魔法少女リリカルなのは Acta est fabula 作:めんどくさがりや
『私のアリシアに・・・近づかないで‼︎』
その悲鳴じみた言葉と共に管理局の武装局員達が魔法で吹き飛ばされる。
その凶相からはあらゆる感情が感じ取れる。死への焦り、娘に触れられることへの怒り、嘆きなど。
「ふふ、愛する者は正気なしとは良く言ったものだ」
そう、あれはもはや狂気の類だ。様々な要因によってついに限界が来ている。
それにあれはただ狂っているだけではない。狂気の矛先が娘への愛しさに向けられている。狂愛とでも言うべきか。
「さて、このまま無様に散る様を鑑賞してもいいが、君はそれを望まないのだろう?」
メルクリウスは後方に顔を向けてそう言う。そこには光の球体が浮かんでおり、それが何かを訴えるかのように明滅する。メルクリウスは内容を理解したようで苦笑しながら言う。
「すまないな、彼女を責めているわけではないのだよ。他者からは狂人と思われるだろうが、あれも見方を変えれば親の愛と言える」
再び狂気に囚われた女に目を向ける。娘の肉体が入ったポッドに縋り付く彼女を見て、フェイトを人形と呼ぶ彼女を見てやはり憐れだとメルクリウスは思う。
「彼女はアリシア・テスタロッサの欠陥品が出来上がったなどと言っているが、それは違う。そも、彼女は根本から勘違いを起こしている」
そう、死者蘇生などは常人には難関だが、不可能ではない。しかし、彼女がしているのは死者蘇生などではない。ただこの場に今も存在しているものを蘇らせようとしているというなんともおかしな真似をしているのだ。
「さて、君はどうするのかな?」
再び光に目を向けるとそう質問する。
「このまま母を狂気へと落とすか、はたまた君自身の意思により、プレシアとフェイトを救うか」
メルクリウスは光へと手を差し出す。
「決めるのは君だ」
それはさしずめ悪魔の契約。悪魔はただ決めろと言う。お前の意思で決めろと、契約書に班を押せと言う。
ファウストを誘惑したメフィストのように。そしてーーー
「・・・なるほど、それが君の意思か」
光が何を選択したかはメルクリウスと光にしかわからない。だが、メルクリウスはその回答に満足そうにしている。
「ああ、真に君らしいな、胸を打つ。ではーーー」
瞬間、メルクリウスが腕を振るうと周囲に幾何学的な文字が現れる。
ミッド式でもベルカ式でもない。真の魔術、秘法が展開される。
「始めようか」
◆
魔導士達は現在時の庭園の中を急いでいる。
道中、現れる傀儡兵達を破壊しながら奥へと進んでいく。廊下には所々、穴のようなものが出来ておりそれを避けて進むしかない。
「その穴、黒い空間がある場所は気をつけて」
クロノが走りながら注意を促す。
「虚数空間、あらゆる魔法が一切発動しなくなる空間なんだ。飛行魔法もデリートされる。もし、落ちたら重力の底まで落下する。二度と上がってこれないよ」
その言葉に気を引き締める。王城、ラインハルトは既に知っているため、さほど気にしていない。
それよりも、彼が気になっていたのはプレシア・テスタロッサの事だ。
彼女は死を軽く見過ぎている。それはラインハルトの価値観の相違により感じ取れる僅かな苛立ち。
「愚か者が・・・」
「王城?何か言ったか?」
祐介がこちらを見ながら問うてくる。
「何、不遜な魔導士が笑わせてくれると思っただけだ」
「は?」
「一つ問おう。卿はあの女に憤りを感じているようだが、相対したとして、何を成すつもりだ?」
唐突な質問に戸惑うも、すぐさま答えを返す。
「当然、さっきの言葉を撤回させる」
「フェイト・テスタロッサを人形と断じた事か?」
「ああ、プレシアがどれくらいアリシアを愛していたかは理解出来るし、亡くしてしまった事も悲しい出来事だろう。でも、それがフェイトを虐げて捨て去る理由にはならない。フェイトだって生きているのに、蔑ろにするのは絶対に間違っている」
祐介の表情は引き締まり、その目に熱を宿している。
「フェイトには心がある、意思がある。虚ろな人形なんかと一緒にされてたまるか!」
それに頷きながら言う。
「なるほど、卿も卿で引けぬ理由があるという事か」
「お前はどうなんだ?」
「そうだな、卿の言う事が理解できんわけではない。しかし、私が憤りを感じるのは、あの女が死を甘く見過ぎている事だ」
そう、一度死んだからといって生きかえらせればいいなど死を侮辱している。
「誰であろうといつかは死ぬ。走っていようが歩いていようが何も変わらん。いずれは止まる、それが遅いか速いかでしかない」
進んでいる事に変わりはない。速度の差など、気にする事でもない。
「いずれ死ぬのだ。それで結構。僅か数十年程度の生でしかない。不平不満など、今際の際に呟くだけで十分すぎる。わざわざ死んだ者を蘇らせるなど、愚挙以外の何ものでもない」
「つまり、一度死んだ存在を復活させるのが許せないって?」
「然り」
死は確定ならば、それまで真摯に生きればいい
過去に囚われ、取り戻そうなどとは愚かと言う他ないだろう。
「
人類皆平等である、などと稚児の戯言は言わない。だが、だからこそ死という平等だけは例外なく甘受しなくてはならない。
「なくしたからと無差別に求めるなど、幼児の行いと同じだ。なんと度し難い事か、それほどまでに娘を欲するなら代替を作らず骸を抱き続ければいい」
あるいは過去に戻り、全てをやり直すか。
「なんにせよ、この先にいるのだ。全てはその時に果たせばよい」
眼前の大広間には無数の傀儡兵がひしめいていた。
奥に階段があり、上下に分かれている。
「ここからは上下に別れよう。僕と祐介、王城はプレシアのもとに、なのはとユーノ、蓮華は駆動炉の封印に向かってくれ」
「異論はない。では、私が突破口を開くとしよう」
そう言うと彼の背後の空間が歪み、そこから一振りの剣を抜き出す。
それを傀儡兵達に向け振るうと、剣より光の渦が放たれて傀儡兵達を蹂躙する。
「行こう‼︎」
クロノの言葉で全員が走り出す。しかし、走っている最中、
「(馬鹿な・・・私らしくもない。あの詐欺師の言葉に充てられたか?)」
当然、それを気の迷いと断じて先に進む。
◆
「否、否だよ少将閣下殿」
暗闇の中、水銀の蛇は笑う。
「たとえあなたが否定しようとも私には見える、感じられる。その魂が飢えている事に」
他者には見えずとも、自分を誤魔化すなどできないしさせない。
「傀儡兵如きでは彼が力を万全に振るえず、それに値する敵も存在しない。嘆かわしい事だ」
カインを投入させる事も考えたが、それでは意味がない。何故なら彼は既に渇望を持っており、後はそれを認めさせるだけなのだ。戦いを通して、などは意味がない。
「さて、いよいよか」
眼前には狂気に囚われた憐れな魔導士の姿があった。
◆
「そうよ、私は取り戻す。私とアリシアの過去と未来を!こんなはずじゃなかった世界の全てを!」
瞬間、最下層の扉が破壊されクロノ達が足を踏み入れる。
「世界はいつだって・・・こんなはずじゃない事ばっかりだよ‼︎ずっと昔から、いつだって、誰だってそうなんだ‼︎こんなはずじゃない現実から逃げるか、それとも立ち向かうかは個人の自由だ。だけど、自分の勝手な悲しみに、無関係な人間を巻き込んでいい権利はどこの誰にもありはしない‼︎」
「そうだ。お前が娘を亡くした事には同情する。だがな、お前の行いは、たくさんの人たちにも同じ悲しみを与える事なんだよ」
その時、上空からフェイトとアルフが降りてきた。
それを見てプレシアは目を見開くが、すぐさま冷たい表情になる。
「何をしに来たの?消えなさい。もう貴女に用はないわ」
しかし、フェイトは数歩歩くとプレシアを真っ直ぐ見据える。
「貴女に言いたい事があって来ました」
全員が見守る中、フェイトは話し始めた。
「私は、私はアリシア・テスタロッサではありません。貴女が造った、ただの人形なのかもしれません」
その言葉にプレシアは僅かに動揺する。
「だけど私はーーフェイト・テスタロッサは貴女に生み出してもらって、育ててもらった貴女の娘です」
「だから何?今更貴女を娘と思えというの?」
プレシアの嘲笑を物ともせずフェイトは言葉を紡ぐ。
「貴女がそれを望むなら、それを望むなら私は世界中の誰からもどんな出来事からも貴女を守る。私が貴女の娘だからじゃない。貴女が私の母さんだから‼︎」
そう言うとフェイトはプレシアに手を伸ばす。プレシアはそれを呆然と見た後、
「・・・くだらないわ」
それに祐介が激昂しかけるが、
「だけど・・・それもまた、一つの選択肢だったのかもしれないわね」
「え・・・?」
プレシアの言葉にフェイトは思わず目を見開く。プレシアは、穏やかで悲しげな微笑みを浮かべていた。
「プレシア、あんたはーー」
祐介が言うより先に、プレシアは手に持つ杖を地面へと突き立てる。
すると巨大なスフィアが展開し、庭園の崩壊が加速する。
『クロノ君、早く脱出して‼︎崩壊までもう時間がない‼︎』
「了解した‼︎全員、早く脱出を‼︎」
クロノが脱出を促すが、祐介とフェイトはプレシアに目を向けていた。
「私は向かう・・・アルハザードへ。そして取り戻す!過去も未来も、そしてたった一つの幸福も‼︎」
プレシアの足元に罅が入る。崩壊まで数秒もないだろう。
「プレシア‼︎」
「母さん‼︎」
すぐさま救出すべく向かうが
「戯け!死ぬつもりか‼︎」
瞬間、プレシアの足元が崩れ落ち、彼女と生体ポッドが落下する。
「母さん‼︎」
己よりも母の身を案ずるフェイトの前で虚数空間へとプレシアは落ちていく。
この悲劇は変えられないのかと祐介は悲嘆する。
だが、その瞬間。
『Disce libence』
時の庭園に、水銀の毒が流れ出した。
◆
その時、アースラ内は動揺に包まれていた。
「じ、次元震停止‼︎」
「崩壊していた時の庭園が修復されていきます‼︎」
モニターに映し出されているのは崩壊を止め、だんだんと崩壊前へと戻っていっている。時の庭園であった。
「あれは、なんなの・・・?」
あれは修復というよりは、元に戻っているといった言い方が正しいだろう。何せまるで時間が巻き戻っているかのような光景なのだから。
「いったい何が起こっているというの?」
◆
「これは・・・」
クロノが呆然と戻っていく周囲を見る。次元震は既に停止し、プレシアと生体ポッドも元の位置にいる。
「完全に戻っている。虚数空間も全くない。いったい何が起こったんだ?
その時全員の耳に足音と、誰かが手を連続で叩く音が響く。
「ーーー素晴らしい」
全員が視線を向けると、そこにいたのは。
「・・・・メルクリウス」
彼ーーメルクリウスは大仰に手を広げて言う。
「見事と言う他ないな。娘の魂の声を聞き、心を動かされる母、そして別れの悲劇。ありきたりだが美しい。ああ、胸を打つ」
全員がデバイスや武器を構えているのを見てもメルクリウスはただ微笑する。
「これも卿が仕組んだ事か?道化師。随分と手の込んだ真似をする」
「仕込むなど人聞きの悪い。私はただ素晴らしい歌劇を魅せてくれた者たちへ報酬を渡したに過ぎない」
そしてもう一つと、メルクリウスは懐より一つの宝石を取り出した。
「ジュエルシード⁉︎」
ユーノが驚愕する。それにメルクリウスは首を横に振る。
「否、これはジュエルシードとは似て異なる物だ。あのような欠陥品と一緒くたにされては困るな」
そう言うとメルクリウスはプレシアに目を向ける。
「憐れだなプレシア・テスタロッサ。アルハザードなどという幻想を希って追いかけ、その結末がこれか」
「・・・黙りなさい」
嘲笑うメルクリウスをプレシアは鋭く睨めつける。
「アルハザードは存在する。幻想なんかじゃないわ」
なおもメルクリウスはプレシアを嘲笑する。
「何故、在ると言える?何故、存在すると断じられる?馬鹿が、愚か者が。君は何もわかっていない」
瞬間、メルクリウスに向けてバルディッシュが振るわれる。メルクリウスはそれを難なく避けるがフェイトが怒りに満ちた目で見据えていた。
「母さんを侮辱するな‼︎」
再びフェイトがメルクリウスに向かうが、
「その威勢の良さは認めるがね」
メルクリウスは手に持つジュエルシードをフェイトに向けると、そこから蒼色のチェーンバインドが放たれフェイトを拘束する。
「くぅ⁉︎」
「それは今の君では解けんよ。麗しの親子愛は後にしてくれたまえ」
フェイトを拘束するとメルクリウスは再びプレシアに目を向ける。
「さて、改めて言うが、アルハザードは存在しない。いや、正確にはその文明を消されたと言った方が正しいな」
『っ⁉︎』
その言葉への反応は様々であったが動揺を隠してプレシアはメルクリウスに問う。
「何故、あなたがそんな事を知っているの?」
「さて、何故だろうな。しかし、これは紛れも無い事実であるゆえ、君のあれはただの自殺だ」
「そ、んな・・・」
それにプレシアは目に見えて落胆する。
「話は最後まで聞きたまえ」
「・・・何よ。アルハザードが存在しないなら話を聞く価値なんて」
ないと言おうとしたプレシアの言葉にかぶせるようにメルクリウスは言葉を紡ぐ。
「アリシア・テスタロッサを呼び戻す事なら可能だと言ったらどうするかね?」
「っ⁉︎」
それにプレシアが目を見開く。
「・・・本当なの?」
「あいにく、くだらん嘘は付かぬのでな」
メルクリウスの言葉に蓮華は言う。
「ふざけるな。死者を蘇生させるなどという神の御技を貴様ができるわけない」
「・・・フ、フフ、フフフフフ」
その言葉にメルクリウスは可笑しそうに嗤う。
「ハハハハハハハハハハハハハハハッ‼︎」
メルクリウスは嗤う。何も知らぬ無知な少女を、神がなんなのか理解していない少女を。
「いやはや、なんと可笑しな事か。神?神だと?君が言っているのはあれか?黄金の聖槍に貫かれた神の子を語る聖人の事か?それとも天地を創造したという者の事か?なんにせよ愉快だ」
そう、愉快だ。この理の中で聖人などに徳なんて物は存在しないのだ。そして悪人にも一片の罪咎が存在せず、ただそのような役割であるだけなのだから。
奇跡など存在しない。救いなどあるわけがない。全て斯く在るように定められているゆえに。
全ては回帰の内にあるゆえに。
「『世界はいつだってこんなはずじゃない事ばかり』か。ああ、その通りだ」
そう呟くメルクリウスの顔は自噴と自嘲を合わせたようなものであった。
「・・・さて、そろそろ主演に御登場願おうか」
そう言うとメルクリウスは背後に手招きする。
「出てきたまえ」
すると、そこから光のようなものが浮遊してきた。メルクリウスはそれに手を向けると、
「
メルクリウスがそう呟くと、光は一つの形を成していく。
完全に形を成した光ーー彼女を見てプレシアは目を見開く。
「・・・アリシア」
その声に彼女は微笑んで言う。
「ようやく会えたね、母さん」