とある吹奏楽部員の日常   作:黒マメファナ

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かつてのファーストコンタクト

 四月の始め、体験入部のための宣伝演奏も終わり、俺たちはパート練習をする部屋でのんびりと新入生を待っていた。

 ──いや、待っていたっていう表現はちょっとおかしいかもしれない。別に待ってなんてない。

 

「せんぱーい、暇なんですけど〜」

「おう」

「せんぱーい」

「おう」

「しょーちゃん」

「先輩をクソみたいな呼び方するんじゃねーよ」

「聞こえてるなら構ってくださいよ〜」

 

 俺は後輩の清水美弥とともに来るはずのない新入生を歓迎するため、準備を整えていた。そう、来るはずがないのだ。

 ──そもそも、経験者でなければ吹奏楽部でやりたい楽器とはなんだろうか。まずは金管楽器で考えよう。

 華々しく、また明瞭な音の出る金管楽器のスター、トランペット。スライドによるわかりやすい見た目をしたトロンボーン、どこか愛嬌のある巻き貝フォルム、ホルン。

 続いて木管楽器。美しく清らかでどこか清楚さを思わせるフルート。木管楽器と言えばこれ、音域も広く親しまれるクラリネット。吹奏楽だけでなく、ジャズやロックもこなせる大人な音色震わせるイケメン楽器、サックス。

 後は様々な種類がありいつ見てもなんだか楽しそうなパーカッション。こんなもんだろう。

 そこに「低音パート」なんて地味で目立たなくて、なおかつ扱いも大変な楽器をやりたいと思う人種はこの世には存在しない。中学時代無理やりやらされたような経験者でもない限り。

 

「でもさ〜チューバが人気ないのはわかるけどさ〜、ユーフォってなんかのアニメでやったんじゃなかったっけ!」

「ああ、響けな。主人公ユーフォだぞ」

「おかしくない? 人気出るでしょフツー! 」

 

 とはいえアニメだぞアニメ。あれで確かにユーフォニアムとかいうある意味チューバより名前の知られてないマイナー楽器の認知度は上がってもそれに憧れてユーフォやりたいです! っておめめキラキラさせてくれる女子がどこにいるよ。しかも深夜帯のアニメだぜ、よりによって。

 

「それもそっか〜」

「オタク男子は吹奏楽やらんでしょ」

「女しかいないもんね」

「しかもキラキラの青春だ」

「その部活やってる先輩が言うのキモいけど」

「確かに」

 

 そのアニメがバンド題材ならまだね、男性人口の方が多いからとっかかりやすいんだろうけど流石に吹奏楽部はな。現在何人いるんだっけ、40人くらい? そん中で男子三人だからなぁ。今年は男子十人くらいいるといいな。ないか。

 

「つかでも、初心者来たらさすがにサボれねーぞお前」

「うげ、そーだった。なんとか先輩に振らないと……」

「……美弥」

 

 俺はユーフォも確かに教えられるけど、チューバだから。初心者来たら俺もそっちで手一杯になるからむしろ今年は美弥を遊ばせておくことは絶対にない。つかそんなの不可能に決まってる。

 

「まぁどうせ? テキトーな初心者コンバートされるよ、たぶん、うん」

「去年みたいにな」

「そうだった〜」

 

 まぁその結果どうなったかなんて言わなくてもわかるレベルではあるけどな。現在別の教室で体験入部をしているコントラバスの二人とは別に、当時低音パートにはチューバにひとり、ユーフォもひとりいたはずだったんだけど。一ヶ月もすると自然にいなくなってしまった。しょうがない、大変だし、希望楽器でもないし、そのうえ譜面は面白くないんだから。

 

「どーするんだろうな、これでチューバ誰もいなくなったらまずいぞ」

「確かに、コンバート絶対無理、お断り!」

「だろうな」

 

 美弥はサボりがちではあるが中学からのユーフォ経験者だし、愛着とユーフォ奏者としての自負とプライドがある。それを今更変えるくらいならさすがの美弥も吹奏楽部から去ることになるだろうな。

 

「これは勧誘サボってる場合じゃないですよ先輩!」

「サボってんのお前だけな」

「じゃあ先輩なにしてるって言うんですか〜」

「受付、三年生が持ち回りなんだなこれが」

「それズルじゃないですか!」

 

 ズルくはない、ちゃんと与えられた仕事だしな。勝ち誇っていると理科室のドアの前に女性がいた。基本的には体験入部では音楽室前で受付をして、そこから案内で各パートの部屋に割り振られるという手法を取っている。

 そんな三年生にして副部長の月島あずさが低音パートの前にお客さんを誘導した。それだけで俺と美弥は割と笑顔に変わる。

 

「祥平、この子同中だって!」

「え、でも二つ下?」

 

 緊張気味に頷くその子の姿に見覚えがなくて俺は首を傾げた。二つ下なんだから俺やあずさが三年生の時の一年生だ。吹奏楽部なら間違いなく顔を覚えているはずだ。ましてや低音パートなら当たり前のように名前が出てくるはずだ。

 

「花澤茜って言います、えと中学の時は陸上部で」

「陸上!」

「は、はい……けど、当時から吹奏楽部にちょっと、憧れがあって」

「ふんふん……え、それでえっと……どっち?」

「えと、大きい方……チューバ、です」

 

 俺はその言葉に驚くことしかできない。チューバを名指ししてくる初心者というどんな低確率の存在なんだよ。でも俺の眼の前にはそんな子がいて、俺はおそるおそる体験入部としてこんな楽器を指名してくる新入生の顔をまじまじと見た。

 これが、花澤茜との出逢いだった。

 

「えっと、もしかして取り込み中……でしたか?」

「あー大丈夫、そいつサボってるだけだから」

「とっとと受付戻ってはいかがでしょうか副部長殿」

「ふふ、じゃあ新入生来たんだからサボっちゃダメだよ!」

 

 手で追い払う。サボり魔な俺と美弥だが、こうなったら意地でもこの初心者を定着させなきゃならんと思い、俺は咳払いを一つしてマニュアル通りマウスピースを差し出した。数あるマウスピースの中でも最大で唇全部を覆うほどの大きさと、それに見合った金属質の重さがある。

 

「楽器経験はないんだよね?」

「はい、あ、小さい時に習い事でピアノならちょっとだけ」

「つまりないと」

「そうですね」

「ん〜」

 

 初心者にチューバは色んな意味でオススメできないところが多い。まず、吹けない。マウスピースの大きさは楽器それぞれではあるんだが、大きさが大きいほど吹きにくくなる。当然最大のチューバのマッピはすぐに音なんて出やしない。次に、大きさと重さだ。これは初心者の、しかも女子全般にあるんだが、これを支えることがもう難しい。ベルの重さで持ち上げた状態のまま吹いてるだけで体力が奪われていく。これは筋力つけないと本当にダメ。

 そして、それらを乗り越えても次は譜面が地味という欠点がある。低音はいわば演奏の土台づくりが主で主旋律を吹かされることはない。そもそも16分音符が出てきただけで俺は軽くムカつく。なにせ音を出すのすら大変だからタンギングとスラーですら割と苦労するんだよ。

 

「まぁとりあえず」

「はい」

 

 そう言って、俺は基本的な吹き方を教える。自前のマッピで説明をしながら吹かせるが、もちろん音なんて出るはずがない。肩でめいっぱい息を吸って、めいっぱい吐き出すけど、それは筒でしかないよとでも言いたげにスカーっという音を鳴らすだけだった。

 

「……まぁ最初はみんなそんなもんだから」

「そ、そうなんですね」

「あんまり無理しないで、やりすぎると酸欠になるから」

 

 そう言って、ちょっとした雑談を持ちかける。こんな珍しい初心者なんていないから、どういうつもりなのかなというヒアリングのつもりだった。

 

「まず、チューバってどんな楽器ってイメージ?」

「大きくて、えっと……重くて、難しいのに楽しくない」

「満点なんだけどますますキミがここに来た意味がわからなくなった」

「あ、すみません……」

「いいよ、事実だし」

「美弥、うるさい」

「はーい」

 

 事実ではあるが、ならなおさらここに来た意味がわからない。楽しそうな楽器なんてそれこそすぐ隣にユーフォがあるんだ。わざわざチューバである意味はないだろう。

 

「いえ、でも……私は、チューバを吹けるようになりたいです」

「……それは」

「はいはーい、先輩、これ以上はデリカシーないですよ〜?」

「うるさい」

「大体、追い返そうとすることないじゃないですか、せっかくのチューバ希望者ですよ?」

 

 うるさいし追い返そうだなんて思ってない。むしろここでやっぱり辞めますとか、こんな辛いと思わなかったとか言われたくないだけだ。基本的にチューバは経験者が来なければ未経験者の余りか他の楽器からのコンバートということになる。全員が全員希望の楽器になれるわけじゃない。不人気気味のオーボエとかコンバスにも回さなきゃいけないし。

 

「えっと、花澤さん」

「はい」

「念を押すようで、しかも体験入部初日に申し訳ないけど、続ける自信はある?」

「はい、頑張ります! 必ず、ものにしてみせます」

「……わかった、そう名乗ってなかったな、俺は白鳥祥平だ」

「はいはい、ユーフォの清水美弥でーす!」

「今は俺と美弥、後は一番大きい括りだとコンバス二人だけど、基本は二人だと思ってくれ。それじゃ、仮入部状態だけどようこそ──嵐城学園高校吹奏楽部へ!」

「よ、よろしくおねがします!」

 

 こうして俺と茜は出逢った。みるみるウチに楽器が吹けるようになる茜は俺にとっても教えていて楽しい存在だった。まぁホントはあと二人チューバに一年生が来たんだが、一週間もしないうちに辞めてしまった。

 ああ忘れてた、それとユーフォにも最初は三人の新入生がやってきていた。一人は初日から、俺が茜を教えている最中にまたもやあずさに連れてこられた子だった。

 

霜聖(そうしょう)女子中学出身、羽立奏です。中学も吹部やってました」

「え、霜女!? 」

「マジで!?」

「え、えっと……?」

「ああごめんね茜ちゃん、えっとね、吹奏楽めっちゃ強いところなの」

 

 この地域は少しだけ中学吹奏楽が強い学校が集中しているという傾向にある。俺らの通っていた燈華(とうか)中学、美弥や裕太が通っていた月見台中、七海やその他多くの出身者がいる嵐城学園中学、そして彼女の通っていたのは今の三つを遥かに凌駕する全国大会金賞の名誉に輝いた霜聖女子中学というわけだ。ここに県どころか地方大会すら楽に突破できる中学が集中している理由も、霜聖女子の顧問をやっている先生が他の三つを回って直接指導しているからだった。

 

「ユーフォです、よろしくおねがいしますね」

「すごいすごい、これでサボれる〜」

「おいこら、ごめんな」

「いえ」

 

 そんなもうひとりの後輩は、最初は今と随分雰囲気が違って、おしとやかな猫を被っていた。その中にはかつて金賞を取った部を引っ張った部長としてのプライドが渦巻いていることを、俺と美弥、そして茜は知ることになるのだった。

 

 

 

 

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