Hi! I’m Intrepid-Kurogane(黒鉄).
居酒屋「鳳翔」で始まった、経済学のお話はまだ続いた。
富とは、豊かさとは「何かができること」である。
成功とは、昨日できなかったことが、今日
失敗とは、昨日できたことが、今日
「いつも通り」とは、昨日できたことが、今日も
経済学とは、失敗を回避し、「いつも通り」を維持し、成功に至る路を模索する学問である。
経済学は、決して
経済学は人間が、私たちがこの世に在って為すこと全てに関わる学問なのである。
そしてガングートによれば、人間は「遊ぶこと」を通して新しい「できること」を見出してきたのだと言う。
人間の、人間社会の進歩と言えばまず科学技術の進歩じゃないかと思うのだけど、ガングートによればそもそもその科学技術の進歩自体が「遊び」だったのだと言う。
この点については、な気もする。
富とは何か?経済学とは何か?何を目指しているのか?
これらのことについて、ガングートは自分の考えを一通り述べたわけだし、この経済学のお話はここで終わっても良かったはずだったのだけど…。
「イントレピッド、さっきお前は、自分の経済学の知識の中に納得のいかない点があるというようなことを言っていたな。」
「え?ええ。」
「私も経済学について考えるに当たって、経済学の本を…マクロ経済学入門とか、ミクロ経済学入門とか言うような本を何冊か読んだわけだが…私も読んだ本の内容については気に入らない点がいくつかあった。」
「んー…やっぱり資本主義のシステムを前提にしているような話は性に合わなかった?」
「いや、そうではない。というより、どの本も
「じゃあ、気に入らない点っていうのは?」
…私がこう尋ねたことで、経済学の話は続くことになってしまった。
「どの本も…例えば、中央銀行が通貨の発行量を制御して…とか、金利が上昇すると債券の価格が…とか、銀行預金が信用創造を…とかいうような話が出てくる。」
「これらの本に出てくる中央銀行だとか、貨幣とか、債券…有価証券だとか、あるいは市中の銀行…金融システムとかいったものは、人類史においては新参者だと思うんだ。」
「経済学の本に出てくる知識は、人類史において、つい最近出てきたような概念や
「しかし経済活動…人間の営みというものは、そういったものが人類史の中に現れる前からあったことだ。」
「だから、今の経済学に出てくるような知識を用いていたのでは、中央銀行や金融システムはおろか、有価証券、貨幣すらなかった遙か昔の経済活動を観ることができないのではないか。」
「だから、今の経済学に出てくるような知識を用いていたのでは、どんな概念や
「そう思ってしまったのだ。」
「それで、それがどんなものであっても、人類社会が、経済活動という人間の営みがある限り通用するような
ここでガングートは串カツを囓り、咀嚼して、飲み込んでからカールスバーグを一口した。
私も唐揚げを一つ口にして、おにぎりを囓り、バドを一口した。
そういえば、枝豆を注文し忘れてたな…と思っていると、ガングートが話を続けた。
「それがどんなものであっても、人間の社会というものがあれば、そこでは『交換』と『貸借』が行われている。」
「まずはこの『仮定』を前提として、思考を進めてみた。」
「『交換』って言うと、なんだか市場経済を思い起こさせるわね。」
「確かに。だが、計画経済・指令経済においても『交換』は行われている。」
「例えば
「これは二人が自発的に交換したとも考えられるし、
「なるほど…ところで、今のあなたの言い方だと、『交換』と『貸借』が対になっているというか、対等に扱われているように聞こえるんだけど。」
「私には『交換』の方が基礎的…主であって、『貸借』の方は派生的…従であるよう思えるんだけど?」
「『交換』はいつも成立するとは限らない。必要な財貨やサービスに対して、常に『お返し』が用意できるとは限らない。」
「何かを貰ったとき『お返し』を用意できていなければ、このとき貰った何かは『借り』ということになる。」
「そんな時こそお金…貨幣の出番なんじゃ…あ、そうか!」
「そうだ、貨幣には『借用証』という一面がある。」
「これは私の勘違いかもしれないが、アメリカドルは本を正せば『借用書』だったという話を聞いたことがある。」
「フランス革命の折に発行された国債…アッシニアは結局その後フランスの通貨と言うことになった。(直ぐに使い物にならなくなってしまったそうだが。)」
「普段我々は貨幣と引き換えに必要な物やサービスの提供を受けているわけだが。」
「貨幣というものが実は『借用証』なのだとすれば、このとき本当の意味で『交換』が成立しているのか、実は『貸借』が成立しただけなのか判然としない。」
「だとすれば、社会においては必ず『交換』も『貸借』も行われていると仮定することは、それほど的外れなことではないと思う。」
「あなたの話は『交換』と『貸借』の二元論のように見えるけど…。」
「『貸借』は『財貨やサービス』と『貸し』の『交換』であると考えれば、『交換』の一元論が成立しちゃうんじゃないかしら?」
「……痛いところを突くな、お前は…。」
ガングートは気を取り直すようにカールスバーグを一口してから、話を続けた。
「確かにお前の言う通りなのかもしれないが、私はこの二元論に基づいて思考を進めてしまったのでな。」
「…まあ、他に代わりはいくらでもある『ものの見方』の一つとして、話を続けよう。」
「それがどんなものであっても、人間の社会というものがあれば、そこでは『交換』と『貸借』が行われている。」
「まずは『交換』についてだが。」
「例えばダルニツキーとヴォートカが『交換』されたとすると、このとき交換されたダルニツキーとヴォートカは『等価』でなければならない。」
「それでは『交換』が行われるとき、交換される財貨やサービスの『価値』はいかにして決まるのか?」
「その
「価値とは、富とは『何かができること』だったわね。」
「そしてその
「そしてこう考えれば、財貨やサービスの価値って言うのは『効用』によっても決まるし、『仕事・労働』によっても決まる…でしょう?」
「その通りだ。」
「それで財貨やサービスの価値は『効用』によって決まる、というのはその財貨やサービスを求める側…需要側の言い分だと言える。」
「それで財貨やサービスの価値は『仕事・労働』によって決まる、というのはその財貨やサービスを与える側…供給側の言い分だと言える。」
「そして財貨やサービスの価値を決めるのは需要か供給かという議論は、紙を切るのは鋏のの上の刃か下の刃かという議論に等しい。」
ガングートはアルフレッド・マーシャルの言葉を引用して、続けた。
「まず、需要曲線というやつを導出してみよう。」
P=W-Wq
・P:価格
・W:需要能
・q:一個人の需要量(0≦q≦1)
「え…何?この『需要能』っていうのは?聞いたことがないんだけど?」
「それに『一個人の需要量』に
「この『需要能』というのは…財貨1個、サービス1単位に対して需要側が『それを得るためにできる仕事量』だ。」
「典型的には『それを得るために出せる金額、出してもいいと思える金額』だ。」
「最近あまり見なくなったが…『頼む!それを譲ってくれ!譲ってくれたら五千万!いや!一億出そう!』…と誰かが言うときの五千万、一億のことだと思ってくれ。」
「『一個人の需要量』に
「限界効用学派に目をつけられたら拙い言い方になるが、財貨やサービスなんて一度に1個・1単位得られればそれで十分だろうという考え方に基づいている。」
「必要な財貨を1個、サービスを1単位、
「
「ここで需要者の数をDとすると…。」
・D:需要者の人数
→DP=DW-WDq
「Dq=Qとして、このQを『需要量』と定義すれば。」
DP=DW-WQ
・P:価格
・D:需要規模(典型的には、需要者の数)
・W:需要能(財貨・サービスを得るために出来る仕事量、出せる金額)
・Q:需要量
「…と、これを需要曲線の式、としておこう。」
「続いて、供給曲線というやつを導出してみよう。」
P=Cq
・P:価格
・C:費用≡財貨1個、サービス1単位を生産・調達するために必要な仕事量
・q:供給者一人が提供する財貨、サービスの量
「ここで供給者の数をSとすると…。」
・S:供給者の人数
→SP=CSq
「Sq=Qとして、このQを『供給量』と定義すれば。」
SP=CQ
・P:価格
・C:費用≡財貨1個、サービス1単位を生産・調達するために必要な仕事量
・S:供給規模(典型的には、供給者の数)
・Q:供給量
「…と、これを供給曲線の式、としておこう。」
「…需要量にも供給量にもQが当てられているようだけど?」
「『交換』が成立するとき、需要量と供給量は等しくなっていなければならない。だからここでは同じQを当てた。」
「さらに式を変形してみる。」
DP=DW-WQ
→DSP=DSW-WSQ
SP=CQ
→DSP=DCQ
∴
DSW-WSQ=DCQ
↓
DSW=DCQ+WSQ
=(DC+WS)Q
∴
Q=SDW/(CD+WS)
「SP=CQ。つまりP=CQ/Sだから…。」
P=CDW/(CD+WS)
「これで『交換』において財貨やサービスの『価値』が、そして『生産量』が決まる
Q=SDW/(CD+WS)
P=CDW/(CD+WS)
・D:需要規模(典型的には、需要者の人数)
・S:供給規模(典型的には、供給者の人数)
・W:需要能(財貨・サービスを得るためにできる仕事量、出せる金額)
・C:費用(財貨・サービスを生産・調達するために必要な仕事量)
・Q:財貨・サービスの生産量
・P:価格
「続いて『貸借』について考えてみよう。」
「『交換』については『価格』が決まるからくりを提示しようと試みたわけだが、『貸借』の場合の『価格』にあたるものは…。」
「『利息』かしら?」
「そうなるな。」
「まずは『貸借』についての『需要曲線』から導出してみよう。」
ρ=1-(ζ/δ) → δρ=δ-ζ
・ρ:利息率
・ζ:借りられた分
・δ:借りたい分
「これを『需要曲線』としよう。」
「借りたい分を既に自前で用意できているなら、δ=ζなら借りると言うことはしない。ρ=0になるという考えに沿ってみた。」
「ガングート、あなた、貨幣などがない世界の経済活動を観る見方はできないものか、って言ってたけど。」
「こうして『貸借』についての『需要曲線』を導出するというのは、貨幣の存在を前提にしていないかしら?」
「貨幣の『貸借』を典型例として考えたのは認めるが。」
「ζやδには『漠然とした効用の大きさ』が入るものとして、金額などの具体的な数値を代入することを諦めれば、この式は貨幣などがない世界における『貸借の需要曲線』として
「まあその場合、肝心の『利息率』も漠然とした大きさを示すだけのものになってしまうが。」
「あと、この式に対しては『借りたい人の人数』を
「乗じても意味はない。理由は…ま、練習問題としておこう。」
…試しに借りたい人の人数Dを両辺に
「続いて『供給曲線』を導出してみよう。」
ρ=ζ/σ → σρ=ζ
・ρ:利息率
・ζ:貸し出された分
・σ:貸し出せる分
「では、さらに式を変形してみよう。」
δρ=δ-ζ
→σδρ=σδ-σζ
σρ=ζ
→σδρ=δζ
∴
δζ=σδ-σζ
↓
δζ+σζ=σδ
(δ+σ)ζ=σδ
∴
ζ=σδ/(δ+σ)
「そしてρ=ζ/σだったから…。」
ρ=δ/(δ+σ)
「これで『貸借』において『利息率』が、そして『貸借の量』が決まる
ζ=σδ/(δ+σ)
ρ=δ/(δ+σ)
・δ:借りたい分
・σ:貸し出せる分
・ζ:貸し出された分、借りられた分
・ρ:利息率
…ガングートは人類社会が、経済活動という人間の営みがある限り通用するような
それで「それがどんなものであっても、人間の社会というものがあれば、そこでは『交換』と『貸借』が行われている。」という仮定を前提として、『交換』において『価格』と『生産量』が、『貸借』において『利息率』と『貸借の量』が決まる
※『交換』のからくり
Q=SDW/(CD+WS)
P=CDW/(CD+WS)
・D:需要規模(典型的には、需要者の人数)
・S:供給規模(典型的には、供給者の人数)
・W:需要能(財貨・サービスを得るためにできる仕事量、出せる金額)
・C:費用(財貨・サービスを生産・調達するために必要な仕事量)
・Q:財貨・サービスの生産量
・P:価格
※『貸借』のからくり
ζ=σδ/(δ+σ)
ρ=δ/(δ+σ)
・δ:借りたい分
・σ:貸し出せる分
・ζ:貸し出された分、借りられた分
・ρ:利息率
…それで、導出されたこれらの式は、何にどう使われるのか…。