真面目に作る気はない
ただの息抜き
トレセン学園…。
日本に存在する、国内最大のウマ娘の為の勉学とスポーツの園。
今日もまた夢を掴む為に、様々な思を胸にターフを走る足音が響き渡る。
時期は春になり、桜も咲き乱れ寧ろ散り際を慈しむ様になってくるだろうが、しかしこの場所は新たなウマ娘がこの学園に入学し、新たな夢への第一歩を歩み始める季節とも言える。
そして、新たなウマ娘がターフをかけると言うことは、新たな衣装やPVが作成されると言う事でもある。
そう。
ウマ娘の数だけ宣伝用の特殊な撮影や加工を施した映像や、思いを込めた衣裳。
場合によってはぬいぐるみやブロマイドカードの開発、作成は、この世界にレースという概念が固く根付いている事からまさに急務と言えよう。
そして考えたことは無いだろうか。
「これ誰が作ってんだ?」
と。
サイゲって言った奴は帰れ。
その通りだから。
これは、その宣伝用の撮影や加工の全てをたったの四人で行っている、バ鹿のお話である。
【誇れる自分になるために! 私…勝ちます!!】
スペシャルドリーマー スペシャルウィーク
北海道に行ってきます
■
トレセン学園。
ウマ娘にとって全てが揃っている。そう言う場所。
の。
トレーナー室。
の。
更に隅にある倉庫。
体育館…と言うよりも、沿岸や港の倉庫といった程の大きさの緑の屋根のその建物。入り口前には堂々と『W』の文字が描かれている。
正面の両開きの大きな引扉を僅かに開けて、緑色の帽子が外から顔を覗かせた。
「おはようございまーす…」
そう恐る恐る口に出した全身緑で固められたレディーススーツに身を固めた駿川たづなが倉庫に入っていく。
中に入れば電気は点けっぱなし、それに照らされるグリーンバック用の緑天幕、高そうなカメラが5台ほど三脚に固定されたまま放置され、天井からワイヤーが何本も垂れ下がり、更には何に使ったのか不明な大量の様々なペンキや、へし折れたブーメラン。
空気の抜けたサッカーボールも転がっていた。
一体なにがあったのかと思うかも知れないが、その光景をみた当の本人は何事も無かったかのように奥に進み、突き当たりにある管理人室のような部屋に入っていく。
「皆さん、朝ですよー!」
もはや慣れているのであろうか。
そう声をかけるたづなの目の前には、部屋の二辺を長テーブルで固め、見るからに高スペックなパソコンが陳列される中、中央に長テーブルを二つ並べでスペースを確保した場所に並べられる勝負服に身を包んだウマ娘の写真や、何かしらの会議資料が散乱する中、四人の男が座ったまま、もしくはテーブルに突っ伏したまま…。
事切れたように…言い方を悪く言えば死んだように眠っていた。
そのうちの一人がパソコンのキーボードを枕替わりにしているせいで、スピーカーからは永遠と
『ティロティロティロティロティロティロティロティロティロティロティロティロティロティロ』
とエラー音が鳴り響いている。
すぐ様目の前の椅子に座ったまま天井を仰ぎ寝息を立てている男を揺すった。
「忍さん、朝ですよ。起きて下さい」
その言葉にうめき声を上げながら目を開ける男。
中肉中背で黒縁の眼鏡をかけた大凡30歳程度の笹原忍は、そのザックバランに切られた黒髪を掻きながら一言。
「出たな緑の悪魔」
「誰が悪魔ですか」
大きく伸びをして隣で座ったままテーブルに突っ伏している男。
癖っ毛を通り越し天然パーマのゴワゴワ頭にその体格は190センチを超えるかなりの大男を揺する忍。
「起きろ陸人、始発が始まったぞ」
「う、…なら良いじゃねぇか…寝かせろ」
そう言いながらその体を丸め講義する雨川陸人だが、忍のモーニングコールは終わらない。
「そうも言ってられん。目の前に緑のアイツがやってきた」
「うぅ…悪魔ぁ…」
「普段あなた達は私の事なんだと思っているんですか!」
「ウマ娘に足で追いつく人娘」
「化け物」
そのやり取りにもう一人、椅子から転げ落ち地面で横になっていた、これまた陸人に負けない天然パーマを提げてた諏訪木郎が目を覚ました。
「おはよう」
「おはよう木郎、良い夢見れたか」
「全身から肉がボロボロもげて行く夢を見た」
「悪夢やん」
とそこで、たづなが周りをキョロキョロと視線を動かし三人に尋ねる。
「ところで兎人さんが見えませんが」
そう言って三人も周りを見渡すも、もう一人の影は無い。
しかしながら椅子は四つ。もう一人いるはずだ。
そこで三人は顔を見合わせ、一斉に中央のテーブルの下を覗く。
そこには青い寝袋に包まって幸せそうに寝ている男。
かなり小柄の、それこそ一見子供と見間違う程に小柄の男が一人…それを脳が認識すると、間髪入れずに三人がその寝袋に向かって手加減なしの蹴りを入れていく。
「ガフっ!?いで!?待って!!待って!!あぁああああああおはようございますぅうううううううう!?」
強制的に叩き起こされる赤嶺兎人。
寝袋に入ったままではろくな抵抗もできずに蹴られて行く中、一頻り満足すると忍が一言。
「起きろ芋虫」
「蹴る前に言って欲しかった…」
「作業が完了する前に寝袋でとっとと寝たやつ誰だったかぁ?」
「もっと蹴って」
「それはそれでキモいから止めて」
「ごほん!」
四人の無駄話を咳払い一つで中断させ、背筋を伸ばしたづなが話し始めた。
「皆さん、おはよう御座います」
『ういっす』
四人全員がなんの示し合わせもなく同じ返答に内心可笑しいたづなであるが、ここは一旦落ち着いて。
「先日は急遽撮影予定の入ったウマ娘さんの撮影、お疲れ様でした」
「そう思うならこのまま帰って良いですか?」
すかさず手をあげて帰宅の懇願を始める木郎に、一度手で制してそのまま話を続けるたづな。
「こちらもそうして頂きたいのですが、その前に一人だけ新入生の方の撮影会議だけお願いして欲しいんですが…」
そのたづなの提案に、三人+1芋虫が明から様に嫌そうな顔をして明後日の方向を向いた。
「い、いや、頑張って頂いているのは分かっているのですが…」
「クソブラック職場め」
「さすがはウマ娘の為の学園」
「ウマ娘以外に手心が加えられているとは言ってない」
「誰かここ(寝袋)から出して」
あーだこーだブツクサ文句を言いながらも、しかしながらそそくさと会議の準備を始める四人。
奥に放ったらかしのパイプ椅子を取り出し、散乱している資料を片付けてあっという間に準備万端。
っと、そこで陸人が待ちぼうけているたづなに一言。
「んで、今回の子はなんて名前?」
■
「はい、スペシャルウィークちゃんこんにちは」
「よ、よろしくお願いします!」
忍の初めの挨拶に一度立ち上がり深々と頭を下げるスペシャルウィーク。
彼女は今回、自信が出走するレース等で使用される紹介用のPV撮影のためと、トレーナー室の更に奥にあるこの緑の倉庫にやってきた。
最初はアイドルの撮影の様な印象を受けたスペシャルウィークだったが、事前に確認した他のウマ娘のPVを見た時はかなりの衝撃を受けた。
全員が各々の個性を象徴するような…空を飛んだり流星になったり国道を破茶滅茶な速度で疾走したりなど、まさしくそれは個性の象徴。固有演出の名に恥じないものだった。
それをこのトレセン学園の倉庫で…しかもたったの四人で行っていると思うと。
「この人達はきっと凄い人なんだ!」
この際胸を借りるつもりでお願いし、自分だけの最高のPVを作ろうと心に決めたスペシャルウィーク。
が、等の本人達は。
「いやそんな畏まらなくて良いから」
「(早く帰って寝たいから)ささっと終わらそう」
忍と木郎が前に出てスペシャルウィークの話を聞き、陸人がパソコンに大まかな内容を纏め、兎人が絵コンテを担当すると言った、四人からすればいつものスタンスで話は始まった。
「んでスペシャルウィークちゃんね…名前長いなスペシャルちゃん?ウィークちゃん?」
「あ、大丈夫ですよ。皆さん呼びやすいように呼んで下さいます。一番多いのはスペちゃんとか−−」
「んじゃ
「いやその…」
「忍、困ってんじゃん。間をとってスペシで」
「え゛」
「それだ、それでいい?」
「す、スペちゃんでお願いします…」
今更ながらにこの四人に任せて良いのか不安になってきたスペシャルウィーク。
しかし忍の欠伸の後にようやく本題に入る。
「で、PVの話になるんだけど、スペちゃんはどんな感じが良いとか要望はある?」
「要望ですか…」
そういえば自分がどんな風にしたいか、などは考えて来なかったと今更ながらに考え始めるスペシャルウィーク。
やはりここは自分だけの特別なものにしたい為、むむむ…とうねり声を上げながら考える彼女に、木郎が助け舟を出す。
「そんなに深く考え込まなくても、例えば『こんなものを登場させたい』とか『昔見たあの作品みたいにしてみたい』とか」
そのセリフに暫く考え込み、そういえばと話を始めるスペシャルウィーク。
「そういえば、前に家で見たんですけど。テレビで魔法少女のアニメがやってたんです」
「え、魔法少女?」
いきなりの話の展開に一瞬ついてこれない忍だが、スペシャルウィークは構わず続ける。
「その時に魔法少女に変身するシーンで、普段着から魔法少女の服に一瞬で変身するんです!」
「おジャ魔女ど●みみたいに?」
「そうです!」
「スペちゃん何歳?」
「そんな感じに、私も変身してみたいです!」
「んでスゲーなスゴイですって呪文を唱えるのか」
「それトランプ」
スペシャルウィークの要望に兎人はせっせと絵コンテを描き始め、それを確認した忍と木郎が話を続ける。
「んじゃ魔法少女以外に入れたい要素はなんかある?」
「強いて言うなら…私は北海道に住んでいたのですが…」
「ほうほう」
「もっと私が小さい頃に夜の空に流れ星がいっぱい落ちてきた事があるんです」
今時の女の子らしく、ある程度ロマンチックなものに惹かれるかの如くウキウキで話始めるスペシャルウィークに、それならばどCGで流星群を再現するかと考えていた四人。
しかし、彼女の口から出てきた言葉に、唖然とすることになる。
「なので、みんなで北海道に行きましょう!!」
『はい?』
■
時間が経過し、既に辺りは真っ暗。
しかし月明かりに照らされて以外にも視界には困らない。
そんな中で少し大きめのテントの入り口に四人ならんで座っている男たち。
ゆったりと時間が流れる中、口を開いたのは陸人だった。
「なぁ、何で俺達こんなところで四人には狭いテントの中星空を見上げてるんだ?」
その疑問に間を置いて木郎が答える。
「それはスペシャルウィークちゃんがPV撮影の為にどうしても北海道の流星群を使いたいって聞かなかったからだよ」
「なんやかんや翌日にトレーナーさんも来て頭下げられちゃったからね。断れないよね」
「何冷静にこの状況を飲み込んでんだ兎人。後その白い恋人一個くれ」
「ところで今の時期って流星群見れんのか?」
「それも飛行機の中で話したけど今の所そんな予報は無い」
「なのにこんなトコまでテント貼って待ってんの?馬鹿じゃないの?ってか当の本人はどうした」
「スペシャルウィークちゃんは実家に帰ってるよ」
「何?あの子ってサイコなの?」
「女の子とこんな春先寒空の下で成人した男四人とテント泊する訳にはいかんだろ」
「女の子とテント泊するのはダメで男四人を外に放置はOKってか、人の心とか無いんか」
「それよりも今回の移動費だけで相当掛かっているんだけど経費で落ちるのかコレ」
「最悪生徒会じゃなくて理事長に領収書叩きつけるから平気」
「『驚愕』って言いながら倒れそう」
「てか何で生徒会が会計してんだ?普通総務の仕事だろ」
「去年の年末にルドルフが魂抜けた顔して年末調整の書類に頭抱える所目撃したからさ」
「手伝ってやれよ人でなし」
「やだよ」
そんな無駄話を初めて既に2時間。
関東を離れこんな周りに何もない北海道の僻地までやってきたお陰で、確かに夜空はとても綺麗である。
が、問題の流星群…と言うよりも、むしろ流れ星一つ見えやしない状況で少しずつ頭がおかしくなっていくのを感じてはいる。感じてはいるのだが現状目的が達成されないと来た意味がない上、ここまで来たんだからやってやるよ畜生という毛が生えた程度の意地が芽生えていく。
しかしながら時間は既に午後9時近くなってきており、男たちも限界が近くなってきている。
「仕方ない…最終手段だな」
■
「わぁ!スゴイです!」
勝負服に着替え撮影が終わったスペシャルウィークは、倉庫の中で仮で完成したPVを見ながらぴょんぴょんはしゃいで喜びを表現している。
夜空を流れる三つの流星に、光に包まれ一瞬で勝負服に変身するスペシャルウィーク本人。
そのクオリティにスペシャルウィークのトレーナーも満足したのか、彼女と共に頭を下げお礼を四人に向けている。
それに対して満更でもないのか、ドヤ顔で胸を張る四人。
あの後何とか撮影に成功し、しかし当の本人は実家で爆睡していたため別撮りで合成し何とか事なきを得た。
「それにしても皆さん本当に凄いですよね」
そのスペシャルウィークの言葉に、何のこっちゃと顔を見合わせる四人。
今更改めて言うほどの事かと疑問に思っていると、スペシャルウィークが続け様に。
「先輩方からお聞きしましが、皆さんって撮影だけじゃなくて、学園の修繕とか勝負服の補修とか。結構何でもやってくれるって皆さん言ってました」
その言葉に若干苦笑いを浮かべながら忍が代表して答える。
「いやまぁ、本当は撮影の為に雇われてるんだけど。あぶれた仕事がこっちに舞い込んでくるというか」
「えっと、それってもしかして良いように使われてるって…」
「やめろ」
「それとこの倉庫の色や皆さん基本的にグリーンバック用に緑色の服を着てるから、皆んなから『草』って呼ばれているのも本当ですか?」
「それもやめろ」
■
「ありがとうございました!」
その言葉と共に倉庫を後にするスペシャルウィークとトレーナー。
完成品は完成次第DVDに焼いて渡すことを伝えると。
「実家のお母さんに早く渡したいです!」
と何の屈託のない眩しい笑顔に、太陽に焼かれる吸血鬼の如くダメージを負った四人であった。
残された四人はいそいそと未完成のPVの作業に取り掛かろうとしたところで、倉庫に備え付けの電話が鳴り始めた。
すぐさま手に取ったのは忍。
「ハイもしもし…あぁベガちゃん?この間の流星群ありがとうね」
ベガの流星演出はCG無しって妄想
流石に無理か