ヨルムンガンドに愛されて   作:賃現地

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第5話 『私の可愛い子供達』

『親心と老いらくの恋はね、似ているものなのよ』

 

 

 彼との出会いは私の雇い主(キャスパー)を通じての接触だったわ。

 印象? そうね、私は良いと思うわよ。なぜなら、キャスパーとの付き合いで、いきなり親しくしていた姿を私は見たことがなかったから。あれほど男性に惚れ込む様子は私だって『親』として嫉妬するぐらいには羨ましかった。

 

 

 

 チェキータは現在、マンションの屋上にいた。

 彼女がいる屋上は、借りていたホテルと同等の高さがあり、対角線上にある。自分達が宿泊するホテルの展望テラスを、現在の場所から監視することが出来た。彼女は”静かに”体を伏せながら、監視を続けている。

 

 

 チェキータの周辺には、幾人かの死体が転がっている。

 死の要因は容易に説明が出来る。対象者はナイフによる刺し傷で命を落としたことが確認出来た。致命傷は全て”一撃必殺”で行われ、抵抗した痕跡すら、そこには存在しなかった。全ての死体は共通して、首の大動脈を切断されている。信じられないほどの緻密な斬撃は、プロフェッショナルの仕業であり、マンションの屋上において、実行できる者はチェキータ以外、存在しなかった。

 

 

 チェキータは、ただ沈黙のままに、対象者二人の観察を続ける。

 ”子供達”の愛を観劇しながら。

 

 

 覗き見はチェキータの趣味ではなかったが、キャスパー・ヘクマティアルのことにおいて、彼女に慢心などありえない。だから、新しい子供を注視する。仲間の監視も彼女の大事な仕事であり、家族を守るという大黒柱の役目であった。

 

 テラス奥で眠っている二人を確認しながら、彼女は自分の過去を思い出していた。

 彼と似た知っている人物、Gという男性を想った。

 トージョーのような存在は、チェキータという女性にとって、二度目の経験だった。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 私は傭兵稼業に長い間、在籍している。

 どのくらいと言っても、”ソ連崩壊後”からと言えば分かるかしら。

 

 

 私の出自は不明だ。

 なぜ自分のことぐらい分からないのか、ですって?

 それは私に家族という存在が、最初はいなかった所為(せい)よ。私はロシアの寒い地方に生まれ、すぐに施設に入れられた。勿論、親なんて知らないし、周りの人間も不思議と私に近づくことはなかった。だからかしら、私は施設で寝泊まりをしたことがほとんどない。私には当時、外で生き抜くだけの”天賦の才”があった。盗み、恐喝、破壊、殺人……etc。生きるためなら何でもやった。でもね、警察機構には捕まらなかったの。要するに、私は人々が嫌悪する全ての行動に才能があったということね。

 

 

 物語の悪党には終わりがつきものでしょ?

 悪(まみ)れの少女期も終わりを迎えたわ。当時の保安組織に私は捕まった。その時、全てが終わりだと思った。でも、私の心境は穏やかだった。ようやく、何も殺さない世界に旅立てると信じていたから。

 

 

 しかし、終わりは始まりに過ぎなかった。

 私は死罪になるはずだったのに、一人の軍人が私を生かした。彼は自らを”G”と名乗った。最初は性的な目的で生かされるのじゃないかって、反抗したわ。でも、Gは違った。彼は自分の跡継ぎが欲しいと私に訴えたの。卓越した自分の諜報・戦闘技術を習得出来る。才能溢れる人物を彼は探していた。つまりは彼のお眼鏡にかなったというわけね。そして彼との訓練が始まり、私の第二の人生が始まった。

 

 

 Gは凄い男だった。

 今、離婚中の”レーム・ブリック(うっとうしいオッサン)”なんか、目じゃないくらいにはね。

 

 

 G(師匠)の訓練は私が体験してきたそれまでの人生よりも、過酷なスケジュールだった。

 人殺しなんて、砂遊びのように思える内容で、人間の倫理を平気で逸脱し、その上で目的を達成する様々な方法を教えられたわ。そして、対極的な道徳などの模範的倫理も教えてくれた。『表と裏、両方を知らなければ人間を理解するのは難しい』それが彼の口癖だった。

 

 

 訓練を終えた時、齢は成人を超えていた。

 私は彼の伝手で国内にて多くの仕事をこなしていた。国内外の諜報員として、またはテロリストの一員として、軍事・諜報活動の両方を任されていた。

 

 その活動の最中に出会ったのが、元デルタフォースの『レーム・ブリック』ってわけ。勿論、敵として、何度か接触したこともあるわ。互いに多くの仲間を殺し合い、協力し合った仲だった。彼への感情は次第に憎しみから愛に変わり、決定的になったのは、私の師匠暗殺をデルタフォースが決行する前日だった。

 

 

 いつもは無愛想でヘラヘラ笑っているあの人だけれど、師匠のことを伝えてきた時は焦っていた。私達が使用していた秘密の回線で連絡があった時、また国外任務を失敗でもしたから、肩代わりを手伝ってくれ――なんて、私は想像していたわ。だけど、通信の声は、私に今すぐ逃げろの一点張り。そして、私の師匠が、デルタフォースの標的になっていることを伝えてくれた。そうよ、これはレーム・ブリックという男が、生涯で一度だけ行った、スパイ活動だった。国家の要であるデルタフォースが愛する女のために、スパイ行為をするなんておかしな話でしょ。

 

 

 でも、彼の愛は確かに伝わった。本当に嬉しかったのよ。私は彼に対して「今までありがとう、愛していたわ。レーム」と、さよならの言葉を呟いて、電話を切った。私は全力で、任務先から戻った。師匠がいつも住んでいる教会を目指してね。私も師匠と一緒に死ぬつもりだった。しかし、全ては遅かった。夜遅くに私が着いた時、師匠は毒による自死を選んでいた。教会にある懺悔室で、彼は神に祈るように、静かに微笑みながらこの世を去っていた。

 

 そして机には、一枚のメモと大量の書類が入ったトランクケースが置いてあった。

 

 

 

 私はメモを取る。

 メモは師匠からの伝言だった。

 

 

「チェキータ、私の最愛の娘よ、私からの最終任務を伝える。私の全てをデルタフォースに持って行くのだ。彼らは私の身柄と機密情報が入ったトランクを待っている。君の身柄は、デルタフォースが保証してくれるだろう。私の死は君が愛する”あの男”に相談した結果だ。私は長く生き過ぎた。いつかは、死なねばならぬ日が来る。最期が今日だった、それだけのことだ。チェキータ、君を親として愛している。 ――Gより」

 

 

 

 私はこの世に生まれて、初めて泣いた。Gの亡骸を胸に抱きながら。

 二度目の人生で大切なことを教えてくれたのは、師匠だった。色々な感情が混濁して、訳も分からず、私は泣いていた。私は赤ん坊の頃に忘れていた、”哀しい”という感情を大切な人を失うことで、初めて取り戻した。師匠は自分の死でさえ、私への教育に昇華したのだと、今なら理解できる。

 

 

 育て親の死。彼が最後に施した教育により、

 『チェキータ』という一人の女が完成した。

 

 

 私は教会を後にして、約束の集合地点になっていた公園に向かった。公園にはレームがいて、私に何ともいえない表情を向けながら立っていた。私はトランクケースを引き渡すが、Gの遺体は渡さなかった。その様子を見て、彼は一言「合衆国政府が欲していたのは、彼の完全なる死と全ての機密情報だけだ」と言い残し、私の元を去ろうとした。私は師匠をベンチに腰掛けさせ、レームに向かう。私はレーム・ブリックとフレンチ・キスを一度した後、彼と別れた。

 

 

 公園を後にして、私は亡き師匠と自らが死ぬ場所を求め続け、モスクワ中を歩き回っていた。凍てつく寒さが、私を襲い、凍死寸前となっていた。ああ、これでようやく死ねると思ったところに、”あの女”が現れたの。

 

 

「フフフ、なんてかわいそうな”メドヴェーチ(熊さん)”」

女は瀕死の私を見て、あろうことか面白そうに笑ったの。

 

「ねぇ、メドヴェーチ。私が手伝ってあげましょうか?」

悪魔のような提案をした女は、ジャポーネ(日本)の雪女みたいに、雪の中で佇み静かに笑っていた。

 

 

 私は悪魔の言葉に頷いた。

 師と共に相応しい場所へ埋めてくれ。それだけを願った。

 

 

 しかし、私の嘆願を彼女は心底嫌そうな顔をして答えた。

 

 

「私に利益が無い提案は嫌いなの。男性を埋葬する代わりに貴女の命を頂戴?」

彼女には感情などなく、悪魔のような顔をしていた。

 

 

 彼女の意志を汲むのは、本当に悪魔と契約するようで……。

 私の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 次に起きた時は、医療ベッドの上だった。

 私が見回すと、病室の窓辺にあの女がいた。

 

 

「起きた? 彼はきちんと埋葬したわよ、メドヴェーチ。それじゃ改めて、返事を聞かせて貰えないかしら?」

私はただ頷いた、悪魔の顔を伺いながら。

 

 

「いい返事ね、それじゃあよろしく! 私は『フロイド・ヘクマティアル』っていうの!」

悪魔のような笑顔は天使の顔に変わった。

 

 

 彼女との契約から私は三回目の人生が始まった。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 嫌な(悪魔の)顔を思い出した。アレは嫌いだ。

 チェキータは、スコープ越しの観察に集中する。

 

 

 そう、トージョーは”師匠(G)”に似ている。

 彼はスラヴ系の人種だったが、髪は墨色だった。

 喜怒哀楽の表情が”G”に似ていたのだ。

 

 

 彼への愛情は、世界に似つかわしくない彼の優しさが、私に響いたのか。彼の出生の秘密が、孤児であることも、世間を知らぬ才能の塊だということも、自分の生い立ちに似ていた。生い立ちの類似性が、彼を気にかけた理由かもしれない。

 

 

 

 丁度、キャスパーとトージョーは展望テラスに出て、何かを言い合っていた。

 トージョーは何かを告白していた。流石に長距離、夜間のスコープ越しでは、読唇術など使えるはずもなかった。キャスパーは彼の方を振り返る。彼女の瞳は悲しそうな、初めて顔を合わせた時の顔であった。ああ、キャスパー、そんな顔をしては駄目。男が逃げてしまうわ。

 

 

 キャスパーが振り返った直後、トージョーは倒れた。

 彼女の膝を枕にして、トージョーはただ眠った。倒れた彼を抱いて、キャスパーは天に仰ぐように泣いていた。私は助けに入るか迷った。しかし、私は考え抜いた挙げ句に静観を決める。彼らの問題に関わるべきではないと、生まれながらの本能が囁いたからだ。

 

 

 

 少し後、トージョーの目が開いた。キャスパーは喜んで彼を抱きしめた。

 

 

 

 次に彼は何かを言っている。

 キャスパーは黙って俯き、聞き入っていた。

 彼女の顔は、最初は驚いていたが、次第に酷く物悲しげに笑っていた。

 

 

 

 トージョーは全てを言い終えると、膝を突いて天を仰いだ。

 キャスパーは儚げに笑い、腰にあった拳銃を取り出し、トージョーの頭に銃口を置いた。

 

 

 

 ああ、キャスパー。 彼を殺してはいけない。

 『貴女には理解者が必要なのだから』

 

 私は今度こそ、手に掛けたサイレンサー付きライフルの引き金を引こうとした。

 キャスパーの拳銃だけを落とすために銃弾を放つ。私にはその程度の狙撃、息をするように可能なはずだった。だが、手が震えていた。師匠が死んだ日のように、私の手は使い物にならなかった。ああ、キャスパー。私の娘、彼を殺すことだけはダメ。一度、愛した者を殺すことだけは絶対にやめて。

 

 

 私は静観することしか、出来なくなっていた。

 

 

 しかし、スコープ越しのキャスパーは、銃口を下に向けると、彼を強く抱きしめた。震えたキャスパーは、弱さを自覚した子供のように、トージョーを求めた。

 

 

 ”子供達”は互いに生きることを選んだ。

 トージョーは立ち上がり、キャスパーを強く抱きしめた。

 彼らが互いを求め合った時、手の震えは止まり、心が温かくなった。

 

 

 キャスパー、貴女は今、トージョーと共に生きる道を選んだのね。

 素直に貴女が羨ましい。私には無かった選択肢を選んだのだから。

 目の前にいる男性を大事にしなさい、キャスパー。トージョーは貴女の人生を導いてくれる大きな舵輪(だりん)になることでしょう。彼を頼りなさい。

 

 

 彼でも無理なら、お姉さんに任せて頂戴。

 

 

『全て殺してあげるから』

 

 

 その契約は”悪魔”との約束。

 そして貴女を育てると決めた、親の務めなのだから。

 

 

 

 

 マンションの屋上には首を切られた死体達が取り残された。

 チェキータは雨季の風と同じように、湿り気だけを残して消えた。

 

 

 

 その日は

 チェキータの師が自死した時のように、星々が満天に広がる夜であった。

 

 

 




次回予告:『オペレーション・モンスターキル』
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