白毛のミークと俺 作:BT
言っておくと、トレーナーという職業自体は素晴らしいものだ。
そしてまたウマ娘という存在もまた、間違いなく尊いものだった。
問題は、私という人間がトレーナーになれてしまったということ。
ともかく、どうしてこうなったのか順を追って話そう。
私にはコネも能力も運もあった。
そして何より……それ以上に特殊な能力があった。
転生ものとして馴染みのある言葉をつかうなら、チートと呼ばれるものだ。
ただ、どう表現すればいいものか。
その能力の詳細はそう簡単に説明できるものではない。
それでもひどく乱暴に例えるなら、私という存在はゲーム基準で言うところの、SSRを6段階くらい超えたランクのサポートカードだと思ってもらえればいいだろう。
よりわかりやすくいうなら、私一人で、スピード、スタミナ、パワー、根性、賢さ、友人のSSRサポカ、各6枚分位あるとでも言おうか。(合計36枚分)
少しゲームに触れたことがあれば、これがどれだけ狂っているかが、容易に想像できるはず。
なにせ私が一人いるだけで、SSRサポカ6デッキ分に匹敵するのだ。
完璧な体力の管理はもとより、病気や怪我の兆候発見に治療、ステータスもスキルポイントも金色に輝くスキルも、私がいれば望むものを習得することが可能だ。
つまり、私が本気で育成を担当すれば、ほぼ確実にそのウマ娘は世界最強になるだろう。
いや、もはやそれは最強などという煌びやかなものではない。
ただのバグだ。
私というエラーが生み出した、この世界のバグになるのだ。
不幸中の幸いとでも言おうか。
私は取り返しのつかない罪を背負うことと引き換えに、その事に気がつくことができた。
と言うのも、まずトレセン学園でトレーナーになるにあたり、地方での実績が無かったり、特殊な教練課程を受けていない者は、トレーナーではなくサブトレーナーとしてスタートする。
新人がいきなりそのウマ娘の人生を預かるなどと言うのは、よっぽどのことがない限り成功しないからだ。
ある意味担当するウマ娘の人生を背負うわけだから、当然といえば当然。
なのでまずは経験と肩書きを得るため、サブトレーナーになることが規則として存在する。
ここでコネが大いに役立った。
その昔、私の家庭教師だった人が学園にいたのだ。
その人の名前は東条ハナ。
原作を知る人には馴染みのある、超有能トレーナーである。
そのあたりの事情もあり、私は当時トレセン学園に在籍するトレーナーの中で頭角を表していた彼女が率いる、チーム「リギル」のサブトレーナーになることができた。
もっとも、頭角を表していただけで、当時の東条トレーナーは中堅に届くかどうか程度。
なので、サブトレーナーとして潜り込むのはそう難しいことでもなかったのだが。
ただ、私がサブトレーナーになったその年。
リギルに2人のウマ娘が加入する。
マルゼンスキー
シンボリルドルフ
ゲームにおいて、そして史実においても最強と名高いウマ娘である。
その二人を自らの手で育てられないことは少し残念だったが。間近でその様子を見ることが出来、わずかでも関わることができるのであればむしろ幸運。
なにせ一流のトレーナーによる一流のウマ娘の育成に関わる経験が積めるのだ。
二人の事を知っているため、あの時は踊り出したいくらい嬉しかったが、その気持ちは絶対に秘めておかなければならなかった。
なぜなら私は、いわばこの世界において異物。
決して彼女らを知っている事や、己の事情を悟られないよう注意深く、努めて表情にも出さないようしなければならない。(これが原因でしばらくの間、鉄面皮というあだ名で呼ばれた)
東条トレーナーに紹介され、二人と挨拶をしたが、あまりに無表情になってしまったので、少し引かれた気配もあった。
しかし二人は、まだメイクデビュー前ということもあってか、初々しい様子でそんな私に挨拶を返してくれた。
あの少し困ったような笑顔は、今でも脳裏に焼き付いている。
そうして私は東条トレーナーのサポートやチームの雑用をこなし、経験を積みながら、ある程度自覚していた自分の能力を慎重に確認した。
まず役に立ったのは、ウマの状態を解析できる能力。
今まではテレビか遠目からしか見ることができなかったのだが、すぐそばであればわかることも増える。
時間をかけて五感全てを使うことにより、あらゆる適性や潜在スキルはもちろんのこと、ステータスやスキルポイントなど、本来数値化することが難しいあれこれまでをかなり正確に調べることができた。
ただ、当然それらは自分の心の中に秘める。
どう育成するかなどは東条トレーナーとシンボリルドルフ、マルゼンスキーで決めることだ。
それくらいの分別はあった。
いや……あるつもりだった。
自分の異常さを、もっと早く自覚するべきだったのに。
私は歪めてしまった。
どうせいつか覚えるから、と甘く考えてしまった。
これくらいならと、軽率に判断してしまった。
ほんの少し早めに、彼女たちの固有スキル(キャラクターが持つ独自のスキルのこと)を伸ばすきっかけをつくり。
どんな状況でも役に立つだろうと、『円弧のマエストロ』に『好転一息』という、コーナーや直線にて特殊な呼吸や歩法を組み合わせて、スタミナを回復するスキル(技法)を教え。
簡単なものならと、私の能力で導き出した特殊なトレーニングサポートを、東条トレーナーに相談した上で施してしまった。
ただ、ほんの少し役に立てばいいと、これくらいなら構わないだろうと、何の根拠もなく。
その結果、シンボリルドルフとマルゼンスキーは間違いなく強くなった。
いや……強くなり過ぎた。
わかっていたはずだ、二人は歴史に名を残す最高の競争ウマ娘だと。
そんな二人が、本物の天才である東条トレーナーに全力で導かれれば、強くなるのが当たり前。それ以上は必要ない。
それで十分だったと、わかっていたはずなのに。
結果、出るレース全てにおいて、二人は2位と大差で勝つ圧倒的な勝利を積み重ねた。
当然だ、手を抜くなどという傲慢なことはせず、全力を出す事こそが対戦相手に対する敬意。
なによりも走ることを楽しむのなら、限界まで自らの力を出し切るべきという強者の精神。
二人には手加減などというのは恥ずべき行為だったのだから。
最初はその強さに人々は熱狂した。
だが、やがてその強さを恐れはじめ、ついには疎みだした。
どうせまた、あの二人がレースを潰す。
勝つではなく、潰す。
的をついている、ああ、確かにその通りだ。
だが訂正しろ、潰したのは二人じゃない、そして東条トレーナーでもない。
私だ。
勝つだけなら東条トレーナーのトレーニングだけで問題なかったのに。
私という存在が全てを狂わせ、壊してしまったのだ。
それら含めた諸々の事情もあり、トゥインクル・シリーズ運営は、二人の出走を制限しはじめた。
表向きの理由は「競走において他のウマ娘に危害を及ぼすおそれがある」そして「競走に関し不正な協定の実行その他不正な目的に供せられるおそれのある」というもの。
それらがこじつけの理由であるのは明白だ。
しかし、そうしてでも出走を制限しなければならない事情が彼らにはあった。
権威を持つものであれば、その世界を守る義務がある。
上に立つからには、責任が伴うのだ。
だが、たとえそうだとしても、おとなしくしているわけにはいかない。
トレーナーにもまた、担当のウマ娘たちの青春を、黄金の時間を、そして未来を守る責任があるのだ。
適正ではない距離のレースにしか、出走登録ができないシンボリルドルフ。
そもそもG1どころか、全てのレースの出走登録すらできなくなったマルゼンスキー。
それら事態に、なんとかしようと奔走し、疲弊する東条トレーナー。
ため息や落胆、ひどい時には罵声を浴び、おまけにレースに出られず、精神を削られ落ち込む二人。
全ては私が原因だというのに、私以外がひどく苦しんでいる状況。
それに耐えきれず、私は今世で鍛えた異能に加え、前世に培ったあれやこれやな汚い手段を駆使し、マスコミに企業に団体など、多方面から影のように手を回し、トゥインクル・シリーズ運営の説得にあたった。
それは褒められたいからでも、助けたいからでもない、ただの羞恥心ゆえだ。
自分が吐いた嘔吐物を、自分で片付けるのは当然だろう。
例えどれだけ汚れようと、それは自らの手で掃除するのが当然なのだ。
思い返せばその過程で、なぜ無事に済んだのかと思いたくなるようなこともしたが……。
だがその甲斐もあって、なんとかシンボリルドルフとマルゼンスキーの有マ記念出走許可をもぎ取ることに成功した。
あのとき、シンボリルドルフにマルゼンスキー、そして東条トレーナーが目に浮かべた涙。
本来それは、流さなくてよかった涙だったのだろう。
そしてその年度の終わり。サブトレーナーからトレーナーに昇格した直後、私宛にトレセン学園の理事会から通達があった。
格式に則った文章だったため、少し回りくどいものだったが要約すると。
<水野銀次>トレーナーを、無期限の謹慎処分とする。
また謹慎の間、担当のウマ娘を持つことを禁ず。というものだ。
説得にあたり、かなりの無茶を通したのだから、当然だろう。
幸いなのは、すでに私がチームリギルから離れ、独り立ちした直後にその通達があった事。
このことでチームに迷惑をかけることにならなくてよかった。
いや、冷静に考えれば、とてつもない苦労の果てに手にしたトレーナー資格の凍結に等しい内容だ。
普通のトレーナーからすれば、完全な存在の否定ともいえる処罰であり、絶望してもしょうがないレベルだろう。
だが、当時の私にとっては罰ではなかった。
むしろよくぞと、感謝すべき決定だった。
なぜなら私はもうウマ娘の育成にかかわるべきではない。
誰かと高め合うはずだった日常。
誰かが勝つはずだったレース。
誰かと分かち合うはずだった喜び。
誰かと通じ合わせるはずだった想い。
私という存在のせいで、その全てが失われるのだ。
彼女たちの青春を、想いを、願いを、夢を。
なにより人生を弄ぶような事を、許してはならない。
いや、正確にはその行為に私の心が耐えられない。
ゆえに、その処罰は私にとって救いでしかなかった。
エラーの隔離ともいえる行為に、なんの不満があろう。
本来であれば今すぐにでも学園を辞すべきではあるのだろうが、処罰の期間は学園に残ることにした。
でないと、少しでも処罰を軽くしようと奔走してくれた恩師と、二人の偉大なウマ娘の顔に泥を塗ることになる。
だが、謹慎が明けたその時は、大人しく学園から……いや。
いっそもう、この世界から去った方がいいのかもしれない。
エラーである私が消えれば、この歪みはきっと元通りとなり。
かつて私が夢中になったような、素晴らしい世界になるはずだ。