枝豆が私の前に置かれた。これを注文し忘れるなんて、どうかしてた。
見ると、ガングートの前にも枝豆が…。
いつの間に注文していたのかしら?
口いっぱいに広がる枝豆の…香り?匂い?を堪能しつつテーブルをふと見ると…。
※『貸借』のからくり
ζ=σδ/(δ+σ)
ρ=δ/(δ+σ)
・δ:借りたい分
・σ:貸し出せる分
・ζ:貸し出された分、借りられた分
・ρ:利息率
さっきガングートが導出した式が目に留まった。
そして私は、この式についてガングートが言っていたことを思い返した。
「どうしたんだ?イントレピッド。」
「え?ああ、さっきあなたがこの式を導出して見せたときなんだけど…。」
「そのとき私は、貨幣が…お金というものがない世界でも通用するものの見方を目指しているという割には、貨幣というものの存在を前提にした導出の仕方じゃないかしら、と言ったわよね?」
「それであなたは、一応貨幣の貸借を典型例としたと認めつつも、ζやδに金額などの『具体的な数値』を代入することを諦めれば…『金額』を代入することにこだわらなければ、この式はお金というものがない世界での『貸借』を説明する式として
「でもこの説明だと、この式はやっぱりお金の…貨幣の存在を前提にしてるんだ、貨幣という『人類史の新参者』によって組み立てられた式なんだ、という印象を受けちゃうのよね。」
ガングートは枝豆を飲み込むと、答えた。
「言われてみれば確かにその通りだ。」
「実は私もさっきの説明はちょっと弱かったんじゃないかと思っていたところだ。」
「ここは一つ、根元から説明をし直してみるとしよう。」
カールスバーグで口を湿らせてから、ガングートは解説を始めた。
「そもそも『貸借』とは何であろうか?」
「『富』とは、『豊かさ』とは、『何かができること』である、というのが私の立場だった。」
「そこで『貸し』を与える、とは『何かを
「そして『借り』を受ける、とは『何かを
「すると、『貸借』の需要曲線についての説明は、こう言い換えられる。」
δ:「してもらいたいこと、その効用」
ζ:「してもらえたこと、その効用」
ρ:利息率≡お返しに「何かする」とき、どのくらい効用を上乗せするべきか
ρ=1-(ζ/δ) → δρ=δ-ζ
「してもらいたいことを全面的にしてもらえるなら、『倍返し』を求められても構わない。…ζ=0ならρ=1でも構わない。」
「『お返し』はしてもらったことの分だけで良いなら、してもらいたいことは全面的にしてもらう。…ζ=δならρ=0になる。」
「あるいは、してもらいたいことが自分でできてしまうのなら、他の誰かにそれをしてもらうことはない。…ζ=δならρ=0になる。」
「このような考えに基づいてみた。」
「同様に、『貸借』の供給曲線についての説明は、こう言い換えられる。」
σ:「実際にできること、その効用」
ζ:「してやったこと、その効用」
ρ:利息率≡お返しに対して、効用の上乗せをどれだけ要求できるか。
ρ=ζ/σ → σρ=ζ
「できること以上のことをするように求められたら、倍返し以上のお返しを求めても良いだろうという考えに基づいてみた。」
「それで、『貸借』のからくりというか、仕組みは…。」
ζ=σδ/(σ+δ)
ρ=δ/(σ+δ)
・δ:してもらいたいこと、その効用
・σ:実際にできること、その効用
・ζ:実際にしたこと、してもらったこと、その効用
・ρ:利息率≡お返しをするとき、どのぐらい効用が上乗せされるのか
「…結局各概念に対する説明の仕方を変えただけになったが、こんなところだろう。」
借入希望額や貸出可能額が、お金…貨幣というものの存在に先だった「してもらいたいこと」や「実際にできること」に由来している。
まだ議論の余地はあるかもしれないけれど、私はこの説明で納得した。
「そういえばガングート、さっきあなたは一地域とか、一国という範囲で『交換』の式を見た場合、この式は一地域、一国の富や豊かさを
「じゃあ一地域とか、一国という範囲で『貸借』の式を見た場合、この式は何を示しているのかしら?」
「その地で行われている貯蓄や投資を示している。」
「貸出可能額σが大きくなれば、利息率ρが小さくなり、貸出額/借入額ζが大きくなる。」
「貸出額/借入額ζを投資額と解釈すれば、利息率が下がれば投資が拡大するという、マクロ経済学の入門書に出てくる話とも辻褄が合う。」
またカールスバーグで口を湿らせて、続けた。
「マクロ経済学の入門書などでは、何か数式を弄くって貯蓄=投資であると説明しているが。」
「そんな操作などしなくても、もとより貯蓄は投資であり、投資は貯蓄なのだ。」
「例えば収穫物を穴蔵なり倉庫なりにため込んでおく、という形の貯蓄は、おそらく最も原始的な投資の方法だろう。」
「貯蓄はあくまでも投資の一形態。投資はあくまでも貯蓄の一形態。」
「そう解釈すれば、投資を博打や投機から区別して考えられるようになる。」
「んー…そうかしら?どうも投資というと、
「だから
「お前は貯金箱を使っているか?」
「?使ってないけど…。」
「そうか…だが、貯金箱を使って金を貯めてるやつは、なぜ金を貯めているんだろうな。」
「そりゃあ…後で使うためじゃあないの?」
「その通り。だとすると、貯蓄とは自分自身に対する貸付であり、自分自身への投資ということになる。」
「今の自分が、未来の自分から金を借りて、未来の自分に利息をつけて金を返すというわけだ。」
「貯金箱や金庫にため込んでいたのでは、利息など付かないではないかと思われるかもしれないが。」
「貯金箱に五十万円ため込んでいたとすると、使う当てがないときの五十万円と、何か欲しいものができたときの、必要なものができたときの五十万円ではその効用に差が出てくる。」
「その効用の差は、見方によっては利息ということになる。」
バドで唇を湿らせて、私はガングートに尋ねた。
「すると、この式が一地域、一国で行われている貯蓄や投資を示しているとすると…。」
「貸出可能額σは、その地域、国に現存している現金とか、有価証券とかの総額ということになるのかしら?」
「その通りだ。」
「そういえば、投資の仕方って言うのは何でこんなに種類があるのかしら。土地とか株式とか国債・社債とかFXとか。」
「それは『貸しを返してもらう方法』あるいは『借りを返す方法』が一つではないからだ。」
「例えば戦闘中、武蔵が私を敵の攻撃から庇ったとしよう。」
「このとき武蔵は私に『貸し』を与え、私は武蔵から『借り』を受けたわけだが。」
「このときの『借りの返し方』はいろいろある。」
「武蔵が危険に遭ったときに庇う、後で飯を奢る、清掃当番を交代する…。」
「あと、一晩武蔵の相手をする、とかな。」
「えー?でも、あなただって武蔵とするのは好きでしょう?」
「まあそうなんだが、この場合は武蔵がヤりたい時に、ということだな。」
…
「話が逸れた。まあ要するに、投資の方法が種々存在するのは、『借りの返し方』が種々存在することに由来する、と言うことだ。」
「国債・社債や株について言えば、利息を支払い、償還期限が来たら額面額を支払うとか、会社が存続する限り配当金や優待を提供し続ける、とかな。」
「投資方法の違いというのは、出した金を
枝豆を口に放り込み、噛み砕いて、飲み込んでガングートは続けた。
「さっき私は、これまで読んできた経済学の本の内容に気に入らない点があると言ったが。」
「ああ。要約すると、本の中で使われてる道具立てでは、近代から現代の経済活動しか観られない…だったかしら?」
「その通りだ。実によく要約できている。」
「どーも。」
「だが実は他にも気に入らないというか、納得いかない点があったのだ。」
「…と言うと?」
「財政政策とか、金融政策とかいうのがあったな。」
「大体どの本にも説明はあるわね。」
「大雑把に言うと、好況時には金融引き締め、緊縮財政で景気を冷やし、不況時には金融緩和、積極財政で景気を加熱する…と言うことだが。」
「あ。」
「何だ?」
「さっき私、高校学参に載ってるような経済学の話で、納得できない点があるって言ったけど。」
「そういえばそんなことも言っていたな。」
「実はそこだったのよ。」
今度はガングートが私に問うた。
「…と言うと?」
「いや、好況時に金融引き締めとか緊縮財政とかで…お金を吸い上げて景気を冷やすって言うけど、好況の時に、経済が上手く行ってるときに何で景気を冷やさなくちゃいけないのかなって。」
「これって、ただ経済の足を引っ張ってるようにも見えるのよね。」
「そりゃあそもそも出すものがなければ、お金をばらまくなんてことは…金融緩和とか積極財政なんてそもそもできないだろうけど。」
「それでも地域や国を豊かにしようとするなら、できるだけ金融緩和、積極財政を心がけるべきで、経済活動の足を引っ張るように見える金融引き締めとか緊縮財政はホントに必要なの?って思っちゃうのよね。」
「いや、実は私の納得がいかない点というのも、正にそこなのだ。」
「もう少し正確に言うなら、金融引き締めや緊縮財政が何故必要なのか、素人の私を納得させられるような説明が見当たらなかったことだ。」
「それで『交換』の式、『貸借』の式を睨みながら考え込んでいたのだが…。」
ζ=σδ/(σ+δ)
ρ=δ/(σ+δ)
・δ:借入希望額
・σ:貸出可能額
・ζ:貸出額/借入額(貯蓄額・投資額)
・ρ:利息率
「お前の言う通り、緊縮財政・金融引き締めというのは、金を吸い上げることであり、貸出可能額σを縮小することだ。」
「お前の言う通り、積極財政・金融緩和というのは、金をばらまくことであり、貸出可能額σを拡大することだ。」
「貨幣経済を前提としていなければ、民から物資を徴発したり、逆に民に物資を開放したりすること…になるかな。」
「それで変動するのは貯蓄額・投資額ζであるわけだが。」
「この貯蓄額・投資額ζというのは、もともと貸出額/借入額として導出されたものだ。」
「貯蓄・投資は、貸付・借入としての一面を持っているということになる。」
「このことが、時に緊縮財政・金融引き締めが必要となる理由になっている。」
「貯蓄や投資が、実は貸付・借入だということが?」
「貸付や借入というものは、回収できないかもしれないし、返済できないかもしれないからだ。」
「どれだけ堅実で、確実そうに見えても、投資が失敗する可能性はどこまでもつきまとう。」
「昔日本で、ある政治家がある湖沼の干拓事業を手がけたことがあった。」
「成功すれば水運の利が確保され、食糧の増産も可能になり、社会的・経済的に大きな利益が得られるはずだった。」
「難事業ではあったが、干拓工事は着実に進んでいた。何事もなければ、成功する見込みは十分にあった。」
「だがその何事かは起こってしまった。」
「洪水が発生したことで、干拓工事は大失敗に終わってしまったのだ。」
「干拓工事には…この公共投資には巨額の資金が投入されたが、投資が回収されることはなかった。」
「決して実現不可能な事業ではなかったし、事業を進めていた人間の側に特に落ち度があったわけでもない。」
「だがこの事業は洪水によって、
「今度はアニメの話になるが。」
「領主の娘が…というか、領主が領民のためにまとまった金を必要としていた。」
「そんな時、領主の仲間がどこからか宝の地図を見つけてきた。」
「宝というのは一種の貯蓄だな。」
「そこで領主は仲間と共に宝探しの冒険に繰り出した。」
「結構危険な目に遭いながらも、なんとか宝の在処にたどり着いた領主たちだったが…。」
「そこにあった宝は薬草や香辛料の類。秘蔵された当時は貴重だったかもしれないが、今では容易に手に入るような物だった。」
「その宝はそこに退蔵されているうちに、すっかり価値が下がってしまっていたというわけだ。」
「貯蓄という行為も、ただ
「ちなみにこのエピソードでは、金の問題はどうにかなった。」
「投資や貯蓄が失敗して、そこから十分な価値を回収することができなければどうなるか。」
「それは出せると思っていた金が出せなくなると言うことを意味している。」
「それは一旦拡大した需要能Wが急激に縮小することを意味し…
「しかもこうした失敗は、人間の側に
「成功するか失敗するか見通しが立たなければ、そして失敗が恐ろしければ、自然と行動も慎重に、消極的になる。」
「すると金融引き締めや緊縮財政といった行動は…投資や貯蓄に対する、慎重な姿勢の表れということになるな。」
人間社会では『交換』と『貸借』は必ず行われている。
それで『貸借』という行為の原型は「何かをしてもらう代わりに
※貸借のからくり
ζ=σδ/(σ+δ)
ρ=δ/(σ+δ)
・δ:してもらいたいこと、その効用
・σ:実際にできること、その効用
・ζ:実際にしたこと、してもらったこと、その効用
・ρ:利息率≡お返しをするとき、どのぐらい効用が上乗せされるのか
ここでしてもらいたいことや、実際にできることの効用を金銭で量ることにすると。
ζ=σδ/(σ+δ)
ρ=δ/(σ+δ)
・δ:借入希望額
・σ:貸出可能額
・ζ:貸出額/借入額
・ρ:利息率
一地域とか一国にまで範囲を広げてこの式を見ると、貸出額/借入額ζは、その地域、国で行われる投資や貯蓄の総額ということになる。
金融政策とか財政政策という行動は、貸出可能額σを制御して、投資額/貯蓄額を制御する行動だ。
ちょっと悪い言い方だけど、お金を市中にばら撒いて投資額/貯蓄額を拡大させて国や地域を豊かにする金融緩和・積極財政の意義はわかる。
一方、市中からお金を吸い上げて投資額/貯蓄額を縮小させる金融引き締め・緊縮財政の意義はわかり難い。
でも投資や貯蓄が元々貸付・借入なのだと考えれば…。
貸付・借入の回収とか返済は、将来において行われることだ。
でも、将来において本当に回収や返済ができるのかどうかは確実ではない。
それで貸付・借入が回収・返済できなければ―――投資・貯蓄が失敗すれば、その失敗は需要能Wを直撃し、恐慌の引き金になり得る。
投資・貯蓄は上手く行けば国や社会を豊かにするけれど、失敗すれば恐慌という無惨な結果をもたらしうる。
しかも、投資・貯蓄が本当に上手く行くのかどうか、前もって予測することは困難だ。
だから社会は、投資とか貯蓄に対してはある程度慎重な姿勢を取る必要がある。
その慎重な姿勢を示す行動が、金融引き締め・緊縮財政…ということになる。
金融引き締めも金融緩和も、どちらも必要な選択肢だと言うことは納得できた。
緊縮財政も積極財政も、どちらも必要な選択肢だと言うことは納得できた。