とある吹奏楽部員の日常   作:黒マメファナ

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謹慎を言い渡された翌日

 自然に目を覚ます。アラームが鳴らないままスマホ画面を叩くと時刻は既に六時というところで俺は思わずバッと飛び起きた。やばい遅刻だ! 

 ──と一瞬焦ってからそういえば昨日謹慎を言い渡されたことを思い出し一時間後にアラームをセットしようとしたところだった。

 

「びっ……くりした──もしもし」

「もっしもーし、あずさですよ〜」

「いや知ってるから、ちゃんと画面は見てるよ」

「寝起きの声だね」

「アラーム付けてなかったんだよ」

 

 電話が掛かってきて、相手は月島あずさだった。そうだった、二度寝は許されない。部活を謹慎とは言われたもののそれで何もしないのはダメだって話し合って、そう俺もちゃんと納得した。だるいけど。

 まぁ話し合って、朝に集まって肺活量のために呼吸練習の基礎練だけでもやろうということになった。

 

「まぁ、今日は車の予定だったから迎えに行ってあげる」

「それはありがたい」

「じゃあ何秒待つ? 四十秒?」

「ジブリの世界じゃねーんだぞ」

「それじゃあまた玄関で」

「はいよ、って茜は?」

「茜ちゃんは今迎えに行ってるよ」

「……そうかい、んじゃあな」

 

 電話を切り、伸びをする。残念ながら曇り空で、もしかしたら雨が降るかもというような天気予報だった。俺は支度をし始め、久しぶりに家の時点から制服に着替える。ウチはテンプレ的に紺色のブレザーに灰色っぽい薄い色のズボンだ。傘を持って、家の前で止まっている車に向かう。

 

「あ、おはようございます先輩」

「おう」

「祥平、傘いらないよ?」

「なんで?」

「帰りも車だからね」

「……そうなのか」

「うん」

 

 そりゃありがたいが、そんなに親を便利使いしてもいいもんなんだろうかと傘を置いて車に乗り込むと運転手は若い、二十代か三十代くらいの男性だった。

 運転手さんかよ。忘れてた、コイツお嬢様だった。

 

「月島先輩、中学の時から噂は聞いてましたけど……」

「ああ、コイツな」

 

 月島は昔はこの辺の地主だったかの家系らしいつまり昔からここに住んでる俺の家とかは先祖代々から百姓と地主の関係なんだそうだ。まぁそんなのはどうでもいいとして、ウチの高校の母体である学校法人嵐城学園理事側の存在ってことだよな。

 

「そ、そうだったんですか?」

「まぁね」

「だからあんまり逆らうと退学とかになるかもな」

「ええ!」

「あはは、ないない! 私、女だし」

 

 それはそれで時代遅れ甚だしいけどな。あずさは下に二人弟がいて、その現在中一の長男が家を継ぐことになっている。つまりあずさは父方の祖父母からあんまりいい扱いを受けてないってことでもある。この現代にまだそういう風習が続いてるのって結構多いことらしいというのも驚きだ。

 

「どうぞ、ちょっと狭いけど、朝練とかしないからね」

「ありがとうございます、槙野先輩」

「ここなら四人と裕太でもいい感じだろ」

「そうだね」

「お邪魔します」

 

 やってきたのは軽音部が活動してる空き教室だった。裕太は軽音部のドラマーも兼任しているため快く部屋を貸してくれた。彼はしばらくこっちでドラム叩いてるから謹慎とか平気、ということらしい。

 

「合奏でやる曲なんて譜面覚えたしな、見ないでも全パートできるって」

「さっすが槙野くん」

「ありがとな裕太」

 

 メトロノームを使い、裕太がスネアドラムを叩いて、まるでたった五人の部活動のように呼吸練習をする。みんなで茜の指導をして、全員で息がキツくなるまでやって。残った時間は美弥が持ち出してくれていた合奏曲の譜読みに使った。

 

「裕太、ここのリズム叩いて」

「どれどれ、ここは──こんな感じ」

「あ、そうなるんですね」

「これ、難しそうに見えて割と単純だから」

「ただ入るタイミングをミスると大変なことになるからね」

「はい!」

 

 ふと、こういうのが全員で呼吸を合わせるってことなんじゃないかみたいなことを考えた。少なくとも、五人の向いてる方向は一緒だと俺は確信することができるから。

 そんな五人だけの朝練が終わり、授業を受け、昼休みにはクラパートの子の協力を得て俺と茜、そしてあずさの楽器を運び出すことにも成功した。

 

「巻き込んで悪いな、茜」

「いえ……先輩は、私のために」

「いやいや、俺は茜に吹奏楽を嫌いになってほしくないだけだよ」

「……出逢った頃から、先輩は変わりませんね」

「まだ一ヶ月だけどな」

「あ……そうでしたね」

 

 茜はうっかりしていたみたいな顔をして頷く。

 ──そんなこんなで放課後、俺とあずさは音楽室に立ち寄る素振りもなく帰ろうとしていると顧問のクソハゲが呼び止めてきた。

 

「おい、おいおい、お前ら部活はどうした」

「今、謹慎中っすよ」

「謹慎! 何をやったんだお前は一体、それで月島は?」

「私もですよ?」

「えぇ……」

 

 俺は問題児だからいいとしてあずさもってなるとそらえぇってなるわな。そうして今度は幾分かマイルドな態度で俺にしたのと同じ質問を飛ばしてきた。何をやったんだって、えーっとどうする? アイコンタクトを取るとあずさが事情を説明してくれるようだ。もちろん裕太がスティック投げた話はしない。

 

「ということで現在、私と祥平、槙野くんと一年のチューバの花澤茜ちゃん、そしてユーフォの羽立奏ちゃんが無期限の謹慎中です。ご迷惑をおかけしています」

「いや、まぁ……そういうのは、先生にもな? ちゃんと話を通してくれな」

 

 いやお前来ないじゃん。あずさには今一年の名前はちゃんと言わないとわかんないと思われてるんだぜ。そして恐らくあの七海にすら蔑ろにされてるんだぞクソハゲが。なんて口には出さない。それだったら勝手な謹慎通達に対して顧問がなんとかしてくれると思うじゃん?

 

「でもまぁ、ルール違反はいかんな、ルール違反は。反省しなさい」

 

 となるのである。この顧問は冗談抜きで使えない。あーあ、早く戻ってこねーかな()()()()。五月中旬まで戻らないと本当にこの部活ロクなことにならない。でも嵐城先生もお忙しいのでそうそうたかが練習を見には来れないってところがミソなんだよなぁ。

 

「というか、羽立もか……」

 

 奏のことは覚えていたらしい。まぁ部長として去年の中学コンクールの全国金賞という成績を残した大型新入生みたいな扱いで入学願書かなんか覗き見たらしく四月時点から興奮してたからな。なんか言い方がキモいな、いや当時もキモいなって思ってたからキモいわ。

 

「それで、なんだお前ら、ちゃんと話し合いはしたのか? 部長と」

「今あの子話し合いできる精神状態じゃないので、頭が冷えるまで距離置こうと思ってます」

 

 なんか喧嘩して別居する夫婦みたいな言い方だなという思考を読み取られたのか、一瞬あずさに睨まれた。まぁ百歩譲ってあずさと話し合えたとしても俺とはしばらく無理だろうしな。顔見ない方が落ち着くっていうのもわかる理屈だ。

 

「そ、そうか」

「ええ、ですから先生の方でも少し部長の様子を見に行ってくださると嬉しいです」

「あ、ああそうだな先生今日はちょっと忙しいけど、暇があったらな」

 

 いや暇だろお前。めんどくさいから帰りたいって思いっきり顔に書いてあるからな。顧問としてはこういう事情に顔を突っ込みにくいってのはわかるんだけど、そういうことするからあずさにも七海にも軽んじられるんだよ。

 

「それじゃあ、さようなら」

「お、おう気をつけてな」

「……お疲れ」

「ジュース買って」

「は? なんで?」

「お疲れ、って思うなら全部対応してあげた分ジュース」

「えーっと、自販機でいいか?」

「うん」

 

 クソハゲのせいでジュース奢らされるハメになった。やっぱアイツはダメだな。

 ──そんな茶番はさておき、来客駐車場には既に朝と同じ車が止まっており、既に駐車場には奏と茜が談笑していた。

 

「あ、先輩」

「ごめんごめん、原田先生に捕まっちゃって」

「え、大丈夫でしたか?」

「一応な」

 

 ダメージは俺のサイフの中身だけで済んだよ。俺はそんな愚痴を言いながらあずさの手にしていたペットボトルのジュースを指し、肩をすくめた。

 車に乗り込み、それほど時間はかからずにあずさの家にたどり着く。周囲にある他の家よりもお庭が立派で正しく「元地主」って感じが出ている。

 

「おっ、おじゃまします」

「どうぞどうぞ、それでこっちの部屋」

「わぁ……すごい!」

 

 奏が珍しく目を輝かせた。そこには俺らの楽器が置かれており、また譜面台やスコアブックなどの本棚もある防音室だった。

 俺も別にあずさの家とか行ったこともないから知らなかったけど、お前んち楽器吹く部屋あんのかよ。金持ちヤバくねーか。

 

「元々お父さんギタリストだったからね」

「そうだったんですか」

「すごい、すごいですよこれ!」

「おおう、奏のキャラが変わった」

 

 興奮気味だ、なんかしきりにすごいすごい言ってる。まぁでも確かに羨ましいっちゃ羨ましいよな、自宅で音出してもいい空間ってだけでぐっとオフの時に周囲を気にせず自主練ができるんだから。

 

「しばらくはここで練習しよう、なんと夜ごはんつき!」

「い、いいんですか? ご迷惑とかじゃ……」

「平気平気、そもそもそうやって言い出したのお母さんなんだから」

「んじゃあありがたくいただくよ」

「はいはい! それじゃあお腹を空かせるためにも思う存分練習しよっか!」

「おう」

「はい!」

 

 基本としては自分の練習をしつつ、交代で茜の基礎を叩き込むということになった。講師が三人に増えて大変かもしれないけど、混乱してないだろうか。

 そう思って自分の番の時に訊ねてみると茜は大丈夫ですよと微笑んだ。

 

「それに、チューバのことは同じチューバの先輩の方が確実だって、そっちを優先していいよって二人とも言ってました」

「なるほどな、気遣われてんな」

「ふふ、そうかもしれないですね」

「ただ指導者三人の中で俺が一番下手クソだからな」

「そんなこと!」

「いやいや、事実として隙あらば練習サボりにサボってた人間だしな」

「そういえば……あの時もサボってましたね」

「あの時……ああ、体験入部ん時か」

「……はい」

 

 一ヶ月前の体験入部の時は、そりゃもうぐうたらだったよ。本当に、茜にも最初の時にはカッコ悪いところばっかり見せてたからな。今でも充分、七海への反抗した挙げ句に謹慎なんてカッコ悪いことしてるけどさ。

 でも、なんだか随分前のことのように思える。茜がチューバを吹きに来てくれたあの日から、まだ一ヶ月なんだよな。俺は、あの日々に少しだけ思いを馳せた。

 

 

 

 

 

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