そうだね、そういうことでいい?」

「はい!」

 

 ──というわけで、明日から二パート合同に変わる。というか奏は経験者なのにこの会話にいるのなんでだと思ったら私はもう巻き込まれたからと言われた。あ、俺ですね、俺のせいですかそうですか、そうですね。七海も言いくるめたし、なんなら部長さんも協力的になってくれるのではないだろうか。

 

「改めて、ルールとして朝練前の一年による自主練を禁止していることを明確にします」

「……ほえ?」

「えぇ……」

 

 ──部活終わりのミーティングで、鬼部長、まさかの奏もドン引きのこの発言である。これには頭しか見えないけどあずさが驚愕してるのがよくわかる。

 どうしよう俺ももうダメだ。この部長もうダメだ。

 

「楽器を使わないのはもちろん、()()()()()()()()()()でも禁止です」

 

 部員のほぼ全員が一瞬俺に視線が集まる。嘘やん。しかもよりによって俺は、それに対して何か言わなきゃいけない立場だ。クラパートの一年と副部長のあずさまで巻き込んだんだ、俺にはそれに対して戦う責任がある。

 

「はーい」

「白鳥」

「おかしくないですか」

「何もおかしくないだろ、元々そういうルールだ」

「なんなん? バグりすぎてロボットになったか? それこそ朝練前に言った気がするけど」

「お前の一存で認められるものじゃない」

「そうだな、だから副部長も立ち会った気がしますけどね?」

「……それでも部長は私だ」

 

 うーわ、だっる。これなに言っても聞かないヤツだ。最悪だ、最悪過ぎるだろ。

 ──だが、この出鼻をくじく暴走はまだ終わりじゃなかった。俺が口を開けて言葉を失っていると、部長は更に畳み掛けてくる。

 

「よってルール違反をしたチューバ三年、白鳥」

「……はぁ」

「返事をしろ、白鳥」

「はぁい」

「そしてクラ三年()()

「……はい」

「チューバ一年花澤」

「は、はい……」

「ユーフォ一年羽立」

「はい」

「──以上の四名は部活の謹慎をしてもらう」

 

 クラパートがちょっとざわついた。周囲は諦めムードとちょっとの嘲笑、それと数名の三年は明確な怒りの感情を抱いているようだった。現状を嘆く三年はそこそこいる。なにせその部長には届けることができないクレームはきっと各パート山程もらってるだろうからな。

 

「……他のメンバーはこういった()()()()()ルール違反をせずに──」

 

 その怒りの拳は、不意に暴走をする部長の横にあった譜面台に衝突した。鉄を打ち付ける音がして、中央にいた彼女の後方にある黒板に()()がぶつかり、派手な音を立てて床に転がった。

 ──()()()が自前で使っているドラムスティックだった。

 

「あ、手が滑りました、オレも謹慎しますわ」

「槙野……」

「つか、このミーティング自体くっだらないんで、帰りまーす」

「待て!」

 

 待てと言われて待つはずがなく、裕太は後方のスティックを拾い、早上がりしてしまった。明確な敵意──というかアイツやりすぎだから。俺より身長低いんだけど、マジでアイツにステゴロで挑んだら死ねる自信あるし。実は隠してるけど元ヤンというか中学の時荒れてた疑惑あるらしいからな。あとコントロールいいのは多分中学野球部だったからだと思う。多分。ホントにアイツは吹部やってる理由が謎すぎるんだよな。

 

「……はぁ、でも、まぁなんかすっきりしたし、俺も帰るわ」

「白鳥……!」

「ごめんね、ナナちゃん」

「あずさまで……」

 

 俺が荷物を持って扉を開けて振り返ると茜が失礼しますと七海に頭を下げて、奏が美弥といくつか話をして立ち上がった。

 春にあった部内分裂の騒動は、最悪な形で、その亀裂が広がっていた。

 

「よう、裕太」

「くく、やっちまった」

「やっちまったじゃねーよバカ」

「びっくりしました……」

「ごめんな花澤さん、月島さんも」

「ホントに! あの距離でスティック投げるの非常識だからね!」

「あの距離じゃなくても非常識だからな、あずさ」

 

 そう言って校門前で裕太は最後に「練習場所ほしかったら言えよ」と言葉を残して別れて、奏が美弥に自分のユーフォを持ってきてもらうように頼んでいたらしいのでそれを待つために校門前で少し駄弁ることにした。

 

「抜け目ないな、奏は」

「そもそもあのユーフォは備品じゃなくて私のなので」

「まぁ私はいつでも侵入できるし、楽器は明日でいいや」

「あ、マウスピース……」

「俺らはあずさに便乗しようか」

「はい」

 

 入って一ヶ月で謹慎というのもまた衝撃的だ。謹慎は部活を真面目にやりたいヤツからすれば拷問に等しいし、謹慎が終わったら練習が進んでいてそこでまた苦しむという理由もある。ちなみに俺には耐えられない。

 

「にしても、思ったより切羽詰まっちゃってるね、ナナちゃん」

「0と1にしないと、並行でもの考えられなくなってきてるんだろ」

「元々そこまで頭の中でまとめられるタイプじゃないしねー」

 

 サラっとひどいことを言っているが七海が割と脳筋で堅物なのはそう。というかあの鬼部長が雪の女王を目指す上で一番足らないのがその二つなんだよな。あの人は部長として他の先輩たちと協力して後輩の指導にあたり、なおかつ自分たちは死ぬ気で練習に没頭してた。

 

「一人でなんでもやってたわけじゃねーのにな」

「そだね」

「でも、明日からどうしますか? 謹慎って結構まずいですよね?」

「い、いつまでっても言われてません」

「とりあえず少し距離を置こうと思うんだ」

「三日から五日ってとこだな」

「……五日」

 

 茜の顔色がやや優れないのは自分がやらかしたって思ってるからであり、またその期間練習できないと思ってるからだろう。そりゃ俺らが悪くて、そうだったら大人しく謹慎しつつ毎日七海に頭下げに行くくらいはするけどな。そもそものルールとしておかしいだろってことだ。

 

「ランニングとかなら、公園でもできるけど、楽器使った練習はどうしようね」

「そもそも俺と茜は楽器持ち出せるデカさじゃねーからな」

「先輩ってチューバ持ち帰ったことあるんですか?」

「中学ん時にちょっとだけな、でも結局持ち帰ってもオフに吹けるところまで移動するのすら面倒だし」

「……そうですよね」

 

 そもそも屋外練習はメンテもスゲーしなくちゃなんないし、あんまりオススメじゃない。そりゃ屋外で演奏することを想定してるんだったらそれに慣れるって意味で外は使うだろうけど。それは謹慎中にやることじゃねーからな。

 

「じゃあやっぱウチ使うっきゃないね」

「……あずさんち?」

「そ!」

「月島先輩のおうちって楽器吹いて大丈夫なんですか?」

 

 奏の疑問に対して家の中で吹いて大丈夫なウチとかないだろと苦笑いをする。家では許可は出ても楽器はちゃんと吹くと100db(デシベル)くらい出る。具体的に言うと電車のガード下レベル。会話すらもまともにできないレベルの音量がご近所さんに対してなんと言われるかなんて想像に難くないだろう。補足すると単純にそうってわけじゃないけど昼間で50、夜間で40の音が耳に届けば騒音として成立するらしい。

 

「その辺はお任せあれ、ってね!」

「なんにせよ、明日はのんびり起きれるからラッキーだよ」

「何言ってるの?」

「は?」

「ランニングするよ、自主的に」

「マジで言ってる?」

「マジ!」

「頑張りましょうね、先輩!」

「どこでやるんですか? 私は家、駅から反対方向ですけど」

 

 わちゃわちゃとしゃべってるウチに美弥が楽器持ってやってきてくれた。しばらく美弥はコンバスかトロンボーンと一緒に練習するようにということらしい。

 

「しばらく一人だよ〜」

「いいじゃないですか美弥先輩、基本サボってるんですから」

「それはパートリーダー的によくない」

「ついでに言うと副部長的にもね?」

「す、すみませんあずさ先輩」

「俺にもすみませんしろや」

「まぁでも、すぐ戻ってきてね! 茜ちゃんもね」

「はい」

「なぁ俺は?」

 

 それを最後に美弥は去っていく。そして俺たち四人は駅へと歩いていくのだった。

 ──謹慎というとんでもない大きな問題に早速直面した俺たち、こんなんで今年のコンクール大丈夫なのかという不安はきっと誰の胸にもあると信じている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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