体験入部も終わり、そしてブラックで無駄に体育会系の部活が本性を表して一週間、二週間が過ぎ、四月末。今年は輪を掛けて理不尽さが増しているため、相当数の退部者が出た。四十を越えていた新入部員たちはあっという間に三十を切ろうという勢いとなっており、低音パートに至ってはコンバス合わせて八名のうち六名の退部者を出した。
「あっという間に、パートメンバー半分か……しかも新入部員は二人」
「オレんところはなんとか持ちこたえてるけど、五月のスケジュール見たら減るだろうな」
「だろうな」
教室で裕太とメシを食いながら愚痴り合う。幸いなのは残った二人、奏と茜はどっちもよっぽどの事情がないと辞めなさそうなことだった。茜は元々が運動部だったこともあるせいか根性あるし、そもそも楽器が楽しいものじゃないの知ってるせいかキツい練習にも理不尽な上下関係にも文句は一切口に出さずに頑張ってる。むしろちょっと心配なくらいだ。
そして、茜もそうだった。吹奏楽部の部長をやっているからこそ、文句どころか平気な顔でついてくるし、美弥もあまりの上手さに引いてた。
「いいねぇ、霜女、一人だけなんじゃなかったっけ?」
「吹奏楽はね、そもそも霜女も嵐城みたいに高校あるんじゃなかったっけ?」
「遠いけどな」
「ああ、なるほどね」
距離の問題なのかな、それとも何かあったのか。そう邪推をしていると男二人の寂しいメシの時間にも関わらずこっちに近づいてくる女子がいた。
ふわふわ系の小柄で、なんだかトイプードルを思い起こされるビジュアルの彼女は向かい合う俺たちの間に座って机に頭を乗せた。
「はぁ〜、意味わかんない」
「オーボエ全滅か
「全滅じゃないし、まだいるけどさ〜」
「どんまい希」
「も〜、裕太、部員分けて〜」
「部員はちょっとなぁ」
彼女は俺と裕太と同じクラスの吹奏楽部員でオーボエ担当の
「オーボエってめんどいもんなぁ、リード」
「ほんとそれ、それで初心者離れてくからね」
「今年はすごいよな、この時点で十人超えたもんな」
「七海のやり方、最初から飛ばしすぎなんだから……」
「鬼頭さんなぁ」
中身のない雑談というか愚痴を発しながら、ふと希が今年の一年生についてという話をしてくる。
今はそうでもないけど、今年の一年、実は我が強いタイプが多いんじゃないか、みたいなことを言い出した。
「じゃない? 」
「パーカスは毎年だよ」
「それが強みみたいなもんだし、例えばペットなんて我が強くないとやってらんなくね?」
「でも湯浅ちゃんみたいなタイプもいるじゃん」
ペットの二年でリーダーの珠里の狂信者だったな。あれについていける一年は相当な変人じゃないとダメだろう。実際二年もどっかぶっ壊れてる連中だし、メロディラインを常に任されるペットには必要な素養なんだろう。
「あー、でも我が強いはそうかもな」
「でしょ?」
「低音もなのか?」
「ああ、割と茜もその毛が強いし……奏が、多分な」
「あれでしょ霜女の元部長」
ここで再び奏の話題になる。俺が思った限りだと奏は相当内部に色々溜まってるタイプなんじゃないだろうか。それこそ全国金賞の部長として振るった辣腕は、ここでは全く聞き入れてはもらえない。一年だからと軽視される。表面上は上手く取り繕ってはいるが、ここ一週間、俺には今にも叫びだしそうな怒りを時折感じるよ。
「見た感じ穏やかな子って印象だったんだけど」
「結構苛烈なタイプじゃねぇかな、まだ俺も予想だけどさ」
「美弥ちゃんに続いて大変そうな後輩だね」
「清水さんは中学の時からああだからな」
まぁアイツも真面目なところは真面目だからいいんだけどさ。
──という昼休みを終えて、やや眠い授業をなんとか受けると、部活が始まる。俺はぐだぐだしゃべってから、のんびりと上の階を目指して階段を登っていく。すると途中で奏の後ろ姿が見えた。
「よう、奏」
「あ……白鳥先輩、こんにちは!」
「いいよ、俺だけが相手の時はそんなきちっと挨拶なんてしなくて」
「そうですか、いえでも、それがルールですから」
言わなかったけど、俺はやや嫌われてると思う。多分美弥も。原因は当然、俺や美弥のサボり癖にある。そもそも二人揃って別に隠す必要性すら感じていないため、割と休憩というか雑談してることが多い。俺なんて茜を見るという名目でほぼ楽器を吹かないこともあるくらいだった。美弥は美弥で一年にはまだ楽譜は配らないという部長の指示を完全無視して一言やっといて、で終わりだ。とても尊敬する要素はない。
「奏」
「はい、なんでしょう」
「訊いていいことなのかわかんねーけど、なんで
「それは──」
少し間が置かれる。なんて言おうか、そういう感じの間が置かれてから、その迷い全てを表情の下に隠してみせた。距離を置いて「良い後輩」でいようとする、奏の仮面の下に。
「吹奏楽ばっかりで、勉強を疎かにしちゃいまして……あはは」
「そうか、俺も中学ん時はやばかったな」
「そうだったんですか?」
「おう、勉強めんどくて吹奏楽部に入り浸ってたからなぁ」
奏があははと苦笑いする。これは紛れもない事実だけどな。おかげであずさに死ぬほど迷惑を掛けている。なんなら一ヶ月くらいは入試の過去問片手に家庭教師になってくれたもんな。そんな出来る同志望の友達がいなかったら多分俺はここにいなかったよ。
「ウチの部活、楽しくないだろ」
「……え」
「上下関係とか、よくわかんねールールとかさ……息苦しいよな」
「それは……そういうの、三年生が言っちゃっていいんですか?」
「よくない、よくねーけど、俺は楽しくないんだよ」
「……楽しくない」
楽しくない、そう楽しくないんだよ。一年生の辛そうな顔とか、辞められるのも、三年生絶対的な上下関係による縛り、どれもこれも全部つまんないんだよな。
俺は演奏が楽しいと思ってほしい。つまんないだなんて、勿体ない。
「先輩……」
「だってさ、将来までやるかどうかなんてわかんねーってか、ほぼほぼやんねーんだからさ。青春の思い出っていうか、振り返った時に、ああ楽しかったな〜って思ってもらいたいんだよ」
「……なんだか、おじさんくさいですねそれ」
「な……っ、そうか?」
「おじさんくさいですよ」
グサっと刺さる一言に俺は苦い顔をしてしまう。青春の後のことを今考えるのはナンセンスって美弥にも言われたんだよな、やっぱりそうなのかもしれない。
少し肩を落として反省していると、突如として奏は吹き出して、弾かれたように笑いだした。そんなにナンセンスだったのか。
「ふふ、あーあ、そっか……勿体ない、か」
「おう」
「白鳥先輩は、いつも楽しそうですもんね」
「そうか?」
「はい、教える時も、吹いてる時も、ずごく」
俺自身は意識したことがないけど、いや楽しいからやってるのかもな。後輩に楽しいと思ってもらいたい以上に、自分が楽しいから教えるしチューバを構えて音を出す。そうやって、ずっとチューバと一緒にいる。
──音楽は音を楽しむ。俺のモットーというか現状の座右の銘みたいなもんだ。
「私、先輩がパートリーダーでよかった」
「おっ、褒めてくるじゃん」
「はい、だから私がいる間はサボるの無しですからね?」
「……マジ?」
「もちろんじゃないですか、先輩たちがサボってる姿は、見ていて楽しくないですからね?」
「たち、美弥もか」
「当たり前じゃないですか」
その日から、奏は俺たちをサボらせてはくれなくなった。おかげで美弥と奏は既にほぼ次の合奏の準備が完了しているので、まぁこれはこれでありだなと思わずにはいられなかった。俺も大変だけど、言質を取られているため奏の前でサボることは許されない。でも、その姿に茜がキラキラした視線を送ってくれていたので結果オーライだな。もうそういうことにしておこう。
「美弥先輩、お菓子いりますか?」
「おおっ、いるいる〜♪ 」
「はい、じゃあここまで合わせてくれたらあげますからね」
「よーし」
あと美弥の扱いが上手くなったというか、美弥と折り合いがついているので、いい後輩が入ったなと思う。どっちが後輩かわかりゃしねーけど。