これが、私達のキセキ   作:チャリタク

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これが、私達のキセキ

 

2021年、6月。中央、トレセン学園。

掲示板に、京都レース場で大会を開くという貼り紙がされた。

鍛え抜かれたウマ娘が集い頂点を目指す、魔境や地獄と称される大会が。

人は、その大会をこう呼ぶ。

 

 

『チャンピオンズミーティング?』

 

 

トレーナー室に集まった、3名のウマ娘が揃って聞き返す。トレーナーは3名をソファーに座らせ、ホワイトボードの前に立ち説明した。

 

 

「あぁ。応募要項見たらオープンリーグはB(ランク)以下って書いてあってさ、ちょうど条件満たした面子が居るし、面白そうだから出てやろうと思って」

 

 

それでこの3人なんだと心の中で呟きつつ、マルゼンスキー・ダイワスカーレット・セイウンスカイは互いを見やる。

出ることに異論はないと判断し、更に続けた。

 

 

「まぁ、どうせどっちのリーグ選んでもガチ勢が猛威振るってくるだろうけどな。

今の実力でどこまでいけるか、試してみるにはちょうどいい機会だ。失うモンなんか何もねーし、行くだけ行ってみようぜ」

 

 

買い物に行くような軽いノリで、彼は朗らかに提案する。けれど言ってることは尤もなので、誰も反対はしなかった。

面子を見渡し、マルゼンスキーが尋ねる。

 

 

「じゃあ、作戦は逃げ切りシスターズってところかしら?」

「まぁそうなるな。差しとか追い込みが有利らしいけどウチで魔境に出せるほどの奴いねーし。3人で逃げて後続との差ぁ広げといて、誰か一人でも逃げ切れたら俺らの勝ちだ。

誰がエースになるかは走れば分かる。そこは当人同士で決めたほうがいいだろ」

「あら意外、先に決めないの?」

「レースは生き物だ。いくら事前に作戦練ったところで、それが実行できる保証はない。

大まかに何したいかだけ決めといてさ、後は状況に合わせて動いた方がいいって」

 

 

口調は朗らかなのに、そう語る目は真剣そのものだった。その対比におかしさを覚え、口角が上がる。

 

 

「……やっぱりトレーナー君って面白いわね。あたしは賛成だけど、二人はどう?」

「いえ、私も異論ありません」

「了解でーす」

「おし、じゃあ解散……しちゃダメだ。そうだ。まだチーム名決めてなかったわ。

強制じゃないらしいけど、付けたらパドックで紹介される時とか勝利インタビューとかで呼んでもらえるんだと。どうする?」

『うーん……』

「どうしたもんかねえ、俺べつに何でもいいんだけど」

 

 

5分ほど悩んだ末、三名からの提案でレグルスに決まった。

 

 

迎えた当日。トレーナーの予想や下バ評通り、大方のチームが差しや追い込みを主軸に据えた構成で来ていた。

談笑する彼女たちから”今回は”という単語を聞き取り、自分たち以外はチャンピオンズミーティング経験者だと知る。

スカーレットが囁く。

 

 

「……どうやら、楽なレースにはならなさそうですね」

 

 

マルゼンスキーとスカイも無言で頷き、気を引き締めてゲートに向かった。

 

 

初日の全レースが終わり、3名が地下通路に帰ってきた。20回出走し、入着こそしたものの勝利数はゼロ。スカイの2着が最高順位となった。

全員にタオルを渡し、控室に戻りつつ振り返る。

 

 

「いやー、全レース最下位も覚悟してたけど意外といけたな! みんなお疲れさん」

「上出来上出来~、セイちゃんよく頑張りました」

「うん、デバフもあってこれならホントに上出来だわ。おかげで誰がエースかも分かったしな」

「うーん、エースって言われると荷が重いんだけど……」

「問題ナッシングよ、あたしがアシストしてあげるわ」

『え?』

 

 

マルゼンスキーの言葉に、スカイとスカーレットが少し驚く。気持ちを代弁するように、トレーナーが聞き返した。

 

 

「いいのか?」

「たとえ妨害スキルが無かったとしても、今のあたしに3200は長すぎるわ」

 

 

彼女の言う通りだ。

普通のトレーナーは、大会のために育てたウマ娘の中から三名を厳選する。けれど自分たちのトレーナーは、たまたま条件を満たしていた三名を出場させた。

なので長距離のレースを走らせるつもりの無かったマルゼンスキーは、メンバーの中で一番スタミナが少ないんだ。

 

 

「ごめんな、大会の存在知ってたらもうちょいスタミナ増やしたんだけど」

「謝らないで。分かってたことだもの。それに可愛い後輩ちゃんが勝てそうなんだし、全力でサポートするわよ!」

 

 

マルゼンスキーの宣言を受け、スカーレットも続いた。

 

 

「あたしが一番になれないのは悔しいけど……これはチーム戦。あたし達が勝つためなら、私もサポートします!」

「まぁそんなわけで、うちのエースはお前だ。絶対勝てとは言わねーけどさ、せっかく参加したんだし決勝目指そうぜ」

 

 

頭の後ろで手を組み、飄々とした顔で答える。

 

 

「にゃははー、これは責任重大ですなぁ」

 

 

けれど、目は笑っていなかった。

 

 

二日目が終わり、変わらず勝利数はゼロ。けれど控室に戻ってきた三人は、それほど落ち込んではいなかった。

 

 

「いやー、全っ然勝てないけどアレだな。スカイは固有スキルさえ発動したら行けそうではあるな。

実際ヴィクトリーショットだけで良い勝負してるし」

「私もそう思うんだけど、どうしても最終コーナーで抜かれちゃうんだよねぇ……」

「こっちからだともう少し後続が来るの遅かったら行けそうに見えたんだが、走ってみてどうだった?」

「トレーナーさんの言う通りだよ。ステータスまでは見れてないけど、たぶん相手の方が早くスパート掛けられるんだと思う。

もし同じ位置で走ってたら、スパートで置いてかれるだろうね」

 

 

椅子の背もたれに身を預け、腕を組み目線を下げる。

 

 

「……それでも後もう少しなのは逃げの恩恵か。偶然とはいえ、この面子で正解だったんだな」

 

 

トレーナーの言葉を受け、三人が考え込む。

ラウンド1が終了し、明日からはラウンド2が始まる。決勝ラウンドに進むには、どうしても1勝しなくてはならない。

当然、勝てなければそれまでだ。

たった一回。されど一回。勝つことがどれだけ難しいか、みんな身をもって体感している。

沈黙を破ったのはスカイだった。

 

 

「お二人に、ちょーっとお願いがあるんです」

 

 

皆の視線を受けた彼女は、頭の後ろで手を組み、笑顔で告げる。

 

 

「私と、ケンカしてくれません?」

 

 

ゲート前で身を寄せ合い、各チームが最後の打ち合わせをしている。マルゼンスキーが囁いた。

 

 

「知っての通り、チャンピオンズミーティングは月間トゥインクルのデジタル速報で毎日レポートされてるの。だからパドックのインタビューも載ってるし、戦績も公表されてる。

あたし達が全然勝ててないことも、知れ渡ってるわ」

『……』

 

 

二人が黙って頷き、目線を落とす。鼓舞するように続けた。

 

 

「だけど、この作戦はまだ誰も知らない。ここで成功させなきゃ勝ち目はないわ。

頼むわよ、スカーレットちゃん」

「はい!」

「それとセイちゃん」

「……はい」

 

 

こわばったスカイに優しく微笑み、ウインクしてみせる。

 

 

「全員出し抜いて、楽しいレースにしましょ♪」

「……!」

 

 

無言で、けれど笑顔で頷き、3人はゲートを睨んだ。

ゲートが開き、全員が綺麗なスタートを切る。

3200m先のゴールへ向けて、まずは位置取りついでに周囲の様子を見ようとする最中。

 

 

「うおおおおおお!!」

『はぁああああああっ!!』

 

 

チームレグルスの3人だけが、雄たけびと共に駆け出して行った。

先行が居ないことも手伝って、後続との差はグングンと広がっていく。

差しや追い込みの集団は不思議そうに顔を見合わせ、ただの暴走だと思い込みペースを下げた。

そしてそれは、観客席から見守るトレーナー達も同じだ。

 

 

「おいおい、あんなペースじゃ最後まで持たないだろ。何を考えてるんだアイツら」

「ふむ……どうやらチームレグルスのメンバーだな。今日のラウンド2まで未勝利。そればかりか、チャンピオンズミーティング初出場ときた」

「勝てないストレスで仲違い、からの暴走か。あの逃げは警戒しなくて良さそうだな」

「あぁ。それより問題は後続だ」

 

 

耳に入ってくるのは、自身のチームを罵る言葉ばかり。もし自分がただの観客だったなら、同じような感想を述べていただろう。

手すりを握り、祈るように見守る。

 

 

(……頼む、このまま行ってくれ)

 

 

『ケンカ?』

 

 

聞き返したマルゼンスキーとスカーレットに、スカイが説明する。

 

 

「はい。と言っても、本当にする訳じゃありませんよ? してる素振りを周りに見せておきたいんです。

これが決まれば、出し抜けるかもしれない」

 

 

その説明で、マルゼンスキーとスカーレットだけは理解した。口角を上げて、目に光が戻る。

 

 

「……いいわね、チョベリグじゃない」

「ごめん待って、全く分からん」

 

 

まだ理解してないトレーナーに、スカイが丁寧に説明した。

 

 

「いいですか、トレーナーさん。私達が今まで捕まったのは、普通に逃げてたからなんです。

最初から協力して逃げてたら、他が黙ってる筈がない。私が追い込みなら、常に射程距離に捉えて走ります」

「……? それとケンカがどう繋がるんだ?」

「チャンピオンズミーティング初出場で、全員逃げで、しかもラウンド2まで未勝利のチームがスタート直後にケンカしたらどう思います?」

「んなもんお前、3人で潰し合うだろうし見送るに決まっ……あ、そうかなるほど! 分かった!」

「そう、それが狙いなんですよ。

みんなに暴走だと思わせて、後ろが大きく離れたところで……」

 

 

『協力して全力で逃げる!!』

 

 

4コーナーを回り、一周目のスタンド前に入った。

マルゼンスキーとスカーレットは競り合う素振りをしつつ、先頭交代してハイペースを保つ。

 

 

(よし、次はここで……)

 

 

二人のすぐ後ろを走るスカイが、トレーナーに目で合図を送る。

受け取ったトレーナーは身を乗り出し、抑えろと叫んで両手を下に下げた。

 

 

「何やってんだ! ペース抑えろ! 最後まで持たないぞ!」

 

 

しかし彼女たちは聞く耳を持たず、競り合ったまま2コーナーから向こう正面に入っていく。

叫んでも届かない場所を走るメンバーを、不安げな表情で見守るしかない。

 

 

「うーん、こりゃダメかな……」

 

 

目に見えて落胆するトレーナーを見て、周りは確信した。

 

『アイツらは暴走してる。こっちが何もしなくても、終盤になれば勝手に落ちてくる。

なら、いつもより遅めに仕掛けても大丈夫だ』

 

「……って、思ってる頃かな」

 

 

三番手を走るスカイがそう呟くと、先頭の二人もニヤリと笑った。

振り返り、後続を確認したスカーレットが返す。

 

 

「みたいですね。この位置でこの距離は"今までなら有り得ない"差ですから」

「ふふっ、セイちゃんの言った通りね。さあ、かっ飛ばすわよ!」

『はい!』

 

 

マルゼンスキーがスパートをかけ、先頭固定でひた走る。

 

 

(今のあたしじゃ、どうやってもゴールまで持たない。なら、2000mを全力で駆ける!)

 

「はぁああああああっ!!」

 

 

後続もようやくギアを上げ、10バ身以上あった差は5バ身にまで詰められていた。

このままいつも通り抜きにかかろうとする。しかしマルゼンスキーの献身的な走りで、三人が先頭のまま残り1000mまで来ていた。

 

 

「はぁ、はぁ……エンジンの違い、見せてあげるわ!」

 

 

違和感に気がついた他チームのトレーナーが、手すりを掴んで身を乗り出す。

 

 

「っ!? マズイ! あの先頭を早く抜かすんだ!」

「マルゼンスキーはともかく、あの二人はまだ・・・!」

『力を残してる!!』

「やっと気づいたか! だがもうおせぇ! 行けスカーレット!」

 

 

スカイに指示された演技を辞めたトレーナーが、口に手を添えて鼓舞した。

声援を聞いたスカーレットも、疲労を滲ませてはいるけど笑顔で応える。

 

 

「はぁ、はぁ……! 言われなくても! マルゼン先輩、後は任せてください!」

「ええ。頼んだ……わよ……」

 

 

力尽きたマルゼンスキーを抜き、固有スキルを発動して加速する。

それでも差が広がることはなく、向こうも意地で詰め寄ってくる。

誰もが必死に走る中、番手につけるスカイに囁いた。

 

 

「やれるだけ、やりました。後は、お願いします……スカイ先輩」

 

 

疲労で揺れる彼女の後ろから覗かせる眼光が、鋭さを増す。後続に追い抜かれるギリギリを狙って、めいっぱい地面を踏み込んだ。

 

 

「ここからぁぁぁぁ!!」

 

 

背後にゴールドシップ達が迫った瞬間、スカーレットを抜いたスカイが、初めて固有スキルを発動させる。

 

 

(アングリング×スキーミング!)

 

 

一瞬、加速力が並ぶ。

しかし次の瞬間には後続を引き離し、差を広げながら最終コーナーを曲がりきった。

そのまま他を寄せ付けず5バ身差でゴールし、拳を天高く突き上げた。

沸き立つ会場に、アナウンスが響く。

 

 

《勝ったのはセイウンスカイ! 見事ライバルに打ち勝ち、大きな一勝を手にしました!》

 

 

拳を突き上げるスカイの写真立てを見て、当時に思いを馳せる。

 

 

(そっか、あれからもう半年か……)

 

 

そこにノックの音が響き、入るよう応じる。

トレーナー室に入ってきたのは、ナリタブライアン、ナリタタイシン、セイウンスカイの三人だ。

三人をソファーに座らせ、簡単に説明する。

 

 

「とりあえず結論から言うと、次のライブラ杯お前ら三人で出るぞ。この中だとブライアンとタイシンは初参加だな」

「ほうほう、てことは今回もオープンリーグですか?」

 

 

スカイに聞かれ、否定して返す。

 

 

「いや、今回からグレードリーグに行く」

『!?』

 

 

何気なく放ったその言葉に、三人が驚いた。

いわゆる"エンジョイ勢"を公言する彼は、オープンリーグを主戦場にして、決勝進出を目的としていた。だから自分たちもそれに従ったし、それなりに勝率もあり楽しんでいた。

そんなトレーナーが、グレードリーグに挑戦すると言ったんだ。

 

 

「Bグループだったとはいえ、前のキャンサー杯でウオッカが優勝してくれたしな。そろそろB級で抑えるのもきつくなってきたし、行ってみようぜ」

「……それ本気で言ってます? グレードリーグはランクの上限がないから、とんでもない化け物が集まる地獄なんですよ?」

「仕方ねーじゃん、だってもうオープンリーグ飽きたんだもんよ。グレードリーグ行かねーでどこ行けと」

「だからって、そんな理由で……?」

 

 

スカイは半ば呆れ、言葉を探そうとして諦めた。

代わるように、黙っていたブライアンが口を挟んだ。

 

 

「ふっ……面白い。動機はふざけてるが、上を目指すという点は気に入った」

「いいね、やってやろうじゃん。どんなデカい奴らが来ても、全員アタシがぶち抜いてやる」

「え、乗り気じゃないの私だけですか……?」

「スカイ。現状だと長距離Sついてるお前が一番強いのよ。ジェミニ杯ん時みたいにさ、出し抜いてやろーぜ」

「……仕方ないなぁ、行ってきちゃいますか」

「よし決まり、本番までに仕上げるぞ」

 

 

やる気になった三人が退室し、頭をかく。

 

 

(あぁは言ったけど……要求されるステータスを見るに、今の俺じゃS級に育て上げるのは不可能だ。

うーむ、あの三人でどこまで行けるか……)

 

 

遠くの空が、曇りはじめていた。

 

 

大会当日。不安は的中した。

ラウンド1に出走した3人は、グレードリーグの洗礼を受けていた。

 

 

『はぁ、はぁ……!』

「はぁ、はぁ……っ! クソっ!」

 

 

ゴール版を通過し、コケそうになりながら減速して止まる。

視線の先には、とても3000mを走った後とは思えないくらい元気な相手チームの面々がいる。

息も絶え絶えで、気を抜けば今にも倒れそうな自分たちとは大違いだ。

 

 

「これはちょっと……次元が違いますねぇ……」

『……』

 

 

膝に手をついて呟くスカイに、沈黙で答える。

酸素を奪われたかのような、強烈な妨害スキルの数々。スパートをかけた時の、圧倒的な加速力。ゴールしてもまだ元気が有り余るほどのスタミナ。

一戦しただけで、全てを理解した。

自分たちとは、住んでいる世界が違う。努力が足りないどころの話ではない。

 

これが、化け物の巣窟(グレードリーグ)なんだ。

 

トレーナーに視線を向ける。彼もまた、格の違いを思い知った表情を浮かべていた。

ようやく息を整え、ブライアンが言う。

 

 

「だが、入着は出来た。可能性はゼロじゃない。

……戦うぞ」

『……分かった』

 

 

感じ取った微かな手応えを胸に、ひたすら走り続ける。

けれど初日に出来ていた入着が、2日目になると手の届かないモノとなっていた。

大会中もトレーニングし、常に進化し続ける相手チームを前に、なす術はなかった。

 

 

『……』

 

 

一言も発さず、三人が地下通路に戻ってきた。怪我こそないものの、心は致命傷を負っている。そう感じさせる足取りだった。

タイシンがブライアンと自身を指さしながら、力なく申し出た。

 

 

「……悪いけど、メンバー変えてくんない?」

「……」

 

 

言葉につまるトレーナーに、ブライアンも言った。

 

 

「もう分かっただろう。今の私たちでは、一着はおろか入着さえも出来ない。

唯一可能性があるスカイを軸にして、作戦を変えたほうがいい」

「……分かった、そうするよ」

 

 

重たい足取りで去る二人の背中に、消えそうな声で謝った。

 

 

「ごめんな、勝たせてやれなくて」

『……っ!』

 

 

肩を震わせる二人を見ながら、視線を逸らさずスカイに囁く。

 

 

「時間かけてゆっくり着替えてきていいぞ。その間に帰り支度してくるわ。

……って、二人にも伝えといてくれ」

「うん、分かった」

 

彼女らが通った足元に、水滴が落ちていた。

 

 

ブライアンとタイシンを寮まで送り届け、スカイと一緒にトレーナー室に戻る。

 

 

「トレーナーさん、どうします?」

「うーん、どうするっつってもなぁ……」

 

 

ソファーに座り、二人とも押し黙ってしまう。

この2日で、試せることは全て試した。何度も作戦会議を開いた。それでも、力の差を覆せなかった。

 

 

『……』

 

 

時間だけが、刻々と過ぎていく。日差しも傾き、室内に日が差し込んできた。

 

 

「っ!」

 

 

天井を見上げてぼんやりしていると、視界の端に眩い光線が入ってきた。思わず目を細める。

立ち上がり、光る写真立ての向きを変える。写真に映る彼女は、夕日と同じくらい眩しかった。

 

 

「そういや、この時はラウンド2でやっと勝てたんだよな」

「そうそう、三人で徒党を組んで逃げ、て……」

「「逃げ!」」

 

 

声が重なり、顔を見合せて指を指し合う。素早くパソコンを起動し、スカイが横に回り込んだ。

 

 

「トレーナーさん、確かあの時って……!」

「あぁ。三人で協調して逃げて、スカイの体力を温存させたんだ……おし、やっぱりだ。今回のライブラ杯で、徒党組んで逃げて勝った奴がいる!」

 

 

パソコンを見ながら、トレーナーはマヤノとスカーレットに連絡を取った。

 

 

そうして迎えた、ラウンド2二日目。三人は協調して走り、貴重な1勝を上げた。

迫るブライアンとゴルシを振り切って、マヤノとスカーレットに託されたスカイが、一着でゴールした。

 

 

《ゴォォォォル!!! 一着はセイウンスカイ!! 一着はチームレグルス所属、セイウンスカイです!》

 

 

沸き立つスタンドを、なかば放心状態で見る。観衆のなかに、涙を流して雄叫びと拳を上げるトレーナーが居た。

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

《チーム全員の力で見事逃げきりました! セイウンスカイ! チームレグルス、グレードリーグ初勝利です!》

 

 

勝った。勝てたんだ。あのチャンピオンズミーティングで、入着しか出来なかったライブラ杯で、一着を掴み取ったんだ。

 

 

「……!」

 

 

喜びが沸き上がる。時を同じくして、アシストで力尽きた二人も帰ってきた。

 

 

「スカイさん……」

「先輩……」

 

 

今にも倒れそうな二人に、右手のVサインを突き出して見せる。

 

 

「いえーい! セイちゃん大勝利ー!」

『っ! やったー!!』

 

 

三人で抱き合い、その場で跳ねまくる。欲しかった勝利が、最高の形で手に入った。

遅れて目の赤いトレーナーも駆けつけ、マヤノがハグの輪から離れ近寄った。

 

 

「あ、トレーナーちゃん! 勝ったよ! マヤ達勝ったんだよ!」

「見てたわこの目で! 三人ともよくやってくれた! さっすが俺の愛バ!」

 

 

鼻声で三人を、力の限り抱き締める。満足げに尻尾を揺らし、会場から暖かい拍手が起こった。

ひととおり落ち着くと少しだけ離れ、拳を天に突き上げる。

 

 

「おし、勝っちまえばこっちのモンよ! 決勝行くぞー!」

『おー!』

 

 

その後、プレッシャーから解き放たれたスカイが二回も一着を取り、満を持して決勝へ進んだ。

決勝こそマヤノの5着が最高順位だったけれど、あのグレードリーグで、決勝の舞台に上がることが出来たんだ。

 

それから1ヶ月が経ち、ブライアンとタイシンはトレーナー室に来ていた。

あの時と同じように、ソファーに座って。

 

 

「既に発表があった通り、次のチャンピオンズミーティングは長距離だ。ライブラ杯と比べてちょっとだけ短くなったけどな」

 

 

ホワイトボードを指差し、二人に告げる。

 

 

「ブライアン。タイシン。獲りに行くぞ」

 

 

あまり見せないトレーナーの真剣な表情を見て、今回のエースが自分たちだと瞬時に理解した。

タイシンが尋ねる。

 

 

「分かった。けどもう一人は?」

「スカイには話をつけてある。スコーピオ杯で見た通り、今の俺ならお前らを強くしてやれる。

オグリで出来たんだから他で通用しないこた無いだろ」

 

 

その言葉で、タイシンとブライアンは記憶を辿った。

ライブラ杯の一ヶ月後に開催された、雨降る芝2000Mのスコーピオ杯。そこでトレーナーに想いを託されたオグリが、決勝でテイオーとの一騎討ちを制してみせた。

ウィナーズサークルに来たオグリは、自分たちにこう告げた。

"道は繋いだ。今度は、君達の番だ"と。

腕組みした服の裾を掴み、ブライアンが呟く。

 

 

「忘れ物を取りに行く、ということか」

「そーゆーことだ。まぁその前に育成の周回が待ってるんだけどな。

結構しんどい思いさせる事になるけど……ついてきてくれるか?」

「ふっ、私達をなんだと思ってるんだ。仕留め損ねた獲物が、目の前にあるんだぞ。

逃がす訳が無いだろう」

「同感。今度こそ全員ぶち抜いてやるんだから、しっかり先導してよね」

「おっしゃ心得た!」

 

 

そうして周回を始めたけれど、一筋縄ではいかなかった。

ブライアンとの周回では、菊花賞のスーパークリークに三冠を阻まれ、

 

 

「アレまじか! ステータスこっちの方が勝ってんのに!」

「まだ足りないという事だろう。次いくぞ」

「クッソ、ごめんなブライアン。今度こそ!」

 

 

タイシンとの周回では、ハヤヒデとチケットの壁に何度もぶち当たった。

 

 

「あの二人強すぎじゃね? 俺が育成した時より動きスゲー良いんだけど」

「それアンタが下手くそなだけでしょ。元からこんなもんだって」

「天皇賞(春)のハヤヒデがマジで強すぎる。絶対ステータス詐称してるだろ」

 

 

充分に勝利が狙えるまで仕上げるのに、実に一ヶ月を要した。

 

 

「おし! やっと出来た! これなら行けるだろ!」

 

 

大会前日。寮に戻ろうとするブライアンを、スペが後ろから呼び止めた。

 

 

「あ、あの! ブライアンさん!」

「……スペか、なんだ?」

 

 

立ち止まって振り返る。廊下の照明と月明かりが、呼び止めた彼女を照らし出す。

端から見ても分かるくらい、ブライアンは完璧に仕上がっていた。

 

 

「ブライアンさん、明日サジタリウス杯に出るんですよね」

「あぁ、あの二人と一緒にな」

「お願いがあるんです。サジタリウス杯、絶対勝って欲しいんです!」

「……」

 

 

深々とお辞儀した彼女を、黙って見守る。頭を上げたスペは、胸元で拳を握りしめた。

 

 

「セイちゃん、泣いてたんです。

ライブラ杯が終わった後、控え室にいた私たちの前で……声が枯れるまで。"悔しかった"って、何度も言ってました」

 

 

普段なら絶対に弱みを見せないスカイが見せた、ありったけの感情。

思い出すと握る力が強くなり、唇を噛む。

 

 

「出来るなら、私がセイちゃんの分まで勝ちたかった。だけど今の私じゃ、私達じゃあ、あの地獄(グレードリーグ)には行けない。だから、お願いします!」

 

 

姿勢を正して、再び頭を下げる。けれど、

 

 

「ふん、くだらん。私が出るのは、雪辱を晴らすためだ。他の誰でもない、自分の為に走る。

それだけだ」

「そ、そんな……!」

 

 

背中を向けて去ろうとして、数歩進んで止まった。

 

 

「……などと、昔の私なら言っていただろう」

「えっ?」

「想いを背負って走るのがウマ娘だと、そう教わったからな」

 

 

向き直り、目を見て覚悟を伝える。

 

 

「スペ」

「は、はい!」

「アンタの想い、確かに受け取った。必ず勝ってくる」

「……! はい! ありがとうございます!」

 

 

見送りに来た地下通路で、トレーナーが告げる。

 

 

「おし、やれるだけの事はやった。基本的には自由に走ってもらって良いんだけど、確実に勝つためにおおまかな作戦だけ伝えとくぞ。

スカイ、今回はお前がアシストだ」

「アシストって……妨害スキル? 私もらってませんよ? 単機の逃げだから壁にもなれないし」

 

 

どういうつもりだと、にわかに眉をひそめ小声で話し合う三人に対し、口角を上げて答えた。

 

 

「ふっ、誰が相手にデバフかけるっつった」

「……まさかトレーナーさん」

「その通り。お前が使うのはデバフじゃねえ、味方へのバフだ」

「味方へのバフだと? おい、どういうことだ」

「いいか? 単機の逃げが弱いのは、例え相手も逃げを送り込んだとしても協調出来ないからだ。

それに今回は逃げの前評判が悪いしな。よっぽどのことが無い限り最終コーナーで呑み込まれる。だからスカイが勝つのは厳しいだろう」

「……うん、そうだね」

 

 

あの日を思い出し、スカイが俯いたのを確認して続ける。

 

 

「対してブライアン。お前はスピードカンストした上で長距離Sがついてる。固有スキルさえ発動すれば充分に勝利が狙える」

「そうは言うが、私は最終コーナーからじゃないとスパート出来ないぞ。

根性と賢さのステータスがどのくらいか、アンタが一番よく知って……なるほど、そういうことか」

「そう、だからこそのスカイだ。

最終コーナーで内ラチ走って下がってきたスカイをお前が抜けば」

『shadow breakレベル5が発動する……!』

 

 

声が揃い、三人の表情が一気に明るくなった。

 

 

「だからタイシン、これを確実に決めるにはスカイが内ラチに居なきゃいけないんだ。迫る影と追い上げで他の差し追い込み勢と一緒に上がってって、理想的なポジションを作ってくれ。

もちろん、勝てそうならそのまま勝って構わんからな」

「オッケー、やってやろうじゃん!」

「さあ、あん時の借り返しに行くぞ!」

『了解!』

 

 

作戦は成功した。スカイが内側で呑み込まれ、タイシンが外を回るしかないラインを作る。

そうして固有スキルを発動させたブライアンが、大外から全員差しきってみせたのだ。

圧倒的な加速力に、会場も実況も沸き立つ。

 

 

《勝ったのはナリタブライアン! 見事ライバルに打ち勝ち、大きな一勝を手にしました!》

「な、何なんだあの加速は!?」

「中山の直線で、しかもチャンピオンズミーティングで7人抜きだと!? まるで大人と子どもじゃないか!」

「帰ってきた……! チームレグルスのブライアンが帰ってきたぞ!!」

 

 

拳を突き上げて見せるブライアンに、手を振って応える。タイシンも入着し、初日から功スタートを切れた。

ラウンド1、2日目。ブライアンの加速が危険視され、最終コーナーで飲み込まれてしまった。

トレーナー達が立ち上がり、ガッツポーズを取る。

 

 

「よし、ハマったぞ!」

「確かにあの加速は脅威だが、飲まれてしまえば……!」

「なーんて思ってねえか!? お二人さんよぉ!」

『ッ!? あ、あれは!?』

 

 

視線の先、団子状態の集団から抜け出したのはタイシンだった。

 

 

「言ったでしょ! 全員アタシがぶち抜くって!

ブライアンだけが強いと思うな!」

《ナリタタイシン! 差し切ってゴール!》

「嘘だろ!? チームレグルスは、ブライアンだけじゃないとでも言うのか……!?」

「追い込み二人がエースだと!? どうやって勝てばいいんだ!」

 

 

その勢いはラウンド2になっても衰えず、五バ身差をつけて最後の直線に入ったスカイをブライアンだけが差し切り、もはや逃げさえも見逃せなくなってしまった。

 

 

「セイウンスカイに、単機の逃げに追いつけなかった……!?」

「どうなってるんだ!? 奴はアシスト要員の筈だ!」

 

 

客席のどよめきを聞いて、スカイが不敵に笑う。

 

 

「にゃはは、残念でした。あの二人に気を取られてたら、私が逃げ切っちゃうからねー?

まぁ差されたけどチームメイトだし、実質逃げ切ったようなものだよね」

「スカイ、よくやった」

「ブライアンさんこそ、お疲れ様でーす。

せっかくアシストしてるんだし、これくらいはしないとね」

 

 

ウィナーズサークルで、健闘を称え合う二人。遅れてやってきたタイシンと共に、次のレースへ意欲を燃やしていた。

 

 

迎えた決勝当日。地下通路へ見送りにきたトレーナーが足を止めると、三人も止まった。

 

 

「結局アレだな。抜かれたのがブライアンとはいえ、数字だけ見るとスカイだけ二着止まりだったな」

「行けると思ったんですけどねぇ。いやー、まさかあそこから届くとは……」

「……正直なところ、私も驚いた」

 

 

ブライアンが洩らした本音に皆がクスッと笑い、声が通路に木霊する。

 

 

「俺だってビックリしてるわ。

いくら作戦が綺麗に決まったとはいえ、勝率24.6%と16.7%はスゲーよ。特にラウンド2からの無双っぷりがやべえ」

 

 

誇らしげに笑う三人を見て、胸が熱くなる。

三人とも、自分が右も左も分からない頃にチームへ来てくれた。スカイはいち早く育成したものの、ブライアンとタイシンは中々手が出せなかった。

あの時の自分では、二人を勝たせてやれなかったんだ。

 

 

「……ぶっちゃけると決勝進出さえ出来たら良かったんだけどな、気が変わった」

 

 

一息ついて、想いを託した。

 

 

「ブライアン。タイシン。どっちかが勝つだけじゃ足りねえ、ワンツー決めてこい」

「あぁ、分かった」

「了解」

「それからスカイ」

「はいはーい」

 

 

あの日届かなかった場所へ、今度は君と。

 

 

「勝つぞ、この3人で」

「……うん、分かった」

「一発勝負だ、ぶちかましてこい!」

 

 

拳を突き合わせ、三人はパドックへと向かった。

 

 

観客席に移動したトレーナーは、アナウンスを聞いて驚愕した。

 

 

「タイシンとスカイが人気順1-2・・・!?」

 

 

可能性を感じ、思わずのめり込む。

同じく聞いていた三人もターフへ移動し、最後の打ち合わせをしていた。

 

 

「手短に話す。逃げ一人に対して先行が二人いるということは、先行勢も競り合ってくるだろう。だが、うちは人気順で1-2の評価だ。

だからスカイ。例え先行勢に抜かれたとしても、終盤の加速力でアンタが劣ることはない。必ず追い抜ける」

「ブライアンさん……」

 

 

スカイから、タイシンに視線を移す。

 

 

「……ここに居るのは、姉貴がライバルと認めるウマ娘だ。末脚のキレで、タイシンが負けるものか」

「ふん、当たり前でしょ」

「コイツは迫る影と追い上げで上がっていく。スカイ、アンタはそれに合わせて固有スキルを発動させろ。

ウチの鬼の末脚(ナリタタイシン)のリードアウトは、トリックスター(セイウンスカイ)にしか出来ない」

 

 

三人でコースを睨み、ブライアンが炎を宿す。二人も続いた。

 

 

「さあ、道を開けろ」

『レグルスの凱旋だ……!』

 

ファンファーレが鳴り、歓声が上がる。盛り上がる観客に負けないくらい、実況にも力が入る。

 

 

《頂点を目指し、走り抜いてきたウマ娘たちの最後の舞台! サジタリウス杯決勝!》

 

 

一番人気から順に名前が読み上げられる。今ここに居るのは、いずれもグレードリーグを勝ち抜いてきた猛者ばかりだ。

集中して、その時を待つ。

 

 

《さあゲートが開いた。各ウマ娘、そろってキレイなスタートを切りました!》

《これは位置取りが熾烈になりそうですねー!》

 

 

解説が放った言葉を誰よりも実感していたのはスカイだ。やや出遅れた形になり、囲まれそうになってしまう。

 

 

(マズイ、このままだと向こうのグラスちゃんに呑まれる!)

 

 

ここで番手につけたら、絶対に前へ出られない。そう確信できるだけの迫力があった。意地の加速で先頭を取り、コーナーを曲がっていく。

 

 

《さあ、まもなく1個目のホームストレッチです!》

 

 

理想的な位置が取れたのか、落ち着いて走るスカイ。ブライアンとタイシンも集団の少し外側に持ち出して、いつでも発射出来る位置だ。

そんな最中、

 

 

(っ!)

(これは……スタミナグリードか?)

 

 

二人の後方につけるマンハッタンカフェから、妨害スキルを喰らう。けれどもう、そんなもので気圧される彼女らでは無い。

 

 

(ふん、舐めないでよね!)

 

 

タイシンが見せつけるように、眠れる獅子を発動させ回復する。ブライアンとスカイもコーナーで円弧のマエストロを発動し、全員が向こう正面に入った。

歓声も実況の声も届かない、蹄鉄の音しか聞こえない場所。

前を見れば、自分たちを待つ大きなスタンドが鎮座している。あの一角にはきっと、祈るような顔で見守るトレーナーが居るだろう。

想像するだけで、自然と三人の口元が緩む。

 

 

(ねぇトレーナーさん、知ってる? レグルスってね、ラテン語で"小さな王"って意味なんだよ。

確かにあなたは、S級やSS級ウマ娘を育てるような人じゃない。けど私達は、そんなあなたに迎えられて、ここまでやってきた。

入着しただけで喜んでくれる、あなたの教えで強くなった)

 

(デカイ奴に負けて、悔しい思いもした。けど今日は違う。アタシ達が勝ちたいのは、自分の為だけじゃない)

 

(アンタを王にする為だ!)

 

 

残り1000mを通過し、スカイが脱出術を使い前を走るグラスとの距離を詰める。それを見たタイシンは、ブライアンと目で会話した。

 

 

(先に行ってるから)

 

(あぁ、後で追い付く)

 

 

迫る影と追い上げを発動し、前へ上がっていく。それを待っていたかのように、スカイがグラスを抜き固有スキルを発動させた。

ブライアンも遅れて、スパートをかけるべく上がっていく。

 

 

《ここからスパート! 一気にレースが動きます!》

《さあいよいよ直線だ! どのタイミングで誰が仕掛けるのか!?》

 

 

歓声が更に大きくなり、誰もが興奮してレースに釘付けになる。

にも関わらず、一人だけ顔の前で手を握り目を強く瞑る者が、三人の視界に飛び込んできた。

 

 

(((トレーナー……!?)))

 

 

脳裏を、あの言葉が過る。

 

 

───ごめんな、勝たせてやれなくて

 

『ッ!』

 

 

歯を食い縛り、図らずも声を揃えて叫んだ。

 

 

『見ろ! (アタシ)達は今日、勝ちに来た!!』

「っ!?」

 

 

驚いて目を開き、手すりを掴む。

スカイにリードアウトされたタイシンが発射され、それと同時に、ブライアンが地面を力の限り踏み込んだ。

 

 

───セイちゃん、泣いてたんです

 

 

思い出される、友の願い。その言葉が、彼女に限界を越えさせた。

 

 

(ここで出さずして、何が全身全霊だ! ふざけるな!)

 

「はぁああああああああっ!!」

 

 

瞬間。ブライアンの頭上に、何かが浮かび上がる。

白い羊毛で作られたロール状の物を巻き付けた、見る者全ての背中を凍らせる、黒く大きな"何か"が。

 

 

(同時発動!!)

 

 

下がってきたグラスとテイオーを抜き、持っていた加速スキル、シューティングスター・shadow break・全身全霊の3つを同時に発動させてみせた。

その加速は凄まじく、抜け出していたタイシンに100m余りで追いつくほどだ。

 

 

《9番ナリタブライアン! 並びかけてきた!

いや違う! この加速は止まらない! まだ終わらないぞ!?》

「いっけえ! ブライアン!!」

 

 

タイシンの声援で、更に加速していく。

 

 

《抜けた抜けた抜けた! 9番ナリタブライアン! ここで抜けだした! そして残り200を通過! 追いすがるナリタタイシン! だがその差は縮まらない!》

「獲ってください、ブライアンさん!」

 

 

スカイが後続に追い抜かれながら見た背中は、誰よりも大きく、逞しく、頼もしかった。

 

 

《9番ナリタブライアン、脚色は衰えない! これがシャドーロールの怪物だっ!》

 

 

ゴール版を駆け抜け、今日一番の歓声が上がる。タイシンも続いてゴールし、1-2フィニッシュを決めた。

 

 

《お見事! ナリタブライアン! 着差以上の強さを見せた、見事な勝利です!》

 

 

ほら、勝ったぞ。トレーナー。

突き上げた右手が、そう物語っている。

 

 

《優勝は9番ナリタブライアン! みごとサジタリウス杯を制し、優駿の頂点へ立ちました!

そしてこの瞬間! なんとチームレグルス! スコーピオ杯と合わせ、チャンピオンズミーティング二冠達成ー!》

 

 

沸き上がる歓声が大気を震わせ、トレーナーの視界を滲ませた。

 

 

ウィナーズサークルに来た三人の元へ、興奮も涙も収まらないトレーナーが駆けつける。ハイタッチを交わし、支離滅裂な感謝を伝えた。

 

 

『……』

 

 

仕方ないといった表情で顔を見合せ、三人で笑い合う。トレーナーの感謝を受け取り、スカイが適当なところで落ち着かせた。

 

 

「落ち着きましたか? トレーナーさん」

「いやー悪い悪い、スゲーもん見せてもらったからクッソ興奮したわ。

ホントに1-2決めてくれるとは思わんかったもの。ありがとな、二人とも」

「ふっ……礼には及ばん。面白いレースだった」

「ふん、アタシ達の実力、思い知ったか」

「そりゃもう思い知った思い知った。あれは感動ものだわ。

いやー、スゲーもん見た……」

 

 

ひと呼吸して、視線を移した。

 

 

「……なぁ、スカイ」

「なんですか?」

「超大物釣り上げた感想はどうだ?」

「……!」

 

 

頭の後ろで手を組み、いつもの飄々とした顔で答えた。

 

 

「ふふっ、文句無しでサイコーですよ。けどまだやること残ってますし、これ以上は後にしません?」

「残ってる? え、まだ何かやることあった?」

 

 

三人が目を合わせて微笑み、スカイが言った。

 

 

「ウイニングライブですよ、トレーナーさん!」

 

 

それから数日が経過し、あの日頂点に輝いた三人は、再びターフに立っていた。

 

 

《なんとここまで全勝のチームが居ます! 偉業は成し遂げられるのか!? 最終決戦、いざ参りましょう!》

 

 

早くも熱を帯びた実況を聞き、ブライアンが拳を鳴らしながら言った。

 

 

「さあ、戦うぞ」

「にゃはは、相変わらずですねえ……まぁでも。青雲の志くらいは、見せてあげましょうかね」

「ふふっ、悪くないじゃん。今のアタシ達なら、どんなデカイ奴らにも負ける気しない……!」

《各ウマ娘、ゲートに収まり……》

 

 

歓声が上がるターフを、一斉に走り出した。

 

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