これが、私達のキセキ   作:チャリタク

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Dear DREAMERS

脚がもがれ、鼻を奪われる。倉庫から連れ出された先は、(レール)が途切れた解体場。

金網の向こうからは、ボクとの別れを惜しむ声が聞こえる。

 

"今までありがとう、さようなら"

 

止めてくれ、勝手に終わらせないでくれ。ボクはまだ走れる。この背中に人と夢を乗せて、どこまでも走るんだ。

出来るなら、とっくに逃げ出していただろう。けれど、それは叶わない。

ボクの全てを壊す鋭利な円盤が回転し、身体を切り刻んでいく。

 

『─────!!』

 

誰にも届かない慟哭は、静かに空へ消えていった。

 

 

─◆◇─

 

 

「トレーナーさんとの出会い……ですか?」

 

月間トゥインクルの本社に呼ばれた、セイウンスカイ・ナリタタイシン・ナリタブライアンの3名。

テーブルを挟んでソファーに腰かけた3名に対し、ペンとメモ帳を手に身を乗り出さんとする姿勢で取材する乙名史は、言葉を続けた。

 

「はい! 今回のチャンピオンズミーティング、サジタリウス杯を制した貴女方の大活躍!

そのスタートラインとなったのは、やはり担当トレーナーとの契約でしょう! それを是非ともお聞かせ頂きたく!」

「え、えぇと……」

 

記者会見でも個人的な取材でも感じていた、彼女の並々ならぬ熱意。というか声量。

開始2分にも関わらず、ブライアンは早くもウンザリ。タイシンは自身の友人を想起し、露骨に嫌な顔をしている。

両隣に座る先輩2人が応じそうにないと分かり、消去法でスカイが答えた。

 

「まぁ……そうですね。一言で言えば変な人ですよ」

 

"それはそう"と言わんばかりに、ブライアンとタイシンが無言で頷く。面白い話が聞けそうだと、乙名史はメモを取る手を加速させた。

 

「まだデビューもしてない私に毎日併走させたし、先輩方が塩対応してもめげなかったし、そもそも中央のトレーナーじゃ無かったし」

「おや、そうなのですか?」

「前に教えてくれたんです。元々は地元のトレセンに居たけど、人材不足とかで中央に派遣されたって。

ほら、中央って入るの難しい癖に辞めて出ていく人も多いじゃないですか。当時は誰でもいいからトレーナーが欲しかったみたいですよ」

 

思い出しながら話すうちに、頭の奥で眠っていた記憶が色々と出てきた。

そうだ。あの日の空も、鮮やかな青だった。

 

 

『チャンピオンズミーティング?』

 

トレーナー室で説明してくれたトレーナーさんに対し、図らずも私達は声を揃えて聞き返した。呼び出されたのは、赤いスーパーカーと緋色の女王。そして私、セイウンスカイ。

話を聞くに今回からルールが変更され、第2ラウンドで1回でも勝てば決勝へ進出できるらしい。

 

「オープンリーグの応募条件見たらちょうど3人が満たしてたんだ。今の実力でどこまで通用するか、試してみないか?」

『……』

 

模擬レースともG1レースとも違う、公式のチーム戦。どんな脚質の娘で揃えるか、どんな作戦で挑むか。その全てが参加者次第。

断る理由も無さそうだから、二つ返事で了承した。

 

そうして何もかも手探りで大会に挑んだけれど、初日は全戦全敗。差しや追い込みに有利なコースだったから、3人共最終コーナーで飲み込まれた。

けど私だけが入着出来てたから、第2ラウンドの2日目に一か八かで立てた作戦を決行したら見事に決まり優勝。初参加で決勝へ進み、総合3位の表彰を受けた。

 

それからしばらくはオープンリーグへ参加していたけれど、キャンサー杯をエアグルーヴさんが制したのをキッカケに、トレーナーさんはとんでも無いことを言い出した。

 

「グレードリーグに行く……? 本気ですか?」

「あぁ」

「あそこがどんな所か分かってるんですか? オープンリーグと違ってランクの上限が無いから、全国から化け物が集まる魔境って呼ばれてるんですよ?」

「だからこそ挑みたいんだ。俺はトレーナーとして、まだまだ足りないものばかりなのは分かってる。

だけど、それは諦める理由にはならない」

 

ソファーに腰かける私達を、トレーナーさんは真っ直ぐな目で見てくる。

ああ、やっぱりダメだなぁ。

 

(……この実直な想いに、どれだけ背中を押されたことやら)

 

私達を勝たせたい。その想いだけで育て上げ、足りないものを必死に勉強して吸収してきたんだ。

ゴールまでどれだけ遠くても、どれだけ険しくても。担当が諦めかけた時でさえ、この人だけは諦めなかった。信じて、支えて、待っててくれた。

 

「そんな目で見られちゃ、断れないじゃないですか」

 

蚊の鳴くような声で呟く。両隣に居るタイシンさんとブライアンさんも、諦めたように笑ってくれた。

 

「分かりました、やりますよ。やりましょうとも」

「よし、絶対勝つぞ!」

 

熱意に圧され、大会まで必死にトレーニングした。でも待ってたのは、非情な現実だった。

初日は辛うじて入着できたものの、9バ身も離されたら勝負したとは言えない。スパート時の加速が桁違いで、瞬きする間に姿が見えなくなる程だった。

相手はゴールしても会話出来るくらい体力があるのに、片や私達は倒れないように踏ん張るのがやっとだった。

 

2日目は入着さえも出来なくなり、先輩方はメンバーから外して欲しいと申し出た。流石のトレーナーさんも受け入れるしかなくて、二人は控え室で声を殺して泣いていた。

……二人のあんな顔、初めて見た。

そうして迎えた、第2ラウンド2日目。渾身の牽引を見せたマヤノとスカーレットから私が飛び出し、クビ差で勝利をもぎ取った。みんなで抱き合い、跳び跳ねながら喜んだ。

決勝こそマヤノの5着が最高順位だったけど、初挑戦のグレードリーグで、私達は決勝に進むことが出来た。

 

 

「その後は知っての通りですよ。

雨のスコーピオ杯で優勝したオグリさんから"道は繋いだ。後は君達の番だ"って託されて、先輩方二人がサジタリウス杯の決勝で1-2フィニッシュを……ってボロ泣きじゃないですか」

「ず、ずばら゛じい゛でずぅ゛~!」

「聞いてないし」

 

溢れる涙をハンカチで拭い、それでも乙名史はメモを取る手を止めない。

 

「グレードリーグ決勝進出という夢! その夢を叶えた先に出来た、この3人でチャンピオンズミーティングを勝ちたいという新たな夢!

僅かに残った可能性に活路を見出し、限界という扉をこじ開け掴んだ、グレードリーグ優勝というこの上ない栄光!

ああっ! チャンピオンズミーティングで、こんなドラマが生まれるなんて…!!」

 

最早この場で記事を作りそうな乙名史に対し、スカイが小声で尋ねた。

 

「タイシンさん、この人こんな五月蝿かったですっけ?」

「元々ね、でも今のはある意味私らが悪い」

「事実とは言え、コイツが食い付きそうな展開だったしな」

 

ブライアンも同意し、乙名史が落ち着くまで待つ3人。記事にする上での注意点を伝え去ろうとした間際、乙名史が思い出したように聞いた。

 

「そう言えば貴女方のトレーナーさんは、車を持ってるのに遠征での移動手段は専ら交通機関だそうですね?」

「えぇ、買ったは良いけど維持費が高いだの置き場が無いだの言ってました。"現地に着いてからレンタカー借りるのが一番楽だ"って」

「なるほど……はい、これで取材は終わりです。本日はわざわざありがとうございました。

特集組んで大々的に掲載しますから、楽しみにしてて下さいね!」

「ありがとうございましたー」

 

スカイだけが頭を下げ、3人は応接間を後にした。

 

 

─◆◇─

 

 

「で? そんな栄光を掴んだスカイさんに何の悩みがあるのかしら?」

「うぐ……」

 

カフェテリアでテーブルを囲む、黄金世代の6人。乙名史の宣言通り特集が組まれた雑誌を広げ、キングはわざとらしく目線を向けた。

 

「そんなに慣れないの? あの二人と一緒の空間」

「慣れる訳ないよ、あの気安く話し掛けるなオーラ目の前で体感したら凄いんだから」

「でも雑誌の取材は3人だったんでしょ? チャンピオンズミーティングでも一緒だったのなら慣れそうな気がするのだけど」

「レースで走るのと一緒に遠征するのは違うんだよ~……圧が凄いんだから。圧が」

 

スカイの悩み。それは、チームレースでの遠征だった。各部門ごとにレース会場が違うため、長距離なら長距離。短距離なら短距離のメンバーで動くことになる。

その長距離のメンバーが、ブライアンとタイシンとスカイなんだ。

 

「おかしいでしょどう考えても。この並びなら絶対にハヤヒデさん入れるべきだって。

走りでも性格でも適正Sじゃん。何で私なのさぁ~……」

 

雑誌に掲載されたチームレースの各編成を指差しながら、テーブルに突っ伏して嘆くスカイ。

グラスが雑誌を覗きこみ、呟くように確認する。

 

「それこそ書いてありますけど、先輩方の強い希望なんでしょう?」

「"アイツしか考えられない"って書いてありマース!」

「わぁ、ブライアンさんにこんなに買われてるなんて……! 良かったね、セイちゃん!」

「良くない! ちっとも!」

 

姿勢はそのままにツッコミを入れ皆が笑うなか、キングが頬杖をついて宥める。

 

「まぁまぁ、良かったじゃない。まだドキドキする事があって」

「し過ぎだよ~……未だにゲートインの時に緊張するのチームレースだけだからね」

「そうね、あのスカイさんがよそ見せずに走る姿なんて滅多に見られないもの。

まぁ、移動の時はトレーナーがキョロキョロしてるけれど」

「アレは仕方ないよ、乗り換え結構面倒なんだし。特に地方に行く本数は少ないからね~」

 

その言葉に、皆が深く頷いて同意する。

人員の削減や人口の減少により、長距離遠征になればなるほど交通網が衰退しているんだ。そのため車での移動時間が増え、疲労を感じる者も居ればそれを楽しむ者も居る。

スペが思い出した。

 

「そう言えばニュースで言ってたね、赤字だから列車とか電車の路線がどんどん廃線になってるって。

私達はレース場までしか行かないからそこまで不便さは感じないけど、移動手段が限られてくるのは辛いよね」

 

それまで当たり前だったものが無くなること。なまじっか遠征をしているから、遠い世界の話とは思えない。

なんとかしたい。けれど、何をすればいいか分からない。

 

『……』

 

重たい静寂が、場を支配していた。

 

 

─◆◇─

 

 

止めてくれ。止めてくれ。独りにしないでくれ。

キミと、キミ達と一緒に、もっと走りたいんだ。

 

誰か、誰か助けてくれ。ボクは"ココ"に居る。"ココ"に閉じ込められてる。"ココ"に縛られてるんだ。

通じた人には迎えを送る。ボクの力で、夜の闇と共に行こう。

 

そして約束する。全てが終わったら、必ずキミを──

 

 

─◆◇─

 

 

「ん……?」

 

夢を見た気がする。暗い場所で独り、誰かが泣いてる夢を。

枕元に置いた時計に目をやる。時刻は夜12時。そう言えば昨日は何故か眠たくなって、早めに寝たのを思い出した。

秒針の動く音が鮮明に聞こえ、月明かりが部屋を微かに照らす。ふと横を見るも、サイレンススズカは居なかった。整頓された寝間着が布団の上に置かれ、ベッドも直されている。

なんだ、トイレか。

そう思い寝ようとして、頭が覚醒した。違う、これはトイレなんかじゃない。

 

「スズカさん!?」

 

飛び上がるように起きて、慌てて口を閉じる。みんな寝静まってるんだ。無闇に騒ぐのは良くない。

 

(……あれ?)

 

違和感を肌で感じ取る。いくらウマ娘の耳が良くても、隣の部屋の寝息までは聞こえない。

けれど、気配は別だ。壁を隔てたって感じ取れる。

なのに

 

(誰も、居ない……?)

 

立ち上がり、カーテンを開ける。当然ながら、眼下に見えるグラウンドには誰も居ない。

窓を開け、落ちないように身を乗り出す。それ以外の場所にも人影が見えないのは、時刻を考えれば当たり前だ。

それでも、違和感は拭えない。全員寝てるにしては、"あまりにも静か過ぎる"。

 

「っ!」

 

スマホを取り、LANEを開く。祈りを込めて、トレーナーに通話を掛けた。

お願い。どうか、あなただけは……。

 

永遠にも感じた数回のコールが終わり、声が返ってきた。

 

《スペ、今どこに居る?》

「……っ!」

 

心から安堵して、同時に気づいた。彼も同じ違和感を感じている。

 

「部屋です。トレーナーさんは?」

《トレーナー室だ。そのままの格好で構わない、すぐに来てくれ》

「分かりました!」

 

通話を切り、スマホを握って部屋から飛び出す。わざと大きな音を立てれば、誰か居るなら気がつく筈。

 

(誰か、誰か居ますように……!)

 

こんな時間に廊下を走れば、寮長が飛んできて叱るだろう。もしくはその前に、誰かが部屋から出て来て怒っている。

けど、誰も居ない。出てこない。閉ざされたドアの向こうに、人の気配が感じられない。

 

「やっぱり、もう誰も……!」

「スペシャルウィークさん!?」

「スペちゃん!?」

「!?」

 

背後から声が聞こえ、慌てて止まる。見知った声の主は、キングヘイローとハルウララだ。

 

「キングちゃん! ウララちゃん!」

「こんな夜更けにどうしたのよ? というか、他のみんなは…?」

「説明は後! ウララちゃんも一緒に来て!」

「へ? 来てってどこに?」

「トレーナー室!」

 

走るスペの後を追う二人。その後も音を聞き付けた者が集まり、トレーナー室に集合した。

 

「これだけしか居ないのか……」

 

廊下に、そして机を囲むように集まったのは、イクノディクタス・メジロドーベル・ナリタトップロード・メイショウドトウ・ファインモーション・カツラギエース・キングヘイロー・ハルウララ・ゴールドシップ・スペシャルウィークを筆頭に、まだ専属トレーナーが付いていないウマ娘達だ。

それぞれの証言に共通しているのは、

"暗く狭い場所で誰かが泣いている夢を見て目を覚ますと、横で寝てた筈のルームメイトが居なくなっていた"

ということ。

 

「しかもベッドも寝間着も綺麗に直されてて、勝負服がなくなってたんだな?」

 

トレーナーが情報を確認すると皆が頷く。こうなって来ると、ますます分からない。

ゴルシが聞いてきた。

 

「つーかよ、おめーは何で気付いたんだ?」

「ソファーで仮眠取ってたら出張に行ってる理事長からLANEが来たんだ。たづなさんと連絡が取れなくなったらしい」

「あの人も居ねーのかよ!?」

「あぁ、だから分からないんだ。仮に犯人が居たとして何がしたいのか、どうやって連れ去ったのか、何もかもさっぱりだ」

『……』

 

全員、腕を組んで考える。ゴルシが言った。

 

「やっぱあの夢が原因じゃねーか? あれ見たから居なくなったんだし」

「それは俺も考えた。だが、だとすると夢を利用して呼び掛けた原理が分からない。どんな技術を使ったんだ」

「確かに。シャカールとかタキオンのレベル越えてるしなぁ……」

「なぁファイン、昨日不審な人を見なかったか?」

「ううん、見てないよ。見逃す筈がないもの」

「となると……どういう事なんだ」

 

袋小路に迷いこみ、頭を抱えるトレーナー。皆の沈黙を破ったのはウララだった。

 

「あ、分かった! ユーレイさんだよ!」

「幽霊?」

 

キングが聞き返すと、ウララは元気に説明した。

 

「ほら、"ゆめまくら"って言うでしょ? きっと寂しがり屋のユーレイさんが呼んだんだよ!

"おーい、ここだよー"って!」

 

確かに、それくらいしか考えられない。その説を立証するかのように、トレーナーのスマホが鳴った。

ライトハローを通じて知り合った、鉄道関係者からだ。

 

「もしもし?」

《もしもし。トレーナーさん、夜分遅くに申し訳ありません。どうしてもお伝えしたいことがありまして》

 

何かを感じ取ったトレーナーがスピーカー状態にして、皆に聞こえるようにした。

 

《実は先ほど終電を見送り仮眠に入ろうとしたのですが、ホームにサイレンススズカさんとライスシャワーさんが居るのを見かけたんです》

『!?』

「本当ですか!?」

《ええ、間違いありません。私が分かったのはお二人だけですが、他にも沢山のウマ娘さんが同じホームに居ました》

「教えてください、そこで何があったんですか?」

《……私が見たままをお伝えします。ウマ娘さん達は宮城行きのホームに立っていたのですが、現れたのは12年前に廃線となった筈の新幹線でした。しかも特急です》

「廃線…!?」

 

理解が追い付かないトレーナー達に、相手の車掌は更に説明する。

 

《潮の香りがするこの世の終わりのような汽笛を鳴らした特急に、ウマ娘さん達は乗り込んで出発されました。つい先ほどの事です。

本当はすぐにでも報告したかったのですが、あまりにも信じられない光景でしたので……》

「確認させてください。彼女らは確かに、宮城行きの特急に乗ったんですね?」

《はい、解体現場も見たので間違いありません。あれはもう、この世に存在しない列車です》

「宮城……廃線……」

 

スマホを机に置き、腕を組んで考え込む。後ひとつ、何かが分かれば、助けに行ける。

 

《それともう1つ。あの特急は一人一人のウマ娘さんに対して、"号"を付けて呼んでいました。

"ライスシャワー号"といった具合に》

「何だって!?」

《トレーナーさん、あれの行き先は新幹線総合車両センターです。ウマ娘さん達に何をするか分かりません、すぐに向かってください!》

「分かりました、ありがとうございます! なら車で…」

《いえ、それだと遅すぎます。特急を用意するので使ってください》

「いいんですか!?」

《責任は私が取ります! 最寄りの駅に待機させておきますので!》

「ありがとうございます!」

 

通話を終了し、スマホをポケットに収めジャケットを羽織る。

 

「みんな聞いたな! スペ、ゴルシ、ウララは俺と来い! 後は待機だ!」

『!?』

 

口々に異論を唱える面子を、両手を広げて静止させる。

 

「全員が行きたいのは分かってる!

だが、奴はただの幽霊じゃない。俺の予想通りなら、この3人じゃなきゃダメなんだ」

 

いちおう静まったメンバーの、目を見ながら説き伏せる。

 

「今この学園には、理事長もたづなさんも居ない。朝になれば必ずマスコミが来て騒ぎになる。ニュースにでもなれば、聞き付けた奴が何をするか分からない。だからそれまで、トレセン学園を守ってくれ。

これは君達にしか出来ないんだ!」

『……!』

「3人は部屋から勝負服を持ってきてくれ! 下に車を付けておく!」

「おう!」

「分かりました!」

「取ってくるー!」

 

部屋から飛び出した3人から、目の前のファインに目を向ける。

 

「ファインは連絡係だ、何かあったらすぐに知らせる。場合によっては力を借りるかも知れない」

「任せて、すでにSPの皆さんには待機して頂いてるから」

「他のメンバーはイクノとトップロードの指示に従ってくれ! 頼むぞ、二人とも!」

『はい!』

「よし、行くぞ!!」

 

 

─◆◇─

 

 

トレセン近くの駅に到着し、関係者スペースに車を止める。電話の通り既に待機していた特急に乗り込み、列車が動き始めた。

グリーン席に案内され、ウララは窓の外を眺め楽しんでいた。

 

「わぁい、シートがふかふかだ! はやいはやーい!」

 

ゴルシが向かいに座り、一緒になって盛り上がる。そんな二人を眺めながら、スペが呟いた。

 

「この時間に列車が動けば、それだけで騒ぎになりますよね」

「あぁ。最終はとっくに終わってるからな」

「トレセン学園が関係してるって、バレちゃうのかな。みんな、大丈夫かなぁ……」

「スペ……」

 

その肩は小刻みに震え、今にも溢れそうな雫が目に貯まっている。トレーナーは無言でハンカチを差し出し、受け取ったスペが目を押さえる。

 

「ありがとうございます……」

「スペちゃん、だいじょーぶ?」

「ほらスペ、おめーもこっち来て座れよ。立ちっぱだと辛いぜ?」

 

二人に促され、無言で頷き座る。ウララに背中を擦られ、心情を吐露した。

 

「私、怖いんです。助けに行っても誰も居なくて、みんな居なくなっちゃうんじゃないかって。

また、失うんじゃないかって」

「スペちゃん……」

「みんなが居たから、夢中で走れたんです。もっと速くなりたいから、出来ることを全部試して。競いあって笑いあって、凄く楽しかったんです」

 

勝ちたいレースで感じるプレッシャーとは違う、あまりにも重い責任。仲間と共に走ってきた自身が背負うには、この背中は小さすぎる。

向かいに座るゴルシが、窓の外を見ながら同調した。

 

「確かにそうだな。トレーニングで壁にぶち当たった時と今回のは、比べもんになんねーよ。

まぁアタシが言えた事じゃねーけど」

「お前はもっと真面目に走ってくれ。ウララだって頑張ったから有マ記念勝てたんだぞ」

 

トレーナーに視線を向けられ、笑みが溢れるウララ。

 

「えへへ、ライスちゃんと一緒に"ウララー!"ってトレーニングしたらね、一着取れたんだー!

だからだいじょーぶだよスペちゃん! どんな壁でもトレーナーと乗り越えたらね、すごくパワーアップ出来るんだよ!」

「ウララちゃん……」

 

その笑みが、震えを軽減させた。そうだ、どうして忘れてたんだろう。

 

"この道の先に、何があるのか"

 

そう思わせてくれたのは、他でもないトレーナーだ。一人では見れなかった景色も、みんなと一緒なら見られたんだ。

その景色の先には、また新しい景色がある。なら今度も

 

───助けてくれますか?

 

目で問いかけると彼は優しく、けれど力強く頷いた。

 

───当たり前だ

 

「全員で帰るぞ、トレセン学園に」

 

 

─◆◇─

 

 

「っ、減速し始めた……?」

『!』

 

勝負服に着替えるよう指示を出し、隣の先頭車両へ移る。外を見ると列車は、新幹線総合車両センターの近くまで来ていた。車掌が話し掛ける。

 

「今センターに確認を取りましたが、やはり従業員は全員定時で帰ってます」

「そうですか……」

「ですが一人だけ、センターの近辺に住んでいる従業員が居ました。

彼には話を通しております。センターの近くまで行きますので、後はお願いします」

「分かりました、ありがとうございます!」

 

列車が敷地ギリギリで停車し、降りたトレーナー達を従業員が迎える。正門を開けながら説明を受けた。

 

「それだけのウマ娘さんが軟禁されているなら、恐らく車体工場に居る筈です!」

「車体工場ですか?」

「はい。よく見学ツアーで車体と台車を切り離す実演をする工場があるんですが、その先にあるのが車体工場なんです」

「じゃあ彼女らはそこに?」

「あの廃線になった特急も、車体工場に移動させました。居るとしたらそこしかありません。

トレーナーさん、これを!」

 

渡された鍵を受け取り、しっかり握りしめる。

 

「車体工場の鍵です! 私が先導していては間に合いません、速く向かってあげてください!」

「ありがとうございます!」

 

車体工場の場所を聞き、鍵を渡したゴルシ達3人を先に向かわせる。スペとウララが先に走りだし、ゴルシがトレーナーに聞いた。

 

「なぁ、相手亡霊だろ? 鍵で開かなかったらどーすりゃいいんだ?」

『……』

 

トレーナーと従業員が目を合わせる。互いに頷いて、従業員が答えた。

 

「壊してください! 皆さんの安全が最優先です!」

「ドロップキックでも何でもいい、入り口を破壊して突入しろ!」

「おっしゃ任せろぃ!」

 

意気揚々と走り出し、スペとウララを追いかける。それを見て、トレーナー達も続いた。

 

「よし、我々も急ぎましょう!」

「はい!」

 

 

「……?」

 

目を開けたにも関わらず消えない暗闇に、サイレンススズカは疑問を抱く。そして同時に、自身が勝負服を着用していることに気づいた。

 

「なんで……?」

 

先ほどまで見ていた夢が、脳裏に蘇る。閉ざされた工場の中で、幽霊となった列車が泣いていた。

彼に呼び掛けられた直後。何故か自身がレース中に怪我をして転倒し、その場で息を引き取っていた。

その後は……そうだ。駅のホームに勝負服を着て立っていると、潮の香りに淀んだ空気を纏った列車が現れたんだ。

引き込まれるように乗り込み、気がつけばここへ来ていた。

 

やけに現実味のある夢だとは思っていたけれど、本当に"ここ"へ来ているとは思わなかった。周りを見渡すと、夢で一緒に列車へ乗った面々が目を覚ましていた。

 

【気が付いたかい?】

『!?』

 

地獄の底から響いた声が、脳内に直接聞こえてきた。すぐに周囲を見渡し、異様な何かが浮かんでいるのを視認する。

そこに居たのは、暗闇に浮かぶ傷だらけの列車だった。

全員が、彼に呼ばれたんだと理解した。最前列にいたスズカが話し掛ける。

 

「どうして、私達を呼んだの?」

 

頭に浮かんだ、一番聞きたい疑問を投げ掛ける。

夢の中で、彼は誰も恨んでいなかった。自分達を呼んだのも、寂しさのあまり道連れにしようという訳でもなさそうだった。ただ、泣いていた。

現に今も、彼に恐怖心を抱けない。どうしようもない孤独感が、ひしひしと伝わってくる。

 

【ボクを、ボク達のことを、知って欲しいからさ】

「ボク達?」

【キミ達なら分かるだろう? 忘れ去られ、独りぼっちになることが……どれだけ恐ろしいか】

「もしかして、アナタ……!」

 

瞬間。言葉を遮るように、シャッターの鍵が開く音がした。皆の視線がそちらへ移り、目を点にして固まる。

確かに今の状況は、誘拐され軟禁されていると言える。けれど彼への興味が勝り、逃げ出そうなんて考えもしなかった。

 

ましてや、助けが来るなんて───

 

「よっしゃ行くぞ、せーのぉ!」

 

天高く、そして勢いよく、シャッターが跳ね上がる。工場の中へ差し込む星明かりに目を細め、腕で顔を覆う。

目が光に慣れる前に、3つのシルエットが一人ずつ大見得を切った。

 

"誰が言ったか気性難、戦績辿れば六冠バ。ドロップキックで宙を舞う"ってな。

 

「おいおい酷いぜマックちゃん、工場見学ならアタシも誘ってくれよなー」

「ゴールドシップさん!?」

「ゴルシダ!」

 

同期の強さは黄金級。掲げる夢は日本一。私の友達、返してください。

 

「みんなの未来は……あげません!!」

『スペちゃん!』

 

いつも心に春うらら。毎日元気でいられる訳は、みんなが笑顔でいてくれるから。

 

「うっららー! ライスちゃーん、助けにきたよー!」

「ウララちゃん…!!」

 

3人の突入に、皆が光を取り戻す。黙って眺めていた列車は、思い出したように呟いた。

 

【そうか、キミ達は無事之名バだね? 道理でボクの力が効かない訳だ】

「スペちゃん、"ぶじこれめいば"ってなぁに?」

「怪我も病気も故障もなく、無事に働く者は優秀であるって意味だよ」

「そっか、私達ゆーしゅーなんだ! えへへっ!」

「フッ、アタシは怪我どころか真面目に走ってすらいねーぞ。なぁ?」

「誇っ……ていいぞ、今日だけは」

『トレーナー!?』

 

ゴルシの後ろから聞こえた声に、3人を除いて全員が反応する。

健やかな時も。病めるときも。いつだって自分達を支えてくれた、あの声が聞こえたからだ。

 

「こんばんは、誘拐犯さん」

 

ゴルシの横に並び立ち、拳を掌に打ち鳴らした。

 

「俺の愛バに、何の用だ」

【……その言い方は聞き捨てならないな。それじゃあまるで、ボクが奪ったみたいじゃないか】

 

彼を包む異様な空気が、微かに重くなる。

 

【そうだ、ボクは何も奪ってなんかいない。ボクの全てを奪ったのは、いつだってキミ達じゃないか】

 

場にいる全員が、状況の悪化を悟った。

 

【ボクは誰も傷つけない。ボクは何も奪わない。人と人を繋ぐのが、ボク達に与えられた仕事だったんだ。

なのにキミ達は、ボクを見捨てた。お金と時間を理由に……ボク達を壊したんだ!

あの津波が! 終わりの始まりだったんだ!!】

『津波……?』

 

その単語に、皆が首をかしげる。

 

「やっぱりそうか」

 

ただ一人、トレーナーを除いて。

 

「お前、東日本大震災の被災者だろ」

『……?』

【今のでよく分かったね】

「知り合いの車掌が言ってたんだ。ウマ娘に号をつけて呼ぶ、13年前に宮城県で廃線になった列車が、潮の香りと共に駅のホームへ現れたってな」

【そうさ。あの時ボクは、みんなを乗せて走ってたんだ。それを、あの波が全て壊したんだ…!】

「そんな災害、この世界では起きてないぞ」

【っ!】

 

横のゴルシが口を挟んだ。

 

「おいトレーナー、それって……!」

「その通り。奴は別世界から来た列車の幽霊……死んだ特急だ。勝負服を着たお前らを号呼びしたのも、別世界で見てたからさ」

「何だってそんな奴が……」

『寂しかったから』

 

最前列。手を伸ばせば彼に届く距離に居るスズカとライスが、声を合わせて代弁した。

立ち上がり、心へ歩み寄る。

 

「大部分の人は、電車も新幹線も移動手段としか思ってないわ。どの車両が引退しても何とも思わないし、愛着なんてない」

「もちろん好きな人が居ることも知ってるよ。乗ったり写真を取ったり、いろんな楽しみ方をしてることも。

その人達はきっと、引退しても解体されても、ずっと忘れない」

【キミ達に何が……!】

『だって、私達がそうだから』

【っ!】

「私達ウマ娘を応援してくれるファンの人は、どんな場所でレースがあっても見に来てくれるの」

「ライス達が走る姿を、必ず応援してくれる。この走りに夢を見て、ライスを知ろうとしてくれる」

「私達が走ることで、新たな繋がりが生まれるの。これって凄く素敵だと思わない?」

【走ることで、繋がりが……】

 

淀んだ空気に、光が差し込む。

 

「想いを背負って走るのが、私達ウマ娘。だけどそれは、私達だけじゃない」

「あなたもそうだよね、新幹線さん」

【……!】

「知ってる? 新幹線さん。ライス達が想いを、ありがとうを伝える手段は……」

「走るだけじゃないのよ」

 

ライスとスズカが、後ろを振り向く。全員が頷き、配置へ付いた。止まっていた筈のスピーカーから、伴奏が高らかに流れる。

 

【ボクの力が、浄化されていく・・・!?

何なんだ。キミ達は一体、何者なんだ!?】

 

キミが居たから、ここまで走れた。

キミのおかげで、ここまで来られた。

さあ行こう、次の頂へ。

だって、私達は……!

 

『キミと見た夢が みんなの夢になる』

 

狼狽する死んだ特急。壁にもたれ掛かるトレーナーが、口を開いた。

 

「質問に答えよう。コイツらはウマ娘。別世界からその名と魂を受け継ぎ、まだ見ぬ夢を叶える為に、運命を越える者だ」

 

そう、私達は。

 

『We are DREAMES!!』

 

その躍りが、その歌が、心に染み込んでいく。

 

ボクが列車としてデビューしたあの日、キミは車掌になったばかりだった。右も左も分からないキミを、先輩が丁寧に指導してた。

ミスをして落ち込んでも、キミはそこから成長していった。その積み重ねが、ボクの思い出になったんだ。

凄く嬉しかったんだ。雨の日も風の日も、独りじゃなかったから。

 

キミの声が力になった。キミの声で、未来が広がった。ボクに乗り込むみんなの笑顔が、何よりの宝物だった。

 

けどボクは廃線になった、大人の力ってヤツで。ボクに乗ったりボクを撮ったりして、楽しむみんなと会えなくなるのが辛かった。受け入れられなくて、この世界に逃げてきた。

あの波からみんなを守れなかった自分が、何より許せなかったから。

 

キミ達を呼んだのは、知ってもらいたかったからだ。ボク達が抱える問題を知って、今度こそ救って欲しいと思ったんだ。

あの世界のキミ達は、運命に抗えなかった。けどここでは、無事に乗り越えている。

そうさ。不可能を可能にするキミ達に、ボクは救いを求めたんだ。

 

『胸が踊るような 楽しみを一緒に』

 

死んだ特急へ差し出される、笑顔と手のひら。増えた思い出の数だけ、情熱が心に火を灯す。だから私達は、どんな壁も乗り越えられた。

その思い出に、新たな一頁を刻みたい。あなたの、あなた達の想いを、私達に分けて欲しい。

 

どこまでも、一緒に連れていくから。

 

(届け…!)

(届け……!)

 

───届け!!

 

【っ、これは……!?】

 

金色の閃光が、工場の端から端へ飛んでいく。光源を得たウマ娘は輝きを増し、死んだ特急の哀しみを消していった。

 

【一緒に、持っていってくれるんだね】

 

淀んだ空気は完全に消え去り、その場にいる誰もが、きらきらと輝いていた。

 

『同じ夢を見よう これからもずっと』

 

 

─◆◇─

 

朝焼けに照らされ、死んだ特急の身体が少しずつ薄れていく。

ライスとスズカが、優しく囁いた。

 

「約束します。ライス達が必ず、新幹線さんの想いを連れていくって」

「この走りで、変えてみせるわ。あなたの心を動かしたように」

「問題は、すぐに解決は出来ない。ライス達の力だけじゃ、どうにもならないかもしれない。

でもね。みんなの想いが一つになれば、どんなに大きなモノでも動かせるんだよ」

「だから、後は任せてちょうだい」

【あぁ、キミ達なら出来るさ】

 

───ありがとう

 

感謝の言葉を残し、光の粒となり空へ昇っていった。トレーナーがスマホを取り出す。

 

「さて、最後の一仕事だ。シャカールとエアグルーヴ、ちょっと来てくれ」

 

二人を呼び寄せ、スピーカー状態にして電話を掛ける。

 

《もしもし?》

「ファイン、よく聞け」

《……はい》

「全員無事だ」

《っ!》

「シャカールもエアグルーヴも、ちゃんとここに居る」

《シャカール……っ! グルーヴさん……!》

 

ファインの声が震え出す。

視線を移すと、二人とも困ったように笑みを浮かべた。

 

「みんなに伝えてくれ。俺達は誰一人欠けることなく、トレセン学園に帰るよ」

 

スマホの向こうから、割れんばかりの歓声が上がる。それを聞かせながら先導して帰ろうとすると、涙ぐむファインが引き留めた。

 

《待って、全員が勝負服で新幹線に乗ったら騒ぎになっちゃう》

「おっと、それもそうだな」

《施設にバスを向かわせたから、それで帰れるよ》

「バス?」

 

外を見ると、大量の高速バスが既に待機していた。

 

「……なぁファイン、このバス一回乗るのに最大2万円するグレードだよな。いつ手配したんだ?」

《キミが施設に向かった後ぐらいかな》

「手際よすぎない?」

《だって、キミなら絶対大丈夫だって信じてたから》

「敵わないなぁ」

 

首を傾げながら笑い、振り替えって指示を出した。

 

「全員乗り込め、帰るぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友が待つ、あの場所へ。

 

 

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