白毛のミークと俺   作:BT

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第14話 日常ついでのG1

  

 私はハッピーミーク。

 中央トレセン学園所属のウマ娘。

 

 好きなものはくらげ、ふわふわ、かわいい。

 この前トレーナーさんに連れて行ってもらった水族館、楽しかった。

 

 あと、ゆっくり動くものも好き、のそのそ。

 

 授業で中庭を移動してたら、カメさんを見つけた。

 のんびりひなたぼっこしてる、かわいい。

 

 カメさんを見てると、なにか聞こえてきた。

 

 なんでも私がG1のレースに勝たないと、私のトレーナーさんは、トレセン学園を解雇されるらしい。

 

 わざと聞こえるように、誰かがそう言っているのが聞こえた。

 解雇、つまりそれは、私が勝たなければ、トレーナーさんが私の前からいなくなる。

 

 ……それは、とても嫌だ。

 

 胸の奥が、ずん、と重くなる。

 この感じは「不安」、昔はいつも感じていた気持ち。

 

 いつも側にいてくれる同級生――サポートスタッフの娘が、キッと、今の言葉を投げた人を睨みつける。

 相手はウマ娘ではない大人、誰かは知らない、すぐにどうでもよくなった。

 

 そんなことより、私は、トレーナーさんに会いたい。

 

 私は、速くなった。

 

 選抜レースで一度も勝てなかった頃の私じゃない。

 たくさんチームの入部テストに全部落ちた頃の私じゃない。

 誰にもスカウトしてもらえなかった頃の私じゃない。

 

 自分でもはっきりとわかる。

 以前の私とは、別の生き物になったみたいに、速い。

 

 トレーナーさんのおかげ。

 

 私のトレーナーさん、水野銀次さん。

 

 いつも黒いスーツを着て、シュッとしている、背の高い男の人。

 人間さんにはどこか冷たい感じなのに、私……というより、ウマ娘と話すときだけは、優しい表情をしてくれる。

 

 舐めると少ししょっぱくて、優しい味がする人。

 あといつも甘いにおいがする人。

 理由は凄く甘党で、よくお砂糖とか御菓子を食べているから。

 

 あと、トレーナーさんは夜が似合う。

 理由はわからないけど、怖いのに優しいところが似てる。

 

 ……あの夜のことを思い出す。

 

 私の夢を、笑わなかった人。

 私の素質を、誰よりも信じてくれた人。

 私を、強いウマ娘にしてくれた人。

 

 私のことが、大好きな人。

 

 ……これは、多分だけど。

 

 学園では、トレーナーさんの悪い噂も良い噂も、たくさん流れている。

 その中で、一つだけ印象に残っている噂がある。

 

 トレーナーさんは、『魔法使いさん』なんだって。

 

 ふらっとあらわれて、悩んでるウマ娘を助けては、ふらっと消えるらしい。

 プライベートや走り方の悩みを解決してくれたり、怪我を見つけてくれたり、治してくれることもあったりするって聞いた。

 

 多分、それは噂じゃない、本当のことだと思う。

 私はいつも、練習の前にも後にも、魔法をかけてもらっている。

 

 トレーナーさんは、私の足を優しく撫でる。

 何をされているのかは、私にはわからない。

 でも、きっと、とても大事なこと。

 

 だってトレーナーさん、それだけは、たくさんのスタッフさんの誰にもやらせないから。

 私と、トレーナーさんだけの、特別な時間。

 

 きっとあれは魔法。

 じゃないと、私があんなに速く走れるようにならないと思う。

 

 トレーナーさんにそう言ったら、きっと否定すると思うけど。

 私が元々凄かったんだって、ちょっと困った顔でそう言いそう。

 

 ……トレーナーさんに、会いたい。

 

 机に並んだ教科書も、先生の声も、今はひどく遠い。

 授業は、退屈。

 早く、終わってほしい。

 

 チャイムが鳴ったら、すぐトレーナーさんのもとに行こう。

 

 

 

 トレーニング施設に着いた。

 

 トレーナーさんが作ったらしい、凄くお金がかかってそうな場所。

 建物だけじゃなく、たくさんのスタッフさんのお給料とか、そういうのも凄く高そうだと思う。

 

 前にスタッフの人が、トレーナーさんに聞いていたのを耳にした。

 トレーナーさんは投資とか、不動産とか……なんか、そういう会社を持っているらしい。

 最初は気になったけど、「気にしなくていい」ってトレーナーさんが言ったから、気にしないことに決めた。

 

 でも、賞金がたくさん入ったら。

 全部、トレーナーさんに渡そうと思う。

 

 早く会いたくて、歩くのが速くなる。というか、走ってしまう。

 後ろから、一緒に来たスタッフの娘が「は、はやい、はやーい」と言いながら追いかけてくる。

 

 施設の建物に入る。

 

 今日はまず、完成した「勝負服」を試着するらしい。

 

 案内された部屋に入ると、トレーナーさんが、力尽きたボクサーみたいになっていた。

 いつもの綺麗なスーツがボロボロに破れて、髪の毛もぼさぼさ。

 なぜか手や顔に咬まれた痕があって、服の上から咬みつかれたのか、よだれ……? みたいなもので、べちゃべちゃになっている。

 

 でも、なんだか、やり切ったような表情。

 

 よくわからないけれど、ハンカチを出して、トレーナーさんの顔を拭いてあげた。

 トレーナーさんは、優しい声で「ありがとう」って言ってくれた。

 

 一緒に来たサポーターの娘が、何があったのか聞く。

 勝負服の選定で、ちょっと揉めたらしい。

 

 ……ちょっと?

 

「気にしなくていい」って、またトレーナーさんは言うけれど。

 

 むぅ。

 

 勝負服が、運ばれてきた。

 白くて、かわいくて、ちょっとかっこいい。

 あと、靴がかわいい。

 フランスパン、みたい。

 

 今日はこれを着て、少し走って、それから「ウィニングライブ」の練習をするらしい。

 

 ウィニングライブ。ただのレースじゃない、G1のライブ。

 日本中のウマ娘の中で、ほんの一握りしか入れないトレセン学園。

 そこでデビューできて、勝ち上がって、やっと走れる重賞レース。

 その中でも、一番凄くて、強い娘しか出られないのがG1。

 

 そのライブで、私は「センター」の振り付けを練習する。

 

 1位になった娘だけが立てる、場所。

 

 スタッフさんも、トレーナーさんも、当たり前のように、私がそこに立つ前提で話をしている。

 私が負けたら、トレーナーさんは解雇されるのに。

 

 トレーナーさんは、不安じゃない?

 怖くないの?

 

 トレーナーさんはあんまり表情が変わらないから、よくわからない。

 でも、全然、不安そうには見えなかった。

 

 どうして……?

 

 そんな疑問が、ふと浮かぶ。

 でも、すぐにわかった。

 

 ジャパンカップ。

 

 シンボリルドルフさんとマルゼンスキーさん。

 

 すごかった、あのレースに出走した、いろんな場所で一番速いウマ娘たち。

 誰も相手にならなかった。

 

 たぶん、あの二人は、世界で一番速いウマ娘たち。

 

 怖かった、けど。

 それ以上にどきどきした、わくわくした。

 

 だって、トレーナーさんなら、あの二人に勝てるように私を育ててくれるから。

 あんな走りが、私にできるように()()()()()()に違いないから。

 

 トレーナーさんは、私ならそうなれることを信じている。

 私が、トレーナーさんを信じているように。

 

 それに私は知っている。

 

 あの夜、トレーナーさんは言ってくれた。

 私は凄いウマ娘で、どんなレースも、何回だって勝てるって。

 当たり前のように。当然のように。そう決まっている、みたいに。

 

 ……トレーナーさんを、ギュッとしたくなった。

 

 だから、ギュッとした。

 

 トレーナーさんの、甘いにおい。

 耳を澄ますと、ドクドクしてる心臓の音が聞こえる。

 

 だから、わかった。

 

 私は、()()()()()()勝つんだと思う。

 

 G1レース『朝日杯フューチュリティステークス』。

 誰よりも速く駆け抜けて、センターに立つ。

 

 トレーナーさんと私の夢を、叶えるために。

 

 

 

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 視界が、白く滲む。

 全力で風を切る音だけが、耳元で鳴り響いている。

 

 阪神、芝、1600メートル。右・外回り。

 トレーナーさんが教えてくれた、コースのデータが頭の中で静かに回る。

 スタートから最初のコーナーまで、470m。

 

 ターフを蹴るたびに、身体がふわりと浮くような感覚。

 足はちっとも重くない。

 呼吸も、苦しくない。

 

 トレーナーさんの魔法は、まだ解けていない。

 

『ハッピーミーク独走か!? ぐんぐんぐんぐん差が開く、差が開く!!』

 

 実況の人の叫び声が、遠くの方で聞こえる。

 あれ……私は今、どこを走っているんだろう?

 

『ハッピーミーク! リードを保ったまま三コーナーから四コーナーに入ります!』

 

 あ、実況の人が教えてくれた。

 

 第三コーナーから第四コーナー。

 つまり800メートルくらいのところを今走ってる。

 

 あともう半分。

 

 前には、誰もいない。

 横にも、誰もいない。

 

 ただ、冷たくて気持ちのいい風が、私の頬を撫でて通り過ぎていくだけ。

 

『後ろからはなんにも来ない!! 後ろからなんにも来ない!! 七番が二番手に上がってきたが、先頭は依然としてハッピーミーク!!』

 

 後ろにも、誰もいない。

 

 あの日、誰もいない夜のステージで踊っていた時と同じ。

 

 でも、今は寂しくない。

 

 ゴールの向こうで、あの人が待っていると知っているから。

 

 景色が、後ろに飛んでいく。

 光の速さになったみたいな気分。

 

『これは強い強い強い!? これは強い!! これは強い!!』

 

 実況の人の叫びが、空気を震わせている。

 

 会場にいる何万人の視線が、私に突き刺さっているのがわかる。

 みんな、驚いている。私がこんなに速いことが、信じられないみたい。

 

 でも、私にとっては当たり前のこと。

 練習通りに、走ってるだけ。

 

 一歩ごとに地面を掴む感覚、筋肉が爆発するように連動して、私を前へ、前へと押し出す。

 トレーナーさんが育ててくれた私の身体が、今、最高の音を奏でている。

 

 体の中は、燃えるように熱い。

 でも、頭の中は、夜の湖みたいに静かだった。

 

『白のウマ娘がただ一人!! ゴールに向かう! ゴールに向かう!』

 

 私の視界には、誰もいない。

 あるのは、どこまでも続く緑の絨毯と、高い空。

 そして、真っ直ぐなコースだけ。

 

 私の髪と尾は今、風に舞ってたなびいている。

 それはきっと、あの暗いステージで踊ってたときより、今、この瞬間の方がずっと綺麗。

 

 トレーナーさんがつくってくれた勝負服を着て走っているから。

 

 トレーナーさん。

 今、行くから。

 ゴールで待っている、あなたのところへ。

 

 あと少し。

 あと、一歩。

 

 ゴールラインを駆け抜ける。

 

『ハッピーミーク1着でゴーーーール! ハッピーミーク、大楽勝!!』

 

 速度を落としながら、ゆっくりと深く息を吐いた。

 

 勝ったんだ。

 

 会場の空気が、なんだか変。

 みんなが、何が起きたのかわからなくて、戸惑っているみたい。

 

『そして二着には七番!! いやー、おそれいった、おそれいりました!』

 

 しばらくして掲示板がともる。

 光る文字で「大差」って浮かんでるのが目立ってた。

 

「信じられねえ、マイルで大差勝ちかよ……」

「メイクデビュー戦とかなら着差がひらくのもわかるが……これG1だぞ……」

「おいおい……とんでもないウマ娘が出てきたな」

 

 ざわざわとした声が、地鳴りのように聞こえてくる。

 私は足を止めて、人混みの中を探した。

 

 黒いスーツ。

 シュッとしていて、背の高い人。

 

 見つけた。

 

 最前列で、私だけを見ている。

 いつもの冷たい表情だけど、私と目が合った瞬間、ほんの少しだけ口元が緩んでいた。

 

 よかった。

 これでトレーナーさんは、どこにも行かない。

 

 私はトレーナーさんに向かって、右手を上げた。

 指を二本、立てる。

 

「……ぶい」

 

 届かないかもしれないけど、声に出して言ってみた。

 

 私の魔法使い(トレーナー)さんは、満足してくれたかな。

 

 拍手と歓声が、遅れて降ってきた。

 

 

 

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