白毛のミークと俺   作:BT

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第12話 愛が重バ場

 

 無機質な白い壁に囲まれたトレーニング施設の会議室。

 そこには、トレーニング、法務や会計、警備に設備管理など、各部署の主要スタッフたちが一堂に会していた。

 

 私は上座に座り、組んだ両手の上に顎を乗せ、深刻な響きを含ませた声で切り出す。

 

「……皆さんに集まってもらったのは、他でもありません」

 

 室内の温度が数度下がったかのような錯覚。

 

 スタッフたちは背筋を伸ばし、唾を飲み込み、私の次の言葉を待つ。

 おそらく最悪の事態――妨害工作の発覚か、あるいはミークの体調異変かそういったことが頭をよぎったのかもしれない。

 

 そんな緊張感が漂う中、唯一、私の隣に座るハッピーミークだけが、いつも通り無表情に虚空を見つめていた。

 

 私はゆっくりと視線を一同に走らせ、重々しく告げる。

 

「ミークの勝負服。それをどうするべきか、話し合いたいと思います」

 

 ……一瞬、静寂が支配した。

 そして次の瞬間、会議室は爆発した。

 

「それを早く言いなさいよ!!」

 

「待ってました!!」

 

「私の温めていたデザイン案を出す時が来たようね!」

 

「お、落ち着いて! 衣装案のサンプルは私たち総務班がまとめてありますので、各自こちらの資料を確認してください!」

 

 メイクデビューを圧勝で飾り、目標としていたG1レース『朝日杯フューチュリティステークス』への出走資格をもぎ取った今。

 次に我々が直面する最大の課題は、その晴れ舞台でミークが纏う「勝負服」をどうするかであった。

 

 中央トレセン学園において、G1に出走するウマ娘の勝負服は、彼女たちの魂を具現化した象徴だ。

 当然、前もって多数のデザイン案を作ってもらっており、裏ではすでに試着用として完成させていた衣装もいくつか存在する。

 

 その中には、私がかつてゲーム画面で数え切れないほど目にした、あの「本来」のミークが着るはずだった白と青を基調としたデザインの勝負服もあった。

 それを着せれば、彼女は「正しい姿」に近づくのかもしれない。

 

 だが、それはそれ。

 

 ここに集まった、ミークを愛し、共に訓練を乗り越えてきたスタッフたちにとって、ミークは「桐生院トレーナーが育成したウマ娘」ではない。

 だから、彼女たちの想いも聞くべきだと、そう判断した。

 

「銀次さん、このデザインがいいわ、でもミークちゃんは白毛なのよ!? 純白の美しさを活かすなら、とにかく光沢のある素材を使うべきよ!」

 

「いや、このデザインにあえてダークな色を差し色に入れることで、その白さを際立たせるべきです!」

 

「実戦を想定した機能性も無視できないわ! ミークちゃんの爆発的な末脚を邪魔しないカッティングを……」

 

 かつてターフを沸かせた元競走ウマ娘もいれば、裏方として長年支えてきたベテランもいる。

 彼女たちにとって勝負服へのこだわりは、ある種の信仰に近い。

 

「ちょっと、さっきから実戦やら機能性って言ってるけど、ウラカワチーフは現役時代に一度もG1レースに出てないでしょうが!」

 

「言うたらあかんこと言ったわね!? ああそうよ、確かにその通りよ! でも私は、私は……だからこそミークちゃんには最高の勝負服を着てほしいのよッ!」

 

 白熱する議論。飛び交う怒号。

 

 ……さっきまで「組織に忠実なプロ集団」のような顔をしていたスタッフたちが、今はただの熱心なファン、あるいは過保護な親の集まりと化している。

 

 私はその喧騒を眺めながら、ふと隣のミークを見た。

 彼女は自分を巡って繰り広げられる戦いをどこか他人事のように眺めていたが、卓上に広げられたデザイン画の一つに、そっと指先を触れた。

 

 それは、本来の彼女が着るはずだったデザインとは、少しだけ違う……。

 

 スカートや足下周りは似通ったデザインだが、コートのデザインの装飾が多く、少しシャープだ。

 それはこの世界で私が、そして彼女が選んだ道の先にある「数多の冠」を彷彿とさせる、白を基調とした勝負服のデザインだった。

 

「その衣装が気になりますか?」

 

「……靴が、かわいい」

 

「ああ……」

 

 白いブーツ。

 

 見ようによってはフランスパンに見えなくもない形状。

 いまとなっては遠い過去、前世の記憶(イベント)を思い出す。

 

「では、そのデザインにしましょうか」

 

「……いいの?」

 

「当然、ミークの勝負服ですからね。ミークの希望が最優先です」

 

「……あり、がとう」

 

 注視していなければ気がつかない、ほんのわずかな笑み。

 そんなミークの微笑みを守れるのなら、私はどんな相手とでも戦える。

 

「ならこのデザイン案! ベースは純白だけど、各所にダークシルバーのメタルパーツを配置! 衣装本体はあえて質素にしたタイトなシルエットに、鋭利なカッティング……。これなら、ゴール前で彼女に並ばれたウマ娘は、首筋に冷たい鎌を突きつけられたような錯覚に陥るはずよ!」

 

「怖いわよ! コンセプトが暗殺者じゃないの! それよりこれよ! 白毛の希少性を最大限に神格化した案! 和のテイストを取り入れて、袖口にはしめなわを模した刺繍、耳飾りには小さな鈴を……。ミークちゃんが走るたびに天の加護が降り注ぐような、神秘的なデザイン!」

 

「鈴なんてつけて走ったら本人の集中力が切れるでしょうが! あといろんな意味で重すぎ! そもそも、朝日杯はマイル戦よ? もっと軽やかさがなきゃ!」

 

「ならこれしかないわ! 軽量かつ特殊な偏光素材の布をふんだんに使い、太陽の光を浴びる角度によって白が七色に輝く衣装。ミークちゃんが先頭を駆け抜ける姿は、まるでターフに現れた虹。観客は美しさのあまり、手を握りしめていることさえ忘れる……これぞ、ミークちゃんにふさわしい衣装よ!」

 

「予算を考えなさい予算を! その布、一メートルいくらすると思って……ああもう! 銀次さんなら幾らかかっても構わないって言いそう! てか言う!」

 

 いやまあ、なんぼでも出しますけど。

 

 ともかく、たとえそれが、目の前で怒号を飛び交わせるウマ娘たち相手だろうと、私は戦える。

 いけ、水野銀次、役目を果たすのだ。

 

「あんた……『覚悟はできてる』……のよね。このデザイン案を推すって事は、逆に別のデザイン案を推されるかもしれないという危険を常に『覚悟はできているウマ娘』ってわけよね……」

 

「当然でしょ! 覚悟ならとっくにできてる! かかってきなさい!」

 

 ………………えい、えい、むん。

 

 

 

 

 白熱する勝負服を巡る会議を一旦切り上げ(敗走)、私は都内でも指折りの格式を誇るホテルの高級レストランへと足を運んでいた。

 

 案内されたのは、夜景を一望できる最奥の個室。

 重厚な扉が開くと、そこにはシンボリルドルフが、グラスを片手に静かに佇んでいた。

 

「呼び出したりしてすまなかったな、銀君」

 

 彼女は私の姿を認めると、威厳と親しみを感じさせる完璧な微笑みを浮かべる。

 

「構わないよ。こちらもメイクデビューが一段落し、少し落ち着いたところだったからね」

 

 もっとも、勝負服会議は全く落ち着いていないが(頭痛)

 私が対面に腰を下ろすと、彼女は給仕を下がらせ、自ら私のグラスに水を注いでくれた。

 

「ハッピーミーク君だったかな。少し遅くなったが、メイクデビュー戦の勝利、おめでとう。六バ身差の圧勝……素晴らしい、という言葉すら安っぽく感じるほどの衝撃だったよ。あの末脚、君が育てたのだから当然なのだろうが……あの子は、きっと凄いウマ娘になるだろう」

 

「お褒めにあずかり恐縮ですね。……ですが、今日はミークの祝勝会の続きというわけではないのでしょう?」

 

 私が単刀直入に尋ねると、ルドルフはふっと目を細めた。

 その瞳に宿る知性の光が、わずかに揺れる。

 

「察しがいいな。……いや、隠す必要もないか。マルゼンスキーと密会して、彼女にだけ来年のジャパンカップについての約束をしたと聞いてね。……彼女には未来を約束したのに、私には何もないというのは、少しばかり寂しいとは思わないか?」

 

 ルドルフは冗談めかして言った。

 言葉だけを聞けば、ただの友人の愚痴のようにも聞こえる。

 

 だが、テーブル越しに私を射抜くその目は、じっとりと重く、情念のこもった光をにじませていた。

 

 ――独占欲、あるいは執着。

 

 私が歪めてしまった彼女たちの運命。

 強くなりすぎた故に、同格のライバルをほぼ全て失ってしまった皇帝の孤独が、その眼差しには混ざり合っている。

 

「マルゼンスキーさんとお茶した件については、偶発的、というか突発的なものですよ。正式な挨拶は、せめてG1レースに勝ってから……と思いまして。そのさいは改めて、東条トレーナーのところに伺おうかと思っていました」

 

「そこはチームリギルではなく、私個人にと言って欲しかったな。ふふふ、自慢げにマルゼンスキーからジャパンカップの件を聞いたときは、首をかきむしりたくなるような嫉妬にかられて、思わず銀君をさらって、私の部屋に閉じ込めてしまおうと考えてしまったよ」

 

「あー……それは、できれば遠慮願いたいですねぇ」

 

 しばしの沈黙。

 

 衣服が擦れる音さえ聞こえない静寂の中で、私はルドルフの視線を真っ向から受け止めた。

 彼女の放つ威圧感の一端は、かつて私のしでかしたことで植え付けてしまった毒そのものだ。

 

 私に目をそらす資格はない。

 

 やがて、ルドルフは満足げに、あるいは諦めたように深く息を吐き、グラスを置いた。

 

「……冗談はここまでにしておこうか。本題に入ろう」

 

 彼女の空気がふっと緩み、再び引き締まる。

 

「……君の謹慎が解け、ミーク君がメイクデビューで勝利したあたりから、どうも学園の上層部周辺が騒がしくなっている」

 

 ルドルフの瞳に、焦燥に似た色が浮かんでいた。

 

「誰がどう動いているかまでは掴めていない。だがおそらくミーク君……いや、君自身を狙った動きだ。シンボリ家の伝を使ってもう少し調べてみるが、情けない話、私がどこまで力になれるか……」

 

 彼女の言葉には、自らの「立場」に対する無力感が滲んでいた。

 かつての出走制限の際、シンボリ家の令嬢という盾を持ってしても、彼女は自らとチームを守れなかった。それを今でも悔いているのだろう。

 

 だが、私はグラスを置き、中に砂糖を入れながら答えた。

 

「ああ、それなら問題ありませんよ。対処済みです」

 

「……え?」

 

 ルドルフが、拍子抜けしたように目を丸くした。

 皇帝らしからぬ、ぽかんとした顔だ。

 

「対処済み、とは……どういうことだ?」

 

「根回しですよ。彼らが動き出す前に、いくつか『動けない理由』を突きつけておきました。しばらくはなんの問題も起きないでしょう……良い砂糖ですね、コレ」

 

 前世の知識や経験に、今世の親から奪ったもので築いたコネクション。

 そして能力を使った、権力者たちの感情コントロールや()()取引。

 それらをパズルのように組み合わせれば、学園の古狸たちを黙らせるなど造作もないことだ。

 

「それよりも、ルドルフ。あまり危ないことはしないでください。そういう()()は私の担当です」

 

「……は、ははっ」

 

 ルドルフは、肩の力が抜けたように短く笑った。

 

「君は凄いな、銀君。いつも私たちの知らないところで、いつの間にか問題を解決してしまっている。あの時も、そうだった」

 

 彼女の向ける称賛の眼差しが、胸を刺す。

 

 そもそも、ルドルフやマルゼンスキーが出走制限を受けたのは、私が彼女たちの能力を引き上げすぎたからだ。その結果起きた問題を、自分の手を汚して片付けた。

 マッチポンプ――火を放った本人が消火にあたり、感謝されている。

 自己嫌悪が泥のように胃の底に溜まり、ひどい吐き気を覚えた。

 

「……力が、欲しくなったよ」

 

 ルドルフが、ポツリと独白を始めた。

 窓の外に広がる夜景を見つめる彼女の横顔は、いつになく鋭い。

 

「以前のこと……そして今回のことで痛感した。シンボリ家という歴史ある力さえ、他の大きな力を持った思惑の前では無力だった。……全てのウマ娘が、誰かの都合で出走を奪われたり、勝敗を歪められたりしない世界を作りたい。レースの結果は、ターフの上だけで決まるべきなんだ」

 

 彼女の言葉に、私は息を呑む。

 

「その手始めに、来年あたりにトレセン学園の生徒会長に立候補しようと思っている。今は有名無実化している生徒会を改革し、ウマ娘自身の力で、ウマ娘の権利を守る組織に変えるつもりだ」

 

 ……なにかが動こうとしていた。

 

 私の知る、前世の記憶の「中央トレセン学園生徒会長・シンボリルドルフ」。

 いま彼女は自らの強い意志で、その「椅子」を勝ち取ろうとしている。

 

「素晴らしい考えだと思います」

 

 私は、偽らざる本心を口にした。

 

「……意外だな。肯定してもらえるとは思わなかった。危ないことはしてほしくない、と言うのではないのか?」

 

「それはそれです。政治の世界に身を投じるのは危険を伴うでしょう。ですが、レースに勝つためには、まずレースに出走しなければならない。それと同じことですよ」

 

 力を、そして権利を勝ち取るための戦い。

 ルドルフが選んだその茨の道こそが、この世界を「正しい形」に修正するための大きな力になるかもしれない。

 

「出走、か。いかにも君らしい言い方だ」

 

 ルドルフは嬉しそうに微笑み、私のグラスに自分のグラスを軽く当てた。

 

「心強いよ。君に背中を押してもらえるなら、私はどこまでも走れそうだ」

 

 皇帝の覚醒。

 私の蒔いた種が、皮肉にも彼女を()()()()()に進ませようとしている。

 

 たとえそれが、いつかミークの前に立ちはだかる最大の障壁になるかもしれなくとも。

 この瞬間、彼女の決意を尊いものだと感じていた。

 

 

 

「ところで銀君、よかったら今度私の両親に会ってくれないか?」(※金スキル:王手)

 

「……理由を知るのが怖いのでなぜとは聞きませんが、まあ、後ろ向きに検討しておきます」

 

 

 




 
今更ですが、あたたかい感想、高評価ありがとうございます。
すごくうれしいです。
 
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