パターン2/カッツェ平野に転移した場合
サーバーダウンが延期になったのか、日付が変わってもゲームがシャットダウンされることは無かった。永田健介はベッドから起き上がると、状況を確認する為にコンソールを開こうとするが、反応がない。どうやらコンソールすら開けない程の重篤なバグが起こっている様だった。
「流石は噂に名高い糞運営。最後の最後までやってくれるよ、まったく」
仕方がないと、強制シャットダウンを試みるもそれすらも行えない。GMコールも使えない現状に、永田健介はお手上げの状態だった。
とくに出来ることも無いので、せっかくだからと、最後にバグを楽しもうと考えた永田は拠点を出た。そこで彼の目に飛び込んできたのは、砂漠では無く霧の立ち込める平原だった。しかも驚くことに、霧から湿気の様なものを感じる。触感や匂い、温度と言ったものは電脳法で禁止されているのだから、恐らくは錯覚だろう。驚くほど鮮明な映像がそんな錯覚を引き起こしたのかもしれない。そう、今彼の目に移っている景色は、そう思えるほど解像度の高いものだった。草原に生える草の一本一本が正確に作り込まれており、それが風に靡く様もまるで本物の様だ。そう、余りに精密に作られ過ぎている。こんなもの、どれほど巨大なサーバーを持っていも不可能ではないか?
永田は体を折り、草に手を伸ばすと、草を千切ってそれを風に乗せて飛ばした。
(草の一本一本に採取ポイントが設定されている?そんなバカな。そんな事不可能だ。それにこの匂い、草木の匂いを嗅ぐ機会なんて荒廃した日本じゃ滅多に無かったけど、多分この青臭さが草原の匂いなんだろう……間違いない、これは現実だ)
そんな途方もない結論に達した永田健介はその現状を整理する暇も無く、次の事件に巻き込まれる。霧に紛れて大量の人影が現れ、それが徐々に永田に近づいてくるのだ。
「もしかして、俺以外のプレイヤーか?」
そう思い、声を掛けようとした時、永田はその陰の正体に気が付いた。スケルトンだ。ユグドラシルにも登場したモンスターで、ゲームをプレイ開始した当時に数体倒した記憶がある。確か適正レベルは一桁の雑魚モンスターだったはずだ。今自分が居るのが現実だとするならば、このモンスター達は一体なんだと言うのか。もしや自分はゲームの世界に入り込んだのだろうか。そんな事を考えていると、スケルトンたちが一斉に永田に襲い掛かって来た。永田は腰に下げていた剣を鞘から引き抜いた。違法改造で作り出したその剣は、剣士系の職業を4つもマスターしていないと装備することすら出来ない神話級の剣だった。確実にスケルトンなぞオーバーキル出来る武器を手にしても、永田は決して油断しない。この状況で自身や武器がカタログスペック通りの威力を発揮できるかわからないし、相手も本当にただのスケルトンなのか証明できないからだ。
永田は剣を正眼に構えると、習得している剣技スキルを使えると感じた、使いたいスキルの使い方が分かるのだ。コンソールも開けない状態ではその感覚だけが頼りだった。永田は剣を振り上げると、スキル名を叫んだ。
「<
――――結果を言えば、完全にオーバーキルだった。倒しても倒しても沸くスケルトンに、永田は徐々にスキルのグレードを落としていった。そして、最後にはデコピンで粉々に出来る事に気が付いた。態と攻撃を食らってみたりもしたが、当然の様にダメージなど受けなかった。どうせなら今のうちにと、永田は様々なスキルや魔法を試しに試した。そうして、永田がスケルトンに様々なスキルや魔法を食らわせていると、またも霧の中から人影が近づいてきた。数は4つ、さて、今度はどんな攻撃を試そうか。永田がそんな事を考えながら身構えると、人影の方から声が聞こえた。
「おーい!俺たちはワーカーだ!スケルトンと間違って攻撃しないでくれよー!」
永田は動揺した。人間が居たのだ。もしかして自分と同じように異変に巻き込まれたプレイヤーだろうか?いや、そんな感じはしない。それにワーカーとは何だろうか。分からないことだらけだ。永田は取りあえず接触してみることにした。幸い言葉は通じるのだ。今は何より情報が欲しかった。永田が、自身も敵じゃないから攻撃するなと注意しながらゆっくりと人影に近づいていく。徐々に人影の正体がはっきりと見えてきた。それは男二人と女二人の一団だった。女のうち一人はまだ子供の様に思える。それだけで永田の中で彼らへの警戒がほんの少し和らいだ。
が―――
「おげぇえええええええ!!!!!!」
永田を視界に捕らえた少女は突然激しく嘔吐すると、ぶるぶると震え出したのだ。永田は意味も分からず、ただうろたえる事しか出来ない。
少女の異変に、他の三人のうち、男二人が咄嗟に武器を構えて少女を庇う様に前に出た。残りの女性は弓を手にしつつ、少女の背を擦りながら声を掛けている。良く見るとその女性の耳は尖っておりエルフなのではないかと予想が出来た。
「テメェ!!アルシェに何をしやがった!!!」
金髪の青年が正眼に構えた剣の切っ先を永田の方に向け、牽制しつつ声を上げる。だが、何をしたのかと問われても永田にも何が何やら分からない。永田は首を横に振りつつ必死に自身の潔白を訴えた。
「ま、待ってくれ!俺は何もしてない!本当だ、信じてくれ!」
そう言われても、当然二人は武器を下げない。この状況で信じるも何も無いのだ。しかし、永田にとっての救いの声は予想外の所から聞こえて来た。
「ダメぇ!!!その人を刺激してはダメ!!絶対にダメ!!殺される!!絶対に殺される!!無理無理無理無理!!!!」
「アルシェ!落ち着いて!ロバーデイク!」
混乱するアルシェと呼ばれた少女を介抱しながら、エルフの女性が叫ぶと、ロバーデイクと呼ばれたガタイの良い方の男がアルシェに歩み寄ると手を翳した。そして魔法を唱える。
「<
永田はその魔法を知っていた。ユグドラシルに存在する階位魔法だ。効果は精神を落ち着かせ、恐怖に耐性を持たせることの出来る魔法だ。ただし、階位が低く確実なレジストは出来ず、また恐怖にのみ耐性を持たせる魔法なので殆ど使い道が無かった、そのため使った回数は片手で足りるほど少ない。ユグドラシルの魔法が使えるという事は、プレイヤーの可能性も捨てきれないと永田が考えを改めていると、少しだけ落ち着きを取り戻したアルシェがゆっくりと話し始めた。
「その人は……その御方はフールーダ・パラダインを遥かに凌ぐ偉大な
アルシェの真剣な表情に、他の三人が固唾を呑む。三人は頷きあって武器をしまうと、永田に向かって頭を下げた。それに続いてアルシェも口の付近についた吐物を袖で拭いてから頭を下げた。永田は意味も分からず困惑しながら、彼らの言葉を待った。すると、彼らの代表なのか、金髪の青年が声を発した。
「失礼な態度を取ってしまい、誠に申し訳ありませんでした。代表して謝罪いたします。我々はワーカーチーム【フォーサイト】。私はリーダーのヘッケランと申します。もし可能ならば、貴方様のお名前をお聞かせ願いたいのですが、如何でしょうか?」
普段使い慣れていないのだろう、若干違和感のある敬語を使いながらヘッケランと名乗った男が頭を下げつつ、永田の様子を伺っている。永田は直ぐに名乗ろうとしたが、その言葉を一旦飲み込む。自分の名前は確かに永田健介だが、今の体はユグドラシルのアバターだ。ならばユグドラシルのプレイヤー名で名乗るべきでは無いか?しばらく悩んだ永田だったが、不安そうに自身の様子を伺うフォーサイトの面々を前に、早く答えなければと慌てて口を開いた。
「お、俺は……あ~、すみません。私はヘッポコ丸三世と申します」
永田がそう名乗ると、まるで