白毛のミークと俺   作:BT

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第4話 真夜中のウイニングライブ

 

 白毛のウマ娘は静かに踊り続ける。

 何度も何度も練習したのか、踊りには粗がなく、されど華もない。

 

 踊りに乗せる感情が薄いとでも言おうか、手本の映像を見ているような味気なさがある。

 見るものが見れば、凡百のウマ娘が踊るそれと区別できないだろう。

 

 また同様に、人は皆、彼女を凡百のウマ娘としか見れないだろう。

 

 だが、私にだけはわかる。

 この世界で、私にだけはわかるのだ。

 

 彼女、ハッピーミークというウマ娘なら。

 

 どんなウィニングライブだろうと、踊れる可能性があることを。

 こんな朽ちかけのステージではなく、この世界で一番大きなレース場の舞台にだって立てる可能性があることを。

 

 何故なら本来、桐生院トレーナーの愛バとして、あらゆる距離のあらゆるレースを走り。

 プレイヤーたちのライバルとして、最後の壁の一角として立ちはだかることになるウマ娘。

 

 それがハッピーミークというウマ娘なのだから。

 

 その彼女がなぜ、なぜ、なぜ……。

 いや、わかりきったことだ。

 

 私が原因だろう。

 

 ハッピーミークは、ふっと踊ることをやめ、こちらに視線を向ける。

 

 いつのまにか私は、吸い寄せられるように、舞台の真正面まで歩いていたようだ。

 突然現れた不審者の姿を見て、ハッピーミークは驚くわけでもなく、じっと、無言で私を見つめている。

 

「……こんばんは」

 

「……」

 

「随分と寂しいウィニングライブだね」

 

「……」

 

「いや……失礼なことを言ってしまった、すまない。邪魔するつもりはなかったんだが、散策していたら君が踊る姿が見えたもので」

 

「……」

 

「おっと、私は一応トレセン学園のトレーナーでね、怪しいものではないよ。いや、十分怪しいか」

 

「……」

 

「えーと、その……邪魔してすまなかったね」

 

 投げかけた言葉に特に反応することもなく。

 おおよそ感情らしい感情を一切浮かべず、ただ宝石のような瞳でこちらを見つめるハッピーミーク。

 

 居た堪れなくなってしまった私は、謝罪をもう一度告げ、舞台に背を向ける。

 

 聞きたいことはたくさんあった。

 

 どうしてこんなところで踊っているのか。

 今日の選抜レースには出たのか。

 

 そして……今現在、担当のトレーナーはいるのか。

 

 だが、それを聞く勇気がどうしても出なかった。

 誰だって、特に心の弱い私のような人間は、自らの罪を直視したくないから。

 

 また、聞いて何かあったとしても、私にはどうすることもできないだろう。

 関われば、歪みはより大きなものになってしまうから。

 

 後ろからは、再びタップの音が聞こえ始める。

 

 ターンターンターン。

 

 踊るもの以外、誰もいない寂しい舞台で。

 私の罪の数を刻むように、タップの音は途切れることなく鳴り続けていた。

 

 

 

 

 

「謹慎が解けたそうだね、おめでとうサブトレーナー君」

 

「ちょっとルドルフ、謹慎が解けた以上、銀ちゃんはもう立派なトレーナーなんだから、サブは余計よ~」

 

 翌日、師への礼儀もあって、最低限はことの経緯を説明しようとチームリギルの部室に訪れたところ、二人の見目麗しいウマ娘に遭遇した。

 

 シンボリルドルフ

 マルゼンスキー

 

 共に皇帝、スーパーカーなどの異名で呼ばれることもある、偉大な戦歴を持ったウマ娘たち。

 そして、より輝かしいものになるはずだった戦歴を、私の手によって歪められてしまったウマ娘たち。

 

「そうだったな、すまないトレーナー君」

 

「私は昔と変わらずに、銀ちゃんって呼ばせてもらうわね♪」

 

「……コホン。まあ確かに考えれば、担当してもらってるわけでもないのにトレーナー君と呼ぶのも少し違うか。な、なら私は銀君と呼ばせてもらおうかな」

 

「好きに呼んでもらって構わないよ、特に君たち二人にはね」

 

 真面目に、世界のバグ君とか、トレーナーのクズちゃんとかって呼んでくれても全く構わないのだが、事実だし。

 

「んんんッ!?」

 

「あら~♪」

 

 照れた様子の二人、妙な受け取り方をさせてしまったか。

 理由は不明だが、なぜかこの麗しきウマ娘たちから、分不相応な好感を持たれている気がする。

 

 確かにサブトレーナー時代は、二人やチームのサポートに尽力したが、特別好感を持たれるようなことでもなかった気がするが。

 

「しかし、二人とも変わらないようでなによりだが、今年のレースに向けての仕上がりはどうかな?」

 

 一応聞いてはみるが、どれほどの仕上がりかはある程度分かる。

 二人とも、ゲームでのステータス表記でいえば、オールAといったところか。

 マルゼンスキーにいたっては、かつてはCだった長距離適正がBまで上がっている。

 距離適性はまともな訓練で伸ばすことはできないはずなのだが、一体どうやったのやら。

 

 現在シニアのG1で活躍しているウマ娘の、各ステータスの平均がC~C+程度。

 比較するまでもないが、文字通り完全に格が違う。

 

 正直、ステータスだけ見ても、彼女たちと競い合えるウマ娘は国内には存在しないだろうし、海外にもどれだけいるのやら。

 おまけにこれだけの能力があるなら、適正外の距離だろうと、もはや問題にならない。

 

 自分がやってしまったことを改めて自覚し、脳髄に鈍い痛みが走る。

 

「ああ、悪くないよ。年に二回の機会とはいえ、オハナさんと銀君が出走の機会を勝ち取ってくれたレースで負けるつもりはない」

 

「ふふふ、悪いけどルドルフ、今年の有マは勝たせてもらうわよ♪」

 

「こちらこそ、今年のジャパンカップは私が勝たせてもらうぞ」

 

 そう、今現在に至っても、二人は有マ記念とジャパンカップにしか出走許可が出ていない。(※ただし両レースの出走条件は免除)

 有マ記念は以前もぎ取った名残で、ジャパンカップに関しては、外国バに負けるわけにはいかないという、トゥインクル・シリーズ運営の思惑とが噛み合った結果だ。

 

 ただ自らの罪を突きつけられるようで見るのは辛いが、最強の二人がぶつかり合う様子は凄まじく。

 過去のことなど忘れたかの如く、今ではこの二つのG1は別格の人気を博している。

 

 特に二人に目をつけていた世界の強豪ウマ娘たちが挑んできた、去年のジャパンカップにいたっては世界中で放送され、他を圧倒的に引き離してゴールする二人の強さを、世界に知らしめた。

 

 また、出るレースの少なさ故か、結果として二人とも今年でメイクデビューから四年目になっても、現役を続けられている一因にもなっている。

 ウマ娘の成長は本格化と呼ばれる現象から、約三年は伸び続けるといわれ、そこから徐々に衰えてゆくというのが基本だが。この2人にはその兆候がなく、まだまだ成長が期待できるらしい。

 

 珍しいが前例がないわけではなく、確か最長六年ほど現役を続けたウマ娘もいたはずだ。

 

 つまり今年か来年で、ようやくルドルフは史実の七冠を達成することだろう。

 

「どちらにしろ、ウィニングライブには行かせてもらうことにしよう。二人のうちどちらかがセンターになることには間違いないだろうから、花束を忘れないようにしないとね」

 

「……ふふ、ふふふふ、それは楽しみだな」(かかり気味)

 

「……もう銀ちゃんたら///」(かかり気味)

 

「何をやってるんだ……」

 

 なぜか尻尾を激しく振り始めた二人を、不思議な気持ちで眺めていると、後ろから声をかけられる。

 

 振り向くと、眼鏡をかけた黒髪の女性。

 チームリギルを率いる女傑、『東条ハナ』トレーナーの姿があった。

 

「ご無沙汰しております、東条さん」

 

「ええ本当に……聞いたわ水野、謹慎が解けたそうね。ルドルフ、マルゼン、悪いけど先に行って他のメンバーと一緒にアップを始めておいて。私は水野と少し話がある」

 

「む……わかった、任せてくれ。それではまた近いうちに会おう、銀君」

 

「あら、ちょっと込み入ったお話かしら? じゃあ銀ちゃん、またいつでも遊びにきてね♡」

 

 東条トレーナーの指示に、一瞬不満げな様子を見せた二人。

 だが彼女の真剣な表情を見て、思い直したのか、素直に指示に従い部室を出て行った。

 

「それで……年内にG1を取れるウマ娘を育成できなければクビだそうね」

 

「今日は現状を伝えさせていただこうかと、お伺いしたのですが……既にそこまでご存知でしたか。さすが師匠、耳が早い上に内容も正確。ウマ娘並みだ」

 

「茶化してる場合かバ鹿者。で、アテはあるの?」

 

「……そんなウマ娘がいるなら、とっくに他のトレーナーがスカウトしてるでしょうねぇ」

 

 まだ期間があるとはいえ、才能や素質のあるウマ娘なら、とっくにチームやトレーナーを決めているだろうし、トレーナー側も声をかけているはず。

 

 早く決めれば、それだけトレーニングに割ける時間が増えるのだから当然だ。

 そしてその分だけ、トレーナーのいないウマ娘との差は開いていく。

 

 二年目ならともかく、一年目のG1を狙うのであれば、とっくに予定のレースを目的とした調整トレーニングを始めていないと間に合わない。

 

「それもそうね……いや、ならどうするつもり?」

 

「どうにもならない、と言ってしまうのは簡単ですが。なに、ギリギリまでは足掻いてみますよ。それに選抜レースはまだ何回か行われるはずですし、せめてそれをみてからでも遅くはないかなと」

 

 もっとも、たとえダイヤモンドの原石を見つけたとしても、関わるつもりはないのだが。

 こうでも言っておかないと、東条さんに余計な心労をかけてしまう。

 

「……私に出来ることがあれば、なんでも言いなさい。あなたが私たちの為にしてくれたことを、私たちは絶対忘れないわ」

 

 ええ、私があなた達にしてしまったことを、あなた達は絶対に忘れないでください。

 

 そう口に出したくなるのを我慢し、私は別れの挨拶を告げて、リギルの部室を後にする。

 

 もう少しゆっくりしていきなさい、そう言われないように、練習が始まる直前の時間帯を選んで訪れたのだ。

 あまり長居するつもりもなかったし、既に事情を知っているのなら、いる理由もない。

 

 ふと、トレーニング用のコースでウマ娘達が、ランニング前に各々のトレーナーと打ち合わせをしている光景が目に入る。

 

 その中には、ハッピーミークではないウマ娘と話す、桐生院トレーナーの姿があった。

 

「……見間違いなら、よかったんだがな」

 

 二人は昨日契約したばかりだというのに、すっかりと打ち解けたのか、楽しそうに笑い合いながら話をしている。

 その様子は間違いなくウマ娘と、担当トレーナーのそれ。

 

 そして、既に学園側にも申請が通っているようで、トレーナーがアクセスできるデータベースにも、しっかりと二人が契約状態にあることが記録されていた。

 

「見間違いなら……」

 

 その私だけが異常と感じてしまう光景に、嘔吐感が込み上げてくる。

 戻しそうになるのを、口に手を当てて必死に抑えつつ、この場から立ち去った。

 

 昨日と同じく、フラフラと歩きながら考える。

 

 他のウマ娘に、自分以外のトレーナーが付くのは当然構わない。

 アニメとゲームでは、担当するトレーナーが違うことがあるように、それは私がいなくとも起こり得ることだから。

 

 だが、それがハッピーミークと桐生院となれば、話は別だ。

 

 何度ゲームを周回しようと、桐生院とミークは比翼連理のごとく常に共にあった。

 たとえどのウマ娘を担当しようとも、必ず。

 

 ゲームやアニメとは違う、これは現実なんだ、私がいなくても起こりえたことではないのか?

 

 何度そう言い聞かせようと、数え切れないほど彼女たちのイベントを、それこそ何千回と繰り返し見てきた身としては、こらえようのない違和感を感じてしまう。

 

 そしてそうなってしまった原因は、間違いなく自分にあると言える。

 

 何がいけなかったのか、どうすればこの歪みは元に戻る?

 本当に私が去れば元通りになるのか? 

 

 可能性はゼロではないはずだ。

 だが、もしもう元に戻らないとしたら? 

 

 責任は、贖罪は、償いは。

 どうして、どうやって、どうすればいいんだ? 

 

 どれだけ考えたところで、答えは出ない。

 

 先日と同じく、当てもなくフラフラと彷徨っていると、まるで導かれたかのように、昨夜の朽ちかけた野外コンサート場にたどり着いてしまった。

 

 そして、やはり昨日と同じく。

 

 ハッピーミークが純白の髪と尾をなびかせながら。

 そのいまにも崩れそうなステージで踊っていた。

 

 

 




本作のシンボリルドルフとマルゼンスキーが勝利したG1レース(現時点)

・シンボリルドルフ
ホープフルステークス
皐月賞
日本ダービー東京優駿
菊花賞
有マ記念(二年目)
有マ記念(三年目)

・マルゼンスキー
朝日杯フューチュリティステークス
桜花賞
NHKマイルカップ
オークス
秋華賞
ジャパンカップ(三年目)
 
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