白毛のミークと俺 作:BT
塩分の件は忘れよう。
ともかくその後もミークはサポートスタッフたちと、着実に日々のトレーニングをこなし。
ひと月も経つ頃には800mを58秒で走りきるなど、目に見えた成長を遂げていた。
それは初めてのトレーニングの時に、自分が必死に追いかけていた相手がいた場所。
タイムを伝えたときのミークは、よほど驚いたのか、私に何度も確認するような様子だった。
メイクデビューは6月後半なので、残りは1ヶ月半。
それまでにどれだけ仕上げることができるかだが。
実のところステータス(能力値)だけ見れば、既にミークはどの距離帯のメイクデビュー戦だろうと余裕を持って1位を狙える。
しかし、それでは足りない。
レースではなにが起こるかわからない、絶対は無いのだ。
だが、絶対に近づけることはできる。
ならレースまでに出来る事は全てやる。
ゆえに、その後もミークはサポートメンバーたちとトレーニングを重ねていた。
時折私もアップのランニングを一緒にどうかと誘われるのだが、丁重に辞退している。
確かに彼女たちと一緒に走るのは夢のような時間だった。
が、あれは私のような人間がそう何度も味わってよい幸せではないのだ。
決して、私の首筋や地肌を見るミークやスタッフたちの眼が怖いからではない。
あと塩飴は練習前に必ず渡すようにしている。
なので、くれぐれも人間なんて汚いものを舐めないように、いいね?
そんなこんながありつつ、今日は久しぶりにトレセン学園を訪れていた。
出退勤報告の関係上、早朝と夜中に毎日訪れてはいるのだが。
基本的に一日の多くを自前のトレーニング施設に詰めているため、普段人と顔を合わせるような時間にこちらにいるのは数週間ぶりだ。
「で、その、そのだね……疑ってるわけじゃないんだよ。ただ、ただね、そのね……」
「お気遣いありがとうございます。すべて順調です。何も問題はありません」
「う、うん。だが、しかしね……トレーニング設備の使用申請もないし、職員の中には君やハッピーミーク君のことを心配している声もあってね」
「それはそれは、ですがご安心ください。すべて順調です、何も問題はありません。もし提出している記録だけで不安があるようでしたら、恐れ多くもその心配してくださっている方に、微に入り細を穿つような説明を懇切丁寧にさせていただきますので。どこのどなたかを、教えていただければ、ええ」
「い、いや、問題が無ければそこまでして貰う必要はないんだよ、うん……」
「そうですか、ならご安心ください。重ね重ね恐縮ですが、すべて順調です、何も問題はありません」
「……う、うん」
「失礼してよろしいでしょうか?」
「あ、ああ……何か困ったことがあったらいつでも言ってくれたまえ」
無意味で当たり障りのないやり取りを終え、理事長室を後にする。
……いや、意味はあるか、少なくとも理事長である彼にとっては。
差異はあれど、中央トレセン学園の理事長であれば、ウマ娘という存在の幸せを願っているはず。
その為、私のような得体のしれないトレーナーがいれば、呼び出し、詰問し、確認の上でなにか問題があれば是正を促し、必要があれば釘を刺すといった行為は、その職務の範疇であり必要なことなのだろう。
彼はその立場ゆえに、私を呼び出したのだ。
個人的に煩わしくはあるが、その一方で、そうであってくれたことを嬉しく思う。
人には立場があり、立場にあった役割がある。
そして私にも私の立場があり、役割がある。
ならば、私も私の役割を果たそう。
恐らく理事長の様子からみて、学園はミークのメイクデビューの結果が出るまでは、様子見というスタンスをとってくれるだろう。
また、メイクデビューに勝利出来たならそれはまっとうに育成を成し遂げたという証明にもなり、学園としてしばらく何か言ってくることもないはずだ。
問題はその後だが、学園以外諸々の方面から想定される反応次第では、最悪妨害などが発生する可能性もあるので、先手を打っておくべきか。
面倒ではあるが、大抵のことは根回しなどの事前対策でなんとでもなる。
……そう、なんとでもなるはずだったのだ。
そのことに気付かず、後手後手にまわった結果が、マルゼンスキーとシンボリルドルフの件である。
もし、あの頃の私が今よりほんの少しでも賢明であったのなら、あの二人には今頃どのような輝かしい未来があったのだろうか。
特にマルゼンスキーは史実と違い―――
「はぁーい、銀ちゃん♪」
「はぁーい、マルちゃん♪」
「……」
「……」
廊下の死角から突然現れたマルゼンスキーの挨拶に驚き、思わず似たようなポーズで同じような返しをしてしまい、彼女の笑顔が凍りつく。
平静を装ってはみたが、流石に考え事をしていた相手が突然現れれば、正常ではない反応を返してしまうのは致し方ないことだろう。
「…………」
「…………すまない」
沈黙に耐えきれず、許しを請うような謝罪がこぼれる。
だが私の返事がよほど気に障ったのか、マルゼンスキーの表情は笑顔で固まったままだ。
これは私にどういった制裁を与えようかと、熟考しているからに違いない。
「……その、それで、その、何か用かなマルゼンスキー?」
先ほどの理事長のような喋り方になってしまい、意図せず彼の心情を理解してしまう。
たいていの人間は未知の圧力を前にすると、防御を固めて受け身になってしまうものなのだなと。
「……イイ」
「ん?」
「マルちゃんイイ!!」
「は?」
「マルちゃん、マルちゃんね……。ふふふ、なんだかお互いが特別な関係みたいな呼び方で、ドキドキしちゃう! 銀ちゃんにマルちゃん、まるでポニーとクライドみたいでとってもステキ♪」
ポニーとクライド?
…………ああ、もしかしてボニーとクライドのことか?
確か1900年代のアメリカ中西部で、銀行強盗などを繰り返して有名になった犯罪者のカップルだったはずだ。
前世では映画化もされた実話だったが、こちらの世界ではどういう内容だっただろうか。
ボニーの名前がポニーになっているあたり、どうもウマ娘が関わっていそうな気配がするが。
「そうか、気分を害していないならよかった。……ところで先ほども聞いたが何か用かな?」
「あら、たまたま銀ちゃんを見かけたから、声をかけただけよ?」
「ここはたまたまで通りかかるような場所ではないと思うんだが……」
このフロアは理事長室や貴賓室など、普通の生徒であるウマ娘にとっては用のない部屋ばかりの場所だ。
マルゼンスキーが普通の生徒に分類されるかは少し怪しいが、それでも何か特別な用事でもなければまず訪れない。
そもそもいまは平日の昼前である。
確かマルゼンスキーは、年齢にあわせた学園の講義を受講していたはずだが。
もしかしてサボりだろうか?
「むー、さすがに鋭いわねぇ。でもたまたま見かけたのは本当よ? その、講義中の教室の窓からだけど……」
「つまり講義の途中で抜け出してきたわけか」
「えーっと、まあ、そうとも言うわね……でもしょうがないじゃない! 銀ちゃん最近どこにもいないし、会いに来てもくれないし。モヤモヤしてたところでこの棟に向かってるところを見ちゃったら気になっちゃうじゃない、ね?」
ね? ではない気もするが。
批判や怒りと言うより、少し心配な気持ちでマルゼンスキーを黙って見つめる。
そして、どう言葉をかけるべきか考えていると、マルゼンスキーは焦った様子で口を開く。
「で、でも驚いたわ、銀ちゃんいつのまにか担当する娘が決まってたのね! もし見つからなかったら私が銀ちゃんのところに移籍してもよかったんだけど、理事長との話を聞く限り経過も順調そうだし。そうだ、今度おねえさんにそのハッピーミークちゃんって娘、紹介してくれない? 何ならトレーニングも手伝っちゃう!」
「……盗み聞きは講義を抜け出すより褒められた行為ではないよ」
「あっ……」
明らかに先ほどの私と理事長の会話を聞いていなければ知らない内容。
理事長室の扉は厚く、内部の声が外に漏れると言う事は考えにくい。
が、どうやらウマ娘の耳の良さを侮っていたようだ。
扉にべったりと耳をつけて聞いていたのだろうか。
「ともかくこんなところで立ち話もなんだ、よかったらコーヒーでもごちそうしよう」
シュンと項垂れてしまったマルゼンスキーを背に、学園内にあるカフェに向かって歩き出した。
しばらくして、学園の一角にあるカフェのテラス席に腰を落ち着ける。
借りてきた猫のようにな様子で、対面に座るマルゼンスキー。
普段の朗らかで自信に満ちた様子からは考えられないその姿に、深い罪悪感を感じる。
講義のエスケープや盗み聞きは褒められたことではないが、本人も反省している様子だ。
そういったリスクを理解できない年齢でもないだろうし、改めて私からなにかいう必要もないだろう。
「まあ、今回のことは、心配をかけた私にも非があったということで。次からは気をつけてくれるなら、これ以上のおとがめはなしということにしよう。東条さんにも黙っておくよ」
「うん、ごめんね銀ちゃん……怒ってない?」
「最初から怒ってないよ。さあ、せっかくですから好きなものを頼みなさい。それに……私もすこし話がしたかったので」
「そうなの? なら……甘えちゃうわね♪」
先ほどの様子はどこにやら、鼻歌でも聞こえてきそうなほど楽しそうに、メニュー表を眺めるマルゼンスキー。
今更ながら、彼女ほどのウマ娘をこんな近くで眺めることができる幸せを噛みしめる。
注文を終え、己の現状を軽く話つつ、先に運ばれてきたコーヒーに砂糖を10杯ほど混ぜていると、唐突にマルゼンスキーが吹き出した。
「ふふっ……相変わらず凄い甘党ね」
「ええ、まあ……人生は苦いことの方が多いですから。せめてコーヒーくらいは甘くしておきたいんですよ」
事実ではあるが事実ではない、本当の理由は能力行使のためにカロリーが必要なためだ。
その為に普段からとれるところでカロリーをとるように心がけている。
更に10杯ほど追加で砂糖を足し、スプーンで混ぜると、カップの中で山となっていた砂糖がゆっくり溶けていく。
味を気にしないのなら、気持ちとろみが出るくらいがちょうど良い。
「もう、病気になっても知らないんだから……うそ、病気になったらつきっきりで看病しちゃうんだから、覚悟しなさいよね」
少しだけ肩をすくめ、どこか照れくさそうなマルゼンスキー。
彼女は頬杖をつき、楽しそうにこちらを眺めている。
あまりに私に対して好意的な言葉。
気恥ずかしさと罪悪感からくる居心地の悪さから、話題を変え、気になっていたことを聞くことにする。
「そういえば……一つ聞きたかったんだが」
「なにかしら、スリーサイズは昔とあまり変わってないわよ?」
「いえ、そうではなく……レースのことで」
現状シンボリルドルフとマルゼンスキーは、年に二回しか出走することができない。
だがそれは……国内に限っての話である。
彼女たちの実績であれば、海外のレースに出ることも、勝利することも可能だろう。
たとえURAがストップをかけたとしても、彼女たちにその気があれば、
いや、私がどうにかせずとも、いまならURAの中にも、そして学園、学園外にも、それを望んでいる人間がいるだろうから、実現の可能性は低くない。
そういった疑問をぶつけると、彼女はわずかに目を伏せた。
「そりゃオハナさんや銀ちゃんにお願いされたら、考えなくもないけど……海外に行くつもりなんてないわ。そもそもどの国で走るかなんてことは私が決める事よ、外野が決める事じゃない」
授業を終えて外に出てきたウマ娘たちを見ながら、寂しげに呟く。
「それに私が走っちゃうとまわりが楽しくなくなっちゃうし、そうなっちゃうと私も楽しめないから」
「……楽しめない、ですか」
「ええ……でも、ルドルフと走るのは楽しいの。だからあの子がいない海外のレースに出る気もないし、そもそも出る必要もないから」
「……」
その言葉に、マルゼンスキーというウマ娘の本質が垣間見える。
彼女は、
あくまで勝利は副産物。
だが現環境では、ジャパンカップと有マ記念以外では、どこで走ろうと楽しく走れない。
なぜなら国内の強豪だろうと、世界の強豪だろうと、彼女の相手にはならないから。
言い方は悪いが、彼女は格下狩りを楽しめるような性格ではないのだろう。
彼女と競い合える同格の相手は世界ひろしとはいえ、シンボリルドルフだけだ。
あくまで……
しかし史実の、出ることができるレースを制限された状態と、いまの環境。
果たしてどちらが彼女にとって幸せだったのだろうか。
いや、幸せに走れたであろう未来を潰した私がこんな事を考えるのはおかしいか。
砂糖ではなく、罪悪感で胸焼けしそうだ。
だが、であるなら……まだ可能性はあるか。
「今年は無理ですが……」
「うん?」
どろりとしたコーヒーを口に含みながら、もったいぶるように一拍置いて、マルゼンスキーを見つめる。
「来年のジャパンカップはきっとシンボリルドルフ以外にもう一人、一緒に走って楽しいと思える相手が増えると約束しますよ」
私の宣戦布告ともいえる言葉を聞き、きょとんとした反応を見せるマルゼンスキー。
「……あら、あらあらあら♪」
だがその
そして少し間を置いて、心の底から
なんか書いてて申訳なくなったので非公開にしてましたが、ゲーム(5周年)してたらちょっとモチベが回復したのでまた公開状態にしました。
書けるかわかりませんが、また続き書けたら投稿します。