これが、私達のキセキ   作:チャリタク

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中央のトレセン学園に居るウマ娘は、身体能力も高いけれど勉強も出来るほうだ。普段テストで赤点を取る者も、地方へ行けば途端にトップクラスになる。
なので余程のことがない限り、土日はトレーニングやレース会場の下見などに割いている。補修に1日を費やす生徒の話は、あまり聞かない。
その日、彼女はトレーナーの指示もあり、朝から同室のエルと別行動だった。昼過ぎに学園へ戻り、残りのメニューをこなすべくグラウンドへ移動する。
人手はそれなりにあり、メニューによっては併走も出来るかもしれない。
そんなことを考えながらストレッチをしていると、視界の端に見慣れたロングヘアーが入ってきた。エルだ。少し嬉しくなり、手を振って呼びかける。


「おーい、エルー!」


手の動きに連動して、耳と尻尾も揺れ動く。けれどグラスの声は、彼女に畏怖嫌厭の情を起こさせた。


「ヒイッ!」


身体が硬直し、先ほどまで優雅に揺れていた尻尾は天に向かってまっすぐ伸びた。


「え……?」


思ってもみなかった反応に、思考が停止する。
エルは尻尾を足の間に挟み、耳を左右バラバラに動かす。それでも平静を保とうとして、ひきつった笑みで答えた。


「あ……ぐ、グラス……」


震える声は細く小さく、注意して聞かなければ聞き逃してしまうだろう。普段の彼女からは想像もつかない声色。隠しきれない恐怖。
それが、他でもない自分に向けられているんだ。


「え、えっと……その、何デスか……? エル、今日は何も悪いことしてないデース……」


あまりの衝撃に、声が出ない。一体なにが、彼女をここまでさせたのだろう。


「だから…暴力はや、やめてほしいデース……なんて…」


恐らく、いつものようにおどけているつもりなんだ。蚊のなくような声で。いまにも泣き出しそうな表情で。
ようやく疑問が、口から出た。


「エ、エル?」


悪い冗談であって欲しい。きっと何かの、そう、スペちゃん達との罰ゲームなんでしょう?
そんな願いを込めた問いかけだった。


「ひっ! ごめんなさい何でもないデース!」


声を掛けられ、反射的に両腕で頭を庇うエル。
それだけで胸が痛くなる光景だけど、優しく手を伸ばした。


「っ!」


自身へ近寄る手を視認したエルは、信じられない速さで逃げ出した。あっという間に見えなくなり、伸ばした手は行き場を失い空を切って落ちる。
追いかけようと思えば、いくらでも走れた筈だ。けれど自分は、あんな感情を向けられて、即座に行動できるウマ娘じゃない。
呆然と立ち尽くすグラスの時間を動かしたのは、同期のスペシャルウィーク達だった。


「グラスちゃん、どうしたの?」


後ろから声を掛けられ、振り向く。不思議そうに自分を見つめる三人からは、恐怖も嫌悪も感じられなかった。
そのことに安堵して、訳を話した。


「実は、その……」


しかし先ほどの出来事を話せば話すほど、彼女たちの表情は曇っていく。スペとスカイは視線を落とし、キングが険しい表情で言った。


「……グラスさん、悪いけどそれは当然の反応よ」
「え……?」
「エルさん、前に言ってたのよ。あなたが怖いって」
「私が、怖い……」


言われたことを反芻するけれど、少しも頭に入ってこない。
確かに本来のあの娘は臆病だけど、彼女を苛めるようなウマ娘は学園に存在しない。世界と渡り合う実力と"あの"性格に、つけいる隙はない筈だ。
そんなエルが、怖いと言った。私を。


「……詳しく、説明してください」


働かない頭で出した、精一杯の要望。キングはそれを受け取り、簡潔に言った。

聞けばエルは、グラスの制裁に恐怖を感じるようになったそうだ。自分でも気が付かないうちに。
自ら蒔いた種なら仕方ないと思い甘んじて受けたものの、グラスがその場に居ない時の発言が当人に知れ渡り、有無を言わさず技を掛けられる日が、幾度となくあった。
最初は当人も分からなかったが、寮の部屋に入ろうとした足が震えた時、初めて自覚した。
このドアの向こうに居る彼女から、今日は制裁を受けずに済むだろうか。
彼女を怒らせるようなことを、今日はしなかったか。
最後にグラスと目を見て会話したのは、何時だったっけ。

……怖い。あの娘と、会いたくない。


「……」


ばつが悪くなったのか、三人は事情を説明すると立ち去ってしまった。怒ることも諭すこともせず、黙って。
その後のことは、よく覚えていない。


「どうせ軽めのトレーニングをするつもりだったし、今日はもう上がっていいぞ」


気遣ってくれたトレーナーの声が、やけに遠く感じた。


My Secret Graduation

星空が顔を覗かせ、コースの使用時間が過ぎた頃。ぎりぎりまで寮の共用スペースで時間を潰していたエルに、ヒシアマゾンが声をかけた。

 

 

「お、居た居た。エル、ちょっといいかい?」

「ヒシアマ先輩……どうしたんデスか?」

「あぁ、実はグラスがまだ帰ってきてないんだ」

「グラスが……?」

「こんな事は初めてだよ。外出届も出してないし、どこに居るか分からなくてね。同室のあんたなら、どこに居るか知ってるんじゃないかと思ってさ」

 

 

寮の門限を一度も破ったことのないグラスが、まだ帰ってこない。しかも、昼間の"アレ"があった後だ。

 

 

「……まさかっ!」

 

 

嫌な予感がした。次の瞬間には、ソファーから立ち上がり駆け出していた。

 

 

「お、おい!? どこに行くんだ!?」

 

 

寮長の呼び掛けは、エルに届かない。マスクを外し玄関を飛び出したエルは、瞬く間に夜の闇へと消えた。

 

 

「はぁっ、はぁっ……!」

 

 

前掛山の麓に到着し、両膝に手をつき肩で息をするエル。頂上から見える景色が綺麗で、何度かグラスと一緒に来たことがある。遠くの市内や眼下の山間を眺める儚げなグラスに、心を叩かれた感覚がした。

 

 

「……」

 

 

居るとしたら、ここしかない。スマホの灯りを頼りに、登山道を駆け上がる。

お願い、無事でいて。

 

 

「グラス……!」

 

 

募る想いが、口をついて出る。足を取られ転びそうになりながら、目に涙を貯めて走る。

祈りを込めて火山灰土の稜線を走ると、静かに正座するグラスを見つけた。

あんなに動いていた足が、鉛のように重くなる。

 

 

「エル……」

「ぐ、グラス……」

 

 

親友を前にして、表情も姿勢も微動だにしない。吹き抜ける風が、やけに煩く感じる。

 

 

「門限を過ぎてますよ」

 

 

冷たく言い放ち、再び前を向く。

見る限り刃物は持ってない。けれど彼女の目は、全てを終わらせる決意で満ちていた。

 

 

「グ、グラス……?」

 

怖い。出来るなら、とっくに逃げ出していただろう。けど、このまま親友を見過ごすのは嫌だ。

震える手を伸ばし、近寄る。すると、グラスは逃げるように立ち上がった。

やっぱりそうなんだ。

 

 

「グラス!」

「っ! 離して!」

 

 

エルに腕を捕まれ、引き剥がそうとして取っ組み合いのような形になってしまう。

本気で抵抗すれば。いや、抵抗する意思があれば、すぐにでも逃れられる程度の拘束。当人も、それは分かっているだろう。

押し倒されたのに、まるで力が入っていないから。これでは、ウマ乗りで肩を捕まれただけだ。

なのに

 

 

「なんで、こんなに……っ!」

「グラスっ、グラスっ……!」

 

 

水滴が、頬に落ちる。

この涙は恐怖じゃない。あれだけの事をした自分を、失いたくない一心で泣いているんだ。この状況で、まだ、自分を親友だと思ってくれている。

そう。"素顔のエルが、自分を想い泣いている"

 

 

「……」

「……?」

 

 

抵抗を止め、不思議そうな顔をするエルに問いかけた。

 

 

「どうして……?」

「?」

「どうして、ここまでするの? 謝って済む問題じゃない。償い切れないほど酷いことをした私を、どうして助けようとするんですか」

「グラス……」

 

 

そんな目で、私を見ないで。

 

 

「お願いだから、死なせてください……私はもう、あなたの親友じゃないんです!」

 

 

葛藤の末、優しさを払いのける。

 

 

「きゃっ!?」

 

 

突き飛ばされ、尻餅をつくエル。痛みがトラウマを呼び起こし、身体が震え動かせなくなってしまった。

伸ばした手は、もう届かない。

走っても、もう追い付けない。

 

グラスが、居なくなる──

 

 

「やだ、グラス、死んじゃ……」

 

 

感情が、堰を切って流れ出た。

 

 

「死んじゃやだぁぁぁぁ~~!!」

「っ!?」

「うああああぁぁぁぁ~~……!!」

 

 

溢れる涙を拭いもしない、天を仰ぐような慟哭。

 

 

「……」

 

 

これでもまだ、死のうとのたまうのか。私は。

 

 

「……エルっ!」

 

 

思考よりも速く身体が動く。彼女の前に立ち、深々と頭を垂れた。

 

 

「ごめんなさい!」

「!?」

 

 

思わず涙が引っ込む。言葉が出てこないエルに、グラスは謝罪を続けた。

 

 

「また、周りが見えなくなってました。取り返しのつかない事をしたから、償わなきゃって。

あなたの気持ちなんて、少しも考えてなかった」

「グラス……」

「分かってます。どんなことでもするから、どうか……」

「もう、どこにもいかない?」

 

 

予想外の質問に、頭を上げる。

そっか。謝罪じゃない。彼女が望むのは、もっと単純な言葉。

 

 

「ええ、約束します」

 

 

膝をつき、目線の高さを合わせる。

 

 

「これからも、一緒?」

「勿論です。あなたがそれを、望んでくれるなら」

「あたしのこと、嫌いになったりしない……?」

 

 

瞳を潤ませる彼女に、笑顔で答えた。

 

 

「ふふっ、誰が嫌うもんですか」

 

 

包み込むように、彼女を抱き締める。

 

 

「エル、大好きだよ」

「……!」

 

 

行かないでと願った、グラスの声。グラスの温もり。腕を背中に回し、声を上げて泣いた。

今度は、グラスも一緒に。




授業が終わり、昼を告げる鐘が鳴る。カフェテリアで昼食を取るスペ達の中に、グラスとエルも居た。
話が弾み、笑い声が楽しそうに響く。


「!」


何かを思い付いたエルが、デスソースを取り出す。既に料理にかけているのに更に追加するのかという皆の視線を受けた彼女は、グラスの皿にそうっとかけた。
まるで寿司の皿に、山葵を盛るように。


『……』


目が合い、エルが笑う。理解したグラスは箸を置き、彼女に告げた。


「エール~……?」
「ノォォォォ……!」


それ以降、脇をくすぐりじゃれあう二人が、頻繁に目撃されるようになったとか。
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