経済学の話をするガングートとイントレピッド   作:ヒルベルト

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経済学的に見たナンパについて、転売ヤーを野放しにできない理由について、雇用について。それから、話の締め。

お酒も入っていたはずなのだけど、あまり酔いは回ってなかった。

ガングートの話を聞いたり、ガングートに質問したりして、思ったほどビールが進んでなかったのかもしれない。

 

おにぎりを咀嚼しながら、ふとガングートがお話の初めの方で言っていたことを思い出した。

 

富とは、豊かさとは「何かができること」である。

成功とは、昨日できなかったことが、今日()()()ようになること。

失敗とは、昨日できたことが、今日()()()()なってしまうこと。

「いつも通り」とは、昨日できたことが、今日も()()()ということ。

 

経済学とは、失敗を回避し、「いつも通り」を維持し、成功に至る路を模索する学問である。

経済学は、決して銭金(ゼニカネ)のこと()()に関わる学問ではない。

経済学は人間が、私たちがこの世に在って為すこと全てに関わる学問なのである。

 

 

経済学は人間が、私たちがこの世に在って為すこと全てに関わる学問なのである。

 

おにぎりを飲み込んで、私はガングートに尋ねた。

「ねえガングート、経済学の話と言うことで、さっきから好況・不況は何故起こるのかとか、金融政策とか財政政策の意義とか、交易・貿易とかについて話をしてきたわけだけど。」

「これって、何て言うか…一国とか、国と国との間とか、大きな範囲を見る話よね?」

「あなたは、経済学とは私たちがこの世に在って為すこと全てに関わる学問なのだ、とも言ってた。」

「経済学を通して、もう少し身近な事柄を見たら、どんな話ができるのかしら?」

 

ガングートは少し考えて…。

 

 

※『交換』のからくり

Q=SDW/(CD+WS)

P=CDW/(CD+WS)

 

・D:需要規模(典型的には、需要者の人数)

・S:供給規模(典型的には、供給者の人数)

・W:需要能(財貨・サービスを得るためにできる仕事量、出せる金額)

・C:費用(財貨・サービスを生産・調達するために必要な仕事量)

 

・Q:財貨・サービスの生産量

・P:価格

 

※『貸借』のからくり

ζ=σδ/(σ+δ)

ρ=δ/(σ+δ)

 

・δ:借入希望額(してもらいたいこと、その効用)

・σ:貸出可能額(実際にできること、その効用)

・ζ:貸出額/借入額(実際にしたこと、してもらったこと、その効用)

・ρ:利息率

 

 

「…何の話をするにしても、この式が基礎になる、ということなのかしら?」

「まあ、そういうことだ。」

 

ガングートは話を続けた。

「自分で言うのも何だが、この式で使われている各変数が意味するところはかなり漠然としている。」

「例えば費用Cだが、これはある話では金額だったり、別の話では生産に投入される仕事・労働だったりした。」

「需要規模Dは、典型的には需要者…()()()()()だったが、()()()()()()()()()()()()だと解釈されても構わない。」

「財貨・サービスの生産量Qにいたっては、ダルニツキー450g、ヴォートカ1800ml、スマートフォン1個を()()()()()()…というようなデタラメを許容している。」

 

「だからこそこの式には色々な事物を代入できる。具体的な数値で測ることが出来ないような事物、大きいとか小さいとか、高いとか低いとかしか言えないような事物を代入することができる。」

「もちろんそれで具体的に、正確に経済の状態や動向を記述することはできないが。」

「それでも、今見ている経済の状態や動向が()()()()()()()()()()()()()()()()一助にはなる。」

「『正確に間違う』ことを避け、『漠然と正しく捉える』ことを目指す、というわけだな。」

 

…やっぱりうちのガングートはケインジアンみたいだ。

 

「それで、経済学的な視点からどんな『身近な事柄』を見るか、だが…。」

「そういえばこの前、金剛が他所の艦娘を口説こうとして失敗した、という話を聞いた。」

 

その話なら私も金剛自身から聞いた。

先にも書いたけど、岩川台営業所(うち)はこういう事柄には寛容な場所だ。

だから例えば長門と陸奥が日々子作りに励んでいるとか、あるいは長門も陸奥も伴侶不在の寂しさを武蔵の体で癒やしてるとかいうような話は、うちでは特に隠し立てするような話じゃない。

(そのことで興奮した大和が武蔵を()()()()()()()()()()()()()()()()というような話も、ね。)

「比叡には()()()()()()()謝って、この浮気を許してもらえマシタ。今夜、提督にも浮気なワタシを()()()()()()()()してもらいマス。」

…と、金剛は上機嫌に話していた。

 

「まずは『誰かを口説くこと』を経済学的な視点から見てみよう。」

「ええ?」

「どうした?」

「いきなり身近な話すぎない?さっきまで一地域・一国の好況・不況とか、国際間の経済活動の話だったのに。」

 

「経済学とは、我々がこの世に在って為すこと全てに関わる学問だ。」

「ならば当然『誰かを口説くこと』も経済学的な考察の対象になる。」

「…まあ、私の考察が本当に妥当なものかどうかは保証の限りではないがな…。」

 

 

Q=SDW/(CD+WS)

 

・D:需要規模(典型的には、需要者の人数)

・S:供給規模(典型的には、供給者の人数)

・W:需要能(財貨・サービスを得るためにできる仕事量、出せる金額)

・C:費用(財貨・サービスを生産・調達するために必要な仕事量)

 

・Q:財貨・サービスの生産量

 

「『誰かを口説く』というのは、相手と交渉して例えば相手の連絡先とか、楽しい夜の一時とか、長期にわたる(かもしれない)お付き合いとかいったサービスを得ようとすることだ。」

「需要規模Dは、口説こうとするヤツは一人だから1。供給規模Sは…場合にもよるが、口説かれる相手は大体一人だろうと言うことで1。」

「需要能Wは相手を口説こうとするヤツの、相手を求める気持ち・欲望の強さを示す。」

「費用Cは、口説かれる相手の、口説きに乗らない・乗れない事情や理由を示す。」

「生産量Qは、口説きが成功したかどうかだから1か0。」

 

「すると、この式はこう書き換えられる。」

 

1=W/C+W 

 

or

 

0=W/C+W

 

 

「それで『誰かを口説く』ということは、この式の条件下でQ=1を目指す行為だと言うことになる。」

「Q=1として、式を変形すると。」

 

1=W/C+W

C+W=W

 

「…この式…何かおかしくない?」

 

「確かに、あまり美しい式とは言えない。」

「だが、この式が等式としてちゃんと成立する可能性はある。」

 

「それは?」

 

「W=∞のとき、そしてC=0のときだ。」

 

「W=∞って…。」

 

「需要能Wは相手を口説こうとするヤツの、相手を求める気持ち・欲望の強さを示していた。」

「だからW=∞というのは『君への想いは無限大!』とアピールしている状態だと言える。」

 

「………。」

 

「いや、陳腐なセリフだということは私も認める。」

「しかしそれはさておいても、W=∞というのは相当無理がある状態だ。」

 

「と言うと?」

 

「W=∞というのは…言うなれば『きみのためなら死ねる』と宣言して、本当に死んでみせるような状態だと考えられる。」

 

「ええ?それ、確かにこの上なく強い気持ちを示してるんだろうけど、ホントに死んじゃったら無意味なんじゃ…。」

 

「そうだ。だからQ=1とするために、W=∞としようとすることは、あまり現実的でないと言える。」

「ならばQ=1とするためにするべきことはC=0としようとすることだということになる。」

「Cは口説かれる相手の、口説きに乗らない・乗れない事情や理由を示していた。」

「だからC=0としようとすることは…観察と会話を通して、その事情や理由を推察し、それを取り除こうとすること…ということになる。」

「『きみのためなら死ねる』と宣言して本当に死んでみせるような真似をするより、まだ現実味はある…と思う。」

 

「うーん…。」

 

「何だ?」

 

「いや、確かに口説きに乗らない・乗れない事情や理由を推察してそれを取り除くって言うのは、『きみのためなら死ねる』と言って本当に死んでみせるより現実的ではあるんだろうけど。」

「それでも相手の事情を推察して、それを的中させるっていうのは、シャーロック・ホームズ並の頭がなければ無理なんじゃないの?」

 

「ううむ…確かに…。」

 

「それに相手に自分の気持ちを伝えるとき、W=∞とまでは行かなくても…本当に死んでみせたりしなくても、『きみのためなら死ねる』という言葉だけでも相手の気持ちが動くことだってありえるでしょ?」

「特にうちの武蔵なら、『お願い!抱いて!抱かせて!』と懇願・哀願したら、必ず応えてくれるし。」

「Q=1とするために、Wを…無限大とまでは行かなくても、大きく見せようとすることは無意味ではないと思うんだけど。」

「だから…。」

 

Q=W/C+W

 

W:相手を口説こうとする気持ち・欲望の強さ

C:口説きに乗らない・乗れない事情や理由の強さ

 

「そしてQは…WとCにどんな数値を代入しても―――正の数値である限りは―――1を超えることはない。」

「だからこのQは『口説きが成功する確率』を示している、と解釈した方が良いんじゃないかしら。」

「それで『口説きが成功する確率』を高めるためには、Wの大きさを相手に見せつけながら、Cを小さく抑え込むことが肝要である…。」

「と、こう考えた方が良いんじゃないかしら?」

 

「…いや、全くその通りだ。」

「数学的に考えれば問題があるかもしれないが。ここはそう解釈するべきだと、私の勘が強く訴えている。」

「先程から偉そうに講釈をたれてきたが、ここに来てお前には教えられてしまったな。」

 

 

ここで私はバドを一口して、ガングートもカールスバーグを一口した。

それから、ガングートは次の話題を提示した。

 

「世上には転売ヤーと呼ばれる人間がいるそうだが、この連中について考えたことがある。」

 

「いちいち確認するまでもないかもしれないが、転売ヤーというのは、例えばコンサートのチケットやら携帯用ゲーム機やらプラモデルやらを定価で大量に買い占めて、(私は使ったことがないが)メルカリなどのサイトで尋常ではない値段で転売して冗談のような利益を上げることを生業としているような連中だ。」

「ちょっとネットを覗いてみると…。」

「コンサートのチケット。どうしても欲しかったから、転売ヤーから10万円で買わざるを得なかった。…定価は5000円だったのに…。」

「楽しみにしてたプラモが店頭にない!メルカリを見たら20万円で出品されてた!酷い!定価は8800円だったのに!」

「まあ、こんな話をちらほら見かける。」

「大体にして、転売ヤーという連中は評判が良くない。」

 

「しかし、その一方で転売ヤーを擁護する見解もあった。」

 

「転売ヤーの話なら私も聞くことがあるけど…良い評判っていうのは聞いたことがないわね。」

「擁護する見解もあったの?どんな見解なのかしら?」

 

安い物を安く買い、高い物を高く売る。

これは自由な市場を支える原理だ。

希少な物は高く、普通の物は安い。

これは自由な市場における摂理だ。

 

転売ヤーは自由な市場を支える原理に従って行動しているだけだ。

そのことによって希少な物…需要が大きい物が高くなるのは、自由な市場においては当然のことだ。

 

社会の原理に沿って行動し、当然の帰結が生じたからと言って、何故転売ヤーが非難されなければならぬのか。

 

利益を上げることへの非難は、利益を上げられなかった者…愚劣で怠惰な負け犬どもの遠吠えだ。

転売を禁止することは、自由な市場を支える原理の否定であり、自由そのものを否定し踏み躙る行いだ。

 

「…まあ、こんなところだ。」

「原理や摂理として挙げられたことは間違ってないと思うんだけど…何なのかしら、この釈然としない感じは。」

 

「実際、安く買って高く売ることは自由市場の原理と言っても良いし、希少な物が高く、普通の物が安いと言うことは確かに自由市場の摂理と言っても良い。」

「だがそれでも、社会には転売ヤーを野放しにはできない理由があるのだ。」

 

 

※『交換』のからくり

Q=SDW/(CD+WS)

P=CDW/(CD+WS)

 

・D:需要規模(典型的には、需要者の人数)

・S:供給規模(典型的には、供給者の人数)

・W:需要能(財貨・サービスを得るためにできる仕事量、出せる金額)

・C:費用(財貨・サービスを生産・調達するために必要な仕事量)

 

・Q:財貨・サービスの生産量

・P:価格

 

※『貸借』のからくり

ζ=σδ/(σ+δ)

ρ=δ/(σ+δ)

 

・δ:借入希望額(してもらいたいこと、その効用)

・σ:貸出可能額(実際にできること、その効用)

・ζ:貸出額/借入額(実際にしたこと、してもらったこと、その効用)

・ρ:利息率

 

「ここで転売ヤーが跋扈する状況という物がどんな状況なのか、確認してみよう。」

「転売ヤーたちは財貨を買い占め、需要者…顧客が財貨を手に入れることを妨げる。」

「必要な財貨を手に入れられない顧客は…。」

「誰でも良い!売ってくれ!金ならいくらでも出す!…と、言い始める。」

「…こうして需要能Wが拡大する。」

「需要能Wが拡大しても、転売ヤーたちが買い占めた財貨が増えることはない。」

「つまり生産量Qは増加しないし、生産規模Sも拡大しない。」

 

「需要能Wや需要規模Dが拡大したにもかかわらず、生産量Qや生産規模Sが変動しない状況と言えば…。」

「独占・寡占…よね。」

 

「その通り。」

「だが独占・寡占を行っているのが独占企業(メーカー)や国家・国営企業なら。」

「(独占という)過ちをただ認めて、次への糧と…」

「…違った、その過ちを改め、生産・供給を拡大させる可能性はある。」

 

「それに対して、転売ヤーたちはどうだろうか?」

「転売ヤーたちに、アイドルやアーティストのコンサート・ライブを企画し、実行することができるか?」

「転売ヤーたちに、プラモデルを生産することができるか?」

「転売ヤーたちに、携帯用ゲーム機を生産することができるか?」

「と言うか、転売ヤー達の側に、そんなことをする義理などあるか?」

 

「転売ヤー達がいくら利益を上げたところで、社会の生産力は拡大しないし、社会において問題となっているであろう供給不足の問題が解決されることはない。」

「転売ヤー達がしていることは結局、全く何の意義も意味もなく財貨の価格を吊り上げることだけだ。」

「転売ヤー達がしていることは、誰も歓迎しないインフレーションをもたらしているのだ。」

 

「それだけではない。」

「これは私が悪い方に考えすぎているだけなのかもしれないが。」

「転売ヤー達が財貨を買い占めることによって、顧客の需要能Wは拡大する。」

「売ってくれ!金ならいくらでも出す!…顧客がこう言い続けることによって、需要能Wは拡大する。」

「物質的・物理的・その他現実的な限界を無視して、需要能Wは拡大し続ける。」

「金ならいくらでも出す!…顧客がこう言うとき、出すための金が必要とされる。」

「すると借入希望額δは大きくなる。」

「すると利息率ρが上昇した上に、貸付額/借入額ζも増大する。」

「利息が高くて回収できるかどうかわからない貸付、利息が高くて返済できるかどうかわからない借入が増大してしまうのだ。」

「これは、社会にとっては非常に危険な状態だ。」

 

「ええと…こういうことかしら?」

「転売ヤー達がいくら儲けても、供給不足という問題に対して何かしてくれるわけじゃない。」

「転売ヤー達がいくら儲けても、物は足りないまま、物の値段は無意味に高くなるだけ。」

「しかも買い占めによって、需要能Wが現実を無視して大きくなることで…不況・恐慌が生じる危険性を高めてしまう…というわけね?」

 

「そういうことだ。」

 

 

 

「あと、雇用というものについて一つ思う所がある。」

「雇用について?」

 

「うむ、雇用というものについては、大抵『労働市場』という言葉が使われている。」

「『労働市場』という言葉には、資本家が労働者を…と言って悪ければ、労働者の労働力を『買う』というイメージがある。」

「だが『労働力を買う』というのはどういうことなのだろうか?」

「イントレピッド、ちょっとお前の『労働力』をテーブルの上に出してみてくれ。」

 

「え?何言ってるの?意味がわからないんだけど。」

 

「そう、意味がわからない。『労働力』というものは、人間から(我々は人間ではないが)切り離して取り出したりすることはできないからだ。」

「しかし『労働市場』とか『労働力を労働者から購入』とかいう言葉遣いをするとき、『労働力』というものが労働者という人間から切り離して扱うことができるような印象を受けてしまう。」

「私がお前に何か仕事を頼みたいと思っていたとしよう。」

「そこで私がお前にこう言ったとする。」

「イントレピッド、お前の力を…」

「…この後に続く言葉は何だと思う?」

 

「普通は『貸してくれ』かしら…あ。」

 

「そうだ、だから雇用というものは、資本家が労働者から『労働力を購入』することではなく、労働者から『労働力』を、『労働』を『借りる』ことなのではないか。」

「雇用という活動は、『貸借の式』を通して見られるべきことなのではないか、と思ったのだ。」

 

ζ=σδ/(σ+δ)

ρ=δ/(σ+δ)

 

・δ:労働者にしてもらいたいこと、その効用

・σ:労働者が実際にできること、その効用

・ζ:雇用量

・ρ:賃金を示す量(賃金そのものではない)

 

「これが、雇用という活動を観る式…になる。」

「雇用が実は『貸借』なのだとすると、資本家は賃金さえ支払えば『労働力』・『労働者』を如何様にも使用・収益・処分できる、という見方はできなくなる。」

「そして『賃金』として労働者に支払われる貨幣は『借用証』にすぎないことになる。」

「だから資本家は、労働者に対して賃金を支払ってそれだけで済ませるのではなく、『借用証』としての賃金を出した上で、『実を伴った返済』を行わねばならないのだ。」

「例えば…『賃金』を使うための時間を確保する(休日というものを確保する)。労働者が必要とする財貨やサービスを(支払った賃金で)手に入れられるようにする。そのために他の資本家と協力し、可能であれば自前で用意する…と言ったところかな。」

 

「マルクス経済学の話に出てくるような資本家って、何かやたらと労働者をこき使ったり、他の資本家と揉めたりするものっていうイメージがあるんだけど。」

「雇用という活動を『貸借』だと解釈するだけで、ずいぶん丸くなったような感じがするのね。」

 

「うむ…そうだ、マルクス経済学と言えば…。」

「マルクス経済学では、資本家は労働者を過剰に働かせることによって利益を上げようとする、とされている。」

「こうして労働者を過剰に働かせることを搾取と呼んでいるわけだが。」

「この『搾取』を、この式を通して見ると…労働者が実際にできることσに対して、労働者にしてもらいたいことδが過剰な状態である、ということになる。」

「それは利息率であるρがとんでもない高率になるということであり、資本家が労働者から、利息が高すぎて返済できるかどうかわからない借入をしている状態だと言うことになる。」

「すると革命とは、労働者による、資本家に対しての強制執行がその本質なのだ、ということになるな。」

 

ガングートはここで「革命の本質」について言及した。

これは私の勝手なイメージだけど、ソヴィエト・ロシアの艦娘が「革命とは?」という問題について言及するのは、かなり大胆なことのように思えた。

 

ガングートはグラスを空けて、また言葉を続けた。

「どれだけ時代が変わっても通用する『経済に対するものの見方』を、と言うところから始めて、『交換』を見る式、『貸借』を見る式を導出した。」

「それから、好況や不況が生じる仕組み、経済政策というものがどういうものなのか、貿易や交易という行動をどう理解するかという話をした。」

「さらに、『誰かを口説く』という行動について、転売ヤーを野放しにできない理由について、雇用という行動をどう理解するかという話をした。」

 

※『交換』のからくり

Q=SDW/(CD+WS)

P=CDW/(CD+WS)

 

・D:需要規模(典型的には、需要者の人数)

・S:供給規模(典型的には、供給者の人数)

・W:需要能(財貨・サービスを得るためにできる仕事量、出せる金額)

・C:費用(財貨・サービスを生産・調達するために必要な仕事量)

 

・Q:財貨・サービスの生産量

・P:価格

 

※『貸借』のからくり

ζ=σδ/(σ+δ)

ρ=δ/(σ+δ)

 

・δ:借入希望額(してもらいたいこと、その効用)

・σ:貸出可能額(実際にできること、その効用)

・ζ:貸出額/借入額(実際にしたこと、してもらったこと、その効用)

・ρ:利息率

 

「どの話をしたときも、私はこの式を用いた。結局私の話は、この式の使い方についての説明だったような気がする。」

「この式はいくつかの変数から構成されているわけだが、本格的な経済学の教科書で用いられている式と違って、各変数が何を示しているのかが明瞭に定まっているわけではない。」

「まあ私自身、この式を高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変(行き当たりばったり)に用いてきたわけだ。」

「この式は、そういう使われ方を許容する式だ。」

「もちろん本格的な議論や、具体的な政策立案の場でこんな式を用いるのは問題だろう。」

「だがこの式は、この世界に生きる一個人が、私的に目の前で展開している現実の動向を()()()()()把握し、理解する一助にはなるとは思う。」

 

「まあ標語的に纏めるなら…。」

「この公式を心のポケットにねじ込んで、市場(マーケット)に行こう。」

「…と言ったところかな。」

 

…と、言ったところでガングートによる経済学の話は終わった。

 

その後私たちは、何杯かビールをお替わりして、ここに詳しく書くのは憚られるような話―――Admiralって、肉食獣に貪られる草食動物みたいよね、というような話で盛り上がってから、宿舎に帰還した。

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