これは共和国の一警察官の物語である
洞窟内は暗く、水が滴る音しか聞こえない。
手首は壁に打ち付けられ、動くこともままならない。
僕に名前はない。ただ忌子だのなんだの言われてきた。
洞窟の外の世界はしらない。ここから出たことがないから。
誰かが入ってくる。ご飯はただ投げ込まれるだけで、人が入ってくるときは決まって僕は殴られたり蹴られたりされた。
そして緑色の長い服を着た男の人が入ってきた。
僕はこれから受けるかもしれない凶行に対して何も考えることはできず、ただ身を縮こまらせた。
だけど、この人は何もしなかった。
「あー、おほん。共和国刑法に則り、不法非監禁者をこれより保護する。同志……オニ?ついてきたまえ。」
ーーーー
ガタガタと揺れつつ、車は辺境へと向かっていく。
「全く、こんなに長い時間車に乗るとは思っていなかったよ。」
やぁ、諸君。私は国家保安委員会治安管理庁二課*1機動隊隊長ニコライ・ヤゴーダ。今日は比較的厄介な仕事のために辺境に向かっている。
「同志ヤゴーダ、こちらの書類を。」
「ありがとう、同志グラジエフ。」
彼はグラジエフ、同志セルゲイ・グラジエフ。私の副官だ。
彼は頭が良いばかりではなく、腕っ節も良いし口が硬い。口が硬いというのはこの業界では非常に重要なことだ。口を滑らせて機密事項を少しでも喋れば内務人民委員会*2に粛清されてしまう。。
「さて……今回の仕事はずいぶん厄介だなぁ……そう思わないかね?」
「全くその通りです、同志ヤゴーダ。」
「忌み子……理解できない習慣だ。今の時代になってもこのような愚かしい迷信に囚われるなど、理性が足りないのではないか?」
「おっしゃる通りです。同志ヤゴーダ。」
仕事の内容は辺境にある小さな村の調査。以前よりその村周辺では失踪者が多く、中央政府*3はこれまでずっと事故だと思い込んでいた。そこで一つの密告が踊り込んできたのだ。
曰く、村は見知らぬ神を信仰し、理不尽な基準で人であるかどうかを判断し、人で無いとされたものは監禁の末殺されたという。
これに驚いた中央政府はすぐさま国家保安委員会に調査を命令した。そして我々がここにいるってわけだ。
「全く……これさえなければ我々は今頃家であったかく過ごせていたのになぁ?」
「えぇ、同志ヤゴーダ。もうすぐ聖誕祭*4ですからね。この仕事が上手くいけば貴方の娘さんに良いプレゼントが買える程のボーナスが入ると思いますよ。」
「そうかそうか……なら頑張らなければな。」
場合によっては村全体を相手取ることになるかもしれないことから機動隊員12名のほか、軍から装甲車を二両借りている。出来ることなら使いたくないが……それは村の人々次第だろう。
ーーー
辺境の村。特別な産業は存在せず、細々と農業を営み、質素に暮らしていた。
その変哲もない村にいきなり二両のトラックと装甲車、そして一両の高級車が現れ、村のど真ん中にある広場に乗り付けた。
高級車からは小汚い印象を受けるロングコートを纏い、バイザー帽子を被った人が二人降りてきた。
一人はスラっとしていて背が高く、整った顔をした男。同志セルゲイ・グラジエフである。そして彼の後に続いて降りてきたのはがっしりとしていて、見るからに益荒男と言った印象を受ける男、我らが同志ニコライ・ヤゴーダである。
侵入者が来たという知らせを受けたのだろうか、村長が慌てて家から出てきて彼らの前に立ちはだかる。
「なんだ君たちは!こんなことして良いと思っているのか!」
村長は顔に汗を浮かべ、如何にもうしろめたいことがあるという様相であった。
ヤゴーダは硬く、冷たい真顔から一転して花が咲いたようなにこやかな顔で話しかけた。
「これはこれは村長殿、我々はこういうものでして……」
そう言って名刺を差し出した。
名刺の上にはデカデカと鎌と槌が交差し、その上に星が掲げられていると言った意匠の紋章の下に
その時数人の村人が息を呑んだのが聞こえた。村長は顔を青くして口の中で小さく「国家保安委員会……!」とつぶやいた。
「さて、それでは本題に入らせていただきます。村長殿、お名前は?」
「オレーク・ムハメトシン……」
村長は震える唇でそう答えた。
「よろしい、同志ムハメトシン。素早くいきましょう。貴方には殺人教唆及び拉致監禁、村人の方々には殺人実行及び暴行とその他多数の疑いがかかっております。」
ヤゴーダは書類に書かれている罪状を淡々とした声で読み上げた。
しかしそのようなことを言われて黙っていられる村長ではない。
彼は大慌てで口を動かして反論する。
「そんなバカな!我々は、ここはただの平和な農村ですよ!そんなバカなことがあってたまりますか!?」
「ほう…平和ねえ……」
今まで黙ってヤゴーダの背後に控えていたグラジエフはそばでやたらとソワソワしていた村娘の肩を掴み、引き寄せた。
引き寄せられた彼女は「キャッ!」と小さく悲鳴をあげるものの何もできなかった。所詮一介の村娘では幾多もの修羅場を潜ってきた軍人には勝てないのだ。
グラジエフは彼女が背後に隠していた手を引っ掴み、無理矢理上げさせた。
その手には血も凍るような冷たさを伴う細長い刃物が握られており、それはとても“ただの平和な農村”に存在して良いようなものではなかった。
「これを持って街を彷徨く女性がいるような街が平和な街だって?」
グラジエフはそう言った。
「同志ムハメトシン。貴方と彼女の罪状が一つ増えましたな。」
「そんな、ナターシャ!」
村長は顔をさらに青ざめさせた。これで逮捕は確実になったからだろうか?いや、本当の理由はわからない。
「同志ムハメトシン、村長になるにあたって貴方は法律についてのお勉強をなさったはずだ。そこで貴方に質問したいことがある。」
「なんですか…?同志国家保安委員殿…」
村長は項垂れながら答えた。彼の心の中はきっと強く揺れ動いていることだろう。自分の、村の秘密が漏れてしまわないか、何より自分は逮捕されるのか。
「共和国刑法第三部二十五条*5の内容を教えていただきたい。」
「共和国刑法第三部二十五条……規定以上の刃渡りを持つ刃物もしくは魔剣に類いするもの及び魔法杖、銃器の所持には許可証が必要……」
「わざわざありがとう、同志ムハメトシン。ところで彼女は許可証を持っていらっしゃるかな?」
「持って……ない…」
「大変よろしい。それでは同志グラジエフ。彼女をトラックに乗せたまえ。」
「了解しました。同志ヤゴーダ。」
グラジエフは彼女を機動隊員も乗っているトラックに押し込み、手錠で荷台に拘束した。
その時、ヤゴーダは幾人の村人と村長が同じく背後に手を回し、何かを探っている気配を感じた。
「おっとっと、これは何かな?」
そう言って適当な村人の手をまたもや引っ掴むと、その手の中には小型の銃器があった。
「バカなことはしないほうがよろしい。我々だって丸腰ではないからな。」
そういうと同時にトラックからは大盾と装甲服を纏った機動隊員がぞろぞろと出て来て村人たちに対して銃口を向け、装甲車もその機関砲塔を回し、村長へと向けた。
村長はついに心が折れたのだろうか。がっくりと項垂れ、自白した。
「もうおやめください…これ以上この老いぼれと哀れな村をいじめないでください……何もかも申し上げますからどうか武器を納めてください…」
「よろしい、それではゆっくり話をしようではないか。機動隊!村長殿をルビヤンカ*6に案内して差し上げろ。もちろん武器を違法に所持している村民たちもだ。同志グラジエフ、君は私と来てくれ。」
「「はい、同志ヤゴーダ」」
ーーー
今回の仕事はやりやすいものだった。村長殿の精神が弱くて助かったよ。これで聖誕祭までには家に帰れそうだ。
「同志ヤゴーダ、こちらへ。」
「今行く。」
グラジエフが何かを見つけたようだ。足の踏み場もないほどに荒らされた部屋を横切り、グラジエフがいる寝室へと向かう。全く誰がこんなに荒らしたんだ………私たちがやったんだったな。
「少し手を貸してください。私一人では持ち上がらなくて…」
そこではベッドを持ち上げようと格闘しているグラジエフの姿があった。
「何をしているんだ君は……」
「先ほどあそこの戸棚で家の設計図を見つけたんです。そこにはベッドの下が洞窟に繋がっていて、そこが隠し部屋になっているようです。」
「よしわかった、少しどいてなさい。」
このベッドは床にはめ込まれている。きっと何かの仕掛けで開くものなんだろうがそれを探すのも面倒だ………だから吹き飛ばす。
私はベルトにくくりつけてある手榴弾を4つ取り出し、それをベッドのそれぞれの面に一つづつ置いて、爆発させた。
「けほっ、けほっ、おことばですが同志ヤゴーダ。これはあまりにも強引すぎます。」
ほこりが舞、近くに散乱していた紙束が空高く吹き飛び、ベッドは跡形もなく消えていた。
「ゲホッ!ゴホッ!そうだな、もうしないことにしよう。同志グラジエフ。ゲッホッ!ゴホッ。」
ほこりを吸い込んで思わず咳き込んでしまう。こんなことになるんだったらやらなければよかったな……良い案だと思ったんだがな………
ともかく、ベッドがあった場所には地下へと続く階段が現れた。
グラジエフの方を見て、目で“行くぞ”と伝え、サーベルと拳銃を抜いて警戒しつつ下へ降りていく。
隠し部屋はどこまでも静かであった、水が滴る音以外は何も聞こえない。部屋には台に乗っている首の取れた人形が一つ、そして本棚がいくつか、そして黒檀の上等な机と椅子の他には何もなかった。
まずは明らかに怪しい人形に近づき、注意深く調べた。どうやらこの人形は台にくっついているようだ、いくら引っ張っても取れない。次に首を差し込んで、一周まわしてみると……
壁が重々しい音を立てながら開いた。
こんなカラクリが一般家庭にあるとは、実に驚くべきことだ。
開いた壁の先の部屋には書類棚がびっしりと壁に敷き詰められていた。
「同志グラジエフ、手分けしてこいつらを見てみよう。」
「はい、同志ヤゴーダ。」
書類棚の一つの適当な引き出しを開けるとその中には何枚かの書類があった。それは形式張った様子で記入されており、どうやら“悪魔”とされた人を“祓った”……つまり殺したんだろうな……者の名が記されていた。きっと“祓った”奴には褒美かなんかがあったんだろう。
「これは仕事がだいぶ楽になるな。そう思わないかね?同志グラジエフ。」
「ええ、同志ヤゴーダ……ところでこれをご覧ください。」
そう言ってグラジエフは書類を一枚渡して来た。そこには“悪魔”を“祓った”のではなく“封印” したと記入されている。
「オニ……?変な名前をしているな。しかしこいつだけ封印か。何かあるんだろうか?」
「おことばですが同志ヤゴーダ、それはおそらく正式名ではなく一時的な呼称に過ぎないと思われます。そして何故封印されているかは実際に見て確かめるほかないのではないでしょうか。」
「確かにそうだな、同志グラジエフ。で、そいつはどこに封印されてるんだ?」
「村の西にある洞窟だそうです。同志ヤゴーダ。」
ーーーーー
トラックに満載された村人と共に車列は山を登っていく。
山道は蛇やみみずのように曲がりくねっており、さらにまともに舗装されていない。こんなところに車でくるんじゃなかった、グラジエフもヤゴーダも機動隊員たちもみんなそう思っていた。
「あぁ、畜生。せっかくの良い車なのに泥で汚れちまった。」
ヤゴーダはイラついているのか口が荒くなっていた。まさか村の西の洞窟というのがこんな山奥にあるとは思わなかった。
隠し部屋で見つけた書類によると村人たちは“悪の抑圧”と称して日常的に暴行をふるい、飯もやっていたそうだからてっきり通いやすい場所にあるのかと思っていたが、今思えば悪魔を村の近くに居させるわけがなかった。
車に揺られて1時間弱、曲がりくねった山道を走り続けたせいかグラジエフはすっかり参ってしまっていた。
「………同志ヤゴーダ……まだですか……?」
「あぁ、まだだ同志グラジエフ。しかしもう少しで着くんじゃないか?」
「貴方三十分前にも同じこと言いましたよね……」
「そうだったかもな。しかし今度こそもう少しで着くぞ。」
そう言って車窓から首を出し、山の中腹を見つめる。そう、1時間かかっても中腹にもたどり着けてないのだ。
それはそれとして、そこには大きく口を開けた怪物のような洞窟があった。
そして十分後、ようやく車列は洞窟の前に到着し、私と同志グラジエフは降車し、十二人の同志機動隊員の諸君もそれに付き従い、トラックの荷台から降りたった。
「よーし、機動隊員諸君。四人はここに残って逮捕者を監視しろ。あとの八人は私たちについてこい。」
そういった後、私たちは洞窟の中へと入っていった。
ーーー
洞窟の中はお世辞にも快適だとは言えなかった。湿気がたかく、岩肌を伝いながら深部へ降りていくと空気は冷えていくものの掻いた汗が全くと言っていいほど蒸発してくれず、そのため服が体にまとわりついて気持ち悪い。
洞窟の中を歩き続けて十分ほど、ようやく最深部と思われる場所についた。
しかしそこには鋼鉄の壁がドン!と鎮座しており、進めない。
「同志ヤゴーダ、こんなこともあろうかとこちらをご用意しておきました。お使いください。」
そういってグラジエフが差し出したのはテルミットだった。
数分後、無残にも黒く焼け焦げ、大きな穴が開いてしまった鉄壁を後ろに隊列はさらに進んでいく。
「同志グラジエフ、どうやって村人たちがここに通っていたか後で聞き出そうじゃないか。」
「そうですね、同志ヤゴーダ。次の調査の時にもう一回ここまで来るのはごめんです。」
愚痴をこぼしながらも彼らは洞窟の奥へ奥へと進んでいく。
さらに数分後、ついに目的地へと彼らはたどり着いた。鉄の檻の中に入っている白髪赤目の少年。モスコグラード*7ではあまり珍しくないアルビノである。
「この程度のことで悪魔だと?フン、笑わせる。」
ヤゴーダは鼻で笑いつつそういった。
腰のホルスターから拳銃を抜き放ち、鍵に向かって素早く一発撃った。
そうすると元からさびていた鍵は脆くも砕け散り、今や彼らの行く手を阻むものは何もない。
「あー、おほん。共和国刑法に則り、不法非監禁者をこれより保護する。同志……オニ?ついてきたまえ。」
ーーー
翌日、早朝。
モスコグラード ルビヤンカ 国家安全保障庁*8
「なあ、同志グラジエフ。このガキ……いや子供…どうするんだ?」
そういって困っているヤゴーダの足元には彼のアイロンがけをした清潔なズボンにしがみついているオニがいた。
「なついてしまわれたようですね、同志ヤゴーダ。」
被害者の生き残りであるオニ以外すべての村民はこれからシベルスカヤにある強制労働収容所に送られ、犯した罪を国家への無償奉仕によって償うだろう。
しかし子供たちはなんの罪も犯していない。
少なくとも罪を犯したとする証拠を見つけることはできなかった。
なので全員国営養護施設に送られるはずだったのだが……
「ええい、離したまえ。ズボンの裾が伸びてしまうじゃないか!」
忌み子として監禁されていた彼だけはヤゴーダの足にしがみついて離れず、困っているというわけだ。
他の子供たちはおとなしくバスに乗り込み、発車を待っているが、彼だけはどうしてもヤゴーダにしがみついて離れない、まるでコアラのように。
「おことばですが同志ヤゴーダ、いっそ引き取ってしまってはいかがでしょうか?貴方はかねてより男の子を欲しがっていたではありませんか。しかも私の記憶が間違っていなければ機動隊長の給料は決して悪くなかったはずです。娘さんのクリスマスプレゼントにちょうど良いのでは?彼女も兄を欲しがっていたでしょう。」
「まぁ、確かにそうだがね……そんな玩具を買う感覚で引き取るのはどうかと思うが」
「一旦引き取って、ダメだったらまた施設に送りつければいいじゃありませんか。」
「君は家族を持ったことがないからそんなことを言えるんだ。一度家族の一員となったからには責任を持ってだな……まぁ、いい。」
彼は足に子供を一人引っ付けたまま歩き出した。
「幸い書類仕事ももう終わったし、私はこのまま役所に養子縁組の書類を出して帰るとするよ。君はどうする?」
グラジエフはその冷たい顔に微笑を引っ掛け、ヤゴーダの隣に並んだ。
「私も帰るとしましょう。その状態では運転もできないでしょう?」
ヤゴーダもまた微かに微笑み、グラジエフの肩を叩いて言った。
「君は本当に気が効くな。運転を頼めるか?」
「ええ、もちろん。」
ニコライ・ヤゴーダ:元軍人、妻帯者、一児の父。多分そのうち二児の父になったりならなかったりする。グラジエフと仲が良く、近所の酒場でよく飲みに行ったりする。今回は言及しなかったが一応熊系の獣人という設定。
セルゲイ・グラジエフ:元軍人、孤児。グラジエフの思慕の念を抱いていたりいなかったり。今回は言及しなかったが長命種のエルフのため短命種の扱いが雑という設定
オニ君:孤児、アルビノ。多分なんか大いなる力を秘めてる(まだなにも考えてない)。ヤゴーダに懐いた、グラジエフになつかなくてよかったね!言及しなかったがオーガ(イケメン)の子供という設定が一応ある。