ヲタクの愛は難しい   作:紅乃 晴@小説アカ

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同人小説家との出会い

 

 

樺倉太郎は俗に言うライトオタクである。

 

ライトオタクとは、サブカルチャー趣味に極端にのめり込むことなく、比較的軽度といえる範囲内でオタク趣味を楽しんでいる者のこと。 いわゆる軽めのオタクだ。

 

それと、ライトオタク層は割と自身の趣味を隠す傾向が強く、心を許した者以外の前で趣味の話など言語道断。もしそういった知り合いに自身の趣味が露呈した場合、舌を噛み切って死ぬか、その場で崩れ落ちるかするまである。

 

そんなわけで、仕事上では顔は怖いが真面目で面倒見がよく、部下や上司からも信頼を置かれているわけだが、今日は部下たちと飲みに行かずにそそくさと定時で上がって目的の場所へと向かっていた。

 

目的地は某同人ショップ。

 

本来なら会社から徒歩圏内にもあるのだが、会社の同僚や知り合いに見つかりたくないのでわざわざ数駅電車を乗り継いで他店舗にまで出向く徹底ぶり。

 

ライトオタクの隠れ具合はまさに隠密。その時の彼の身のこなしはまるで熟練した技巧を持つスパイそのもので、誰にも気づかれず駅を後にして目的地に直行する様は、戦場に赴く緊張した面持ちの兵士そのものであった。だが顔は元から怖い。

 

某同人ショップの自動ドアをくぐり、脇目も振らずに小説コーナーへと足を進める。今日は長年追っている小説サークルの委託販売日なのだ。作者は最近、商業化もしていてもちろん新刊もチェックはしているが、同人の方は長年続くシリーズもの。商業化の方が忙しかったのか告知は少なく、今日この日に新刊が委託に出されるのも作者のTwitterで少し宣伝されたくらいであった。

 

本棚に目を走らせる。今日委託開始の新刊のため、表紙が見えるよう平置きされていたので、目的の物はすぐに見つかった。

 

(よっしゃ、Twitter追って委託販売される日取り抑えててよかったぜ)

 

前巻は佳境シーンで持ち越しになったので、この巻でも新たな展開が期待できる。内容としては王道英雄もの。女騎士と王女が国を救うために戦っていく物語だが、登場人物の心理描写や複雑な想いと人間関係、濃密な戦闘シーンもあり、今回の話では女騎士と王女の関係が大きく変わりそうな予感があった。

 

手にした本の内容を色々と妄想しながら、ニヤつく顔を平常心を抑え込み、そのままレジへと向かおうとした時だった。

 

「あれ、樺倉さん?」

 

ビクッと肩が震えた。え?名前呼ばれた?空耳だ。きっと空耳のはずだ。そう思いながらとりあえず声が聞こえた方へと顔を向けると、そこにはスーツ姿で驚いた顔をして立つ知り合いが一人。

 

げぇー!吉武さんじゃぁねぇか!!

 

悲鳴を上げたくなる感情を無理やり抑え込んで樺倉、冷静を保つ。だが思考はすでにパニック状態であった。

 

吉武さん。

本名、吉武史靖(よしたけ しのぶ)。

 

樺倉が務める会社の技術部門の主任であり、自社の主力製品のシステム開発を担う技術部の中心人物だ。営業である樺倉ともよく顔を合わせ、なんならつい先日、新規案件のために技術部から吉武、営業から樺倉が選ばれ、客先にプレゼンと打ち合わせに行ったばかりだった。

 

なぜ、そんな人物がここにいるのか。会社から数駅離れているこの店舗に偶然、そしてなぜ自分が本を買おうとしたタイミングでバッタリと出くわすのか!!

 

そんな思考パニックに陥りながらも、樺倉の社会人的な思考だけは働いてくれていた。

 

「吉武さん……お疲れ様です」

 

いや、全然働いてくれてなかった。機械のような死んだ顔で挨拶をする樺倉。普段のできる営業マンの面影は微塵もない。青を通り越して白くなる顔色に、吉武も若干困惑しながら、「あ、どうも」とあいさつを返した。

 

(なんつぅーところでエンカウントすんだよぉっ!!)

 

内心の樺倉の悲鳴は、困惑している吉武に届くことはなかった。と、とりあえず落ち着け、冷静に、クールになれ、ライトオタクはうろたえないっ!

 

しかし、吉武は会社の技術部の大黒柱……普段から営業部の尻持ちもやってもらったりしてるから無碍にはできない。しかしなんでこの人、メロブにいるの!?

 

うろたえまくっている樺倉に、吉武は普段のように人当たりの良い笑顔を浮かべていた。笑顔どころかこっちは泣きたい気分です。

 

「奇遇だなあ、樺倉さんとこんなところで会うなんて」

 

「あ、ははは……そ、そうですね……」

 

それはこっちの台詞だってーのっ!内心の樺倉がのたうち回る。だが残念、逃げられない。顔がバレてなければそそくさと逃げて誤魔化すこともできるのだが、顔を見られている上に、相手と面識があるのだ。まず逃げることも誤魔化すことも不可能。

 

ならば、と樺倉は意を決して場違いなところにいる相手を見据えた。

 

「吉武さんは何故にここへ?」

 

「あぁ、ちょっとチェックしたいものがあって……」

 

あっけらかんと答える吉武の言葉に、樺倉は首を傾げた。はて、相手はプログラミングの鬼と言われてる人物だ。そんな人がこんな場所でチェックしたいものがある?余計に混乱した。いったい何の目的なのかが全くわからない。

 

さては、コミケの変態島でプログラムに関する本が出たとか、などという意味不明な答えに行き着きそうになってたところで、吉武は樺倉が持っている本を見て、「あっ」と声を上げた。

 

ま、まずい!本を見られたか!?しかし表紙は健全なものだし、内容も……まだ大丈夫だ。これが来週販売の推し本だったら死ぬ自信があったが!そう音速の思考がぐるぐる回っている中。

 

「まぁ、チェックはできたし……気に入ってもらえてよかったです」

 

「え」

 

吉武の言葉で樺倉の混乱渦巻く思考がフリーズした。え?気に入ってもらえてよかった?チェック?一体何のことを言っているんだ?固まる樺倉に、吉武は本を指差しながら言った。

 

「その本」

 

「……え」

 

「委託の告知あんまりしなかったんで、まさか樺倉さんが買ってくれてるとは……」

 

吉武の言葉がリフレインする。委託の告知あんまりしてなかった、委託の告知……委託……委託。いや、いやいやいやいや。そんなまさか。自分の手にした本をピンポイントで、そんなバカな話があるわけがない。

 

「いや、あの、吉武さん?何を言ってるんですか?」

 

どもりながら言うと、相手は小首を傾げる。まるで意思疎通ができていない。思わず本を持つ手が震える。冷静になって思い出したことがある。基本的にこの小説サークル、イベントに直に来ることが少ない。樺倉が出会ったのは五年以上前のコミケで、その時はイベントに行く恥ずかしさでマスクとサングラスという不審者上等な出立で買いに行った。

それから、基本的に新刊は委託か通販。原作者はTwitterからして男性だとは思ってはいたが……。

 

「はぁあああああ!?ちょっ、えっ、あっ、えええぇぇえぇぇえ!?ももも、もしかして、同人小説家のタケちゃんって……」

 

「あれ?知ってるものかと……二藤くんから聞いてるかと」

 

(二藤ぃいぃいい!!)

 

まさか自分の追っていた作品の作者が同僚だとは思いもよらず。そしてあっけらかんとしていた理由が、樺倉の部下であり、オタ友でもある二藤 宏嵩の口下手さに樺倉は理不尽な怒りと叫びを心の中で絶叫した。

 

そして当人である二藤は家でネトゲをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず店内で声を上げてしまった樺倉は、気まずさから吉武を連れて近くの居酒屋に入った。

 

駆けつけ一杯で生ビールを頼み、席にお通しとビールが運ばれてくるのだが、樺倉の悲壮な顔つきに店員の女の子は小さな悲鳴をあげると、運んできた料理と酒を置いてそそくさと去っていくのだった。

 

「ま、まさか知らなかったとは……」

 

「すいません……まさか吉武さんがタケちゃん先生だったとは……」

 

吉武ことタケちゃん先生。樺倉が長年追う小説サークルの執筆者本人であり、一部界隈では知らぬ人はいない人物である。

 

本人が滅多に顔出しをしないため、年齢なども不詳の謎に包まれた作者であったが、まさか同じ会社……しかも技術部の主任とは予想外すぎて、その事実を突きつけられた樺倉のキャパは完全にオーバーしていた。

 

彼曰く、極度の廃人ゲームヲタである二藤から情報がいっているものだと思っており、某ショップにいた樺倉に声をかけたのも同じ趣味を持つ相手としてフランクに接したという理由もあった。

 

どうりで仕事の打ち合わせや、困ったことがあったら親身に助けてくれたり、相談に乗ってくれたわけだ。

 

樺倉の顔の怖さや仕事の真面目さから、技術部の人間は引き腰気味だったのだが、吉武だけは樺倉と息が合うように仕事を回していたのだ。

 

「まぁ僕は隠すというか、あんまり会社じゃそんな話しないから」

 

そもそも商業誌を趣味でやってることを本業の職場で話すのもいかがなものか。それ自体は樺倉も理解できた。彼自身も仕事とプライベートはきっちり分ける人間である上に、ライトオタクであることを必死に隠しているのだから。

 

「あ、でも二藤くんにはよく話はしてるよ。彼、シナリオの内容把握はピカイチだから」

 

(あいつ、なんて羨ましいポジをっ!そしてありがとうっ!!)

 

このことを何も言わなかったオタ友に、嫉妬とこういう関係の足がかりになってくれたことへの感謝という複雑な感情を吐露する。

 

ちなみに二藤と吉武の関係はネトゲ始まりである。彼の奥さんがゲーム好きで、誘われて始めたネトゲだが、攻略の仕方がわからずに昼休憩中に調べていたところを二藤に目撃され、それから色々と話していくうちに打ち解けたのだとか。

 

「吉武さんの奥さんも……そういう感じですか?」

 

「いやいや、単なるゲーム好きだよ。二藤くんと比べたら圧倒的ライトユーザーさ」

 

比べる相手のレベルが間違ってるんだよなぁ、と樺倉なジョッキを傾けながらふと思った。廃人ゲームヲタである二藤と張り合えるゲーマーなど、知り合いの中じゃ二藤弟の彼女くらいだろう。

 

「そういえば、今回の新刊だけど……」

 

「吉武さんっ!俺!ネタバレとか苦手なんで!!」

 

突然の樺倉の言葉に二人の空間が静かになった。楽しみにしていた小説の作者などネタバレの宝庫でしかない。思わず言ってしまった言葉に樺倉がハッとした顔をすると、吉武は笑って手を振った。

 

「流石にネタバレするほど、僕も鬼畜じゃないよ。実は今度二藤君を家に招待する予定だけど……樺倉くんもどうかなってね」

 

突然の誘い。なんでも新しいシリーズのコンセプトを決めかねているらしく、二藤に相談に乗ってもらうようだ。知っている仲でもあるので、樺倉にも話を聞いてもらいたいのだとか。

 

しかし、ここで会って本人が作者というのを知ったのもついさっきだ。仕事の同僚でもある手前、そんな簡単に家にいくのもどうかと思う樺倉だが。

 

「実は世に出してない設定資料とか小話とかの原稿もあって」

 

「行きます」

 

樺倉、欲望には即答であった。世に出ない設定資料や小話はネタバレではないのだ。即答した樺倉に、吉武は今週の末に家に来るように話をしてゆく。

 

だが、樺倉はまだ知らない。

 

吉武の奥さんに隠された秘密を。

 

 

 

 

 

 

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