白毛のミークと俺   作:BT

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第3話 働かずに見るウマ娘は

 

 そうして謹慎を言い渡されてからおよそ一年が経ち、トレセン学園の門をくぐったあの日からちょうど三年が過ぎて、今に至る。

 

 この一年は学園内の雑用をしながら、関係者たちが流す『役立たず』『給料泥棒』などといった悪評を肴に、ウマ娘たちの姿をダラダラと眺める日々だった。

 

 そう考えると、実際そうであることを抜きにしても、私を役立たずの給料泥棒と言いたくなる気持ちは痛いほどわかる。

 

 なにせウマ娘の育成に関わらずに、彼女らの姿をいつでも生で見られ、おまけに何割かカットされているとはいえ、給料までついてくるのだ。

 むしろかなりマイルドに抑えてくれているともいえるし、なにひとつ間違ってはいない。

 

 ニートレーナーとか呼ばれても仕方がないなこれは。

 

 そのへんの罪悪感もあって、せめて何か手伝おうと、地を這うような低姿勢であちこちを訪ね雑用をこなしていたのだが。

 最近では気味悪がられて、追い返されるようになってしまった……解せない。

 

 まあ、それももう終わりだろう。

 

 どうやら今年からトレセン学園の理事長が変わるらしく、私の謹慎も解かれる可能性があるとか。

 そうであれば大変喜ばしい。

 

 ……少し残念にも思うが、いつまでもこの場所に、この世界にいるわけにもいかなのだ。

 

 本当に幸いなことに、あれ以降大した歪みは世界に起こっていない。

 

 実はどうしても放っておけず、多少怪我や病気をしそうな、もしくはしてしまったウマ娘たちのフォローだったり。

 勝てなかったり出れなかったりで、落ち込んでいたり悩んでいた子たちと、たわいのない話しをしたことがあった。

 なので、内心かなり恐れていたのだが、あくまでそれらは誤差の範囲だったようで、特に目立った変化はなかったように思う。

 

 もしかすれば見えないところで何かが起きているかもしれないが、私が去れば歪みはいずれ消え、修正されることだろう。

 

 そんな事を考えながら、残りの日々を惜しむように、雑用とウマ娘たちの姿を求め、学園内をぶらつく。

 そうだ、この時間なら選抜レースを見ることができるかもしれない。

 

 選抜レース。

 

 ウマ娘たちが己の実力を示し、トレーナーと契約を結ぶきっかけとなるレース。

 ここで勝つことができれば、より優秀なトレーナーに出会えるチャンスが増える。

 

 優秀なウマ娘には、優秀なトレーナーが。

 非凡なウマ娘には、非凡なトレーナーが。

 

 無論例外もあるが、これが一般的な現実である。

 共に人生を賭けるのだから、厳しい現実でなければいけない。

 

 ゆえに、デビュー後では見ることができない熱気や輝き。

 そういった何かを見ることができるレースでもある。

 

 選抜レースのコースに着くと、既に多くのウマ娘とトレーナーたちの姿があった。

 最前列に陣取った、やる気のあるトレーナーたちから離れ、コース全体を見渡せる観客席に腰掛ける。

 

 やがて一回目のレースが始まり、そしてウマ娘達が全力で駆けていく。

 ターフを走る彼女たちの表情は、焦り、苦悶、真剣さ、そして笑顔の入り交じったもの。

 

 だが、どのウマ娘にも共通して、必死さ、そして決意といったものが見て取れる。

 もしかしたらこの中から、未来のG1ウマ娘が出るかもしれない。

 

 しかし、例えそうだったとしても。

 いまこの瞬間は、皆同じ立ち位置であり、どのウマ娘にだって可能性がある。

 

 だからこそなのか、選抜レースには普通のレースにはない何かがあるように思えた。

 

 きちんと育成に関わることはできなかったが、それでもトレーナーを目指さなければ見られなかった光景。

 

 そうだ、私はこんなにも素晴らしいものが見られた。

 だからもう、これで満足だ。

 

 そんな煤けた自己満足に浸っていたその時。

 

 レースを終えて、走り終えたウマ娘たちをスカウトするトレーナーたちの中に、見覚えのある姿を見かけた。

 

「あれは……桐生院トレーナーか?」

 

 間違いない、あれはウマ娘のゲーム版に登場する、プレイヤーのライバルとなるトレーナーだ。

 そういえば、今年入ったばかりだというのに、すぐにトレーナーとして担当ウマ娘を持てる条件をクリアした、期待の大型新人トレーナーが入ってきたという噂は聞いていたが。

 

 なるほど、あの桐生院だったか。

 

 彼女は先程走り終えたウマ娘に話しかけ、やがて二人はにこやかに笑いながら握手を交わす。

 おそらくはトレーナー契約が成立したのであろう。

 

 それだけであれば、何も驚くことはない普通の光景。

 

 だが、新人トレーナーである桐生院が、最初に担当するウマ娘を予め知っている、世界でただ一人の人間からすればその光景はひどく異常なものだった。

 

「誰だあのウマ娘は?」

 

 桐生院と握手をかわしているのは、黒毛のウマ娘。

 

 そんなはずはない。

 そんなはずはない。

 そんなはずはない。

 

 あの名門出身である桐生院トレーナーと契約を結ぶのは、あの白毛のウマ娘のはずだろう? 

 

 なのに、どうして? 

 

 黒毛のウマ娘を注意深く観察する。

 

 全体的な素質は悪くない、が。

 正直とりたてて良くもない。

 

 強いて言うなら追い込みが得意そうではあるが、その程度であれば他にいくらでも見つけられるだろう。

 

 何せここは中央トレセン学園。

 ここにいるウマ娘の誰しもが、勝者になれる可能性を秘めている。

 

「……どういうことなんだ?」

 

 その光景を直視することができず、思わずレース場から立ち去った。

 

 吐き気を抑え、フラフラと歩きながら考える。

 

 あれはどういう事なんだ? 

 いや、わかりきっている。

 

 私のせいで起こった事態だ。

 

 何がいけなかった? 

 

 やはり処分が下った時点で学園を去るべきだったのか? 

 そもそも、ウマ娘とわずかでも関わるべきではなかったのか? 

 

 ……私が生まれてしまったことそのものが、間違いだったのか? 

 

「あ、こんな所にいらしたんですね水野トレーナーさん」

 

「駿川……秘書官?」

 

 振り向くと一人の女性がそこにいた。

 この学園に在籍していて、彼女のことを知らないものはいない。

 

 駿川たづな。

 

 緑の帽子とスーツがトレードマークの、中央トレセン学園が誇る有能な秘書官。

 前理事長の時代から、実務補佐や運営面においても腕を振るってきた敏腕。

 シンボリルドルフとマルゼンスキーの出走制限の際には、中立を保ってくれた数少ない人。

 

 現状学園においては、二番目に権力がある人物ともいえる。

 その彼女がいったいどんな用件で? 

 

 彼女は少し苦々しい表情を浮かべ、口を開く。

 

「新理事長がお呼びです。一緒に来てくださいませんか?」

 

 

 

 

 

 謹慎を解き、トレーナーへの復帰を認める。

 

 ただし一ヶ月以内にまだデビューしていないウマ娘の担当を持ち、今年度のレースに参加すること。

 そして……年内にG1レースで最低でも一勝をあげること。

 

 条件が満たせない場合は、中央トレセン学園のトレーナーを辞めてもらうことになる。

 

 理事長室で伝えられた内容を要約するとそういうこと。

 苦々しい表情でそう告げる新理事長の様子から、それが彼の本意ではないことがわかった。

 

 どうやら前理事長の置き土産らしい。

 

 確かにまだ選抜レースや幾つかのチームの入部テスト用レースは行われる予定だが、めぼしいものは今日で全て終わった。

 今から年内のG1で勝てるウマを探すのは難しいだろうし、そもそも勝てそうな素質を持つウマには、とっくにトレーナーが声をかけているはずだ。

 

 また、たとえ残っていたとしても、私の悪評は学園中で知らないものがいないくらい有名。

 私を担当にするなどという、やる気のないウマ娘はこの学園にはいないだろ。

 

 というか……デビューして1年目に出られるG1は、

 

『阪神ジュベナイルフィリーズ』

『朝日杯フューチュリティステークス』

『ホープフルステークス』

 

 この三つだけだけで、おまけに全て同じ月にある。

 

 ウマ娘に相当な無理をさせればチャンスは二回。

 一般常識で考えるなら、チャンスは実質一回しかない。

 

 いや、それらレースの距離が芝のマイルと中距離である時点で、担当するウマ娘次第では、チャンスはゼロだ。

 

 そもそもメイクデビュー戦で勝つだけでも大したものだろうし、G1どころかG2やG3のレースだったとしても、重賞と呼ばれるほどに重いタイトル。

 一般的なウマ娘であれば、重賞で一勝できただけでも大したものである。

 

 つまり提示された条件は、普通に考えれば限りなく不可能に近い条件。

 

 伝えた本人たちもそれは重々理解しているのか、秋川と名乗った中年男性の新理事長は、どこか申し訳なさそうな表情だった。

 

 確かに普通に考えればおかしな話ではある。

 法に訴えればどうにか出来そうな問題にも思える。

 

 しかしおかしな話ではあるのだろうが、おそらくそれは彼が新理事長になる上で、飲まなければならないなにかだったのだろう。

 もしくはその結果起こった問題により、新理事長の地位の低下をのぞむことを期待する、何者かの意図も感じる。

 

 そのことは充分わかっているつもりだったので、私はなるべく相手が気に病むことがないように、薄く微笑を浮かべて一礼する。

 そして正しくその条件を理解し、その上で了承するという意を伝えて理事長室を後にした。

 

 ……ああ、よかった、本当によかった。

 

 これで無理なく学園を去ることができる。

 師と偉大な二人のウマ娘の顔を潰さずに、静かに去ることができる。

 

 ただ、一つ……気がかりなのは。

 

 あるウマ娘のことを考えながら、夜の学園を彷徨う。

 あの白毛のウマ娘は今、どこで何をしているのだろうか。

 

 もしかしたらすでに別のトレーナーと契約していた? 

 ならまだ良い。いや、良くはないが。

 

 であれば、まだ救いはあるはずだ。

 

 もしくは既に現役を終えている? 

 一応覚えのあるウマ娘のチェックは欠かさずしていたので、その可能性は低いが……地方で走っていた可能性もあるか? 

 

 いやまて、そもそもまだ中央に入学していない、もしくは中等部に入学したばかりの可能性もあるのか。

 マルゼンスキーとシンボリルドルフが、同じ年にデビューしているのだから、前世の史実の時系列はあてにならない。

 

 つまり私が起こした歪みは、桐生院がトレーナーになる時期を早めただけだったとしたら? 

 

 なら、桐生院の初めて担当するウマ娘にはなれないが、二人目のウマ娘として活躍する可能性は残っている。

 

 大丈夫だ、大丈夫。

 まだ、まだ可能性は残っているはずだ。

 

 ほんの少しの歪みである可能性が、残っているはずなんだ。

 

 ……だというのに。

 

 一向に嫌な汗が止まる気配がない。

 不自然な胸の動悸も止まらない。

 

 そうしてどれくらいの時間彷徨い歩いていたのか。

 ふと気がつくと、学園の敷地内にある、小さなコンサート広場に行き着いた。

 

 訪れる者など誰もいないのか、全体的にボロボロだ。

 おそらく使われなくなってずいぶん経っているはず。

 

 これでは昼間だろうと、誰も寄りつかないだろう。

 

 そんな深夜の静まり返った、誰一人いないはずの広場のステージ。

 

 だがそこには、一人のウマ娘がいた。

 

 粗末なライトの明かりだけを頼りに、観客もいない寂しい舞台で。

 純白の髪と尾をなびかせ、トントンとステップを踏みながら踊る、白毛のウマ娘。

 

 ハッピーミークが、そこにいた。

 

 

 

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