白毛のミークと俺 作:BT
白毛のウマ娘は静かに踊り続ける。
何度も何度も練習したのか、踊りには粗がなく、されど華もない。
踊りに乗せる感情が薄いとでも言おうか、手本の映像を見ているような味気なさがある。
見るものが見れば、凡百のウマ娘が踊るそれと区別できないだろう。
また同様に、人は皆、彼女を凡百のウマ娘としか見れないだろう。
だが、私にだけはわかる。
この世界で、私にだけはわかるのだ。
彼女、ハッピーミークというウマ娘なら。
どんなウィニングライブだろうと、踊れる可能性があることを。
こんな朽ちかけのステージではなく、この世界で一番大きなレース場の舞台にだって立てる可能性があることを。
何故なら本来、桐生院トレーナーの愛バとして、あらゆる距離のあらゆるレースを走り。
プレイヤーたちのライバルとして、最後の壁の一角として立ちはだかることになるウマ娘。
それがハッピーミークというウマ娘なのだから。
その彼女がなぜ、なぜ、なぜ……。
いや、わかりきったことだ。
私が原因だろう。
ハッピーミークは、ふっと踊ることをやめ、こちらに視線を向ける。
いつのまにか私は、吸い寄せられるように、舞台の真正面まで歩いていたようだ。
突然現れた不審者の姿を見て、ハッピーミークは驚くわけでもなく、じっと、無言で私を見つめている。
「……こんばんは」
「……」
「随分と寂しいウィニングライブだね」
「……」
「いや……失礼なことを言ってしまった、すまない。邪魔するつもりはなかったんだが、散策していたら君が踊る姿が見えたもので」
「……」
「おっと、私は一応トレセン学園のトレーナーでね、怪しいものではないよ。いや、十分怪しいか」
「……」
「えーと、その……邪魔してすまなかったね」
投げかけた言葉に特に反応することもなく。
おおよそ感情らしい感情を一切浮かべず、ただ宝石のような瞳でこちらを見つめるハッピーミーク。
居た堪れなくなってしまった私は、謝罪をもう一度告げ、舞台に背を向ける。
聞きたいことはたくさんあった。
どうしてこんなところで踊っているのか。
今日の選抜レースには出たのか。
そして……今現在、担当のトレーナーはいるのか。
だが、それを聞く勇気がどうしても出なかった。
誰だって、特に心の弱い私のような人間は、自らの罪を直視したくないから。
また、聞いて何かあったとしても、私にはどうすることもできないだろう。
関われば、歪みはより大きなものになってしまうから。
後ろからは、再びタップの音が聞こえ始める。
ターンターンターン。
踊るもの以外、誰もいない寂しい舞台で。
私の罪の数を刻むように、タップの音は途切れることなく鳴り続けていた。
「謹慎が解けたそうだね、おめでとうサブトレーナー君」
「ちょっとルドルフ、謹慎が解けた以上、銀ちゃんはもう立派なトレーナーなんだから、サブは余計よ~」
翌日、師への礼儀もあって、最低限はことの経緯を説明しようとチームリギルの部室に訪れたところ、二人の見目麗しいウマ娘に遭遇した。
シンボリルドルフ
マルゼンスキー
共に皇帝、スーパーカーなどの異名で呼ばれることもある、偉大な戦歴を持ったウマ娘たち。
そして、より輝かしいものになるはずだった戦歴を、私の手によって歪められてしまったウマ娘たち。
「そうだったな、すまないトレーナー君」
「私は昔と変わらずに、銀ちゃんって呼ばせてもらうわね♪」
「……コホン。まあ確かに考えれば、担当してもらってるわけでもないのにトレーナー君と呼ぶのも少し違うか。な、なら私は銀君と呼ばせてもらおうかな」
「好きに呼んでもらって構わないよ、特に君たち二人にはね」
真面目に、世界のバグ君とか、トレーナーのクズちゃんとかって呼んでくれても全く構わないのだが、事実だし。
「んんんッ!?」
「あら~♪」
照れた様子の二人、妙な受け取り方をさせてしまったか。
理由は不明だが、なぜかこの麗しきウマ娘たちから、分不相応な好感を持たれている気がする。
確かにサブトレーナー時代は、二人やチームのサポートに尽力したが、特別好感を持たれるようなことでもなかった気がするが。
「しかし、二人とも変わらないようでなによりだが、今年のレースに向けての仕上がりはどうかな?」
一応聞いてはみるが、どれほどの仕上がりかはある程度分かる。
二人とも、ゲームでのステータス表記でいえば、オールAといったところか。
マルゼンスキーにいたっては、かつてはCだった長距離適正がBまで上がっている。
距離適性はまともな訓練で伸ばすことはできないはずなのだが、一体どうやったのやら。
現在シニアのG1で活躍しているウマ娘の、各ステータスの平均がC~C+程度。
比較するまでもないが、文字通り完全に格が違う。
正直、ステータスだけ見ても、彼女たちと競い合えるウマ娘は国内には存在しないだろうし、海外にもどれだけいるのやら。
おまけにこれだけの能力があるなら、適正外の距離だろうと、もはや問題にならない。
自分がやってしまったことを改めて自覚し、脳髄に鈍い痛みが走る。
「ああ、悪くないよ。年に二回の機会とはいえ、オハナさんと銀君が出走の機会を勝ち取ってくれたレースで負けるつもりはない」
「ふふふ、悪いけどルドルフ、今年の有マは勝たせてもらうわよ♪」
「こちらこそ、今年のジャパンカップは私が勝たせてもらうぞ」
そう、今現在に至っても、二人は有マ記念とジャパンカップにしか出走許可が出ていない。(※ただし両レースの出走条件は免除)
有マ記念は以前もぎ取った名残で、ジャパンカップに関しては、外国バに負けるわけにはいかないという、トゥインクル・シリーズ運営の思惑とが噛み合った結果だ。
ただ自らの罪を突きつけられるようで見るのは辛いが、最強の二人がぶつかり合う様子は凄まじく。
過去のことなど忘れたかの如く、今ではこの二つのG1は別格の人気を博している。
特に二人に目をつけていた世界の強豪ウマ娘たちが挑んできた、去年のジャパンカップにいたっては世界中で放送され、他を圧倒的に引き離してゴールする二人の強さを、世界に知らしめた。
また、出るレースの少なさ故か、結果として二人とも今年でメイクデビューから四年目になっても、現役を続けられている一因にもなっている。
ウマ娘の成長は本格化と呼ばれる現象から、約三年は伸び続けるといわれ、そこから徐々に衰えてゆくというのが基本だが。この2人にはその兆候がなく、まだまだ成長が期待できるらしい。
珍しいが前例がないわけではなく、確か最長六年ほど現役を続けたウマ娘もいたはずだ。
つまり今年か来年で、ようやくルドルフは史実の七冠を達成することだろう。
「どちらにしろ、ウィニングライブには行かせてもらうことにしよう。二人のうちどちらかがセンターになることには間違いないだろうから、花束を忘れないようにしないとね」
「……ふふ、ふふふふ、それは楽しみだな」(かかり気味)
「……もう銀ちゃんたら///」(かかり気味)
「何をやってるんだ……」
なぜか尻尾を激しく振り始めた二人を、不思議な気持ちで眺めていると、後ろから声をかけられる。
振り向くと、眼鏡をかけた黒髪の女性。
チームリギルを率いる女傑、『東条ハナ』トレーナーの姿があった。
「ご無沙汰しております、東条さん」
「ええ本当に……聞いたわ水野、謹慎が解けたそうね。ルドルフ、マルゼン、悪いけど先に行って他のメンバーと一緒にアップを始めておいて。私は水野と少し話がある」
「む……わかった、任せてくれ。それではまた近いうちに会おう、銀君」
「あら、ちょっと込み入ったお話かしら? じゃあ銀ちゃん、またいつでも遊びにきてね♡」
東条トレーナーの指示に、一瞬不満げな様子を見せた二人。
だが彼女の真剣な表情を見て、思い直したのか、素直に指示に従い部室を出て行った。
「それで……年内にG1を取れるウマ娘を育成できなければクビだそうね」
「今日は現状を伝えさせていただこうかと、お伺いしたのですが……既にそこまでご存知でしたか。さすが師匠、耳が早い上に内容も正確。ウマ娘並みだ」
「茶化してる場合かバ鹿者。で、アテはあるの?」
「……そんなウマ娘がいるなら、とっくに他のトレーナーがスカウトしてるでしょうねぇ」
まだ期間があるとはいえ、才能や素質のあるウマ娘なら、とっくにチームやトレーナーを決めているだろうし、トレーナー側も声をかけているはず。
早く決めれば、それだけトレーニングに割ける時間が増えるのだから当然だ。
そしてその分だけ、トレーナーのいないウマ娘との差は開いていく。
二年目ならともかく、一年目のG1を狙うのであれば、とっくに予定のレースを目的とした調整トレーニングを始めていないと間に合わない。
「それもそうね……いや、ならどうするつもり?」
「どうにもならない、と言ってしまうのは簡単ですが。なに、ギリギリまでは足掻いてみますよ。それに選抜レースはまだ何回か行われるはずですし、せめてそれをみてからでも遅くはないかなと」
もっとも、たとえダイヤモンドの原石を見つけたとしても、関わるつもりはないのだが。
こうでも言っておかないと、東条さんに余計な心労をかけてしまう。
「……私に出来ることがあれば、なんでも言いなさい。あなたが私たちの為にしてくれたことを、私たちは絶対忘れないわ」
ええ、私があなた達にしてしまったことを、あなた達は絶対に忘れないでください。
そう口に出したくなるのを我慢し、私は別れの挨拶を告げて、リギルの部室を後にする。
もう少しゆっくりしていきなさい、そう言われないように、練習が始まる直前の時間帯を選んで訪れたのだ。
あまり長居するつもりもなかったし、既に事情を知っているのなら、いる理由もない。
ふと、トレーニング用のコースでウマ娘達が、ランニング前に各々のトレーナーと打ち合わせをしている光景が目に入る。
その中には、ハッピーミークではないウマ娘と話す、桐生院トレーナーの姿があった。
「……見間違いなら、よかったんだがな」
二人は昨日契約したばかりだというのに、すっかりと打ち解けたのか、楽しそうに笑い合いながら話をしている。
その様子は間違いなくウマ娘と、担当トレーナーのそれ。
そして、既に学園側にも申請が通っているようで、トレーナーがアクセスできるデータベースにも、しっかりと二人が契約状態にあることが記録されていた。
「見間違いなら……」
その私だけが異常と感じてしまう光景に、嘔吐感が込み上げてくる。
戻しそうになるのを、口に手を当てて必死に抑えつつ、この場から立ち去った。
昨日と同じく、フラフラと歩きながら考える。
他のウマ娘に、自分以外のトレーナーが付くのは当然構わない。
アニメとゲームでは、担当するトレーナーが違うことがあるように、それは私がいなくとも起こり得ることだから。
だが、それがハッピーミークと桐生院となれば、話は別だ。
何度ゲームを周回しようと、桐生院とミークは比翼連理のごとく常に共にあった。
たとえどのウマ娘を担当しようとも、必ず。
ゲームやアニメとは違う、これは現実なんだ、私がいなくても起こりえたことではないのか?
何度そう言い聞かせようと、数え切れないほど彼女たちのイベントを、それこそ何千回と繰り返し見てきた身としては、こらえようのない違和感を感じてしまう。
そしてそうなってしまった原因は、間違いなく自分にあると言える。
何がいけなかったのか、どうすればこの歪みは元に戻る?
本当に私が去れば元通りになるのか?
可能性はゼロではないはずだ。
だが、もしもう元に戻らないとしたら?
責任は、贖罪は、償いは。
どうして、どうやって、どうすればいいんだ?
どれだけ考えたところで、答えは出ない。
先日と同じく、当てもなくフラフラと彷徨っていると、まるで導かれたかのように、昨夜の朽ちかけた野外コンサート場にたどり着いてしまった。
そして、やはり昨日と同じく。
ハッピーミークが純白の髪と尾をなびかせながら。
そのいまにも崩れそうなステージで踊っていた。
本作のシンボリルドルフとマルゼンスキーが勝利したG1レース(現時点)
・シンボリルドルフ
ホープフルステークス
皐月賞
日本ダービー東京優駿
菊花賞
有マ記念(二年目)
有マ記念(三年目)
・マルゼンスキー
朝日杯フューチュリティステークス
桜花賞
NHKマイルカップ
オークス
秋華賞
ジャパンカップ(三年目)